とこちゃんのひとりごと

空のお話・少林寺拳法・家族・思ったことを綴る日記です。 仕事関係のことはプライベートモードにしています。 PASSWORDを知りたい方はprofileにあるアドレスにメールしてください。

家族のこと

明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。久しぶりのブログ更新ですね。(苦笑)最近はFACEBOOKに書いたり、LINEで会話したりのツールを使うことが多くて、ブログでじっくりというのをあまりしなくなってしまいました。横浜に単身赴任になって仕事と大阪への移動と、地上の業務で忙しくてなかなか暇がなくなったというのもあるのですが、まあそれは言い訳ですね。今年は少し腰を据えて文章を書く作業も頑張ってやってみたいとは思っています。


仕事の話も少林寺の話も公開のネット上では一切書いてはいけないという厳しい縛りもあり、本当に書きたいことや思っていることはプライベートでしか書けないというのもあって、プライベートなら友達だけしか見ないFACEBOOKとかの方がお手軽というのもあるんですよね。まあ、FACEBOOKが友達だけとは言ってもいつ裏切り者が出るかもわからないので迂闊には書けないというのもありますよね。今年はプライベートモードの記事が中心になってしまうかもしれませんが、パスワードをご存知の友人の皆さんに面白く読んでいただけるような記事を書いていきたいと思っています。


さて、今年に入って我が家では高3の長男が受験で頑張っています。一応、滑り止めの関西の私立大学には一つ推薦で合格をいただいているのですが、国立大学と私立大学の一般入試もチャレンジしています。先日、センター試験が終わって出来はあまり良くなかったようですが、まあまだまだ来月いっぱい試験は続きます。浪人はしなくてすみそうなので一安心ではあるのですが、より自分の希望する大学に入れたらいいですよね。健闘を祈ります。


国立大学を志望するほど成績がいいわけではない長男なんですが、やっぱりセンター試験にチャレンジした経験って大事だと思うんですよね。将来大人になって社会に出た後で、センター試験の思い出って何か語れるものを持ってたらいいんじゃないかなと。いまはいろんな受験形態があって昔と違ってセンター試験か私立かだけではなくなってるのは承知なんですけどね。受験というのはホントに水もので優秀な人がどこも受からないこともあれば、奇跡のような合格も起こり得ます。最後まで諦めず頑張って欲しいです。


本年もどうぞよろしくお願いします。

横浜国大・母校再訪

今日は長男が横浜に来て、僕の母校である横浜国大のオープンスクールに行ってきました。残念ながら長男には横浜国大を受験できるほどの学力はないのですが、中学からの近所の親友が横浜国大の経営学部を受験するということで、まあその付き添いと言うか横浜見物に来たという感じです。もう一人の友達と高校生3人で0泊2日の弾丸ツアー。朝は飛行機で来て夜行バスで明日の朝大阪に帰る計画だそうです。

僕は高校卒業後、現役で横浜国大の工学部に入って2年間を過ごしました。2年の時に航空大学校を受験して合格したので2年修了をもって退学しています。たった2年の大学生活でしたが中退以来、一度も母校には行ったことがありませんでした。横浜に住んでいるし、ちょうどいい機会だったので28年ぶりに大学に足を運ぶことができました。

20170806_110349最寄り駅の市営地下鉄ブルーラインの三ツ沢上町駅では、横浜駅で乗った時からたくさんの高校生たちでごった返していました。駅から大学まで歩く学生たちと保護者たちで大行列。横浜国大って人気あるんだ―って改めて驚きました。これじゃガイドはいらなかったですね。今日のオープンスクールのためにバスが横浜駅と三ツ沢上町駅から数分おきにずっとピストン運航していました。丘を登って正門から学内に入っても見たことないくらいたくさんの人で埋め尽くされていました。コンサートか野球の試合かって感じですね。

28年ぶりに入った大学は建物自体はそんなに変わっていませんでした。いくつか改装されていたり、新しくできた建物があったりしましたが懐かしい風景はやはりありました。大きく違ったのは木の大きさ。夏のせいもあるんだろうけど30年の年月の間に学内の木が大きく茂って森のようになってました。僕が通っていた頃は建物は白亜の城と呼ばれていたように真っ白で綺麗だったのですが、木はどれも小さくてスカスカな印象でした。キャンパスがやたら広くて人が少ないと淋しい雰囲気だったのですが、いまや道の両側に大きな木が生い茂り森の中を歩いているような感じで木々の合間に少し汚れた学舎が建っているという具合でとてもいい雰囲気になっていました。子供たちは説明会に行かせて、僕は懐かしい風景を探しに学内を散歩して回ることにしました。

20170806_103023電子情報工学棟。僕がいた学科の研究棟です。今は学部学科が再編成されて理工学部となり、学科も名称が変わってるはずですが建物にはいまも電子情報工学棟と書かれていました。単位を落としまくって教授に呼び出されて指導されたなぁ。懐かしい。










20170806_10311030年前と同じ掲示板。授業をさぼってばかりいたのでよく呼び出しに名前が書かれてました。













20170806_102655軟式テニス部で学祭の時にこの中央広場の周りでソーセージを焼きまくりました。歌手のコンサートをここでやってたけど、1-2年生は店番で観に行けなかった。悔しい思い出です。











20170806_102914いつも航大の受験勉強をしてた中央図書館。夏休みは旅行にも行かず毎日通ってました。今でも図書館というとここの風景が一番に思い浮かびます。











20170806_103410退学届を出しに行った工学部事務棟。係員のお姉さんが「退学届出したいんですけど。」って言ったら「えっ!」ってびっくりしてたのを昨日のことのように思い出します。











20170806_103625工学部に近い西の端にある第二学生食堂。当時はなかったローソンができてました。













20170806_1046002食の中は改装されてすごく綺麗になってて驚きました。














20170806_1047352食の窓際の席から西門の方を望む風景。講義の後、部活に行く前に腹ごしらえをしてよくこの風景を観てました。大学を辞めるとき最後に見た風景もこれだったように思います。今もほぼ同じ風景が残っていてとても嬉しかったです。










横浜国大時代、田舎から出てきて右も左もわからず、言葉も違ってて人と話すのが怖くなったり、お金もなくて生活も苦しかったり、失恋もしたり、何かと大変で僕の人生で一番辛かった時代でした。そんな時代に観ていた風景が何故かずっと心に残っていて、この2食から西門のほうを見る風景は時々夢に出てくる景色でした。このあと、航大に合格し大学を中退して新たな道が開けたのでそれはそれで良かったのですが、横浜国大では何もいい思い出がないままに逃げ出したような形になってしまっていたのでその後悔や未練がずっと僕の心の中に残っていたんでしょうね。僕にとっての一つの原風景なんだろうと思います。あの時の風景が、28年を経た今もこうして変わらず残っているのを見て何かが洗い流されていくような気がしました。

28年ぶりに訪れた横浜国大は昔から変わらぬ風景と、大きく変わった部分とを両方持っていました。今の年齢で改めて見てみると、広くて雰囲気が良くて環境の整った素晴らしい大学です。今更ですが、いい大学に入っていたんだなぁと思います。あの頃、いろんなことで悩んで、一生懸命勉強しなくてもったいなかったな。正直、もう一回入り直してここでしっかり勉強や部活動をやりたいな、と思うくらいです。子供たちの付き添いではあったけれど、自分自身にとって訪問してよかったなと思う母校再訪でした。

航大卒業式

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Perthから来た高校生

先週の月曜日から我が家にオーストラリアのパースから高校生がホームステイに来てました。夏休みにうちの次男が通う高校の国際交流イベントで2週間の交換留学に参加したんですが、今回はそのお返しでこちらが向こうの子供たちを受け入れる番でした。向こうも2週間の日本滞在なんですが、大阪の高校とも提携してる関係でこちらにいるのは1週間だけ。うちも月曜日から日曜日まで1週間預かることになっていました。

 

やってきたのはウィルくん、15歳。次男と同じ高校1年生(向こうでは10年生というらしい)。金髪をちょんまげのようなヘアースタイルにしてて、ひょろっと背が高く180以上あります。さすがオーストラリア人。おじさんが日本人と結婚して高知に住んでいるらしく、彼も7年ほど前に高知に来たことがあると言っていました。日本の漫画が大好きで、特に「東京喰種(グール)」というちょっとえぐい感じの漫画のファンだそうです。この漫画、オーストラリアでもとても人気があるらしく、しかも向こうでは全巻発売されていないらしくて、留学に来た高校生たちも「東京喰種」の日本語版やアイテム探しに奔走してたみたいです。僕は読んでいませんがうちにも息子たちが買っていて全巻そろっていました。うちは本と漫画は山のようにあるので、彼にとっては嬉しかったみたいです。

 

ウィルくんが普通の子とちょっと違うところは、ただ漫画が好きなだけじゃなくて、自分でも絵を描いたり、C.G.を使って作画したりして、かつほんとに一生懸命日本語を勉強して将来は漫画家になりたいと言っているところです。見せてもらいましたが絵もなかなかの出来でした。漫画を日本語で読むために、日本語もよく勉強していて平仮名は全部読めるけど、漢字はわからないものが多い。平仮名が読めても意味がまだ分からないものが多いと言っていましたが、日本語の単語は結構通じるし、本人もなるべく会話は日本語で返事しようと頑張ってました。英語圏の人でしかも15歳の少年では珍しいですよね。日本に来ても日本語はわからないから英語しかしゃべらないのが普通だと思うし、他の家庭に行った多くの子も大体はそうだと聞きました。

 

決して不愛想なわけではないけど、自分からはあまり積極的に話さない、言われたことに簡単に返事するだけ、嬉しいのか悲しいのか、面白いのかつまらないのか、好きなのか嫌いなのか、感情の表現が乏しくポーカーフェイスでどっちなのか、どうしたいのかよくわからない、その辺にはずいぶん苦労しました。外国人の子を家庭で受け入れたのは初めてでしたが、あらかじめ高校の先生からも「そいうものですよ」とアドバイスは受けていたものの難しいものだなぁと思いました。漫画や絵の話をするときだけは生き生きと自分から話してくれましたね。オーストラリア人というと体が大きくて積極的で快活な国民性と思っていたのですが、実際はずいぶん違う…子供はやっぱりシャイで日本人と同じだなぁと思いました。

 

で、月曜にWelcome Partyがあり、火曜日に登校。水曜日から僕は2泊3日の仕事に出る予定でした。水曜の朝、出かけようとしたら「ウィルに熱がある!」と言われ測ってみると39越え。まずは担当の先生に連絡を取ることになって、その後僕はやむを得ず仕事に出かけました。夕方になって家に連絡するとなんとインフルエンザA型。イナビルというインフルエンザ用の薬が辛うじて病院にストックされていたのでそれを飲んで家で寝てるとのことでした。妻が病院に行ってみるとなんと引率してきたシンガポール人の先生が真っ先にインフルエンザにかかってダウンしていて、他にも順次4人の生徒が運ばれてきていました。なんと集団感染です。オーストラリアからウィルスをもってきてたんですね。結局ウィルは水曜日以降一日も学校には行けず、家で寝ていました。妻は一日目は仕事を早退し看病して、その後は休みを取っていたのでずっと家で二人で過ごすことになってしまいました。子供たちはみんな学校と部活で出払ってるし、一人で言葉もなかなか通じない病気の子を面倒見るのは大変だっただろうなと思います。食も細くて何を出してもほとんど手を付けないし、慣れないものは食べられないタイプの子みたいだったので、何を出したら食べてくれるかと気を遣うだけでも相当疲れますよね。熱は木曜の午後には下がってくれたので良かったのですが、インフルエンザの場合は日本の学校では医師の登校許可証というのが必要らしく、留学生ということで検討はしたみたいなんですが教頭の決定でやっぱり登校はできないとのことで元気になった金曜日も学校には行けずウィルはかなりがっかりしたようでした。

 

金曜日の夕方に僕が自宅に帰ったころには奥さんも相当疲れ切ってましたね。ウィルは体調も戻って元気になってました。土曜日には梅田に出かけてアニメイトやポケモンセンター、英語の漫画を置いている大きな本屋さんなどで買い物しました。海遊館にも連れて行こうかと計画してたんだけど、ウィルが疲れたというので早めに帰ってきました。漫画家を目指しているということで、少し前に大人気になった「BAKUMAN」という「Death Note」の作者が書いた漫画家を目指す少年たちのお話の漫画が英語版で出ていたので6巻までプレゼントしました。英語版の漫画というのは逆輸入になるらしく1冊1200円というびっくりするような値段でした。日本語版で古本屋なら1冊200円で買えるのにね。だからさすがに20巻全部というわけにはいかなかったです。ま、そんなに持って帰ることもできないでしょうけど…。続きは日本語で読むなりパースに帰ってからも取り寄せなんかはできそうだから自分で何とかしてもらうことにしました。これは喜んでもらえたみたいです。

