ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ:関根伸夫と「もの派」 > 関根伸夫のエッセイ

新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」のためのノート

新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」のためのノート 関根伸夫  絵画の無力化、新らしい解釈の不可能性が進行している。その理由は、今までの絵画空間が広がりとしての空間、奥行きとしての空間、時間としての空間、精神や観念としての空間、と云う解釈だけ …
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銀座・Gせいほうで「関根伸夫展」6月18日(月)〜6月29日(金)

 アメリカに移住してから、既に6年余りの歳月が経過している。 私は今まで住みたいと思ったら、余り理由を考えず、先ずは住んでみる 経験を大事にしている。 1970年のヴェニスビエンナーレ以降にイタリア・ミラノに住んだこと、 2010年、2011年上海の半島芸術村に住んだ経緯 …
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関根伸夫のエッセイ「<発想>について」第5回(最終回)[再録]

関根伸夫のエッセイ 「<発想>について」 第5回(最終回)[1976年執筆の再録]  かって見た光景が、作品構想の大きな根拠になる例はしばしば経験する事であるが、逆に、作ってしまった作品が、その後訪れた光景とよく合致してしまい、しかももっと壮大な世界へと導かれる …
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関根伸夫のエッセイ「<発想>について」第4回[再録]

関根伸夫のエッセイ 「<発想>について」 第4回[1976年執筆の再録]  美術を志して数年後、思った以上に美術家としての職業は困難でどうも将来専門家として食うにはおぼつかないという危惧と、偶然姉が教わっていた華道を、私も習ったことがある。師匠は母と同年輩という …
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関根伸夫のエッセイ「<発想>について」第3回[再録]

関根伸夫のエッセイ 「<発想>について」 第3回[1976年執筆の再録]  ≪空間≫について考えたり、感じたりすることの表明が美術ではないか、と私は以前漠然と考えたことがある。その時以来私は、常に自分の仕事を≪空間≫に対する把えかたの問題と規定することにしている …
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関根伸夫のエッセイ「<発想>について」第2回[再録]

関根伸夫のエッセイ 「<発想>について」 第2回[1976年執筆の再録]  ある少年の日、荒川辺の小さな村で生息していた私は、堤防の上で粘土をこねて人形をつくるのに夢中だった。種々の豊かな雑草におおわれた道は、それでも轍に踏み切られて赤い土膚を見せて、目が届かな …
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関根伸夫のエッセイ「<発想>について」第1回[再録]

関根伸夫のエッセイ 「〈発想〉について」 第1回[1976年執筆の再録]  この大切な紙面で、数ヵ月にわたり私の駄文に付き合わざるをえない読者に、寛容の精神を先ずはお願いさせていただきたい。それと、昨年のクロス・カントリー7,500kmでは全国行脚の途上で皆様に多大な …
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