フランク・ロイド・ライト

建築家のドローイング 第11回 フランク・ロイド・ライト

リレー連載
建築家のドローイング 第11回
フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)〔1867−1959〕

八束はじめ


 誰がいい出したのかは定かではないのだが、建築の世界では“form giver”ということばがある。近代建築の基本的なヴォキャブラリーをつくり出した、いうなれば言語創造者というような意味なのだが、通例これにあてられるのはフランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエの三人ということになっている。いうなれば御三家という所だが、実際にはこの並べ方はあまりすわりの良いものとはいえない。60年代生まれのライトは80年代生まれの他の二人に比べれば二つも上の世代に属し、後二者(及びバウハウスの創立者グロピウス)が修業時代に席を置いたベーレンス(68年生れ)やこのシリーズでもとりあげたペルツイッヒ(69年生れ)よりも更に一、二年の年長である。1911年にドイツのヴァスムート社が出版したライトの作品集(ドローイング集)がヨーロッパの建築家たち(とくにオランダとドイツ、オーストリア)に多大の影響を及ぼしたことは、近代建築史を扱ったどの本にも記述されているあまりに有名な事実だが、当時既にロビー邸やユニティ・チャーチ、ラーキン・ビルなどの傑作を建てて新時代の旗手あるいは若き巨匠であったライトに比べ、コルビュジエもミースもまだ駆け出し以前、つまりベーレンス事務所での修業時代の前後である。二人ともライトの図面をくいいるように見つめた多くの若い群像の中の一人にすぎなかった。この時点で、もちろん、ライトは既に form giver であった。相互貫入し合う流動的なヴォリュームと空間の詩学はウィーンのロースにも、ベルリンのミースにも、またロッテルダムのいわゆる「デ・スティル」派にも多大のヒントを提供している。しかしライトが他の年少の二人と後々まで肩を並べたのは、この建築家が、何度かの沈黙やスランプの時期をはさみながらその度毎に劇的な復活を遂げたからに他ならない。常に自からをリサイクルしていく、不死鳥のようなとよく形容されるが、考えようによってはむしろ怪物めいた生命力は他に全く比類を見ない。強いていうなら、やはり90を超えて生き、つくりつづけたミケランジェロといった所だろうか。

ナショナル生命保険会社計画フランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wright
「ナショナル生命保険会社計画」


 この70年近いキャリアの中でライトは全く夥しい作品をつくり、また計画案を残した。総計800を超すとあってはさすがのライトにしてもすべてが一級の作品とはいえず、建築家の名誉とはならぬものも少なからずあるが、それにしてもそれだけの数をこなしたということはライトに確かなメチエが備っていたことの証しであるとはいい得るだろう。それはこれらの膨大な作品群を紙上に定着したドローイングについてもあてはまる。あるいはむしろ、スタイルの上での何度かの変貌にも拘らず、ライトの底にはこのメチエの基盤が連続してあって、それが常に彼の巨匠としての質を保証していたのだといい得るということを、ドローイング群が証し立てているといってよいかもしれない。それらはいずれもライト流のドローイング・スタイルというものをはっきりと示している。もちろん後年に至るまで巨匠が自らそれらをおこしたわけではなく、専門のスタッフの手に委ねられていたようだが、誰が描いたにせよそれらはライトのドローイングなのである。つまり全く個性的でありながら、完全に個人の手のみに負っているわけではない。若年のライトが師のサリヴァンのフリーハンドで装飾の下絵をおこしていく手腕に舌を巻き、自分には到底真似できないので定規によって自らのスタイルを確立しようとしたというエピソードや後年ライトの作業場タリアセンを訪れたメンデルゾーンが例の達者なスケッチを巨匠に示してうならせたというようなエピソードはその辺の事情に関っている。ライトの仕事全体がそうした全くの手仕事とそれを排除して純粋な構成関係のみによっていたモダンなコンポジションとの中間に存在している。そしてライトはそこに全く独自な境地を発見したのだ。

ハーディー邸
フランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wright
「ハーディー邸」


 このスタイルに最も良く似ているのは以前にとりあげたウィーンのオットー・ワグナーとその一派のドローイングである。この平行性が何らかの直接的影響関係によっているかは定かではないが、とくに例えばラーキン・ビルのインテリア・パースの線描の質や空間のとらえ方などは極めてワグナーに似ている。間接的に、つまり共通のソースの一つとしては、日本の浮世絵の手法がある。(ユーゲント・シュティル全体へのオリエンタリズムの影響は有名だし、ライトは帝国ホテルの仕事で滞日するより大分以前から度々版画のコレクションのために来日していたことが知られているが、両者には共に建物を遙かに上に置いて見上げる構図のとり方、植生のつかい方など多くの共通点を見ることができる。ヴァスムート版のライトのドローイングに魅せられたワグナー門下の若い学生であったルドルフ・シンドラーのように渡米してライトの門を叩いた人物もいたから、ウィーンとライトの関係は直接・間接に浅からぬものであったといえよう。(ついでながら、ライトのもとから独立してからも結局アメリカで生涯を送ることになったシンドラーのドローイングのスタイルも、当然、その両者の特徴を合せもっている。)

ミッドウェイ・ガーデンフランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wright
「ミッドウェイ・ガーデン」


