倉俣史朗の世界

橋本啓子「倉俣史朗の宇宙」第3回〜Just in Time (1986)

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」第3回

Just in Time (1986)


《Just in Time ジャスト・イン・タイム》(図1、注1)に衝撃を受けた人は多い。筆者もそのひとりだ。衝撃の理由は人によってさまざまだろう。この時計が、時刻がはっきり分からない時計であることに驚く人もいれば、デザイナーの柳原照弘の次の言葉のように感じる人もいる。

これを見た時、目の前にあるのは美しい時計ではなく、美しい時間なんだと思った(注2)。

kuramata_11_justintime図1
倉俣史朗
Just in time
1986年
メラミンボード、小枝、毛糸、ステンレス
51.5x36.5xD0.8cm
時計裏面の右下にシールあり

この文章ほど《ジャスト・イン・タイム》のもたらす感動を的確に、かつ詩的に表した文章はないのではないか。そう考えるのも、正確な時間よりも「美しい時間」をもたらすことこそ、倉俣が考えた、時計の最大の「機能」にちがいないからだ。1987年に倉俣が東洋プライウッド株式会社副社長(当時)の阿部博と行った対談は、そのような倉俣の考えと、それが《ジャスト・イン・タイム》とその置時計版である《Clock with Five Hands 5本針の時計》(1986年)の発想にいかにつながっていたのかを物語る。

阿部:デザインを考える場合、機能があってその次に楽しさ、と考えられがちですが、倉俣さんは機能よりも何よりも最初に自分の表現というか、そういうものを前面にだされるという?
倉俣:そうですね。使い易いということが必ずしも機能的ということではなく、もっとメンタルなものを含んでこそ機能だと思うのです。(中略)……二十数年前から家具をつくり始め、当時も、面白いが機能的でないとか、合理性でないと言われたのですけれども、むしろ僕はそちら側に本当の合理性とか機能性というのがあるんじゃないかという考えがずっとありました。
(中略)
倉俣:時計にしても、まあ非常に精密な時間が必要とするのは別にして、時間さえわかれば木の枝の針でもいいんじゃないかと思うし。まず自分の美しいと思うことや楽しいと思うことが含まれていなくては、デザインしてもおもしろくない。
阿部:先生がデザインされた木の枝の時計とか、ニボシやちょうちょが、時、分、秒でバラバラに動いているような時計〔引用者注:《5本針の時計》〕を拝見しましたが、ああいう作品をみてしまうと商品化したら売れるだろうなとか、すぐそういうことを思ってしまうんですけれども(笑)。
(中略)
倉俣:これを展示したのは時計の展覧会なんですが、作ろうと思っていたイメージというのは前からあるわけです。細い小枝を使うという発想は、針という型にはまったものじゃなく、時の移り変わりというのが何かの形になったら面白いな、と。ビョンビョンしながら見えるのも面白いでしょう。どちらかというと、結局、自分が楽しんで作ってしまう。リクリエーション(笑)。クライアントがあって制約があるというのはなかなかそうはいかないですからね。(中略)(注3)

倉俣は、使い易いということよりも面白い(美しい、楽しい)ことの方が機能的であるという考えを抱いていた。彼はもちろん時刻を正確に表示する機能を否定しているわけではない。ただ、時間を見ようとふと時計に目を遣ると、針のかわりにニボシやちょうちょが動いていたり、ナイロン線のカーブがビョンビョンしながら動いているのを見て、思わずにこりとしてしまう、そういう瞬間が生活に与えられることは、実は大切な事ではないかと考えていたのだ。
 ならば、倉俣のデザインは、デザインというよりもむしろアートなのではないか、あるいはアートに機能を付加したものではないか、という意見が出るかもしれない。無論、そういう意見があってもいいと思うし、実際、倉俣自身、「……機能を果たしながら、なおオブジェとしても成立する両面性。その造形性が空間をもう一度目覚めさせ、見えなかったものを見せ、感じさせてくれるもの……理想としては、そんなものを創りたい(注4)」と記したこともあるから、全面的に否定はしないだろう。だが、個人的な考えをいえば、倉俣のデザインは、対談で質問されたような、初めに表現ありきの発想ではなく、生活のなかで有用品として使われることからデザインが練られていったように思う。
仮に《ジャスト・イン・タイム》が時計ではないとしたら、人々はこれをどのように受け止めるだろうか。線がビョンビョンし続ける、動く絵画として評価するのだろうか。それでも良いかもしれないが、「美しい時間」はもはやそこにはない。ビョンビョンする線は、動く髭となり、「時の移り変わり」の「形」ではなくなる。1日のうち、「美しい時間」を「見る」幸せはビョンビョンする線が秒針でなければ、得られないのだ。
《ジャスト・イン・タイム》と《5本針の時計》の4年前にあたる1981年にデザインした《スパイラルの時計A》では、「時の移り変わり」の「形」への変換が《ジャスト・イン・タイム》とは異なる視点から試みられている。ここでは、時計の針のみが際立つ文字盤を、すなわち、時間以外の一切の情報を排したボードを、プラスチックのカプセルの内部に封じ込めたのだ。倉俣は次のように語る。

カプセルに時間を封印したいというわけではないのだが、現実的な時間の経過の明示と離れて、もうひとつの次元の異なる時の存在を表明(表情)したいというのがイメージの底にあった。それはたぶん、お祭りで見かける透明なセメダインみたいな素材を大きく吹くらまし、その中にお礼や、紙吹雪をいれたのを見かけたとき、その風船の内部で舞うそれらのものは、スローモーションの映像を見るようであり、その空間は次元の異なる遠い宇宙を感じたからだろう。この時計をデザインするとき、そんなことが潜在意識の中にあったのかもしれない。(注5)   

《ジャスト・イン・タイム》も《スパイラルの時計A》も、それに目をやった途端、流れていた時間が一瞬止まったように感じる。なぜそうなのか、いつも不思議でならないが、それこそ倉俣の思惑どおり、カプセルに入った時計や木の枝で出来た時計が、子どもの頃のお祭りの透明な風船や、日が暮れるまで公園で遊んだ記憶という遠い過去へと自分を引き戻すからなのかもしれない。倉俣のデザインは、本人が「デザインをするという行為の中でこれ等の幼少年期の体験が非常に大きな要素となっている(注6)」と再三述べているように、幼少期の記憶に想を得たものが多い。それも誰もが子どものときに感じる感覚を手がかりとしたものが多いのだ。
 そういうわけで、《スパイラルの時計A》のセメダイン風船の中に封印された時間も《ジャスト・イン・タイム》のビョンビョンする線の時間も、私たちが子どもの頃、時計を見ながら、無意識に時間を「形」にしていたことを思い出させるのかもしれない。数年前に本田和子氏の名著である『異文化としての子ども』(1982)を読んだとき、ますますこの感を強くした。
本田によれば、子どもにとって時間とは連続した流れではなく、非連続の「いま」である。そして、その「いま」とは瞬間としての「いま」ではなく、長さと厚みをもったかたまり、つまりひとまとまりの「出来事」なのだそうだ。これを説明するために、本田は次のエピソードを挙げている。

「とき」が「出来事」である証拠に、彼らは、時計の目盛りまでも出来事化してしまう。例えば、三歳児が空腹を訴えて昼食をねだった。保育者が、時計の文字盤の十一時を示して、「針がここまできたら、お弁当の用意をしよう」と約束した。再び遊び始めた彼が次に時計を見上げたとき、時計の針は十一時を四分ほど過ぎていた。楽しみにしていた「お弁当のとき」は、アッという間に彼を置き去りにしたのだ。恨めしげに時計を見上げて、べそをかいているその子どもに、保育者は笑いころげながら説明に窮していた(注7)。

これを読んで以来、筆者の中ではべそをかいている子どもと保育士の笑い声と《ジャスト・イン・タイム》とがつながっている。 Don’t cry, you are just in time !
はしもとけいこ

注1:《ジャスト・イン・タイム》と《5本針の時計》の制作経緯については1996年皮切りの回顧展「倉俣史朗の世界 Shiro Kuramata 1934-1991」(東京・原美術館ほか世界巡回)のカタログでクラマタデザイン事務所のアシスタントであった吉森智、五十嵐久枝が詳しく記している。右を参照。田中一光監修、植田実・原美術館ほか編『倉俣史朗』(展覧会カタログ)東京・財団法人アルカンシェール美術財団、1996年、78頁:吉森智、五十嵐久枝によるNo. 24、25の解説。
注2:柳原照弘「『ジャスト・イン・タイム』に、美しい“時間”を見た。」『Pen ペン』2008年7月15日号(225)91頁。
注3:「プリカーサー登場 インテリアデザイナー倉俣史朗氏を迎えて」(阿部博によるインタヴュー)『プリカーサー』東洋プライウッド株式会社、1987年10月号、1-2頁。
注4:倉俣史朗「空間の眠気を覚ましたい」(「時計」)『どりーむ』1982年1月号、16頁。
注5:倉俣史朗「掛時計」『ジャパンインテリア』1981年12月号(273)、86頁。
注6:倉俣史朗「記憶」『Nob』1976年春号(7)、114頁。
注7:本田和子『異文化としての子ども』紀伊国屋書店、1982年、57-58頁。

■橋本啓子
近畿大学建築学部准教授。慶應義塾大学文学部英米文学専攻、英国イースト・アングリア大学美術史音楽学部修士課程修了後、東京都現代美術館、兵庫県立近代美術館学芸員を務める。神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程において博士論文「倉俣史朗の主要デザインに関する研究」を執筆。以来、倉俣史朗を中心に日本の商環境デザインの歴史研究を行っている。神戸学院大学人文学部専任講師(2011-2016)を経て、2016年から現職。倉俣に関する共著に関康子、涌井彰子ほか編『21_21 DESIGN SIGHT 展覧会ブック 倉俣史朗とエットレ・ソットサス』東京:株式会社ADP、2010年(「倉俣クロニクル」執筆)、Deyan Sudjic, Shiro Kuramata, London: Phaidon Press, 2013(Book 2: Catalogue of Works全執筆)、埼玉県立美術館・平野到、大越久子、前山祐司編著『企画展図録 浮遊するデザイン―倉俣史朗とともに』東京:アートプラニング レイ、2013年(エッセイ「倉俣史朗と美術」執筆)など。

