展覧会「千一億光年トンネル 浜口陽三 奥村綱雄 Nerhol 水戸部七絵」について
2017年5月20日(土)―8月6日(日)
会場:ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

担当学芸員:神林菜穂子


東京、日本橋の一角に20世紀に活躍した銅版画家・浜口陽三の個人美術館、ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションがあります。二部屋だけの小さな会場ですが、年に一度、浜口を軸にした企画展を開催しています。
浜口陽三(1909〜2000)は、西洋の印刷技術だったメゾチントを表現に取り込んだ芸術家の一人で、この方法を四色四版に応用した独自の方法を編み出し、ニュアンスのある色彩表現に成功したことで知られています。メゾチントでは、最初に銅板にベルソー(フランス語で揺りかごの意味)という名の専用の道具を揺らして、長い時間をかけた末に布目状に仕上げて、ビロードのような黒の肌合いを出します。
浜口は作品解説を書き残すタイプではありませんでしたが、生前のインタビューをいくつか読むと、常に創作に対する自由な精神を礎とし、技術の踏襲よりも結果としての表現を重視していたことがうかがえます。メゾチントの最初の工程である「目立て」についても彼なりの向き合い方があり、ベルソーを揺らす独特のリズムや力加減は、色の柔らかさや、光をはらんだ闇のニュアンスを生みました。そのため浜口の作品世界は画中におさまることなく、絵の地平線の向こうへと、どこまでも広がってゆくような魅力をもちます。
浜口陽三が銅版画を本格的に制作しはじめたのは1950年前後でした。第二次世界大戦後の平和の幕開けに際して、画家達が希望を抱き、こぞって新しい表現を求めた時代です。浜口はその中にあって銅版画の魅力を見出し、半ば手さぐりで技術を習得しました。そして銀座での個展をきっかけに手ごたえをつかむと1953年秋にはパリへ旅立ちます。現地では数年を置かずに独自の技法を確立し、理想の表現を追い求め、作品として結実させていきます。1957年に第一回東京国際版画ビエンナーレにおける国立近代美術館賞、第四回サンパウロ・ビエンナーレでの版画大賞を受賞したのを皮切りとして、その後も国際的な受賞歴を重ね、芸術家として栄えある人生を歩みました。

浜口陽三作品画像_浜口陽三
「アスパラガス」
1957年
29.2×44.1cm
メゾチント


その浜口の精神や手法を現代に照らしたのが今回の企画展です。このマスプロダクションの時代に手作業の感覚を大切にしながら、未踏の領域をそれぞれに歩む芸術家たちを紹介します。
奥村綱雄は「パフォーマンスとしての刺繍」を20年以上続けている希有な作家です。警備員の仕事につき、夜の守衛室で文庫本を広げたくらいの小さな綿布に9ヵ月から14ヵ月を注いでミシン糸を点描のように刺し続けます。画像では洗練された、かわいらしい織物片にも見えますが、すべての布目にびっしりと糸が通り、もう針が刺せなくなった状態で完成する作品は「完全」という概念を成し遂げた一つの形として圧倒されます。空白の時間を反復作業に込める点でメゾチントの目立て作業に通じるところもありますが、訴えかけてくる強烈な孤独感や、長い作業の結果として皮脂の匂いも縫い込めた作家の気配、全体で7200時間分の夜間作業というストーリーは、魔術のようにとらえどころのない感覚へと誘います。

奥村綱雄作品画像奥村綱雄
「夜警の刺繍 ブックカバー」
2017年
18.0×25.0
綿布に糸(ポリエステル)
撮影:長塚秀人


Nerholは、レイヤー(層)を意識的に使うアーティスト・デュオです。彼らは写真の束を彫刻することによって新しい形を提示します。「road side tree」は、伐採された街路樹の切り株をスライスして撮影した120枚の写真を重ねて一枚ずつ彫刻した作品で、本展では21点が並びました。街路樹の育った時間を内包した紙束は、重ねることで再び木の風合いを持ち、一点ずつ模様と個性を与えられます。機械的な撮影作業の繰り返しと、それを彫る過剰なほどの手仕事を経て、思考の螺旋が生まれます。木と人間の歴史や、その先端にある現代の大量消費社会、街路樹という画一性など、様々な問題を喚起させる視覚的な現代の哲学と言える作品です。