 一方、ライトのドローイングはやがて水彩などで着色されることが多くなる。それと同時に線の質もワグナーのような硬質なものから軟らかみを帯びた(しかしあくまで定規で引かれた)ものへと変っていく。ライト流ドローイングの線の質とその空間及びメチエとの関係について触れたが、おそらく、ライトのドローイングに関しても同じようなことがいえるはずである。そこでは線はもはやくっきりとしたハード・エッジな、つまりものの限界を明確にしるすものというよりは、ものの質感やヴォリューム感の中の過不足ない要素としておさまっている。ワグナーが鉄やスタッコ、硬質な大理石といった(ハード・エッジを可能とする材料を好み、空間もむしろ奥行きよりは浅く明快な構成をされているのに対して、木や帝国ホテルで用いた大谷石やロサンジェルスの住宅シリーズの化粧コンクリート・ブロックのように、むしろ柔らかい材料(角が丸みを帯びた)をライトが好んでいたことが、ドローイングの上にも確実に反映していると筆者は考えている。従って描かれたドローイングでも、つくり上げられた実際の建物でも、空間は、微妙な階調と、日本的なことばでいうなら、奥床しさ(ことばの本来の意味での)をもっている。日本人がライトを好む所以でもあろう。
 こうした、ドローイングにも通底している感覚は、例えば第二期の劈頭を飾る、いわゆる落水邸(カウフマン邸 1936)や、最高傑作といわれるジョンソン・ワックス・ビル(1936-9)更には戦後の代表作グッゲンハイム美術館(1959)などにも共通して受け継がれている。例えば落水邸は、一見豆腐の角を切ったいわゆるル・コルビュジエ風にキュービックな作品だが、仔細に見れば「住む機械」(ル・コルビュジエ)の鋭利さとは随分と違った作品である。これらの作品は初期の装飾的でまた同時に日本的/ユーゲント・シュティル的でなくもない作品群と、スタイルの上で比べれば遙かにモダンであり、ル・コルビュジェやミースとライトの名を並べしめたものだが、こうした感覚上の特質は変っていないのである。一人の芸術家の、究極的には変わりようのない体質というようなものは、むしろこのようなディテールの端々にあらわれるものであって、ある意味ではそのことをライトのドローイングほど如実に示しているものはない。

ナマコ・カントリー・ハウスフランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wright
「ナマコ・カントリー・ハウス」


やつか はじめ

*現代版画センター 発行『Ed 第101号』(1984年4月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
「ナショナル生命保険会社計画」
「ハーディー邸」
「ミッドウェイ・ガーデン」
「ナマコ・カントリー・ハウス」
毎日新聞社 発行『フランク・ロイド・ライト回顧展』、1991年より

八束 はじめ Hajime Yatsuka
建築家・建築批評家
1948年山形県生れ。72年東京大学工学部都市工学科卒業、78年同博士課程中退。
磯崎新アトリエを経て、I983年(株)UPM設立。2003年から芝浦工業大学教授。2014年退職、同名誉教授。
代表作に白石市情報センターATHENS,
主要著書に『思想としての日本近代建築』。

●今日のお勧め作品は、フランク・ロイド・ライトです。
20160222_wright_01フランク・ロイド・ライト
「Gerts Walter Residence」
1905年
紙に水彩とインク
40.0x74.0cm

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◆八束はじめ・彦坂裕のリレー・エッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第6回

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第6回

美味しい〆サバを食べました。ふっくらしていてみずみずしく、旨味がある。冷凍加工品の解凍ですが、過度な味付けはされていないので、さばきたてのお刺身をいただいているみたいです。お酒もぐっとすすみます。〆サバのみならず、つみれ、塩辛、タラフライ、あんこうのとも和え。これらは、先日訪れた福島県相馬市の魚屋さんで入手しました。どれも人工調味料を使わず、素材そのものの味を生かした加工品。意気揚々と帰宅し、その日はそのまま酒盛りと相成ったのでした。
訪れた魚屋さん、「センシン食品」さんは相馬市の松川浦に面しており、澄んだ冷たい冬の空気に浦の水面がきらきら輝いていました。訪れた日は波も穏やかで美しかったですが、2011年にはやはり津波で大きな被害を受けています。仮設の建物で営業しているお店も多く見かけました。
経営されている“相馬のおんちゃま”こと高橋永真さんは、主に相馬で水揚げされた魚介類を使って加工品を作られています。震災以前は大手チェーンの飲食店とも取引があったそうです。しかし、大手外食産業との取引は、決まったメニューを提供するために、不本意な品質のものしか用意ができなくても納品しなければいけない。できなかった場合は、その売り上げ分を魚屋さんが補填しないといけなかったといいます。そんなことをしていたら潰れてしまう、ということで、品質の悪いものでも無理矢理出荷せざるを得ないという構造になっていたそうです。高橋さんは現在、自分の納得のいく品質のものだけを直接消費者に販売するという道を選択されています。

DSC04982松川浦を望む、筆者撮影


先日、公共の仕事にも長年関わられてきた建築家の方のお話を伺う機会がありました。印象的だったのは、予算の組み方の変化について話されたことでした。かつては躯体から仕上げに至るまで、自分たちで見積もりをとって予算管理をしていたというのです。そのため、構造そのものからどう予算を落としていくか、構造家と相談して新しい技術的なアプローチを模索したり、地元の石屋さんと相談してタイルを焼いてもらったり。設計はものづくりと一体となっていたのでした。しかしやがて自治体の基準ができ、全てをカタログから選ぶようにシステム化されてしまう。建築家が建物をつくろうとするなら、生産過程全てに関わろうとするのは至極まっとうなことのはずです。しかし、システム化された社会がそれを阻んでいる。どうも、魚の流通と同じことが起きている。
震災の時に感じた恐怖は、災害や放射能そのものの恐ろしさよりも、社会の構造に対する無力感に由来していました。テレビをつけて、事態を静観する以外に何もすることができない。勝手に自分は自由の身だと思っていたけれど、全くそうではなかったと思い知らされたことは衝撃でした。
強大なシステムに対して、我々がまっとうだと思えることを実行するにはどうすればよいのか。前述の高橋さんの加工品は全国から人気で、注文の8割は県外のお客さんで、SNSでの発信をチェックしネットで購入するそうです。
まあ、とにかく理屈をつけなくとも、美味しいものは美味しい。美味しいものをいただくことで少しでも強固なシステムに抵抗できるなら、言うことはありません。