●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
kuramata_07_feather倉俣史朗 Shiro KURAMATA
Floating Feather(黄)
c.a. 2004
Acrylic
14.0×9.5×8.0cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

倉俣史朗の絵葉書

駒込にある小さなギャラリー「ときの忘れもの」で、倉俣史朗の小展示を観ました。
重力から解放されて、アクリルの中に浮く、バラの造花や羽根たち。時の流れによって刻々と変化するこの空間に、時間の静止した直方体の空間を生み出したようでした。
美しい…。この一言に尽きます。

(20181027/みつはしさんのtwitterより)>

↓これは行かないと!倉俣史郎のエッセイで眠ってる間に見た夢の記述があるんだけど、そこがすごく好きでね。美しいんだ。他人の夢だけど、わたしの記憶に焼きついてる。
(20181029/nonさんのtwitterより)>

駒込移転後初めて、ときの忘れものへ。『倉俣史朗 小展示』
… ただただうっとり。。

(20181026/文庫善哉さんのtwitterより)>

オープン翌日に伺った「倉俣史朗 小展示 @ときの忘れもの」阿部勤さんの建築に見事に調和した素敵な展示でした。
(20181020/高橋マサルさんのtwitterより)>

やっとやっとやっと、倉俣史郎さんの展示見に行った🐋
昇天するかと思った

(20181024/Aya S.さんのtwitterより)>

生で倉俣史朗みれたからまあえっか〜〜という気持ちになってる
(20181017/こバさんのtwitterより)>

お茶がおいしかったです。ごちそうさまでした。
作品が見られて、とてもうれしかったです。

(S.Aさん/芳名簿より)>

"やさしさ" "夢"を感じました。
本物の美しさは永遠だと。素晴らしい展示でした。

(J.Kさん/芳名簿より)>

アクリルの質がクリアできれいでした。
(M.Mさん/芳名簿より)>

美術館で見るのと違い、住宅のなかで見る作品は思いのほか空間とマッチしていておもしろかったです。
(H.Mさん/芳名簿より)>

倉俣史朗 小展示@ときの忘れもの(2018/10/25)
今日の夕方はときの忘れものに。現在開催中なのはデザイナーの倉俣史朗の展示を開催中。彼の作品をまとめて見たのは確か1996年の原美術館での回顧展だけど、その後はあまりまとめて作品を見る機会が無かったので、今回の展示を楽しみにしていた。
今回展示されていたのは、《ガラスの椅子》のミニチュア作品や、色違いのアクリルを組み合わせた花瓶、造花をアクリルに封じ込めたオブジェといったパブリックイメージの中心の作品に加え、パリの個展のために制作された《カビネ・ド・キュリオジテ》の存在感が凄い。関連するポスターも多く展示されている。どの作品も今見ても全く古さを感じさせないのに表現の可能性をギリギリまで探ったという知的な刺激が伝わってくる。どうやったらこういうバランスを両立させられるのだろうか。
ご主人が在廊で少しお話を伺う。彼の作品は建物に合わせて作られたインテリアとしての性格を持つものが多く、建物が建て替えられた時に散逸してしまったものが多いのだとか。儚さを感じる話だけれど、そういう場のために作られた作品だからこそこういう個性を持つことができたのかもしれないな。
倉俣史朗の作品を纏めて見られる良い機会。多くの作品は購入可能なので、そういうつもりで眺めてみるのもギャラリーでの展示の醍醐味ですね。

林光一郎さんのブログさんのより)>


倉俣史朗 小展示 」は今日と明日の二日間を残すだけとなりました。
どうぞお見逃しなく。

作品の他に倉俣史朗の絵葉書を二階図書室で販売していますが、既に完売したものもあります。
画廊に来られない遠方の皆さんに特別に10枚セットで特別頒布します。
10枚組=2,000円(送料込み)
*数に限りがあるので、売り切れの場合はご容赦ください。
1988ミス・ブランチ_モントリオール_600「ミス・ブランチ」
二つ折りカード(モントリオール美術館)
※倉俣史朗氏が存命中に発行されたものです。

c1986-87Twilight Time_600「Twilight Time」
ポストカード
※倉俣史朗氏が存命中に発行されたものです。

ミス・ブランチ_大阪市立近代美術館建設準備室_600「ミス・ブランチ」
ポストカード(大阪市立近代美術館建設準備室)


Green Collections_600「Glass Chair」
ポストカード(Green Collections)
※倉俣史朗氏が存命中に発行されたものです。
*車は倉俣氏の愛車です。

Furniture in Irregular Forms Side 2_600「Furniture in Irregular Forms Side 2」
ポストカード(原美術館)

Laputa(原美術館)_600「Laputa」
ポストカード(原美術館)

How High the Moon(原美術館)_600「How High the Moon」
ポストカード(原美術館)

Installation View(原美術館)_600「Installation View」
ポストカード(原美術館)

Homage to Josef Hoffmann Vol.2(原美術館)_600「Homage to Josef Hoffmann Vol.2」
ポストカード(原美術館)

Glass Chair(原美術館)_600「Glass Chair」
ポストカード(原美術館)

上掲の倉俣史朗の絵葉書10枚組を、2,000円(送料込み)で頒布します。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●本日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
11倉俣史朗 羽
倉俣史朗
「Floating Feather(黄)」 
c.a. 2004年 アクリル 
14.0×9.5×8.0cm 
*シール付
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催しています。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。
国内及び海外での倉俣史朗展のポスターはベストコンディションのものを出品しています。
また倉俣の作品集、書籍、カタログ、雑誌等も多数用意しました。
同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。
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ときの忘れもの・拾遺 第9回ギャラリーコンサート
武久源造コンサート」のご案内

日時:2018年11月24日(土)15:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
今回は午後3時開演。ちょうど近くの六義園の紅葉のライトアップの時期です。
*要予約=料金:1,000円(定員に達し次第締切ります)
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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橋本啓子「倉俣史朗の宇宙」第2回〜Cabinet de Curiosite(1989)

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」第2回

Cabinet de Curiosite(1989)


 「ときの忘れもの」の綿貫氏から、《Cabinet de Curiosite カビネ・ド・キュリオジテ、図1》の出品が急遽決まったと聞いたとき、あのどこまでも透明な、色の光だけで出来たかのような飾り棚が秋の日差しを受けて瀟洒な回廊を照らし出す光景が頭の中に広がった。それはまるで、ずっと夢の世界の中にいた飾り棚が現実世界への扉を開けて家の内部に赴き、鎮座したかのようだった。
《カビネ・ド・キュリオジテ》は、1989年11月にパリのギャルリ・イヴ・ガストゥ(Galerie Yves Gastou)で開催された個展のために制作され、やはり同展に向けてつくられたサイドテーブル《Blue Champagneブルーシャンパン》(1989)やピンクのアクリルブロックの花瓶(図2)とともに倉俣が本格的に着色アクリルに挑んだデザインである。
倉俣史朗Cabinet
図1
倉俣史朗
Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」 
1989年 アクリル 
190.0 x 46.0 x 46.0 cm
撮影:タケミアートフォトス

倉俣史朗Flower Vase #1302図2
倉俣史朗
Flower Vase #1302
アクリル
W11.0xD11.0xH21.0cm
撮影:桜井ただひさ

 倉俣とアクリルとの付き合いは長い。1963年に三愛のインハウスデザイナーとして、銀座4丁目交差点のランドマークとなる三愛ドリームセンターの店舗内装を担当したとき、大きなアクリルのショーケースをいくつもデザインして業界内の話題となった。そして、もっとも知られる彼のアクリル家具といえば、《プラスチックの洋服ダンス》(1968)である。これは、既成の木製の箪笥のパーツを透明アクリルで型抜きして組み立てたもので、収納の意味をなさない丸見えの箪笥として多木浩二を初めとする批評家を驚かせた。見せる収納が定着した今では考えられないかもしれないが、ほんの数十年前までは箪笥にせよ、何にせよ、決まった形式が必ず存在していたから、透明ダンスは非常識以外の何物でもなかったのだ。常識や慣例を逸脱したものに対しては、人々は思考を停止するか、あるいはアヴァンギャルドなものとして認めるかのどちらかだった。倉俣の透明ダンスは後者の反応を得た訳だが、それが彼にとって良かったかどうかは分からない。いつのまにかつくられてしまった「知的操作のデザイナー」という倉俣のイメージは、本人を随分と悩ませたからだ。
 話を《カビネ・ド・キュリオジテ》に戻そう。《ミス・ブランチ》(1988)も展示された1989年のパリの個展のパンフレットには次の倉俣の文章がフランス語に訳されて記された。これを読むと着色アクリルの素材に彼が込めた思いが伝わってくる。

バラの花の椅子〈ブランチ・デュボア〉に加えて
新たに数点製作した。

嘘、忘却、分裂の軌道の中で
この数点の素材は現時点9月5日でまだ
電気炉・真空タンクの中でひっそりと眠っている。
何が生まれるか、私にも解っていない。
かすかな夢の記憶をたよりにすれば
固体と液体の中間、
見えることと見えないことの間
在ることとないことの間
いや中間、間というより型の気体化か?(注1)

 タンクから出てきたものを磨き、濁りひとつない透明な色があらわれたとき、倉俣はどんなにか嬉しかったろう。当時、アクリルの成型はそれぐらい難しかった。《ミス・ブランチ》の制作も数度の失敗を経て1988年11月の東京デザイナーズウィーク’88の展示にぎりぎり間に合った、と聞いたことがある。
 そして、文章に何度も出てくる「間」という文字――これは、「あいだ」と読むのだろうか、それとも「ま」だろうか。倉俣は地口が大好きだったから、どちらでも良い気がする。「間(ま)」といえば、磯崎新が企画し、倉俣も参加した1978-79年のパリ装飾美術館における「間――日本の空間と時間」展も忘れてはならない。倉俣は同展の「はし」の部門の展示において、板ガラスを組み合わせただけのハードエッジ絵画のような作品を出品した。沖健次によれば、これは「はし」を「端=エッジ」に読み替えて、ガラスエッジの鋭利さを最大限に引き出そうとした試みである(注2)。確かに倉俣はガラスの断面が好きだった。1981年の長谷川堯によるインタビュー記事の中で、倉俣は、《硝子の椅子》(1976)を制作したときに、ガラスの断面が自分にとって「独特の表情を持つもの」になったと語っている(注3)。
 しかし、倉俣はアクリルの「断面」について語ったことはない。アクリルの場合は、「固体と液体の中間 見えることと見えないことの間…」なのだ。それが何であるのかは、この個展と同年に手がけられた東京・青山のヨシキ・ヒシヌマのブティック(1989)の着色アクリルのインテリアに関して倉俣が書いた文を読むとより一層明らかになる。

