ジョナス・メカスの世界

追悼 ジョナス・メカス〜メカスさんの版画制作

追悼 ジョナス・メカス

メカスさんの版画制作
(再録:2005年11月記)

 1983年春、石田了一さんが刷った「KIKU」と「LOVE」6種1200枚あまりを抱え初めてニューヨークへ渡った。現代版画センターのアンディ・ウォーホル全国展のための数十頁もの契約書をウォーホルと交わし、版画にサインを貰って一段落したある晩、友人の木下哲夫さんの紹介でジョナス・メカスさんのアパートを訪ねた。
当時メカスさんは市から旧裁判所の建物の提供を受け、映画美術館の建設を進めていたが資金難で計画は立ち往生していた。木下さんは日本でも応援しようと、ちょうどウォーホルとの交渉で渡米する私にメッセージを託したのだった。版元の私にできるのは作家に版画をつくってもらい展覧会を組織し売ることである。
その年の秋、大韓航空の格安チケットでメカスさんを招いた。ホテル代を節約して世田谷や奈良の友人宅に泊めてもらい、版画7点を制作し(刷り=岡部徳三)、原美術館でジョナス・メカス映画美術館建設賛助「アメリカ現代版画と写真展-ジョナス・メカスと26人の仲間たち」展を開催した。
 この7点の版画が、その後メカスさんが精力的に発表することになる「フローズン・フィルム・フレームズ=静止した映画」制作のきっかけになった。
撮影した16mmフィルムから、数コマを抜き出し「版」にするというアイデアは、私たちがシルクスクリーン制作のために提案したのだが、スポンサー役の私が破産してしまったのでメカスさんは版画のかわりに写真の連作を次々とつくり出したというわけだ。(以下略)
  2005年11月 綿貫不二夫
『版画掌誌ときの忘れもの』第5号編集後記より 2005年11月 ときの忘れもの刊)

●1983年に制作されたジョナス・メカスさんの初めての版画全7点をご紹介します。
DSCF1215メカス自画像600ジョナス・メカス Jonas MEKAS
セルフ・ポートレイト
ラコステ(サド侯爵の城)の日蔭にて

1983年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
37.0×51.0cm
Ed.75  サインあり

DSCF1219メカス雨だれ600ジョナス・メカス Jonas MEKAS
枝と葉の影を映し、雨滴に濡れた壁
1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
37.5×51.0cm
Ed.75  サインあり

DSCF1231メカス自動車600ジョナス・メカス Jonas MEKAS
夜の街を走る車 マンハッタン
1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
53.0×37.5cm
Ed.75 サインあり

DSCF1228mekasuひなぎく600ジョナス・メカス Jonas MEKAS
ひなぎくを持ったケイト・マンハイム 1972
1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
63.0×43.0cm
Ed.75 サインあり

メカス「ピーター・ビアード」600ジョナス・メカス Jonas MEKAS
モントークのピーター・ビアード 1974
1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
37.5×51.0cm
Ed.75 サインあり

ウーナ・メカス5歳(シルク)ジョナス・メカス Jonas MEKAS
ウーナ・メカス5才
猫とホリス(母)の前でヴァイオリンの稽古 1979

1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
53.0×37.5cm
Ed.75 サインあり

メカス「京子」シルクジョナス・メカス Jonas MEKAS
京子の7才の誕生日(オノ・ヨーコの愛娘) 1970
1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
36.5×24.0cm
Ed.75 サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
〜〜〜〜〜
私たちが1983年にメカスさんに版画制作を勧めたとき、その源泉となったのが自身が撮影した16mmフィルム から、数コマ程度の部分を抜き出し、写真として焼きつけるシリーズです。
ずっと「動くフィルム」である映画を撮ってきたメカスさんが静止した写真作品、版画を制作したき っかけについて、著書『フローズン・フィルム・フレームズ−静止した映画』(木下哲夫訳、1997年・フォトプラネット刊)の中で、次のように語っています。

<・・・・・
(1980年代に)日本の友人たちに一つの相談をもちかけました。というのは、 私が運営する「アンソロジー・フィルム・アーカイヴズ」には、映画はたくさんあるのですが、維持していくためのお金がない(笑)。それでなんとかなら ないだろうか、と相談すると、私の60年代の映画の中からギンズバーグやダリ といった有名人たちのイメージを抜き出して、それを東京でシルクスクリーン に焼き付けて売ればお金になるんじゃないか、と言われたんです。それでこの 仕事が始まったのですが、有名人のイメージを十ほど選んで友人たちに送ったら、スポンサーになろうと言っていた人が急に破産してしまって、このプロジェクトは御破算になってしまいました。しかし、この頃には私はもう自分を止められなくなってしまった(笑)。・・・・
以下略
*『フローズン・フィルム・フレームズ−静止した映画』(木下哲夫訳、1997年・フォトプラネット刊)44〜45ページより>

メカスさんを応援しようとした日本の友人たちとは同書の訳者でもある木下哲夫さんたちのことですが、急に破産してしまった<スポンサーになろうと言っていた人>が亭主です(涙)。

●『フローズン・フィルム・フレームズ−静止した映画
メカス『フローズン・フィルム・フレームズ−静止する映画』著者:ジョナス・メカス
訳者:木下哲夫
編者、発行:フォトプラネット、1997年
19.3×13.5cm 125ページ
目次:
I フローズン・フィルム・フレームズ―静止した映画
  インタヴュー 写真と映画のあいだで
II 日本への旅―吉増剛造との対話
  一九九一 旅というエデュケーション
  一九九六 たぎつ瀬、詩と映像の越境
III 私には行くところがなかった―亡命までの日々
価格:2,000円+税
*ときの忘れもので扱っています。

メカス『フローズン・フィルム・フレームズ−静止する映画』表4

追悼 ジョナス・メカス トークイベント「メカスさんを語る」
去る1月23日NYの自宅で、ジョナス・メカスさんが亡くなられました(96歳)。9日に予定していたトークイベントは雪で中止(延期)しましたが、あらためて下記日程で開催します。
2005年10月サインするメカス日時:2月21日(木)18時
会場:ときの忘れもの2階図書室
講師:飯村昭子(フリージャーナリスト、『メカスの映画日記』『メカスの難民日記』の翻訳者)
木下哲夫(メカス日本日記の会、『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』の翻訳者)
植田実(住まいの図書館編集長、『メカスの映画日記』の装丁者)
要予約:既に満席ですが、キャンセル待ちの方はメールにてお申し込みください。
参加費:1,000円は皆さんのメッセージとともに香典として全額をNYのアンソロジー・フィルム・アーカイブスに送金します。
2月21日16時からトークイベントに先立ち「リトアニアへの旅の追憶」を上映します(予約不要)。
*写真は2005年10月青山・ときの忘れものにて、版画掌誌第5号挿入の写真作品にサインを入れるメカスさん。

2月6日 井戸沼紀美「メカスさんに会った時のこと」
2月4日 植田実『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』
2月2日 初めてのカタログ
1月28日 木下哲夫さんとメカスさん

◆ときの忘れものはジョエル・シャピロ展 を開催しています。
会期:2019年2月8日[金]―2月23日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
※誠に勝手ながら2月19日(火)の営業時間は17時までとさせていただきます。
2月3日ブログに出品作品の概要を掲載しました。
シャピロ展DM画像大
1941年生まれのジョエル・シャピロはアメリカを代表する彫刻家。
単純な長方形で構成された巨大な彫刻が特徴で、国内では博多駅前の西日本シティ銀行(磯崎新設計)や川村記念美術館などに設置収蔵されています。
本展では、1979-80年にかけて制作した初期リトグラフや、1988年にマホガニー、桜、クルミなどの多種の木を組合せて制作した木版画をご覧いただきます。
シャピロのコレクターである笹沼俊樹さんが3年ぶりにエッセイを執筆されました。
2月8日ブログ:「プロフェッショナルの世界を見た〜1」
2月9日ブログ:「プロフェッショナルの世界を見た〜2」をお読みください。


◆ときの忘れものは3月27日〜31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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お知らせ 本日のトークは中止(延期)します

本日2月9日17時からのトークイベント「メカスさんを語る」は雪のため、中止(延期)します。15時からの「リトアニアへの旅の追憶」は予定とおり上映します。
2月21日(木)18時から「メカスさんを語る」をあらためて開催します。
会場:ときの忘れもの二階図書室
講師:飯村昭子、木下哲夫、他
参加費:1,000円(皆さんのメッセージとともに香典として全額をNYのアンソロジー・フィルム・アーカイブスに送金します。 )

追悼 ジョナス・メカス〜井戸沼紀美「メカスさんに会った時のこと」

追悼 ジョナス・メカス

井戸沼紀美「メカスさんに会った時のこと」


「もうご高齢だから、早く会いに行っておきな」。誰かのそんな、冗談交じりの言葉を間に受けて、友人とNYへ向かったのが2014年。午前11:00頃だったと思う。ご自宅を訪ねると、メカスさんは初め、少々困惑したような顔をしていた。けれどそんな表情もつかの間、彼はキッチンそばのテーブルに我々を招き、炭酸水を用意して話を聞いてくれようとした。ひどく拙い英語にも、思い返すと恐ろしいほど身の程知らずな質問にも、目をそらさずに。厳しさと、そして大きな優しさをもって言葉を返してくれた。のちのメールでTigerとPie-Pieと呼ばれていた2匹の猫が、あたりをうろついて。記憶に残っているのは帰り際、当時持っていた手帳にサインをお願いしたときのこと。名前を書いていただいて、大喜びしている私たちを「ちょっと待って」といった具合に引き止め、サインの横に花を描き足してくれたのだ。思いがけないご褒美をもらったみたいに嬉しかったのを覚えている。帰り際、メカスさんはエレベーターまで我々を見送ってくれた。そのドアが閉まってからもずっと、あの決して長くない時間のことが心の中を漂っている。