高橋さんの美味しい海産物はこちらからどうぞ↓
http://www.somanoonchama.com

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、フランク・ロイド・ライトです。
20160222_wright_01フランク・ロイド・ライト
「Gerts Walter Residence」
1905年
紙に水彩とインク
40.0x74.0cm


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◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。

フランク・ロイド・ライト〜「建築家のドローイング展」より

ただいま開催中の「建築家のドローイング展」の出品作品より、本日ご紹介するのは、DMにも使ったフランク・ロイド・ライトのドローイング(水彩)です。
建築家のドローイングは数々あれど、20世紀の巨匠たちの中で最も希少で高額なのがライトです。
ライト自身<紙の上の建築>の力を確信しており、伝説によればタリアセンのスタッフたちに「図面、ドローイングなど断片にいたるまで捨ててはならない、それらが君らの孫の代まで食わせてくれる」といったとか。有名な第一作品集ヴァスムート版への異常ともいえる熱意(その費用の大半を自己負担した)を思えばそれも納得です。

DSCF4849_trimmed
フランク・ロイド・ライト Frank Lloyd WRIGHT
《Gerts Walter, Residence》
1905
Watercolor and ink on paper
40.0x74.0cm

《Gerts Walter, Residence》はライトの全作品集第一巻263ページに掲載されている初期のプレイリースタイル(草原様式)による住宅のプロジェクトです。
この水彩作品の旧蔵者が語る推測によれば、ライトがしばしば日本を訪れていたころに自ら将来し、浮世絵の購入資金を捻出するために日本で売ったのではないか。また画面には水をかぶった跡がありますが、それはチェニー夫人との不倫スキャンダルにまみれヨーロッパ逃避行から帰国した1911年に起こったタリアセンの使用人による放火・殺人事件のときに蒙ったダメージではないか。二つとも確実な証拠があるわけではありませんが、推測として妥当なものでしょう。

■フランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wright(1867-1959)
アメリカ・ウィスコンシン州に生まれる。アドラー=サリヴァン事務所に勤める。その才能を見込まれ、事務所における1888年以降のほとんどの 住宅の設計を任せられる。1893年独立後、1910年までの17年間に計画案も含め200件近い建築の設計を行ない、プレイリースタイル(草原様式)の作品で知られるようになる。
1910年ドイツのヴァスムート社から100点ものリトグラフの入った第一作品集(ヴァスムート版)を出版し、大きな反響を呼び、近代建築の時代への魁となった。
ウィスコンシン州南西部の彼の祖先の地ウェールズに自邸タリアセンを建設。1913年に帝国ホテル新館設計のために来日し、旧山邑邸(現・淀川製鋼所迎賓館、重要文化財)、福原有信別荘(箱根、現存せず)などいくつもの建築を残す。
1930年代後半になるとカウフマン邸(落水荘)、ジョンソンワックス社と相次いで2つの代表作を世に発表した。
ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と称えられている。

フランク・ロイド・ライトの建築
1 862[ソロモン・R・グッゲンハイム美術館]
1959年竣工
アメリカ、ニューヨーク市
撮影:尾立麗子

ニューヨーク市マンハッタン区アッパー・イースト・サイドにある近現代美術専門の美術館。
アメリカの鉱山王・ソロモン・R・グッゲンハイム(1861-1949)がコレクションする現代アートを収蔵しており、美術館は1937年に財団として設立。
1943年にライトに設計が依頼され、ライトは翌年に建築設計案を作成しますが、工事に取り掛かるまでに紆余曲折があり、創立者グッゲンハイム没年の1949年にようやく設計案が承認され、建物の竣工までにはさらに10年の歳月を要しました。完工したのは1959年、ライトの死後半年後です。
「かたつむりの殻」とよく形容される螺旋状の構造をもったこの建築物は、中央部が巨大な吹き抜けになっていて、見学者はエレベーターで建物の最上部に上がり、螺旋状の通路の壁面に掛けられた作品を見ながら順路を進むうちに自然に階下へ降りるようになっています。正直、見るほうも飾る方も不安定、展示には難しい空間です。
この一風変わった空間で「今までで最も美しい展示が実現」したと絶賛されたのが2013年の「具体展」でした。吹き抜け空間には元永定正の色水の入った透明な袋が吊るされ、元永の名を高らしめたのでした。

フランク・ロイド・ライト 明日館600[自由学園・明日館]
1921年竣工
東京
撮影:綿貫不二夫(修復前の撮影)

自由学園明日館(みょうにちかん)は、1921年(大正10)、羽仁吉一・もと子夫妻が創立した自由学園の校舎としてライトの設計により建設されました。
帝国ホテル設計のため来日していたライトの助手を勤めていた遠藤新が羽仁夫妻をライトを紹介し、夫妻の教育理念に共鳴したライトは、「簡素な外形のなかにすぐれた思いを充たしめたい」という夫妻の希いを基調とし、自由学園を設計しました。
空間を連続させて一体構造とする設計は、枠組壁式構法(2×4構法)の先駆けとの見方もあります。木造で漆喰塗の建物は、中央棟を中心に、左右に伸びた東教室棟、西教室棟を厳密なシンメトリーに配しており、ライトの第一期黄金時代の作風にみられる、高さを抑えた、地を這うような佇まいを特徴としています。
老朽化が激しく一時は存続が危ぶまれましたが、1997年(平成9)に国の重要文化財指定を受け、1999年(平成11)から2001年(平成13)にかけて保存修理工事が行われ、貴重なライトの遺作として面目を一新しました。
因みに亭主たちは保存修復のための解体中の明日館にも伺って撮影しています。
それにしても帝国ホテルが取り壊されてしまったのは返す返すも残念ですね。

