ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 倉俣史朗の世界

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第5回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第5回 手紙 倉俣さんへ 5  小川隆之さんの「山荘T(T villa)」については、2001年10月28日に放映されたNHKの新日曜美術館「夢のかたち―デザイナー倉俣史朗」でも紹介されていますし、小川さんも建て主の立場から話されています …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第4回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第4回 手紙 倉俣さんへ 4  この小文の第2、3回で、倉俣史朗設計の「山荘T」に触れている。第3回ではとくに西沢大良による論考「倉俣史朗の建築について」の紹介に終始しているが、今回はそれと関連して同じ時期に実現したいく …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第3回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第3回 手紙 倉俣さんへ 3  前回、倉俣史朗の設計による「山荘T」については、西沢大良の建築家の立場からのじつに鋭い倉俣論があることを紹介した。今回はその内容にもうすこし立ち入ることにする。引用はすべて、西沢大良「倉俣 …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第2回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第2回 手紙 倉俣さんへ 2  倉俣史朗が設計した、山梨・山中湖の「山荘T」は1975年竣工となっている。たぶんそれからまもなくだった。そこに10人ほどが集まって話していた。写真家・小川隆之、建築家・曽根幸一は笑っている表情と …
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植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第1回

植田実のエッセイ「手紙 倉俣さんへ」第1回 手紙 倉俣さんへ 1 「倉俣史朗がもっとも深い信頼を寄せていた美術家」として紹介される田中信太郎が、倉俣さんとは電話を通しての会話が最後だったと語っている。「熱が下がんないんだ」と言っていたという。そしてこう続け …
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大阪・Nii fine arts「倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier 刊行記念展」」3月27日〜4月5日

ときの忘れものは「倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier」を刊行します。 Cahier(カイエ)はフランス語で覚書の意味です。 刊行記念展をまず大阪・Nii Fine Artsで開催していただきます。 倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier刊行記念展 会期:2020年3月27日―4月5日 11:00〜19:00 …
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橋本啓子「倉俣史朗の宇宙」第9回(最終回)〜NARA (1983)

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」第9回(最終回) NARA (1983)  角テーブル《NARA、注1》(1983)のテラゾー(人造石)は倉俣自身がデザインしたテラゾーである。テラゾーとは大理石と花崗岩の粉、顔料、セメント等を練り合わせて硬化させたもので、1980年代にはおもに …
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倉俣史朗の版画

昨日2月1日は倉俣史朗先生の命日でした(1934年11月29日生まれ - 1991年2月1日没)。 「東京本郷の駒込に昭和九年十一月に生まれました。」(倉俣史朗『未現像の風景』1991年 住まいの図書館出版局) 倉俣先生はときの忘れものの直ぐ近くにあった理研の社宅で生まれ、育ちま …
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橋本啓子「倉俣史朗の宇宙」第8回〜ハウ・ハイ・ザ・ムーン (1986)

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」第8回 ハウ・ハイ・ザ・ムーン (1986)  《ミス・ブランチ》(1988)とともに倉俣の代表作として知られる肘掛椅子《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》 (1986)は、エキスパンドメタルと呼ばれる金網を溶接しただけのミニマルな椅子だ(注1)。ジ …
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橋本啓子「倉俣史朗の宇宙」第7回〜ランプ オバQ (1972)

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」第7回 ランプ オバQ (1972)  前回のエッセイで「倉俣はいつもインテリアと家具のあいだを自由に行き来する」と書いたが、今回紹介する《ランプ オバQ》(1972)の照明器具デザインと1985年の福岡・小倉フォロンの「ISSEY MIYAKE」 …
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