ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ:森下泰輔のエッセイ > 森下泰輔「私のAndy Warhol体験」

森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験」 第6回(最終回)

森下泰輔のエッセイ 私のAndy Warhol体験 - その6(最終回)  A.W.がモデルの商業映画に見るA.W.現象からフィクションへBack Again  映画は芸術として残された作品からの解釈のみならず、作家の死後、活動期の作家の人となり、少なくとも世間がいかに見ていたかの例証を …
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森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験」 第5回

森下泰輔のエッセイ 「私のAndy Warhol体験 - その5 アンディ・ウォーホル365日展、1983年まで」 アンディ・ウォーホルは60年代、自己というものを消去する重要ないくつかの行為を行っている。そのひとつは、ジョン・ドゥ (*山田太郎といった匿名的名称。「訴訟で実名不 …
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森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験」 第4回

森下泰輔のエッセイ 「私のAndy Warhol体験 - その4 大丸個展、1974年」 「1955年(*実際は1956年、ウォーホルの勘違い)、私は東京と京都へ行った。それ以来ずっと日本風になろうと努力している。というのも、日本人はシンプルな表現が実にうまいからだ。いま私は日本の …
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森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験」 第3回

森下泰輔のエッセイ 「私のAndy Warhol体験 - その3 情報環境へ」  アンディ・ウォーホルのアーカイブ「タイム・カプセル」という考え方だが、私はこれは彼の芸術観の根本をなす作品行為の一部に位置付けたい。マルセル・デュシャンはレディメイドという考え方を美術史に …
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森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験」 第2回

森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験 - その2 栗山豊のこと」  アンディ自身の収集物の総称「タイム・カプセル」を彼のアートとした場合、この男はそれを極東アジアの島国でさらに拡張させていたのである。それは男の作品行為でもあった。アンディ・ウォーホルがメ …
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森下泰輔のエッセイ「私の Andy Warhol 体験」 第1回

森下泰輔「私の Andy Warhol 体験 - その1 60年代」  日本で最初にアンディ・ウォーホル作品が展示されたのは1965年、南画廊での「ワン・セント・ライフ展」だった。28作家の詩画集のなかのリトグラフ一点であったが私は見ていない。私がアンディ・ウォーホルの作品と出合 …
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