◆ときの忘れものは2015年11月7日[土]―11月21日[土]「建築家のドローイング展を開催しています(*会期中無休)。
201511_DM安藤忠雄磯崎新石山修武光嶋裕介、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエアントニン・レーモンドマイケル・グレイヴスなど、8人の建築家によるドローイングを展示します。

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明日から「建築家のドローイング展」11月7日(土)〜11月21日(土)

つい先日終了した「オスカー・ニーマイヤー展」(東京都現代美術館)はじめ、このところ建築展が各地で頻繁に開催されています。
直近のものをざっと拾っただけでも、
●「Fumihiko Maki, Maki and Associates 2015 時・姿・空間 ― 場所の構築を目指して
会期:2015年10月17日(土)〜11月29日(日) 
会場:ヒルサイドフォーラム他

●「建築家 フランク・ゲーリー展」
会期:2015年10月16日(金)〜2016年2月7日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT

●「ル・コルビュジエ×日本―国立西洋美術館を建てた3人の弟子を中心に」
会期:2015年7月21日(火)〜11月8日(日)
会場:国立近現代建築資料館

●「生誕100周年記念建築作品展 増田友也」
会期:2015年10月26日(月)〜12月12日(土)
会場:京都工芸繊維大学・美術工芸資料館

●「坂 茂 ― 紙の建築と災害支援」展
会期:2015年11月28日(土)−12月20日(日)
会場:生活工房ワークショップA・B/生活工房ギャラリー

●「KAZUYO SEJIMA STUDY MODELS」展/「GEHRY×FUTAGAWA」展
会期:2015年9月19日(土)〜11月3日(火・祝)
会場:GAギャラリー

●「TOTOギャラリー・間30周年記念展 アジアの日常から:変容する世界での可能性を求めて」
会期:2015年10月17日(土)〜12月12日(土)
会場:TOTOギャラリー・間

●「3.11以後の建築
会期;2015年11月07日(土)〜2016年01月31日(日)
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー 

●「フランク・ゲーリー/ Frank Gehry パリ – フォンダシオン ルイ・ヴィトン 建築展」
会期:2015年10月17日(土)〜2016年01月31日(日)
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京  

●「第1回 デダロ・ミノッセ建築賞| 日本巡回展
会期:2015年11月27日(金)〜12月13日(日)
会場:ASJ YOKOHAMA CELL

●「ル・コルビュジエと動物たち」
会期:2015年10月29日(木) 〜2016年2月27日(土)
会場:大成建設ギャルリー・タイセイ

●「光嶋裕介展 2015
会期:2015年11月1日[日]〜11月21日[土]
会場:大阪・Nii Fine Arts
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建築好きな方でも全部を見て回るのは難しい。
私たちが磯崎新先生の版画を初めてエディションし展覧会を開いたのは1977年でしたが、当時は建築家の展覧会なんてめったになかった。今の活況は隔世の感があります。
以来、建築家の版画とドローイングを企画の柱として来ましたが、明日から8人の建築家のドローイング展を開催します。

建築家のドローイング展
会期=2015年11月7日[土]―11月21日[土] 12:00-19:00 会期中無休

会場=ときの忘れもの

日本では、建築家=建築を設計する「技術者」と思われていますが、私たちは優れた建築家というのは、人間の住まう空間をデザインする「アーティスト」だと考えています。
その空間に身をおくだけで人間の精神に刺激を与えるような素晴らしい空間を創造する人、実際に建築が実現しなくとも、そのような空間を夢想する人、そんな建築家に私たちは憧れます。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロを挙げるまでもなく、ルネサンスの時代の天才画家たちは同時に建築家でした。絵画と建築は分かちがたく結びついていました。
古今の優れた建築家のなかには熱心にドローイングや版画を制作したひとたちがいます。

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージからル・コルビュジエまでそれら15人の建築家について、現代版画センター時代に機関誌『PRINT COMMUNICATION』1983年3月号(第90号)〜1985年1月号(第105号)誌上で八束はじめ先生と彦坂裕先生のお二方に「建築家のドローイング」を15回連載していただきました。
今や建築界の第一線で活躍されていますが、お二人とも当時はまだ30代そこそこの気鋭の建築家でした。今回の展覧会に前後して今月24日から30年前の渾身の力作をブログに再録しますので、どうぞご愛読ください。

本展では安藤忠雄磯崎新石山修武光嶋裕介、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエアントニン・レーモンドマイケル・グレイヴスの8人の建築家によるドローイングを展示します。
1867年生まれのライトから、1979年生まれの光嶋裕介までの8人を選んだ理由は、彼らのドローイングが美しく、美術作品として評価にたえると思うからですが、さらには(建築好きな方なら直ぐに気付くでしょうが)幸運にも彼らの建築作品を日本でも見ることができるからです(全8人の建築があるのは日本だけ)。
世界中、誰でも知っている巨匠フランク・ロイド・ライトの建築は実は北米と日本にしか存在しません。実在する建築と、紙上の建築の両方を楽しめるのですから、日本は凄いですね。
私たちは8人の建築が建つ現地を訪れ、その素晴らしい空間を堪能してきました。このブログで順次、それらも紹介してまいります、拙い写真ですがお許しください。