私の内部には空間の臨界点をどこかで無化しようとする意識、無意識の衝動があるらしく、床、壁、天井というインテリアの基本構成要素の存在を“見えなくする”という操作をよくします。このプロジェクトではアクリルの微妙な色とつかみどこのない存在感=あるいは非在感ともいうべき=を表出させたいと考えました。このアクリルたちには“音色”という言葉を想起させる、かろやかで音楽に近い解放感があります。いってみれば、音と物質の中間地帯のような…。(注4)

 そう、《カビネ・ド・キュリオジテ》の色アクリル――それもどこまでも透明に近い色のアクリル――は、「つかみどこのない存在感=あるいは非在感」なのだ。無色の透明アクリルと色のついた透明アクリルはあまりに美しく接着されているために、ピンクや黄緑色をした液体は気化して存在と非存在の「間」を彷徨う。
 さらに、ここに使われている「音色」も倉俣が好んで用いた言葉のひとつだ。1989年に手がけた福岡のホテル・イル・パラッツオ内のバー《オブローモフ》(1989)では色とりどりの着色アクリルがテーブルのトップや脚に使われているが、本人の弁によれば、多くの色を空間に浮遊させることで、「色から音を感じとること、色がはじける音、音が遊ぶ…」(注5)等を目論んだらしい。「音色」の視覚化の試みとでもいうべきか。
 とはいえ、倉俣の「音色」をめぐる思考はそう単純ではない。「音色」という言葉は、早くは1977年4月の『ジャパンインテリア』誌への倉俣による寄稿記事に登場する。毎号、執筆者が異なるコラム「色の空間」のために書かれた記事だが、どういう訳か、掲載された作例は無色透明の《硝子の椅子とテーブル》(1976)だった。しかし、書かれものを読むと「透明」と「色」が倉俣の世界ではつながっていることが見て取れる。というより、やはりこれも倉俣の「間」なのだろう。

   あるとき、屋外で硝子の椅子を撮影していたところ、子どもたちが集まり、<見えない椅子だ>とよろこんでいた。椅子という実体を認めながら、言葉の上では見えないという。このわずかな透き間に実は広大な宇宙を見る思いがする。光が物体にあたり色として表出するのではなく、光そのもののなかに渾然とした色を感じる。日本の言葉に音色というのがある。ぼくのもっとも好きな言葉である。透明な音の世界に色を見、感じるそのことにいちばん魅せられ、視覚的に確認できる安心さと、透いものから色を感じ、色を想う。このふたつの翌深な色の世界にイマージュする(注6)。

 確かに1989年まで彼の色の使い方はペイントされた壁やアルマイト加工の棒等、「光が物体にあたり色として表出する」例がほとんどだった。《カビネ・ド・キュリオジテ》を含む1989年の着色アクリルの作例は、1977年当時、彼がはからずも記した「光そのもののなかに渾然とした色を感じる」という文言をまさに具現化したのだ。
 その「音色」の世界に彼をいざなったのは、子どもたちが喜んで言ったという「見えない椅子だ」という言葉だろうか。倉俣が子どもの造形感覚の純粋さや鋭さを愛してやまなかったことはよく知られている。そして、そうした子どもの感覚は大人になって知識や偏見を植え付けられると自然に消えてしまうと彼は信じていた。それゆえ、倉俣は、自らの幼少時代の記憶をつねづね想い起しては、それを発想の糧にしていたという(注7)。 
 《カビネ・ド・キュリオジテ》にもおそらく彼の子ども時代の記憶が潜んでいる。「驚異の部屋」と訳されるこのフランス語の作品名は、15-18世紀にヨーロッパの王侯貴族が動植物や石等の珍品や標本を陳列した部屋を意味する。倉俣はこの用語を知ったとき、自分の子ども時代の抽斗の中身を想い出したのではないかと思う。1979年に彼は子ども時代の抽斗の想い出について次のように記しているのだ。

数年前、多木浩二氏に抽斗を好んで作る意味を問われたことがあります。子供の時、ごちゃごちゃした抽斗の中に探し求めていたものは、コマやメンコという物理的なものではなく、ひょっとして存在しない何かを探していたようであり、その延長上で抽斗が好きで作っていると答えました。今、この押入れについての記憶を想い出していた時、ふと感じたことは、自分自身の存在であったのではないかという気がしました(注8)。

 ゆらめく色の光りから、子どもたちの声が聞こえては遠ざかっていく。《カビネ・ド・キュリオジテ》は倉俣自身なのだ。
はしもとけいこ) 

注1:1989年11月8日‐11月30日にパリ6区の12, rue BonaparteにあるGalerie Yve Gastouで開催された展覧会のパンフレット用に倉俣がしたためた文章。A4版1枚のパンフレットの表裏には、この文章の仏語版(前田宏訳)のほかにテネシー・ウィリアムズの回想文「『欲望という名の電車』の映画について」、田原桂一撮影による《ミス・ブランチ》の写真、前田宏による《ミス・ブランチ》のスケッチが掲載された。
注2:沖健次「倉俣史朗が追い求めたイメージと素材」21_21 Design Sight編『倉俣史朗とエットレ・ソットサス』ADP(Art Design Publishing)、2010年、114頁。
注3:長谷川堯「倉俣史朗が語る ガラスあるいは浮遊への手がかり」(倉俣史朗へのインタヴュー)『SPACE MODULATOR』1981年2月号(no. 58)、6頁。
注4:倉俣史朗「Boutique YOSHIKI HISHINUMA」『It’s PRACTICE 空間の演出に見る素材の研究21題』INAX、1991年、90頁。
注5:倉俣史朗「オブローモフ」『Hotel IL PALAZZO A City Stimulated by Architecture』六耀社、1990年。
注6:倉俣史朗「連載=色の空間=8 倉俣史朗」『ジャパンインテリア』1977年4月号(no. 217)、51頁。
注7:倉俣が、デザインの発想を自らの子ども時代の記憶から得ていることを記した記事は数多いが、たとえば次の記事がある。倉俣史朗「空感・雑感・実感」『ジャパンインテリア』1976年10月増刊号、137頁。倉俣史朗「日々の仕事の中で」『デザインエイジ』1976年12月号(no. 19)、10-11頁。
注8:倉俣史朗「押入れの中の記憶 押入れでふと思い出したこと」『モダンリビング』No. 2(1979年)、162-163頁。

橋本啓子
近畿大学建築学部准教授。慶應義塾大学文学部英米文学専攻、英国イースト・アングリア大学美術史音楽学部修士課程修了後、東京都現代美術館、兵庫県立近代美術館学芸員を務める。神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程において博士論文「倉俣史朗の主要デザインに関する研究」を執筆。以来、倉俣史朗を中心に日本の商環境デザインの歴史研究を行っている。神戸学院大学人文学部専任講師(2011-2016)を経て、2016年から現職。倉俣に関する共著に関康子、涌井彰子ほか編『21_21 DESIGN SIGHT 展覧会ブック 倉俣史朗とエットレ・ソットサス』東京:株式会社ADP、2010年(「倉俣クロニクル」執筆)、Deyan Sudjic, Shiro Kuramata, London: Phaidon Press, 2013(Book 2: Catalogue of Works全執筆)、埼玉県立美術館・平野到、大越久子、前山祐司編著『企画展図録 浮遊するデザイン―倉俣史朗とともに』東京:アートプラニング レイ、2013年(エッセイ「倉俣史朗と美術」執筆)など。

*画廊亭主敬白
倉俣史朗研究者の橋本啓子先生に「倉俣史朗の宇宙」と題してエッセイの連載をお願いしています。次回第3回は12月12日に掲載の予定です。以後毎月12日に更新します。どうぞご期待ください。

●今日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
倉俣史朗花瓶倉俣史朗
Flower Vase #1301」(バイオレット)
アクリル
W8.0xD8.0xH22.0cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催しています。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。
国内及び海外での倉俣史朗展のポスターはベストコンディションのものを出品しています。
また倉俣の作品集、書籍、カタログ、雑誌等も多数用意しました。
同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。
304


◆ときの忘れものは「Art Taipei 2018」に出展します。
taipei18ロゴ会期=2018年10月26日[金]〜10月29日[月]
会場:Taipei World Trade Center Hall One
ときの忘れものブース:S11
公式サイト:http://2018.art-taipei.com/
出品作家:葉栗剛野口琢郎木原千春作元朋子倉俣史朗安藤忠雄磯崎新光嶋裕介ル・コルビュジエ


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊ですが、次回企画の光嶋裕介新作展(11月8日ー11月18日)は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

「倉俣史朗 小展示」開催中

ときの忘れものでは「倉俣史朗 小展示」を開催中です。
ただし、本日21日(日)と明日22日(月)は休廊です

展示風景をご紹介します。
主な展示作品のデータを記載しましたが、ポスターに関しては10月14日のブログに一括して詳細・頒布価格を紹介していますので、そちらをご参照ください。

01
●<伝説のデザイナー倉俣史朗氏の作品見に行きたいな>デザイナー 倉俣史朗の作品を紹介する企画展が駒込で開催
(20180830/wadiaさんのTwitterより)>

02

●<ギャラリー #ときの忘れもの さんから、
#倉俣史朗 小展示のお知らせが。
近くだったら通うのになぁ。
駒込で10月09日から31日まで。

(20180930/ユウさんのTwitterより)>

04

●<倉俣史朗 小展示@ときの忘れもの 〜2018/10/31(水) 11時〜19時 日月休廊 コンクリート打ち放しの建物に、倉俣作品が思わぬ形ですんなりとけ込んでいた。よき。
(20181017/magrittian(m25)さんのTwitterより)>


05

倉俣史朗「Flower Vase #1303」 アクリル W26.9xD8.0xH26.0cm


06

倉俣史朗「ライティングデスク」 1983年 H72.5×W160.0×D47.3cm


07



10

倉俣史朗「Floating Feather(白)」 c.a. 2004年 アクリル 14.0×9.5×8.0cm シール付


11

倉俣史朗「Floating Feather(黄)」 c.a. 2004年 アクリル 14.0×9.5×8.0cm シール付


12

倉俣史朗「無極I」(1979年 第11回東京国際版画ビエンナーレ展出品) 1979年 平版 イメージサイズ:74.0x103.4cm シートサイズ:79.6x109.3cm Ed.5 倉俣美恵子夫人サイン入り証明書付


