佐藤研吾のエッセイ

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第22回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第22回

ちかごろ、平日昼間は福島県大玉村の教育委員会で働いている(!)ため、制作はどうしても村の中でやることが多くなってしまっている。場所は歓藍社の拠点のロコハウスの脇の旧納屋。同じく歓藍社で活動している林剛平さんが設えたナラの厚板の作業机でもっぱら木工をしている。

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そんな歓藍社のロコハウスでは、とにかくいろいろ家の部分に手を加えたり、何かいろいろと制作を試みたりしているために、端材でもなんでも資材を欲している。そんなこともあり、先日は村内の小椋製材所さんからの厚意で、倉庫整理で溢れ出た大量の木材をいただいた。中には敷居鴨居あたりで使うことを想定していたのだろう寸法の揃ったサクラの長尺材や、数種の堅木もあり、これを丁寧に扱いながら制作をしていったら、果たして何年かかるのだろうという量である。
小椋製材所さんからの大量の木材搬入に続き、今度は二本松に住む絹子さんからの伝手で、二本松市内で解体された民家の家財資材をいただけることになった。その民家はどうやら下駄職人の方が住んでいたようで、それを濃く匂わせる使い込まれたノミ、鉋の道具や用具があった。さらに、同じ二本松のある民家で同じく絹子さんからの紹介で、震災前から蓄えられていた大量の薪材をいただいた。薪の大群の中には、かつては民家の骨格をなしていただろう構造材がぶつ切りにされ一緒くたにされていた。(それは、剛平さんゆうきさんたいがくんひろこさん山岸さんカンノさんらが素早く動いての賜物でもある)

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(自作であろう巨大クランプの上部。同一の芯材を使って、挟む手の部分は部材を何回か交換していたのだろうか。)

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(中から出てきた仕口を備えた薪。どんな形で組まれていたのかはちょっと想像ができていない)

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(下駄屋さんの家にあった脚立の部分。段板をそのまま足に釘打ちつけではなく、ホゾで腕を出してそこに段板を乗せる丁寧さがある)

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(同じ脚立の足の部分。つなぎ材がホゾの割楔(わりくさび)で組まれている。組んだ後に打ち込む割楔は、寸法の若干の遊び、あるいは誤差も許容する融通性がある。玄翁の頭にも打ち込まれることがあるが、日々の道具を自分自身で仕立てるような場合には、そんなくらいの納まりが適している)

そんなモノたちに囲まれながら、制作をしているので、やはり自分はそれらの工夫に学ぼうとしている。そして特に、部材の納まりの融通さは、そのもの自体の成り立ち、道具としての立ち振る舞いの表現となり得るのではとも考えている。今作っている、写真機はもちろん道具であり、モノの造形とその使用の振る舞いが交差するところにあるからだ。あまり時間はないが制作を続けたい。

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(「囲い込むためのハコ2」の脚部詳細)

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(「囲い込むためのハコ2」の腕部分)
さとう けんご

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。ときの忘れものでは12月13日(木)〜12月22日(土)の会期で佐藤研吾さんの初めての個展を開催します。どうぞご期待ください。

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
sato-06佐藤研吾 Kengo SATO
《ハコに差し込む》
2018年
紙、鉛筆、色鉛筆
32.0×54.5cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


ときの忘れもの・拾遺 第9回ギャラリーコンサート
武久源造コンサート」のご案内

日時:2018年11月24日(土)15:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
今回は午後3時開演。ちょうど近くの六義園の紅葉のライトアップの時期です。
*要予約=料金:1,000円(定員に達し次第締切ります)
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第21回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第21回

ときの忘れものでの個展「囲いこみとお節介」の構想について5


 「のんのんのんのん」は宮沢賢治の話の中で出てくる機械の音だ。オツベルは16人の百姓と6台の稲扱機械を使ってその音を鳴らし、入っている小屋を震わせている。どうやら東北の方言にもあり、いきおいよく押し寄せてくる様を表す言葉であるらしい。オツベルのそれはまるでオルゴールのようだ。ハコの中でのんのん、が鳴り響く。そこへ白い象が森からやってくる。最後には大量の黒い象が押し寄せてくる。どうやらハコの内外を巡る振動の話でもあるらしい。

 昨年頃から、何某かを嵌め込み、隠し、包み、囲うハコを制作している。共にインドへ出かけたり、東北は福島の中山間へ持ち込みもした。家具程度のスケールであるが、家の原形のようでもあり、世界を眺めるための模型でもあるかもしれない。そして、そんなハコ達が勝手きままに外へと歩き、群動し、時折こちらへ「おーい」と呼びかけてくるような、不可視の小芝居を見てみたくなった。

 芝居では町村の関係、都会と農村の間の往還方法が主題でもある。両者を二分することなく考えたいのが本意ではあるが、それぞれから向かう矢印の方向、交錯状況を自分の体の内に取りこまんとするためにあえて引き離す。どちらがどちらを取りこむのか。はたまたいかなる相補的なせめぎ合い(それを交易とも呼ぶ)を繰り広げるのか。実地としてのそれぞれのフィールドを行き来しながらも、展示というハコ=隠れミノの中に入ってじっくりと考えてみる。

2018年 佐藤研吾



今年の12月13日(木)から12月22日(土)にかけて、ギャラリー・ときの忘れもので開催する個展「囲いこみとお節介」に向けたステートメントである。ちかごろ東京と福島、そしてしばしばインドを行ったり来たりしている筆者自身の居場所の揺れ動きかたと、その遊動の中でポッ、ポーッ、ポッと制作をしているハコの造形群を中心に表現を試みる。(ポッ、ポーッ、ポッは日常生活中の制作リズムを表してみたかった。)

前回の投稿(第20回佐藤連載)で制作途中を実況したハコはひとまず組み上がった。(下写真)ハコは実は針穴写真機の構造になっていて、クリ材でできた外形300mm立方のハコに小さな針穴を空け、光を通し、ハコの中で対面の内壁に装着した250mm平方の印画紙に外の風景を写し出す、取り込む仕掛けになっている。ハコを支持する脚部はいくつかの部品に分解可能で、移動の便も良くしている。

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(Photo: comuramai)
“囲い込むためのハコ1”
“Box for Enclosure 1”
2018年
クリ、ナラ、アルミ、柿渋
H80cm

こんなハコを備えた家具スケールの造形をいくつか引き続き作っている。12月のときの忘れものでそれらが一同に会することになっている。筆者が東京と福島を往還する際には、制作途中のハコ、制作し終えたハコのいくつかを車に同乗させ、道中を共にしている。そして向かった先、滞在(制作)場所あたりで写真撮影会をゲリラ的に催したりもしている。複数のハコたちを旅中に同行させるのは、彼らには時折、被写体として写り込んでもらうからだ。あるハコが取り込もうとする風景に、別のハコがインターフェアする。都市あるいは農村の風景の中で、何かを演じてもらう。