 

金曜日のお昼にウィルのお母さんから花が届きました。息子が海外で病気になってホストファミリーに看病してもらってると聞いて居ても立ってもいられなかったんでしょうね。国際的な花を送るサービスがあるらしく、うちの近所の花屋さんから海外からのご注文という形でメッセージ付き翻訳付きで届きました。便利なシステムもあるものですが、お母さんの気持ちはよくわかると言って妻は喜んでました。早速ウィルと一緒に写真を撮ってLINEでお母さんに送るようにしてましたよ。

 

土曜日にいったポケモンセンター大阪で300円で一回引ける景品付きのくじ引きをやってました。特等から1−4等まであるんですが、ウィルに2回引かせてやるとなんと「特等」と「1等」が当たりました。特等は「ツボミー」というポケモンの大きなぬいぐるみ、1等はポケモンデザインのポシェットでした。特等の商品は定価4800円で陳列してました。すごーい。うちの3男も一緒に行ってくじを引いたんだけど彼は4等だったのにね。インフルエンザで悪い運を使った分、お返しが来たのかなー、持ってるねー、なんて話してました。この時ばかりはポーカーフェイスのウィルくんもほんとに嬉しそうでしたね。

 

ま、そんなこんなで大変な1週間が終わり、ウィルくんは元気になって次の高校へと向かっていきました。次の大阪の高校ではちゃんと学校生活が楽しめるといいなと思います。そして、日本での経験やお土産の日本の漫画やぬいぐるみたちを見ては日本のことを思い出して、また日本に来たいと思ってくれればいいですね。彼が漫画家を目指すという気持ちが本物ならば、これからも日本語や絵や漫画の描き方をしっかり勉強して、まだ漫画文化の根付いていないオーストラリアで、いつかオーストラリアの手塚治虫かウォルトディズニーになってくれたらいいのになーと願います。僕らにとってもうちの子供たちにとってもいい経験になった1週間でした。

入学式

20160408_090711金曜日は子供たちの入学式でした。今年は次男が高校生に、長女が中学生になりました。次男は公立の志望校に、娘は私立の中高一貫校に、無事受験を突破して合格したので喜びも一入です。


午前中は娘の入学式に、午後は次男の入学式にはしごでしたが、時間がちょうどいい感じに設定されていて、特に遅れたり中途半端に待ち時間もなく効率よく回れました。入学式自体はどちらも1時間ほどで終わったんですが、高校ではそのあと1時間も警察の方から「子供たちをネット犯罪から守るために」という講演会がありました。子供たちがクラスでオリエンテーションやってる間、親たちは講演会で勉強してました。在校生がいる父兄の友人から「一言でいうと、とにかくまじめな学校」という評判を聞いていたんですが、確かにその通りだな、と思いました。

20160408_090428兄は公立、妹は私学、設備の豪華さには確かに差がありましたが、期待と不安に目を輝かせた子供たちの姿はとても頼もしく感じました。楽しい学校生活が送れたらいいな、と心から思います。二人とも希望していた学校なのでたぶん大丈夫かな、と思うんだけど、思春期のこと、何が起こるかわからないので、子供たちとの会話を大切にしていかなきゃなと思います。



次男はこれから自転車通学。急な坂道の多い街なので普通の自転車では大変だろうと電動自転車を購入してやりました。ふるさと納税のお礼品で探してみたら、なんと地元の市が出していたので地元に寄付しちゃいました。地元に寄付しても自治体には何のメリットもないのでお礼品出さないという町もあるんですが、ここは市民でもOKと書いてあったので良かったです。市にはちょっと申し訳ないけどいっぱい税金収めてるんだから勘弁してね。新20160408_083313しい自転車で明日から通学、事故に気を付けて行ってほしいものです。次男は何度も自転車事故でケガしてるので、そこだけが心配です・・・。



娘はバスと電車を乗り継いで50分ほどの学校へ通います。バスは塾通いで4年生からずっと乗ってきたので大丈夫ですが、一人で電車に乗るのは今回が初めて。ま、慣れれば大丈夫とは思うけど、女の子だし最初のうちは心配ですね。でも新しい生活、新しい友達、新しい部活動で勉強も学校生活も楽しんでほしいと思います。


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インフルエンザ?

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伊勢志摩旅行

次男を除くうちの家族と義姉夫婦の合わせて7人で伊勢志摩に行ってきました。来年サミットが開かれることが決定した賢島というところに義兄の会社の保養所があって、そこに1泊で泊まりに行くことになりました。次男は中3で受験生。塾の夏期講習が続いているため留守番することになりました。一日ぐらい休んでいこうよ、と言ったんですが、みんなに遅れると後が大変だから・・・と志願の居残りでした。ほんと、次男はよく頑張ります。苦手の英語も少しずつ克服しつつあるし、この分なら受験も心配なさそうです。

20150729_115732さて、賢島のある伊勢志摩までは大阪から車で行くと約3時間ですが、途中で高速を降りて松阪に行きました。もちろんお目当ては松阪牛。市内には何軒も松阪牛のお店がありますが、食べログで人気のお店を探していきました。平日、しかも開店10分前から並んで入ったにも拘らず、予約で満席。結構広い店なのに結局入れませんでした。残念・・・。仕方なく近くにある別のお店へ。そこもテレビで紹介されたこともある有名なお店らしいですが、ランチだと値段は安く、ただ食べログ評価も低めでした。そこはすいててすぐ入れました。焼肉ランチとステーキランチを頼みましたが、お肉は柔らかくておいしかったです。案内のおばちゃんが愛想がなくて、融通が利かなかったのが欠点でしたが・・・。小さい子がいたので一人分は頼まず、たれだけもう一皿、と頼んだけど結局持ってきてくれませんでした。店員の感じが悪いとせっかくの美味しい料理も味が半減しちゃいますね。量も少なかったです。やっぱり最初に行った入れなかった方の店が気になりました・・・。

20150729_120237ランチの後、伊勢のリゾート地にある小さな海水浴場へ。あまり大きな所より、人のあまりいないプライベート風の海水浴場の方がいいだろうという義兄の選んだビーチへ行きました。シーカヤックにきていた小学生の団体がいましたが、それ以外はほとんど貸し切りで泳げました。海で泳ぐのは久しぶりだったけど、透明度がいまいちだった以外は波も穏やかで、沖に浮かんだ広い台のようなところから飛び込んだりして楽しめました。母親たちは海に入らずでちょっと盛り上がりに欠けたので1時間ほど泳いで引き上げましたけどね。


海から上がった後は保養所に向かいました。うちの会社は保養所はほとんど売り払ってしまって、全部外部委託になってしまいましたが、義兄の会社はゲーム会社で今でもしっかりした保養所を運営しているらしく、ピカピカのおしゃれな保養所でした。建物の造りも階段が複雑に入り組んだダンジョンみたいになっていて、内装品も近未来的なデザインが多く洒落ています。さすがゲーム会社。こんな立派な保養所を持ってる会社も今でもあるんだなぁ、と感心しました。平日とあって自分たち以外には一組しか利用者がなく、貸し切りに近い状態で快適に過ごせました。地下にはゲーム機が置いてあり、卓球場にビリヤード場、広いプールもあって子供たちは大喜びでした。

20150729_183918夕食に義兄が別注の船盛を頼んでくれてたんだけど、これがまたすごかった。見たことないほど大きな金目鯛に、アワビと伊勢海老。いずれも一匹丸ごとです。通常メニューにもアワビやお刺身、松阪牛が入っていてそれだけでも十分豪華でした。食べきるのが大変で、「全部食べなさい」派の義姉は義兄に無理に食べさせようとして喧嘩しそうになってました・・・。僕は内心「自分が食べたらいいのに・・・」と思ってましたが、義兄がいつものように上手にかわしてるので黙ってました。

夕食後も腹ごなしに娘とプールで泳いで、ビリヤードやったり卓球したりして楽しみました。ほんとは部屋で飲みながらいろいろお喋りしたかったんだけど、まあ子供たちが遊ぶのに夢中で寝ないのでしょうがないですね。11時近くなって子供たちが寝る時間には僕らも疲れ切って寝てしまいました。久しぶりに朝から晩まで遊びましたねー。

20150729_183700翌日は10時CHECK OUTなので、朝食の後少しだけプールで泳いで支度して出かけました。「道の駅伊勢志摩」に寄って地元の名産品などをお買い物。あおさのりとか、伊勢うどんとか、ひじきとか、お土産も含めていろいろ仕入れて帰りました。あおさはみそ汁に入れて飲むととってもおいしいですし、汁なしうどんの伊勢うどんは僕のお気に入りです。腰のある麺が讃岐うどんみたいでいいんですよね。そのあと、帰り道の亀山市にある「初音」という有名な鰻屋さんに寄ってランチして帰りました。ランチでもひどい時は2時間待ちという大人気の鰻屋さんですが、この日は整理券をもらってから50分ほどで入れました。僕は関東風の蒸した柔らかい蒲焼鰻が好きだったんですが、ここは関西風の焼いた蒲焼鰻にも関わらず、皮がパリッとしてて焦げ目の部分も焦げ臭くなくサクサクした焼き加減で、しかも身はふんわりしていてすごくおいしかったです。関西風も見直しました。

松阪牛から始まって、金目鯛にアワビ、伊勢海老、とどめは鰻と1泊2日で大変なグルメツアーでした。3日ぐらいに分けて食べたかったくらいです。2日間でかなり太ったのでこれから控えなきゃ・・・。でも楽しい二日間でした。

サントリー山崎醸造所

一昨日はGWということで以前から計画していたサントリー山崎醸造所の見学ツアーに参加しました。義姉夫婦と妻と下の子二人連れて6人での参加でした。お兄ちゃんたちは部活・塾その他で忙しく不参加でした。

20150504_122406NHKの朝ドラ「まっさん」でサントリーのウィスキー工場は大人気。以前は見学者も少なかったそうですが、ドラマのヒット以来大幅に見学者が増えているそうです。サントリーの工場はここ大阪と京都の境にある山崎工場と、長野県の山中にある白州工場があるそうです。ニッカウィスキーの工場が北海道の余市にあるそうですが、この余市工場は先々月に義姉夫婦が訪れています。その時の話を聞いて、じゃあ、今度のGWに近くにある山崎に行こうということになったみたいでした。



20150504_123131ウィスキー工場に行ったのは初めてだったけどなかなか面白かったです。JR山崎駅から歩いて10分くらいのところにありますが、天王山のふもとのんびりした田舎という感じでした。自然に囲まれて広い敷地に何棟かの工場施設が点在していますが、これでも余市工場と比べるとずいぶんこじんまりとまとまった感じなんだそうです。





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日本産ウィスキー開発と発展の歴史を展示した資料館からスタートして、ガイドのお姉さんの案内で製作の順番に工場を巡っていきます。最初は発酵槽。木桶発酵槽とステンレス発酵槽の2種類を使って麦芽と酵素を混ぜ合わせ発酵させています。そのあとまがった如雨露のような形をしたポットスティルというウィスキー作りの象徴ともいえる巨大な金属釜のようなもので蒸留をします。山崎工場には太さ、長さ、大小さまざまなポットスティルがあって、これらのタイプの違う蒸留方式により様々な味わいのウィスキーができるそうです。こういう複合蒸留所というのは世界でも極めて稀な施設なのだそうです。蒸留されたばかりのウィスキーは「ニューポット」と呼ばれ、無色透明でアルコール度数はなんと70°。試飲できるのですが、味も香りもないアルコールそのままのような感じでとても飲めたもんじゃないそうです。(僕はアルコールダメなので試飲してませんが・・・)


↑のポスターは「まっさん」にも出てきた「赤玉ワイン」の日本初のヌードポスター。ドラマではすごくきれいな女優さんだったけど、本物はだいぶイメージが違いますね。時代の違いを感じます・・・。


20150504_132241この「ニューポット」を樽に詰めて貯蔵庫に運び、何十年という長い熟成に入ります。これが不思議なもので、樽の素材、前にワインを作るのに使った樽を使ったりすることにより、様々に味わいが変化するのだそうです。また、樽は息をしているので夏に温度が高くなると液体が膨張して水分が蒸発し、貯蔵庫内は強烈な匂いに包まれます。冬は収縮して匂いも弱くなります。貯蔵庫内は一切、空調を入れていないのですが、日光の差し込まないほぼ密閉された暗所なので、季節が2か月ほど遅れて進行するのだそうです。今が5月初めなので中の気温は3月初めぐらい。
ちょっとひんやりした感じは確かにそんな感じでした。こうして温度変化により膨張と収縮を繰り返したウィスキーは少しずつ樽から染み出す香りや、「天使の分け前」と呼ばれる現象で年月が経つごとに色合いが濃く変化し、量も減っていきます。20年も経つと半分ぐらいになってる感じでした。