13

倉俣史朗「無極II」(1979年 第11回東京国際版画ビエンナーレ展出品) 1979年 平版 イメージサイズ:73.7x103.5cm シートサイズ:79.1x109.6cm Ed.5 倉俣美恵子夫人サイン入り証明書付


16

●<デザイナー倉俣史朗氏の作品展が、色々とお世話になったギャラリー「ときの忘れもの」で開催されます。代表作「ミス・ブランチ」に使用された薔薇を封印したアクリルオブジェは一度見てみたい憧れの作品です。
(20181002/岡崎リョウタさんのfacebookより)>


17

倉俣史朗《Sealing of rose(薔薇の封印)》 2003年 アクリル・造花 16.5x12.0x6.0cm *シール付き


18

倉俣史朗《Sealing of rose(薔薇の封印)》 2004年 アクリル・造花 14.0x9.5x6.0cm  *シール付き


19

倉俣史朗《Sealing of rose(薔薇の封印)》 2004年 アクリル・造花 14.0x9.5x6.0cm  *シール付き


20

倉俣史朗「Just in time」 初代は1986年制作(1986-2011) メラミンボード、小枝、毛糸、ステンレス 51.5x36.5xD0.8cm 時計裏面の右下にシールあり


21



22

●<倉俣史朗に会いに来ました。
(20181017/西村陽一さんのfacebookより)>


23

●<帰り道がてら、立ち寄らせていただきました☺️実物を見られて幸せでした。ぜひ皆さん行ってみてください🌹
(20181017/美学館デッサンスクールさんのTwitterより)>


24



25

●<ときの忘れもの の、『倉俣史朗 小展示』。オシャレ。
(20181012/あさひやさんのTwitterより)>


27

磯崎新「内部風景III 増幅性の空間ーアラタ・イソザキ」 1979年 アルフォト 80.0x60.0cm Ed. 8 Signed


28



29

安藤忠雄「(INTEGRATION OF LIGHT)」 c.1980年 シルクスクリーン イメージサイズ:42.5×35.5cm シートサイズ:79.0×55.0cm Ed. 2 Signed

30
倉俣史朗「Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」 1989年(1989-2014) アクリル 190.0 x 46.0 x 46.0 cm Ed.40 倉俣美恵子夫人の証明書付


32

倉俣史朗「Perfume Bottle No. 3」 2008年 ボディ:クリスタル キャップ:アルマイト仕上げ 6.8x5.0x5.0cm Ed.30 倉俣美恵子夫人サイン入り証明書付


33

●<インテリア・デザイナー 倉俣史朗の企画展が、東京・駒込のギャラリーときの忘れものにて、10/31(水)まで開催中。
重力から解放されたような、
透明で浮遊感あふれる美的世界に、心を委ねて。

(20181016/Lula JAPANさんのTwitterより)>


34

●<倉俣史朗さんの展示、桑沢受ける人は何がなんでも行って欲しい。他の方々ももちろん。夢のデザイン。
ネットで見て、知ることはできても実物を観て感じる事を忘れないで欲しい。実際に見て感動してインプットしたものでないとアウトプットもできないから。

(20181011/美学館デッサンスクールさんのTwitterより)>
35


36

磯崎新「TSUKUBA A」 1983年 エッチング イメージサイズ:10.0×16.9cm Ed.200 Signed


37

●<倉俣史朗 小展示 @ときの忘れもの(駒込)
阿部 勤 さんの空間に見事に呼応する
倉俣史朗さん展示。

住宅スケールの空間内(用途が元々住居)に
展示するという事は
光や対面する背景の風景までが展示になるので
どの作品をどこにいかに配置するかということが
より重要になってくる。

一体化した素敵な展示でした。
戦利品となる書籍も定価で買えて最高でした(^_^)

(20181010/高橋マサルさんのfacebookより)>

38

●<『第304回倉俣史朗 小展示』観に行ってきました。展示作品数は少ないのですがとても美しいです。10/31(11:00〜19:00)まで。🎌日・月曜日休廊。DMを図書室に置いてあるので、ご自由にどうぞ。駒込は倉俣さんの育った場所。🚶‍♀️お散歩するのもいいですよ!👩‍💻🍬
(20181019/桑沢図書室さんのTwitterより)>

40
左から順に
倉俣史朗 「Flower Vase #1302」 アクリル W11.0xD11.0xH21.0cm
倉俣史朗 「Flower Vase #1301(ブルー)」 アクリル W8.0xD8.0xH22.0cm
倉俣史朗 「Flower Vase #1301(薄いピンク)」 アクリル W8.0xD8.0xH22.0cm
倉俣史朗 「Flower Vase #1301(バイオレット)」 アクリル W8.0xD8.0xH22.0cm

42
倉俣史朗 「Flower Vase #1302」 アクリル W11.0xD11.0xH21.0cm

43

45
倉俣史朗「Glass Chair Miniature」 2008 ガラス W15.0xD10.0xH15.0cm

46

48
倉俣史朗《Sealing of rose(薔薇の封印)》 2004年 アクリル・造花 14.0x9.5x6.0cm  *シール付き

50

52
倉俣史朗「Floating Feather(白)」 c.a. 2004年 アクリル 14.0×9.5×8.0cm シール付

53
倉俣史朗「Floating Feather(黄)」 c.a. 2004年 アクリル 14.0×9.5×8.0cm シール付


26

二階図書室の本棚は会期中に限り、倉俣史朗、安藤忠雄、磯崎新の特集です(全て販売可)。
倉俣史朗の作品集、書籍、カタログ、雑誌、絵葉書などは50点以上まとめて展示してあります。
主のものは、10月16日のブログに紹介していますので、お早めにご注文ください。


無極I_600倉俣史朗
「無極I」
1979年
平版
イメージサイズ:74.0x103.4cm
シートサイズ: 79.6x109.3cm
Ed.5

無極II_600倉俣史朗
「無極 I I」
1979年
平版
イメージサイズ:74.7x103.5cm
シートサイズ: 79.1x109.6cm
Ed.5


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催しています。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。
国内及び海外での倉俣史朗展のポスターはベストコンディションのものを出品しています。
また倉俣の作品集、書籍、カタログ、雑誌等も多数用意しました。
同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。
304


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

倉俣史朗の作品集と資料

倉俣史朗の作品集と資料
倉俣特集本棚
ときの忘れもの2階の図書室には本棚があり、いつもは少々雑然とはしていますが、ときの忘れものが刊行した書籍、カタログをはじめ亭主の勝手なセレクションによる美術書、写真集、カタログ等が並んでいます。

今回は面目を一新、それらの本をすべて撤去し、倉俣史朗、磯崎新、安藤忠雄の本だけを並べました。上段にはミス・ブランチなど珍しい絵葉書(200円〜300円)を飾りました。もちろん全て販売しています。
上掲の本棚には写っていませんが、倉俣関係の本、雑誌、カタログを多数用意しました。全部をこのブログに掲載する予定でしたが、12日のブログに書いたとおり、変更に次ぐ変更に追い込まれた展示作業に時間をとられ、あきらめざるを得ませんでした。
下に一部をご紹介しますが、ぜひ画廊にお出かけいただき、直接本棚で探索してください。

未現像の風景_600倉俣史朗『未現像の風景 記憶・夢・かたち(住まい学大系)』
1991年発行
住まいの図書館出版局発行
197ページ
頒価:4,000円


20181005162730_00001多木浩二『キサデコールセミナーシリーズ ‖震攅斉鸞价冥検四人のデザイナーとの対話』
発行:昭和50年3月5日初版
著者:多木浩二、篠原一男、杉浦康平、磯崎新、倉俣史朗
企画:壁装館
発行者:吉田義男
発行所:株式会社新建築社
印刷・製本:大日本印刷株式会社
用紙:四国製紙
造本デザイン:杉浦康平、中垣信夫、海保透
頒価:3,000円


倉俣史朗の世界600『倉俣史朗の世界』展カタログ
1996年発行
財団法人アルカンシェール美術財団発行
監修:田中一光
編集長:植田実
212ページ
頒価:5,000円


20181005162147_00001『Shiro Kuramata』
出版社:Phaidon Press
言語:英語
発売:2013年6月25日
サイズ:33×6.4×36.8(cm)
アクリルケース付き 2冊組
頒価:15,000円


倉俣史朗 着想のかたち600『倉俣史朗 着想のかたち 4人のクリエイターが語る。』
著者:平野啓一郎、伊東豊雄、小池一子、深澤直人
2011年発行
六耀社発行
頒価:3,000円


倉俣史朗読本_600『倉俣史朗読本』
21_21 DESIGN SIGHT 企画展「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」レクチャー集
2012年発行
株式会社ADP(Art Design Publishing)発行
頒価:3,000円


倉俣史朗とエットレ・ソットサス600『KURAMATA SHIRO and ETTORE SOTTSASS 倉俣史朗とエットレ・ソットサス』
21_21 DESIGN SIGHT EXHIBITION Book
2010年発行
株式会社ADP(Art Design Publishing)発行
223ページ
頒価:3,000円


20181005161605_00001『浮遊するデザインー倉俣史朗とともに
Floating Design: Shiro Kuramata and His Contemporaries』
2013年7月発行
アートプランニング レイ 発行
編集:埼玉県立近代美術館 平野到/大越久子/前山裕司
デザイン:遠藤一成
印刷:アベイズム株式会社
頒価:5,000円


20181005161724_00001『日本インテリアデザイン史』
平成25年11月30日 第1版第1刷発行
監修:内田繁
著者:鈴木紀慶・今村創平
発行者:竹生修己
発行所:株式会社 オーム社
特別協力:長谷部匡
デザイン:刈谷悠三₊角田奈央/neucitora
カバー写真:(c)内田デザイン研究所
頒価:3,500円


20181005161832_00001『Vitra Design Museum』
Sitzreihem
GINBANDE Design
1990
頒価:8,000円


20181005161938_00001『月刊 カーサ ブルータス』
2004年4月1日発行
株式会社 マガジンハウス 発行
頒価:1,000円


20181005162511_00001『イスのかたち デザインからアートへ』
企画・編集:村田慶之輔、宮島久雄、榮樂徹、塩田昌弘、建畠晢、中田達郎
発行:国立国際美術館
発行日:昭和53年8月19日
表紙デザイン:西尾直
印刷・製本:日本写真印刷株式会社
頒価:5,000円