300mm立方のハコでできた針穴写真の露光時間は晴れの日だとおよそ15分。行き交う人たち、あたりを飛ぶトリやうろつくネコたちも確実に撮影される写真の中には写り込んでいるはずであるが、露光時間が長すぎて動くモノはほとんどその像を結ばないのである。そんなうごめく周囲とともに動かないハコが、まるで術をかけられて石と化した何某かのように、写真の中に像として現れる。そして、ほぼ唯一の動かない被写体としてのハコは、都市あるいは農村の幅のある時間、気流(あるいは気配か)を取り込むための額縁=フレームとして、印画された写真の中にセットされる。

sato14-DSC_4130
“家に帰ってきた”
2018年
印画紙
25.0×25.0cm


sato11-DSC_4125
“距離を考える”
2018年
印画紙
25.0×25.0cm

そんなハコ群のそれぞれのかたちと役作りは現場の中で決まりもするが、その前後において作成しているドローイングの中で併せて検討中である。
sato9-DSC_4120
“横槍を入れる”
2018年
紙、鉛筆、色鉛筆
32.0×32.0cm


紙と鉛筆でモノとモノの取り合い、対峙関係を考え、木材を手でイジってハコを作り、ハコを使って撮影した写真の時折の意外な出来上がりにハッとし、また紙の上のドローイングでその驚きを描画する。そんないくつかの次元の行ったり来たりを、自分の身体の移動体験の中でとりくんでいる。
さとう けんご

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
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12月にときの忘れものでは佐藤研吾さんの初めての個展を開催します。どうぞご期待ください。

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
sato-04
佐藤研吾 Kengo SATO
《ハコを対峙させてみる》  
2017年
紙、鉛筆、色鉛筆
54.5×32.0cm
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◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第20回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第20回

ときの忘れものでの展覧会の構想について4

構想しているハコ群を制作するために、まずは材料の手配から始めた。最近は、東京と福島・大玉村をかなりの頻度で往復をしている(週1回は少なくとも)。材料は大玉村の小椋製材所にお願いをした。小椋製材所は安達太良山の裾野か中腹の手前あたりに位置している。かつては安達太良の林業を営んでいたらしいが、現在は東北・北関東あたりから木を集め、ここで製材して卸しているとのこと。小椋製材所の場内には挽いた建材が高々とつまれ、リフトとユニックが場内を走り回っている。バックヤードにはたくさんの丸太が積み上げられている。堅木が欲しかったので、場内の端っこに積まれていてカラカラに乾燥した45mm厚のクリ材を何枚か引っ張り出してもらい、それを適当な厚さに挽いてもらった。小椋さん曰く、クリは岩手のものが良いとのこと。ちなみにスギは栃木あたりが良いとも聞いた。

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製材の現場ではグオングオンと回り続ける帯ノコに向かって材を滑らせて面が作られる。もちろん出てきた端材も捨てずに持ち帰らせてもらった。冬にはそれを薪として暖をとることもできる。
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普段乗り回している旧型のマーチに挽いてもらった板を積め込んで、村内の作業場まで、そして時には東京まで持ち帰る。2300mmくらいの長尺は入るので輸送手段としては問題無い。福島と東京、農村と都会の間の往還は今回の制作の主題でもある。それは時には経済性も伴う交易でもあれば、ヒト・モノ連合の旅団なのだ。
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作業場では、挽いてもらったナラとクリ材をプレーナーで整え、鉋をかける。出来上がり寸法をそのまま拾って、それを図面に落とし込んで、さてどうしようかと考え込む。材料が手元になくてはどうも形は考えづらい。手元の限りある材のアッセンブルによってはじめの形をポーンと生み出す方が、素直な線も描ける気もしているのだ。
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(54*37.5cmの画用紙に鉛筆と色鉛筆。)
ハコの大きさは300mm立方として製材所ではその必要量を挽いた。ハコをどのように支持するかを考える。
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(54*37.5cmの画用紙に鉛筆と色鉛筆。)
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四裁の画用紙に描いた図を、ベニヤの上で原寸図に起こして材寸と取り合い、詳しいプロポーションを確かめる。この絵の背丈はだいたい小学校低学年くらいの大きさだ。素材も横にあるので出来上がりのイメージはおぼろげではあるがすでに自分の中に馴染んでいる。

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(ベニヤの上での原寸図。柿渋で着彩。)
さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/
●講演会「シャンティニケタンから建築とデザインを考え、学び、作る
日時:9月22日(土) 午後5時〜6時30分
講師:佐藤研吾(In-Field Studio / 歓藍社)
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
定員:先着100名(当日午後4時より1階受付にて整理券を配布します)
参加費:無料

12月にときの忘れものでは佐藤研吾さんの初めての個展を開催します。どうぞご期待ください。

◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●本日のお勧め作品は靉嘔の大作です。
AY−O「透明な波スリランカ」
靉嘔「透明な波 スリランカ」
1981年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三) 90.0x150.0cm
左下にエディション、右下にサインあり
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第19回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第19回 ときの忘れものでの展覧会の構想について3

なんとなく、「お節介」という言葉を携えてモノを作ってみると、ホノボノとした気配が自分の手先に漂い出す気がしてきた。「お節介」という言葉には、「何かのために」という、作るモノの根拠と動機なるものが、肩にのしかかってくるのではなく、その重圧から解放された、建築で言えばいわゆる機能主義なる20世紀的規範から一歩踏み出す面白さをもたらしてくれている気がしている。
そんなことを考えながら、近頃は福島県大玉村で歓藍社の「小姓内の染め場」の建設に取り組んでいた。その場所の中で考え、手を動かしたモノコトはいくつかあり、また歓藍社の他のメンバーと共に作ったものばかりであるが、その中から一つばかり取り出してみて「お節介」という言葉が意味するところの先を進めてみたい。

染め場の流しで使う上水配管を支えるための木造作を作った。上水配管はその後色々と手を加えられるよう、またドクドクと、水の流れる様を見えるように農業用の透明ビニルホースを使い配管して、空中を翔ぶホースを支える架構である。通常、配管というものは猥雑なものとされ、壁の中に隠したり、スッキリと納めてなるべく目立たないようにする。けれどもこの染め場、藍染め工房では水という要素はかなり重要な位置をしめている。染液を作るにも、染めた布を洗うにも、水は欠かせない。そしてこの水は地下水を汲み上げて出てきた水である。先月7月、歓藍社が拠点とする大玉村(の小姓内集落)ではなかなか雨が降らず、田んぼの水不足や井戸水や山水の枯渇が危惧されていた。そんな中での染め場建設工事でもあったので、地下水の共通資本としての意識、水を地下から掘って汲みあげること自体への畏敬が現場の中でも共有され、それがこんな造作の表現に飛んで行った。
すなわち、自分たちが使う水を、手に取るように把握できる設えを考え、まさに木造作たちが流れる水を”手にとる”ように、玩び(もてあそび)ながら空中で支持する様を試みた。そこでは、水の流れというものが主たるモノであることはもちろんだが、主たるモノに対して、良かれと思って勝手な介入を試み、介入自体を愉しむ、モノとモノの意図的なすれ違いの関係性、「お節介」の現場を生み出そうとしてもいる。