ネルホル作品画像Nerhol
「multiple - roadside tree」
2016年
29.7×37.4
インクジェット紙 
撮影:吉峯敦史


水戸部七絵は、大型の油彩絵具のチューブを一日100本も使うことがあるほど、描き重ねる若手作家です。学生時代にはミッキーマウスやマイケル・ジャクソンなど、現在のアイコンを描いていました。しかし旅先のアメリカで多様な人種や体型の人々を目の当たりにし、さらに博物館で遺跡から出土した人物像を見た経験から、古今東西すべての人間を包括した「匿名の顔」というテーマに辿りつき、それと同時に厚塗りになり作品が盛り上がってゆきました。平面絵画として描いていますが、作品には鉱物を原料とする油彩絵具の物質性が活かされ、立体さながらに火山の溶岩のような密度を持ちます。テーマも作風も、古代から未来への矢を貫く、大きなスケールの持ち主です。

水戸部七絵作品画像水戸部七絵
「Depth」
2017年
80.0×50.0
油彩、鉄製パネル
撮影:吉峯敦史


浜口作品を糸口として、時を重ねる作品、ひたむきな手のひらの反復作業だけがたどり着くことのできる表現に、果てしない可能性を託した展覧会です。無心の繰り返しは、時として個人の枠組みを超え、孤独な探索のうちに悠久な流れと感応する方法となります。長い時をかけて結晶を生み出す鍾乳石と同じ、宇宙の法則に叶った芸術表現なのかもしれません。
かんばやし なほこ

●展覧会のご紹介
チラシ表チラシ裏
「夏の企画展 千一億光年トンネル 奥村綱雄、Nerhol、水戸部七絵」
会期:2017年5月20日[土]〜 8月6日[日]
会場:ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
時間:11:00〜17:00(土日祝10:00〜17:00) ※入館は16:30まで
《ナイトミュージアム:会期中、第1・3金曜(6/2、6/16、7/7、7/21、8/4)は20:00まで開館/ 最終入館19:30》
休館:月曜日(7/17は開館)、7/9(日)、7/18(火)
※7/9(日)[予定]はトーク開催の為、予約者のみの入館

 新しい表現は、見る人に新しい世界を切り開いてくれます。 浜口陽三は、1950 年代に手さぐりで銅版画の制作を開始し、独自 の技法を編み出しました。それは銅の板を何ヶ月もかけて繊細に 彫る手間のかかる方法でしたが、前例のない、光と闇に満ちた神秘 的な画面を作り出し、20 世紀後半を代表する銅版画家として国際 的に活躍しました。この夏は、浜口陽三にちなみ、現在、未踏の 表現を拓いて進む作家3人の作品を展示します。
 奥村綱雄(おくむらつなお)は「パフォーマンスとしての刺繍」を、 二十年以上続けています。あえて夜間警備の仕事に就き、勤務中 の待機時間にひたすら針を動かして、小さな布に1000 時間以上の 作業時間をかたむけます。これは膨大な時間の結晶か、あるいは 前衛演劇なのか。7200 時間分の不可思議な作品「夜警の刺繍」を 紹介します。
 Nerhol(ネルホル)は、田中義久と飯田竜太によるアーティスト・ デュオです。レイヤーを用いた洗練された手法で、時間や存在の ゆらぎを含んだ形を提示します。代表作は、3 分間連続撮影した肖像 写真を200 枚重ねて彫刻を施した作品で、人の表層と内面に切り 込みました。今回はこのシリーズの新作と近年作の「roadside tree」 も加え、静かな思索空間を展開します。
 水戸部七絵(みとべななえ)は、顔をテーマに描くスケールの 大きな最近注目の若手作家です。油彩絵具を時には一日100 本以 上を使って豪快に塗り重ね、崩れることも臆さずに匿名の顔を描 きあげます。絵画として描いていますが、作品は立体さながらに 盛り上がり、大胆な色彩と質感で迫ってきます。 手のひらから時空を乗り越えて別次元へと昇華した作品の数々 をご覧下さい。新作を含む現代作家の作品と、浜口の銅版画作品 20 数点の構成です。(ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションHPより転載)

●今日のお勧め作品はソニア・ドローネです。
224 のコピー
ソニア・ドローネ
リトグラフ
イメージサイズ:65.0×53.0cm
シートサイズ:75.8×58.6cm
Ed.75  Signed

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