^貊錣NYに行った友達を交えた、メカスさんとの写真一緒にNYに行った友達を交えた、メカスさんとの写真


▲瓮スさんが吉増剛造さんの写真を抱えている様子メカスさんが吉増剛造さんの写真を抱えている様子


J絃呂暴颪い拭▲瓮スさんがサインの横に花を書いてくれている様子文章に書いた、メカスさんがサインの横に花を書いてくれている様子
いどぬま・きみ

井戸沼紀美 Kimi IDONUMA
1992年生まれ、都内在住。明治学院大学卒。これまでに手掛けたイベントに『ジョナス・メカスとその日々をみつめて』(2014年)、『ジョナス・メカス写真展+上映会』(2015年)、『肌蹴る光線 ーあたらしい映画ー』(2018年〜)がある。

INTERVIEW WITH JONAS MEKAS 2014

2014/09/09 NYのメカスさん宅にてメカスさんを井戸沼紀美さんがインタビューした動画です。

●本日のお勧め作品はジョナス・メカスです。
mekas_12_Peter_Beard_and_John_enacting_"Peter Beard and John enacting a Hollywood "fight".
Montauk, Aug. 1972"
1972年 (Printed in 1999)
Type-Cプリント
イメージサイズ:49.0x32.3cm
シートサイズ :50.7x40.6cm
Ed.10  サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●1月23日に亡くなったメカスさんを偲びジョナス・メカス上映会(DVD)を開催しています。
2005年10月メカス会期:2019年2月5日[火]―2月9日[土]
代表作「リトアニアへの旅の追憶」は毎日上映するほか、「ショート・フィルム・ワークス」、「営倉」、「ロスト・ロスト・ロスト」、「ウォルデン」の4本を日替わりで上映します。
上映時間他、詳しくはホームページをご覧ください。
2月9日夜のトーク「メカスさんを語る」(ゲスト:飯村昭子さん、木下哲夫さん)は既に満席となり受付を終了しました。
「リトアニアへの旅の追憶 Reminiscences of a Journey to Lithuania」
監督:ジョナス・メカス Jonas Mekas
1972年作品/1950〜1972年撮影(モノクロ&カラー/87分)
[ジョナス・メカス自身による解説]
この映画は3つの部分から構成されている。
まず第一の部分は、私がアメリカにやって来てからの数年、1950〜53年の間に、私の最初のボレックスによって撮られたフィルム群から成っている。そこでは、私の弟アドルファスや、そのころ私達がどんな様子であったかを見ることができる。ブルックリンの様々な移民の混ざりあいや、ピクニック、ダンス、歌、ウィリアムズバーグのストリートなどを。
第二の部分は、1971年に、リトアニアで撮られた。ほとんどのフィルム群は、私が生まれた町であるセミニシュケイを映しだしている。そこでは、古い家や、1887年生まれの私の母や、私たちの訪問を祝う私の兄弟たるや、なじみの場所、畑仕事や、他のさして重要ではないこまごまとしたことや、思い出などを、見ることになる。ここでは、リトアニアの現状などというものは見ることはできない。つまり、27年の空白の後、自分の国に戻って来た「亡命した人間」の思い出が見られるだけなのである。
第三の部分はハンブルクの郊外、エルンストホルンへの訪問から始まる。私たちは、戦争の間l年間、そこの強制労働収容所で過ごしたのだった。その挿入部分の後、われわれは私たちの最良の友人たちの一部、ペーター・クーベルカ、ヘルマン・ニッチ、アネット・マイケルソン、ケン・ジェイコブスと共に、ウィーンにいる。そこでは、クレムスミュンスターの修道院やスタンドルフのニッチの城や、ヴィトゲンシュタインの家などをも見ることができる。そしてこのフィルムは、1971年8月のウィーンの野菜市場の火事で終わることになる。 
 ジョナス・メカス

●上映会の会期中、メカスさんの著書を特別頒布します。
『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』表紙ジョナス・メカス ノート、対話、映画
著者:ジョナス・メカス
訳:木下哲夫、編:森國次郎
A5判 336ページ
せりか書房
価格:4,700円
1949年、肌寒いニューヨーク港に難民として降り立ったジョナス・メカス。入手したボレックスでニューヨークを、友人たちを、自らを撮り続けてきたメカスが語る、リトアニアへの想い、日記映画とニューヨークのアヴァンギャルド、フィルム・アーカイヴスの誕生…「ここに集められた文章は、どれも思い出であり、わたしの人生の一部である」。
主要作品のメカス自身による解説とコメンタリーを収録。

メカスどこにもないところからの手紙どこにもないところからの手紙
著者:ジョナス・メカス
訳:村田郁夫
19.5×12.8cm 199ページ
書肆山田
価格:2,500円


◆ときの忘れものはジョエル・シャピロ展 を開催します。
会期:2019年2月8日[金]―2月23日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
※誠に勝手ながら2月19日(火)の営業時間は17時までとさせていただきます。
2月3日ブログに出品作品の概要を掲載しました。
シャピロ展DM画像大
1941年生まれのジョエル・シャピロはアメリカを代表する彫刻家。
単純な長方形で構成された彫刻が国内では博多駅前の西日本シティ銀行(磯崎新設計)や川村記念美術館などに設置収蔵されています。日本ではかつてギャルリームカイで個展がありましたが、近年は展観の機会があまりありません。
本展では、1979-80年にかけて制作した初期リトグラフや、1988年にマホガニー、桜、クルミなどの多種の木を組合せて制作した木版画をご覧いただきます。


◆ときの忘れものは3月27日〜31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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追悼 ジョナス・メカス 『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』

追悼 ジョナス・メカス

『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』


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 自分が編集に関わった本を、表紙までついでにデザインしてしまうことは、少なくとも建築界では、そして1960年前半あたりまではごく普通であったと、植田実は言います。
そのあたりのことは別の機会に書くとして、ただ表紙まわりのデザインだけを別の出版社から依頼された、つまり一応ブック・デザイナー扱いされたのは、フィルムアート社の『メカスの日記』でした。映画作家であり詩人でもあるジョナス・メカスの1959年から1971年にわたる日記の邦訳ですが、その翻訳者の飯村昭子から植田の名が挙げられ、フィルムアート社の奈良義巳さんから連絡があったらしい。飯村昭子は映像作家・飯村隆彦の夫人であり彼女もいくつかの映像作品があるようです。メカスとの交諠はそういう関係もあってのことらしい。そして彼女と植田とは大学時代の同級でした。もちろんそこでデザインをやっていたわけではなく、畏くニューヨークに住んでいる飯村夫妻は植田の建築誌編集者としての仕事さえほとんど知らないはずなのですが、とにかくブックデザインを依頼してきた、とのこと。
003
デザインはごらんのとおりです。ジャケットはノドまで深く折り返し、黒地にメカスの全身像が繰り返し使われ、文字は白ヌキ。背表紙のロゴ・タイプが表紙あるいは折り返しの内側にまで繰り返されています。この写真とロゴの連続、さらにはロゴの書名、著者・訳者名、出版社名を区切る太いケイを加えて、映画のフィルムを暗示しようとしたデザイン。カバー(本表紙)では背表紙からロゴが消え、白ヌキ太ケイ(パーフォレーションに見立てた)だけが残るという仕掛けです。背表紙にタイトルが入っていないなんて、と奈良さんはかなり抵抗したらしい。トビラまで同じデザインを移動させて繰り返している。
 この本は1974年初版、1993年に増補改訂版 が出ていますが、表紙まわりは基本的に変わっていません。ジョナス・メカスといえば、偶然にも「ときの忘れもの」にとっても深い関係があるのですから、これについては綿貫不二夫に補ってもらいます。
 フィルムアート社からは、このあと『映画のシュルレアリズム』のブックデザインも受けています。
映画のシュルレアリスムジャケットはやはり黒地に写真、文字白ヌキ。太いケイも使われていますが、今度は斜めの角度を主調としています。ライトグリーン一色の本表紙にはこの斜めのケイだけが残り、さらに各章トビラにも同じパターンが繰り返されます。アド・キルー著、飯島耕一訳。飯島は植田が高校時代から憧れていた詩人。その住まいも植田の家から歩いていける距離にあるのが、やはり偶然というか、おもしろい。

 建築領域の編集者であるせいか、この2冊、どこか建築的な、構造をイメージしているともいえそうです。
(九曜明)

*上掲の文章は植田実先生が九曜明の名を使って(つまり三人称で)書いた『メカスの映画日記』についてのエッセイです。初出はときの忘れもののホームページで、今回メカスさんへの追悼の意をこめて再録します。

*ときの忘れもの亭主から一言
この本の初版が刊行された1974年、毎日新聞社にいた綿貫不二夫は「現代版画センター」を創立した。それから間もなく磯崎新の紹介で知った植田実を、美術に強い建築編集者とばかり思い込んでいて、装幀も多少手がけていたことは知らなかった。1983年春、ニューヨークでジョナス・メカスに会った綿貫はその人柄に惹かれ日本での展覧会〈アメリカ現代版画と写真展―ジョナス・メカスと26人の仲間たち〉を企画する。その秋、格安チケットを送ってメカスの初来日を実現し原美術館で展覧会を開いたが、このとき植田と著者はすれ違いだった。2005年10月ときの忘れものの個展オープニングに久し振りにメカスが再来日し、その歓迎の宴でようやく著者と装幀家はあつい握手を交わした。初版刊行以来、30数年が経っていた。
ジョナス・メカスさん_6002005年10月14日「ジョナス・メカス展」のオープニングの夜
左から、植田実先生、「メカスの映画日記」を手にするジョナス・メカスさん、
詩人の吉増剛造先生、メカスさんの詩集の翻訳者・村田郁夫さん。
この夜の宴については原茂さんのエッセイ「天使の謡う夜に」をお読みください。


『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』
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発行日:1974年4月1日 改訂版発行日:1993年9月3日
著者:ジョナス・メカス
訳者:飯村昭子
装幀:植田実
発行者:奈良義巳
発行所:株式会社フィルムアート社
サイズほか:21.6×15.4cm、402頁
表紙:ソフトカバーにジャケット

