「瑛九の初期印画紙作品について」

銀遊堂 比田井一良

小さな写真作品が一点「ときの忘れもの」に入ってきました。
キャビネサイズのそれは、山田光春著『瑛九 評伝と作品』第一章・萌芽期の扉に<「踊り子」フォトグラム ’31>として掲載されている作品と同一のもので、前年にオリエンタル写真学校に入学した瑛九弱冠二十歳の作品ということになります。ちなみにオリエンタル写真学校の修業期間は三ヶ月で、彼の二年後には植田正治が入学しています。
*山田光春著『瑛九 評伝と作品』(1976年 青龍洞)27ページ所収

山田光春瑛九伝600山田光春著『瑛九 評伝と作品』(1976年 青龍洞)

山田光春瑛九伝27ページ600
同書27ページ


01<写真1 オリジナル画像>
ゼラチンシルバープリント(印画紙)
サイズ:14.6×10.6cm

書籍に印刷されていた写真は今回のヴィンテージプリントより濃度があるように見えますが、これは印刷用に使った別なプリントが有ったのかも知れず、またヴィンテージプリントの経年変化によるという理由もあるでしょう。
だがしかし一見してわかるように、これはフォトグラム作品ではありません。むしろ普通にカメラで撮影された作品のように見えます。ではこの不思議なプリントはどういう方法で作られたものかその説明が聞きたい、というのが綿貫さんからの設問でした。
作品を拝見した後、おそらくこういう方法だろうという推定を口頭でご説明したのですが、言葉の説明だけでは十分ではないので、推定に従って実際に同じようなプリントを作ってみましょうという事になりました。
推定した方法は二種類で、撮影時の二重露光と、プリント時のネガの重ね焼きです。

以下、製作実験の過程を、順を追って説明いたします。
まず、プリント制作のための素材を準備します。一つは女性の顔のアップの写真です。背景が黒いものを選びます。

もう一つは踊り子の写真です。瑛九作品では踊り子の別々の写真を三点別々に用意していますが、今回は再現実験なのでそこは簡略化して、同じ写真を三点大きさだけを変えたものを作りました。踊り子の写真は、切り抜いて黒紙の上にレイアウトしてコラージュを作ります。黒紙は普通の黒画用紙を使いました。

02<写真2 踊り子たち複写の様子>


撮影時の二重露光の方法では、「顔アップ」の写真を複写した後、フィルムを巻き上げずにそのまま「踊り子たち」のコラージュを複写します。
ネガシートの一列目中央のネガがその結果で、二つの画像が重なって写っています。

03<写真3 ネガシート>


このネガからプリントしたものが次の写真です。

04<写真4 二重露光>


この方法は手順が簡単なので製作は比較的容易なのですが、二つの画像の位置関係が撮影時に決定されてしまい、あとで修正できないという欠点があります。この作例でも踊り子たちのレイアウトが右に少しずれていて、画面にまとまりがありません。
これに対してプリント時のネガの重ね焼きでは、「顔」と「踊り子たち」を別々に複写します。その際に露光を変えて何種類かのネガを作っておきます。ネガシートの二列目以下がその結果です。
プリントのときに二枚のネガを重ね合わせて引き伸ばし機にセットしますが、そのときに二枚のネガの相対的な位置関係をずらすことができるので、合わせ具合のレイアウトを確認しながらプリントすることができます。

05<写真5 重ね焼き1>


この作例では、ネガシートの二列目左から二枚目のネガと四列目右から三番目のネガを重ね合わせてプリントしています。ネガの重なり具合を調整したので踊り子たちをうまく中央にレイアウトすることができました。この方法にはもう一つ良い点があって、重ね合わせるネガの濃度を変えることでプリントの印象を大きく変えることができます。次の作例では、ネガシートの二列目一番右の薄いネガと、前と同じ四列目右から三番目のネガを組み合わせています。結果は顔が暗くなって、踊り子たちが浮かび上がってきます。このようにしてネガの組み合わせを変えることで、いろいろなトーンのプリントを作ることができます。

