とこちゃんのひとりごと

空のお話・少林寺拳法・家族・思ったことを綴る日記です。 仕事関係のことはプライベートモードにしています。 PASSWORDを知りたい方はprofileにあるアドレスにメールしてください。

2013年01月

体罰論議

大阪市立桜宮高校でバスケ部の顧問の体罰を苦にして高校2年生が自殺するという事件から、体罰に関する論議が盛んになっています。マスコミの論調は「執拗な体罰はけしからん」「長年の蓄積と実績があるために周りが口出しできない環境でエスカレートした」というようなもので、顧問の教師を犯罪者のように扱っています。

橋下市長が以前からの持論であった体罰容認論を撤回し、体罰厳禁を表明して対策に乗り出し話題になりましたが、方針転換するに至ったきっかけは桑田真澄氏のインタビュー記事らしいです。確かに選手としての実績があり、指導者としても優れた資質を持つ桑田氏の言葉は説得力があります。(http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0111.html) 体罰で人を育てるというのは前時代的、かつ安易で矛盾した指導法であり、指導者の勉強不足と言わざるを得ないという意見は頷けます。確かに暴力を使わなくても指導はできると思います。それは家庭のしつけでも学校教育でもプロレベルのスポーツでも仕事でも同じだと僕も思います。

自分の経験から言うと学生時代、フライトの訓練の場では僕らの時代は普通に体罰がありました。担当された教官の運が良かったので僕が直接体罰を受けた回数は極めて少なかったですが、同期や後輩の中には平手打ちやゲンコツは普通に、クリップボードの角で叩かれたり、操縦してる横から正拳突きを食らったりしてる人もいました。時には鼻血を出したりあざができる人もいたぐらいです。でも当時はそれが普通だったし、人の命を預かる仕事をするための訓練であり、訓練飛行自体も命がかかっているのだから、学生が犯したミスに対して教官から制裁されるのは当然だとほとんどの学生が思っていました。 会社に入ってからの訓練の教官は優しく、体罰など全くあり得ないような雰囲気での訓練だったので最初は少し拍子抜けし、その後すごく楽に訓練できることに驚いたものでした。もちろん、訓練効果は体罰があった時よりも効果的であったと思います。初期の訓練における体罰は「しつけ」的な要素が強かったと思いますが、仮に「しつけ」であるとしても体罰によるしつけは恐怖による支配なので、自分で学ぶ姿勢は育たず、逆にトラウマや恐怖心を残し、自立したPILOTを育てる真の教育にはならないと感じました。安易に暴力に頼ることなく、言葉や教育手法によって人を育てる指導者の指導能力を高めることが必要なのだろうと思います。

 一方で学校教育の現場などで体罰を厳禁とすると、学級崩壊が更に多く起こると言う意見もあります。体罰が一切できないとなるとたちの悪い子供や保護者の方が増長し、授業妨害をしても教師がコントロールできなくなると言います。廊下に立たせる、正座をさせるなども体罰の一つと規定されているので教師は厳しい指導が必要な生徒に対し毅然とした対応ができません。本来ならばそういう生徒には別室での指導や保護者懇談、出席停止などの措置を取るのが筋なんでしょうが、理屈ではそうでもおそらく一担任教師にそこまでの対応をするのは簡単ではないであろうことが容易に想像できます。ちょっと平手で叩いたり、廊下に立たせる、正座をさせるなどの指示をして教室の秩序を保つという教師の行為が一概に「体罰」「暴力」として批判の対象としてよいものかどうか、悩むところでもあります。体罰を全面的に禁止するのではなく、行き過ぎを防止しどう運用するかを考えることが大切だという意見にもケースによっては頷けるところがあります。大人数の集団教育である学校というところは特に難しいと思いますが、やはり「罰」は必要だと思います。体罰ではない罰って何があるんでしょうね。

 桜宮高校の件に話を戻します。バスケ部の顧問の教師は高校バスケ界では名を知られたベテラン指導者で実績も高かったといいます。公立高校でありながら転勤はなく長年この高校でバスケ部の指導にあたり、体罰をベースとした厳しい教育手法も有名であったそうです。そういう高校に入り主将に選ばれて、特に「叱られ役」になり度を超えた体罰を受け続けた生徒はとても気の毒だとは思いますが、それがどうして自殺なんて極端な方法に結びつくのかがどうしても納得いきません。所詮は部活なんだから辞めれば済む話なのに何で?スポーツ選抜で入った子だから辞めると学校も辞めなければいけなくなるから?だったら転校すればいいじゃない。制度自体はスポーツ選抜の子が部活を辞めても退学する必要はないようですが、居づらくなるのは確かでしょう。しかし、バスケなんてどんなに優秀な選手でも野球やサッカーのようにプロの世界が広がっているわけでもない、ごく一部の選手を除いてNBAなどに行けるわけでもない、バスケを辞めたからといって人生に絶望する必要なんてまるでない。いくらでも再出発のしようはあるのに、自殺なんてことをすれば自分の未来も可能性もすべて閉ざしてしまうばかりか、学校にも周囲にも多大な迷惑をかけ、親や友人や周囲の人たちをどれだけ悲しませるか、考えることができないから安易に自殺なんて手段を選んでしまうんでしょう。僕には暴力をふるった教師に対する「あてつけ」自殺にしか見えません。結果としてやはり彼が死んだことでマスコミが騒いで教師が批判され、目論見通りのことになっているのかも知れませんが、こういうことを繰り返している限り「遺書を残してあてつけ自殺」という流行はまた起こるだろうと思います。