←貯蔵庫。すごい匂いでした・・・。

こうして出来上がったウィスキーを「ブレンダ―」と呼ばれる味の達人がそれぞれの樽の一つ一つ違う味のウィスキーを絶妙にブレンドし、最高の味わいのウィスキーを選び出すのだそうです。山崎工場だけでも何千とある樽の中から唯一の味を作り出すって大変な作業だな、と思いましたがこうした中からあの「山崎25年」、WWAという世界最高のウィスキー国際コンペティションで最優秀賞を受賞したウィスキーが作り出されたんですね。海外から輸入されるばかりだったウィスキーが今や日本産で世界最高の賞を受賞するまでに発展した歴史には感嘆するものがありました。「山崎25年」なんかはかなりの値段がするけど、このウィスキーが出来上がるまでの長い年月と手間暇を考えればむべなるかなと思いますね。ウィスキーは生き物だという意味がよくわかりました。

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工場見学を終えた後、別室で完成したウィスキーの試飲会があります。僕はアルコールダメだし、運転手なのでサントリーの「なっちゃん」でしたが、「山崎」と「白州」のハイボールをおつまみ付きで飲ませてもらってみんなご満悦でした。こういうのを見た後で飲むとまた格別な味がするんでしょうね。

↑の写真。外には山崎の湧き水が出ているところがありました。すごく透明感のあるきれいな水に見えました。昔はともかく今もここの水はきれいなんだろうか・・・とちょっと思った。


この工場のお隣にはアサヒビールが運営している「大山崎山荘美術館」というところがあり、そこにはモネの「睡蓮」なんかも展示してあってなかなか素敵なところでした。その上は「天王山」。天王山トンネルとか明智光秀と羽柴秀吉の戦いで有名なところですね。初めて来たので面白かったです。




20150504_103933「大山崎山荘美術館」と「山崎醸造所」ツアー、見どころ満載の楽しい小旅行でした。



高校入試

少し前の話になりますが、2月中旬、中3の長男が無事に希望の私立高校に合格しました。なんせのんびり屋で勉強しない長男、「マジで大丈夫か」と心配してたんだけどさすがに試験1か月前くらいからは多少勉強する姿も見るようになって、公立の希望校は学校から「無理」と言われて安全策で私立の専願を選ぶという甘々の親ばかでしたが何とか合格をもらえてホッとしました。

半分無理かな〜と思いつつ希望した特進コースにも入れたので、本番で強かったのかな、とも思います。よく寝る子なので試験前日も追い込みもせず堂々と熟睡してたのでそれが良かったんですかね?面接も先生が優しくて話しやすかったのでいろいろ話させてもらえてよかったと言ってたし。意外と大物なのか、ぼーっとしてるだけなのかよくわからない子ですが取り敢えず一安心です。

私立の学校というのは僕も通ったことがないので、学校説明会で見に行ったときは施設の立派さや教師の方々の熱心さには驚くほどでした。こういう環境の学校に通える息子が正直うらやましいくらいですが、子供にとってその価値がわかるのは大人になってからですかね。学園ドラマに出てきそうな立派な学校ですが、校風としては割とおとなしい、うちの子みたいなのんびりした性格の子が多いとのことで彼には合ってるんじゃないかなと思いました。学校説明会の時に先生に「どんな生徒さんが多いですか?」と聞くと、「こちらのお子さんのような子が多いですよ。」と言われてなんか複雑な気分だったのを思い出します。まあ、長男も入学を楽しみにしてるようですし、楽しい高校生活を送って願わくばしっかり勉強してくれたらいいなと思います。

高校の入学祝に何が欲しい?と聞くと「スマホ」というので、Docomoに見に行っていろいろ相談した挙句、契約料の安いキャンペーンをやっていたタブレットにしました。電話は使う必要がほとんどないし、メールとラインとネットが使えれば十分ということで、最新型の小型のタブレットを買ってあげました。今はそれに夢中になってます。LINEの使い方とか、ネットを使う上での心構えとかルールとか、日々いろいろレクチャーしてます。ネット社会の知識も当然必要な現代ですが、青少年にとって危険なことがあるのも事実です。ネットの怖さもよく教えながら、上手に使いこなしてくれたらいいなと思います。

ノイシュバンシュタイン城

20130330_102353ドイツ旅行5日目。今日はいよいよノイシュバンシュタイン城の観光です。ミュンヘンにステイした時に来ておきたかったんだけど、タイミングが合わず行きそびれていました。白鳥城とも呼ばれるルートヴィッヒ2世が建造したヨーロッパ随一とも言われる美しいお城です。ディズニーランドのお城(シンデレラ城)のモデルとしても有名ですね。今から約130年ほど前にバイエルン王国を統治していたルートヴィッヒ2世はヴェルサイユ宮殿などに刺激を受け、自分の作品を世に残したいと思い立ちこの城を造らせたそうです。首都ミュンヘンからは遠く、山の断崖絶壁に立つこのお城は設備その他も完全にルートヴィッヒ2世の趣味のために作られ、城の機能はあまり実用的ではなかったと言われます。また、この城や他にも多くの建築物を造らせた経費の乱発が反感を招き、政情不安の時代背景もあって、ルートヴィッヒ2世は形ばかりの精神鑑定を受けさせられた揚句、「統治不能者」として権力を奪われ軟禁されます。ベルク城というところに軟禁された翌日、王は主治医と湖畔を散歩中にその主治医と共に謎の死を遂げます。王の死にはいろいろな説がありますが真相は今も謎とされています。おそらくは暗殺されたのだろうと誰もが思うところですが、最後までドラマティックな人生を歩んだ国王だったのでしょうね。(ルートヴィッヒ2世の詳細情報http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%922%E4%B8%96_(%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B3%E7%8E%8B)



CIMG4108コピー今はミュンヘン中心部にある教会の地下に墓所があるルートヴィッヒ2世ですが、彼の遺したノイシュバンシュタイン城は完全には完成しないまま残されました。外観や内装はほぼ完成しているようでしたが、玉座の間には玉座は設置されないまま今も部屋だけが残されています。王本人はわずか100日余りしか滞在することはなかったそうで、ルートヴィッヒ2世の死後、即座に一般公開され城としての役割を果たすことはなく、ほぼ最初から文化財・観光地としての歴史を歩んできたそうです。この城のそういう不思議な運命に思いを馳せつつ、ものすごい断崖絶壁に、130年も昔にこれほどのすごい建物を建設した技術力と建設のセンスには感動しました。

CIMG4109コピー城の見学は車で行くとフュッセンからは約20分。近隣にあるホーエンシュバンガウ城の下のチケット売り場に向かいます。朝早めに行って正解でした。お昼ごろになるとかなりの行列ができていましたが、朝のお城のOPEN前だとさほど並ばずにチケットが買えました。窓口の係員は若い男の人だったけど、結構無愛想で不親切でした。子供の人数は間違えるし、日本語のオーディオガイドはないのか、と聞いてもわかるように教えてくれないし、ドイツの人にしては珍しいなと思いました。結局、日本語のオーディオガイドは数が限られていて、その日はあとで日本人の団体が入っていたのでそちらに全部取られてしまい、英語のガイドツアーしかなかったということが帰り際になってわかりました。英語のガイドツアーで申し込んだんだけど、城内部の案内開始までは1時間半ほどもあります。チケット売り場からノイシュバンシュタイン城までは歩いて30分程度。バスや馬車もあるということだったので、子供たちのリクエストで馬車で行くことにしました。

CIMG4097コピー多くの観光客は歩いていましたが、登りの山道は結構きつそうでした。馬車は徒歩道と同じところを歩くのとあまり変わらない速さで登って行きます。結構楽しかったですね。お城の下では案内開始時間まで記念撮影。撮影ポイントとかもしっかり整備されていて便利でした。グループの案内時間なんかも電光掲示板で表示されていてとてもModernでしたね。ここでいろいろ写真撮影してるうちにすぐに時間になりました。城内部は撮影禁止のため残念ながら中の写真はありませんが、天井が高くて雰囲気のあるとても素敵な空間が広がっていました。らせん階段が多くて、上に下にかなりの上下移動があって足が痛くなりそうでした。とても立体的な造りのお城なんですね。ここに住むならかなり足は鍛えられるなぁと思いました。来る前は「ただのお城見て何が楽しいの?」なんて言っていた奥さんもこのお城の壮大さには感心したらしく、「すごいもの見たねー。さすが世界遺産。」と喜んでもらえたので僕も連れてきた甲斐がありました。

CIMG4090コピーそんなこんなで見学してるうちに午後になり2時ごろにノイシュバンシュタイン城を出発。最終目的地のミュンヘンへ向かいました。ミュンヘンまではアウトバーンでスムーズに走行し1時間半ほどで夕方にはホテルに入れました。ミュンヘンでは以前仕事でステイに使っていたMarriott Hotel Munichに泊ります。普通のCity Hotelなのでトリプルルームを2部屋。でも部屋は広いので問題ありません。末っ子を除いて子供たちだけで泊らせて、自由にさせてやりました。子供たちだけでホテルで寝るのってかなり楽しかったみたいですね。喧嘩することもなく仲良くやっていました。夕食の前に親二人はロビーのラウンジでビールで乾杯。こちらもなかなか良かったです。

ドイツ・ロマンティック街道ドライブ旅行4日目

ドイツ旅行4日目。ローテンブルクを出発して南に向かいます。本当なら途中のメルトリンゲンやヴィッカースハイムなど面白い街がたくさんあって、そのへんをちょこちょこ寄り道しながら行くのが王道なんだけど、今回はすっ飛ばして一気に終点のフュッセンへ向かいます。

ロマンティック街道の南端、終点とされるフュッセンはアルプスに近い標高の高い地域です。南へ行くほど気温が下がって行くドイツという国は日本とは逆で面白いですね。フュッセンに近づくとだんだん道に雪の残るところが増え始め、雪景色になってきました。

ヴィース教会縮小フュッセンに向かう途中、これも定番コースですがヴィース教会に寄り道しました。「涙を流すキリスト像」で有名な世界遺産になっている教会です。アウトバーンを降りて細い一般道に入りましたが対向2車線の狭い道。信号も交差点もほとんどない一本道なので一般道でも早いですが、大型のベンツでは対向車が来るたびにすれすれですれ違ってひやひやしました。40分以上もそんな状態で走ってようやくヴィース教会に到着。人里離れた畑に囲まれた丘の上、場違いなほどに立派な光輝く教会が建っていました。歴史ある建物とは思えないくらいどこもかしこもピカピカでびっくりしました。観光名所らしく駐車場やお店も整備され、見学は自由にできました。

CIMG4052コピー涙を流す奇跡を起こしたとされるキリスト像は正面奥の方に安置されていて間近で見ることはできませんが、教会の大きさ、美しさは大したものでした。左の写真の真ん中下の方にある少しうつむいた男性の像が涙を流すイエス・キリスト像です。涙を流したことよりも、その奇跡のおかげで多くの礼拝者、観光客を引き寄せ、これだけの巨大で美しい施設を維持できるだけの資金力を得たことがよっぽど奇跡だな、と思いました。世界遺産の力はすごいね。それとも、奇跡を起こしたキリスト像のおかげで信者が集まり、多くの寄付を得てこの施設が維持できているとしたらやはりこれも信仰の力なのでしょうか。



ヴィース教会の脇のレストランで食事して、それから約1時間ほど走ってフュッセンに到着。フュッセンに着くころは雪が降っていました。フュッセンは小さな街ですが、ノイシュバンシュタイン城の観光やスキーの拠点として観光リゾートに力を入れている街なのでホテルは新しくて素敵なホテルが揃っています。今回も急遽予定を変更したにもかかわらず、駅前のおしゃれなホテルでロイヤルスイートルームが取れたので、6人全員で一つの部屋に泊まれました。ベッドルームが3つもある部屋の泊まるなんて初めてですが、ちょっといいホテルのトリプルを2部屋予約するよりも安上がりでした。外は雪だし、部屋は快適なので夕方からは部屋でのんびりと過ごしました。

CIMG4078コピー夜になると、フュッセン郊外にある温泉に行くことにしました。クリスタルテルメというところです。ミュンヘン郊外のテルメエルディングと似たような感じかな、と思って行ったんですがあれよりは少し小さくて古い感じがしました。金曜日夜7時からはヌーディストデイということで、水着禁止でした。奥さんはちょっと嫌がってましたが、何とか説得して入場。流れるプールみたいなのがあって子供たちは大喜びでしたが、奥さんはやっぱり裸というのが気になってあんまり楽しめなかったみたいでした。一番下の子は一応泳げるんですが、背が立たないので浮き輪に乗せて遊ばせたんですが、すぐ浮き輪から脱出して自分で泳ぎたがるんですよね。万が一溺れたら大変だし、眼が離せなくて結局僕もちびにつきっきりでそんなに遊んでる余裕はありませんでした。2時間ほど泳がせて次の日の観光に備えて早めに帰りました。

