2017年09月04日

奥多摩いこいの路 なんちゃってトレラン 2017/9/3

いこいの路結構楽しいなんちゃってトレランだったので、備忘録用にブログアップしておきます。走ったのは左記地図の「湖畔の小道」「いこいの路」の合計14.5kmでした。(なんだけどオイラのガーミンちゃんは11.3kmしかなかった。多分途中でストップしていたのだろう・・・。)

順序立てて行程を記載していきます。家を出たのは5:00am、中央高速と環央道を通って日の出IC下車、そこから下道で水と緑のふれあい館に6:40am到着でした。ラン後のビールは唯一無二の楽しみなんだけど、今回は交通便を考慮しクルマで行くことにしたのでしが、渋滞も一切なく快適でした。(ビールが飲めない以外)

IMG_1227IMG_1230IMG_1247上記ふれあい館の無料駐車場にクルマをとめ、目の前の奥多摩湖バス停7:15am発のバスで小河内神社前まで行きます。




IMG_1248IMG_1250小河内神社バス停で下車し、麦山浮橋(通称ドラム缶橋)を渡り、今回トレランのスタート地点にとうちゃこします。ちなみにドラム缶橋は歩行者のみの利用が可能です。またダムの水量が少ないと閉鎖になるようなので、お出かけの際は確認してください。


IMG_1254IMG_1280ほんで、いよいよトレラン開始。まずは「湖畔の小道」2.5kmを走破し(なんて大袈裟なもんじゃないが)「山のふるさと村」へ向かいます。
左がスタート地点、右がゴール直前の滝です。
ふるさと村は営業開始は9:00am(我々の到着は8:30頃)ですが、トイレ、自販機があるので休憩、補給が可能です。
IMG_1298IMG_1313ふるさと村を出発し「いこいの路」へ入ります。12kmの距離ですが、200m毎に左記のような看板(距離も表示)があるので迷うことはないし、なによりアップダウンがほとんどない土の路なので、オイラのようななんちゃってランナーには最高の気持よさです!(多分トレイルランナーには物足りないでしょうが、そんなの知ったこっちゃないです。)


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ふるさと村から6km、すなわちいこいの路中間地点のあずま屋です。トイレもあるし天気もいいし、涼しいし、最高でした。


IMG_1367IMG_1373んで、あれよあれよの間にゴールです。左は残り1.5km位の休憩ポイント、ここから道が広くなりました。そして右写真がゴールです。
距離もそこそこあるし、なにより平坦だし、路面はそんなに凸凹のない極上の土だし、こんなにひいこらしない楽しい(なんちゃって)トレランは久しぶりでした。ビールは家まで我慢しました。えらいだろ、自分で自分を誉めたいです。










  

Posted by tokiokas at 16:40Comments(0)酔っぱRUN

2017年06月25日

日本選手権(陸上)を観ていての違和感

協会が宣伝しているのか、NHKの判断なのか不明だが、放送中に「勝負(順位)にこだわる」という、もしくはそれに近い主旨のフレーズが散見される。もちろん「日本一」を決定する権威ある大会なのだから、そしてコンペティションである限り「勝負にこだわる」のは当然のことだと思う。が、一方、本大会は世界陸上参加切符の獲得という目的もあり、そのためにはタイムも重要なはずだ。つまり、勝負と同時にタイムも本来ならば重要なはずだが、なぜか勝負ばかりにフォーカスされている。この現象は関係者に大変失礼な言い方であるが、運営者も競技者も甘いと思う。

長距離で言えば、日本記録から1分近く遅いタイムが優勝記録となった1万mでは、多くの競技者がその自身パフォーマンスの不甲斐なさと同時に現時点でのベストは発揮できたと言い訳していた。ところで世界陸上もせまった現在においての「現時点」とは一体なんなのだろう。想定するに、
1)自分のシーズンは今冬なので、現時点はその調整。
2)単純に「暑さ」ゆえ自己ベストは出せない環境。
のいずれかであろう。

