とこちゃんのひとりごと

空のお話・少林寺拳法・家族・思ったことを綴る日記です。 仕事関係のことはプライベートモードにしています。 PASSWORDを知りたい方はprofileにあるアドレスにメールしてください。

ニュースをみて思ったこと

衆議院議員選挙

昨日の衆議院議員選挙は自民党の圧勝でしたね。今回の状況じゃしょうがないかなとは思うのですが、自民党の一人勝ちというのもちょっと心配な気はします。北朝鮮情勢などが緊迫している折にここで政権交代なんてもしも起こったら、今の野党に日本の安全保障を任せられる気はまったくしないのでとりあえず阿倍さんにやってもらうしかない、というところでしょうか。反自民、反阿倍の意見を持っている多くの人は立憲民主党に流れたというところなんでしょうね。

小池さんの希望の党は早々に失速してしまったみたいですが、これは当然だと思います。いくら小池さんに人気があるからと言って国政の話ではない。小池さんは都知事として腐った都議会を正してもらうためにみんなが期待して票を集めたのであって、小池さん自身が出ない、しかも都知事になったばかりでその仕事も十分にやり切っていない小池さんが党首になったからと言って、小池さん人気に乗っかって当選の蜜を吸いに来た寄せ集めの候補者に票を入れるほど有権者は馬鹿ではなかったということだから、これでよかったと思います。

与党が2/3以上の議席を獲得してこれで憲法改正の可能性がぐっと高くなりました。憲法は絶対に変えてはいけないという意見が根強く残りますが、僕は憲法は時代に合ったものにどんどん変えていくべきだと思っています。占領下のアメリカの指導の下作られた現行憲法はいい部分もたくさんありますが、矛盾した部分や変えたほうがいいところもたくさんあると思います。日本国民の憲法にするためにみんなで話し合って変えるべきは変えていかないといけないと思います。

9条は平和憲法という。それは否定はしないけれども北朝鮮や中国のような野心を持った国が侵略戦争や破壊戦争を仕掛けてきた場合、日本はどうやって自分の国を守るのか。侵略戦争は決して行わないという誓いは残すべきですが、自衛のために戦う権利とそのために必要な力は保持することを明確にすべきだと思います。アメリカが守ってくれるなんていう甘えたことはちょっと考えれば信用できないことぐらいわかりますよね。米軍は確かに世界最強の軍隊ですが、彼らは大統領の指示のもと自国の国益のために戦うのであって、日本を守るために戦うのではないはずです。日本がアメリカの属国のようになってしまっているのもこのあたりに理由があるんじゃないかと思います。戦争反対というのは簡単だけれども、他の国が攻めてきて上陸してきたら、ミサイルを撃ち込んできたら、それでも戦争反対と言って侵略されるに任せるのか。僕はそれでは困ると思うので日本の安全保障はちゃんとお金と人をかけて、法律も整備して準備するべきだと思います。2/3の議席を獲得した自民・公明連立政権ならそれが可能なんだから十分に議論して準備した上で是非やってもらいたいと思います。9条はハードルが高いとしても、他の部分で多くの国民が賛同できるもので憲法改正の前例を作ってほしいですね。

千歳の混乱

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組体操の話

小中学校の組体操について、文科省から新たな指針が発表された、とのニュースがありました。「一律に禁止するものではないが、確実に安全が確保できるものでなければ実施を見合わせるように。」という内容のようです。

この問題は昨年、八尾の中学校で事故が起こってから大きな問題となり、様々な意見が交わされてきましたね。今回、指針が出されたことでこれから徐々に運動会での組体操は減っていくのかなと思います。少し寂しい気もしますが仕方ないかもしれないですね。

今行われているような10段ピラミッドとかタワーとかすごい大技は僕らが小中学校の時代にはなかったですが、それでも4〜5段程度のピラミッドはやってたと思います。僕は体重の重いほうだったので、こういうのはいっつも土台役。運動会の練習は本当に嫌だったのを今でもよく覚えています。

体の大きい子は土台になって、全く目立たない中で重い負荷を引き受けながら、練習している間中、上の子たちが完成するまで永遠とも思える長い時間ただひたすらじっと我慢するだけの練習でした。10段ピラミッドでは最下層の生徒は200kgもの負荷を耐え続けなければならないそうです。これを本人の希望でもないのに強制的にやらされるなんて虐待に近い、と言われても仕方ないのではと思います。上の子は上の子で不安定な土台の上に登ったり立ったり、落ちたらケガをする恐怖もかなりあると思います。そして土台は本番でもひたすら我慢。完成した形を自分で見ることもできず、うまくできても満足感なんて全くなかったと思います。先生と保護者の満足感のために子供が苦しい思いをする演技になってしまっていると考えれば、廃止しても構わないような気がします。児童・生徒たちから「どうしてもやりたい」という声が上がっているというならさらに考える必要はあると思いますけどね。

学校行事や部活と安全性の問題は完全な正解がないと思えるだけに難しいですね。僕の通っていた高校は進学校でしたが、冬の球技大会でラグビーをやるのが名物でした。1年生から体育ではラグビーの授業があり、2年半みっちり仕込まれたラグビーを11クラスのクラス対抗で戦い優勝を決めるのです。もちろん、体格差はかなりあるし、花園にも出場したラグビー部でフォワードをやっている奴に運動の苦手な身体の小さいやつがタックルに行っても逆に吹っ飛ばされて骨折するという事故が毎年のように起こっていました。毎年救急車が出動してくる球技大会なんて、今考えればよく学校側も毎年許可していましたよね。このラグビー大会が中止されなかったのは、熱心な体育教師がいたことと、生徒たちが熱く開催を熱望していたことが大きかったんじゃないかと思います。ラグビーに出られるのは15人なのでクラスで選抜チームを作り、出場を希望しない人は補欠にしたり、フォワードにタックルされることの少ないウィングに配置して短時間の出場にしたりと工夫してはいましたが・・・。