フランク・ロイド・ライト
Frank Lloyd WRIGHT
"Gerts Walter, Residence"
1905
紙に水彩、インク
40.0x74.0cm

ル・コルビュジエ
コルビジェ_作品600
ドローイング22.3/52
1952
紙に色鉛筆
33.0x23.0cm
Signed
corbusier_10_yunite-11_color
"#11b" from the series 'Unite'
1965
Copperplate print
Sheet size: 57.5×45.0cm
Frame size: 66.0×54.4cm
Ed. 130
Signed

アントニン・レーモンド
raymond_01_work
《作品》
1957
紙に水彩
21.0x27.5cm
Signed
アントニン・レーモンド_色彩の研究_600
《色彩の研究》
紙に油彩
64.1x51.6cm
Signed and dated

マイケル・グレイヴス
マイケル・グレイブス600
1989
紙に鉛筆、色鉛筆
Image size:13.0x81.0cm
Signed
graves_sakuhin7_84_1
《作品 7・84/1》
1984
木版
30.3×24.0cm
Ed. 150
Signed

安藤忠雄
andou_21_kobe-project
神戸プロジェクト
1995
紙にペン、コラージュ
Image size:18.2x119.5cm
Signed
Drawing2
"Koshino House"
紙にクレヨン、コラージュ
Image size:20.7x61.0cm
Sheet size:23.6x63.6cm
Signed

磯崎新
11_磯崎新_ドローイング600
1995
紙に鉛筆
Image size:42.0x56.0cm
Sheet size: 46.0x72.1cm
Signed
isozaki_drawing_600
(ドローイング)
紙に鉛筆
Sheet size:11.5x34.2cm
Frame size:24.7x53.2cm
Signed

石山修武
石山修武_600
《それでもあるユートピア》
2004
紙に水彩・他
57.0x76.0cm
Signed

光嶋裕介
光嶋裕介_ドローイング2015
"Wonder City 2015"
2015
紙にインク、墨
31.0x38.0cm
Signed
koshima_6_ulf-4_treehouse
幻想都市風景 - TREE HOUSE
2014
和紙にペン、墨
52.0x34.0cm
Signed

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◆ときの忘れものは2015年11月7日[土]―11月21日[土]「建築家のドローイング展を開催します(*会期中無休)。
201511_DM安藤忠雄磯崎新石山修武光嶋裕介、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエアントニン・レーモンドマイケル・グレイヴスなど、8人の建築家によるドローイングを展示します。

価格リストをご希望の方は、「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
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NYグッゲンハイム美術館で「具体展」

NYのグッゲンハイム美術館で2月15日から「具体展」が開催されます。

その時期に合わせて、ときの忘れものでも、石山修武企画・監修による「具体 Gコレクションより」展を開催します(3月15日―3月30日)。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)とともに現代美術の発展普及に大きな役割を果たしてきたグッゲンハイム美術館 (Guggenheim Museum) は、フランク・ロイド・ライト設計で「かたつむりの殻」とよく形容される螺旋状の構造をもっています。

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 (トリップアドバイザー提供)


ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 (トリップアドバイザー提供)
中央部は巨大な吹き抜け。
来館者はエレベーターで最上部に上がり、螺旋状の通路の壁面に掛けられた作品を見ながらぐるぐるまわりながら自然に階下へ降りるようになっています。
美術館施設の概念を根本から覆した作品として、ライトの代表作に数えられている一方で、建築自体の自己主張が大きすぎ、床が傾斜しているため鑑賞者が落ち着かず、美術品の鑑賞をさまたげるという批判もあるようです。

膨大なコレクションと資金力を持つソロモン・R・グッゲンハイム財団が運営する美術館はこのニューヨークだけではなく、世界各地に次々と建てられています。
ビルバオ・グッゲンハイム美術館(ビルバオ)
ペギー・グッゲンハイム・コレクション(ヴェネツィア)
ドイツ・グッゲンハイム・ベルリン(ベルリン)の他に、アブ・ダビ、グアダラハラ、エルミタージュなどが竣工予定で、台中市、リオデジャネイロ、ウィーン、ザルツブルク、ブカレストなどにも建設の話があるらしい、多すぎてよくわからん。

まあとにかく世界有数の美術館であることは間違いありません。
そこで開催される「具体展」、市場的にも大きな影響を与えるでしょうね。
同館のHPから概要をご案内します。
美術用語に詳しくない新澤悠の訳ですので誤訳もあるかもしれません、どうぞお許しを。
具体
Gutai: Splendid Playground
会期=2013年2月15日−5月8日

2013年2月、グッゲンハイムはアメリカ初の具体回顧展を開催します。50年代から60年代にかけて、アバンギャルドの世界において重要な位置づけにあったムーブメントであり、戦後日本より多くの有力作家と芸術運動を生み出した具体。今展示会ではその大胆かつ多彩な創造性を示し、戦後日本と西欧の文化、社会、政治分野における影響と発展を検証し、現代美術という枠内での一国に収まらないその歴史と重要性を確立することを目的としています。