ならば簡単。冬の暑くない時期に日本選手権を開催すればよいだけのハナシ。おそらく陸上に近い方々は、そんな素人考えを伝統やスケジュールやその他様々な角度から批判するでしょう。しかし選手個々人が最大パフォーマンスを発揮できない状況で権威ある大会を開催する意味がどこにあるのでしょう。もちろん短距離と長距離でベストシーズンが異なるのはわかる。ならば長距離においては、まさにこの時期に開催する「勝負のみにこだわる日本選手権」と冬開催の「記録にこだわる長距離選手権(仮称)」の2本の権威ある大会を開催すれば良い。そのプロモーション努力を怠り、日体大や延岡等TV中継が困難な小さな大会で記録が出てもメディアは扱ってくれないし、ということは一般ファンにその快挙が届きづらくなっているのだ。(注意:もちろん日体大や延岡の”小さな”大会を必要ないと言っているわけでない。逆に運営の観点からは、このような大会運営に、多くのヒントがある。)

また9秒台が期待された100mにおいては、スタート直前に激しい雨となり、その時点で9秒台の夢はほぼ閉ざされたといって過言ではなかったと思う。これもおかしい。確かに自然の気候も陸上競技なのかも知れないが、雨と風程度なら選手に優位な(言い換えれば最低でも不利ではない)状況に会場をセッティングすることは充分に可能だろう。(当たり前だが、今回の長居において、そのようなセッティングが出来たという意味ではなく、それ以前の会場選定から不利な条件を克服する工夫をしなさいという意味だ。)

いまや世の中は市民ランナーブームである。そしてこれらランナー全員が潜在的陸上競技ファンであり、彼らの多くを顕在化できれば、当然競技力の向上に直結する。それを踏まえてラフに改善案を記載する。
まず陸連はサブトラックが出来るかどうかもわからない新国立競技場に固執すべきではない。一方、誰もがなじめる「聖地」は必要だ。具体的には駒沢であり、あそこを陸上のメッカにすればよい。駒沢は既に市民ランナーの聖地であり、またサブトラックも体育館も新築あるいは改築できるスペースがある。ここに記録が出やすいスタジアムを造ればよい。なんなら空調完備のドーム式として、フィールドは人工芝でかまわない。人工芝になっても出来なくなる球技は、サッカー国際試合等ほんの一部でしかなく、会場収支に大きなデメリットは与えない。

こうして、駒沢というメッカで、好タイムが連発する陸上競技大会を固定的に開催すすことにおいて、人は集まり、メディア露出が増加し、繰り返すが金が集まり、強化が進み、強くなり、また人が集まる、という好循環を生むことができる。


  
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2017年06月10日

激走!めおと箱根駅伝 アサノおまえもか!の7区

こんにちわ、田村です。4年生になりました。もうすぐ出雲駅伝です、頑張ります。
ところで、私事で恐縮ですが、今年いまいち調子良くないです。それもこの箱根7区での出来事が影響しているのかも知れません。そんなわけで、アサノ先輩にお願いして7区の呪いを払拭するため一緒に走ってもらいました。

でもアサノ先輩、7区の呪いじゃなくて7区もノロいでした。座布団1枚ください!

IMG_0664さてスタートは小田原。本当は風祭が中継所ですが秋山が小田原まで走ってくれたので、今日はここからです。
走り始めたのですが、すぐカラダが重いのに気がつきます。そんで5kmでもう汗ダク。そうだ、暑いのだと気がつきました。で、休憩しました。
富士山がきれいでした。


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tamuraIMG_0681その後も暑くて走るどころじゃなくて、なんとアサノ先輩、ボクが失速した場所でホントにストップしてしまいました。ちなみにボクの失速タイムは3:50/km程度、アサノ先輩のストップタイムは10:00以上(計測不能)/kmです。文字通り「ストップ」です。



IMG_0710で、なんとか大磯駅までたどり着き、本日はメシや酒もしないで静かに帰京しました。(但し帰りのグリーン車でビールは飲んだ。)

さあ、下田選手へ襷を渡します。
では、ごきげんよう。


tsunagi◆青山学院田村選手の記録
1時間5分40秒 (通算 7時間38分13秒)
◆あほ山学院偽田村選手の記録
2時間29分55秒 (通算 20時間3分45秒)

  
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2017年05月25日

1968年のボクシング

無題村田諒太の世界挑戦というニュースの派生にて話題になったのが、1964年東京五輪において金メダルを獲得した桜井孝雄であった。彼はその後プロとなり、1968年7月にF原田を敗ってバンタム級の世界王者となったライオネル・ローズに挑戦するも、判定で敗退してしまったボクサーである。この当時のボクシング界を少し振り返ってみたい。