『映画のシュルレアリズム』
映画のシュルレアリスム発行日:1997年12月12日
著者:アド・キルー
訳者:飯島耕一
装幀:植田実
発行者:奈良義巳
発行所:株式会社フィルムアート社
サイズほか:21.0×14.8cm、416頁
表紙:ソフトカバーにジャケット

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●ジョナス・メカスさんの来日時に制作した版画作品をご紹介します。
メカス「京子」シルクジョナス・メカス Jonas MEKAS
京子の7才の誕生日(オノ・ヨーコの愛娘)1970
1983年  
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
36.5×24.0cm
Ed.75 サインあり
*現代版画センターとジョナス・メカス展実行委員会との共同エディション
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください



●1月23日に亡くなったメカスさんを偲びジョナス・メカス上映会(DVD)を開催します。
2005年10月メカス
会期:2019年2月5日[火]―2月9日[土]
代表作「リトアニアへの旅の追憶」は毎日上映するほか、「ショート・フィルム・ワークス」、「営倉」、「ロスト・ロスト・ロスト」、「ウォルデン」の4本を日替わりで上映します。
上映時間他、詳しくはホームページをご覧ください。
2月9日夜のトーク「メカスさんを語る」(ゲスト:飯村昭子さん、木下哲夫さん)は既に満席となり受付を終了しました。


◆ときの忘れものは「ジョエル・シャピロ展」を開催します。
会期:2019年2月8日[金]―2月23日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
※誠に勝手ながら2月19日(火)の営業時間は17時までとさせていただきます。
2月3日ブログに出品作品の概要を掲載しました。
シャピロ展DM画像大



◆ときの忘れものは3月27日〜31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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追悼 ジョナス・メカス 初めてのカタログ

追悼 ジョナス・メカス 

初めてのカタログ


<自分の作品カタログに序言を書いたことはこれまでに一度もない。
これはわたしの作品について制作される初めてのカタログである。
新しい経験になると思う。
ジョナス・メカス>


メカスさんを初めて日本にお招きしたのは1983年秋でした。
メカスさんのアンソロジー・フィルム・アーカイヴス(個人映画、実験的映画のフィルムの保存、上映、研究、制作援助を目的とする)を応援しよう(もちろん金銭的に)とジョナス・メカス展実行委員会(代表:木下哲夫)をつくり、原美術館はじめいくつかの会場で展覧会を開き、メカスさんの友人たち(ウォーホルやボイス、セラ、ラウシェンバーグ、ピーター・ビアード、ヘレン・レヴィット他26人)が寄贈した版画と写真のエディション作品を展示販売しました。

メカスさんは「フィルムはあるが金がない」というし、助っ人の私たちは「情熱はあるが金がない」状況でしたが、たくさんの写真を持参してくれたメカスさんのおかげで『ジョナス・メカス映画美術館建設賛助計画 オリジナル版画入りカタログ』を短時間のうちに制作できました。中に挿入する版画(靉嘔、大沢昌助、ジョナス・メカス)の制作と編集は現代版画センターが担当しました。

カタログの冒頭にはメカスさん自筆(タイプ)の「メッセージ」と「(自)伝記的ノート」が掲載されています。
メカスカタログ序言1メカスカタログ序言2

メカス序言和文1
メカス序言和文2

jonas mekas image3jonas mekas image2

続いて掲載したメカスさん自身による略歴/(自)伝記的ノートがいま読み返してもひしひしと迫るものがあります。
言葉 リトアニア語(バルト語系、ロシア語とは関わりなし>なんてメカスさんの故郷への熱い思いとソ連への静かな意思を感じます。
最初の部分だけテキスト化し、あとはカタログをスキャンしたので、お読みください。


●ジョナス・メカス (自)伝記的ノート

誕生 1922年12月24日 夜明け寸前 日曜日
星座 カプリコーン(山羊座)
生地 リトアニアのセメニスキアイ(20家族、約100人の住む村ラトビアとの国境まで20マイル、人口5000の町ビルザイから15マイル)
言葉 リトアニア語(バルト語系、ロシア語とは関わりなし)


両親 エルズビエータ・メカス
    婚前の姓/ヤシンスカス
    1887年3月19日生、1983年2月12日歿。
   ポヴィラス・メカス
    1869年生、1951年歿。農夫、大工
兄弟 エルズビエータ 1911年12月19日生、農婦
   ポヴィラス 1914年1月14日生、死亡 獣医
   ぺトラス 1915年5月15日生 農夫
   アドルファス 1925年9月30日生 映画作家/作家

1928-32 野や森で家畜の世話をする。
1932 ラウザディスキスの小学校入学。(4マイルを徒歩で通う)
1933 夏の間、牧童として働く。
    冬、ラウザディスキスの小学校に通学。
1934 夏、家畜の世話と野良仕事。
    冬、小学校3年。
1935 夏、家畜の世話と野良仕事。
    冬、小学校4年。
1936 5月、小学校(4年制)卒業。
  夏〜秋、近隣の村ネシウナイにて雇人として働く。初めての映画を観る(ディズニー、パットとパタション、そしてメロドラマ)初めて詩を出版。
1937 夏、野良仕事。
    冬、パピリスの学校で5学年目に就学(5マイルの距離を専ら自転車で通う)、学校新聞を編集する。
メカス自伝1
メカス自伝2
メカス自伝3
メカス自伝4
メカス自伝5
メカス自伝6
この「(自)伝記的ノート」は1981年12月7日のセバスチャン誕生で終わっていますが、亭主が1983年春に初めてNYに渡り、ウォーホルとの契約を済ませた後、メカスさんのアパートを訪ねたときにいたのがまだ幼いセバスチャンでした。
まさかあのときピーピー泣いていた赤ん坊が2009年9月新作展に父親の代理で来日するとは思いもしませんでした。
200909セバスチャン
2009年9月ときの忘れもの(青山)にて、
左から綿貫不二夫、セバスチャン、綿貫令子、尾立麗子

いまや稀少本となってしまったメカスさんの初めてのカタログの概要を記しておきます。
jonas mekas image1ジョナス・メカス映画美術館建設賛助計画
オリジナル版画入りカタログ
表紙
本カタログはA版及びB版の二種、合計1,000部製作した。
A版:限定500部
ジョナス・メカス、靉嘔、大沢昌助の3作家によるオリジナル・シルクスクリーン3点を挿入。(内、ジョナス・メカス作品のみはB版と共通、従ってメカス作品の限定は1,000部である。)
ジョナス・メカス「Oona Mekas」
靉嘔「Crashed Rainbow」
大沢昌助「茶色」
B版:限定500部
ジョナス・メカスによるオリジナル・シルクスクリーン1点を挿入。(作品はA版と共通)

企画:ジョナス・メカス展実行委員会
編集:ジョナス・メカス展カタログ編集室(現代版画センター企画室内)
執筆:ジョナス・メカス、鈴木志郎康、山口勝弘
翻訳:木下哲夫
デザイン:古谷卓
写真:酒井猛、田中誠一
オリジナル版画制作:ジョナス・メカス/靉嘔/大沢昌助
シルクスクリーン刷り:岡部徳三
印刷:クリキ企画印刷株式会社
発行日:1983年12月1日
発行人:木下哲夫
発行:ジョナス・メカス展実行委員会
編集協力:イッカン・アート・インターナショナル

ジョナス・メカス展実行委員会:呼びかけ人
磯崎新(建築家)
かわなかのぶひろ(映像作家)
谷川俊太郎(詩人)
松本俊夫(映像作家)
山口勝弘(造形作家)
事務局長:木下哲夫
協力:R.Y.U. 現代版画センター イメージフォーラム

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2005年10月サインするメカス2005年10月
ときの忘れもので、版画掌誌第5号挿入の写真作品にサインを入れるジョナス・メカスさん

●ジョナス・メカスの写真作品から
0909-04ジョナス・メカス
「ジョナス・メカス」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-07ジョナス・メカス
「ピクニック」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-08ジョナス・メカス
「料理をする私の母、1971(リトアニアへの旅の追憶)」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-15ジョナス・メカス
「エルズビエータ・メカス、わたしの母、リトアニア、1971(リトアニアへの旅の追憶)」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-17ジョナス・メカス
「ひまわり」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから

●1月23日に亡くなったメカスさんを偲びジョナス・メカス上映会(DVD)を開催します。
2005年10月メカス
会期:2019年2月5日[火]―2月9日[土]
代表作「リトアニアへの旅の追憶」は毎日上映するほか、「ショート・フィルム・ワークス」、「営倉」、「ロスト・ロスト・ロスト」、「ウォルデン」の4本を日替わりで上映します。
上映時間他、詳しくはホームページをご覧ください。
2月9日夜のトーク「メカスさんを語る」(ゲスト:飯村昭子さん、木下哲夫さん)は既に満席となり受付を終了しました。


新春の特集展示:生きものたち〜宮脇愛子、嶋田しづ、谷口靖、永井桃子は本日が最終日です。
会期:2019年1月29日(火)〜2月2日(土)
小さい魔方陣
出品作家:宮脇愛子嶋田しづ、谷口靖、永井桃子


◆ときの忘れものは「ジョエル・シャピロ展」を開催します。
シャピロ展DM小会期:2019年2月8日[金]―2月23日[土] 
11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
※誠に勝手ながら2月19日(火)の営業時間は17時までとさせていただきます。


「第27回瑛九展 」は1月26日に終了しましたが、3月末のアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●東京神田神保町の文房堂ギャラリーで「版画のコア core2」展が開催されています(〜2月2日[土])、会期中無休)。ときの忘れものは日和崎尊夫を出品協力しています。

●ときの忘れもののブログは年中無休です。昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。

●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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追悼 ジョナス・メカス〜木下哲夫さんとメカスさん

追悼 ジョナス・メカス

木下哲夫さんとメカスさん


ジョナス・メカスさんが2019年1月23日にNYのご自宅で亡くなられました。
私たちは当然のように100歳を超えてもきっとお元気だろうと信じていただけに胸の中にぽっかりと穴があいたような心細い思いにとらわれています。