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染め場の流し台上部に設置した上水を支える木造作(側面から)。透明ホースの柔軟さと軽さに対して、どっしりと重たい木片を頭上から釣り下ろしている。木はナラ材。

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透明ホースのルートを定めるための通り穴をあけ、巻きつけ、木とホースの摩擦によって固定している。

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手元の蛇口付近の納まり。農業用バルブを蛇口とし、それをナラ材に掘った溝にギュッと押し込んで固定させている。ビニルホースの固定と支持に対する半ば過剰な設え。その過剰な関係とそれを実現させるための労力の過大さから、「あそび」という表現の可能性を見つけていきたい。

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この一連の木造作は夜なべをして作り上げたものであるが、だんだんと部材を組み上げていき、透明ホースのルートを考え込んでいるうちに、最後の作業、夜明けの薄暗い現場で、両側のホース吊り下げ部材の振れ止めとして作った繋ぎ材の中央部に、空中を飛ぶホースのニョロリとした造形が写り込んだ。
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透明ホースを支える木造作のドローイング(pencil, color pencil on paper. 50cm*35cm)
何か別のモノを支えるためモノを作る、というのは、実はなんとなく気が楽だ。変な気負いがなくなる。


アマチュアという言葉がある。よく、素人や非専門を指し、プロフェッショナルという言葉の反対として考えられているが、実はそういう意味でもないらしい。アマチュアの語源はamatorというラテン語で、「愛する人」とか「熱狂者」というところであるらしい。なんともロマンチックな言葉であるが、つまり熱狂するプロ、プロのアマチュアという人間も存在するということだ。ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスらが、労働を知性の発露の現場とし、創造と労働を同じ地平のものとして見、そして労働の中での喜びを求めたように、上の意味でのアマチュア=過多な熱狂するモノづくりによる表現という筋道がありえるのではと思っている。
そんな過多な熱狂を即応的にモノのデザインに取り込むためには、どうしても主体が一人であるほうが良い時がある。設計施工の分離による、複数人の協働の展開の広さと同じく、独人での創作の筋の行先もまた広い。この木造作は筆者自身がやったものであるが、自分自身の技量の限界がわかっているからこそ、そのリミットの内であり得る作り方を考える、表現の筋を考えるというスリルある愉しみがある。
けれども一方で、独人の思考と作業に没頭しつつも、透明ホースのような、扱い方もよくわからない、扱いきれない全く枠外のモノがあることが必要で、さらにはそんな正体不明のホースをどう扱うかのアイデアを発露する場、議論し良し悪しをバツンと言い合う他の主体が必要でもある。独人という限界性の境界を引くことで、その境界の内外を交易して時には横断する機会が欲しい。
そんな独人の創作かつ、複数人での共有が並存する場が最近の歓藍社の拠点にはある。
その拠点で、秋(あるいは冬先)のときの忘れものでの展覧会の作品作りに取り組んでいる。
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先日、大玉村にて夏祭り「ちいさな藍まつり 小姓内の染め場お披露目会!ゴロゴロドン!」を開催した。集落の中を練り歩くパレードを終えてその躍動の中、藍の葉っぱを使って染めをやっている現場である。(筆者は画面中央のコンクリート大皿に四つん這いになって染めをやっている(ゴロゴロ染め))
こんなゴチャゴチャとした共有の場で、独人という枠を据えて創作を試ることがけっこう面白い。
文・さとう けんご/Photo: comuramai

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

*今秋、ときの忘れものでは佐藤研吾さんの個展を開催します。どうぞご期待ください。

◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●本日のお勧め作品は、磯崎新です。
isozaki_ittgenste
磯崎新 Arata ISOZAKI
《内部風景I ストン・ボロウ邸ールートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン》
1979年
アルフォト
80.0x60.0cm
Ed. 8
サインあり

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第18回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第18回 ときの忘れものでの展覧会の構想について2

展覧会のテーマを、「囲い込み、お節介」としてみようかと考え始めている。どちらの言葉も少々物々しいものであるが、何かとそんな厄介か否かの境目を渡り歩くような創作に可能性を見たいからである。建築とは、時にはそんなものでもないだろうか、とも考えている。

「囲い込み」とは、近世頃のイギリスにおいてなされた”エンクロージャー“の訳語でもある。それまで開放耕地制であった土地を、領主や地主が牧羊場や農場にするため垣根などで囲い、私有地化した事象を指す。歴史の大局的には、日本でいう前近代における入会地が、近代的土地所有の制度が整備されていく過程(地租改正あたり)で消失していった当時の状況にも近いかもしれない。ただし日本においては、測量と図面作成によって境界が確定されはしたが、その新たな土地所有者が必ずしも垣根や塀などで明確な境界装置を設けた訳ではないし、むしろ入会的な土地の性格を保持するために、その共同体の代表者が名義のみ出して便宜上土地を所有した例もある。何が言いたいのかというと、囲い込んだことで内外の領域がとりあえず設定はされるが、それはある時は難攻不落の牙城となり、ある時は境界を行き来する新たな応答関係を与え、またある時は外から身を守るための隠れミノ、秘匿の箱ともなる。ちなみに、イギリスのエンクロージャー以前も開放耕地と言ってもその土地を扱うことができる人は何がしかの共同体に属し、共同体という一つの境界の中に在ったのであるから、不可視の囲いは存在していた。

イギリスにおいてさらに付言するならば、エンクロージャーという物騒めいたものではなく、庭の文化、英国式庭園における自然の囲い方、その秘匿性からうまれた児童文学(不思議の国のアリス、ピーターラビットなど数知れず)からも学ぶところは多い。庭というのは不思議なものだ。そしてとても難しい。人間が勝手に領域を決め、そこに彼らが好きな植物を配置していく。配置したその植物の性質を読み取り、メカニズムを熟知した上で管理する。それでいて、それら管理された植物たちを眺めながら、日々の生活を共にし、愛で、自然という壮大なダイナミズムの豊かさをその共同生活から感じたりもするのだ。そこでは統御という作為の限界性を楽しんでいるのではないかとも思ったりもする。作為と無為の宥和関係を楽しむ、そんな状況を
「お節介」という言葉で言い表してみる。

12017年、「インド・シャンティニケタンへ同志を募って家を作りに行く」のプロジェクトに際して制作した家具の原型(photo:comuramai)

昨年頃から、何某かを嵌め込み、隠し、包み、囲うハコを制作している。そんなハコは、家具スケールのものであるが、本来雨風をしのぐために生まれた建築、家の原形のようなものでもあるのだ。そして、そんなハコが一人歩きまたは群動するような、家具ないし建築がこちらへ「おーい」と呼びかけてくるような、不可視の応答関係を見てみたいと考えるようになった 。

古来の絵巻に度々登場する、身の回りの日用品からニョッキリ足が生えて動き回る付喪神のように、あるいは里山のイノシシやハクビシンないし、イヌネコといった街場の動物たちのように、人間とともにその場所に佇み、時には人間なんていう存在に構うことなく勝手にやっている「彼ら」「あいつら」というモノを作ってみたい。

