鈴木素直「瑛九・鈔」

第1回 出会い


 思い出は時間が交錯した忘却の中に点々としか残らず、出会いだけが鮮鮮烈に浮かび出てくる。
 あれはちょうど昭和二十三年、太宰治の自殺直後の夏休み前であった。戦後まもない時で、活字に飢えていた私は発足したばかりの新制高校の二年生。ポケットにわずかの金をにぎって友人の湯浅英夫君(スタジオ・ユアサの先代)と古本屋によく通った。その日もそうだった。彼と街を歩いていると「英ちゃん」と呼びかけられた。彼は片手をあげながら若婦人に一礼した。「いっぱい本があるから遊びにおいで」と言われ、あとについて行った家が杉田眼科医院(瑛九の実家)である。
 玄関の上の新婚の二階部屋は、窓が白ペンキで塗られ、庭の緑の葉が夏の光にまぶしかった。部屋はたくさんの本と風変わりな油絵とわずかな調度品で構築された城――すべてが豊かな光の中で歌い踊っている童話の国に思えた。おもちゃののぞき眼鏡の奥深くまだ知らない世界がありそうな気がした、そんな子供時代を思い出したからである。そして白い窓のある二階の部屋はびっくり箱のように新鮮であった。まもなく丸子町の住宅に移られたがよくたずねていった。いつ制作されるのかわからぬほどの作品がつぎつぎに生まれていた。フォトデッサンを作られるころ「一晩で一冊(当時は貴重な一包みの大きな印画紙)使うから私は精神的な王者だ」(カッコ内は筆者)と言われたことがある。
 エスペラント講習会を大宮高校でやってもらったが、講師としても卓越した才能と深い友情の持ち主であることに若い講習生は魅せられた。あの度の強いめがねの奥にひそむきびしさと暖かさは奥さんの優しさとともに、私たちの人生に強い影響と励ましを与えた。
 狭いバラック住宅の中から魔法のように生まれ出るフォトデッサンを見てから、ぼくはずっと子供の夢を見続けている。教師という仕事が続けられたのはそのせいかもしれない。
 ともあれ、当時、高校生であったぼくが、三十二年後の今なお忘れられないのは、あのびっくり箱みたいな部屋や家の光景が、初夏の日差しに重なってくるからである。
すずき すなお
*鈴木素直『瑛九・鈔』(1980年、鉱脈社)より転載。

*画廊亭主敬白
先日の中村茉貴さんの連載エッセイ「美術館に瑛九を観に行く・第23回」の末尾に書かれている通り、宮崎の鈴木素直さんが4月5日に亡くなられました。
鈴木さんは1930年台湾で生まれ、34年(昭和9年)父の故郷宮崎市に帰国、大淀川、一ツ瀬川下流域で育ちました。
戦後、新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、瑛九が埼玉県浦和に移った後も親交を続け、故郷宮崎にあって、瑛九の顕彰に生涯を捧げられました。今月5月25日には満88歳、米寿をお迎えになる直前の逝去でした。
宮崎県内の盲学校、小中学校(主に障害児教育)に長く勤務し、日本野鳥の会会員としても活躍されました。
瑛九については新聞や雑誌に寄稿され、また1980年には宮崎の鉱脈社から『瑛九・鈔』という小さな本も出版されています。あまり知られていない本(版元にもない)ですので、ご遺族のご了解を得て、これから毎月17日に『瑛九・鈔』から再録掲載いたします。

20180426151054_00001鈴木素直
『瑛九・鈔』
1980年
鉱脈社 発行
63ページ
9.2x13.1cm

目次:
・出会い
・瑛九への旅 東京・瑛九展を見て
・一枚の写真の現実 二十回忌に思う
・フォトデッサン
・版画に無限の楽しみ
・二人の関係 瑛九・池田満寿夫版画展
・“必死なる冒険”をすすめた画家後藤章
・瑛九―現代美術の父
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宮崎瑛九展9鈴木素直さん
2011年(平成23年)7月
鈴木素直さん(左)と綿貫不二夫
宮崎県立美術館「生誕100年記念 瑛九展」にて


鈴木素直さんは教師、詩人、日本野鳥の会会員としても幅広い活躍をなさってきました。
いくつかご著書を紹介します。
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『詩集 夏日・一九四八ー一九七四』
1979年
鉱脈社 発行
102ページ
22.0x15.5cm

目次:
・鏡より
 鏡
 ことば
・夏に向ってより
 夏に向って
 その時小さいあなたへ
 春一番
 野鳥 I
 野鳥 II
 入江 I
 入江 II
 小さいカゴの中で
 病院にて
 孟蘭盆
 夏草 I
 夏草 II
 大いなる儀式
 ムラから
 来歴
・女たちより
 秋
 雨
 夜
 川
 鳥
・夏日より
 春
 いつも同じ石
 海
・詩集「夏日」によせて 金丸桝一
・覚書
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『馬喰者(ばくろう)の話』
1999年
本多企画 発行
114ページ
18.5x14.1cm

目次:
・馬喰者の時間
・馬喰者の話
・馬喰者の煙管(きせる)
・馬喰者問答
・馬喰者の夢
・馬喰者の謎
・馬喰者の庭
・ふくろう
・青葉木莵異聞
・雲雀と鶉
・時鳥がうたう
・夕焼けの中の黒いカラス
・残暑見舞い
・眠っている男
・手術室にて
・残照記
・切り株
・八月の庭
・知念さんの地図
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『鳥は人の心で鳴くか みやざき・野鳥民族誌』
2005年
本多企画 発行
265ページ
18.3x13.2cm

目次(抄):
・宮崎の野鳥・俗名考―消える方言とユニークな命名
・ツバメあれこれ
・方言さんぽ
・鳥十話
・日向の鳥ばなし
・宮崎県の鳥類
・自然に関わる伝承と農耕習俗―野鳥にまつわる俗信・俚言を中心に
・野鳥にまつわる民俗文化
・県北を歩く
・県南を歩く
・野鳥の方言・寸感
・後記
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●今日のお勧め作品は瑛九です。
瑛九「逓信博物館A」
瑛九「逓信博物館 A
1941年 油彩
46.0×61.1cm
*「瑛九作品集」(日本経済新聞社)42頁所載
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◆ときの忘れものは没後70年 松本竣介展を開催しています。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊

ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは素描16点による「没後70年 松本竣介展」を開催します。
201804MATSUMOTO_DM

「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
04出品No.17)
松本竣介
《作品》

紙にインク、墨
Image size: 30.5x22.3cm
Sheet size: 32.7x24.0cm
※『松本竣介展』(2012年、ときの忘れもの)p.6所収 No.4

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●本展の図録を刊行しました
MATSUMOTO_catalogue『没後70年 松本竣介展』
2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ 
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円


●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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