具体のマテリアル、プロセス、そしてパフォーマティビティへのユニークなアプローチを探るため、展示はテーマと年代ごとに構成されています。Gutai: Splendid Playgroundは具体の多岐のメディア、スタイルに渡る革新的な実験法を調査し、個人のアーティストがどのようにしてポスト原子力時代に美術の境界と意味を広げてきたのかを説明します。
本展では絵画(ジェスチュラル・ペインティング(身振りによる抽象絵画)とポスト構成主義による抽象絵画)、コンセプチュアルアート、実験的パフォーマンスと映像、屋外及び屋内インステレーション、音、メールアート、インタラクティブ、或いは「遊べる」アート、光のアートやキネティック・アートを展示します。
今回の展示では25作家による120点の作品を世界各国の美術館や個人より借り受けており、その内容は具体を代表するものからあまり知られていないものまで、新たな評価に基づいた豊かな作品をご覧いただけます。
中でも注目すべきは「後期具体」と呼ばれる1965年から1972年の間に発表された作品群です。
Gutai: Splendid Playgroundはカールトン大学美術史準教授・Ming Tiampoと、グッゲンハイム美術館アジアアート部門サムスンシニアキュレーター・Alexandra Munroeにより企画されています。

February 15–May 8, 2013
In February 2013, the Guggenheim Museum will open the first U.S. museum retrospective exhibition ever devoted to Gutai, the most influential artists collective and artistic movement in postwar Japan and among the most important international avant-garde movements of the 1950s and ‘60s. The exhibition aims to demonstrate Gutai’s extraordinary range of bold and innovative creativity; to examine its aesthetic strategies in the cultural, social and political context of postwar Japan and the West; and to further establish Gutai in an expanded, transnational history and critical discourse of modern art.

Organized thematically and chronologically to explore Gutai’s unique approach to materials, process and performativity, Gutai: Splendid Playground explores the group’s radical experimentation across a range of media and styles, and demonstrates how individual artists pushed the limits of what art could be or mean in a post-atomic age. The range includes painting (gestural abstraction and post-constructivist abstraction), conceptual art, experimental performance and film, indoor and outdoor installation art, sound art, mail art, interactive or “playful” art, light art and kinetic art. The Guggenheim show comprises some 120 objects by 25 artists on loan from major museum and private collections in Japan, the U.S. and Europe, and features both iconic Gutai and lesser-known works to present a rich survey reflecting new scholarship, especially on so-called “late Gutai” works dating from 1965-1972. Gutai: Splendid Playground is organized by Ming Tiampo, Associate Professor of Art History, Carleton University, and Alexandra Munroe, Samsung Senior Curator of Asian Art, Guggenheim Museum.

◆ときの忘れものでも、2013年3月15日[金]―3月30日[土]「具体 Gコレクションより」展を開催します(※会期中無休)。
企画・監修=石山修武
出品作家:白髪一雄、吉原治良、松谷武判、上前智祐、堀尾貞治、高崎元尚、鷲見康夫 他
731_600吉原治良
《円》
1971年
シルクスクリーン
22.1×27.4cm
サインあり

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辻佐保子先生を悼んで〜磯崎新『栖十二』より第九信フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]

磯崎新『栖十二』より第九信フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]

こんなことってあるのでしょうか。
二日ほど風邪で寝込んで、新聞も読まずようよう画廊にたどり着いたのですが、来廊されたお客様から辻佐保子先生(美術史家、名古屋大学、お茶の水女子大学名誉教授)が亡くなられたと知らされ呆然としています。
ご主人の故辻邦生先生とともに、私たちがたいへんお世話になった方で、高輪のマンションに原稿の依頼に伺ったり、軽井沢では磯崎新先生を囲むお茶の席に同席させていただきました。
このブログでも一昨日26日に第七信メルニコフの項で「磯崎新 新作版画展」のオープニング(1999年2月22日)におけるお二人の姿を掲載したばかりでした。
このオープニングの僅か五ヵ月後の7月29日に軽井沢で辻邦生先生が亡くなられたのですが、この直前にも私たちは軽井沢でお目にかかっていました。
ご主人の亡くなられた後も、ご自分の研究と辻邦生全集などの刊行に精力的に取り組まれておられました。
辻邦生のために辻佐保子先生の著書『辻邦生のために』で、『栖十二』のパンフレットを使ったある贈り物について書かれ、さらに(あまりの偶然に驚いているのですが)、本日紹介するライトの小住宅についても触れられています。
順番で第一信から紹介し始め(予め下書きしている)、ちょうど本日ご紹介する『栖十二』第九信のパッケージに使われた青焼きは何とご夫妻の山荘の平面図です。
佐保子先生の死去が報じられた日にお二人の『栖(すみか)』の青焼きをご紹介することになるとは・・・・・・
軽井沢ではお隣りさんだったので、佐保子先生はこの『栖十二』連作40点を磯崎先生自ら手彩色している現場も目撃しておられます(辻邦生先生が逝去して間もない9月の軽井沢で)。まさにこの『栖十二』は書簡受取人や磯崎先生を囲む多彩な交友関係の中から生まれた珠玉の作品群でした。
以下、辻佐保子著『辻邦生のために』からの引用です。

「お別れの会」をすませてから、なにか手を動かしている方が気持が落ち着くと思い、私は主人があちこちに溜めておいた短くなった鉛筆の下端を少し削り、そこにクニオと名前を書いて小箱に入れ、一人で「鉛筆供養」をした。お隣の歌人や受験期のお子さんを抱えたお宅では、「おまじない」(お守り)にこのちびた鉛筆を下さいとおっしゃる方もあり、主人は「お役にたてば」と喜んでお分けしていた。
 「字を書く手」にも書いたように、主人は最初のころから原稿は鉛筆でなければ書けない人だったので、長いあいだ一緒に仕事をして下さった親しい担当編集者の方たちにも、同じようにして記念の印に三本ずつ鉛筆をさしあげようと考えた。ある画廊の方が東急ハンズでちょうどよい大きさの細長い箱をみつけて下さったが、ただの白い蓋では淋しいと思い、同じ画廊で出版された磯崎新さんの手彩色版画のパンフレットを切り抜いて貼ることにした。これらの版画は、『栖すみか十二』と題した磯崎さんの著書に挿絵として使われている。それは、世界の著名な建築家が設計した自邸や住宅を訪れて書かれたエッセイ集であり、中には著者自ら設計されたヴェネツィア沖の小島にあるルイージ・ノーノ(作曲家)のお墓も含まれている。さらに、ライト設計のミシガン湖畔にある小住宅に関連して、それを見る前に建てられたにもかかわらず、地形の特徴や内部の空間構成が私たちの山荘にそっくりだったのに驚いたとも書かれている。筆を何度も洗いながら、版画に淡いデリケートな色を塗っていらした日の「イソさん」の仕事ぶりを、お隣のアトリエで見物していた私は、チビ鉛筆の箱に貼るにはこれしかないと思ったのである。