そして「彼ら」が何を囲い込むのか。誰にお節介をかけるのか。その相手を彼ら達の間で決めさせてみる。つまりは造形的な連関を持ちつつ、連歌のように形を呼応させていきながら、向き合う、応答し合う彼らの会話のやり取りをでっち上げてみる。ややこしい言い方だが、彼らの眼球の中に写るその像を、別のメディアでまた新たな主体として登場させようというものだ。そのメディアが針穴写真機の仕掛けである。写真機を一つのモノとして制作し、側に立つ別のモノを撮影し、囲い込み、彼らの関係を可視化させてみる。そして現像した写真を縁取り、また新たなモノを出現させてみる。彼らの造形も制作する順序で連関性が生まれるように、彼ら同士の関係も、具体的な応答の順序をここでひとまずは作り出そうというものだ。


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自作したピンホールカメラで写した写真。少々分かりにくいが、家具が写っている。


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二体の家具の原型を向き合わせてみる。
(photo:comuramai)


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ドローイング。ここでは二体の家具原型の関係を、間に別種のオブジェクトを橋のように架け渡して立ち現せようとした。(2017年)


5ときの忘れものでの展覧会の会場構成スケッチ。モノとモノの応答関係、お節介の矢印の方向(双方向の時もある)を考える。


そして、お節介の対象は彼ら、つまり制作される家具の原型たちの他にもいる。自作自演ばかりでは、時にはこちらも白けてしまうからだ。それが今、福島で、時にはインドでも共に活動をしている自分の仲間と呼べる人々が作るモノである。彼らの制作の断片を、断片として切り取り、勝手にこちらでその制作物手足を生やしてみようと思う。詳しくはまた次回。
さとう けんご


■佐藤研吾(さとう けんご)
建築家。1989年神奈川県生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor。同年、東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍、近代初頭の東京の空き地を研究。インドで工作を通して大地と人間生活の関係を探求する「In-Field Studio」を主宰。福島県大玉村で藍の栽培と染めの作業から震災後の里山の風景を描く「歓藍社」所属。2018年より同村地域おこし協力隊着任、村に残る蔵、屋敷の風景の調査と実践に取り組む。
インド、福島、東京を主な拠点とし、それらの場所で得た経験と行動の軌跡を辿り、その展開から次なる建築工作の構想に取り組む。
主なプロジェクトに「インド・シャンティニケタンに同士を募って家を作りに行く」(2018)、「BUoY 北千住アートセンター」(2017)。
今秋11月にときの忘れもので個展を計画中、乞うご期待。
URL: http://korogaro.net/

●本日のお勧め作品は、クリストです。
Christo_19 (2)クリスト
《包まれたタイムズスクエアのビル》
2003
リトグラフ+シルクスクリーン、コラージュ
Image size: 77.5x59.5cm
Frame size: 85.0x67.0cm
H.C.(Ed.20)  Signed
*レゾネNo.187
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◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第17回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第17回 ときの忘れものでの秋の展覧会の構想について1

最近はもっぱら福島の大玉村に来て、「染め場とカフェ」の計画に取り組んでいる。設計をするのも工事をするのも自分だけではないが、構想をめぐらせてみると、やってみたいことはけっこうあり、他のプロジェクトでは試みる機会すら得られないような面白そうな造作やオブジェクトを各所で実験ができそうである。素材で言えば、コンクリート、木、そして水、布、藍という色といった要素が、既存の民家の古材と取り合いながら互いにせめぎ合う状況を実現させたい。

1

「染め場とカフェ」の初期スケッチ。現段階のデザインや作り方はこのスケッチとは大きく異なるものであるが、こんなボヤっとした部材の取り合いの感じはどこかに維持したいとも思っている。「染め場とカフェ」の整備の事情については下記リンクにて。
https://camp-fire.jp/projects/view/68881

そんな素材、部材間の取り合いへの興味が自分にあるのかと改めて思ったのは、ある友人から自分の持つカメラについて指摘を受けてのことであった。自分が普段持っている一眼レンズは35mmの単焦点であるのだが、そんな狭い画角のレンズを持っている建築家はいないだろうと言われた。ほう、確かにこのレンズではとても建物全体や部屋全体を一枚で収めることはできない。いわゆる建築写真の広角のすこしアオリの効いたものであるのは知っていた。けれども、自分はどうもその全体を把握してしまう写真にあまり面白みを感じず、もちろんそんな広角のレンズも時には必要であるので持ってはいるが、普段持ち歩いているのは小さな部分、対象の素材感の細部を見つめることができるようなレンズであった。

そして、そんな持ち歩くカメラのレンズ選定は、どうやら自分の建築のデザインの注力の仕方の反映でもあったことに気づかされた。部材の取り合いや、拮抗の様に注視し、それをある種の建築表現としようという意欲が自分にはあることが多く、一方で”空間”というものはそんな取り合いが組み合わされた幾多の部材によって囲まれることで生まれるのだろう、そんな風に考えていた。それゆえに、インドのシャンティニケタンでの家作りでも家具や木工造作をバラバラと散布し、その遠隔的な造形の連関や、組み合わせをウンウンと考え込んたのを思い出す。いわゆる計画学的な対処療法から始める設計屋との”空間”の作り方は異なるものであり、ときにはそのことを揶揄されたこともあったが、自分では全く卑下することなく開き直ってはいる。

2インド・シャンティニケタンでの家の吹き抜け空間に架構した木工造作の細部。



秋に、ときの忘れもので、展覧会をやらせていただく機会をいただいた。そこではぜひ自分が建築を作る、作ろうとするときに考えていることを直截に表現したいと思っている。ギャラリーの中で、展示するモノ同士が互いに呼び合っているような、群像劇を催したい。群像劇なので、「おーい」と展示のモノたちが叫び合っているようなザワめいた状況を目指したい。
展示するのは、ドローイングと、木工を中心とした家具スケールの立体である。ドローイングは、立体を作るためのある種の見取り図、あるいはヒントでもあれば、ドローイングそれ自体が建ち現れた立体と造形の呼び合いを繰り広げてほしい。家具スケールの立体群においては、上で書いた部品間の取り合いはもちろん、異なる素材部品がそれぞれ異なる制作者によって、異なる履歴をもって作られ、それらのアッセンブル、同居関係を繰り広げてみたい。つまり、共作という平和的な制作プロセスではなく、拮抗状態ともいうべきの、睨めっこのバチバチの現場であろうか。そしてその現場が、確信犯めいた演出で終わらないためにも、立体とその立体に関連するドローイングとの間の齟齬、矛盾の関係が必要であるなと予感している。言葉では、どうやら今はこの程度の言い回ししかできなさそうでもあるので、ともかく実際の制作でそれを表現してみたいと思うのである。

3

布と色と木の呼び合いを備えた家具スケールのモノのドローイング。具体的な立体での取り合いと整合させることもあれば、整合を意図せずにその物体間の越境を試みることもある。
さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