子供たちに「命の大切さ」を何故もっと教えないんだろうと思います。少林寺拳法の開祖・宗道臣は言いました。「生きている限り負けではない。必ずしも勝つ必要はないから決して負けない人間になれ。」と。簡単に心が折れる、自分から負けを選ぶ、苦境から立ち上がりやり直す力も勇気もない若者が多すぎると思います。人間はどんなに長生きでも100歳超える人は稀。いずれは誰もが死ぬのです。先の東日本大震災でも、病気でも、まだまだ生きていたいのに、思い残すこともたくさんあるのに死んで行かざるを得なかった人たちがたくさんいました。そういう人たちの無念の思いを知っていたら、こんな小さなことで自殺なんてできるでしょうか。敢えて言いますが部活での体罰が苦しいなんて小さなことです。環境的な部分で追いつめられる要素があったとしても、それは周囲のせいでも教師のせいでもないと思います。このくらいの困難は生きていればいくらでもあります。取るべき手段や対策はいくらでもあったし、相談する相手もいくらでもいたはずです。そんな中で自殺などという最も安易で愚かな選択肢を選んでしまったことが残念でなりません。

自殺者を可哀そう、可哀そうという報道は止めるべきというのが僕の持論ですが、今回の件でもそう思います。かつて多くの文学者がそうしたように、自殺は神への反抗と言われます。天から授かったたった一つの命、限られた期限付きの命だからこそこれを大切に生きて、自分に授けられた使命は何かを探すのが人生ではないでしょうか。自分の命を大切にできない人は他人の命も尊重することはできない。平気で人を殺す中高生も安易に自殺する子供も根は同じという気がします。自殺は他人の命を奪わないだけましですが、自分勝手の最たるものだと僕は思います。命を粗末にする人間は子供といえども許せません。これを見て「俺もやろう」と思う高校生や中学生が出てこないことを祈ります。

明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。とは言ってももう10日も過ぎてしまいましたね。更新遅くてすいません。読んでくださっているみなさんに見捨てられないように今年もまめな更新を心がけたいと思います。

さて、昨年は二人の親しい友人を癌で亡くしました。実は年末に父も前立腺癌が発覚して年末年始はいろいろと大変でした。昨年はがんにはじまりがんに終わる一年でしたね。健康は本当に大切なものだと思う反面、人生はいつ終わりを迎えるかわからないものだから、できるときにできることをやろう、一日一日を大切に生きようという気持ちを強く感じさせられた年でした。

子供たちと一緒に剣道を始めたのもそういう気持ちの表れでしたが、始めて3カ月ほどが過ぎて稽古の回数もまだまだ少ないですが、楽しい趣味がまた一つ増えた感じがして楽しくやっています。新年の初稽古で先生から「今年は初段を取ってください。」と言われて嬉しかったです。今年は初段取得を目標に頑張ろうと思います。少林寺拳法の世界ではチャレンジする気持ちを失いつつあっただけに、新たにチャレンジできる目標が見つかったことはとてもやりがいを感じます。

実は年末の試験で中一の長男は初段初受験で落ちたんですよね。まあ、間違いなく実力不足なんですが、ダメなものはダメときっちり落とす剣道の試験制度は甘すぎる少林寺拳法の試験に比べむしろすがすがしさを感じます。中学生あたりだと大体2-3回は受け直してやっと合格という子も多いみたいです。テレビでも放送されてましたが、年に一回のみ京都で開かれる8段の昇段審査には5-600人の剣士が受けに来て合格するのは4-5人、合格率1%前後、全国大会で優勝したことのある人でさえなかなか合格できないという超難関の試験だそうです。だからこそ剣道の段位というのは価値があるのだなぁと思います。

何より素晴らしいのは、それだけ困難な試験であっても剣士の間から「審査基準がおかしい」という話がほとんど聞かれないこと。それは2段、3段という低段位の試験でも同じように審査員への不満というのを言う人はあまりいないですね。資格というのはこうあるべきだと思い、勉強になります。

 少林寺拳法の方は大学の練習に少し顔を出すようにしようと思っています。道場の練習もなるべく行くようにはしますが、どうもやる気のないぼーっとした子供ばかりで教える意欲もわいてこないんですよね。大学生の真剣な練習の方が相手するのも教えるのもずっと楽しいです。剣道の稽古と並行しながらいいところを取り入れて行こうと思います。

新年早々忙しいですが、しっかり地に足をつけて今年も頑張りたいと思います。
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