1968年の王者、それは今の10倍の価値があった。
桜井の階級であったバンタム級を例として詳しく説明しよう。
当時のバンタム級王者は世界で1人であった。また階級で言えばバンタムの下はフライ、上はフェザーであり、現行のスーパーフライ、スーパーバンタムという階級は存在しない。そして現行においてはバ
ンタム級とスーパーフライ級にてWBA,WBC,IBF,WBOの4団体かつスーパー王者や暫定王者などの名前にて9人ものチャンプが君臨するのだ。言い換えれば、1968年当時の世界ランキング入り(ランクは10位までだった)ボクサーの全員が現行の世界チャンプということになるのだ。

団体そして階級の増加、これがボクシングにとってよい事なのか悪しき事なのか、その議論は置いて、当時のチャンピオンステイタスが現行の10倍であったことは上記で議論の余地もないだろう。

それだけにチャンプになるということは現在の数倍困難であった。その中で2階級を制覇し、3階級目をインチキ判定で逃したF原田というボクサーは、階級こそ異なるが、ローマン・ゴンザレスやマニー・バッキャオに並ぶ、もしくはそれ以上の素晴らしいファイターであった。

また並列して世界ランク入りすること、すなわち世界王者への挑戦資格を得ることも非常に困難な時代であり、世界タイトルマッチに挑戦できずに無念の引退をした実力派ボクサーも多数存在した。例えば
、ローマ五輪銅メダリストの田辺清、また東洋フライ級王者として10度防衛した中村剛などが挙げられる。桜井を始め、彼ら、そしてタイトルマッチまでたとりつくが王者にはなれなかった関光徳、少し後の時代だが村田栄次郎らは、今の時代ならば間違いなくチャンピオンベルトをまいていたはずだ。

興行的側面では確かにタイトルマッチ数の増加はメリットなのだろうが、量と質のバランスから当然のごとく伝説の試合は少なくなる。私的には日本人チャンプがゼロになっても、ルーベン・オリバレスVS金沢和良のような試合をもう一度見てみたい。

  
Posted by tokiokas at 19:01Comments(0)TrackBack(0)のすたるじー

2017年05月18日

激走!めおと箱根駅伝 逆もまた真だぜの6区

x01こんにちわ、小野田勇次と申します。早いもので3年生になってしまいました。今年も箱根4連覇にむかって頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
ところで、このblogにおける「アサノ大先輩と箱根を走ろう!」という壮大なプロジェクトですが、僕が神野先輩から襷をもらったのが、2016年5月28日ですので、なんとそれからほぼ1年経過してしまいました。その間にホントの箱根駅伝もあり、一体僕は襷を神野先輩からもらったのか、貞永先輩からもらったのか、ついでに言えば6区ゴールで渡す相手は小椋先輩なのか、田村先輩なのか、さっぱりわからなくなってしまいました。これも全ては超エリートのアサノ大先輩が多忙で、いや正直に言えば、暑いから、混んでるから、そのうちに寒いから等々の理由で6区を走ろうとしなかったのが理由です。しかし、一念発起、アサノ先輩もやっと覚悟を決め6区を走るというので、仕方なくもとい喜んでおつきあいし、2017年5月4日に6区を走ってきました。

それと大事なこと、一体僕は誰に襷をつなぐかということですが、1区久保田さんから始まったこのblogにおいてのストーリーで言えば小椋さんにつなぐのが筋でしょうけど、タイムリーを重視して田村さんへ繋ぐこととしました。いずれにしても1位でもらって1位で繋ぐ所存ですので、重ねてよろしくお願いします。ついでに全く関係ないかもしれませんが、今後公式記録は2017年1月の記録とします。

では、いよいよ6区のスタートです。

IMG_0488IMG_04872017年5月4日午前6時、本当の箱根駅伝スタートから2時間のハンデをもらって僕たちはスタートしました。この日の予定は、ゴールは風祭ではなく昨年までの5区スタートだったメガネスーパー前まで走ります。その後小田原駅付近の老舗そば店橋本でそば&酒をかっくらうのですが、当該そば屋の開店は午前11時。いくらアサノ先輩の鈍足もとい健脚でもさすがに5時間はかからないだろう、となると、どこで11時まで時間をつぶそうかというのが最大の問題でした。とは言え、スタートを遅くしたらGWですのでクルマの往来が激しくなり走るのに危険を伴う可能性も大です。そんなわけで、ゴール後の時間つぶし問題は先送りとして6時にスタートしたのです。