*今秋、ときの忘れものでは佐藤研吾さんの個展を開催します。どうぞご期待ください。

●本日のお勧め作品は、平井進です。
平井進
平井進
《作品》
1968年  油彩
73.0×61.0cm
サインあり

DSC_0336
左から)
オノサト・トシノブ《波形の十二分割》
平井進《作品》
瑛九《作品−B(アート作品・青)》
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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第16回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第16回 コンクリートの表情について考え、そこから岡啓輔さんの蟻鱒鳶ルへ、そして歓藍社「染め場とカフェ」の工事現場へ跳ぶ

シャンティニケタンの家のコンクリート
インド・シャンティニケタンでの家の鉄筋コンクリートの躯体は、その表情を見ればわかるように、型枠の内側にビニールシートが貼られて打設されたものである。型枠が外しやすく、型枠を何度も使える、そして型枠が端材のような規格化されていない小さな部材であっても材間の継ぎ目の処理をあまり気にする必要がない、というのがビニールシートを貼る利点だろうと思う。脱型後のコンクリートの表面には所々ビニールシートが巻き込まれて残ってしまっていたりと雑な部分も残るが、躯体全体のツルっとした表面との掛け合わせがなかなか良かったりもする。少なくともその統御仕切れない表情から新たな工作のアイデアが生まれるものであった。

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シャンティニケタンの家の内部中央にたつ壁柱と梁の取り合い部。ビニールが巻き込まれて取り残されている。

1

家の外観。軒下のスラブと梁型は一体で打設された。

東京・三田の蟻鱒鳶ルの表情と窓
こんな表情のコンクリートは実は自分にとってはけっこう馴染み深いものでもあった。それはインドから遠く離れた日本・東京の三田にある、岡啓輔さんが建設を続けている「蟻鱒鳶ル」(ありますとんびる)のコンクリートの表情がそれである。蟻鱒鳶ルではこれまで何度も訪れ岡さんに会い、日々ニョキニョキと成長していく現場を見させてもらっていた。蟻鱒鳶ルでは型枠として杉板を何度も使い、その表面に農業用ビニールを貼って、コンクリートの流動性、重さと圧力を上手く利用した様々な造形の実験が試みられている。日本の通常の建築現場ではベニヤに樹脂を塗ったパネコートとセパレータで型枠を作るが、岡さんは自身の自力建設の段階的施工過程から、そしてベニヤ板の化学物質の健康への影響を考慮して、この独自の型枠のシステムを生み出したそうである。インドの建設現場と、東京の蟻鱒鳶ルの現場は気候も風土も作り手も全く異なる。けれども、それぞれの現場が持つある種の限界性に直面した工夫の結果として、同じ質を帯びた建築表現に至ったことが分かる。そしてどちらも状況を打開し、突き抜けていくような、作ることへの清々しい感覚を持った現場である。

そんな蟻鱒鳶ルの作り方、作るに至った経緯はつい最近出版された岡啓輔さんの著書『バベる! ─自力でビルを建てる男』(筑摩書房)に詳述されている。

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蟻鱒鳶ルと岡啓輔さんを知ったのは、およそ8年前、まだ学部の3年生の頃だったかの夏休みに、高山建築学校に参加したことがきっかけであった。そこで岡啓輔に会った。高山建築学校のことは、石山修武さんがしばしば著書の中や日記を読んで伝説のようなものとして知っていた。インターネット上のある記事を読んで、今も開校していることが分かって驚き、すぐに参加を決めた。先の著書『バベる!』に出てくる言葉であるが、「思考と表現が抜きつ抜かれつ交錯する」(113頁)場を目指す学校であった。そしてまた、参加する人間が学生や学生に毛の生えた若輩者が多いゆえ、どうしても思考が先行し、追い求める表現を実現させるための技術が足りずに辛酸を舐める、失敗が生まれる場でもあった。あるいは失敗を許容する場であり、学校というよりは実験場と呼ぶべき場所だった。
蟻鱒鳶ルでは、そんな高山建築学校がやっている試行錯誤の時間を、夏の10日間から1年に、そして10年へと延ばしに延ばし、独人の問答がコツコツと、けれども気づけば広大な痕跡を残しながら繰り広げてられている。数多の工夫の集積、足し算の建築である。

「僕自身の必然性にもとづいて建築をつくるーー。」(238頁)

本の中で一番印象に残った言葉である。必然性とは果たして何だろうか。なかなか実感が湧かないなと思った。なぜならば実のところいつも私は線を引いたり、作ったりするときにはかなりビクビクとして自信は無いからだ。

しばしば私はインドの人と話すときに、拙い英語でアイデンティティ=Identityあるいはアイデオロジー=Ideologyといったモノを探すこと自体が建築を作ることの根拠であると、しばしば言うことがある。(英語で言おうとすると語彙の少なさゆえに言葉も少しだけだが明快になるから、それは反面教師のように良い瞬間だ。)必然性探し。幸いなことに、結果生まれ出てくる建築は、その探索の軌跡をくまなく残してくれる。

岡さんから先日ある仕事を依頼された。友人でもある大工の青島雄大さんとともに、蟻鱒鳶ルの開口部に窓を作ってくれよというもの。なかなかに手強い仕事である。なぜならば、出来上がるモノの可能性が膨大だからだ。縁あってか、ここずっと取り組んでいる素材は木が多い。しかもコンクリートの堅い躯体がまずあって、そこに木を添え、向かわせることばかりをやっている。異なるモノとモノの接触、あるいはすき間、目地の取り方は、つまるところ他者との対話のあり方、発話の仕方である。蟻鱒鳶ルのように少しだけ人見知りで、けれども話し出すと止まらなそうなコンクリートの相手に、どのような木の窓枠をコンタクトさせるか。こちらの手数も多くなるだろう。勝つか負けるか、はたまた闘いの後にガッチリと肩を組めるのか。蟻鱒鳶ルの開口部は、こちらの造形の可能性を引き出してくれる相手であるのは確かであり、それがとても楽しみである。

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福島・大玉村の「染め場とカフェ」での異種間のコンタクト
建築とはそんな異種間のコンタクトの集積である。そしてそれは材料間の取り合い、増築、改築といった新旧のモノのコンタクトも同じく、その接触の機会があればあるほどに作るモノの姿の可能性は広がっていく。今、福島県の大玉村というところで藍染めを軸にモノづくりを試みるチーム、歓藍社に入りながら、そこで新拠点「染め場とカフェ(仮)」を建設している。歓藍社の活動に参加いただいている地元の方が持っている平屋の民家を改修し、そこを染め工房とカフェに変えようというプロジェクトである。民家の既存材に対して新たな木工造作を加えるにあたって、取り合いの様を果たして、どのように表現するか。また、藍染めという柔らかい作業から生まれるモノと、建築という本来固いモノをどのように同居させ、また溶融させるか。5月6月おそらくは、だいたい毎日その現場に滞在して考え抜くつもりである。