ドイツ・ロマンティック街道ドライブ旅行2-3日目

20130327_105818さて、二日目。起きたらフランクフルトの中心部へ。公設の屋内市場とデパートを見て、大きな本屋さんを散策。ドイツって本屋さんが多いんですよね。フランクフルトの中心部にある本屋さんは5階建てぐらいのとても大きな本屋さんで吹き抜けと螺旋階段のある日本でもなかなかないほどの規模の大きな本屋さん。カフェも併設しています。日本の最新の漫画なんかもドイツ語に訳したものがたくさん置いてあって驚きました。本の文化は日本が世界一だと思っていましたが、ドイツもなかなかのものです。国民の知的文化水準の高さがうかがえます。そんな感じで少しだけフランクフルトを観光して出発。まずはロマンティック街道の入口、ヴュルツブルグに向かいました。


フランクフルト市内やミュンヘン市内はいつも仕事の時バスやタクシーで乗せてもらっているので大体の要領はわかっていましたが、郊外のアウトバーンを走るのは初めてです。速度無制限ってホントかなぁと思ってたらホントでしたね。高速道路にしては日本よりはるかに道幅は狭く、でも直線性はあるのでさほど難しくはありませんでしたが、右ハンドルに慣れているのでつい道の右側に寄ってしまうんですよね。この癖を治すのにちょっと苦労しました。片側2車線か3車線の道ですが、遅い車は右車線、速い車は左車線という区分けは日本と左右が反対なだけで同じでした。無理せず右車線をほどほどのスピードで走ります。高速性能はさすがベンツだけあって安定しています。大体130-140km/hくらいで走ってたんですが、その左側を普通のアウディやボルボ、BMWがびゅんびゅん追い抜いていきます。速度差から見て彼らは大体160-170km/hで走ってるみたいですね。僕自身、高速道路で150kmも出したのは初めてですが、それをどんどん抜かしていくんだから恐るべしアウトバーン。追い抜く車同士がレースのようにやりあってるのを見て子供たちは大興奮してました。

あとアウトバーンが安全なのは道路の直進性の高さに加えて、トラックのような大型車がスピードを出してないというのがあると思いました。日本の道路は大型トラックが我が物顔に暴走運転してて、大きな事故の多くはトラックが絡んでいますが、ドイツのトラックは速度のリミッターが付いているようで、みんな100kmくらいの同じ速度で右車線を粛々と走っていました。なので旅行者でも大型トラックに脅かされることなく、マイペースで落ち着いて高速走行できます。こういうとこ、日本も見習わなきゃいけないと思いました。

フランクフルトからヴュルツブルグまでは170kmくらいあるんですが、大して急いだつもりもないのに1時間ちょっとで着いちゃいました。ヴュルツブルグではレジデンツという世界遺産にもなっている中世王朝の宝物殿を見学しました。「4大陸」というタイトルのついた有名な天井画があり、一枚の直接描いた天井画としては世界最大レベルの見事な絵でした。各部屋に神話をモチーフとした天井画や石膏像があり、「パーシー・ジャクソン」シリーズなんかでギリシャ神話には詳しくなっている次男なんかは喜んで解説してくれました。小一時間ほど見学した後、お腹がすいたので近くのパンケーキ屋さんへ。これもガイドブックを見て行ったんだけど、パンケーキって要するに日本のホットケーキみたいなものなんですね。チョコが塗ってあったり、ピザみたいになってたり、アップルパイが乗ってたり、いろんな味があってなかなか美味しかったです。店員の女の子も大変愛想がよく、可愛かったので楽しい時間を過ごせました。

レジデンツのパーキングから車を出そうとしたとき、清算してあるのに磁気異常のせいかゲートが開かず、インターフォンでやり取りして再度お金を払い直し、ようやく出庫できるというトラブルがありました。うちの奥さん、磁気カードに触ると磁気を狂わせるという特技を持っています。銀行カードなんかも年に3回も磁気異常になり、銀行に再発行できないと言われたり、奥さんが近くに来るとパソコンがスタックしたり、スマホを買っても新品からおかしな動作をしたり、典型的にはスマホのタッチセンサーを押しても奥さんの指には反応しないんですよね。押し方がまずいとかではなく…。ここでもその本領発揮でした。奥さんもアウトバーンを自分で運転してお友達に自慢したいということで、ここから宿泊地のローテンブルグまで運転して行ってもらうことにしました。

車の大きさは以前乗っていた車なので大丈夫そうでしたが、やはり左ハンドルの感覚が慣れないらしくつい右に寄ってしまって、アウトバーンでトラックを追い越す時、追い越し車両と接触しそうになったり、一般道で右の敷石に乗り上げそうになったりしてちょくちょくひやっとしましたが、あんまり言うと不機嫌にもなるのでなるべく黙って様子を見つつアドバイスしていきました。しばらく走るとだいぶ慣れてきたようでしたが、それでも高速では顔ひきつってましたよ…。飛行機で新人のCo-Piに操縦やらせてるCAPの気分でした。自分で運転した方が楽・・・だったけど、いい経験ができて良かったと思います。

CIMG3902コピーさて、そんなこんなでひやひやしながらもローテンブルグへ。ローテンブルグは以前このブログにもUPしたことがあるけど、ロマンティック街道中ほどにある、中世の町並みの残る美しい城塞都市です。シュネーバル、英語で言うとSnow Ballというお菓子やフランケンワインというこの地方の特産ワインで有名です。石の城壁でかこまれた石畳の街。今は観光地として旧市街の中は家々を綺麗に再塗装して華やかな街並みを再現しています。街の中央には市庁舎とマルクト広場という広場がありそこの時計からは定時に人形が出てきて音楽を奏でます。車は走行可能だけど石畳なので速度を出すことはなく、子供や歩行者がうろうろしていても危険はありません。僕の大好きなゲームのFINAL FANTASYの世界が現実になったような雰囲気のある素敵な街です。僕はこの街に子供たちを連れてきたくてこの旅行を企画したようなものでした。

20130327_172646ホテルはHotel Eisenfutというマルクト広場のすぐそばにある歴史ある建物と伝統あるサービスに定評のあるホテルにしました。ここでも2部屋取りましたが、部屋ごとに内装が異なり、座り心地のいいソファや十分な広さもあって評判通りのいいホテルでした。建物は大変古く、玄関から上がる木の階段はギシギシ音がしますが、それもまた味があっていい感じなんですよね。廊下や壁にはいろんな絵や像が飾ってあって何せ雰囲気がいい。食事は1階のレストランで取るのですが、ここも吹き抜けで広く朝ごはんもご飯やみそ汁もインスタントながら置いてあって美味しかったです。何より落ち着いてくつろげる雰囲気が最高でしたね。レストランには有名な絵も置いてありました。

20130327_172818到着時はもう夕暮れだったので街を簡単に案内して、夕食はホテルの斜め向かいのイタリアンレストランで取りました。ここもおいしかったです。僕自身はこの街は3回目ですが、いつも夕方になる前にフランクフルトに帰ってしまうので夕方以降滞在したのは初めてです。夕暮れのローテンブルグは天気が良かったせいもあり、少し寒かったけど夕陽がとてもきれいで素晴らしい景色が見られました。

ローテンブルグには2泊します。中日はお兄ちゃん達二人は自由行動。旧市街からは出ないことを約束にお小遣いを上げて、街の中を自由に探検しておいでと言っときました。外国人のお店での初めての買い物、海外の知らない街を兄弟二人で走り回って探検した経験は貴重な財産になると思います。さすがに喫茶店に入ってお茶するなどはできなかったみたいですが、城壁の周りをまわったり、博物館を見たり、テディベアのお店でぬいぐるみを買ったりして楽しんだみたいです。その間、親はちびを連れて旧市街の外の一般のスーパーマーケットへ。奥さんにとってはこういうところの方が面白いみたいですね。地元のスーパーやホームセンターが揃っている駅前でショッピングを楽しみました。お土産もここで安くたくさん購入できました。ちびっこたちもお菓子をたくさん買ってもらえて大満足。それぞれにローテンブルグの一日を楽しみました。

20130328_181918ローテンブルグ最後の夜はグロッケという有名なドイツレストランへ。ガイドブックには必ず載っているレストランなんだけど、夜は空いていました。ここで食べたローストビーフ(写真)が長男のお気に入りで「あれは最高にうまかった」と今でも言います。店員さんも大変親切で美味しい料理をお腹いっぱいいただきました。奥さんはドイツビールのヴァイツェンにチャレンジ。日本にはあまりないタイプのビールですが、ドイツビールと言えばピルスナーよりヴァイツェン。コクのある味わいはドイツビールの真髄です。ビール好きの奥さんも大変気に入ったらしく、喜んで飲んでました。これとフランケンワインをグラスで一杯ずつ。僕もヴァイツェンとフランケンワインをグラスで飲んだんだけど、弱いので結構ふらふらになっちゃいました。フランケンワインは美味しいけどよく回るねー。

そんな感じで3日目の夜は降り始めたみぞれと共に更けて行きました。

ローテンブルグの写真はまだパソコンに取り込めてないものがたくさんあるので後日再アップします。

ドイツ・ロマンティック街道ドライブ旅行記1日目

3月26日から4月2日まで、家族でドイツ旅行に行ってきました。今回はその旅行記にします。うちは長男が中2、次男が中1、長女が4年生、3男が小1に上がりました。次男と3男がそれぞれ卒業した記念ということもあり、また中学生になった長男・次男に海外を経験させてやりたかったこと、3男が長距離の旅行にも耐えられそうな年齢になったこともあって、思い切ってドイツに行くことにしました。4人の子供たちがいると家族全員での海外旅行なんて、滅多にできるものではないですもんね。上の子はもっと大きくなれば部活や受験で忙しくなるだろうし、そのうち一人で旅行にも出られるようになるだろうし、数少ないチャンスの時期だと思いました。

なんでドイツなのかというと・・・子供たちには初めての海外旅行ということで、ハワイやグアムではなく本当の意味で人が暮らす外国の街を見せてあげたかったこと、彼らが大人になっても記憶に残るインパクトのある旅行にしたかったことが一つの大きな理由です。それに加えて、ドイツは仕事でちょくちょく行ってますが、中世の街並みが残る美しい都市、近代的で進化した街の作り、歴史的な影響か日本人に対して敬意を持ち、ヨーロッパ人の中では最も日本人を大切にしてくれるドイツの人々なら、きっと子供たちにも外国人にいい印象を残してくれるだろうと思ったからです。

3月26日に関西国際空港を出発、フランクフルト国際空港に向かいました。航空会社はルフトハンザ・ドイツ航空。我が社の社員優待券も使おうと思えば使えたんだけど、予約できない難点があり万が一満席になった場合、スケジュールの変更を余儀なくされることがあると大変だと思ったので、大枚はたいて予約可能な一般の航空券を使いました。ルフトハンザはスターアライアンスメンバーでもあり、実績あるドイツを代表する航空会社なので信頼して取ったのですが、キャビンのサービスは期待したより大したことなかったですねー。B747-400だったのですが、席ごとに個別のエンターテイメント画面があるのはいいとしてタッチセンサーは古いもので反応悪いし、映画は10数本くらいしかなくそのほとんどは日本語なし。字幕もなし。ゲームもなし。結局子供たちはエンターテイメントはほとんど観られませんでした。CAさんの仕事ぶりもご飯配布したらあとはギャレーに座って何時間も雑誌読んでるだけ。我が社みたいにまめにキャビンを巡回してお客さんの御用を聞いて回ったり、お客さんとお話ししようとしたりする様子は全くありませんでした。日本人クルーは2人いておばちゃんだったけど、この人はまあ普通にやってくれてましたが、ドイツ人クルーは若い子も笑顔一つなく仏頂面でつまらなそうに仕事してました。うちの会社じゃあり得ない態度でしたけどねー。外国の航空会社はルフトハンザほどの大手にしてもそんなものなんでしょうか。やっぱり日本のエアラインのサービスは世界一だから比べちゃいけないものなのかなと思いました。

まあでも、行きはエコノミークラス空いていたので3男も席を一列占領して寝かせられたし、周りに人がいないというのはとても楽なことでリラックスできました。腰痛を心配していた妻も案外平気で、シベリア上空は全く揺れなかったので楽なフライトでした。定時にちゃんと運航してくれて離着陸もスムースだったのはさすがでしたね。

