2020年12月31日

2020年RUN総括

134367369_3967394526628175_5114996104731640963_nシニアサッカーで60分(30分ハーフなんで)体力維持ができなくなり、こりゃ少しは走らないといかんな!と思い、近所の隅田川テラスをジョグし始めたのが、2009年6月。最初のジョグは記録によると、3.0kmを8分27秒/kmで走っていたらしい。その後走ることがだんだん楽しくなり、ついに同年12月に旧国立で開催された10km大会に出場してしまう。
それから10年超、ランを継続し、毎年なんらかの大会に出場していた。が、2020年はラン開始後、始めての参加大会ゼロの年となってしまった。
参加ゼロの主因はコロナであるが、一方もしコロナがなかったとしても、2019/4にやってしまった肉離れの影響で大会参加できたか否か微妙な状況でもあった。
2021年こそは、主因も従因もふっとばして、何とかハーフマラソン大会に出場できるよう、コツコツと走っていきたいな。
では、皆さん良いお年を。
と、今年ほど願う年末はないです。
  

Posted by tokiokas at 18:00Comments(0)酔っぱRUN

2020年12月29日

箱根駅伝 区間エントリー

こちらも年末恒例の当日予想です。
1区𠮷田 圭太(4年)
2区中村 唯翔(2年)
3区大澤 佑介(2年)→飯田
4区脇田幸太朗(2年)→神林
5区竹石 尚人(4年)
6区盒供〕Φ院3年)
7区近藤幸太郎(2年)→佐藤
8区岩見 秀哉(4年)
9区横田 俊吾(2年)→湯原
10区中倉 啓敦(2年)→新号
補欠神林 勇太(4年)
補欠新号 健志(4年)
補欠松葉 慶太(4年)
補欠飯田 貴之(3年)
補欠湯原 慶吾(3年)
補欠佐藤 一世(1年)
1区、5区、8区以外はどのようなオーダー変更があるか見えませんが・・・。
全日本で快走した2区中村選手を変更するのは考えずらく、となると往路は3区に切れ味のある飯田選手、小さな起伏が多い4区に馬力のある主将神林選手ではないでしょうか?
復路は青学の層の厚さが抜群なので、もしも往路優勝を逃しても7区佐藤選手、8区岩見選手でトップになり、9区10区は安定性のある選手を起用するでしょう。とは言え、7区の近藤選手を起用しないのも、少しもったいない気がしますが・・・。
展開としては、1区2区は冒険せずにトップというより駒澤に60秒以上の差をつけられないようにすること、そして5区が終わった時点で東海に90秒以内の差でゴールすること、この2つができれば優勝できると思います。
ところで今回の1区は圭太選手のほかに、
市村(東海)、藤木(国学院)、小野寺(帝京)、手嶋(明治)、中谷(早稲田)、加藤(駒澤)、西山(東洋)という実力のある選手に加え、三浦(順大)、吉居(中央)が揃い、まるで高校駅伝の1区のような雰囲気になる気がします。
青学への期待とともに、かなり楽しみなお正月になりそうです。
そんなわけで、
「応援したいから、
応援にいかない。」
  