20181005162629_00001『インテリアデザインが生まれたとき 六〇年代のアートとデザインの衝突のなかで』
発行:2015年6月20日 第一刷発行
編集者:鈴木紀慶
発行者:坪内文生
発行所:鹿島出版会
カバーデザイン:鈴木萌乃
本文DTPレイアウト:スズキeワークス
印刷・製本:三美印刷
頒価:2,500円


20181005162852_00001『Art Today'77 見えることの構造 6人の目』
1977年
監修:東野芳明、紀国憲一、小池一子、森口陽
装幀:田中一光
レイアウト:浅井潔
発行:西武美術館
頒価:3,000円


20181005162959_00001『Les assises du siecle Relie – 1990』
著者:フランソワボード
ハードカバー:116 pages
出版社:Editions du May (1990)
言語:フランス語
頒価:5,000円


20181005163700_00001『倉俣史朗の仕事』
著者:倉俣史朗
文:多木浩二、横尾忠則、ウラヌス星風、浅野八郎
デザイン:石岡瑛子
全153ページ
出版社: 鹿島出版会 (1976)
発売日: 1976年4月5日
梱包サイズ: 26.8 x 26.8 x 1.8 cm
頒価:70,000円


20181005163105_00001『住宅建築 増大号』
編集・建築思潮研究所
判型:A4 判
頁数:184
発行年月:1991/03
頒価:2,500円


20181005163216_00001『イコン icon Design & Architecture 1989年7月 Vol.18 』
編:秋元潔
出版社:スーパーアイコン出版
刊行年:1989
ページ数:122p
サイズ:29.8 x 21.2cm
頒価:1,500円


20181005163517_00001『イコン icon Design & Architecture 1987年3月 Vol.4』
編:秋元潔
出版社:スーパーアイコン出版
刊行年:1987
ページ数:118p
サイズ:29.8 x 21.2cm
頒価:1,500円


20181005163216_00002『イコン icon Design & Architecture 1986年9月 Vol.1 創刊号』
編:秋元潔
出版社:スーパーアイコン出版
刊行年:1986
ページ数:118p
サイズ:29.8 x 21.2cm
頒価:1,500円


20181005163216_00003『デザインの現場 特集:意識を覚醒する4人の実験 杉浦康平 倉俣史郎 vol.13 no.82』
1996年
美術出版社
頒価:2,500円


20181005163343_00001『Memphis/メンフィス - ミラノ・ニューデザインのすべて<商店建築増刊>』
著者:バルバラ・ラディーチェ
出版:1984年 / 商店建築社
サイズ:29.8x21cm
207ページ・ソフトカバー
頒価:5,000円


20181005163447_00001『都市住宅 住宅第2集』
発行:鹿島出版会, 1972年
本体:184p, 294×222mm, soft
頒価:2,500円


20181005163758_00001『アサヒグラフ 1999年12月10日号 巻頭カラー特集 : 倉俣史朗「夢のつづき」』
文:三宅一生、安藤忠雄、横尾忠則
出版社:朝日新聞社
刊行年:1999
ページ数:100頁
サイズ:29.5 x 23.5cm
頒価:1,500円


20181005163758_00002『デザイン No.118 1969年2月 倉俣史朗の世界』
文:山口勝弘
表紙デザイン:石岡瑛子、小川隆之
出版社:美術出版社
刊行年:1969
ページ数:131p
サイズ:29.5 x 22.5cm
頒価:1,500円


20181005163922_00001『倉俣史朗・仕事集 The Works of Shiro Kuramata 1967ー1981』
作品:倉俣史朗
文:磯崎新
発行所:パルコ出版
発行年:1981年初版
頒価:30,000円

*梱包送料については原則250円ですが、厚くて大きいものなどは250円ではオーバーしてしまうので、お申し込みの際に個別にお知らせします。予めご了承ください。

〜〜〜〜〜〜
えっ、と思うような新発見の本もあるはず。
どうぞゆっくり椅子に座り、倉俣作品に囲まれ至福のときをお過ごしください。

●本日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
35small600倉俣史朗 Shiro KURAMATA
Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)
1989年(1989-2014)
アクリル
46.0 x 46.0 x 190.0cm
Ed.40
倉俣美恵子夫人の証明書付
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催しています。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。ぜひお読みください。
304


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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倉俣史朗展のポスター

大好きな倉俣史朗さんの展示との事で、ときの忘れものへ
青山から移転して中々行けてなかったけど、建物も雰囲気も良かった!
カラフルなアクリルキャビネット、写真じゃ伝わらないくらいキレイで良かった!!
気になっていた掛け時計は既にsold out…

(maac222さんのinstagramより)>

短い時間でしたが、とても良い作品を観れて感激です。
(札幌市・Aさんの芳名簿より)>

ただいま開催中の倉俣史朗 小展示では、倉俣史朗の立体や版画のほかに、生前デザインしたポスター、及び没後に開催された内外の回顧展のポスターを出品しています。

25

ポスターが貴重なのは、まずコンディションの良好なものがほとんど無いからです。
つくられたときは、四つ折りや二つ折りにされて関係先に送られる、当然折れ目ができてしまいます。
展示は画鋲で留められることが多く、穴や破れができます。
完璧なものでも大きいし、場所をとる。安価なのでどこもそう大事には保存しない。

今回出品のポスターはいずれも完璧な保存状態です。
ぜひお部屋にかけて楽しんでください。
43


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倉俣史朗と三木富雄三木富雄展(南画廊)ポスター
デザイン:倉俣史朗
写真:小川隆之
1972
オフセット
103.7x73.5cm
Sold


追悼倉俣史朗展jpg追悼 倉俣史朗展 夢の封印(ギャラリー間)ポスター
撮影:篠山紀信
デザイン:田中一光
1991
オフセット
103.0x73.0cm
シート:30,000円、
額付:60,000円(税別)



倉俣史朗と横尾忠則_シルクスクリーンShiro Kuramata(原美術館)ポスター
デザイン:横尾忠則
1996
シルクスクリーン
102.8x72.7cm(F:106.3x76.2cm)
額付:150,000円(税別)


倉俣史朗と横尾忠則倉俣史朗の世界(原美術館)ポスター
デザイン:横尾忠則
1996
オフセット
103.2x73.0cm
Sold


AXISギャラリーLUMINOUS 倉俣史朗デザイン展ポスター
デザイン:宮崎光弘
写真:田原桂一
アートディレクション:八木保
1996
オフセット
103.0x73.0cm
シート:20,000円、
額付:50,000円(税別)



メキシコの展覧会Shiro Kuramata diseno mobiliario interiores
(CENTRO CULTURAL)(ARTE CONTEMPORANEO, A. C.)ポスター
1997
オフセット
93.0x64.0cm
Sold


ウイーンの展覧会Shiro Kuramata Design, Design. (MAK)ポスター
1999
オフセット
84.5x59.0cm
シート:10,000円、
額付:40,000円(税別)



日本小児インターベンション研究会第10回日本小児インターベンション研究会
1999
オフセット
(大判)59.5x42.0cm
シート:5,000円、
額付:20,000円(税別)

(小判)42.0x29.5cm
シート:3,000円、
額付:13,000円(税別)



京都国立近代美術館_薔薇倉俣史朗の世界(京都国立近代美術館)Searing of rose ポスター
1999
オフセット
36.3x51.5cm
シート:5,000円、
額付:15,000円(税別)



京都国立近代美術館_硝子の椅子倉俣史朗の世界(京都国立近代美術館)Glass Chair ポスター
1999
オフセット
72.7x51.5cm
Sold


UTSUストックホルムUTSU
三宅一生、宮脇愛子、倉俣史朗、磯崎新(Skeppsholmen Stockholm)ポスター
2000
オフセット
100.0x70.0cm
シート:10,000円、
額付:40,000円(税別)



倉俣史朗とエットレソットサス展倉俣史朗とエットレ・ソットサス展 夢見る人が、夢見たデザイン ポスター
2011
オフセット
(大判)103.0x72.8cm
シート:10,000円、
額付:40,000円(税別)



埼玉県立近代美術館浮遊するデザイン倉俣史朗とともに(埼玉県立近代美術館)ポスター
2013
オフセット
72.7x51.4cm
シート:3,000円、
額付:23,000円(税別)


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催しています。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。ぜひお読みください。
304


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

「倉俣史朗 小展示」開催中 10月9日〜10月31日

今日から駒込の「ときの忘れもの」で倉俣史朗の小展示。
小展示と謙遜していが、私が25年前に設計した住宅なのでスペースが限られているわりに充実している。

阿部勤先生のfacebookより)>

駒込に回り、ときの忘れものの「倉俣史朗 小展示」を観る。何が「小展示」なものか!(「大ガラス」も「遺作」も出品されていないからと、瀧口修造の示唆で名付けられた1978年の「マルセル・デュシャン小展示」に倣ったものだそうだが) 
土渕信彦さんのfacebookより)>

倉俣史朗 小展示 @ときの忘れもの(駒込)
阿部 勤 さんの空間に見事に呼応する
倉俣史朗さん展示。

住宅スケールの空間内(用途が元々住居)に
展示するという事は
光や対面する背景の風景までが展示になるので
どの作品をどこにいかに配置するかということが
より重要になってくる。

一体化した素敵な展示でした。
戦利品となる書籍も定価で買えて最高でした(^_^)

(高橋 マサルさんのfacebookより)>
photo by abe (7)『Sealing of rose(薔薇の封印)』 撮影:阿部勤

倉俣史朗が生まれ育った、そして眠る駒込の地で倉俣史朗 小展示が9日から始まりました。
青山から移転して一年と少し、今回はぎりぎりまで展示に四苦八苦しました。一週間前から20点以上も用意した額装作品(当然、全部は展示できない)をあっちに掛け、こっちに架け替え、大小のオブジェ作品を三階にあるいは二階に移し、図書室の本箱(モンドリアンです)を空にして倉俣資料及び希少な絵葉書に展示換え、応接用のテーブルや椅子も思いきって撤収。図書室の大きな窓にあった手すりも阿部先生の許可を得て撤去! 前日遅くにやっと最終的な展示が確定したという次第です。
いつもなら1時間で済むタケミアートフォトスさんの撮影は朝の10時前からかかって終わったのは午後一時でした。昼の展示風景はHPに掲載しました。