さて、11時間余りのフライトの後、無事フランクフルト国際空港につきました。まずは到着後レンタカーを借りるため空港地下階のHertzレンタカー事務所へ。予約は日本からネットで済ませてあります。パスポートと国際免許証を見せて保険だなんだとちょっとややこしい会話に苦労しながらも何とかカギを受け取り駐車場へ。日本のレンタカーみたいに受け取り前の傷のチェックや車のある場所への案内、操作方法の説明など一切ありません。受付でカギを渡して「車は駐車場のG-91番に停まってるよ。」と言って終わりです。この辺の大雑把さはさすがですね。

僕も海外で車を運転するのは初めてです。でも今回は子供連れの大旅行。荷物も多いし雨が降ったり、子供が時差に耐え切れず寝ちゃったりしたら大変なことになります。またロマンティック街道は車でないと回りにくい街などもあるので思い切って海外ドライブにチャレンジすることにしました。左ハンドル右側走行は慣れるまでは結構怖いかな、と思ったんですが乗務の時に先輩に「やってみればすぐ慣れるし、ドイツの道はわかりやすいから大丈夫だよ。」と聞いていたので何とかなるかなと思っていました。車はベンツの8人乗りバンタイプの車。以前うちで乗っていた車なので取り扱いや車幅間隔は問題ありません。ナビ付きということで料金も払っていたんだけど、このナビがまた全く使い物にならない。もともとベンツのナビというのはレベルが低くて、以前うちで乗っていた車に付いていた純正のナビも日本で言えば10年以上前の安物レベルでしたが、それよりさらにひどいものでそもそもMAPが出ない。次右、次左、という矢印が出るだけのいつの時代のナビやねん!って突っ込みたくなる代物でした。行き先を設定するのも一苦労でホテルの名前さえ検索できない。住所を細かく入力しないとできないものでした。しかも1文字でも違うと出てこないし・・・要するに全く使えないナビでした。で、やむを得ず携帯のナビを使って(パケット料金怖いけど背に腹は代えられず)走ることにしました。さすが日本のナビはスマホのものでも完璧にナビしてくれたので旅行の間中ずっと重宝しました。パケット料金も思ったほどべらぼうな金額は請求されなかったですね。助かりました。

20130326_210417で、ハラハラドキドキ運転してフランクフルト市内の少し外れにあるホテルへ。到着は昼過ぎだったんだけど、さすがに疲れているので3時間ほど寝ました。と思ったら突然廊下の火災報知機が鳴りだして10分以上止まらず、別に火災の様子はなかったし館内放送とかも何もないので放置してたんですが、そのせいであんまり寝られませんでした。このまま寝てしまうと明日の朝にはフランクフルトを出発しなきゃいけないし、どうせ夜中に目が覚めることになるので仮眠の後、夜8時ごろに無理やりたたき起こして美味しいステーキ屋さんに行きました。

20130326_210402レーマー広場の近くにあるシュタイネルネスハウス。ステイの時も良く来るドイツ料理屋さんです。日本のガイドブックには必ず載っていることもあり日本人に人気でよく現地で仕事をしているらしき日本人グループや観光客にも会います。妻も子供たちも眠くてふらふらでしたが、このお店の名物の石焼ステーキはやはり美味しかったらしく、3つ頼んだけどペロッと食べてしまいました。帰ってきてから聞くと「おのお店のステーキは眠くてよく覚えてないけど、とにかくうまかった。」と言ってました。妻はお肉もビールもほとんど喉を通らない状態でしたが中学生はさすがです。で、改めてホテルに帰って寝なおし。2部屋取ってあったんですが1部屋は上の子3人で寝かせて、もう一部屋を親と末っ子で寝かせました。旅行の間中このスタイルでしたが、修学旅行みたいで楽しかったみたいですね。というわけで一日目は無事終了しました。

クリスマスイブ

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石垣島旅行後半

石垣島旅行後半のお話です。今回の旅行は中一と小6の長男次男にシュノーケリングをやらせてやるのが目的でした。昨年も西表島に行こうとしたんだけど台風直撃で行けなくて、今年はリベンジでした。しかしやっぱり台風が来て初日はダメ、でも3日目には海もきれいになってシュノーケリングツアーに参加できました。

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ホテルの前のビーチは昼間は引き潮で遊泳区域のブイいっぱいまで出ても腰ぐらいまでしか水深がなくて、水も濁り気味であまりシュノーケリングできる状況ではありませんでした。しかし、ちょっとお金払えばビーチから牽引式のゴムボートで沖合のシュノーケリングスポットに連れて行ってもらい、石垣島らしいサンゴ礁で熱帯魚たちと遊べるツアーがあったのでそれに参加しました。家族みんなで行ったんだけど、6歳の三男はやっぱりマスクをつけるのにごねて無理そうだったので下が透明になっているゴムボートに乗せて引っ張って行きました。

魚肉ソーセージを撒いて魚を餌付けしたり、カクレクマノミを見せてくれたりしてなかなか楽しかったです。透明度もばっちりでしたね。またダイビングをやりたくなりました。長男次男はちゃんとシュノーケリングできてて楽しんだみたいですが、驚いたのは3年生の娘もちゃんと泳いでシュノーケリングできたことですかね。YMCAの海洋合宿でも経験してるので怖がりもせず、全く手を掛けずに一人で泳いでました。ほんの一時間だけだったけど、楽しいシュノーケリングができて目的達成。よかったです。

海からあがるとそのまま機材は借りたままにして少しビーチでシュノーケリングの続きをして、視界が悪いので飽きるとこんどはプールで泳いで、一日中泳ぎまくりました。子供の遊ぶ体力はホントにすごいですね。

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晩御飯は街に出て、二日目は琉球料理、三日目は石垣牛を食べに行きました。どちらのお店もほどほどのお値段でとてもおいしかったです。ムラサキイモやモズクのてんぷらが特に美味しかった。3泊4日の比較的短い旅行でしたが、夏休みの最後にいい思い出ができたと思います。

石垣島旅行1-2日目

8月27日から31日まで、家族で石垣島に行ってきました。25・26日は那覇を台風15号が直撃して航空・船ともに交通機関に大きな影響が出ました。26日の午後には15号は北に抜けて那覇の天候は回復したんだけど、15号の動きに引っ張られて一旦台湾の西に通り過ぎていた台風14号が戻ってきて八重山諸島を直撃という事態になりました。

社員用の航空券を使用している関係で予約ができず、関西-石垣の直行便しか空席がなかったので夕方の直行便で行きましたが、天気はかなり微妙な状況でした。石垣空港は滑走路長わずか1500m、B3での運航ですが予報ではクロスウィンドが30kt近くになりそうな状況です。ただでさえ台風の接近で気流が悪いところにこのクロスウィンドで雨が入ったらアウトだな、と思っていたんですが、何とか着陸できました。当該便のCAP、お疲れ様でした。ナイスランディング!

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(フサキリゾートのコテージ・一棟に二部屋あります。)

というわけで辛うじて石垣島には到着できたものの、風はびゅんびゅん野外やビーチでのイベントはみんな中止になってました。まあ、雨が降らなかったので行動の制約は随分ましでした。ところが、4日前に大阪から発送したはずの荷物がまだ届いていないとのこと。台風15号の影響でまだ那覇に止まったままだそうです。石垣島行きの飛行機は僕らが乗ってきた便が最後で後の便は欠航・・・明日中に届くかどうか・・・という話でした。僕はこういうこともあるかなと思って1泊分の着替えは持ってきてたんだけど、妻は何も持ってきてないそう。ちゃんと言ったんですよ。今回の天気は何があるかわからないから最低一泊分の備えは持っていた方がいいって。でもうちの妻はPILOTである旦那の言うことを信用しないので、持ってくの重いからってぜーんぶ発送荷物に入れちゃったそうですwww。

まあ、でももともと着いたのが夕方だったし、ホテル内のレストランで晩御飯食べて部屋でゆっくりくつろぎました。フサキリゾートというところに行ったんだけど、街からはTAXIで15分くらい。一棟一棟のコテージみたいになっていて一部屋に3人泊まれるので二部屋借りて、上の子たち3人は修学旅行みたいに子供たち3人で泊らせました。隣り合わせの部屋なので全然心配もなく部屋も快適でよかったです。

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(上・プール 下・フサキビーチ)
翌日の朝には台風も完全に抜けて天気は回復していました。このホテルの売りはプライベートビーチがあることなんですが、海の方は遊泳区域を復旧させる必要があり、そのままではハブクラゲが出て危険なので毒クラゲの除去作業をしてから遊泳再開となるそうで、午後までは入れないとのことでした。しかし、ビーチサイドにプールがあってそこは自由に泳げるので、午前中は子供たちに残ってた夏休みの宿題をさせて、その間に最低限の水着とビーチサンダルを売店に買いに行って、午後からプールで泳ぎました。20m四方くらいのプールですが、さほど混んでないので十分な広さがあり、楽しく泳げました。



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(長男は裏庭で剣道の素振り)

年長さんの3男坊はどうかなーと思ったんだけど、普通に立って水面が口の位置ぐらいの深さなんだけど、平気で泳いでましたねー。さすが…。イトマンスイミングスクールのおかげでしょうか。バタ足はとても上手でそれなりに進みます。手はまだばらばらでバタフライみたいだけど「バタフライクロール」で20m泳ぐんですよね。幼稚園児で20m泳げるのはなかなかのもんじゃないでしょうか。ちょっとびっくりしました。

ちびがちゃんと泳げたおかげで僕はちびにつきっきりになる必要がなく、マイペースで一緒に泳いだり、プールサイドでくつろいだりしながら楽しめました。海はダメでもこのプールのおかげでホントに助かりました。プールサイドにはお店があって、飲み物も食べ物も水着のままでいただけます。至れり尽くせりでとっても快適でした。写真をUPして続きはまたのちほど・・・。

目的地変更

台風接近中のため、西表島への旅行は中止しました。台風9号の進路では4日5日は那覇空港まず駄目だし、帰ってこられなくなりそうだったので…。とっても楽しみにしてたのに残念です。

でも宿の人も台風のためということでキャンセル料なしであらかじめ払ってあった宿泊代、返してくれましたし送ってあった荷物もすぐに送り返してくれるとのことでした。とても親切で助かりました。前泊予定だった那覇のNAHANA HOTEL&SPAも前日の夜に電話したにもかかわらず快くキャンセルさせてくれました。さすが沖縄は台風の対応はスムーズで気が効いていますね。

今回は運悪く台風直撃にあってしまいましたが、また次の機会に西表島には行きたいと思います。行けなくなったからなおのこと、行きたくなった。

で、代わりに今日から徳島の実家の近くのキャンプ場に2泊3日で行って、コテージに泊まって楽チンキャンプしてきます。川遊びができるところで、上流探検や釣りなどもできます。海はダメだったけど川で遊べたら子供たちはそれなりに満足してもらえるんじゃないかな。いってきまーす。

サンタ捕獲作戦

今年のクリスマスイブはお休みでした。夜は家でクリスマスパーティー。メニューは手巻き寿司とアイスケーキでした。手巻き寿司は具を奮発していいものがたくさんあったのでとても美味しかったです。アイスケーキはシャトレーゼで買った4種類のショートケーキを8個、円形に組み合わせたヤツでした。シャトレーゼだからあんまり高くなくて見た目も綺麗なんだけど、味はね〜。一つはチョコミント味。フリスクみたいなスーっとするミントが入ってました。あともう一つはレーズン入り。この二つはダメでしたねー。アイスにレーズンが入ってるなんて有り得ないです。あとの2種類はまあ美味しかったんだけど、この二つは子供たちも見向きもせず半分は食べられなかったです。どうしたのかな、あれ。

子供たちのクリスマスプレゼントは妻があらかじめ買っておいてくれたので、子供たちが寝たら枕元や机の上に置いておく予定だったんだけど、長男と次男が「サンタ捕獲作戦」なるものを始めてなかなか寝ないのです。どうやら交代で起きていてサンタが来たら捕まえようという作戦らしいです。12時過ぎまで二人して起きてました。次の日もちょっと早いし、妻は爆睡してるし、いい加減プレゼント置くのをやめて朝まで寝てやろうかと思いました。1時過ぎになってようやく二人とも寝てくれたので、何とか起きて無事プレゼントを置くことができました。長男は結局、4時過ぎに起きてプレゼントを見つけたらしく、弟を起こして5時過ぎからスーパーマリオブラザーズやってました。長男は朝から剣道があるし、次男も野球の試合なのに困ったものです。次男の野球の試合は僕も一緒に行ったんだけど、寝不足でフラフラのくせに最終回同点2点タイムリーヒット打ってました。やるね〜。