Posted by tokiokas at 21:00Comments(0)酔っぱRUN

2020年12月20日

ジュビロ磐田の1年

まずはこの大変な1年間、とにもかくにも全試合日程を消化できたことに敬意を表します。まあ、この敬意は磐田へというよりJリーグへの敬意ですが、もちろん磐田もJリーグの一員として例年にはない苦労があったと思います。改めてスタッフのみなさん、選手のみなさん、ご苦労様でした、そしてありがとうございました。
さて、戦績ですが、6位というのは昨年J2に陥落した際に思ったのとほぼ一緒の結果でした。一言で感想を言えば、「まあ、こんなもんでしょ。」という感じです。
この1年を大雑把に振り返ってみましょう。
前半はともかくチグハグでした。
伊藤洋輝という若き宝を起用し、開幕戦ではレンタルバックの眠れるタレント小川航基が2得点。若き生え抜きに期待を寄せました。一方、その小川をトップ起用するため、実績のあるルキアンがサイドに流れすぎ、節を重ねるたびに攻撃に怖さがなくなります。またポゼッションがとれているというコメントが当時の監督から発せられましたが、これは単純に後ろでのボール回しのみであって、相手のカウンター一発にやられるケースも多数ありました。
後半、鈴木監督に交替以降は、安全運転的なメンバー起用、試合戦略が続き、順位は下がらないけど、昇格なんてとうてい無理という「J2安定チーム」になりました。たしかに遠藤の加入によって、ゲームのリズムに変化が出ましたが、未来に希望が持てるチーム編成からは程遠い状況だったと思います。
またここ毎年ですが、とこかくケガが多い。主力でまともに1年間戦えた選手は2〜3人です。これじゃあ、戦略とかゲームプランとか以前の問題。このクラブのトレーナーレベルの低さは恒例となってしまいました。
スカウティング的には、カミンスキー、ジェイ、アダイウトンといった常にスタメンに名を連ねる外人は結果としてルキアンだけ、育成ではGKも結果八田がレギュラーとなりましたが、三浦や志村を育てられなかった、石田もダメ。後半になってなんとか藤川虎太郎がなんとかなってきたのが唯一の成功でした。
今年通年で活躍できた選手は、
八田、上原、大森、松本、康裕、山田、小川大あたり。いずれも正直言って、活躍というより消去法で出場が多かったというレベル。頑張ってくれた選手には申し訳ないが、まさにJ2中堅レベルでしかないです。
最後に来年の展望ですが、正直お先真っ暗としか言いようがないです。
数年前の話ですが、磐田というのはそもそも小さなクラブなので、過去の栄光は忘れて、磐田のプロビンチャとして、生え抜きの選手を大事に育てて地元に愛されるようなクラブになることを希望しましたが、あいかわらずフロントは過去の栄光が忘れられず、磐田は日本を代表するクラブであると思っているようです。
この発想と現実の戦績、育成の乖離は、いずれこのクラブを滅亡させることになるでしょう。残念ですがこれが現実でしょう。
本当に最後に一言。
今年の磐田の試合は観ていてとてもつまらなかったです。全然ドキドキしないし、ガッツポーズもしなかった、そしてそのうち負けても仕方ないよとあきらめていた。これじゃ、だめでしょ。
  
Posted by tokiokas at 22:00Comments(0)聖火台下

2020年12月08日

63歳は全集中の呼吸で

129910015_3908259989208296_5477122555641989236_n既にメッセ等頂いた方ありがとうございました。本日、めでたく63歳になりました。還暦過ぎあたりから誕生日が来るたびに、マジ”ろくじゅううん歳かよ”と思うのですが、マジ63歳です。
さてこの数年、アシのケガから始まり、そしてコロナとなかなか笑顔になれない日々が続いています。また近い将来には老後という大きなプロジェクトも抱えることとなります。
そんな未来の見えない今でありますが、今年は人生の事業計画を策定しようと思っています。この事業計画の最終目標は笑顔の人生、家族の幸福ですが、当然サブ5達成、サッカー復帰も加えます。そしてこころいきは、「もう」63歳でなく「まだ」63歳です。
この「まだ」63歳の意識を向上させるために、全集中の呼吸を会得します。
人は心が原動力だから
心はどこまでも強くなれる!!
竈門炭治郎ことtommy
  