パンフレット_02
昨年1月〜3月にかけて埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催され、そのフライヤーにはメカスさんの版画「セルフ・ポートレイト ラコステ(サド侯爵の城)の日蔭にて」が使われました。

1059
展覧会場の最後のコーナーでは現代版画センターの企画した宇都宮・大谷の「巨大地下空間とウォーホル展」のスライドと、メカスさんの映像作品が上映されました。(撮影:酒井猛)

そもそも私たちが現代版画センター時代にメカスさんを知り、1983年秋に日本に初めてお招きしたのは友人の木下哲夫(メカス日本日記の会)さんの紹介と尽力によるものでした。
その経緯については木下さんが上掲展覧会のカタログに寄稿されているので、ご本人と美術館の許可を得て一部を再録します。
< >内が再録文
〜〜〜〜〜
<(1.は略)
 2.
 版画センターの制作した磯崎新さんの版画を80年代初めにサンフランシスコのフィリップ・ボナフォン・ギャラリーに紹介し、展覧会を開いてもらいました。
 同じく80年代初めにニューヨークで映画作家のジョナス・メカスさんと出会いました。当時メカスさんはイーストエンドの旧裁判所の建物の払い下げを受け、これを映像美術館に改築するための資金集めに奔走しており、親しいアーティスト、写真家から寄付された作品を集めた立派なポートフォリオを制作しましたが、思うように売れずに困っていました。帰国後この話を綿貫さんにしたところ、さっそくポートフォリオをまとめて買ってくれました。1983年12月にはこのポートフォリオを中心に原美術館で展覧会を開き、これに合わせてメカスさんも来日し、メカスさんの映画のコマを素材とするシルクスクリーンも制作されました。メカスさんとの付き合いはこの後もつづき、「ときの忘れもの」でもフィルムのコマから制作したスチル写真の展覧会やフィルムの上映会が定期的に開かれています。
 これと同じころ、ニューヨークはソーホーのメカスさんのロフトから1ブロック南に住むイタリア人画家ジャン・ベルト・ヴァンニさんの展覧会を開いてもらいました。ヴァンニさんは来日して渋谷の方寸ほか、版画センターの斡旋で奈良、小浜でも展覧会を開き、リトグラフも制作しました。ちょうどこの時期、ヴァンニさんの幼馴染みがイタリア大使として日本に駐在中で、レセプションを港区三田の大使公邸で開いてくださり、その贅沢さに綿貫さんが目を白黒させていたのは楽しい思い出です。
 これは版画センター以降、「ときの忘れもの」になってからのことですが、写真家の柳澤信さんと金箔画家の野口琢郎くんの個展を開いてもらいました。どちらも優れた作家ですが、個展をするには費用負担をふくめそれなりの覚悟が必要でしょう。よそで断られてから綿貫さんに相談したのではなく、最初に話をもちかけたのが綿貫さんだったのですが、たぶんほかではそう簡単に話は進まなかったとおもうので、ここでも綿貫さんの思い切りの良さがよい結果を生んだことになります。

 3.
 メカスさんがロフトに山積みになったポートフォリオが売れずに困っていると聞き、その場ですぐに買うと綿貫さんが決めたのが、今から振り返るとメカスさんと日本の長い付き合いの始まりだったように思います。そういえば鉢山町の事務所でこの話をしたら、間髪を入れずに綿貫さんが「それ買いますよ、えーと、何部買えばいいかな」と言ったときの表情が目に浮かびます。ポートフォリオが限定75部の版画集だったのも、版画センターにとっては扱いやすかったかもしれません。メカスさんから版画3部、写真2部の持ち運びに苦労するほど大きくて重いポートフィリオが届いて間もなく、1983年12月に原美術館のスケジュールに空きができて、何か良い企画があれば展覧会ができるという話が舞い込んだのもじつに幸運でした。話はとんとん拍子にまとまり、1970年代初めに草月会館で「リトアニアへの旅の追憶」の上映会があり、フィルムアート社から『メカスの映画日記』が刊行されて以来、前衛芸術に関心のある人々の間では実験映画の旗頭として知られてはいたものの、本人を目の当たりにする日が来るとおもうひとはごく稀であったろうメカスさんが来日し、東京、名古屋、奈良、京都、大阪、福岡で上映会に参加し、熱心な観客の質問に真摯に答えました。これをきっかけにメカスさんはその後3度来日し、展覧会、上映会もしばしば開かれています。綿貫さんの素早い決断がなければ、事情はだいぶ変わっていたでしょう。
木下哲夫 >
埼玉県立近代美術館「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展のカタログより)

木下哲夫
翻訳家。1950年生まれ。京都大学卒業後、パリ第三大学英文科で学ぶ。C.トムキンズ『マルセル・デュシャン』(みすず書房)、ジョン・リチャードソン『ピカソ』(白水社)、『アイ・ウェイウェイ主義』(ブックエンド)、ジョナス・メカス『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』(せりか書房)、ジョナス・メカス『フローズン・フィルム・フレームズ―静止した映画』(フォトプラネット)など、美術書を中心に多数の翻訳を手がける。
https://tetsuokinoshita.wordpress.com/

097
埼玉県立近代美術館の展示より、左から「枝と葉の影を映し、雨滴に濡れた壁」、「モントークのピーター・ビアード 1974」、「セルフ・ポートレイト ラコステ(サド侯爵の城)の日蔭にて」。
右端は佐藤雅彦さんによる原美術館「アメリカ現代版画と写真展 ジョナス・メカスと26人の仲間たち」展ポスター(1983年12月)。(撮影:タケミ・アートフォトス)

096
左から「ウーナ・メカス5才 猫とホリス(母)の前でヴァイオリンの稽古 1979」、「夜の街を走る車 マンハッタン」、「京子の7才の誕生日(オノ・ヨーコの愛娘)1970」、「ひなぎくを持ったケイト・マンハイム 1972」、以上7点のシルクスクリーンは現代版画センターとジョナス・メカス展実行委員会との共同エディションとして1983年秋のメカスさんの初来日の折に制作されました。(撮影:タケミ・アートフォトス)

20171224_00030002
1983年12月7日 福岡にて
初来日したときのメカスさん(60歳)。
撮影:福間良夫(写真提供:宮田靖子)


メカスさん
2005年10月、青山・ときの忘れものにて
4度目の来日。左から木下哲夫さん、綿貫不二夫、メカスさん、尾立麗子


ジョナス・メカス Jonas MEKAS(1922-2019)
1922年12月24日リトアニアのセメニスキアイの農家に生まれる。1936年初めての詩集を出版。1940・42年ソ連軍(赤軍)、ナチス・ドイツのリトアニア占領。反ナチ新聞の発行が発覚し、強制収容所に送られる。1945年収容所を脱走、難民キャンプを転々とするが、マインツ大学で哲学を学ぶ。1949年ハンブルク港から出航、アメリカ・ブルックリンに移り住む。
1950年様々な仕事をしながら、当時住んでいたウィリアムズバーグやリトアニア系移民を撮り始める。1954年『フィルム・カルチャー』誌を発行。1955年詩集「セメニスキウ・イディレス」第2版がヴィンカス・クレーヴ詩賞を受ける。1958年『ヴィレッジ・ヴォイス』誌に「ムービー・ジャーナル(映画日記)」を連載、後に出版(76年まで継続)。「ニュー・アメリカン・シネマ・グループ」の設立に協力、60年設立。
1961年「フィルムメーカーズ・コーペラティブ(映画作家協同組合)」を組織。1964年「フィルムメーカ一ズ・シネマテーク」を組織。
1965年『営倉』(1964年、68分)がヴェネツィア映画祭ドキュメンタリー部門で最優秀賞受賞。1968年ユダヤ博物館のフィルム・キュレーターを務める(〜71年)。
1969年アンソロジー・フィルム・アーカイブスの設立準備を開始。1971年夏、リトアニアを訪問。1975年ベルリン映画祭、ロンドン映画祭、アムステルダム映画祭参加。
1983年アンソロジー・フィルム・アーカイブス設立計画アピールのために初来日。原美術館他で「アメリカ現代版画と写真展―ジョナス・メカスと26人の仲間たち」開催。初のシルクスクリーンによる版画を制作。1989年アンソロジー・フィルム・アーカイブス開館。
1991年・96年来日。1999年パリ・ギャラリ・ドゥ・アニエスで「JONAS MEKAS―“this side of paradise”fragmentof an unfinished biography」展を開催。2000年「ジョナス・メカス映像展―[thisside of paradise]」が愛知芸術文化センター他で開催。
2005年ときの忘れものの個展のために4度目の来日。
2019年1月23日ニューヨークにて死去、享年96。

20180226_mekas_mmca_seoulジョナス・メカス Jonas MEKAS
"Andy Warhol at Montauk, 1971"

2000年
C-print
30.5×20.2cm
Ed.10
signed
*日本で制作した7点の版画(シルクスクリーン)が、その後メカスさんが精力的に発表することになる「フローズン・フィルム・フレームズ=静止した映画」制作のきっかけになりました。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆追悼の心をこめてジョナス・メカス上映会(DVD)を開催します。
2005年10月メカス会期:2019年2月5日[火]―2月9日[土]
代表作「リトアニアへの旅の追憶」は毎日上映するほか、「ショート・フィルム・ワークス」、「営倉」、「ロスト・ロスト・ロスト」、「ウォルデン」の4本を日替わりで上映します。
上映時間他、詳しくはホームページをご覧ください。
2月9日17時よりのトーク「メカスさんを語る」(要予約、ゲスト:飯村昭子さん、木下哲夫さん)は既に満席となり受付を終了しました。


ときの忘れものは新春の特集展示:生きものたち〜宮脇愛子、嶋田しづ、谷口靖、永井桃子を開催します。
会期:2019年1月29日(火)〜2月2日(土) 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
小さい魔方陣
画廊コレクションから、世代もキャリアも異なる4人の作家の生命力あふれる作品を展示いたします。ぜひご高覧ください。
出品作家:宮脇愛子嶋田しづ、谷口靖、永井桃子