どんな運動でも演技でも、全く危険のないものなんてほぼないと思います。足を持って逆立ちさせるのさえ、逆立ちした子の足が補助した子の目に当たって目に障害が残った例なんかも報告されているそうです。そんなことまで言ってたら逆立ち一つできなくなってしまう。事故の危険性はどこにでもあるものだし、ちょっと走っただけでも事故にならない保証などないのですからね。完全に事故を無くそうという取り組みは不可能なものだと思うし、極端になると幼稚園のお遊戯くらいのつまらないことしかできなくなってしまう。それでは運動会だの球技大会だのの意味がなくなってしまうと思います。

運動会の競技はみんなで頑張って、成功した時の達成感が得られて、見ている人にも感動が与えられるものであってほしいです。運動会や学校行事は生徒たちのためのものでなければならない、というのが最も正しい意見ではないでしょうか。教師の指導力も大切ですが、集中力のない子供たちにどんな指導をしても事故は起こりうると思います。生徒たちが自分たちでやりたいことを考え、自分たちで安全確保を考え、みんなで取り組む競技や演技ができればそれが教育的にも行事的にも一番いいことなんじゃないかなと思います。

A380

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原監督退任

ジャイアンツの原監督が退任を発表しました。12年かぁ・・・長いことやってくれたんですね。巨人の監督という大任を長いことやり、大きな実績を上げた原監督の手腕は立派なものだったと思います。それ以外にもWBCの監督をやって世界一になったりもしてるしほんとにすごい人だと思います。選手としては巨人の4番打者に長く座りながら、王、長嶋と比較されては相応の結果が出せず、苦しんだ現役時代だったと思いますが、そういう経験を監督業に生かし、持ち前の明るい人柄で若い選手を引っ張りました。優しさだけでなく厳しさも併せ持っていたところが優れたところだったのではないでしょうか。作戦面でも巨人だけにいろいろ物議をかもすことはありましたが、最後まで自分のポリシーをぶれずに貫きましたね。

僕が原監督を好きなのは決して選手の悪口を言わない、評論家にならないところだったと思います。選手に対して厳しい指摘をしたり、高い要求を突きつけたりすることはあっても、それはやれると期待する選手に一層の精進を望んで課す課題であり、感情的な怒りは押さえこんで監督としての責任を負うという態度が一貫していたことが2軍に落とされても選手を腐らせず、また1軍に復帰しようという意欲を与えたのだと思います。すべては原監督の人間性のなせる業ですね。野村監督も名将だとは思うけど、選手の悪口が多いし、ぼやきも度が過ぎると若い人のやる気をなくさせてしまうと思います。いつも前向きな監督はやっぱり原さん以上の人はいないと思いますね。若いのでまだまだ監督をやってもらいたいというチームはあると思うけど、巨人以外のチームで原監督がうんと言うかどうかは微妙かな。でも何年かしたらまたユニフォームを着てほしい監督です。

原監督は王・長嶋のあとをずっと追う宿命を背負った人。選手としても監督としても。選手としては王・長嶋には及ばなかったと思うけど、監督としては王・長嶋の実績を超えたと思いますね。レジェンドの二人ほどの選手としての実績、カリスマ性がないにも関わらず、これだけの実績を上げたことは本当に素晴らしいことだと思います。心からお疲れさま、と言いたいです。

来年からの監督は高橋由伸が有力みたいだけど、どうなるかなぁ。ちょっと頼りない感じはするけど、若いしまだ現役なんだからしょうがないですね。温かい目で見守るしかなさそうです。少なくとも、江川や桑田よりはいいかも、とは思います。来年からの巨人はとにかく打線の再構成をしないととてもポストシーズンでは勝てないですね。投手も決して万全とはいえないし。フロントにも頑張ってもらいたいものです。

御巣鷹山の日

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調布の件

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今日のニュース

台風11号が接近しています。今日はホントは休みで明日からのお仕事なんだけど、明日の朝は東京への飛行機での移動ができそうにないので会社に申告して今日のうちに東京で泊まっておくことにしました。明日はスタンバイなんだけどかなり運航便は乱れそうなのでどこかに乗務が付きそうです。天候の悪くないところだといいんだけどなぁ・・・。

さて、今日のニュースで安保法案が衆議院を通過、という内容が繰り返し報道されています。与党の強行採決という形になったそうで・・・賛成・反対いろんな意見があるようで僕の友人にも反対と言っている人はいます。でもどうなんだろうなぁ・・・っていうのが僕の感想です。若い人の集団がラップ調のリズムに乗せて「戦争法案反対」とかデモしてるのを見ると、日本の若者にも政治に関心を持つ人間が戻ってきたのか、といいように解釈することもできますが、そもそもこの法案が本当に「戦争法案」なのか?という疑問がどうしても拭えないのです。正直、僕も十分に勉強しているわけではないので無責任な発言になるかもしれませんが・・・。

ネットで見たある人の文章には、そもそも自衛隊が作られた時に憲法改正をすべきであった。日本国憲法には国防の在り方について何も書かれていない。憲法の通りならば自衛隊を解体し非武装中立を貫くのが筋だが、そんなことをすれば他国の侵略に対してなすすべがなく国が滅びてしまう可能性がある。そこでそれを解釈変更により自衛隊を作ったばかりに、多くの制約が生まれ海外で平和支援活動をする自衛隊員が不条理な状況で撤退せざるを得ない状況が生まれていた。また大国のひとつとしての責任をお金でしか果たすことができないという日本の立場を生み出してしまった。日本人や日本の船舶を外国の軍隊に守ってもらったことが何度もあり、自衛隊はそこにいながら法的制約のために何もできなかったという事例がたびたびあったそうだ。これを放置してはいけないと僕も思います。

