リレー連載
建築家のドローイング 第9回
エリッヒ・メンデルゾーン(Erich Mendelsohn)〔1887−1953〕

彦坂裕


 いったい、フォルム自体が建築や芸術の可能性を切り開いてゆくことなどあるものだろうか、しかも、それが近代の産業社会の中において?フォルムのユートピアなど、とうの昔に破産を余儀なくされた概念だったはずではなかったのだろうか?
 「表現派」と呼称されることの多いメンデルゾーンにも、こうしたアポリアは影のようにつきまとう。フォルムが何がしかの心の状態や感情といったものを表現しうるという考え方は、伝統的なアカデミーがもつ思想の素直な継承でもあるわけだが、変転極まりないテクノロジー革新や世界大戦という空前のイヴェントに揺れる近代社会においては、むしろ建築家自らの精神の激昂とでもいうべき「生のフォルム」とその社会へのコミットの仕方が問題にされるのである。メンデルゾーンのこうしたポレミーク(問題性)に対する対応は大きく分けて3つあり、それらがポリフォニーを形成しながら、いわゆる「メンデルゾーン的迷宮」をつくっていると思われる。
 その一つは、ニーチェの断固さにも似た「建設への意志」の姿勢である。大戦中メンデルゾーンによって記された「新しい建築への省察」には、予言めいた調子で時代精神の表現としての建築がいかにあるべきか、それが生と同じ厳格な法則に従わねばならぬ必然性の支配下にあること、その深遠な法則にもとづくことによってのみ「建設への意志」の自由が保証され、未来への展開が可能となることが語られている。実際彼は、アインシュタインの理論に大いに関心を示しており(1913年にメンデルゾーンはアインシュタインに初めて会っている。ちなみに、一般相対性理論は15年に発表された)、神秘なるもののうちに発見されるべき法則、秩序、規律に深い憧憬を抱いていた。理性の、というより、不変の速度法則たる光が、ここでは、建築創造の法則を導くといっていい。
 第二に注目されるのは、近代テクノロジーへの応答である。それは未来派と共通のイメージの源泉をもつ広義のダイナミズムに顕著だ。ガントリー起重機やキュナード社の汽船に霊感を受け、動力エネルギーを身近な問題として把える感性は、1923年のダイナミズムと機能に関する興味深い講演論稿「近代建築思潮のインターナショナルな暗合」や、内的な緊張をはらんだコンストラクションのスケッチ――これらはメンデルゾーンに関して通例的に語られる彫刻的なというよりもむしろ構成主義的な色彩が濃い――に溢出している。それは機能というものを、あたかも抑制することによって劇的な緊張感を産出する詩学に融解させんとする試みであり、こうした爆発一歩手前、オルガスムス寸前の充血状態にも似たダイナミズムの観点が、彼をして幻想的な表現主義の美学を標榜するアムステルダム派や社会的な機能を線細く追求するロッテルダム・サークルと差異づけることになると考えられよう。

メンデルゾーンエリッヒ・メンデルゾーン Erich Mendelsohn
「起重機をもつ建物」

 最後にしてすこぶる重要な対応は、形態の操作を近代のメトロポリス=消費空間との関係で把えたことである。コスモポリタンのメンデルゾーンにとっては、資本主義化され、表層的なヴァイタリティに充ちた大都会を、カオスと化した非連続の集積体(モンタージュ)として見る醒めた眼があったというべきだろうか。あるいは、若き日のライテルやバルとの邂逅、カンディンスキーやクレー、さらにはダダのグループやその周辺のアヴァンギャルドたちとの親交が産んだ認識とでもいうべきだろうか。商業建築(とくに百貨店)や公共娯楽施設の現代社会における決定的な重要性を彼は十全に感得し、アドルフ・ベーネ言うところの「広告建築」(Reklamearchitektur)言語をフォルムのコンプレックスによって現出させ、新たなスタイルをこれら消費産業社会の申し子たちに与えたのである。それは、主として、建築がセッティングされる都市のコンテクストへの関係付けとして立ち現れる――まるで既成のタブローにショッキングなコラージュを施すように、都市活動の、そして都市自体のヴオルテージを高めていくのである。
 メンデルゾーンの作品も、実際、こうした三つのアスペクトを追うように展開されていったと考えてもいい。そして、一生をかけて描き続けた彼のドローイングは、作品やプロジェクト、さらに彼自身の思考を実験する場でもあったのだ。