「第27回瑛九展 」は1月26日に終了しましたが、3月末のアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●東京神田神保町の文房堂ギャラリーで「版画のコア core2」展が開催されています(〜2月2日[土])、会期中無休)。ときの忘れものは日和崎尊夫を出品協力しています。

●ときの忘れもののブログは年中無休です。昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。

●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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追悼 ジョナス・メカス上映会2月5日[火]―2月9日[土]

臨時ニュース

Jonas Mekas, ‘Godfather’ of American Avant-Garde Film, Is Dead at 96
メカスさんポートレイト

追悼 ジョナス・メカス上映会
2019年2月5日[火]―2月9日[土]

Jonas Mekas, a filmmaker, curator, archivist, critic and all-around
evangelist for independently made movies in general, and for those variously
known as experimental, underground or avant-garde in particular, died on
Wednesday at his home in Brooklyn. He was 96.
映画監督、キュレーター、アーキビスト、評論家でもあった、実験的、アングラ、前衛的な自主映画の伝道者、ジョナス・メカス氏が23日(水)、ブルックリンの自宅で死亡した。享年96。(ニューヨークタイムズより)

上野寛永寺で六角鬼丈先生(享年77)を見送ったその翌日にジョナス・メカスさんの訃報とは思いもかけませんでした。
昨年末クリスマスに96歳のお誕生日のお祝いメッセージをお送りしたばかりでした。

メカスさんのご冥福をお祈りし、追悼上映会(DVD)を開催します。
鑑賞料(1,000円以上)は皆さんのメッセージとともに香典として全額をNYのアンソロジー・フィルム・アーカイブスに送金します。
上映スケジュールは下記の通りですが、短いもので68分(営倉)、長いもので180分(ウォルデン)です。予約不要、いつものように途中退席されても構いません、好きなように鑑賞してください。
代表作「リトアニアへの旅の追憶」(82分)は毎日上映します
20190124174809_00004
2月9日(土)17時より、メカスさんと親しかった飯村昭子さんと木下哲夫さん他を招きトークイベント「メカスさんを語る」を開催します。
要予約:会費1,000円、メールにてお申し込みください。

上映スケジュール(DVD)
2月5日(火)
14時〜"Short Film Works"(ショート・フィルム・ワークス)
   1949-2002/カラー/98分(1時間38分)
16時30分〜"Reminiscences of a Journey to Lithuania"(リトアニアへの旅の追憶)
   1971-1972/カラー/82分(1時間22分)

2月6日(水)
14時〜"The Brig"(営倉)
   1964/白黒/68分(1時間8分)
16時30分〜"Reminiscences of a Journey to Lithuania"(リトアニアへの旅の追憶)
   1971-1972/カラー/82分(1時間22分)

2月7日(木)
13時〜"Lost Lost Lost"(ロスト・ロスト・ロスト)
   1949-1963, 1976/白黒・カラー/180分
16時30分〜"Reminiscences of a Journey to Lithuania"(リトアニアへの旅の追憶)
   1971-1972/カラー/82分

2月8日(金)
13時〜"Walden"(ウォルデン)
   1964-1969/カラー/180分
16時30分〜"Reminiscences of a Journey to Lithuania"(リトアニアへの旅の追憶)
   1971-1972/カラー/82分

2月9日(土)
15時〜"Reminiscences of a Journey to Lithuania"(リトアニアへの旅の追憶)
   1971-1972/カラー/82分

17時〜トーク「メカスさんを語る」(要予約、会費1,000円、メールにてお申し込みください)
   ゲスト:飯村昭子さん、木下哲夫さん


フィルム・アーカイブ設立に奮闘するメカスさんを少しでも支援しようと現代版画センターが大韓航空の安いチケットを送り初めて日本にお招きし、7点の版画をエディションしたのは1983年秋でした。ホテル代も出せないので友人たちの家をたらい回しにして滞在してもらい、原美術館で「アメリカ現代版画と写真展ージョナス・メカスと26人の仲間たちー」を開催していただきました。
ところがろくにお金も送れないうちに現代版画センターを倒産(1985年2月)させてしまった。
1995年に青山の一軒家でささやかな画廊「ときの忘れもの」を開廊したときも、正直言ってあわす顔がなかった。
友人の木下哲夫さん(メカス日本日記の会)の協力でやっとメカスさんの小展を開いたのは倒産から17年の経った2002年3月でした。
メカスさんから届いたファックスに私たち夫婦は涙を流しました。
20120212_fax_600px
ときの忘れもの 綿貫さん
きみの画廊で写真展ができるなんて、こんな嬉しいことはない。
ずいぶん前のことになるけれども、日本各地を連れ立って旅したのは、ほんとうに楽しかった。
あれは素晴らしい思い出です。
だから、これは家族の催しのようなもの。展覧会を見てくださる方々、それからひょっとしてわたしのつまらない写真を一枚買おうという気を起こしてくださる方々にも、わたしと、それからきみの、「目に見えぬ家族」の一員となる歓びを味わってもらえますように。
2002年2月25日 ジョナス・メカス

(木下哲夫訳)

2005年10月メカス展
それから3年後、メカスさんを迎えて「ジョナス・メカス展」をときの忘れもの(青山時代)で開催しました。
会期:2005年10月14日〜29日

2005年10月メカス歓迎会メカスさんの歓迎会で「詩の国リトアニアからの客人を歌でお迎えしましょう」との吉増剛造先生のご指示で大漁唄い込みを歌う亭主(左端)。

2005年10月歌うメカスさん亭主のまずい歌に応えてリトアニアの民謡を歌うメカスさん。右はリトアニア語が専門でメカスさんの詩集の翻訳者・村田郁夫さん。
この夜のことは芳賀さんの寄稿「天使の謡う夜に」をお読みください。

2005年10月メカス、山下1983年秋の初来日の折りの宿は友人の山下伸さんの自宅。山下夫婦に祖父・祖母、子供たちの三世代同居の大家族でした。そこにいきなりメカスさんが泊まりこんだ。
久しぶりに再会したメカスさんと山下夫人。左端は尾立麗子。

このときメカスさんはもちろんカメラを回しています。
0909-22山下家の子供たち、1983、東京
CIBA print
35.4×27.5cm
signed
*初来日の宿となった山下家のお子さん二人をとらえたのがこのショット。


ジョナス・メカス Jonas MEKAS(1922-2019)
1922年12月24日リトアニアのセメニスキアイの農家に生まれる。1936年初めての詩集を出版。1940・42年ソ連軍(赤軍)、ナチス・ドイツのリトアニア占領。反ナチ新聞の発行が発覚し、強制収容所に送られる。1945年収容所を脱走、難民キャンプを転々とするが、マインツ大学で哲学を学ぶ。1949年ハンブルク港から出航、アメリカ・ブルックリンに移り住む。
1950年様々な仕事をしながら、当時住んでいたウィリアムズバーグやリトアニア系移民を撮り始める。1954年『フィルム・カルチャー』誌を発行。1955年詩集「セメニスキウ・イディレス」第2版がヴィンカス・クレーヴ詩賞を受ける。1958年『ヴィレッジ・ヴォイス』誌に「ムービー・ジャーナル(映画日記)」を連載、後に出版(76年まで継続)。「ニュー・アメリカン・シネマ・グループ」の設立に協力、60年設立。
1961年「フィルムメーカーズ・コーペラティブ(映画作家協同組合)」を組織。1964年「フィルムメーカ一ズ・シネマテーク」を組織。
1965年『営倉』(1964年、68分)がヴェネツィア映画祭ドキュメンタリー部門で最優秀賞受賞。1968年ユダヤ博物館のフィルム・キュレーターを務める(〜71年)。
1969年アンソロジー・フィルム・アーカイブスの設立準備を開始。1971年夏、リトアニアを訪問。1975年ベルリン映画祭、ロンドン映画祭、アムステルダム映画祭参加。
1983年アンソロジー・フィルム・アーカイブス設立計画アピールのために初来日。原美術館他で「アメリカ現代版画と写真展―ジョナス・メカスと26人の仲間たち」開催。初のシルクスクリーンによる版画を制作。1989年アンソロジー・フィルム・アーカイブス開館。
1991年・96年来日。1999年パリ・ギャラリ・ドゥ・アニエスで「JONAS MEKAS―“this side of paradise”fragmentof an unfinished biography」展を開催。2000年「ジョナス・メカス映像展―[thisside of paradise]」が愛知芸術文化センター他で開催。
2005年ときの忘れものの個展のために4度目の来日。
2019年1月23日ニューヨークにて死去、享年96。

●ときの忘れもの:〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

京都と東京で『肌蹴る光線―あたらしい映画―』がスタート

綿貫様
夜分遅くに失礼いたします。
メカスさんの作品上映などでお世話になった井戸沼です。
突然ですが、5月から渋谷の映画館・アップリンクと
合同の上映シリーズを始めることになりました。
第1回目は
中国の新鋭ビー・ガンの『凱里ブルース』という作品を
東京・京都で1日ずつ上映します。
今日(12日)の20:00に、正式に情報解禁するのですが
一足先にURLなどお伝えさせてください。

公式サイト/https://hadakeru-kosen.tumblr.com/
Twitter/https://twitter.com/hadakeru_kosen
UPLINK/http://www.uplink.co.jp/event/2018/50931
誠光社/http://www.seikosha-books.com/event/3275

シリーズのどこかで、メカスさんの作品も上映したい!
と勝手に意気込んでいますので、見守っていただけたら嬉しいです。

埼玉近代美術館の展示も、楽しく拝見させていただきました。
キャプションをみると数多の芸術グループが盛んに活動していることがわかり
あの時代に美術大学に通っていた人達の決意を感じられた気がしました。
メカスさんの映像がご本人所蔵のものだったのにも、興奮いたしました!