安倍政権の選択は今回も憲法改正ではなく「解釈の変更」ではあるが、憲法改正のハードルの高さを考えるとこれはやむを得ないかもしれないと思う。今回の集団的自衛権の解釈変更でも日本の自衛隊が海外で侵略行為を行うことはできないはずだし、「日本の財産と日本人を守る」という目的のために行動するために必要な法案だとすれば認めていいんじゃないかと思う。

こういう法案を通すと日本人がテロの対象にされる、とか、アメリカの仲間と思われて日本が狙われる、と言う人もいるけれど、イスラム国を名乗るISILなどは既に日本人を殺害し日本人を狙うと公言しているし、こういうテロリストに対して日本だけが知らん顔をしていれば日本や日本人は安全だというのは甘いと思うし、国際社会から見ても日本がそういう国でいいはずがないと思う。かと言って、ISILの爆撃に日本が参加するとか、地上戦に自衛隊が突っ込むとか、そういうことができる法案ではないんだからいいんんじゃないかな。日本は日本の平和国家としての立場を主張しつつできることをやるというスタイルで国際社会の中での地位を築くべきだと思う。

テレビでは自衛隊員に直接意見を聞くことはできないから、家族のインタビューなんかを編集して報じていたけど、自衛隊員の新婚の奥さんが「私は新婚だし、海外派兵なんかに行って欲しくはないし、不安ですけど・・・」と言うところでカット。その奥さんは「不安ですけど・・・」の後に何か言おうとしてたんですよね。僕はその後に言った言葉の方が聞きたかった。マスコミの恣意的な報道姿勢を感じます。

強行採決に批判が集まるけど、どうも野党のやっていることは的外れな議論と「戦争反対」のパフォーマンスだけで日本の国際的な位置づけや、国防の在り方について深い議論がされていたようには見えない。憲法改正と自衛隊の今後について、日本の方向性を決める重要な議論のはずだけど、頭から反対でいくら話しても平行線という感じがする。かつて日米安全保障条約の締結に際しては学生運動などで大変な騒ぎになったが、今にしてみれば「もし日米安保条約がなかったら」日本はこれまで戦後70年もどことも軍事衝突を起こすことなくやってこれただろうかと思うし、「なんであんなに反対してたんだろう」と思う。今回もそういうことになるような気がするんだけどな。

戦争は絶対反対と言うのはほとんどの日本人なら願っていることだと思います。しかし戦争をしないために何をすればいいかというところで意見が違ってくるのでしょう。外国が侵略してきたら?北朝鮮がミサイルを撃ち込んで来たら?中国が尖閣諸島や沖縄の一部を軍事占領したら?日本はどうすればいいのでしょう?アメリカが戦ってくれる、と本気で思ってる日本人が結構いるような気がします。米軍は米国の国益のためにしか動かない、というのは国際社会の常識だと思います。日米安保条約も米国にも利益があるから締結されているわけで、その結果日本に米軍が常駐しているわけです。日本の有事に米軍が動く、つまり日本人のためにアメリカ人が命を懸けて戦ってくれるなんてことが、そんなに簡単にできることとは思えません。それが米国の国益にかなうことであれば条約に従って動いてくれるかもしれません。しかし米国に益がないと判断して米軍が動かなかったら、あるいは最小限のことしかやってくれなかったら・・・日本はなすすべがないでいいのでしょうか。戦争反対は言うのは簡単だけど、そうならないための予防策をたくさん張り巡らさないと実現できないものなのではないでしょうか。そう考えると、今回の法案は僕は賛成に回りたいと思います。

本屋大賞結果発表雑感

本屋大賞2014(http://www.hontai.or.jp/)は和田竜さんの「村上海賊の娘」に決定しました。3年目にして予想初的中!パチパチ。って自画自賛してます。

「とっぴんぱらりの風太郎」を2位に推してたんだけど、結果は5位と意外に低かったですね。血生臭さが女性書店員の皆さんに受けなかったんでしょうか?でも「村上海賊の娘」もかなり血生臭いですけどね。人が死ぬ数は半端ないし…。これはもうちょっと上位に来てほしかったです。

 2位は「昨夜のカレー、明日のパン」僕の感想では登場人物たちの心の動きが綺麗過ぎて、何となく「きれいごと」に感じてしまったんですよね。もっと人間の心って複雑で欲望があるもんだろうって、そういう葛藤があまり出ていなかったのが気になりました。それが違和感となって心に残ったのであまり上位には推さなかったんだけど、書店員の皆さんはそういう異和感はあまり感じなかったんでしょうか。

 「島はぼくらと」の3位、これは妥当だと思います。ほぼ予想通り。「さようならオレンジ」が4位!上位に来ましたね。発表までに読めなかったのが残念です。今読んでるところ。まだ前半ですが…。

僕のダークホースだった「ランチのアッコちゃん」は残念ながら7位と比較的下位でした。何で駄目だったんでしょうねー。女性受けする作品だと思うし、内容もとても良かったと思うんですが、ちょっとボリューム不足かな?一日で読めちゃう分量でしたからね。でも柚木麻子さんはこれからも注目して読みたい作家です。

 9位、10位は予想通り。この2作はちょっと物足りなかったですね。次回作に期待します。

今年の本屋大賞は全体にレベル低め、と感じてましたが、歴史もの2作が上位に入ったことはとても良かったと思います。男性好みな作品も評価されるようになってきてバランスが取れてきている感じがします。大きな賞を取ってすでに十分な評価を受けている作家は対象外とし、その中で「読んでほしい作家」の作品を選ぶという試みはノミネート作品の選出がとても重要だと思います。昨年は宮部みゆきさんまで候補に入ってたんだし、来年はもう少し幅を広げてよりレベルの高い作品のノミネートを期待したいと思います。

マレーシア航空機失踪事件

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防空識別圏

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早く真相が知りたいです。

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空手少女、不審者を撃退!