野球の試合は早朝から猪名川の河川敷で小雪の舞う中やってましたが、寒かった〜。ミュンヘンから風邪気味で帰って来て、頭痛と悪寒が治らなくて3日間ほどほとんど寝て過ごしてやっと少し良くなったところだったんだけど、また悪化しそうでした。昼過ぎには終わって熱いお風呂に入れたので何とか大丈夫でした。

それにしても5年生と4年生、まだまだサンタさんはしんじてるみたいですね。一晩中起きて捕まえようなんて言い出すくらいですから。「サンタさんは信じてる子のところにだけ現れるんだよ」って教えてるせいかも知れませんが、可愛いもんです。

年末最後のお仕事はまたミュンヘンに行く予定だったんだけど、病欠のキャプテンが出たらしく、行き先がパリに変わりました。パリに行くのも半年ぶりなので、勉強しなきゃいけないしまだまだ大変です。がんばろ〜。

タイムリーヒット

今日まで2泊3日で次男の少年野球部の夏合宿でした。恒例行事なんですが6年生から3年生まで全チーム合同で監督、コーチ、父兄も同行するので延べ150人くらいが参加する一大行事です。母親は必ず一日は参加するのが義務のようになっていて、子供のお茶やら食事の支度やら洗濯やらをみんな世話する事になっています。正直、そんなこと自分たちでやらせればいいと思うんですが、野球の練習に集中させてあげるためとか、そういう事で世話を焼くのが野球の伝統なんですかね。ちょっと古いような気もするんですが、クラブの幹部はみんなおじいちゃんなので仕方ないみたいです。

うちは妻が一日目に参加して、入れ替わりに僕が1泊2日で後半参加してきました。3日間お天気は良かったんですが、とにかく暑くて大変でした。京都府京丹後市の瑞穂というところにある施設で、道の駅が併設されている山の中の大変立派なスポーツ公園です。グラウンドも広く少年野球なら十分に4面で試合ができます。柔らかいとてもいい土を使ってあるんですが、照り返しも強くて、2日間だけでもすごく日焼けして身体中がヒリヒリします。ずっと帽子は被ったままで、首には濡れタオルを巻いてたんですがそんなものじゃ到底防げないですね。ホントにすごい日差しでした。子供たちが熱中症にならないよう注意しながら、マメに休憩を挟みながらの練習でした。おかげで頭が痛くなったり、少し気分が悪いと言ってくる子はいましたが、休ませながらやって最終的にはみんな元気に帰ってくることができたので良かったと思います。

さて、合宿2日目の昨日は午前中で練習試合の日でした。うちの次男はヘタクソで補欠なんですが、今回は2試合とも出してもらってました。一試合目は地元のチームで強さはあまり大したことないところ。次男はフォアボール3回で打つ機会は無し。走塁では頑張って2盗塁、2得点でしたが、一度ボーンヘッドでアウトになってました。一試合目は相手も弱いとあって補欠メンバー中心の試合。で、二試合目はうちの地域から出張してきてもらったライバルチームでこちらはレギュラーメンバー中心のゲームでした。ま、ライバルと言っても負けたことはないんですけどね。その試合にも次男は出してもらえたので、気合いを入れていくように言ってたんですが、3-3の同点から3回の裏、一点を勝ち越してなおも2アウト3塁の場面、次男に打席が回りました。まだまだバットの振りが弱くてまともなヒットなどほとんど打ったことのない次男ですが、その打席は集中できたのか、はたまた振ったバットにボールが当たったのか、快音を残した打球はきれいにセンター前へタイムリーヒット。貴重な追加点を叩き出す一打となりました。

レギュラーメンバーの中に入って試合に出たのも初めてならあんなきれいなタイムリーヒットを打ったのももちろん初めて。照れながらも嬉しそうにしているのを見て、多分子供以上に僕のほうが嬉しかったですね。このタイムリーが効いて結局試合は7-4で勝ちました。フル出場できたことも良かったです。これでまた少しは自信がついて、やる気もアップしてくれたらいいなあ、と思います。

このタイムリーヒットが見れただけでも大変な合宿に行った甲斐がありました。

娘の頭痛

最近1年生の娘がちょくちょく「頭が痛い」と言いだすようになってちょっと心配です。一応病院には連れて行ったのですがこれといった原因は分からず、頭痛薬を少しもらってきただけでした。車に乗ると痛くなるらしく車に乗ったとたん5分もしないうちに「痛い」と言いだして元気が無くなります。直射日光を浴びた時も痛くなるみたいです。車から降りたり涼しい部屋に入るとすぐに治るそうですが、不思議ですね・・・。頭のどこかが痛い片頭痛のようなものではなく後頭部あたりを中心にぼんやり痛いって言ってます。大人ならよくあることですが、子供が頻繁に頭痛を訴えるというのはちょっと普通じゃない気がします。ここ2カ月くらいで急にですし。

精神的なものという可能性もあるかとは考えてみたんですが、特に車に乗って嫌な経験をしたわけでもなく、むしろ楽しみにしていた遊びに行く途中の車でもやっぱりだめなので何か身体的な理由があるのかな、という気がしています。

娘は1歳半くらいの時に庭の入口の門から登ってくる階段のところで転落したことがあって、1.5mくらいの高さから真っ逆さまに落ちてコンクリートで頭を打ち、頭蓋骨の真ん中、前の方を7-8cm割れるような形で骨折したことがあります。幸い脳内出血等もなくただ一直線にひび割れが入っただけだったので治療のしようもなく、鞭打ちのような状態で3日ほど起き上がれなくなってたんですがそのうち元気になった、ということがあったのでその後遺症とか影響があるんじゃないかとちょっと心配なわけです。

CT Scanとか受けてみた方がいいかなぁ。

夏休みはキャンプ!

2週間もあったはずの長期休暇も何だかあっという間に終わりそうです。30日からはまたお仕事です。今年の長期休暇のイベントは一つだけ。キャンプ!

083今年の長期休暇は運よく子供たちの夏休みに合わせてとることができたので、子供たちの自立心を育てる、というテーマのもと2泊3日でキャンプに行ってきました。岐阜県の飛騨高山にある南乗鞍キャンプ場というところに行きました。妻の友人のご主人がとてもキャンプ好きで、休みの日には0歳の赤ちゃんもいる二人の子供を連れてまでキャンプに出かけて行くという熱の入れようで、去年は4家族合同でコテージ宿泊のキャンプに行ったんですが、充実した道具類や知識の豊富さに驚かされました。

028その人に借りた雑誌や情報を頼りに道具を揃え、無印良品が経営している南乗鞍キャンプ場に行くことにしたわけです。家からは車で約6時間、途中ごはん食べたりのんびり行ったので実際は走り続ければ4時間半ぐらいで着けそうな距離でした。岐阜県内で長野より近いので思ったより楽だったな、という印象でした。ただ一般道からキャンプ場のある子の原高原というところまでくねくね山道を登って行くのですが、この山道がホントに長かった。一般道から山道に入って10km以上登って行くんですから・・・。「こんなとこにホントにキャンプ場あるのかなあ」と不安になってきたころようやくキャンプ場到着。南に御嶽山、北に乗鞍岳を望む標高1300mの高地に広いキャンプ場が広がっていました。

013広いキャンプ場内には林の中のサイトあり、景色のいいサイトあり、大きな池沿いのサイトありとバリエーションに富んでいましたが僕らは予約していた御嶽山を望む景色のいいサイトに入りました。平日とあってお客さんは少なく全部で10組もいるのかな、というくらいガラガラでした。景色のいい人気サイトだったのでそれでも隣に家族連れが来ていましたが、サイト間の距離があるのでほとんど気にはなりませんでした。お隣さんは名古屋から来られた方で4年生のお姉ちゃんと2年生の弟がいました。お姉ちゃんとうちの娘がお風呂で仲良くなったので、娘はちょくちょく隣のサイトに遊びに行っては楽しそうに遊んでました。どこでもすぐ友達作っちゃうのは娘の特技ですが、ほんと女の子は社交的ですよね。ん、うちの娘だけ!?

121お兄ちゃんたちはテント建てるのを手伝わせたり、火を起こさせたり、料理を手伝ったり…まあ要領は悪いですが学校や塾でも野外教室みたいなとこに行ってるのでそれなりに頑張ってやってくれました。2日目にやったマウンテンバイクが面白かったみたいですね。マウンテンバイクはレンタルできてキャンプ場内に専用コースが5つあります。林の中の斜面をバイク1台ようやく走りぬけられるくらいの道を下っていきます。安全のため僕も一緒に走ったけど、大人でも十分楽しめるスリリングなコースでした。弟は途中で木に突っ込んで足をすりむいた揚句、マウンテンバイクのブレーキ壊してしまってました。すぐにセンターハウスに帰って新しいバイクに交換してもらいましたが、それでもめげずに頑張って走ってました。徐々にコツをつかんだらしく後半は楽しそうに乗ってました。これが一番良かったな。

068昼間は結構暑くて30度前後にはなったようですが、日が暮れると急に寒くなり夜は15℃くらいしかなかったです。暑がりの僕でも毛布なしでは風邪ひきそうでした。暑いのは午後の間だけで夕方6時を過ぎるともう涼しい風が吹いてきます。下界は36℃とか言ってるときだったのでホントに快適でした。



飯ごう炊飯もダッチオーブンを使ったビーフシチューも妻の協力のおかげで上手にできたし、(飯ごう炊飯は家で練習してたので子供たちが作りました。)食べるもの全般はうまくいったな。釣り堀で釣ったニジマスの焼き魚もおいしかった。111やっぱり、火起こしの道具とか、ツーバーナーとか、調理器具とかそういう道具がしっかりしたものがあれば、キャンプといえども快適に料理できるということがわかりました。今のところテントやタープはレンタルで賄ってるんだけど、もう少しできるようになったらテントも買いたいな。8月中にはもう一回、今度は家の近くのキャンプ場に行ってみようと思います。

子育ての悩み(の続き)

先日書いた記事で長男の塾のこと、子育てのことに関してみなさんからいいご意見をたくさんいただきました。みなさんが共通して仰っていることを考えてみると徐々に必要なことが見えてきて、少しずつ考えがまとまってきました。まずは受験は一旦棚上げにします。勉強はもちろん続けないといけないので、本人の意見を聞いて本人が「やってみよう」という気持ちになれる形を取ってあげようと思います。「塾についていけなかった」ということで本人は少し自信をなくしているようですが、ここで別の方法でやってみて勉強が苦しくならないように、「やってみよう」という気持ちにさせてやることが必要ですね。

それから興味を持てること探し。もともと天文台に連れて行ったことや毎年北海道に旅行して本物の綺麗な星空を見せてやったことが影響してか星と星座は好きなようで強い関心を持っています。かといって自分で本を調べたり、天文台に行きたいとねだったり積極的な行動ができるわけではないんですが…。折を見てキャンプに連れて行ってやったり天文台に連れて行ってやったりもしてあげたらいいかもしれません。スポーツに関してはテニスを週に一回やってるんですが週一ではなかなか上手にもならず、しかもスクールでは試合もないのでガッツも湧かないようです。団体競技に向く性格ではないようなので個人競技で、近所にあるものと言えば他にはバドミントン、空手、剣道、少林寺拳法あたりですか。少林寺なら親が教えてやれるんだけどそれも善し悪しかも知れないので本人をいろんな練習場所に連れて行ってみてどんな反応をするか様子を見てみようと思います。何かに興味を持ってくれればいいんですが…。思い切って今までと全く違うものにチャレンジしてみるのもいいかもしれません。

まだ年齢的に少し早いのかもしれませんが、「自分が行動しなければ何も良くならない」ということをわかってもらうような経験を積ませる、ということをやってみたいです。塾に縛られていた時間を少し解放してあげて、受験の束縛も外してあげて、その代わりテレビやゲームじゃない楽しいこと、好きなことを見つけに行こう。そういう話をして何か「やってみたい」と思うことにチャレンジさせてあげたいと思います。親の使える時間には限界がありますが、今の大事な時期に子供と関われなくて偉そうなことは言えませんものね。しばらくは長男にしっかり関わって「楽しく生きる知恵」を教えてあげられたらと思います。

子育ての悩み

最近は子育てにちょっと悩んでいます。長男は5年生、次男は4年生になるんですが、二人とも近くの進学塾に行ってます。施設もきれいで自習環境も整い、先生方も熱心で実績もあるいい塾だと思ったのですが、二人とも余りついていけてません。週3回、一日3時間の授業に居残りも含めると4時間くらい拘束されて勉強してます。4年生や5年生には大変な長さの時間だと思うし、よく頑張っていると思うのですが、成績は思うように伸びず、理解度ももう一つ(全然?)のようです。出来が悪いと言えばそれまでなんですが…どうも問題は集中力と理解力のように感じます。