初日夕刻には、この建物の設計者である阿部勤先生が来廊され、美しく咲く夜の薔薇を撮影してくださいました。
このブログではご本人の許可を得て阿部先生撮影の画像をご紹介します。
阿部先生のfacebookに掲載されたそれら写真の効果もあってか来客が絶えません。

ブログへのアクセスも連載執筆者の皆さんの力のこもった内容のおかげでこのところ絶好調です。
一番人気の杉山幸一郎さんの連載エッセイは一日で千人を超すアクセスがありました。
新登場の中根秀夫さん、橋本啓子さん、中野和加子さん、堀浩哉さんたちのエッセイも今までにない新鮮な風を吹き込んでくれたようで、近頃とみに老いが目立つ亭主の元気のもとともなっています。
皆さん、ありがとう。

photo by abe (2)手前右『Glass Chair Miniature』、奥『Flower Vase #1302』 撮影:阿部勤

photo by abe (3)手前『Flower Vase #1302』、奥『Glass Chair Miniature』 撮影:阿部勤

photo by abe (4)『Flower Vase #1303』 撮影:阿部勤

photo by abe (5)『無極 I I』 撮影:阿部勤

photo by abe (6)『Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)』と中においてあるのが『Perfume Bottle No. 3』 撮影:阿部勤

photo by abe (8)撮影:阿部勤
モデルを務めてくださったのはたまたまいらっしゃったお客様のOさん。

今回の展示で、特にご注目いただきたいのは、1979年の第11回東京国際版画ビエンナーレに出品され、その後長く埋もれていた版画作品「無極 機廖嵬偽 供廚鯔弩綵蕕瓩童開することです。
国内外で開催された多くの個展や回顧展にも出品されたことはなく、あまたの文献にもほとんど記載がありません。
無極I_600倉俣史朗「無極I」
1979年
平版(オフセット・リトグラフ)
限定5部
I: 74.0x103.4cm
S: 79.6x109.3cm


無極II_600倉俣史朗「無極II」
1979年
平版(オフセット・リトグラフ)
限定5部
I: 73.7x103.5cm
S: 79.1x109.6cm


立体作品としては、浮遊感と透明感にあふれた代表作『Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)』はじめ、フラワーベース、《ガラスの椅子》のミニチュア作品、繊細な秒針が時を刻む「Just in time(時計)」、代表作《ミス・ブランチ》のマテリア ルとして使われた薔薇を封印したアクリル・オブジェなどを展示しています。

美術史的にも重要な1972年の南画廊「三木富雄展」ポスター(デザイン:倉俣史朗、写真:小川隆之)や、国内外で開催された回顧展の貴重なポスター(横尾忠則デザイン他)も倉俣ファンにはお楽しみいただけると思います。

08《Sealing of rose(薔薇の封印)》
This is the material for "Miss Blanche"
2004
Acrylic
14.0x9.5x6.0cm
*シール付き


01羽Floating Feather(黄)
c.a. 2004
Acrylic
14.0×9.5×8.0cm
*シール付き


DSC_0985「Perfume Bottle No. 3」
2008年
ボディ:クリスタル
キャップ:アルマイト仕上げ
6.8x5.0x5.0cm
Ed.30
保証書付き(倉俣美恵子夫人のサイン入り)


sakurai--4061「Flower Vase #1301」(薄いピンク)
アクリル
W8.0xD8.0xH22.0cm
撮影:桜井ただひさ


sakurai--4066「Flower Vase #1301」(バイオレット)
アクリル
W8.0xD8.0xH22.0cm
撮影:桜井ただひさ


sakurai--4051「Flower Vase #1301」(ブルー)
アクリル
W8.0xD8.0xH22.0cm
撮影:桜井ただひさ


sakurai--4075「Flower Vase #1302」
アクリル
W11.0xD11.0xH21.0cm
撮影:桜井ただひさ


sakurai--4010「Flower Vase #1303」
アクリル
W26.9xD8.0xH26.0cm
撮影:桜井ただひさ


1200「Glass Chair Miniature」
2008年
ガラス
W15.0xD10.0xH15.0cm


kuramata_11_justintime「Just in time」
1986-2011年
メラミンボード、小枝、毛糸、ステンレス
51.5x36.5xD0.8cm
時計裏面の右下にシールあり


kuramata_02_desk

倉俣史朗「ライティングデスク」
1983年
H72.5×W160.0×D47.3cm
*磯崎新設計つくばセンタービル・筑波第一ホテルのために制作された

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の1970年代の作品も合わせて ご覧いただきます。

倉俣史朗(1934-1991)
1934年東京生まれ。都立工芸高等学校木材科で学び、1953年から帝国器材に勤める。1953年から56年まで桑沢デザイン研究所リビングデザイン科で学ぶ。1957年に三愛の宣伝課に就職し、ウィンドウディスプレイなどのデザインを手掛ける。1965年クラマタデザイン事務所を設立。1967年横尾忠則らとコラボレーションしたインテリアデザインなどで脚光を浴びる。このころから、彼が生涯にわたって好んだアクリル素材を用いて、日常の空間に無重力を作り出したような、透明で浮遊感のある作品を生み出していく。1970年〈Furniture in Irregular Forms〉シリーズで世界に広く認知される。1972年毎日デザイン賞を受賞。1981年エットレ・ソットサス Jr.らによるイタリアンデザインの新しいムーブメントであるメンフィス(Menphis)の展示会に磯崎新、マイケル・グレイブスらと共に参加。1990年フランス文化省芸術文化勲章を受勲。1991年急性心不全のため死去(享年56)。

ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催しています。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。ぜひお読みください。
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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橋本啓子「倉俣史朗の宇宙」第1回〜三木富雄展ポスター(1972)

橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」第1回

三木富雄展ポスター(1972)


 2018年10月9日(火)から倉俣史朗(1934-1991)の展覧会が駒込のギャラリー「ときの忘れもの」で始まる。ご縁があって、不相応ながら今回の出品作を中心に倉俣史朗について書かせていただくことになった。学生時代にみた倉俣の、まるで生きているような引出し《変型の家具 SIDE1》(1970)(注1)が忘れられず、その魅力の謎を解き明かしたくて研究らしきものを開始したのが十数年前。今に至るまで、多くの方々にお世話になった。
 その中には哀しくも鬼籍に入られた方もいる。想い出話に花が咲き、2時間のインタビューのはずが、「これは倉俣の大河ドラマだよ。今日だけじゃ終わらないから、明日、また来なさい。何時がいいかな」と手帳をめくっておられたインテリアデザイナーの内田繁氏。「いまでも、倉俣さんだったらどう言うかな、って考えながらつくるのよ」とつぶやかれたガラス職人の三保谷友彦氏。そして、長いインタビューが夢のように瞬く間に過ぎていった批評家の多木浩二氏と造形家の山口勝弘氏。それぞれのお顔が脳裏に浮かぶたび、目頭が熱くなり、優しさに溢れた語り口が耳元に蘇る。
 倉俣の周囲にいて彼を支えた人々はそのように誰もが優しかった。それは、倉俣自身が誰よりも優しい人だったから、と皆、口をそろえて仰る。それで想い出したが、倉俣の有名な肘掛椅子《ミス・ブランチ》(1988, 図1)のタイトルの由来であるT・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』(1947年ブロードウェー初演、1951年映画化)の主人公ブランチは、劇の最後にこうつぶやくのだ――「……私はいつも見ず知らずの方のご親切にすがって生きてきましたの」(小田島雄志訳、新潮文庫)。

1988_MISS BLANCHE_図1
MISS BLANCHE
1988年

Photographed by HIROYUKI MORI

 戯曲でも映画でも観客が一等はっとさせられるこのセリフこそ、ひょっとしたら、倉俣が《ミス・ブランチ》に込めた意味ではなかったか。この考えは今、初めて筆者の脳裏にひらめいたのだけど、そう考えると、《ミス・ブランチ》は倉俣から周囲の人々への感謝のしるしであったように思えてくる。《ミス・ブランチ》の発想から生まれたアクリルブロックのオブジェが多数出品される今回の個展にあやかって、このエッセイもまた、倉俣研究でご教示いただいた方々への感謝のしるしとなればと思う。
 長い前置きになったが、それを書きたくなったのも、今回の出品目録がやはり倉俣の交流の広さを物語るものだからだ。しかもこの交流は、建築家やファッションデザイナーから小児科医に至るまで実に幅広い。今回のエッセイでは、倉俣と美術家の三木富雄(1937-1978)の交流について少し触れてみたい。
 出品作のひとつである三木の耳の彫刻をモティーフとするポスター(図2)は、1972年11月20日-12月10日に東京・日本橋の南画廊で開催された三木富雄の個展のために倉俣がデザインしたもので、単純な構成だけに視覚的なインパクトに満ちている。耳はアルミ合金の鋳造彫刻で、小川隆之が撮影した。耳の作品をつくり続けたことで知られる三木だが、意外にも耳だけで構成された個展は3度しか開かれておらず、この1972年の個展はその最後の機会となった(注2)。

倉俣史朗と三木富雄図2
「三木富雄展(南画廊)ポスター」
デザイン:倉俣史朗
写真:小川隆之
1972年 オフセット
103.7x73.5cm
三木富雄のサインあり
*今回の「倉俣史朗 小展示」に出品展示します。