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130319/waf13031923140030-n1.htm
泉佐野市で13歳の少女が帰宅途中に不審な男を発見し、危険を感じて引き返そうとしたところ、追いかけてきた男にハサミのようなもので髪を切られたそう。少女は空手初段で肩を蹴って反撃し男は逃走したという。

怖かっただろうけど無事でよかった。このところずっと、世の中には頭のおかしい人間がそこらじゅうをうろうろしていて女性や子供はホントに安心して一人で歩くこともできません。そんな中、この子は偉いね。道を歩いてて不審者を発見し、まずその道を通らず引き返そうとしたところが偉い。危険を察知する能力を持っています。これが護身術の最も大切な第一歩。人間歳を取ったり、子供だったり、あまり物事を考えずに生きている人はまず危険を察知する能力が低いです。横断歩道で信号待ちをしている人を見てるとよくわかりますよね。トラックなんかがびゅんびゅん走っている道路でも年寄りや動作の鈍そうなおばさんは平気で道路脇すれすれに立っています。若い人は少し離れて後ろで待っています。交差点で事故が起こった時に巻き添えを食わないためですよね。いつ運転を誤った車が歩道に乗り上げてくるかもわかりません。信号のない道を平気で横断したり、夜の暗い道で飛び出したりするのも危険察知能力の衰えた人たちです。自分の身は自分で守る意識が大切です。13歳でこの判断ができる彼女はとても賢い子なのでしょう。

頭のおかしい人間に突然襲われた時、どんなに空手や少林寺拳法を練習していても13歳の子供ができることなんて知れています。本当に護身の技術として使えるくらいになるのは、有段者でもやはり高校生くらいにならないと体力的に無理だと思います。普通なら恐怖にパニックを起こして身がすくんでしまい、声も出せなくなるところですが彼女は果断に反撃した。しかも蹴りを出したというのが素晴らしいです。よっぽど練習していないと咄嗟に蹴りというのは出せないものです。犯人も蹴りがきたから驚いて逃げたのでしょう。犯人は40-50代の男らしいですが本気で力づくできたら彼女が無事であったかどうかはわかりませんが、空手で習った蹴りが彼女を救ったことは間違いないでしょう。

犯人は早く捕まってほしいものですが、少林寺拳法でもこういう賢く勇気ある子供を育てたいですね。剣道は棒がないと闘いにくいですが、護身の技としての剣道も教えておく必要はあるんでしょうね。

体罰論議

大阪市立桜宮高校でバスケ部の顧問の体罰を苦にして高校2年生が自殺するという事件から、体罰に関する論議が盛んになっています。マスコミの論調は「執拗な体罰はけしからん」「長年の蓄積と実績があるために周りが口出しできない環境でエスカレートした」というようなもので、顧問の教師を犯罪者のように扱っています。

橋下市長が以前からの持論であった体罰容認論を撤回し、体罰厳禁を表明して対策に乗り出し話題になりましたが、方針転換するに至ったきっかけは桑田真澄氏のインタビュー記事らしいです。確かに選手としての実績があり、指導者としても優れた資質を持つ桑田氏の言葉は説得力があります。(http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0111.html) 体罰で人を育てるというのは前時代的、かつ安易で矛盾した指導法であり、指導者の勉強不足と言わざるを得ないという意見は頷けます。確かに暴力を使わなくても指導はできると思います。それは家庭のしつけでも学校教育でもプロレベルのスポーツでも仕事でも同じだと僕も思います。

自分の経験から言うと学生時代、フライトの訓練の場では僕らの時代は普通に体罰がありました。担当された教官の運が良かったので僕が直接体罰を受けた回数は極めて少なかったですが、同期や後輩の中には平手打ちやゲンコツは普通に、クリップボードの角で叩かれたり、操縦してる横から正拳突きを食らったりしてる人もいました。時には鼻血を出したりあざができる人もいたぐらいです。でも当時はそれが普通だったし、人の命を預かる仕事をするための訓練であり、訓練飛行自体も命がかかっているのだから、学生が犯したミスに対して教官から制裁されるのは当然だとほとんどの学生が思っていました。 会社に入ってからの訓練の教官は優しく、体罰など全くあり得ないような雰囲気での訓練だったので最初は少し拍子抜けし、その後すごく楽に訓練できることに驚いたものでした。もちろん、訓練効果は体罰があった時よりも効果的であったと思います。初期の訓練における体罰は「しつけ」的な要素が強かったと思いますが、仮に「しつけ」であるとしても体罰によるしつけは恐怖による支配なので、自分で学ぶ姿勢は育たず、逆にトラウマや恐怖心を残し、自立したPILOTを育てる真の教育にはならないと感じました。安易に暴力に頼ることなく、言葉や教育手法によって人を育てる指導者の指導能力を高めることが必要なのだろうと思います。