IMG_0495では、今度こそ本当にスタートです。

でもその前にもうひとつ注意させていただきます。皆さんは「逆もまた真なり」という言葉をご存知だと思います。ここで言いたいのは6区の逆は5区であることから、5区が上り、すなわち6区は下りということです。が、しかし、神野さんが記載されていた通り、5区は上り「だけ」ではありませんでした。すなわち6区は下り「だけ」ではないということです。

IMG_0504本当の箱根駅伝を正月の朝っぱらからTV観戦されている方々におかれては、僕がスタート後時間差で遅いワセダやらトーヨーやらのスタート場面が映りますので概ね次に僕がTVに映るときはヘアピンカーブを下っている場面ですよね。ところがどっこい6区の最初の5kmはかなり急坂の上りなんです。もう少し詳細に記載しますと、スタートしてすぐ左折、その後箱根関所まで早速軽く上って、その後平坦ですが、元箱根交差点を右折してから1号線最高地点までの約4kmはかなり上ります。で、アサノ先輩、早速3km程度で1回目の休憩となりました。

IMG_0512しかし足の湯を超え、後はほぼ下りとなると現金なアサノ先輩は元気になり、ひょいひょいもといドタドタと下っていきます。歩道のない道もクルマに気を付けながらひょいひょい、もといドタドタ・・・、恵明学園を超え小涌園を超宮ノ下へ到着です。が、その後軽快?なアシに陰りが見え始めます。息はまったく普通なのですが、太腿の前いわゆる太腿四頭筋ってやつが大笑いを始めます。

IMG_0542さてこの宮ノ下から函嶺洞門までの下りがまたきついんです。いや正確に言えば怖い、なんてったってほぼ車線以外の道路スペースがなく、すぐ脇をクルマがブイブイ通るし、ついでにたまにチャリンコとかも来る。こう考えると、1月3日にこの道を躊躇なく走れる僕たちは幸せ者です。で、なんとか湯本を経由し遂に本当の6区ゴールの鈴廣前にとうちゃこ、その後も頑張って小田原のメガネスーパー前まで走りました。エライでしょ。んで、時計見たら10時30分、

IMG_0556なんとスタートから4時間30分もかかってました。ちなみにガーミンちゃんで測定したランタイムは3時間5分なので、なんと1時間30分ほど休憩していたんですね。ついでにびっくりぽんでした。






IMG_0572ただこうしてゆっくり走ったおかげで、そば屋開店にぴったし時間に到着し、早速ビールに日本酒にと使ったカロリーを全部回復させました。そうそう、帰りはグリーン車でハイボールのロング缶とわさび漬けでさらに満喫しました、とさ。




IMG_0583ということで、7区の(このblogでは4区にも登場した)田村先輩に襷を渡します。たむらさん、よろしくお願いします。






◆青山学院小野田選手選手の記録
58分48秒 (通算 6時間32分33秒)
◆あほ山学院偽小野田選手の記録
3時間5分27秒 (通算 17時間33分50秒)


  
Posted by tokiokas at 22:39Comments(0)TrackBack(0)酔っぱRUN

2017年05月05日

OTT(大人のタイムトライアル)

t04【2017/4/30 大人のタイムトライアル 織田フィールド】

5000mを30分(6分/km)切りするには、400mトラック1周を2分24秒以内で走る必要がある。それに対し、今回のオイラのペースは、
 

 1周 1:01
 2周 2:25
 3周 2:18
 4周 2:21
 5周 2:21
 6周 2:17
 7周 2:23
 8周 2:26
 9周 2:27
10周 2:30
11周 2:30
12周 2:29
13周 2:16
total 29:50
だった。
t05すなわち8週回の3000mからペースダウンし、10周回 3400m〜12周回 4600mの1200mがほぼ2分30秒(1周)のペースと落ち込んでいるのがわかる。が、一方この周回をこのペースで我慢できたことこそが30分を切れた成功要因と言っても過言はない。そしてその成功要因こそがペースメーカー(以下PM)だった。