小学生に4時間も勉強させて、しかも宿題で塾のない日も四苦八苦して塾の負担があまりに大きすぎて、本来小学生がやるべきことができていないようにも感じます。ゲームと漫画以外に好きなことがない、将来の夢・わからない、スポーツ・やりたくない、こんな調子です。日々の生活があまり生き生きとしてないんですね。これではいかん、と最近思っています。

うちの子はお坊ちゃん育ちでおっとり型。何事にも受け身で従順ではあるんですが、意欲や負けん気に欠けるきらいがあります。塾で成績が下の方でも悔しいとは思ってないみたいだし、何事にも自分で取り組もうという意欲が見られません。自立心がたりない。与えられるものをこなすだけで、それも十分にはこなせない。ただじっと我慢してるだけで自分で考えない、工夫しない。これじゃ成績も伸びませんよね。塾に行ってぼーっと座ってるだけじゃ、辛いだろうし、面白くないと思うんだけど、それはそれで適応しちゃうんですよね。

何とかもっと短い時間で集中して勉強に取り組めるように、自発的に勉強に意欲を持てるようにできないかと妻といろいろ相談しています。現状を長男に説明して、いろんな選択肢を提示して長男にどういう方法でやりたいか、自分で決めるように言ってるんですがそれも反応が鈍いです。困ったものです。とりあえず今の塾はやめさせようと思ってます。

自分の興味のあるものがない、好きなことがない、将来の夢がない、というのは一番まずいことだと思います。興味があるのはアニメとゲームだけ。これじゃ完全に引きこもり予備軍ですよね。「自立心」を育てるというのは本当に難しいです。ほったらかしにすれば楽な方に流されてゲームと漫画ばっかり、うるさく言えば言うことは聞くけれど集中しないし結果も伴わない。とりあえず、今彼の時間の大部分を占めている塾とゲームを排除して、自分で自分の行動を決めていくという生活習慣をきちんと整えていくことが大事かな、と考えています。今のままじゃいくら進学塾に行ったところでろくな学校には合格できそうもないし、小学生時代に大切なこと、将来の財産になるようなことを身につけさせないと今後の成長にも大きな問題を残しそうな気がします。

少し立ち止まって、自分で考えさせる、そういう環境を作ってやれたら・・・そして少しずつでも自分の足で歩いて行けるように成長してくれたらと思うのですが、なかなか子は思ったようには育ってくれないですね・・・。子供の成長に大きな害になっているテレビとゲーム、まずはこれを何とかしてから先のことを考えていった方がいいのかなと思います。

結婚式

週末は家族で沖縄に行ってきました。沖縄本島中部の残波岬の近くにあるホテル日航アリビラというところで、妻の短大時代の友人の結婚式に出席するためです。基本的に身内だけでということだったんだけど、飛行機代はかからないし自分たちの式にも来てもらっているし、長年の付き合いの親友でもあるので旅行がてら式に出席させてもらいました。

土曜日に伊丹から出発して、昨日の最終の関空行きで帰ってきました。年度末の週末とあってお客さんが多く、予約できない航空券なので心配してましたが意外にオーバーセールはなく、ほぼ満席でしたが予定通り乗ることができました。座席はばらばらになってしまったけど、3歳の息子の分だけは何とか隣席を確保できてよかったです。お兄ちゃん、お姉ちゃんたちは一人でもちゃんと座っていられました。えらいえらい。

那覇ではNAHANA HOTEL&SPAというところに泊りましたが、6人いっぺんに泊まれて部屋も広かったし、新しいホテルできれいだったし、朝食バイキング付きでこれもとてもおいしかったです。パレット久茂地の近くで国際通りにも松山にも近いし、値段もお手ごろだったので文句なしでした。なかなかホテルで6人家族がいっぺんに泊まれる部屋ってないんだけど、ここはうちのニーズにばっちりマッチしてました。今度から那覇に行くときはここで決まりですね。

014013一日目の夕食は松山の焼肉・華というところに行きました。石垣牛の焼き肉で有名なところで芸能人やスポーツ選手たちも御用達のおしゃれな高級焼肉店です。関西では肉と言えば神戸牛の美味しい店がたくさんありますが、神戸牛の有名店よりは多少安く、美味しい石垣牛が食べられます。石垣牛って知ってる人は知ってるけど、沖縄では一番有名なブランド牛で神戸牛に負けないくらい柔らかくて美味しい牛肉です。焼き肉とはいえサーロインはサイコロステーキにしてくれてそれを自分で焼いて食べます。夢中で食べちゃったので写真撮るの忘れました。カルビなんかは縦長に切ってあるのでそれを焼きます。サシがすごくきれいであっという間に焼けますが、とにかく脂がすごいのであんまりたくさん食べるもんじゃないですね。美味しいからって調子に乗って食べてるとあっという間に気持ち悪くなってしまいます。追加を注文してから後悔しましたが、美味しかったです。

043二日目は首里城を見物に行きました。那覇からすぐ近くにある世界遺産にも関わらず、何故か今まで行ったことなかったんですよねー。本殿は赤い漆の塗り替え工事中らしくて足場がかかってましたが、想像以上に面白かったです。昔の琉球王国って中国皇帝に従属を示すことによって東南アジア各地と交易の権利を獲得し、東南アジア全域にわたる交易により発展した王国だったんですね。今は航空会社が沖縄の地の利を生かし、那覇を拠点にして航空貨物の一大ネットワークを作り上げようとしていますが、これって現代版の琉球王国の再現みたいで面白いなーと思いました。首里城の中にかつての琉球王国が交易していた国々との交易図が地図に表示されていたんだけど、今の航空貨物ネットワークの計画図とそっくりでした。細かい調整がうまくいって物流が乗っていけば、成功するかもしれませんね。貨物で那覇に目を付けるというのはとてもいい発想だなと思いました。

首里城を後にしてレンタカーを北に走らせホテル日航アリビラへ。高速を使っても1時間くらいかかりました。このホテルは海沿いにあるきれいなホテルですが、周りは畑ばかりで何もなくて、リゾート施設が海沿いに連なっている独立した感じのホテルでした。初めて行ったけどなかなか綺麗でした。でも冬場はあんまり楽しみがないし、週末だというのに人が少なくて、赤字なんじゃないかなってちょっと心配になりました・・・。結婚式は離
れの海が見える教会で行われました。外国人の牧師さんで新プロテスタント式かな?僕らの結婚式と同じ讃美歌、聖書の朗読、誓約、結婚証書記入、結婚宣言という流れでした。親族だけで人数は少し寂しい感じはしましたが、厳かで温かい式だったと思います。結婚宣言では牧師さんが「神が結び給いし結婚は人、これを分かつことあたわず。」という決まり文句で締めます。僕らのときは日本人の牧師さんだったので日本語でしたが、今回は外国人牧師さんだったので英語でした。英語で聞くのも雰囲気があって良かったですね。僕はキリスト教徒ではありませんが、神と同等の「大いなる力」の存在には信仰をもっています。「結婚なんて婚姻届一枚だすだけ」なんて軽く考える風潮も一部にある現代で、結婚は神が結び給うたもので、自分たちの勝手な都合で分かれてはいけない、という教えはとても神聖なものに感じます。自分たちのときも聞いた言葉ですが、改めて聞いてその重みを感じました。

今回、結婚した妻の友人は僕らの結婚式の前から知っている子で、僕にとっても12年くらい前からの知り合いになります。子供ができて忙しくなる前はちょくちょく家にも遊びに来てくれました。家庭の事情や様々ないきさつで結婚する時期が遅くはなりましたが、いい人と結婚できて本当に良かったと思います。旦那さんの家や仕事は愛知なので少し離れていくことになりますが、新しい生活を元気でやっていってほしいと思います。幸福な未来をお祈りします。

はるまつり

今日は娘の幼稚園の「はるまつり」でした。表現遊びや演奏、合唱を中心とした演技で今年度最後の大きな行事です。娘は年長組なのでもうこれで卒園式を除き行事はすべて終了ですね。最後なので僕も観にいきました。年少組と年中組は半分ずつ参加して表現遊び(簡単な劇みたいなもの)と歌をやってくれて、主役は年長組。合奏と合唱をたくさんやってくれました。

今年は年中組の学級閉鎖とかもあったせいか、年少・年中の出しものは全般にできはいまいちでしたね。何だか年々出し物の質が下がっていくような気がします・・・。保護者としては劇にしろ合奏にしろできるだけ立派なものを期待してるんですが、幼稚園の指導方針がだんだん曖昧になってきて、お兄ちゃんが在園していた頃のようなピリッとした雰囲気が無くなってきているような印象があります。これも7年もこの幼稚園を見てきているせいなのかもしれませんが・・・。

今年は劇のときも子供たち全然声が出ていなくて、何をしゃべっているのかわからないし、ひとつの役に5人も6人もいるんですがそれでも台詞が出てこなくて後ろから先生が台詞を教えてたりしてました。舞台の真ん中で大きなあくびをしてる年中さんもいたし・・・3−4年前の子供なら考えられない現象です。緊張感がない?練習不足?指導力不足?原因はいろいろ考えられますが、やっぱり幼稚園が子供や一部のわがままな保護者に迎合して、きちんとした指導ができていないような気がします。子供も保護者も甘やかしすぎ?もう少し厳しさというか、毅然としたところを見せてほしいというのが、1年間保護者会から幼稚園を見てきた感想です。来年からは4番目の3男が入園する予定なんですが、こんな状況で大丈夫かな?とちょっと不安になる今回のはるまつりでした。園長や副園長には妻がそういう話はしているそうなんだけど、なかなかピリッとした回答は返ってこないみたいです。

まあ、そんな中でも年長組全員による合唱は例年通り見事なものでした。5曲ほどの歌を続けて歌ってくれて、声量も元気もさすがと思わせるものがありました。恒例の「さよならぼくたちの幼稚園」ではお母さんたちの啜り泣きが続々・・・。担任の先生が泣いたのでつられて何人かの子供たちも泣き出して感動的でした。思わず園長先生ももらい泣きしてましたね。これもしっかりした合唱があってこそ。やっぱりはるまつりはこうでなくちゃね。

来月は卒園式でいよいよ4月から娘は小学校。3男は幼稚園に入園です。娘のランドセル姿も3男の幼稚園服姿もとっても楽しみです。

紅白歌合戦と年越し

新年明けましておめでとうございます。お正月は天気予報はあまり良くなかったのに、実際は大阪あたりは正月らしいいい天気でしたね。寒さもほどほどだし、それらしい雰囲気のあるお正月になりました。

僕は大晦日は午後スタンバイのあと、義理のお姉ちゃんの家にお世話になってました。前日から子供たち4人が従兄弟と遊ぶためにお義姉ちゃんの家に泊めてもらってて、夜に迎えに行く予定になっていたのです。当初はそのまま帰ってきて家で年越しをする予定だったのですが、義兄さんが仕事で少し帰りが遅いということもあり、急遽すき焼きの材料を持っていってそのまま食事。ついでに年越しまでお邪魔することになってしまいました。子供7人、大人3人、9時過ぎに義兄さんも帰ってきたので大人4人でにぎやかに年越しすることが出来て楽しかったです。

義兄さん義姉さんは妻の姉の一家ですが、子供が3人います。高校3年、高校1年のお兄ちゃんと中学2年の妹ですが、みんなしっかりしたいい子です。女の子は特にうちの子供たちを可愛がってくれていて時々うちにも遊びに来ます。今回も30日から部活動が休みになるのでうちに遊びに来て、うちの子供たちが離れたがらないのでそのまま今度は向こうに預かってもらったという流れでした。上のお兄ちゃんは受験生ですが京都の大学に推薦で合格してもう受験勉強は終わってます。小学生のうちの子供たちにしてみれば高校生のお兄ちゃんなんて憧れですよね。体はもう親より大きいし、若くて何でも一緒に遊んでくれるし、離れたがらないのはわかります。3歳の3男は高校1年のお兄ちゃんにくっつきっぱなしで、トイレまで付いていく勢いでした。

妻の実家は昔から年越しは紅白歌合戦を観ながら、あーだこーだとけちをつけるのが慣わしだったらしく、今年はお姉ちゃんとやいやい言いながら昔ながらの見方ができて楽しかったみたいです。僕や義兄さんは自営業の家に育っているので、子供の頃の大晦日は親は遅くまで仕事で構ってもらえず、兄妹でアイドル歌手が早い時間に歌ったあとは演歌ばかりで全然面白くない紅白歌合戦を退屈しながら観て、親の仕事が終わるのを待っていたので淋しい思いをした記憶があります。(うちの実家は子供の頃、NHKと民放1局しか入らなかったのです)なので紅白歌合戦にはおまりいい思い出がなく、興味がないので家でも大体他の番組を2階で観てます。子供たちはパパについてくるので妻はリビングで毎年一人で紅白を観てる時間が長く、つまらなかったみたいですね。あ、もちろん僕も妻を放ったらかしじゃなくて時々は一緒に観てますよ。でもやっぱり物足りないんでしょうね。今年はお姉ちゃんと一緒で大満足だったようです。