またなにかとお世話になる折があるかと思いますが
どうぞ今後ともよろしくお願い致します。

井戸沼紀美


■上映シリーズについて
『肌蹴る光線 ― あたらしい映画』は、上映機会の少ない傑作映画を発掘し、広めることを目的とした上映会です。洋邦や、制作年を問わない柔軟な選定を目指し、季節に1回のペースを基準に、アップリンク渋谷で開催していく予定です。アップリンク渋谷と企画者・井戸沼紀美の共同運営で開催されます。

■第1回上映作品について
第1回目の上映作品として、中国の1989年生まれの映画監督、ビー・ガン(畢贛)の処女長編『凱里(かいり)ブルース』(2015年・113分)を上映します。


出演者がほとんど監督の家族や親戚、友人で構成されている『凱里ブルース』。監督のビー・ガンは同作で台湾の映画賞「金馬奨」の最優秀新人監督賞を最年少26歳で受賞したほか、フランス『ナント三大陸映画祭』では、ホウ・シャオシェン監督以来の中国人としてのグランプリを獲得、『ロカルノ国際映画祭』では現代映画人部門で最優秀新人監督賞を受賞しています。音楽はホウ・シャオシェンやジャ・ジャンク―の作品も手掛ける林強。
海外サイトではギレルモ・デル・トロやジョナサン・デミらが同作に賛辞を送っていることや、アピチャッポン、タルコフスキー、ソクーロフ、ブニュエルらを引き合いに出されながら称賛されていることが確認できます。
また、ビー・ガン監督は現在新作を制作中で、同作はカイエ・デュ・シネマの「2018年に最も期待される映画」リストにも名を連ねています。

≪凱里ブルースあらすじ≫
霧に包まれた小さな診療所に勤める医者の陳は、何者かに連れ去られてしまった甥や、同じ診療所で働く老婦人の過去の恋人を探しに旅に出た。その途中に立ち寄った村で、過去/現在/未来、現実/非現実がゆらめきはじめる。ミラーボール、電車、カセット、バイク、時計…様々なエレメントと絡みあいながら展開してゆく、白昼夢のような113分。

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Kaili Blues_stills (2)


Kaili Blues_stills (6)


Kaili Blues_stills (8)


■第1回上映概要について
第1回『肌蹴る光線―あたらしい映画―』は5月に開催。アップリンク渋谷のほか、京都・誠光社でも特別開催します。また、アップリンクでの作品上映後には、富田克也さん、相澤虎之助さんをお招きしたトークも実施予定です。

『肌蹴る光線―あたらしい映画―vol.1』
・京都会場
2018年5月12日(土)
会場:京都府 誠光社
時間:19:00〜
料金:1,500円(ドリンク別)
http://www.seikosha-books.com/event/3275

・東京会場
2018年5月26日(土)
会場:東京都 渋谷アップリンク
時間:17:30〜(20:00頃終了予定)
ゲスト:富田克也さん、相澤虎之助さん
料金:1,800円
http://www.uplink.co.jp/event/2018/50931

■上映会関連リンク
公式サイト: https://hadakeru-kosen.tumblr.com/
Twitter: https://twitter.com/hadakeru_kosen
宣伝用画像素材: https://www.dropbox.com/sh/6rj5yw015uqocs5/AAAFNXRhsBploex1UIrQLrT6a?dl=0

■協力:中国インディペンデント映画祭、CHINA FILM INTERNATIONAL、GRASSHOPPER FILM

〜〜〜〜
企画者より

この度、アップリンク渋谷で新しい上映シリーズを始めることになりました。下記に、私の敬愛するジョナス・メカスの言葉を引用します。

わたしたちは人間が何かを知らない。わたしたちは映画が何かも知らない。
だから、何でも受け入れようではないか。
どんな方向でも試してみよう。何でも受け入れ、何にでも耳を傾け、ほんのわずかの合図でどの方向にでも進む準備をととのえておこう。
たとえば疲労困憊して、神経が楽器の弦のようにはりつめた人のように、自分自身の力をほとんどなくしたかのように、新しく到来しようとする時代の神秘の風に吹かれ、玩ばれながら、ほんのわずかの動きや呼びかけ、そして合図を待って、わたしたちを引きずりおろそうとする綱から逃れ、どんな方角にでも進んでみようではないか。
母の叡智だって!
既存の体制には決してからめとられることのないように。
太陽こそが、わたしたちの向かう方角だ。美こそがわたしたちのめざすものだ。金ではなく、成功でもなく、安逸でもなければ身の安全でもなく、自分たちの幸せでさえない。めざすものはわたしたち皆が一緒に幸せになることだ


版画掌誌「ときの忘れもの」第5号掲載
ジョナス・メカス『わたしたちはどこにいるのか?』(1966年)より抜粋

小規模なわたしたちの上映会は、誰の役にも立たないかもしれません。しかし我々はいつでも、あたらしい出会いを待ち望んで良いのだと信じています。
少しでも良い場所になるよう努めてまいりますので、どうぞよろしくお願い致します。

井戸沼紀美(いどぬま・きみ)
1992年生まれ、都内在住。明治学院大学卒。これまでに手掛けたイベントに『ジョナス・メカスとその日々をみつめて』(2014年)、『ジョナス・メカス写真展+上映会』(2015年)がある。

〜〜〜〜〜〜〜
*画廊亭主敬白
1922年12月生まれのジョナス・メカスさんは96歳!
映画監督、詩人というけれど、一般的には無名といってもいい存在です。
しかし展覧会や上映会をすればどこで聞きつけたか若い人たちが見にやってくる。
作品だけでは満足せず、NYまで勝手に押しかけ、運よくメカスさんに会えるとビールまでご馳走になってくる。
そのうち、自分で勝手に映画の上映会まで企画してしまう。

そういう人の一人が井戸沼さんです。
(2014年に井戸沼さんがNYで敢行したメカスさんのインタビューをぜひご覧ください)
その志や壮、ぜひ成功させてもらいたいですね。
早速カレンダーの5月26日(土)に赤丸つけました。

版画掌誌5号表紙600同時代の優れた作家の紹介と、歴史の彼方に忘れ去られた作品の発掘をめざしてオリジナル版画入り大判美術誌『版画掌誌』を創刊したのは1999年です。
今まで5巻を出してきましたが、完売したのは第3号(草間彌生+パーヴェル・V・リュバルスキ)のみで、他の4巻はまだあります。
人生は短く、芸術は永し、といって亭主は強がっておりますが、ぜひご覧になってご注文ください。
ジョナス・メカスさんの特集を組んだのは第5号です。

◆特集1/ジョナス・メカス
フローズン・フィルム・フレームズ(静止した映画)と呼ぶ写真作品を紹介。
テキスト執筆
:ジョナス・メカス「わたしたちはどこにいるのか」
:ヴィートウタス・ランズベルギス「メカス マチューナス フルクサス」

◆特集2/日和崎尊夫
1992年50歳の若さで死去した日和崎尊夫の遺した木口木版画の秀作を紹介。
テキスト執筆
:谷川渥「星と薔薇」
:日和崎尊夫「ヨーロッパでの日々」(再録)

●仕様と価格
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
詳しくはホームページの版画掌誌第5号をクリックしてください。
ここでは、挿入されたメカスさんの写真と版画をご紹介します。

A版ーA : 限定15部 価格:126,000円 
ジョナス・メカスの写真「ジプシーの予言」とシルクスクリーン1点・日和崎尊夫の木口木版2点 計4点挿入
ジプシーの予言『the gypsy told me
the gypsy read it from the cards 
the gypsy told me
I'll have a big journey 
and I'll find myself 
beyond the sea』
制作:2005年
技法:写真
制作部数:限定15部(1/15〜15/15)
他に作家保存版(A.P.)を3部、版元保存版(H.C.)を2部制作した。
制作総部数は20部である。
イメージサイズ:24.5×12.5cm
シートサイズ :30.5×24.5cm
プリント:堀内カラー
作家自筆サイン、及び限定番号を記入、本誌・A版-Aにのみ挿入



A版ーB : 限定20部 価格:126,000円
ジョナス・メカスの写真「リキテンスタインのモデル」とシルクスクリーン1点・日和崎尊夫の木口木版2点 計4点挿入
リキテンスタインのモデル『Roy Lichtenstein’s model….
Filmed at Andy Warhol’s studio,
December 15,1976.From the film,
He Stands in a Desert Counting the
Seconds of His Life』
制作:2005年
技法:写真
制作部数:限定20部(1/20〜20/20)
他に作家保存版(A.P.)を3部、版元保存版(H.C.)を2部制作した。
制作総部数は25部である。
イメージサイズ:24.4×18.9cm
シートサイズ :30.5×24.5cm
プリント:堀内カラー
作家自筆サイン、及び限定番号を記入、本誌・A版-Bにのみ挿入 



B版 : 限定35部 価格:73,500円
ジョナス・メカスのシルクスクリーン1点・日和崎尊夫の木口木版2点 計3点挿入
わが街ニューヨークに捧げるラブ・レター『わが街ニューヨークに捧げるラブ・レター』
制作:2005年
技法:シルクスクリーン
制作部数:限定70部(1/70〜70/70)
他に作家保存版(A.P.)を5部、版元保存版(H.C.)を4部、
刷り師保存版(P.P.)を1部制作した。
制作総部数は80部である。
イメージサイズ:26.0×20.0cm
シートサイズ :32.0×51.5cm
用紙:BFKリーブ紙
刷り:石田了一工房・石田了一
作家自筆サイン、及び限定番号を記入、本誌・A版とB版に挿入


いずれも画廊においてありますので、いつでもご覧になれます。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから

2005年10月サインするメカス
版画掌誌挿入の写真作品にサインするジョナス・メカスさん。
2005年10月ときの忘れものにて。


◆ときの忘れものは「ボブ・ウィロビー写真展〜オードリー&マリリン 」を開催しています。
会期:2018年4月10日[火]―4月28日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