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改修する平屋の民家。ちょうど裏の山と村の田園の狭間に位置した場所にある。材料間の取り合いの具合への興味の傾注と同様、山林と田畑との領域的接触のあり方を考えることもこのプロジェクトでは重要だと思っている。またそれを表現に取り込んでみたい。

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内部のスケッチ。染めた布も内部に用いる予定。その取り合いもまた面白そうな部分である。

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染めた布を組み合わせた木製家具のスケッチ。動かせる程度に重くなってはいけない家具のディテールは力学にある程度忠実でなければならないので材料間の取り合いもマザマザと露出してくる。

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同じく歓藍社で活動する河原信彦のドローイング。この「染め場とカフェ」のプロジェクトの、”交錯する創作“の現場の様子を描き表している。

■この施設整備費を集めるため、クラウドファンディングを行っています。プロジェクトの全体像を詳しくまとめているのでぜひご一読を。
「ほんとの空の色を求めて。福島県大玉村で藍染めの「染め場とカフェ」をつくる!」
https://camp-fire.jp/projects/view/68881

さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
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●本日のお勧め作品は、橋本正司です。
20180507_176a橋本正司
《17-6-A》
2017年
ブロンズ
H82.0xW159.0xD70.0cm


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●ときの忘れものは5月3日(木・祝日)〜5月7日(月)まで休廊です。
ブログは年中無休なので、どうぞお楽しみください。

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第15回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第15回 インドのプロジェクトについて、石山修武さんとのやりとり

インド・シャンティニケタンの家づくりの仕事をひとまず終えて日本へ帰国した後しばらくして、師である石山修武さんへその報告をした。できあがった写真数枚と掲載された新聞を見せ、若干の説明を言葉で加えただけであるが、石山さんはやはり透かして見ているかのようにその核心を突き止めてくる。その批評を、すぐに自身のウェブサイトに載せていただいている。(2018年4月4日現在、計10の文章)http://setagaya-mura.net/jp/top.html#sato-india-10

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自分がインドで仕事を成したかったのは、何となく今まで生きてきた日本、特に東京という馴染みある環境に、自分自身の思考や手の動き、デザインの幅をはめ込みたくなかったからである。ともすれば、今自分が置かれている環境に順応し、満足してしまう自身の甘さを知っているので、自分を律するためにインドでの仕事を求めた。自分を律するとは、必ずしも自律、インディペンデントな振る舞いではなく、インドという巨大な未知に依っていきながら、むしろ閉塞しがちで固まりがちな自分の思考を解そうとしたのである。

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石山さんが指摘するように、インド・シャンティニケタンで出来上がった家は、現地の鉄筋コンクリートの躯体と日本の木工技術の並存こそが重要である。本来、建築設計は施工全体を監理し、その施工の精度に配慮すべきでもあるが、シャンティニケタンの家では鉄筋コンクリートの躯体工事には私は現地に行かずにメールのやりとりのみの遠隔的な介入にとどまった。もちろん基本的な形状、平面形はあらかじめこちらで設計した図面によって指示を出しているが、特に構造的に必要となる梁と柱の接合部や、壁や床との取り合いなどについては現場の職人あるいは現地のコンストラクターらによる判断によって決められた。現場も小さかったため、いわゆる現場の監理は施主自らがほぼ毎日現場に通って、コンストラクターと協議をしてもいた。つまり、原形は作っていたにせよ、鉄筋コンクリート躯体の部分は私の手からはかなり遠く離れたところで現れ出たのである。なので、その後の日本の木工技術の付加は、鉄筋コンクリートと木造の周到な組み合わせのデザインというよりかは、いわゆるリノベーションのような、鉄筋コンクリートという既に存在する躯体に対して、取り付くように木造を内部に付加した。であるから、現場での判断は欠かすことはできず、木造、内部造作の工事段階では、私は現場に寝泊まりして滞在し、同じく滞在していた日本からのチームメンバーと共にほぼ一からデザインを組み立て直したのであった。

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石山さんからの、「それ故に写真で見る限り、柱、梁が内部に露出して線状の構造が少しばかりうるさい。日本的大工の線状形態の家具や、装置群とハレーションをおこしている。」(「佐藤研吾のインドでの仕事 6」)という指摘は、まさにその通りで、インドの現場が作り上げたあまり洗練されてはいない野暮な鉄筋コンクリートの造形に対して、抽象的で慎ましい表情の木工造作を対置するわけにも行かず、むしろハレーションを起こし、その内部空間においてそれぞれの造形がストラグルしながら応答するようなデザインを選んだ。設計段階においては、大江宏の香川県立文化会館を特に参照し、その鉄筋コンクリートと内部木造の同居からうまれる荘厳さを生み出そうとも試みたが、スケールの違いゆえに、実際の現場ではモノの質感と量感よりかはそれらの外形線、造形のぶつかり合いが強く出すぎてしまった感もあり、それは口惜しい。

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次に続く、「安藤忠雄のコンクリートは柱、梁の線をすべて壁や床に埋め込んだところが特色である。佐藤研吾はまだそのコンクリートの状態を充分に身体化していない。すでに安藤のボキャブラリーは共有財産であるから、学んだ方が良い。」のアドバイスは粛々と受けて、次の現場で取り組まなければいけないことである。実はちょうど、今回のシャンティニケタンの家を見学に来た別のインドの人から、安藤忠雄のような家を作りたい、と相談を受けていたところであったので、インドの場当たり的な現場をどのように対峙し、洗練と野暮の同居をコントロールしていくか、次の課題である。

やはりインドの仕事をやっているときには、他者をもって自分自身を律しているのがより強く自覚できる。特に建築という具体的なモノを扱いながら、自分の思考を確かめることができるのは何よりも嬉しいことだと改めて実感している。
さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
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●本日のお勧め作品は、六角鬼丈です。
20180207_02六角鬼丈
「直景(雑創の森学園)」
2017年 シルクスクリーン
Image size: 36.5x69.0cm
Sheet size: 56.0x75.0cm
Ed.15 サインあり

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佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第14回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第14回 町のはずれの溶接屋さんとの共同について

インド・シャンディニケタンの家の内部をどのように設えるか。デザインを考える上で、まず念頭にあったのが、友人であり、大工を生業にしている青島雄大さんにインドへ来てもらうことだった。「日本の家」を如何にして作るかという課題に対して、「日本からインドへ作りに行く」という現在の出来事自体がその答えを担保し、そこからむしろ日本とインドとの間の距離、隔たりをどのようにデザイン、制作の中に取り組むかの試行錯誤に向かった。
したがって、内部の設えは自ずと木材を使ったものになった。日本から来た大工と、現地で調達する木材とのある種の共同の可能性も、ここでは意図するところである。

最終的にこの家の仕上げはとてもシンプルなものになった。シンプルというのは仕上げ材の種類が少なく、それぞれの取り合いが単純という意味である。モルタル、コンクリート、レンガ、鉄、ガラス、木。ややこしい接続金具はなく、大体はモルタルで埋めつぶすか、木ダボを差し込んだところに打ち込む釘留め程度のものであった。そうした材料を用いて、他にどのような異種の共同があり得るかを考え、また滞在中の限られた工期と予算も鑑みて、鉄を使った制作をしてみようと考えた。インドの多くの住宅はほとんどすべての窓に鉄格子をはめて防犯措置を施している。また門扉や柵も同様の鉄材で作られている。どれも日本のようなプロダクトメーカーがいるわけではなく、大体が町場の小さな溶接屋さんによるほとんどハンドメイドのものだ。

