ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 清家克久のエッセイ

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第12回(最終回)

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第12回(最終回)  一年間の長丁場でしたが、この連載も今回で最後となりました。お付き合いくださった読者の皆様には感謝いたします。 瀧口修造は、孤高でありながら磁場のような存在として多くの人を引き付ける魅力を持ち、創造の …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第11回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第11回  2005年1月に横浜美術館で開催されていた「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を土渕信彦さんに誘っていただき一緒に観覧した。1981年の高輪美術館以来の日本での大規模なデュシャン展だったが、デュシャンに …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第10回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第10回  瀧口修造へのアプローチの機運が高まっていたのか、国立国際美術館での「瀧口修造とその周辺」展に続いて1999年には世田谷文学館で「瀧口修造と武満徹」展が開催された。私は残念ながら見に行くことはできなかったが、 …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第9回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第9回  瀧口修造が亡くなって三年後の1982年7月から9月にかけて郷里の富山で「第1回現代芸術祭 ― 瀧口修造と戦後美術」展(富山県立近代美術館)が開催された。瀧口と交流のあった作家の作品を通して戦後のアバンギャルド芸 …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第8回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第8回  前回紹介した戦前におけるシュルレアリスムのグループ「繪畫」のメンバーのなかで最もダリの影響を受けた絵を描き、瀧口修造と晩年まで交流があったのは浜田浜雄である。戦中から戦後間もない時期にかけて頻繁に往来し、蔵書 …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第7回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第7回  宇和島市在住の画家で戦前にシュルレアリスムの影響を受け、瀧口とも交流のあった三輪田俊助先生に当時のお話を伺いたいと思い、初めてご自宅を訪ねたのは1980年代中頃のことだったと記憶する。道路に面した生垣、奥の玄 …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第6回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第6回  1989年は瀧口修造没後10年目にあたり、その記念として私のコレクションだけで小展示をすることを思い立った。きっかけとなったのは、その年の3月に大阪の青井画廊で「オマージュ瀧口修造展」が開かれた事だった。画廊 …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第5回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第5回  瀧口綾子夫人の連絡先は自由が丘画廊の実川さんに教えていただいたが、あの書斎のあった新宿西落合の家を出られてから何度目かの転居の後に神奈川県足柄上郡大井町にある実弟の鈴木陽さんの家の近くのアパートに住まわれてい …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第4回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第4回  1980年に思潮社より「現代詩読本」シリーズの1冊として「瀧口修造」が刊行され、その表紙に使われたのが自由が丘画廊での「窓越しに…マルセル・デュシャン小展示」(1978年)に来廊した時の写真(撮影:安齊重男) …
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清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第3回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第3回  佐谷画廊のことを知ったのは、1982年7月に「オマージュ瀧口修造展」と銘打って詩画集「妖精の距離」と「スフィンクス」の展示を行っていたからである。このカタログは小冊子のモノクロ図版だったが、滅多に見ることがで …
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