数々のスターが主演するハリウッド映画のメイキング・シーンを撮影してきた「スペシャル」フォトグラファー、ボブ・ウィロビーが1950-60年代に撮影したオードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローのポートレートをご覧いただきます。詳しい出品リスト(25点)はホームページに掲載しました。
また10万冊を所蔵する雑誌図書館六月社の協力を得て、映画専門誌以外のオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローのゴシップ記事などを掲載した30年ほど前の雑誌60種類を図書室で公開しています。ぜひ手にとってご覧になってください。
201804_willoughby

●出品作品を順次ご紹介いたします
21_BWP142-Marilyn-Helicopteボブ・ウィロビー
《Monroe, Marilyn, 1952
Marilyn Monroe getting out of helicopter 20th Century Fox Party, 1960》(BWP142)

1952(Printed in 2018)
Archival Digital Pigment Print
Image size: 35.6×35.4cm
Sheet size: 50.8×40.6cm
Ed.25
クリストファー・ウィロビーによるスタンプとサインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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スタッフSの海外ネットサーフィン No.59 「Again, again it all comes back to me in brief glimpses」

スタッフSの海外ネットサーフィン No.59
「Again, again it all comes back to me in brief glimpses」
MMCA Seoul


 読者の皆様こんちにわ、2月ももう終わり、暦の上では春に近付きつつあるものの、折につけて寒さが吹き返す今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。流石にこの時期はシャツの上にセーターとジャケットを着込んでおります(シャツは変わらず半袖)スタッフSこと新澤です。

 本日の記事では、現在韓国・ソウルのMMCA(Museum of Modern and Contemporary Art/国立現代美術館)ソウル館で開催中のジョナス・メカス回顧展「Again, again it all comes back to me in brief glimpses」をご紹介します。

20180226_mekas_title

20180226_mekas_mmca_seoul MMCAは1969年にソウルの景福宮内で開館し、1986年にソウル大公園に移転(現・国立現代美術館果川館)。分館として1998年に徳寿宮美術館(現・国立現代美術館徳寿宮館)を開館。2013年11月13日には、ソウル都心の景福宮近くに国立現代美術館ソウル館を開館させ、現在は忠清北道清州市に国立現代美術館清州館を建設中。これらの本館と3つの分館はそれぞれが異なる役割を明確にしており、大元の果川館は韓国の現代美術、徳寿宮館は20世紀初頭の韓国の近代美術、清州館は保管および修復を中心とする予定となっており、今回の回顧展が開催されているソウル館は、21世紀の今現在制作されている美術作品、およびメディアアートなど新しい形式の作品を取り扱っています。

 このソウル館で昨年11月から来月4日まで開催されている「Again, again it all comes back to me in brief glimpses」は、2015年に開催されたフィリップ・ガレル展に続く、現代映画史においてユニークな作品世界を生み出した作家監督の作品を展示として再構成することを目指した企画の第二弾で、実験映画の巨匠であるジョナス・メカスのアジア初の大規模回顧展です。

20180226_mekas_mmca_seoul2Installation view: Again, Again It All Comes Back to Me in Brief Glimpses, 2017
Courtesy: the artist

20180226_mekas_mmca_seoul4Installation view: Again, Again It All Comes Back to Me in Brief Glimpses, 2017
Courtesy: the artist

20180226_mekas_mmca_seoul3Jonas Mekas, Summer Manifesto, 2006
Courtesy: the artist

 展示内容はメカスの代名詞である映像日記を含む60余編のフィルムと40余編のビデオ作品、2000年代以後のインスタレーション作品は勿論、作者が創刊した『フィルムカルチャー』をはじめとする映画雑誌、各種書籍、写真などの資料まで網羅しています。



MMCA公式ページ(日本語)
展覧会紹介ページ(日本語)

 開催期間は残り1週間と僅かですが、今週中に韓国に行く予定がある方は、是非お出かけください。

そして韓国には行く予定がない方のための重要ニュース、埼玉県立近代美術館でメカスさんの映画の上映会が開催されます。
【特別イベント】上映会 ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」
ただいま開催中の「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展の出品者でもあるジョナス・メカスの代表作「ウォールデン」。自在のカメラワークと情感豊かな詩情に満ちた本作は、「日記映画」というジャンルを生み出した記念碑的作品であり、メカスが身を置いた1960年代のニューヨークのアートシーンのポートレートでもあります。
日時:3月2日 (金)、3日(土)、4日(日) 各 13:00〜16:00 (12:30開場)
※各日、10:00から、1階総合案内・受付で入場整理券を配布します(1人あたり1枚まで)。
 12:30から、整理券の番号順に会場にお入りいただきます。
場所:埼玉県立近代美術館2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、自由席/費用:無料

(しんざわ ゆう)

JONAS MEKAS(ジョナス・メカス)
1922年12月24日リトアニアのセメニスキアイの農家に生まれる。1936年初めての詩集を出版。1940・42年ソ連軍(赤軍)、ナチス・ドイツのリトアニア占領。反ナチ新聞の発行が発覚し、強制収容所に送られる。1945年収容所を脱走、難民キャンプを転々とするが、マインツ大学で哲学を学ぶ。1949年ハンブルク港から出航、アメリカ・ブルックリンに移り住む。1950年様々な仕事をしながら、当時住んでいたウィリアムズバーグやリトアニア系移民を撮り始める。1954年『フィルム・カルチャー』誌を発行。1955年詩集「セメニスキウ・イディレス」第2版がヴィンカス・クレーヴ詩賞を受ける。1958年『ヴィレッジ・ヴォイス』誌に「ムービー・ジャーナル(映画日記)」を連載、後に出版(76年まで継続)。「ニュー・アメリカン・シネマ・グループ」の設立に協力、60年設立。1961年「フィルムメーカーズ・コーペラティブ(映画作家協同組合)」を組織。1964年「フィルムメーカ一ズ・シネマテーク」を組織。1965年『営倉』(1964年、68分)がヴェネツィア映画祭ドキュメンタリー部門で最優秀賞受賞。1968年ユダヤ博物館のフィルム・キュレーターを務める(〜71年)。1969年アンソロジー・フィルム・アーカイブスの設立準備を開始。1971年夏、リトアニアを訪問。1975年ベルリン映画祭、ロンドン映画祭、アムステルダム映画祭参加。1983年アンソロジー・フィルム・アーカイブス設立計画アピールのために初来日。原美術館他で「アメリカ現代版画と写真展―ジョナス・メカスと26人の仲間たち」開催。初のシルクスクリーンによる版画を制作。1989年アンソロジー・フィルム・アーカイブス開館。1991年・96年来日。1999年パリ・ギャラリ・ドゥ・アニエスで「JONAS MEKAS―“this side of paradise”fragmentof an unfinished biography」展を開催。2000年「ジョナス・メカス映像展―[thisside of paradise]」が愛知芸術文化センター他で開催。

20180226_mekas_mmca_seoulジョナス・メカス Jonas MEKAS
"Andy Warhol at Montauk, 1971"

2000年
C-print
30.5×20.2cm
Ed.10
signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ぜひご購入ください(2,200円)。
会期:2018年1月16日(火)〜3月25日(日)
埼玉チラシAY-O600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年〜1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<『版画の景色ー現代版画センターの軌跡』。圧倒的な情報量と未整理なまま投げ出された作品に、まともに歩けやしない。複製の海を表現しているのだろうか、だとしたら気が違っている。日曜日のほのぼのとした親子連れが景色に刷り込まれる!素晴らしい展示と印刷物です。
(20180218/soukimurA‏ さんのtwitterより)>

○<「版画の景色 現代版画センターの軌跡」at埼玉県立近代美術館 展示作、一番有名な人はウォーホルだろうがチラシはジョナス・メカスのものが一番減っていて売店の本もメカス関連が残り1冊だけだったのは、映画好きの行動としてはわかりやすいw資料コーナーで、片岡義男の鈴木英人推奨文を読み俺得
(20180218/Kakkine Sato / 佐藤柿杵さんのtwitterより)>

○<現代版画センター(1974-1985)の活動ドキュメント。斬新でユニークでカッコイイ作品が並ぶ。メイドイン日本のウォーホル作品を作ること、巨大地下空間や日本各地でその展示を開く流れで締めるあたり感慨深いです…
(20180220/sjwnさんのtwitterより)>

○<埼玉県立近代美術館の 版画の景色展行ってきました。磯崎新がよかった。やはり建築家が好きみたい。アンディ・ウォーホルのkiku柄で浴衣欲しいなー。チビ助はオランウータンで喜んでたけど。加山又造のレースと織柄に見惚れてきました。
(20180217/川浮くらげさんのtwitterより)>

○<埼玉県立近代美術館にて『版画の景色』を鑑賞。ウォーホールの菊の作品を観てみたかったので嬉しい。当時の地下での展示で観てみたかったなー。空間と作品はやはり作用すると思う。そうゆう意味では、ここでのアルミ板を背景にして展示しているのも素敵だったな。
(20180218/wattchu‏ さんのtwitterより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半〜トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。

倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)

嶋吉信さんのエッセイ〜「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)

大谷省吾さんのエッセイ〜「版画の景色−現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)

塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87〜95ページにかけて特集しています。

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディション(番外)ジョナス・メカス「京子の7才の誕生日(オノ・ヨーコの愛娘)1970」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
メカス「京子」シルクジョナス・メカス Jonas MEKAS
京子の7才の誕生日(オノ・ヨーコの愛娘)1970
1983年  
シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
36.5×24.0cm
Ed.75 サインあり
*現代版画センターとジョナス・メカス展実行委員会との共同エディション
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


パンフレット_05
出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

●書籍のご案内
版画掌誌5号表紙600
版画掌誌第5号
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別) 
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)


TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
ときの忘れもので扱っています。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されています。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


◆スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

ジョナス・メカスさん、お誕生日おめでとう!