1ラタンパリの溶接屋さん。奥の鉄材の山から適当な材を引っ張り出してくる。だいたい毎日、二三人が働いていて、溶接機は二台あった。


こうした町場の小さなモノづくりによるデザインには大きな可能性を感じている。少なくとも、いきなり現地にやってきた我々と共同してくれるだけの融通さと技術の素朴さ、余白があるからだ。そこで、施主が制作した可動式の囲炉裏机の上に吊り下げる自在鉤と、一つ座机の骨組、そして日本に持ち帰ったある立体を制作してもらった。自在鉤とは囲炉裏の上に鉄鍋を下げて置くための釣り具で、部材間の摩擦を利用して、その高さを上下変えることができる装置である。よく日本の古民家などでは鯉の木彫りがその一部にあてられていたりするが、構造的には要は中心の棒を支える二点の接触部分を作れば良いので、すべて鉄で作ることにした。早速、溶接屋さんにオーダーするために原寸図を画用紙に描く。これはそのまま材を紙にあてて寸法を確認するためだ。また分かりやすいようにアイソメ図も描く。

2現地で描いた原寸図。工場に持って床に置いていたので泥んこである。


現場の家から歩いて10分くらいのところに、ラタンパリ(Ratanpali)という少し栄えた町があり、その裏手に小さな溶接屋さんがいる。そこに原寸図を持って行き、少々話して、使う材を選び、その材に切断する位置を墨付けしていく。墨付けは私がやり、職人さんに鉄オノかグラインダーで切ってもらう。そしてまた私が切った部材を手で持ちながら、部材同士を溶接して留めていく。作るモノの用途はあえて伝えない。基本的には切って付けるだけの作業なので、普段やっている窓の格子とさほど違いも無く、迷いがなければ直ぐ終わった。

3鉄の棒材を切る職人さん。


およそ10日間だろうか、この溶接屋さんへはほとんど毎日向かった。毎日職人さんらの作業を眺めていると、切断時にどんな形状の歪みが出てくるのか、どの部材から組み立てていけば形が決まっていくのか、など感触がつかめてくるものであった。また言葉は通じなくても、アーアー言いながら、切るジェスチャーをしたり、絵を描いたりすればやりとりも全く問題無い。

4自在鉤の部材の一部。ただし、このあといろいろ試行錯誤をしたので3,4回は部材を継ぎ足している。


5とりあえずの完成をみた自在鉤。背後にあるのは床の間。この床の間については次回以降に詳述したい。


さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
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誤報でした(お詫び)
埼玉県立近代美術館で開催中の「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が3月4日のNHK日曜美術館のアートシーンで紹介されましたが、再放送はその日の夜にされており、11日(日)にはアートシーンの再放送はありません
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログをぜひご購入ください(2,200円)。
埼玉チラシメカス600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00〜15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00〜16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
〜〜〜〜
○<『版画の景色 現代版画センターの軌跡』鑑賞。
前回訪れた時は十分な時間を持って見れなかったので、今回はリベンジマッチ。
版画で平面のはずなのに立体的に見えるような作品に心惹かれました。関根伸夫の『おちるリンゴ』、磯崎新の作品とか、あれ、他にもあったけど思い出せない…
関根伸夫さんの『大地の点』って言う鏡面仕上げの板のような作品も面白かった。あれ、端の方に染みのように色がついていて、屋根がないところに置いたら空が写って正に大地の点のようになるんだろうね。
小田襄さんの『銀世界ー夢』は金属の質感が出ていて、でもそこが何かとても美しく見えた。
こういうのも版画なんだねって言うのがこの小田襄さんの作品以外にもたくさんあって、新しいものにいっぱい出会えたのがこの展覧会の収穫です。
磯崎新さんの作品で印象に残ったのが『内部風景』って言うウィトゲンシュタインが共同設計した家、アルトーが収容されてた精神病院、そして磯崎さんの作品なのかな?がプリントしてある3点の連作のようなんですが、3作ともきれいに正方形。
なんでこれなのかわからないけどとても良かった。
そう言えば、一原有徳さんの作品な出会えたのも良かった。前に「日曜美術館」で実験的な版画を作るってことで特集されていて、すごい人がいるなと思っていたけど、実際見た作品は何物にも似てなくてとても不思議な作品でした。
ウォーホルの『KIKU』の連作がとてもウォーホルらしかった←って何言ってるのかわからないように見えるけど、あの写真から少しズレて書かれている線とかが本当にウォーホルなんだよね。
大谷石採掘所跡の地下空間にずらりと並べられたウォーホルの作品は写真で見ても壮観でしたね。
『版画の景色 現代版画センターの軌跡』は埼玉県立近代美術館も相当チカラを入れていたみたいですね。なんせ、チラシを4枚も作っているんですから。
今回は出口前の記録ファイルもじっくり見ることができました。展覧会お知らせの葉書とかあれが来たら本当にワクワクしちゃいますよね
とにかく圧倒的なボリューム、版画の海に溺れてみるのも良いんじゃないでしょうか。期間は3月25日迄とあと3週間あるので、皆さんぜひ行って見てください。

(20180304/タカハシさん のtwitterより) >

○<「版画の景色」展へ。“景色”という通り1枚の版画の中にも線やべたっとのせた色の積層や、かすれなどが見えてくる。版画がこんなに面白いとは。版画素人にはそもそもリトグラフ、シルクスクリーンの用語が分からず基礎知識の説明があるといいなと思ってたらあった、子供用のが(笑)これ先にほしかった
(20180302/雨宮佐藤明日香さんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

植田実さんのエッセイ「美術展のおこぼれ 第47回(3月4日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○月刊誌『建築ジャーナル2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.162 難波田龍起「海の風」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
難波田龍起「海の風」600難波田龍起「海の風」
1977年
銅版(刷り:木村茂)
18.0×27.9cm
Ed.35 サインあり
*現代版画センターエディション
※レゾネNo.53(阿部出版)

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第7回 愛といのち

日時:2018年4月3日(火)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:メゾ・ソプラノ/淡野弓子
   スクエアピアノ/武久源造   
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。

info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart 供を開催します。
201803_UEDA
会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)

昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代〜80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。

●書籍・カタログのご案内
表紙植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

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植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円


◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第13回

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第13回 シャンティニケタンから帰ってくる

インド・シャンティニケタンでの家作りから、ようやく日本の東京へ帰ってきた。自分はおよそ2ヶ月あまりの滞在であり、日本からやってきた友人ら(同志)はおよそ1ヶ月の滞在であったが、ゆっくりとした時間の中で毎日なにかしらの大小様々な発見と新しい出会いのある日々であった。もともと、滞在の期間は飛行機の予約で決まっていたので、それまでの間目一杯作業を行った。