Posted by tokiokas at 16:30Comments(0)おうち

2020年12月05日

日本選手権長距離

昨日行われた日本選手権長距離は、稀にみる高レベルな大会となりました。
男女10000mで、新谷、相澤、伊藤、田村各選手でなんと4つの日本新記録。さらに女子5000mでは、最後まで田中、廣中選手が競い合い、2人とも五輪標準記録を突破でした。
さらに凄いのは、プライベートベストの突破です。
女子は5000mで7人、10000mで12人、男子は5000mが9人、10000mで25人!が更新しました。
この結果って「凄い」を超越した「異常」だと思います。
ではこんな高レベルな大会となった要因は何でしょう?
ひとつは五輪前年ということで日本人各選手のレベルが向上したこと、そしてそのレベルの高い選手たちが一堂に会しての競い合いとなったための相乗効果と言えます。
そしてもうひとつが季節的要因。通常日本選手権は暑い時期、つまり長距離には不向きな時期に開催されるため、記録は期待できませんでしたが、12月ならば季節的に最適です。通常12月は既にトラックからロードの時期ですが、多くの一流選手が参加しこれだけの結果が出せたということは、男子ではニューイヤーや箱根に悪い影響はなく、女子はプリンセス駅伝の疲労から抜けている証左でしょう。しいて言えば、福岡国際マラソンとクロスカントリー日本選手権に影響がありますが、なんとか調整できるでしょう。
つまり今後も日本選手権長距離は冬開催とすればよいのです。これだけで一気に日本選手の記録は向上するでしょう。
ただ分離開催を定例とするには会場費等の経費がかさみます。言い換えれば、それなりの観客動員が期待できないと分離開催は困難です。
そこで提案です。
まず現在でも実施されている、ホクレンや延岡、八王子のディスタンス競技を一連のシリーズとしてポイント制を導入し、そのポイント獲得者上位が冬の日本選手権に出場できるスキームとするのです。
このわかりやすく、かつ年間通じてファンの興味を継続させる形態を作ることにおいて、メディア露出を増加し、ひいては新規ファンを獲得するということはできないものでしょうか?
是非はともかく「箱根」というコンテンツは、日本陸上界の宝です。この「箱根」を有効活用して、もうひとつ「日本選手権長距離」というコンテンツを宝箱とできれば、日本長距離はものすごく強くなると思います。
  
Posted by tokiokas at 23:00Comments(0)酔っぱRUN

2020年11月28日

千代田区長のマンション購入

千代田区長のマンション購入問題である。
まずは新聞報道をそのまま転記する。
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千代田区の石川雅己区長が、一般販売されない「事業協力者住戸」と呼ばれるマンションを購入していた問題で、区議会は二十七日、議会の百条委員会がまとめた「許可行為の見返りに(マンションが)優先的に販売されたのではないか、という疑いをぬぐい去ることはできない」とする最終報告を賛成多数で承認した。
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さて、この事件?の何がどのように問題なのだろうか。
一般的には、「区長が公務員でありながら自身の職権を悪用して自身個人に有利な取引をした」ということなのだろうが、デベロッパー側の視点においては何ら悪いことはなく、普通のビジネスである。この件を少し解説する。
1.事業協力者住戸とは
いくつかのメディアでマンション販売は抽選で行うのが常識という記載があったが、まずこれが誤り。確かに(旧)公庫融資付きマンションは公募(抽選)を行うことが販売条件となっているが、公庫付き以外のマンション販売方法は、先着順であれ抽選であれ販売側が選択することができる。
これってとても当たり前のことで、ラーメン屋がラーメン売るのに抽選しますか?ってことと同義である。
また販売側が選択できるというのは、何も全員にトーイドンで販売開始する(つまり公募です)ことがルールとして定められているわけでもない。ラーメン屋が開店前にお得意さんを集めて食べてもらうことと同義。
で、ここで言うお得意様を事業協力者と言い換えるだけである。
もう少し営業的に説明すれば、マンション販売前、まだ各住戸の金額も決まっていない段階で、お得意様が購入していただけるというならば販売側はそこで1住戸の売り先が確定するわけだから、ありがたい話。また金額においても販売前に購入意思をもらえれば、その住戸における経費(広告費等)を削減できるわけで、つまりは経費分を差し引いて販売しても何ら損はしないわけである。
繰り返すが、この販売手法は何ら法律違反しているわけでも、モラルを逸脱しているわけでもない。
2.許可行為の見返りに有利な取引をした
ここで言う「許可行為」とは、高さや容積制限の緩和らしいが、この制限緩和要件は確かに区の条例で定められており、区長が裁可する事案である。
しかしデベロッパーが実際に交渉する相手は、建築指導課等の担当職員である、担当職員は区のマニュアル(要は制限緩和のルールブック)に則り、デベから提出された設計図がルール通りであることを確認して、その建築を許可する。その許可する書面の責任者が区長であるというだけだ。
たとえば密室でデペと区長が会合し、
「ルールでは10階までですが、何とか11階建てでお願いします。」
「1戸先に売ってくれたら11階にしていいよ。」
なんて会話はあるはずもない。
そんなことしたら建ってしまえば、または設計士が図面を見れば、誰でもわかることだから、区長はどうでもいがデベロッパーの未来はないし、そんな小さなことで会社の存続に関わるリスクをとることは考えられない。
というわけで、デベロッパー側の視点で見れば、
・区長という安定収入のある顧客に販売前に優先分譲しただけ(つまり会社としては収益のリスクヘッジができ)で、
・もちろん容積緩和も一定のルールに従って申請を出し受理されただけ
というとてもオーソドックスなマンション販売でしかない。
なお、公務員としても区長側のルール?モラル?は知らない。但し、売買とは売る側と買う側との契約合意であるわけだから、売る側に問題がなければ買う側にも問題はないというのは世間の常識である。
  