 一方で学校教育の現場などで体罰を厳禁とすると、学級崩壊が更に多く起こると言う意見もあります。体罰が一切できないとなるとたちの悪い子供や保護者の方が増長し、授業妨害をしても教師がコントロールできなくなると言います。廊下に立たせる、正座をさせるなども体罰の一つと規定されているので教師は厳しい指導が必要な生徒に対し毅然とした対応ができません。本来ならばそういう生徒には別室での指導や保護者懇談、出席停止などの措置を取るのが筋なんでしょうが、理屈ではそうでもおそらく一担任教師にそこまでの対応をするのは簡単ではないであろうことが容易に想像できます。ちょっと平手で叩いたり、廊下に立たせる、正座をさせるなどの指示をして教室の秩序を保つという教師の行為が一概に「体罰」「暴力」として批判の対象としてよいものかどうか、悩むところでもあります。体罰を全面的に禁止するのではなく、行き過ぎを防止しどう運用するかを考えることが大切だという意見にもケースによっては頷けるところがあります。大人数の集団教育である学校というところは特に難しいと思いますが、やはり「罰」は必要だと思います。体罰ではない罰って何があるんでしょうね。

 桜宮高校の件に話を戻します。バスケ部の顧問の教師は高校バスケ界では名を知られたベテラン指導者で実績も高かったといいます。公立高校でありながら転勤はなく長年この高校でバスケ部の指導にあたり、体罰をベースとした厳しい教育手法も有名であったそうです。そういう高校に入り主将に選ばれて、特に「叱られ役」になり度を超えた体罰を受け続けた生徒はとても気の毒だとは思いますが、それがどうして自殺なんて極端な方法に結びつくのかがどうしても納得いきません。所詮は部活なんだから辞めれば済む話なのに何で?スポーツ選抜で入った子だから辞めると学校も辞めなければいけなくなるから?だったら転校すればいいじゃない。制度自体はスポーツ選抜の子が部活を辞めても退学する必要はないようですが、居づらくなるのは確かでしょう。しかし、バスケなんてどんなに優秀な選手でも野球やサッカーのようにプロの世界が広がっているわけでもない、ごく一部の選手を除いてNBAなどに行けるわけでもない、バスケを辞めたからといって人生に絶望する必要なんてまるでない。いくらでも再出発のしようはあるのに、自殺なんてことをすれば自分の未来も可能性もすべて閉ざしてしまうばかりか、学校にも周囲にも多大な迷惑をかけ、親や友人や周囲の人たちをどれだけ悲しませるか、考えることができないから安易に自殺なんて手段を選んでしまうんでしょう。僕には暴力をふるった教師に対する「あてつけ」自殺にしか見えません。結果としてやはり彼が死んだことでマスコミが騒いで教師が批判され、目論見通りのことになっているのかも知れませんが、こういうことを繰り返している限り「遺書を残してあてつけ自殺」という流行はまた起こるだろうと思います。

子供たちに「命の大切さ」を何故もっと教えないんだろうと思います。少林寺拳法の開祖・宗道臣は言いました。「生きている限り負けではない。必ずしも勝つ必要はないから決して負けない人間になれ。」と。簡単に心が折れる、自分から負けを選ぶ、苦境から立ち上がりやり直す力も勇気もない若者が多すぎると思います。人間はどんなに長生きでも100歳超える人は稀。いずれは誰もが死ぬのです。先の東日本大震災でも、病気でも、まだまだ生きていたいのに、思い残すこともたくさんあるのに死んで行かざるを得なかった人たちがたくさんいました。そういう人たちの無念の思いを知っていたら、こんな小さなことで自殺なんてできるでしょうか。敢えて言いますが部活での体罰が苦しいなんて小さなことです。環境的な部分で追いつめられる要素があったとしても、それは周囲のせいでも教師のせいでもないと思います。このくらいの困難は生きていればいくらでもあります。取るべき手段や対策はいくらでもあったし、相談する相手もいくらでもいたはずです。そんな中で自殺などという最も安易で愚かな選択肢を選んでしまったことが残念でなりません。

自殺者を可哀そう、可哀そうという報道は止めるべきというのが僕の持論ですが、今回の件でもそう思います。かつて多くの文学者がそうしたように、自殺は神への反抗と言われます。天から授かったたった一つの命、限られた期限付きの命だからこそこれを大切に生きて、自分に授けられた使命は何かを探すのが人生ではないでしょうか。自分の命を大切にできない人は他人の命も尊重することはできない。平気で人を殺す中高生も安易に自殺する子供も根は同じという気がします。自殺は他人の命を奪わないだけましですが、自分勝手の最たるものだと僕は思います。命を粗末にする人間は子供といえども許せません。これを見て「俺もやろう」と思う高校生や中学生が出てこないことを祈ります。

近くの高校で・・・

最近、うちの近所の高校でいじめが原因で自殺したとされる問題が起こっています。先日、滋賀県大津市で大変悪質ないじめを受けた中学生が自殺した事件があってマスコミが大々的に取り上げたこともあり、こちらも大騒ぎになっています。

あくまでも報道を見る限りの情報で、近所とはいえ関係者情報があるわけではないので、これから書く意見はあくまでも推測と印象に基づくものです。

事件は今年の5月から6月にかけてたまたま席が近くになった3人の生徒(男子二人女子一人)が当該生徒が呼び掛けに応えなかったことをきっかけに「無視かよ。じゃあお前のあだ名はムシだ。」と「ムシ」と呼び始め、死んだ虫を食べさせようとしたり、机といすを勝手に移動したりする行為を行ったということです。しかし、アンケートの結果によると6月後半には席替えの結果3人が離れた席になり、いじめ行為はなくなっていたという証言があります。7月後半から夏休みに入り夏休みが明ける9月3日の前日、男子生徒はPCのDATAをすべて削除し遺書も残さず首をつって自殺しました。携帯電話等には自殺のサイトを閲覧した痕跡があったようです。