・・・・・辻佐保子『辻邦生のために』新潮社、より>

東急ハンズで社長が探した小さな紙箱は、佐保子先生が一箱づつ丁寧に『栖十二』の挿絵が貼られ、邦生先生の遺品のチビ鉛筆が納められ、ゆかりの編集者たちに贈られました。形見分けのようなその贈り物はもちろん私たちの大切な宝物です。

ご冥福を心よりお祈りいたします。

ギャラリーでは29日まで「磯崎新銅版画展 栖十二」を開催しています。
磯崎新が古今東西の建築家12人に捧げた銅版画連作〈栖十二〉の全40点は1998年夏から翌1999年9月にかけての僅か1年間に制作されました。
予め予約購読者を募り、書簡形式の連刊画文集『栖 十二』―十二章のエッセイと十二点の銅版画―を十二の場所から、十二の日付のある書簡として限定35人に郵送するという、住まいの図書館出版局の植田実編集長のたくみな企画(アイデア)が磯崎先生の制作へのモチベーションを高めたことは間違いありません。
このとき書き下ろした十二章のエッセイは、1999年に住まい学大系第100巻『栖すみか十二』として出版されました。
その経緯は先日のブログをお読みいただくとして、1998〜1999年の制作と頒布の同時進行のドキュメントを、各作品と事務局からの毎月(号)の「お便り」を再録することで皆様にご紹介しています。
第九信は、フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸]です。
vol9磯崎新『栖十二』第九信パッケージ

第9信より挿画28_A磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画28
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド

第9信より挿画29_A磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画29
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド

第9信より挿画30_A磯崎新〈栖 十二〉第九信より《挿画30
フランク・ロイド・ライト[サミュエル・フリーマン邸] 1924-25 カルフォリニア州ハリウッド

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第九信・事務局連絡

一九九九年六月一五日東京・西池袋郵便局より発送


 第九信、ライトのフリーマン邸をお届けします。

 前回第八信をお送りしたのが四月初め、まだ桜の咲いていない盛岡からでしたから、随分と時間があいてしまいました。今回第九信の書簡の日付は本文にある通り四月一三日付ですから、こうやって画文集の形にして皆様にお届けするのに、二ヵ月もかかってしまったことになります。
 遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

 磯崎さんは、この画文集のために、まずエッセイ(本文)を執筆し、それと前後してエッチングを制作します。パッケージ表紙と本文にカットとして使うスケッチも描いていただきます。編集作業を終えて、それぞれの担当の職人さん(印刷所、銅版画工房、シルクスクリーン工房、複写屋、製函工場)の手で本文冊子、銅版画、シルクスクリーン刷りのパッケージ(青焼き付き)に仕上げられます。「ときの忘れもの」のスタッフ総出で、手染めの凧糸で一冊一冊をしばり、一通づつ異なる切手を貼って完成です。限定三五部という少部数ですので全てが手作業、ひとつでも手順が狂うと今回のように大幅に遅れてしまいます。
 完成した「書簡」はその都度、磯崎さんゆかりの街(多分に私たちのこじつけもありますが)の郵便局から投函しているのですが、ただその街に行ったのでは面白くない。なるべくなら磯崎さんがらみのイベントのある日を選んでそれに参加して楽しみながら投函したい、とあれこれ予定を立てるのですが、作品の完成時期とうまく一致したためしがないのです。昨夏の秋吉台国際芸術村のオープン、今年一月のなら一〇〇年会館のオープン、そして春の静岡グランシップのオープン記念「シアターオリンピック」、いずれも私たちは書簡受取人の皆さんも誘って駆けつけたのですが、あいにく「書簡」の仕上がりが間に合わず、空しく手ぶらで楽しんできた次第です。前々回第七信は、三月一〇日に茨城県水戸市の水戸五軒町郵便局より発送しました。ご存じ磯崎さん設計の水戸芸術館の直ぐ近くです。
 そして前回第八信は四月五日、石川啄木が歌った不来方の城のすぐ下にある盛岡内丸郵便局より発送しました。三五通を磯崎さんの建築がない盛岡までなぜわざわざ東北新幹線で運んだかというと、ちょうど三月二九日から四月九日までの会期で磯崎さんの版画展が盛岡第一画廊で開催されていたからです。まさに現実の建築はなくとも版画展という形で磯崎さんの建築が盛岡の街に出現したわけです。盛岡第一画廊は市内を流れる中津川にかかる中ノ橋の袂にあるのですが、橋を渡った反対側には磯崎さんの大先輩である辰野金吾(辰野葛西建築事務所)設計の岩手銀行(旧盛岡銀行)の美しい煉瓦の建物があります。私たちは画廊の床に三五通の『栖十二』第八信を並べ、ささやかながら撮影パフォーマンスをしてから、近くの内丸郵便局に向かい投函しました。今回第九信に宮沢賢治の切手が使われているのは、このときの記念に盛岡で切手を買ってきたからです。(文責・綿貫)
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057栖十二第九信青焼き
『栖十二』第九信パッケージ中面の青焼きは磯崎新設計「軽井沢 辻邸平面図」