紅白が終わって年を越しておめでとうを言った後は帰ろうと思ったんですが、子供たちがどうしても帰らないというので結局また夫婦二人で家に帰って元旦の朝は珍しくゆっくりできました。まあ、午後には迎えにいって2日の昼には親戚の集まりで結局全員集合するので吹田と川西を毎日往復してたようなものですが、子供たちも大喜び、うちの夫婦もゆっくり時間が取れて楽しかったし、いいお正月でした。一番大変だったのはお義姉ちゃんかな?お世話になりました。来年はうちで年越しできたらいいね、という話をしてました。義兄さんの仕事が早く終われるようならいいんだけどねー。来年もこういう楽しい年越しをしたいものです。

X'mas ページェント

寒いですねー。このところようやく年末らしく、寒さが厳しくなってきました。仕事は今のところそんなにきつくはないんだけど、二日続けて会議の後の忘年会で、昨日からは会社のバドミントン部の合宿で淡路島に行ってました。3日続けて宴会となると寝不足できつかったです。楽しかったけどね。

会社の仲間で月に1回、バドミントンをやってるんだけど、これを始めてから1年ちょっとになるので1周年を記念して初の合宿を計画しました。淡路島のスポーツ施設で11名で行きました。バドミントンして食事して宴会して学生の頃のようなのりで夜中まで遊んでました。でも今日は娘の幼稚園でクリスマスページェントがあり、僕は二日目の朝イチで帰ってきました。3時間しか寝てなくて高速飛ばして帰ってくるのはなかなかきつかった・・・。

娘の幼稚園はキリスト教の幼稚園なので、毎年のクリスマスページェントは一大イベントです。劇と言っても文化祭の出し物のようなのとは少し違ってクリスマスの礼拝として、神様に見せるものという位置づけです。だからカメラやビデオでの撮影は一切禁止。観たい人はその場に行かなければ決して見ることができないものとなっています。だから合宿を途中で失礼してでも行かないわけにいかないんですよね。このページェントの導入に当たっては、年少さんは劇の舞台の飾りつけを作り、年中さんは聖歌隊で聖歌を歌い、年長さんが劇をするという形で年々ページェント(聖劇)にかかわり意識を高めていきます。3年掛けて年長さんになったときについに自分の出番が来るわけです。子供たちにとっては大変な晴れ舞台なんですね。全部で20分ほどの劇ですが、子供たちは私語をしたりする子もなく、立ったり座ったりもありますがしっかりやってくれました。歌も大きな声でしっかり歌えていたし劇の中でも台詞を忘れたり間違えたりすることもなく上手にできたと思います。途中で嘔吐下痢症にかかってしまった子が突然席で吐いてしまうというハプニングがありましたが、他の子達は動揺することもなく静かにしていました。吐いてしまった子も先生に連れられて一旦体を拭きに下がりましたが、自分の出番にはまた戻ってきて自分の分担をちゃんと最後までやり通しました。

床に大量に吐いたものをさっとふき取って、子供の世話をしたまだ若い先生方の手際も見事でしたが、普通なら吐いたのを見たりするときゃあきゃあ言ったり立ち上がったりしそうな幼稚園児が、動揺せずじっと座って劇の続きに集中し続けたことが素晴らしいと思いました。入場と退場を先生が先導する以外は、大人は一切指図をせず、ピアノの音に合わせて子供たちだけでページェントを進行しているにもかかわらず、です。保護者が居並んで観てることや、礼拝の厳粛な雰囲気が小さい子供たちにも伝わっていて自制させたんでしょうか。こういうことも大切な教育ですね。

次男の誕生日

今日は次男の誕生日です。今日で9歳になりました。とはいえ、パパは仕事でロンドンにいますが・・・。お祝いは帰ってからしようかな。子供4人もいるとなかなか誕生日のたびに休みは取ってられないのです・・・。次男は野球部で頑張ってます。今年の1月から始めて約9ヶ月ですか。最初は厳しいという評判を聞いてびくびくしながら行ってたようですが、最近はチームメイトとも仲良くなって、野球の面白さも徐々にわかってきて楽しく行っているようです。3年生はDチームという位置づけで学年があがるごとにC、B、Aチームとなっていくんですが、わがDチームはまずまずの強豪で、今まで練習試合等では近所に1チームだけどうしても勝てないチームがあるんですが、それ以外では負け知らずです。百数十チームが参加して大阪で開かれている大会では今のところベスト16まで勝ち残っています。初めての公式戦としては上出来です。次の相手はさすがに強いらしいのでどうなるかわかりませんが、強い相手と試合できる機会が少ないので楽しみです。

うちの子はもちろんレギュラーではなくて、控え選手です。レギュラーの5人くらいの子はずば抜けてうまくて体も大きいです。まあ、当分は太刀打ちできませんが、5−6年生になる頃には勝負できるようにしてやろうとパパコーチは目論んでいます。左利きなので最近はリリーフ投手として使ってくれることもあり、次男もやる気が随分と違ってきました。やっぱりピッチャーは面白いのでしょうね。球は遅いんですが、左でちょっと変則的なフォームとナチュラルにかかるスライダー気味のボールがなかなかいいです。小さいバッターにはなかなかストライクが入らなくて苦労してますけどね。3年生の小さい子にストライクを投げるのは僕らでも難しいです。野球の楽しさを知って、努力して結果を出す喜びを覚えてくれれば、自分でぐんぐん成長して行ってくれると思います。それまではあまりうるさいことを言わず我慢の日々ですね。

父兄コーチとしてチームの練習に参加しているんですが、監督やヘッドコーチ、その他の父兄コーチも人格のある立派な社会人で、子供の指導にも大変熱心で野球の技術だけではない何かを教えつつ、強いチームを作ろうと努力しています。子供たちも目に見えて上達する日々を送っています。19人も選手がいるのでどうしても悩みはレギュラー選手と控え選手の経験の差、レベルの差をどう埋めて、どういう練習をしていくかにあります。2チームに分けてみたり、練習試合では必ず2試合お願いして控え選手の経験を積ませたり、希望のポジションを聞いてレギュラーの取り方を自分で考えさせたり、いろいろな方法を模索しながらやってますが、徐々に効果は現れているようです。彼らが6年生になったとき、どんなチームになってどんな成長した姿を見せてくれるのか、自分の子でなくても今から楽しみです。

今の公立小学校ではどうしても競争というものがありません。通知表も3段階評価でいいのか悪いのかさっぱりわかりませんし、運動会でもまともな競争はほとんどなく、安全性重視のつまらない競技ばかりです。授業レベルも非常に低いですし・・・。しかし現実の世の中は競争があり、実力がなければなりたい職業にもつけず、高い給料ももらえません。受験もまた然りです。小学生の間くらいは楽しくやらせて・・・なんていいますが、本当の楽しさや嬉しさというのは努力がなければ得られないものだと思います。努力しないでもらえる賞など大して嬉しくはないはずだし、もちろんそれまで賞なんてもらったことのなかった子が初めて賞をもらったらどんなことでも嬉しいでしょうが、僕は自分の子にそういう次元で勝負して欲しくないのです。野球は勝負がはっきりしていて、レギュラーと控えの差も歴然とあります。試合に出たかったら努力しろ、という明確な答えが常にあります。そこで子供たちがどうするか、また大人がどう指導していくか、というのは大切なところで、控えの子のモチベーションをどう高めて導いていくか、努力する喜び、結果を出したときの本当の喜びをどうやって子供たちに教えていくか、が監督・コーチの手腕だと思います。レギュラー選手だけでなく控え選手も一丸となってチームを強くしていくことができれば、そのチームは試合をしても必ず強くなります。レギュラーでない子でも、中学・高校でまた野球を続けたいというような、そんなチームに育てていけたらと思います。そういう力は必ず野球ばかりでなく、勉強にも人間性の成長にも生かされると思うのです。

仕事の都合でなかなか土日の練習や試合に参加できないのが残念ですが、できる範囲で協力してやっていこうと思います。

積丹半島

富良野からニセコに車で移動するのに、高速で小樽まで行ってそこから一般道でニセコに南下します。その途中、積丹(シャコタン)半島を回って海岸線を見ていくことにしました。少し遠回りにはなるけど天気がいいので景色も良く見えるし、本場積丹半島のウニ丼を食べるのも目的です。まあ、積丹半島のウニなら小樽あたりでも美味しい店はいくつもあるんだろうけど、どうせなら本場でということで行ってみることにしました。

北海道2009 006北海道2009 046小樽から約1時間ほどかけて積丹半島の先端部へ。ガイドブックに載っていた「中村屋」さんというところに行きました。周りには地元の海産物の料理屋さんがいくつかあって、他の店でもおいしそうでしたね。中村屋ではムラサキウニが売り切れでなくて、結局バフンウニのうに丼にしました。どうせなら名物のムラサキウニが食べたかったんですけどね。残念です。妻はうに丼、子供たちはいくら丼、僕は大漁丼というのにしました。写真はうに丼と大漁丼。どれも美味しかったですよー。

北海道2009 230そのあと、観光に神威(カムイ)岬にいきました。駐車場から岬の先端まで細い遊歩道を通って20分あまり歩きました。昔は聖地として女人禁制だったそうですが、今はそういう制約はないそうです。しかし、断崖絶壁、強い風がいつも吹いてて整備された遊歩道があるから安全に歩けますが、何もなければちょっと足を滑らせたら真っ逆さまに崖から滑り落ちそうなすごいところでした。遊歩道なしには女人禁制にしなくても、女性ではなかなか先端まで辿り着ける人はいないんじゃないかと思いました。

北海道2009 249この日は比較的天気は良かったんですが、それでも先端部分に近づくと強い風が吹いていました。下の二人は怖がりながらも何とか頑張って歩いて、3歳は時々抱っこしながらも何とか先端まで辿り着きました。アップダウンも結構きつくて大人でもふうふう言うくらいですが、よく辿り着けたものです。先端では日本海の大海原と名物の奇岩、雲の隙間から差し込む光がとても綺麗で、海は積丹ブルーの綺麗な色で頑張って先端まで歩いた甲斐がありました。とても神秘的で素敵な場所ですね。

先端の展望所には盛り上がった岩があって、その上に立って手を広げるとすごい風が当たって気持ちよかったです。

富良野その2

富良野3日目はキャニオニングに行きました。キャニオニングというのは川の上流に行って水の綺麗な渓流で遊ぶことです。南富良野から車で狩勝峠を越えて十勝山系の川の上流に行き、山奥に分け入って美しい渓流に到着しました。とにかく水が冷たくて、この時期はほぼ一年でも一番水の暖かい時期なんですが、それでも生身で水に漬かってると1分もしないうちにしびれてきます。ウェットスーツを二重に着てライフジャケットもつけているので水に飛び込んでも身体自体はあまり冷たくなく、ぷかっと浮きます。ウェットスーツなので隙間から水が入ってくるんですがそれが冷たいんですよね。それで浮かびながら渓流を流れていったり、岩の上から飛び込んだりして遊びました。

416歳の長女と3歳の3男も抱っこしたまま飛込みをしましたが、3男はさすがに怖くて泣いてました。さすがにちょっとまだ早すぎでしたね。とはいえ宿に置いておくのも大変だし、4人兄弟の試練です。6歳の娘はこのときは怖がってましたが、パパが抱っこしてると大抵のことは怖がらずにやるので寒さに震えながらも頑張ってやってました。これで度胸がついて、あとでニセコに行ってラフティングをやったときにやる飛込みでは一人で高いところから飛び込めたそうです。何事も経験ですね。

結局、1時間半ほど遊んで帰ることになりました。移動で40分×2、着替えその他で20分、いろいろ時間を食ってると午前中の時間帯で遊べる時間は1時間ちょっとしかなく、割と高い料金を考えるとちょっと物足りないアクティビティでした。もうちょっと川でゆっくりできる時間があればよかったんだけどなぁ。

富良野はニセコに比べると大きな街で、市街地に出ると何でもあります。レストランもたくさんあるし、コンビニやアウトドアグッズの店などもいろいろあって全然不自由しませんでした。妻はニセコより富良野のほうが気に入ったみたいでしたね。ほどよく田舎のよさと都会の便利さが溶け合っているところがいいそうです。僕はニセコぐらい田舎のほうがいいんだけどな。

3泊4日の富良野滞在でしたが、まだまだ楽しみ足りないところがたくさんあり、もっと楽しめそうです。来年もまた富良野に来ようと思いつつ出発しました。

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