その後、遺族に対し学校側は学校生活には問題はなかったと報告し、学校説明会では自殺ではなく不慮の事故にするよう校長から打診があったということで、両親がマスコミに対し告発を行っています。両親は子供の部屋を公開したり、インタビューに積極的に答えたりしてマスコミを利用して学校批判を展開し対決姿勢を強めています。

クラスでは男性教諭が「遺族は理解してくれない。マスコミも毎日のように次から次へと押しかける。このままでは体育祭も修学旅行もどうなるかわからないので大変迷惑している。」という趣旨の発言をしたことが叩かれ、謝罪する事態になっています。

他の保護者側はどうかというと学校説明会では学校側に同情的な意見も多くあり、「学校はよくやっている」「先生頑張れ」という意見も出たと言われています。

大津の事件と違うところがいくつかあります。一つは生徒の年齢。中学生と高校2年生では子供の成熟度がまるで違います。中学2年生にいじめを受けたら大人に相談しなさいと言っても、家庭環境によってはなかなか難しい場合もありますが、高校2年生ならば逃げる方法も闘う方法も、誰かに相談することもできて当然の年齢だと思います。今までもいじめ自殺が問題になったのは小学校高学年から中学生が中心でした。高校生がいじめられて自殺しました、という時点で違和感を禁じ得ないのです。

では大津のようなよっぽど悪質ないじめに長期間さらされていたのか、と思うと、出てきている話は2-3のエピソードでどこにでもある程度の「軽度ないじめ」の範疇でした。学校側がこういう事実を把握したとしても「いじめとまでは言えない」と判断したとしても仕方ないかな、と思います。もちろん、放置しちゃいけないでしょうが何と言っても高校ですから、担任もホームルームと担当教科の時間ぐらいしか生徒と接することはないのが普通でしょう。余程じゃなければ生活態度全般にわたってまで指導に入ることはないんじゃないかと思います。中学生じゃありませんから・・・。

期間的には2カ月程度、夏休みの前には席替えの結果あからさまないじめは無くなっていたそうなので、それからさらに一ヵ月半後、いじめを苦に自殺するというシチュエーションには理解しがたい部分があります。ティーンエイジャーの自殺には「失恋、友達関係の不和など、些細な理由で自殺し、首つり、飛び降りなど確実性の高い方法を選ぶ」という特徴があります。問題の核心はいじめを放置した学校側や保護者の家庭環境にあるのではなく、安易に「自殺」という選択肢を選んでしまう子供の心と置かれた環境にあるのではないでしょうか。

この夏休み、テレビでは大津で起きた悪質ないじめ自殺事件で持ちきりになっていました。インターネットでは見ようと思えばいくらでも自殺の方法や自殺したがっている仲間を調べることができます。今の時代、子供たちはテレビとインターネットという極めて影響力の強い、しかも無制限で容赦のない情報ツールに囲まれています。情報リテラシーのない子供には有害な情報もいくらでもありますし、大人の知らないところでこれらの情報に接することは望めばいくらでもできます。マスコミのいじめ自殺事件への過剰な報道ぶりを見て、必ず真似をする子が出てくると思っていましたが、この件はそういう事例の一つなんじゃないかという気がします。削除されたPCのDATAを調べてこの子がどのようなサイトを閲覧し、どういう思いで遺書も残さず自殺なんて方法を選んだのか、何から影響を受けて自殺を思いついたのか、そのあたりを究明した方がいいのではないでしょうか。

両親が一人っ子の自殺を誰かのせいにしたい気持ちはわかりますが、学校を責める前に自分達はどれだけ子供を見ていたの?という見方はどうしてもしてしまいます。大事にしている一人息子に対し親でさえ気づかなかったものを、高校の担任や校長が把握できるわけがないと思います。報道されている程度のいじめに遭った経験のある人なんていくらでもいるし、今でもどこにでもあるでしょう。セクハラ・パワハラという違う名前で大人社会にだってあります。高校生にもなれば学校生活の出来事をすべて学校のせいにしていては何も解決しないと思います。彼にはいじめを回避する方法はいくらでもあったし、たぶん放っておいても2学期は普通に始まった可能性も高い。それでも彼は自殺した。若く幼い心に自殺の魅力を感じさせた原因は何か、そのことを究明する方が次なる若者の自殺を食い止めるのには有効なんじゃないかと思いますが、マスコミのやってることは大津と同じ扱い・・・。

こうやって負の連鎖は続いて行くんでしょうね。

竹島問題と尖閣諸島

最近の大問題、竹島問題と尖閣諸島問題。韓国と中国のやり方は本当に腹立たしい。それに対して徹底的に弱腰でやりたい放題、言いたい放題やらせている民主党政権にも怒りを覚えます。

昨日ようやく野田首相が緊急記者会見で声明を発表して、一定度日本の立場をはっきりさせることができました。中国や韓国はいろいろ言ってるけどまずはほっといて、日本の立場や主張をはっきりと世界に向けて発信することが大事じゃないかなと思います。これまで日本政府は中国や韓国との関係悪化を恐れて、何をされてもやられっぱなし、ほったらかしにしてきたから、韓国大統領が竹島に行ったり、ロシア大統領が北方領土に来たり、香港の活動家に尖閣諸島上陸を許した上何のお咎めもなく国に返したりといったことが起こってきたんじゃないかと思います。要は日本の対応が「舐められてる」んですよね。

じゃあ、なんで日本政府の対応が「舐められる」ようなことしかできないのか。一つは民主党政権になって外交に不慣れな政治家が増えて「事なかれ主義」に走っているというのもあるのかもしれません。実際に日本の外交を動かしているのは外務官僚なんだろうけど、「なるべく問題を大きくするな」という方向性が常態化すればこういう風になって行くんじゃないかな。