058栖十二第九信明日館看板
ライトとくれば自由学園明日館、その保存問題が世間をにぎわし、私どもも貧者の一灯で保存運動の応援もしました。

059栖十二第九信明日館解体工事
既に解体工事に入っており、学園事務の女性に無理をお願いして中に入れていただきました。

060栖十二第九信明日館中庭
自由学園明日館の美しい前庭にて。

061栖十二第九信西池袋〒
自由学園明日館の最寄の西池袋郵便局より発送。

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◆ときの忘れものは、2011年12月16日[金]―12月29日[木]「磯崎新銅版画展 栖十二」を開催しています(会期中無休)。
磯崎新展
磯崎新が古今東西の建築家12人に捧げたオマージュとして、12軒の栖を選び、描いた銅版画連作〈栖十二〉全40点を出品、全て作家自身により手彩色が施されています。
この連作を企画した植田実さんによる編集註をお読みください。
参考資料として銅版原版や書簡形式で35人に郵送されたファーストエディションも展示しています。
住まい学大系第100巻『栖すみか十二』も頒布しています(2,600円)。

アントニン・レーモンド、ライトそしてマンドリン&チェンバロナイト

このブログで再三申し上げていますが、亭主の趣味は一に社長、二にマンドリン、三が温泉であります。
毎夏、亭主がよろよろしながら出演するTMO(高崎高校マンドリン・オーケストラ)の定期演奏会のご案内をそろそろしたいと思います。今年は7月17日(日)、会場はアントニン・レーモンド設計による名建築・群馬音楽センター(高崎)です。

それはともかく、今週末の6月25日[土]―6月26日[日]の2日間開催する「サマーセール★美しきもの見し人は」には、アントニン・レーモンドの珍しい水彩作品を出品していますので、建築家のドローイングをコレクションされている方には見逃せませんね。
アントニン・レイモンド
出品番号1
アントニン・レーモンド「作品」
1957年  水彩・紙
21.0x27.5cm サインあり
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■アントニン・レーモンド(Antonin Raymond, 1888年〜1976年)
チェコ出身の建築家。フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日。その後日本に留まり、レーモンド事務所を開設、モダニズム建築の作品を多く残す。前川國男、吉村順三、ジョージ・ナカシマなどの建築家がレーモンド事務所で学んだ。
聖路加国際病院、東京女子大学礼拝堂、群馬音楽センターなどの他に、堀辰雄「風立ちぬ」や川端康成の「掌の小説」にも登場する軽井沢の聖パウロカトリック教会もレーモンドの設計である。
没後もその意志を継ぎ「レーモンド設計事務所」は活動している。
2007年神奈川県立近代美術館で「建築と暮らしの手作りモダン アントニン&ノエミ・レーモンド」が開催された。

というわけで、アントニン・レーモンドといえば、フランク・ロイド・ライト。
ライトといえば自由学園明日館
本日はその自由学園明日館の講堂で開催される「マンドリン&チェンバロ」の演奏会のご案内をしましょう。
上述のわがTMOは創立51年、OBは300名を超え、多士済々。
ほとんどが普通の社会人として律儀に働いておりますが、亭主のように何の因果か、画商をやっているものもいれば、音楽を本職にしている優れた人材もおります。

知る人は知っているコンドルズ (CONDORS) という、学ラン姿でダンス・映像・コントなどをやっているコンテンポラリー・ダンスカンパニーがあります。
そのメンバーに石渕聡君という異才がおり、何を隠そう亭主の後輩であります。

その石渕君からきた案内をそのまま転載しましょう。
*****************

梅雨のジメジメとした日が続きますが 皆様いかがお過ごしでしょうか。
暑すぎるのも嫌ですが、梅雨明けが待ち遠しいです。
さて、早速ですが マンドリン&チェンバロナイトのお知らせです。
約1年半ぶりのマンドリン&チェンバロナイト。
今回で11回目となります。
久しぶりの開催ですので、出演者も楽しみにしております。

以下 プログラムです。ご覧ください。

マンドリン&チェンバロナイト #11「レジェンド」
2011年7月10日(日)19時開演/18時30分開場
自由学園明日館講堂
入場料/一般3000円、学生2000円(当日学生証をご呈示ください)


<プログラム>
Coldplay/Viva la Vida
石渕聡/赤い実のなるもの
アンドウマユコ/委嘱作品(タイトル未定・新作)
広沢麻美/ドロップ
石渕聡/さわやか三姉妹
Deep Purple/Black Night
広沢麻美/すきとおった家
Stevie Wonder/All in Love is Fair
インプロヴィゼーション
石渕聡&広沢麻美/組曲「アルミニウム4丁目の缶詰職人」
(僕にはたくさんの夢があった/フィルター/峠に棲む/あなたはそれを歌にした/劇場/太陽を越えて)
【出演】
マンドリン/石渕聡
チェンバロ/広沢麻美

お申し込み・お問い合わせは、
mandolin_cembalo_night@yahoo.co.jp まで。

お申し込みの際には
・お名前
・ご住所
・一般/学生の区分
・チケット枚数
をお忘れなく。
夏の夜 素敵なひとときをご一緒に過ごしませんか。
ふるってお越しください。
ご来場 お待ちしております。

*****************
お時間ある方、どうぞお出かけください。
亭主はこの時間、高崎で定期演奏会の最後の追い込み練習に参加しており、残念ながら伺えません。
ときの忘れもの
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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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