今日12月24日はクリスマスイブ。
ジョナス・メカスさんの満95歳の誕生日です。

メカスさん、お誕生日おめでとうございます。

亭主が生まれて初めてパスポートをとり、現代版画センターの「アンディ・ウォーホル全国展」の正式契約と「KIKU」「LOVE」の新作エディションのサインをもらいにNYに向かったのは1983年6月でした。
無事ウォーホルとの契約をすませ、時間のできたある夜、英文の書類一切を整えてくれた木下哲夫さんの依頼で、今はシンガポールで大画廊をもつ真田一貫さんに通訳をお願いしてメカスさんのアパートを訪ねたのでした。
メカスさんが60歳、亭主が37歳でした。
赤ワインの瓶を片手にメカスさんは既に酔っ払っていました。小さな赤ちゃんはピーピー泣き喚き、それを不機嫌な奥さんがあやすでもない、そんな情景を今でも覚えています。
自分はフィルム(実験映画)の美術館をつくりたい、旧裁判所の建物をNY市から払い下げてもらい場所は確保してあるが、金がない(フィルムはあるが、金はない)。
じゃあどうしたらお手伝いできるんですかと聞くと、「友人たちが作品を寄付してくれた」と堆く積み上げられた大判のポートフォリオを指さすのでした。
その友人たちの名を聞いて仰天しました。
この酔っ払いがどうしてそんなビッグネームの友達がいるのかと・・・

anthology film archivesの資金集めのためのパンフレットを、先日木下さんがプレゼントしてくれたので、ご紹介します。
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いま見ると、涎の出るような豪華メンバーですね。
かくして、日本における「ジョナス・メカス映画美術館建設賛助計画」がスタートし、同年秋に大韓航空の一番安いチケットをメカスさんに送り、初来日が実現しました。
私たちは貧乏だったので世田谷の友人宅を皮切りに、奈良、福岡など現代版画センターの支部・会員や友人宅に泊めてもらい、その間に版画7点を制作し(刷り=岡部徳三)、原美術館で「アメリカ現代版画と写真展-ジョナス・メカスと26人の仲間たち」展を開催したのでした。
メカスさん、一言も文句を言わず、むしろ日本の普通の家庭の生活を楽しんでくれたようです。
実はこの初来日のとき、私たちも木下さんも頭がまわらず、ほとんど写真を撮らなかった。撮ったのもあるはずだが、倒産後のどたばたで行方不明。
それが先日このブログで「金坂健二とその時代 ウォーホル・メカス・金坂」を三回にわたり執筆してくれた森下明彦さんのおかげで、福岡に行ったときの写真を入手することができました。
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本邦初公開、初来日したときのメカスさん(60歳)。
1983年12月7日 福岡にて
撮影:福間良夫(写真提供:宮田靖子)

このとき日本で制作した7点の版画(シルクスクリーン)が、その後メカスさんが精力的に発表することになる「フローズン・フィルム・フレームズ=静止した映画」制作のきっかけになりました。
20151223_mekas_07_eda-haジョナス・メカス
「枝と葉の影を映し、雨滴に濡れた壁」
1983年  シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
37.5x51.0cm
Ed.75  サインあり

撮影した16mmフィルムから、数コマを抜き出し「版」にするというアイデアは、私たちがシルクスクリーン制作のために提案したのですが、スポンサー役の私が破産してしまったので、梯子を外されたメカスさんは版画のかわりに自分で写真の連作を次々とつくり出すことになりました。
0909-04ジョナス・メカス
「ジョナス・メカス」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-07ジョナス・メカス
「ピクニック」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-08ジョナス・メカス
「料理をする私の母、1971(リトアニアへの旅の追憶)」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-15ジョナス・メカス
「エルズビエータ・メカス、わたしの母、リトアニア、1971(リトアニアへの旅の追憶)」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり


0909-17ジョナス・メカス
「ひまわり」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり

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あれから34年、亭主も72歳となり、メカスさんは今日95歳を迎えました。

ありがたいことに、埼玉県立近代美術館が新春1月16日〜3月25日の会期で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」を開催し、ジョナス・メカスさんの7点の初期版画作品も展示されます。
パンフレット_02

会員制による共同版元として現代版画センターは1974〜1985年に約80作家、700点のエディションを世に送り出しました。海外作家としては、アンディ・ウォーホル、ジョナス・メカス、セバスチャン、ジャンベルト・バンニなどをエディションし、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、上映会、講演会、パネルディスカッション等を頻繁に開きました。
今回の展覧会では、その中から埼玉近美が選んだジョナス・メカスなど45作家、約300点の作品と、11年間に発信された機関誌など資料が一部展示換えをしながら展観されます。
資料の中で埼玉近美の学芸員さんたちが、特に注目してくださったのが、この初来日時に突貫作業で編集したメカスさんのオリジナル版画入りカタログでした。

jonas mekas image1ジョナス・メカス映画美術館建設賛助計画
オリジナル版画入りカタログ

本カタログはA版及びB版の二種、合計1,000部製作した。
A版:限定500部
ジョナス・メカス、靉嘔、大沢昌助の3作家によるオリジナル・シルクスクリーン3点を挿入。(内、ジョナス・メカス作品のみはB版と共通、従ってメカス作品の限定は1,000部である。)
ジョナス・メカス「Oona Mekas」
靉嘔「Crashed Rainbow」
大沢昌助「茶色」
B版:限定500部
ジョナス・メカスによるオリジナル・シルクスクリーン1点を挿入。(作品はA版と共通)

企画:ジョナス・メカス展実行委員会
編集:ジョナス・メカス展カタログ編集室(現代版画センター企画室内)
執筆:ジョナス・メカス、鈴木志郎康、山口勝弘
翻訳:木下哲夫
デザイン:古谷卓
写真:酒井猛、田中誠一
オリジナル版画制作:
ジョナス・メカス/靉嘔/大沢昌助
シルクスクリーン刷り:岡部徳三
印刷:クリキ企画印刷株式会社
発行日:1983年12月1日
発行人:木下哲夫
発行:ジョナス・メカス展実行委員会
編集協力:イッカン・アート・インターナショナル

ジョナス・メカス展実行委員会:呼びかけ人
磯崎新(建築家)
かわなかのぶひろ(映像作家)
谷川俊太郎(詩人)
松本俊夫(映像作家)
山口勝弘(造形作家)
事務局長:木下哲夫
協力:R.Y.U. 現代版画センター、イメージフォーラム

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このカタログがメカスさん自身にとっても初めてのカタログでした。
メカスさん自筆(タイプ)の序文と略歴が冒頭にあります。
略歴の最初のところだけ引用してみましょう(翻訳:木下哲夫)。

ジョナス・メカス (自)伝記的ノート

誕生 1922年12月24日 夜明け寸前 日曜日
星座 カプリコーン(山羊座)
生地 リトアニアのセメニスキアイ(20家族、約100人の住む村ラトビアとの国境まで20マイル、人口5000の町ビルザイから15マイル)
言葉 リトアニア語(バルト語系、ロシア語とは関わりなし)


両親 エルズビエータ・メカス
    婚前の姓/ヤシンスカス
    1887年3月19日生、1983年2月12日歿。
   ポヴィラス・メカス
    1869年生、1951年歿。農夫、大工
兄弟 エルズビエータ 1911年12月19日生、農婦
   ポヴィラス 1914年1月14日生、死亡 獣医
   ぺトラス 1915年5月15日生 農夫
   アドルファス 1925年9月30日生 映画作家/作家

1928-32 野や森で家畜の世話をする。
1932 ラウザディスキスの小学校入学。(4マイルを徒歩で通う)
1933 夏の間、牧童として働く。
    冬、ラウザディスキスの小学校に通学。
1934 夏、家畜の世話と野良仕事。
    冬、小学校3年。
1935 夏、家畜の世話と野良仕事。
    冬、小学校4年。
1936 5月、小学校(4年制)卒業。
  夏〜秋、近隣の村ネシウナイにて雇人として働く。初めての映画を観る(ディズニー、パットとパタション、そしてメロドラマ)初めて詩を出版。
1937 夏、野良仕事。
    冬、パピリスの学校で5学年目に就学(5マイルの距離を専ら自転車で通う)、学校新聞を編集する。
(以下略)

ジョナス・メカスさん_6002005年10月14日
ときの忘れものでの「ジョナス・メカス展」のオープニングの夜
左からメカスさんの著書の装丁を担当した植田実さん、
植田さん装丁の「メカスの映画日記」を手にするジョナス・メカスさん、
詩人の吉増剛造さん、
メカスさんの詩集の翻訳者・村田郁夫さん
この夜の宴については原茂さんのエッセイ「天使の謡う夜に」をお読みください。

メカスさん2005年10月
ときの忘れものにて。
左から、木下哲夫さん、亭主、メカスさん、尾立麗子

ソ連に追われ、ナチスから逃れて、言葉も通じないアメリカに渡った数奇な人生。
20世紀の激動を潜り抜けた95年間、ますますのご健勝を祈る次第です。

◆ときの忘れものは「WARHOL―underground america」を開催しています。
会期=2017年12月12日[火]―12月28日[木] ※日・月・祝日休廊
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201712_WARHOL

1960年代を風靡したアングラという言葉は、「アンダーグラウンドシネマ」という映画の動向を指す言葉として使われ始めました。ハリウッドの商業映画とはまったく異なる映像美を目指したジョナス・メカスアンディ・ウォーホルの映画をいちはやく日本に紹介したのが映画評論家の金坂健二でした。金坂は自身映像作家でもあり、また多くの写真作品も残しました。没後、忘れられつつある金坂ですが、彼の撮影したウォーホルのポートレートを展示するともに、著書や写真集で金坂の疾走した60〜70年代を回顧します。
会期中毎日15時、16時、17時の三回メカス映画「this side of paradise」を上映します
1960年代末から70年代始め、暗殺された大統領の未亡人ジャッキー・ケネディがモントークのウォーホルの別荘を借り、メカスに子供たちの家庭教師に頼む。週末にはウォーホルやピーター・ビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。60〜70年代のアメリカを象徴する映像作品です。(予約不要、料金500円はメカスさんのNYフィルム・アーカイブスに送金します)。

◆ときの忘れものには小さな庭があります。彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示していますので、どうぞご覧ください。

●書籍のご案内
版画掌誌5号表紙600
版画掌誌第5号
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別) 
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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