日本は日本国憲法により戦争放棄を宣言しています。でも憲法9条は侵略戦争を仕掛けることや国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄すると言っているのであって、自国を侵略してくる軍隊に対しての防衛や、今回のような戦争に発展する可能性もないとは言えない領土問題の紛争に対して相手の言いなりになれということではないと思います。そのために日米安保条約や自衛隊はあるのではないでしょうか。逆に軍事力により侵略行為を仕掛けることが絶対にないと言えるからこそ「舐められる」ことにも繋がるわけで、他の国以上に強力に日本の主張を出していかないと竹島も尖閣諸島も北方領土もみんな隣国に取られるだけになるでしょうし、これで味を占めればいずれは沖縄にも中国は手を伸ばしてくると思います。たぶん、アメリカは自国の国益に沿う分の最低限しか助けてくれませんよね。

平和ボケした日本人、「戦争反対」と言ってれば何でも正義になる風潮が招いた結果なんじゃないでしょうか。基本的に戦争はダメです。どんな理由であれ戦争になれば悲惨な結果を招くことは、今でも多くの日本人は知っていると思います。軍事力の行使は本当に自国民が攻撃を受けたり、侵略行為にさらされた場合にのみ最低限の行使にとどめるべきですが、それでも攻めてこられた場合は闘わざるを得ません。侵略ご自由に、の無抵抗主義ではないはずですし、アメリカが日本の盾になって守ってくれるとも思えません。「平和的解決」とは「譲ること」「言いなりになること」「許すこと」ばかりでは解決にはならないと思います。日韓関係や日中関係が悪化すればすぐに経済がどうとか交流がどうとか言われますが、経済も交流もまずは紳士的で良好な二国間関係があってこそ始まるもので、目先の小さな利益のために国としての誇りを捨てるようなことがあってはならないと思います。

韓国大統領の天皇陛下を侮辱するような発言や、竹島訪問、オリンピックでの事件に対する韓国の態度、そして今回の親書返送・・・韓国の傍若無人振りは謝罪がなければ絶対に許せないところまで来ているはずです。これを「大人の対応」として放置することは日本国の誇りを放棄することに等しいと思うのは僕だけでしょうか。竹島問題を国際司法裁判所で審議してもらうというのはいい方法だと思います。両国の承認がいるそうなのでまともに話し合えば不利な韓国が承認することはないでしょうが、このことを世界にアピールすることにより韓国が不法占拠しており、韓国自身も国際的な場で話し合えば不利だということを承知しているということを証明することにもなると思います。とにかく領土問題は曖昧にせず、また一時的な経済制裁なども遠慮なくやって、日本にとってマイナスがあろうと韓国に対して「日本は怒ったぞ!」ということをしっかり示してほしいと思います。実際にやるやらないは別としても、「やるならやるぞ!」という姿勢を見せることが必要でしょう。足元見られてちゃだめだよね。

北朝鮮との緊張状態を常に抱える韓国にとって、日本との関係悪化は北朝鮮に南進する隙を与えることになるために望ましいことではないでしょう。経済的な依存度も韓国は日本に対しては大きなものがあるはずで、関係が悪化して困る度合いは向こうの方が大きいと思うのですがどうなんでしょうか。韓国に対しては弱腰にならず、喧嘩も恐れず強硬に行くべきだと思います。

一方、中国はそう簡単に行かないかもしれません。中国は本当に戦争を始めてもおかしくない国の一つです。尖閣諸島の領有権は本気で取りに来ているし、日本政府が今のまま尖閣諸島を無人島のまま放置すればいずれは軍隊を投入して竹島の韓国軍のように占拠してしまってもおかしくありません。だからこそ石原都知事も尖閣諸島を購入したり、ご本人が調査に参加して上陸するなどのアピールを行おうとしているのではないでしょうか。中国との関係は慎重に、でも毅然とした態度でやってほしいし、やはり今までのような事なかれ主義の弱腰外交では通用しないと思います。

国民が惨めな気持ちになるような外交ではなく、節度のある毅然とした外交をやってほしいと思います。

ロンドンオリンピック開幕

いよいよロンドンオリンピックが始まりました。日本選手たちの活躍が楽しみです。最初は重量挙げや柔道、水泳、体操などが始まりましたが、期待されている選手の不本意な結果が続いていますね。オリンピックの重圧というのは昔に比べて選手のメンタルが強くなりプレッシャーに負けて実力を発揮できない選手の割合は減ったとはいえ、やはり相当なものがあるんじゃないかと想像します。

あの、北島康介選手や内村航平選手でさえ本来の成績が残せないんだから、これには少し驚きました。やはり人間のやることだからいつもいつも最高の結果が残せるわけではないんですよね。当たり前だけど。ただ、この2選手は常人にはない強靭な精神力を持った選手だから、このままでは終わらないと思います。北島選手は次のレースに、内村選手は決勝の演技に巻き返しを期待したいと思います。

今回のオリンピックで僕が注目してるのは卓球の福原愛ちゃんと石川香純ちゃん、それから錦織くんをエースとするテニス男子のメンバー。この間テレビで愛ちゃんと香純ちゃんのライバル関係やオリンピックに挑む様子をドキュメンタリーで取り上げた番組を観ました。愛ちゃんはすでに3回目のオリンピックで今回は23歳での挑戦。世界ランキングも上がりこの年齢がおそらくピークの成績が狙える円熟期にあるということで、今回のオリンピックへの意気込みは相当な覚悟があるようです。フォアハンドのフォーム改造などで右腕の痛みを抱えながらも、懸命に努力し圧倒的実力を誇る中国やライバル国シンガポールに挑む様子は応援せずにはいられません。

