企画展「駒井哲郎 夢の散策者」に寄せて―武田光司氏のコレクション

吉岡知子
(埼玉県立近代美術館学芸員)

 埼玉県立近代美術館では、9月12日から10月9日まで、企画展「駒井哲郎 夢の散策者」を開催する。
 この展覧会で主にご紹介するのは、故武田光司氏が蒐集し、平成4(1992)年度から3回にわたって当館にご寄贈いただいた101点の駒井哲郎コレクションである。駒井哲郎と言えば、約500点を蒐集した資生堂名誉会長の福原義春氏をはじめ、熱心なコレクターが多く、それぞれのコレクションには蒐集した人の意志が色濃く反映されている。では、駒井哲郎に魅せられ、101点の作品を蒐集した武田光司氏(1938-2001)とは、どのような人物だったのだろうか。
 武田氏はある放送局に勤めた後、独立を決意し、1971年に埼玉県越谷市で自転車を取り扱う会社を創業した。以後、「ホダカ株式会社」「株式会社マルキンジャパン」の代表取締役として会社を経営し、その情熱的な人生は、高杉良の小説『勇気凛々』(1998年、角川書店刊)に主人公として描かれている。武田氏が駒井哲郎の作品に初めて出会ったのは、おそらく昭和50年代のことで、岩手県盛岡市に友人を訪ねた折、たまたま開催されていた駒井の版画展を見たときであった。駒井哲郎のことは全く知らなかったそうだが、この展覧会を見て、「清潔、真摯、ナイーブ、ヒューマン」という印象が次々に心に浮かんだという(註1)。
 盛岡での展示をきっかけに駒井作品に魅せられた武田氏は、コレクションを開始し、南天子画廊や不忍画廊などで、あるときはまとめて、あるときは1点ずつ作品を買い求めた。そして、1991年に会社が創業20周年を迎えたとき、社員の奮闘の証を永遠に遺し、かつ幅広い人々に末永く喜んでもらえるという理由から、蒐集した駒井作品を当館に寄贈することを決意された。こうして当館は平成4(1992)年度に95点、さらに平成11(1999)年度に4点、平成13(2001)年度に2点をご寄贈いただき、101点の駒井哲郎コレクションを所蔵することとなった。しかし、武田氏は最後の寄贈を終えた後、旅行先の中国で急逝。最後にご寄贈いただいた2点のタイトルは、奇しくも《夢の始まり》と《夢の終り》であった(註2)。
 武田氏の駒井コレクションは《束の間の幻影》などの代表作を含み、初期から晩年までの足跡をたどることができるものとして、大変貴重である。当館ではこれまでに二度、武田氏のコレクションをまとめてご紹介した。一度目は、最初の95点の寄贈を記念して1994年に開催した企画展「駒井哲郎と現代版画家群像 果実の受胎」。この展覧会では、武田氏のコレクションとともに、駒井に影響を受けた次世代の版画家18人の作品を紹介し、現代版画の多様な展開を探った。二度目は、2002年12月から翌年1月にかけて、全101点を公開したコレクション展「駒井哲郎の世界―黒と白の詩情」で、この展示は2001年暮れに急逝された武田氏を偲ぶものであった。

「果実の受胎」展_展覧会会場風景企画展「駒井哲郎と現代版画家群像 果実の受胎」展示風景(埼玉県立近代美術館、1994年)