 1972年当時、クラマタデザイン事務所でアルバイトをしていたインテリアデザイナーの沖健次は、三木が倉俣の事務所にしょっちゅう遊びに来たことや、事務所に耳の作品がいくつかあったことを記憶している。それほど倉俣と三木は仲が良く、このポスターも「倉俣さんが、MIKIの書体や大きさ、位置をいろいろ検討していたことを覚えています。その横の南画廊の文字はこの当時倉俣さんがよく使っていたフーツラ・ライトの文字です」と沖は回想する(注3)。
 デザイナーである倉俣と、美術家である三木とがいつ、どのようにして知り合ったのかは不明だが、やはり倉俣と親しかった彫刻家、田中信太郎は、1967年の倉俣のインテリアデザインによるサパークラブ《カッサドール》(東京・新宿)の開店祝いのパーティで三木富雄が田中を倉俣に紹介したと語っているから(注4)、遅くともそれまでにはふたりは出会っていた。もっとも、1960年代後半という時期を直に経験した人々に言わせれば、デザインと美術のような異分野に属する人同士がどこでどのように知り合ったのか等ということを訊くこと自体、まったくの愚問らしい。なぜなら、この時代には異分野の交流がまったく自然に行われていたからだという。アバンギャルドなクリエイターたちや批評家たちは必ず、話題の展覧会やイベントに顔を出し、馴染みの画廊やバーやクラブ等、特定のスポットに常に集っていた。それゆえ、アートや建築、インテリア、音楽といったジャンルの垣根を超える活動は、今では想像できないほど、自然発生的に行われたのだ。南画廊も皆の常連スポットのひとつだった。1956年から1979年まで一貫して現代美術を紹介し続けたこの画廊は、戦後日本の前衛美術の展開に大きく貢献したのだ。
 そのような時代だったからこそ、倉俣が三木や田中、そして《カッサドール》の壁画を担当した高松次郎のような美術家と出会う機会はいくらでもあり、まして駒込林町に家があった倉俣は中学の時分から上野の読売アンデパンダン展を見ていたから、「反芸術」の作家とは出会ってすぐに意気投合したはずだ。三木は1957年から1963年まで読売アンデパンダン展に出品したほか、銀座界隈の画廊で作品を発表している。彼より3才年長の倉俣はその間、銀座の三愛の店舗設計やウィンドウ・ディスプレイを担当しており、上野は無論のこと、銀座や日本橋の画廊で発表される前衛芸術はおそらくすべて見ていただろう。
 子どもの頃から接触、吸収した前衛美術は、アメリカンセンターの図書館に通い、『ARTFORUM』等の雑誌から得た海外の美術動向の情報とともに、終生にわたり倉俣のデザインにさまざまに作用することになる。いかなる作用を及ぼしたのかについては、あまりに多くの事が考えられるため、今ここでは三木と田中がその作用のあり方に深く関わったと指摘するにとどめよう。1986年に雑誌『SD』の企画で沖健次が行ったインタビューでも、倉俣はふたりの名をアートとの関わりをもたらした人物として挙げている(注5)。
 倉俣は三木を尊敬してやまなかったと聞くが、事実、建築批評家の長谷川堯が1973年に『商店建築』に寄せた記事には、倉俣が折に触れて三木と論議を交わしていたらしい部分が垣間見える。この長谷川の記事には長谷川と倉俣の会話が含まれているが、その中で三木の名前が次のように登場する。

倉俣「昨日あれからずっと考えてみたんだけど あの何で透明な素材を使って家具を作るかというギョーさんの質問 あれ。……この間三木富雄と話していたことから思いだしたんだけれど 結局すべてのことが「引力」に帰着するんじゃないかと考えたんです。」(注6)
(中略)
長谷川「引力ってあのニュートンの引力ですか(中略)でもどうしてそんなものを考えるようになったんだろう」
倉俣「だから直接には三木富雄なんかと話しているうちにそう思うようになったわけだけど 別ないいかたをすれば ぼくがいつもいうゼロからスタートして ゼロから発想して行くというやりかたで土を掘っていたら「引力」が出てきたということなのかもしれない。……」(注7)

 倉俣と三木がどのような会話をしたのかはこの記事を読むだけでは分からないが、この連載記事全体の内容から察するに、彼らが話題にしたのは、引力のような、人間を支配するものでありながら、身近に自然に存在するものであるがゆえに、それが人間の自由さを制限するものであることに気づかないことについてだったのだろうか。気づかず、支配するものという点では、耳も引力も同列であるかもしれない。
 いずれにせよ、この長谷川との会話を契機として、倉俣は引力(のちに重力、浮遊に言い換えられる)からの解放を終生、己のデザイン思想の根幹のひとつとして語ることになる。本エッセイの冒頭に挙げた《ミス・ブランチ》も例外ではない。倉俣は1989年に、パリで展示した《ミス・ブランチ》を含む一連の透明アクリルに色や羽根やバラを鋳込んだ作品について次のように語った。

「透明性だとか、浮遊性とか、重力の自由に対する願望っていうのはまず一番強いんじゃないか。重力という人間の法則を絶つところから、本当に解放されるんじゃないかな。それで気がつくと、結果として形となるような気がするんですけど。」(注8)

 このデザイン哲学は長谷川堯が倉俣にインタビューをした1972年から少しも変わっていない。三木の訃報を事務所の電話で聞き、所員がいるにもかかわらず、声をあげて泣いたという倉俣。彼が生涯、貫いた「引力」の哲学は三木富雄との強い絆の証でもあったのだ。
はしもと・けいこ

注1:1970年作の《変型の家具》は「Side 1」「Side 2」の2種類あり、1996年に原美術館で行われた回顧展図録では、正面の引き出し面が波打っている方が「Side 1」になっているが、その後、クラマタデザイン事務所で発見された倉俣によるスケッチ(カッシーナ社への指示として描いたスケッチ)では、側面が波打っている方に「Side 1」の記載があるため、筆者が作品カタログを執筆した英国ファイドン社から出されたモノグラフ(Deyan Sudjic, Shiro Kuramata, London: Phaidon Press, 2013)、側面が波打っている方を「Side 1」としている。
注2:耳の作品のみの個展は1963年の内科画廊(東京・新橋)、1965年と1972年の南画廊の3つである。三木富雄の活動の変遷については次の1992年の回顧展図録が詳しい。渋谷区立松濤美術館編『特別展 三木富雄』東京:渋谷区立松濤美術館、1992年。
注3:2018年9月29日付の沖健次氏から筆者あての電子メールによる。
注4:2006年4月29日に筆者が行った田中信太郎氏へのインタビューによる。
注5:倉俣史朗「インタビュー 内部からの風景4 倉俣史朗」(沖健次によるインタビュー)『SD』1986年5月号(no. 260)、42頁。
注6:長谷川堯「『伝説』にただようクラマタの秘境」『商店建築』1973年5月号(vol. 18, no. 5)、200頁。
注7:長谷川堯「ショーケースの悲哀――あるいは沈黙するクラマタの財産」『商店建築』1973年6月号(vol. 8, no. 6)、205頁。
注8:「浮遊する名作 ミス・ブランチ 倉俣史朗」(1989年に行われた前田宏によるインタビュー)『室内』2000年5月号(no. 545)、29頁。

■橋本啓子
近畿大学建築学部准教授。慶應義塾大学文学部英米文学専攻、英国イースト・アングリア大学美術史音楽学部修士課程修了後、東京都現代美術館、兵庫県立近代美術館学芸員を務める。神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程において博士論文「倉俣史朗の主要デザインに関する研究」を執筆。以来、倉俣史朗を中心に日本の商環境デザインの歴史研究を行っている。神戸学院大学人文学部専任講師(2011-2016)を経て、2016年から現職。倉俣に関する共著に関康子、涌井彰子ほか編『21_21 DESIGN SIGHT 展覧会ブック 倉俣史朗とエットレ・ソットサス』東京:株式会社ADP、2010年(「倉俣クロニクル」執筆)、Deyan Sudjic, Shiro Kuramata, London: Phaidon Press, 2013(Book 2: Catalogue of Works全執筆)、埼玉県立美術館・平野到、大越久子、前山祐司編著『企画展図録 浮遊するデザイン―倉俣史朗とともに』東京:アートプラニング レイ、2013年(エッセイ「倉俣史朗と美術」執筆)など。

●本日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
kuramata_13_perfume-a倉俣史朗 Shiro KURAMATA
「Perfume Bottle No. 3」
2008年
ボディ:クリスタル
キャップ:アルマイト仕上げ
6.8x5.0x5.0cm
Ed.30
保証書付き(倉俣美恵子夫人のサイン入り)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ときの忘れものは倉俣史朗 小展示を開催します。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作「Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。 同時代に倉俣と協働した磯崎新安藤忠雄のドローイングも合わせて ご覧いただきます。
304


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」1月9日(火)〜1月27日(土)

ときの忘れもの2018年最初の企画展は、磯崎新倉俣史朗による展覧会です。

Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins
会期=2018年1月9日[火]―1月27日[土] 11:00-19:00 日・月・祝日休廊
磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)に焦点を当て、磯崎の版画作品〈TSUKUBA〉や旧・筑波第一ホテルで使用されていた倉俣史朗デザインの家具をご覧いただきます。他にも倉俣史朗のアクリルオブジェ、磯崎デザインの椅子なども出品します。
磯崎が設計し1983年に竣工した「つくばセンタービル」には、「筑波第一ホテル」が入り、客室の内装を倉俣史朗が担当しました。しかし客室で実際に使用されたオリジナル家具は悲しい運命を辿ります。
1990年代のバブル経済の崩壊により、経営母体であった株式会社第一ホテルが2000年5月会社更生法の適用を申請し倒産。その後、株式会社ホテルオークラグループとして経営が変わったものの、ホテル客室及びカフェなどに大規模な改修が行われ、貴重な倉俣史朗デザインによるインテリアが失われてしまったのです。今回出品する「ライティングデスク」と「鏡」はそのような事情の中で危うく破棄を免れた稀少作品です。

●つくばセンタービル:磯崎新設計により、1980年(昭和55年)6月に着工、1983年(昭和58年)6月に竣工し、同月10日にオープンした。ホテル、コンサートホール、商店街、広場などからなる複合施設で、筑波研究学園都市の中核をなす。当初の筑波第一ホテルはつくばセンタービル内のホテル。内装は倉俣史朗が担当し、客室他には倉俣がセレクションした版画(現代版画センターのエディション)が飾られた。

磯崎新 Arata ISOZAKI(1931-)
建築家。1931年大分市生まれ。54年東京大学卒業。61年東京大学数物系大学院建築学博士課程修了。63年磯崎新アトリエを設立。代表作に[大分県立中央図書館][岩田学園][福岡相互銀行本店][つくばセンタービル][MOCA―ロサンゼルス現代美術館][バルセロナ市オリンピック・スポーツホール][ティーム・ディズニー・ビルディング][山口県秋吉台国際芸術村][トリノ冬季五輪アイスホッケーメーン会場]他。近年は頻繁にアジアに出向き、多数のプロジェクトに参加している。日本建築学会賞、RIBA賞、朝日賞、ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞、他受賞。著書『空間へ』『建築の解体』『手法が』『栖十二』『建築家捜し』など多数。早くから建築のみならず、思想、美術、デザイン、映画などの国際的な舞台で活躍、評論や設計競技の審査を通じて、世界のラディカルな建築家たちの発想を実現に導くうえでのはかり知れない支援を果たしてきた。日本を代表するとともに、世界の建築界で最も信頼されている建築家である。