06<写真6 重ね焼き2>


二重露光と重ね焼きのこの二つ方法は、手順は違いますが結果はほぼ同じになるので、瑛九がどちらの方法でやったかは残念ですが確定できません。位置合わせの問題も、画家瑛九だったらはじめにコンテを描いて、かなり正確に構図を決める事ができたかも知れません。

この作品のネガが現存しているかは不明だそうですので、以上のことは推測の域を出るものではありません。もしネガを見ることができれば、話は簡単に済んでしまうと思われます。しかし「まったく同じ」とは言えないにせよ「かなり似ている」プリントができたので、今回の推理は大きく的外れではないと思っています。
ひだい かずよし

*画廊亭主敬白
2017年最後のビッグニュース
長いこと瑛九を追いかけていると、珍しい作品に遭遇することがありますが、今回私たちが入手した印画紙作品は間違いなく超弩級、瑛九の最初期の写真作品の発見です。
瑛九が少年の頃からカメラを買ってもらい、多くの写真を撮ったことはよく知られています。撮影された写真は当時の写真雑誌『フォトタイムス』1931年10月号などに掲載されている。
ところが今回ご紹介する「踊り子」という作品、名著の誉れ高い山田光春『瑛九 評伝と作品』第一章の扉にどーんと掲載されているので瑛九に詳しい方なら誰でも知っている(はず)。実物がなかなか見つからなかった。しかも山田さんがつけたキャプションが問題です。
図版の右肩に<「踊り子」フォトグラム ’31>とあります。サイズの表記はありません。
不思議なのは<フォトグラム>と技法を表記していることです。
ご承知のとおり、瑛九が創始した(造語した)フォトデッサンという技法は=フォトグラムです。カメラ(フィルム)を使わず、印画紙に直接光をあてて制作するのがフォトグラム=フォトデッサンです。プリントの専門家比田井一良さんが指摘するごとく、この作品はどう見てもフォトグラム(=フォトデッサン)ではありません。
山田さんの同著には油彩、水彩、リトグラフ、銅版、吹きつけ、フォトデッサン、フォトコラージュなどの画像が多数掲載されていますが、<フォトグラム>としているのは27ページの「踊り子」ただ一点だけです。
山田さん自身この作品が他の印画紙作品と異なる技法によって作られた(らしい)ことを承知していたと思われるのですが、では何なのか、わからなかった(のではないか)。
苦し紛れに<フォトグラム>とつけたのではないかと亭主は邪推しています。
今回名プリンター比田井さんに教えを乞うたところ、再現実験までしてくださいました。感謝の言葉もありません。ありがとうございました。

◆埼玉県立近代美術館で新春1月16日〜3月25日の会期で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。
会員制による共同版元として現代版画センターは1974〜1985年に約80作家、700点のエディションを世に送り出しました。全国各地で展覧会、頒布会、オークション、上映会、講演会、パネルディスカッション等を頻繁に開きましたが、今回の展覧会では、その中から埼玉近美が選んだアンディ・ウォーホル、瑛九など45作家、約300点の作品と、11年間に発信された機関誌など資料が一部展示換えをしながら展観されます。
パンフレット_04


●書籍のご案内
版画掌誌5号表紙600
版画掌誌第5号
オリジナル版画入り美術誌
ときの忘れもの 発行
特集1/ジョナス・メカス
特集2/日和崎尊夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版ーA : 限定15部 価格:120,000円(税別) 
A版ーB : 限定20部 価格:120,000円(税別)
B版 : 限定35部 価格:70,000円(税別)


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2017年10月
ときの忘れもの 発行
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21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
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安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
ときの忘れもので扱っています。

国立新美術館の「安藤忠雄展―挑戦―」は、大盛況のうちに終了しました。
展覧会については「植田実のエッセイ」と「光嶋裕介のエッセイ」を、「番頭おだちのオープニング・レポート」と合わせ読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。
ときの忘れものには小さな庭があります。彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示していますので、ご来廊の折にはどうぞご覧ください。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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