 今回の展覧会「駒井哲郎 夢の散策者」は、およそ15年ぶり三度目となる武田氏のコレクション全点公開の機会である。加えて、近隣の美術館や所蔵家から作品や資料をお借りし、駒井にとって重要な活動である詩画集、愛用のプレス機や道具、また駒井が敬愛した美術家として、オディロン・ルドン、パウル・クレー、ジョアン・ミロらの作品もご紹介する。駒井が共鳴したこれらの美術家には、音楽や文学への深い造詣、美術史上の流派に分類しきれない作風の展開、夢や幻想といった意識下の世界に対する鋭敏な感性、といった共通点が見出せる。また、彼らの作品は一見すると控え目で、リリカルで、ときにユーモラスだが、その奥には作り手の深い思索と葛藤が潜んでいる。
 駒井もまたそのような美術家のひとりであった。音楽や文学に強く惹かれ、その作風は特定の流派に位置づけることなどできず、自己の内面に浮かぶ夢や幻想に眼を向け続けた。中でも、駒井を語るうえで欠かせないのは、「夢」という主題だろう。「夢と現実。私にはそのどちらが本当の実在なのかいまだに解らない。」と語った駒井にとって、瞼の裏に浮かぶ夢や幻想は、決して非現実的なものではなく、現実と同じ強度を持つものとして存在した。初期の「夢」の連作から、晩年の色彩豊かなモノタイプまで、作風を少しずつ展開させながら、まるで夢と現実の間を散策するかのように行き来し、二つが交錯する世界を鋭い感性で銅版に刻み続けた。駒井にとって制作とは、心に浮かぶ幻影をなんとかして現実の世界に定着させるための極めて切実な行為だったに違いない。
 その結晶として生まれた作品には、静謐な詩情が漂い、奥底には自己の内面に真摯に向き合った痕跡が見え隠れする。だからこそ駒井の作品は、没後40年を経た現在でも、観る人の心を揺さぶり、魅了して止まないのではないか。
 会期は一ヶ月弱という、幻影のような「束の間の展覧会」に、ぜひご来場いただきたい。
よしおか ともこ

(註1)武田光司「「創業20周年の記念として」―駒井作品のコレクション」『埼玉県立近代美術館ニュース ソカロ』第47号、1994年5月
(註2)武田氏の駒井コレクションについては、以下の文献に詳しい。平山都「COLUMN 08 コレクター 武田光司氏の英断」『たまもの 埼玉県立近代美術館のコレクションより』埼玉県立近代美術館、2012年

吉岡知子(よしおか・ともこ)
1982年東京生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。同年より埼玉県立近代美術館学芸員。専門は日本近代美術史。主な担当展覧会は「原田直次郎展」(2016年)。

●展覧会のご案内 「駒井哲郎 夢の散策者」
会期:2017年9月12日[火]〜10月9日[月・祝]
会場:埼玉県立近代美術館
休館:月曜日(祝日または県民の日の場合は開館)
駒井哲郎 (1920-1976) は戦後日本を代表する銅版画家のひとりで、静かな詩情漂う作風はいまなお見る者を魅了し続けています。当館は初期から晩年までの駒井の作品を約100点所蔵しています。この展覧会では、当館のコレクションを中心に、詩人との共同制作などにも焦点を当てながら、駒井の創作活動をさまざまな視点から読み解きます。(埼玉県立近代美術館HPより転載)

●講演会「駒井哲郎と書物の世界」
講師:堀江敏幸(作家)
日時:9月16日(土)13:30〜15:00(開場は13:00)
場所:埼玉県立近代美術館2階講堂
料金:無料
20170911_駒井哲郎


20170911_駒井哲郎_裏

〜〜〜
●今日のお勧め作品は駒井哲郎です。
20170911_komai_onti-syo駒井哲郎
「恩地孝四郎頌」
1974年
アクアチント(亜鉛版)
20.7×10.0cm
サインあり
※レゾネNo.309(美術出版社)

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


クリストとジャンヌ=クロード展は本日が最終日です。
201708_christo_会期:2017年8月29[火] 〜9月9日[土]
クリストの希少なオリジナル作品(オブジェ、コラージュ)はじめ、版画など約20点をご覧いただきます。
出品作品の詳細はコチラをご覧ください。


◆ときの忘れものは次回「今週の特集展示:駒井哲郎展」を開催します。
201709komai
会期=2017年9月12日[火]〜9月22日[金]
※日・月・祝日休廊
駒井哲郎の版画作品、詩画集など約10点を特集展示する他、恩地孝四郎南桂子国吉康雄フォーゲラー等の版画作品をご覧いただきます。


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12