倉俣史朗 Shiro KURAMATA(1934-1991)
1934年、東京都生まれ。東京都立工芸高等学校木材科で学び、1953年から帝国器材に勤める。1953年から56年まで桑沢デザイン研究所リビングデザイン科で学び、1957年に三愛の宣伝課に就職、ウィンドウディスプレイなどのデザインを手掛ける。1965年クラマタデザイン事務所を設立。1967年、横尾忠則らとコラボレーションしたインテリアデザインなどで脚光を浴びる。このころから、彼が生涯にわたって好んだアクリル素材を用いて、日常の空間に無重力を作り出したような、透明で浮遊感のある作品を生み出していく。1970年「Furniture in Irregular Forms」シリーズで世界
に広く認知される。1972年毎日デザイン賞を受賞。1981年エットレ・ソットサス Jr.らによるイタリアンデザインの新しいムーブメントであるメンフィス(Menphis)の展示会に磯崎新、マイケル・グレイブスらと共に参加。1990年フランス文化省芸術文化勲章を受勲。1991年、急性心不全のため死去。享年56。

●出品作品のご紹介
01磯崎新
《TSUKUBA I》
1985年
シルクスクリーン
Image size: 56.0×56.0cm
Sheet size: 76.0×61.5cm
Ed.75
サインあり


02磯崎新
《TSUKUBA II》
1985年
シルクスクリーン
Image size: 56.0×56.0cm
Sheet size: 76.0×61.5cm
Ed.75
サインあり


03磯崎新
《TSUKUBA III》
1985年
シルクスクリーン
Image size: 56.0×56.0cm
Sheet size: 76.0×61.5cm
Ed.75
サインあり


04磯崎新
《TSUKUBA A》
1983年
エッチング
10.0×16.9cm
Ed.200
サインあり


05磯崎新
《TSUKUBA B》
1983年
エッチング
10.0×16.9cm
Ed.53
サインあり


06磯崎新
《FOLLY-SOAN 1》
1984年
木版
Image size: 54.0×74.0cm
Sheet size: 57.0×76.0cm
Ed.50
サインあり


07磯崎新
《FOLLY-SOAN 2》
1984年
木版
Image size: 30.0×37.2cm
Sheet size: 57.0×76.0cm
Ed.50
サインあり


08磯崎新
《FOLLY-SOAN 3》
1984年
木版
Image size: 46.5×19.5cm
Sheet size: 57.0×76.0cm
Ed.50
サインあり


10磯崎新
《椅子(福岡相互銀行大分支店貴賓室用特注)》
1967年制作
W63.0×D69.0×H99.0cm
サインあり

14倉俣史朗
《Floating Feather(黄)》
1990年頃
9.5×8.0×H14.0cm


15倉俣史朗
《Floating Feather(白)》
1990年頃
9.5×8.0×H14.0cm


16倉俣史朗
《ライティングデスク》
1983年
W160.0×D47.3×H72.5cm

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◆まったくの偶然ですが、湯島の国立近現代建築資料館で2月4日(日)まで「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s - 1990s」が開催中で、磯崎新先生の還元シリーズ(1983年 現代版画センター・エディション)が展示されています。
不勉強にも(忙しくて)亭主はこの展覧会を見ていませんでした。お客様から「磯崎先生がインタビューでワタヌキさんのことをしゃべっている」と聞かされ、年末慌てて湯島に行って展示と磯崎先生のインタビュー画像を拝見してきました。1977年の最初の版画制作について語っているのですが、さすが天才磯崎、40年前のことをメモもなしに淡々と回顧しています。
若干の記憶違いもあり、そのことを展覧会のゲスト・キュレーターにお伝えしたところ、だったらお前がしゃべれということになり、名白楽植田実先生、磯崎版画の協働者・刷り師の石田了一さんの三人で1月27日(土)14時からギャラリートークという次第になりました。詳細は明後日8日のブログに掲載します。

◆埼玉県立近代美術館で新春1月16日〜3月25日の会期で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」が開催されます。
会員制による共同版元として現代版画センターは1974〜1985年に約80作家、700点のエディションを世に送り出しました。全国各地で展覧会、頒布会、オークション、上映会、講演会、パネルディスカッション等を頻繁に開きましたが、今回の展覧会では、その中から埼玉近美が選んだ菅井汲など45作家、約300点の作品と、11年間に発信された機関誌など資料が一部展示換えをしながら展観されます。
パンフレット_01

●書籍のご案内
版画掌誌第2号
版画掌誌第2号
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部/価格:120,000円(税別 版画6点入り)  
B版:限定100部/価格:35,000円(税別 版画2点入り)


TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) *送料250円


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別)  *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
ときの忘れもので扱っています。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18〜24頁にときの忘れものが特集されています。
02駒込外観ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

倉俣史朗の家具と写真

倉俣史朗の家具と写真

倉俣史朗さんが急死したのは1991年2月1日、56歳の若さでした。
そのとき植田実さんはじめ倉俣さんとお親しかった皆さんの呆然とした様子を今でも覚えています。
ちょうどその頃、亭主は破産後の後始末が一段落し、美術業界から離れ、ある本の編集に没頭しており、遠くからご冥福をお祈りしていました。
倉俣さんとのご縁は、もちろん磯崎新先生の紹介でした。
1983年、ポストモダンの傑作として注目を集めた磯崎新先生設計の「つくばセンタービル」の完成が間近に迫ったとき、内装に使う版画類を収めさせていただいたのですが、その版画の選定に倉俣さんがあたり、当時渋谷の桜ヶ丘にあった現代版画センターの事務所にいらっしゃたのでした。
あのビルには第一ホテルが当初入ったのですが、それらの客室などの壁面に飾るために倉俣さんが元永定正などの版画を選ばれました。

昔話はともかく、今回五味彬先生が学生時代から今日までの40年間の写真家生活を回顧する連続個展をしたいと申し出られたとき、一も二もなく先ず「倉俣史朗」作品を希望しました。
五味先生によれば1989年に写真雑誌『Sh・I・N・C』を創刊されたとき、何人かの注目すべきクリエーター(及びその作品)を撮ることになり、創刊号に舟越桂さんを、第2号で倉俣史朗さんを撮ることに決めたとのこと。倉俣さんは生涯にわたって好んだアクリル素材を用いて、日常の空間に無重力を作り出したような、透明で浮遊感のある作品を生み出し海外でも高い評価を得ていました。
彫刻家の舟越さんは別の写真家が撮影しましたが、倉俣さんは五味先生が撮影しました。
撮影当日、スタジオに倉俣さんが「ミスブランチ」「COPACABANA」「SYDNEY」などを持ち込み、あの透明感溢れる椅子や引き出し類が撮影されたのですが、いわゆる建築写真家の撮るものとは違った雰囲気の写真になり、喜ばれたようです。
gomi_39_kuramata_sydney五味彬
《倉俣史朗 Sydney(1987)》
1989(Printed in 2012)
ラムダプリント
Image size:34.0x27.0cm
Sheet size:42.0x29.7cm
単品 Ed.24
セットEd.12
Signed

gomi_40_kuramata_blue-champagne五味彬
《倉俣史朗 Blue Champagne(1989)》
1989(Printed in 2012)
ラムダプリント
Image size:34.0x27.0cm
Sheet size:42.0x29.7cm
単品 Ed.24
セットEd.12
Signed

gomi_41_kuramata_miss-blanche五味彬
《倉俣史朗 Miss Blanche(1988)》
1989(Printed in 2012)
ラムダプリント
Image size:34.0x27.0cm
Sheet size:42.0x29.7cm
単品 Ed.24
セットEd.12
Signed

gomi_42_kuramata_acrylic-back_red五味彬
《倉俣史朗 Acrylic Back Chair(1988) Red》
1989(Printed in 2012)
ラムダプリント
Image size:34.0x27.0cm
Sheet size:42.0x29.7cm
単品 Ed.24
セットEd.12
Signed

gomi_43_kuramata_acrylic-back_blue-yellow五味彬
《倉俣史朗 Acrylic Back Chair(1988) Blue and Yellow》
1989(Printed in 2012)
ラムダプリント
Image size:34.0x27.0cm
Sheet size:42.0x29.7cm
単品 Ed.24
セットEd.12
Signed

gomi_44_kuramata_copacabana五味彬
《倉俣史朗 Copacabana(1989)》
1989(Printed in 2012)
ラムダプリント
Image size:34.0x27.0cm
Sheet size:42.0x29.7cm
単品 Ed.24
セットEd.12
Signed

上掲6点の家具の写真の他に磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)のために倉俣さんが制作した「ライティンデスク」と「鏡」も展示しています。
すべて販売しています。
CIMG2980
倉俣史朗《TSUKUBA ライティングデスク

1983年
H72.5×W160.0×D47.3cm


DSCF2614
倉俣史朗 《TSUKUBA 鏡

1983 鏡 80×50×D5.5cm
*鏡は木地と黒の2種類あります。

上述の通り、竣工時の「つくばセンタービル」には、「筑波第一ホテル」が入り、客室の内装を倉俣さんが担当しました。しかし客室で実際に使用されたオリジナル家具は悲しい運命を辿ります。
1990年代のバブル経済の崩壊により、経営母体であった株式会社第一ホテルが2000年5月会社更生法の適用を申請し倒産。その後、株式会社ホテルオークラグループとして経営が変わったものの、ホテル客室及びカフェなどに大規模な改修が行われ、貴重な倉俣史朗デザインによるインテリアが失われてしまったのです。
今回ご紹介する「ライティングデスク」と「鏡」はそのような事情に中で、危うく破棄を免れた稀少作品です。
当時の雑誌『新建築』1983年11月号には、竣工当初の「筑波第一ホテル」の客室が紹介されており、この「ライティングデスク」と「鏡」も掲載されています。
資料_新建築_表紙600資料_新建築_cut_600

尚、昨春「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」が開催されましたが、それについては植田実さんの「美術展のおこぼれ 第7回」をお読みください。

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◆ときの忘れものは2012年5月11日[金]―5月19日[土] AKIRA GOMi 1972-2012 / 倉俣史朗&村上麗奈を開催しています。(*会期中無休)
gomi
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