メンデルゾーン2エリッヒ・メンデルゾーン Erich Mendelsohn
「港の倉庫」

 1919年、ベルリンのパウル・カッシラー画廊に、彼は「鉄とコンクリートの建築」と題する建築ドローイングの展覧会を催した。これがきっかけとなって彼はオランダの「ウェンディンヘン」(ヴィエデフェルトの主宰した過剰な手工芸を賞讃する表現主義一派の雑誌名。アムステルダム派の公式な発言が収録されていた)スクールに招聘され、仕事への道が開けていったが、ほぼ第一次大戦(1914−18)をはさんだこの時期のドローイングは、それ以後の実施を前提としたスケッチや即興風の幻想画よりもはるかに面白いものが多い。最初期の歌劇用衣装デザインからペルツィヒやオルプリッヒを彷彿とさせる有機的な形をもつもの、未来派然とした工業建築や生産施設、そしてメンデルゾーン固有な積層する立面や水平にピッチの利いた円筒などをもつメガストラクチャーに至るまで、彼の生涯のイマジネーションがここに集約された感がなくもない。

メンデルゾーン3エリッヒ・メンデルゾーン Erich Mendelsohn
「自動車車体工場」

 コントラストの強烈さ、明快さ、そしてスピードあるタッチで描かれる幾多のドローイング、ここには来たるべき建築の造形はあたかもこのスピードがなければ予見し得ぬといわんばかりの信念が溢れている。とくに、シンメトリーや水平性には、絶対の確信、いや、信仰にすら近い感覚を見ることができるだろう――そこには「世界の軸性」をいささか隠喩的なポーズで示そうとするル・コルビュジエよりも、はるかに徹底したフォルムのフィロソフィーがある。常にアイレヴェルから仰ぐようにそびえるマッスは、多くの場合、片立面が陰影として描かれ、この光の作用によってマッス=質量を運動化する効果を醸し出す。とすれば、ダイナミズムとは、明らかに、このマッスとそこに充電されたハイ・ヴォルテージのエネルギーとの相関であり、錬金術の塩にも代わる「光」があたかもこの相関の触媒の役割を担うという古典的な三位一体の構図の新訳がここに垣間見れるのではないだろうか。
 それは、極端に言ってしまえばE=mc2の宇宙。旧世界とは比較にならぬ速度で疾駆する生活の興奮や機能への欲望、そして消費社会の中にさえも、法則を、絶対的な法則を掴みとろうとするパトスそのものにほかならなかったはずである。混沌と化した自然(諸現象)に律を与えんとするシチュエーションにおいて、ニュートン/ブーレーをアインシュタイン/メンデルゾーンに対照させるのもいいだろう。
 アインシュタイン塔建造の後、メンデルゾーンはL・サリヴァンやF・L・ライトに会いにアメリカに渡る。あらゆる明敏な欧州建築家同様、彼もこの国の天を突く摩天楼やエンジニアリング建築に感銘を受けるのだが、こうした反欧州的要素の讃歌は、かの「カリガリ博士」のように、西欧ブルジョワ主義の規範を周縁から侵犯するヴェクトルの告知にほかならなかったのである。

メンデルゾーン4エリッヒ・メンデルゾーン Erich Mendelsohn
「光学機器工場」


ひこさか ゆたか

*現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.98』(1983年11月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
・「起重機をもつ建物」
・「港の倉庫」
・「自動車車体工場」
・「光学機器工場」
現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.98』

■彦坂 裕 Yutaka HIKOSAKA
建築家・環境デザイナー、クリエイティブディレクター
株式会社スペースインキュベータ代表取締役、日本建築家協会会員
新日本様式協議会評議委員(経済産業省、文化庁、国土交通省、外務省管轄)
北京徳稲教育機構(DeTao Masters Academy)大師(上海SIVA-CCIC教授)
東京大学工学部都市工学科・同大学院工学系研究科修士課程卒業(MA1978年)

<主たる業務実績>
玉川高島屋SC20周年リニューアルデザイン/二子玉川エリアの環境グランドデザイン
日立市科学館/NTTインターコミュニケーションセンター/高木盆栽美術館東京分館/レノックスガレージハウス/茂木本家美術館(MOMOA)
早稲田大学本庄キャンパスグランドデザイン/香港オーシャンターミナル改造計画/豊洲IHI敷地開発グランドデザイン/東京ミッドタウングランドデザインなど

2017年アスタナ万博日本館基本計画策定委員会座長
2015年ミラノ万博日本館基本計画策定委員会座長
2010年上海万博日本館プロデューサー
2005年愛・地球博日本政府館(長久手・瀬戸両館)クリエイティブ統括ディレクター

著書:『シティダスト・コレクション』(勁草書房)、『建築の変容』(INAX叢書)、『夢みるスケール』(彰国社)ほか

●今日のお勧め作品は安藤忠雄です。
安藤忠雄 アーバンエッグ
安藤忠雄 Tadao ANDO
「中之島プロジェクト [アーバンエッグ2]」
1988年
シルクスクリーン
105.0x175.0cm
Ed.55  Signed

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