Posted by tokiokas at 11:30Comments(0)世間

2020年11月27日

1986年5月 マラドーナさん

マラドーナさんの思い出は、サッカートモダチの皆さんのフィードを拝見させていただいたほうが、懐かしく、悲しく、そして失礼ながら楽しいです。でも、やはり少しだけお付き合いください。
1986年5月某日土曜日、その朝、新婚の浅野夫妻は自宅西葛西から愛車カローラレビンGTVでTDLを目指していた。始めてのTDLデートである。
シンデレラ城やスモールワールドやなんちゃらマウンテンで遊び倒した午後3時頃、トモツグは「さあ、帰ろう」と言い放った。トモツグにとってのTDLは遊園地そのものであり、昼間遊んで夕方には帰る場所であった。が、トモコにとってのTDLは夕方のオアレードが本番だったらしい。
トモコ「夕方からのパレードを観ようよ。」
トモツグ「パレードって何?人形が踊って騒ぐやつ?つまんないでしょ、帰ろうよ。」
トモコ「なんで帰らなくちゃいけないの。何か用があるの!」
トモツグ「TV観なくちゃいけないの。」
そう、その土曜日の18:00からのダイヤモンドサッカーは「メキシコW杯直前特集」であった。トモツグとしてはこれを見逃すことは絶対にできない相談だった。そして浅野家の新婚夫妻は家路に着いた。
帰りのクルマの中、トモツグは言った。
「TDLなんて、また来ればいいじゃん。家から30分で来れるんだもん、いつでも来れるさ。」
そしてトモツグはそれ以降TDLに行ったことがない。なぜならばトモコが誘ってくれなくなったからである(ちなみにトモコはその後何度も行っている。)
さて、マラドーナ。衆知のとおり1986年メキシコ大会は彼の大会だった。しかしトモツグの印象としてはW杯デビューの1982年の印象が強い。そう、バチスタを蹴っ飛ばして退場になった大会である。
マラドーナのW杯について一言で感想を述べると、
1982年:退場
1986年:王様
1990年:楽しくなさそうなマラドーナ
1994年:とても楽しそうだけど1試合で消えた
という感じです。
合掌。
  
Posted by tokiokas at 16:00Comments(0)のすたるじー