PMとは同じペース(今回の30分切りでは6分/km)で走り、その後ろにそのタイムを目標とするランナーが数人付いて集団で走る、そんなイメージをしていた。少なくとも2015年夏の「大人のタイムトライアル」ではそうだった。が、今回2つの誤算が生じた。まず、”30分”に付いていくランナーがオイラ1人であったこと、この事象においてPMも自分の後ろに付いているランナーを把握できなくスタート当初に安定したメイキングができなかった(実際スタート時点のオイラガーミンは5分15秒/kmを指していた)こと。なにしろ28分と29分と30分のPMが併走していたほどだったのだ。

が、これも3周目程度で落ち着き、30分PM津田修也さんに付くランナーはオイラ1人という構図が完成し、PM&ランナー双方がその構図を理解し始めた。そのペースが安定した頃に、津田さんがオイラに「30分切り」を確認する声をかけてきて、うなずくと「では、絶対に切らせますから。」と言った。そしていつの間にか信頼関係を築いた2人の短いかつきつい旅が始まったのだ。

その後、それなりに順調に津田さんの後を付く。が、このペースはオイラにとっては未知のペース。やはり3000mを越すあたりからかなりきつくなる。そして知らぬ間にペースが落ちる。

t02「大丈夫、まだ貯金ありますよ。」津田さんが励ます。
給水の際にはコップを手渡ししてくれる。
さらに周囲からはTOMMY頑張れ!の名前付き(ゼッケンしているので)応援が飛ぶ。
しかし、つらく苦しい。

何周目だか覚えていないけど、
「もういいや。30分は切れないや、自己ベストも無理だ、でも完走だけはしよう。」と弱気の心が目標達成意識を上回ってしまう。この時の周回ペースは後でみると2分30秒程度、つまり本来の1周より6秒遅く、言い換えれば通常のPMならば先に行ってしまっているはずだ。

が、今回は違った。遅くなったオイラのペースに津田さんが併せてくれて、
「大丈夫、貯金ある。」
「少しだけペース上げましょう。」
とか、ずっとずっと声がけをしてくれる。

はぁはぁ、ヒーコラでうなずくことしかできないオイラだが、もうこの際あきらめるのをあきらめて(笑)、ともかく死んでも津田さんに付いて行くことを決めた。

IMG_0422そして最終周に入る時、津田さんはオイラの元気を復活させるため、最終周の鐘を鳴らすよう係員をうながしてくれ、高らかな鐘の音とともに最終周を走り始める。
後たった400mなのに苦しい、
バックストレートに入り後250m位でアシがもつれる、
ホームストレート後100m心臓が飛び出してしそう、
そして後10m位で目に入った時計のタイムは29分40秒だった・・・、
これなら30分は切れる・・・・、
この瞬間が一番うれしかったかな。

ゴール後の津田さんのホスピタリティはまだ続く。
PB達成の記念写真を係りの方に撮ってもらうよう対応してくれる。こうしてできた写真は本当に宝物になった。

サッカー選手がよくインタビューでサポーターの力で云々というコメントを偽善と思っていたオイラは、最初の東京マラソンを走った後、周囲の歓声、応援が本当に励みになること、すなわちサッカーに言い換えればサポーターの力を実感した。
そして今回は同じ競技の仲間の励ましがどれだけ力になるかを、そう学生時代に一緒にキツイ「合宿」を終了させた「仲間の信頼」を思い出した。
そんな「青春」を思い出させてくれた津田さん、そしてOTTを運営していただいた全ての皆さんに、ありがとうを伝えさせていただきます。IMG_0426




  
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2017年03月23日

マラソン選手選考のお話

以前からの疑問。そもそもの目標は五輪や世界選手権のような「夏場」の試合で結果を出すことだと思う。
なのに
1)何故選考会は福岡や東京のような冬マラソンなの?本番と同じような気候で選考する方が合理的じゃねえ。
2)何故サブ10、言い換えれば速さにこだわるの?平坦で気候の良いベルリンとかで2時間3分で走っても、目標の本質が上記ならば意味ないでしょ。暑い気候でペースメーカーなしで3分5秒イーブンで走れる強い選手を育成した方が良い気がするのだけど。
素人考えだけど、なんか間違っているかな?  
Posted by tokiokas at 08:00Comments(0)TrackBack(0)酔っぱRUN