日々の記録は当方の些細なウェブサイトでダラリと書き列ねているが、ここでは何回かに渡ってもう少し締まりよく言葉を紡いでいきたい。ちなみに日々の記録、すなわち手記は一応、師である石山修武さんの世田谷村日記を自分なりに咀嚼して続けてみているものであるが、なかなかあの原稿用紙に迷い無くほとんど書き直しなく一気に書き上げるスタイルは自分には難しい。自分はPCの画面の上で、迷いながら、そして断片を継ぎ合わせながら、やっとこさ文章の体を出している。それはPCでの打ち込みが自分の思考の延長にあることも知るからである。もちろん、手描きのスケッチは自分自身の作業の中で欠くことのできないものであるが、文字の並びはどうも手で書くよりも、キーボードで打ち込む方が自分の頭の回転に馴染むらしい。しかしながら、その手記は今現在、1月18日付までで公開は途絶えてしまっていて、それ以降は未完結のメモが残っている。なので、すでに帰国はしてしまっているが、頭だけ再度シャンティニケタンに居残らせて少しずつ書き切っていこうと考えている。手記が未完結である後半の滞在は、予定がほとんど詰まり、またいくらかの気持ちの揺れ動きもあって大変ではあった。けれども特に、その期間に建ち現れた内部の木架構は日本にいては絶対にできない、一回限りの創作であったようにも今は思う。詳しくは次回、あるいは次次回に言葉を見つけることを試みたい。

1滞在終盤に建ち上がった内部の木架構の一部。やはりこれがこの家作りの肝であったようにも思う。


今回の家作りはひとまず一段落したとも思っているが、シャンティニケタンにはまた今年の冬に戻ろうと思っている。今回の滞在で出会い、また時間を共にした大切な人たちが待っているからだ。もちろんこの家作りのプロジェクトには施主がいて、私と日本からの友人(同志)らは建築設計と内部工事を主として関わった。けれども、現場に滞在しての創作、あるいは工作は、施主のための家作りという枠を超えて、私たち自身のための新しい居場所作りでもあったように思う。施主からしてみれば勝手な話である。けれども、施主もそれを望んでいるようだった。

なので、その新たな居場所に帰るために、待っている彼らと再会を果たすために、シャンティニケタンには近々戻りたい。実は、新築の家を作るのは私にとって日本インドを問わず初めての経験であった。けれども、こんなふうに世界に自分の居場所、訪れることのできる場所が増えていくのはとても幸福なことである。建築、家を作ることの本質に触れることができた気がしている。

2深夜、計画について話す施主のNilanjanさんと筆者。様々なギャップはあるが、そのギャップあってこその現場制作であった。


さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。
URL: http://korogaro.net/

*画廊亭主敬白
今月の原稿、お送りいたします。
送るのがとても遅くなってしまい本当にすみません。
なお、数日前に無事にシャンティニケタンから帰国いたしました。佐藤

というメールが入ったのは5日である(怒)。担当の秋葉の焦るまいことか。写真で見ると(実物はもっと優男)華奢でおとなしそうな青年だが、これが喰わせモンで、いい度胸をしている。昔の亭主だったら即「連載中止!」と叫んだ(と思う)。今はそんな元気はない、「佐藤さんもインドからたいへんだねえ」なんてイイこぶってます(笑)。
数日前から予告していますが、本日7日(水)は都合により、17時で終業します17時以降は閉廊しますので、ご注意ください。
新しく入った作品や、以前からの在庫で未収録の作品などは順次ホームページに掲載しています。担当は最年少スタッフの勝見ですが、時々ミスをする(まあ誰でもしますが)。上智の学生なので勤務は週に二日、従ってミスの訂正は他のスタッフがすることになります。
http://www.tokinowasuremono.com/artist-d95-shimak/shimak03.html
島先生の布に刷った70年代としては画期的な作品でしたが、記載データに誤字が一字あります。さて、なんでしょう。これを勝見がどこかで読めば即訂正するでしょうが、訂正するには惜しい傑作誤字であります。
2月7日21時25分亭主追記〜佐藤さんから遠慮がちに「原稿は5日にお送りしていたつもりでしたが、、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ございませんでした」というメールが届きました。ありゃあ、5日に届いていたようで、とんだ濡れ衣でした、佐藤さん勘違いしてごめんなさい。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシウォーホル600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<「版画の景色 現代版画センターの軌跡」鑑賞。
圧倒的なボリュームの展示数、夕方に予定入れてたのを少し後悔しましたよ。作品はどれも見応えがありましたが、磯崎新の作品はカッコいいってのをチラホラ聞いて見てみたら、やっぱり良かった。立体を上手く平面に落とし込んだような感じが良いのかな。
今回の企画展、現代版画センターが発行した会報誌なども閲覧可能になっていて、これをじっくり見るとなると本当に時間に余裕が必要になってしまいます。なので来月にもう一度時間に余裕を持って見に行きたいと思います。
しかし版画で美術を広めるなんて熱いムーブメントが昔あったんですね。
追伸:今回の展覧会、たくさんの素敵な作品に出合えて貴重な時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます。
『版画センターニュース』を熟読してしまい、映像資料も見れず後半の鑑賞時間も駆け足気味になったので次回は余裕をもって来館して資料にも目を通したいと思います。

(20180204/タカハシさんのtwitterより)>

○<版画は木版画だけじゃない。リトグラフはまさに印刷。表現のバリエーション、奥深さを知った。これからもっと版画を知ろうと思う。良い企画。図録も凝っている。/「 #版画の景色 現代版画センターの軌跡」展
(20180204/shotaさんのtwitterより)>

○<埼玉近代美術館の『版画の景色』は圧巻でした。
若かりし頃、特に70年代に出会った作品群に、
何とも言えない感慨深いものを感じ、また改めて刺激を受けた次第です。
ありがとうございました。

(20180205/大分県・TTさんからのメールより)

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.110 菅井汲「シグナルA」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
110_菅井汲《シグナルA》
菅井汲
《シグナルA》
1976年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 34.0×14.0cm
Sheet size: 40.5×28.5cm
Ed.150  サインあり

出品作家45名】靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

パンフレット_05


◆ときの忘れものは「ハ・ミョンウン展」を開催します。
会期=2018年2月9日[金]―2月24日[土] ※日・月・祝日休廊
201802_HA
ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルなど誰もが知っている20世紀を代表するポップアートを、再解釈・再構築して自らの作品に昇華させるハ・ミョンウン。近年ではアジア最大のアートフェア「KIAF」に出品するなど活動の場を広げ、今後の活躍が期待される韓国の若手作家です。
ときの忘れものでは2回目となる個展ですが、新作など15点を展示します。 ハ・ミョンウンは会期中数日間、日本に滞在する予定です。
●オープニングのご案内
2月9日(金)17時から、来日するハ・ミョンウンさんを囲んでオープニングを開催します(予約不要)。皆さまお誘いあわせの上、是非ご参加ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・新連載・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載します。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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