一方の「愛ちゃん2世」からついには愛ちゃんを追い越し日本のエースに成長した石川香純ちゃん。まだ19歳と若く精神面の課題を持っていましたが愛ちゃんとの激しいTOP争いの中で刺激を受けどんどん成長しています。世界の卓球選手でも珍しい左利きということで中国やシンガポールの選手たちも石川対策に奔走させるほど注目される選手になりました。このダブルエースの活躍で日本の世界ランクが上がりオリンピックでは第2シードを獲得し銀メダルが狙える位置につけています。世界のTOP4を独占する中国を凌ぐのは簡単ではないにしても、団体銀メダルを何とか獲得してもらいたいものです。

先日のウィンブルドンでは惜しくもデルポトロの前に敗退した錦織くんですが、芝のコートへの適応もだいぶ良くなってきました。体調も完全ではないようですが十分試合に挑めるコンディションは維持できてるようなので期待したいです。一回戦は見事勝利しましたね。メダルとまでは言わないけど、何とかベスト8くらいには残ってほしいです。あと二人の伊藤竜馬選手は残念ながらもう1回戦で負けちゃいましたね。この間のアトランタでの大会で錦織くんに勝つなど好調を維持している添田剛選手はキプロスのバグダディス相手に善戦中。雨で中断になってるみたいですね。何とか勝ち切ってもらいたいです。錦織・添田組で出場するダブルスでは一回戦でいきなり前回金メダルのフェデラー・ワウリンカ組との対戦。最強の相手だけれどどこまで追いつめられるか楽しみです。

愛ちゃんと錦織くん、とても微笑ましいカップルだったんだけどその後そういう噂は全然出てこないけど二人の関係はどうなってるんでしょうね。オリンピックが終わったら何か変化があるのかな。ま、それは関係ないけどこの二人の試合には注目したいと思います。

大津いじめ事件に思うこと

大津市のいじめ自殺事件がいろんな方面に波紋を呼んでいますね。この事件はいろんな点で考えさせられることがたくさんあります。

まずはひどいいじめについて。いじめというのは昔からあったし、未成熟な人間の本能的な部分として完全になくすことはできないものだと思います。集団の中で特定の弱いものを選び出し、集団で一人に対していじめを行って自分達のストレスを発散させたり、自らの力を誇示するのに利用したりして、形は違えど大人でも子供でも、男社会にも女社会にもいじめはありますよね。大人なら、暴力行為があれば刑法に訴えることもできますし、会社での不当な扱いは労働組合などが対応してくれる場合もあります。(最近は保護してくれる組織のない就労形態が増えているので難しいですが…)しかし、中学生などの子供、しかも学校内で起こるいじめについては学校、親、教師の監視と指導がないと無法状態になってしまい最も危険な場所といえるのかもしれません。

今回の事件では真っ先に対応が批判されるのが、担任教師および学校側の対応の杜撰さ、危機感のなさ、そこに透けて見える事なかれ主義と自己保身に汲々とする大人の厭らしさです。生徒が自殺した後になってさえ、調査結果を隠ぺいし、いじめを苦に自殺したことが多くの証言から明らかであるにもかかわらず、その事実を故意に隠し、自殺といじめの因果関係ははっきりしないことにしようとしていました。担任教師が見て見ぬふりをしていた、とか、いつ誰がどのような暴力をふるっていた、と明確に記していたアンケート結果は隠し、曖昧な答えだけを別紙に纏めて警察に見せるなど意図的な隠ぺい工作が次々と明らかになっています。これは僕も親の立場としては断固許せないことです。教育委員会もしかり、これだけ事件が大きく報道されてなお、未だに正式な報告書さえ提出していなかったなど後手後手にまわる杜撰な仕事ぶりが目に余ります。

とはいえ、学校という組織の閉鎖性、内向性、事なかれ主義と自己保身は今に始まったことではなく、不適格教師の多いことや自分の出世しか考えない校長・教頭などどこにでもある風景であって、決して大津のこの学校だけが異常であったとは思えません。僕にも教師の友人はいるし、身内にも小学校教師がいますが、学校組織の難しさはよく聞いています。モンスターペアレンツの増加と全く体罰を許さない雰囲気などから教師に問題のある子供に対する強制力がなくなり、それがかえって素行の悪い生徒を増長させ教室が混乱に包まれても対処しようがなく、心を病んで辞めていく先生が多い実態はあるようです。学校(校長)が責任を持ってモンスターペアレンツに対しても、授業を妨害する生徒に対しても毅然とした対応が取れていればいいのですが、そういうところは決して多いとは言えないようです。

最近は特に学校の先生に対する尊敬が無くなりました。普通の家庭、普通の子供なら誰でも大学に行ける時代になって、その中でも相変わらず教育学部の偏差値は低く、採用試験の倍率は極端に低くはないとはいえ、学校の先生が「選ばれた人」であるという認識はほとんどの親にはないと思います。そういう尊敬が残っているのは一部の国立や優秀な私学の教師くらいでしょうか。むしろ実績のある塾の講師の方がよっぽど尊敬も信頼もされていると思います。そういう雰囲気がこのような悲惨な事件の土壌になっている気がしてなりません。優秀な教師の待遇を上げ、審査を厳しくし、不適格な人間はどんどん切り捨て、学校も教師もランキングすればいいのにと思います。「公教育はそういうものではない」という意見もあるでしょうが、公教育が「最低限」を保証する教育だとしても、その質を検証するシステムはもっともっと必要だと思います。公立学校に関する話ですが、「学校は友達と会うところ、塾は勉強するところ」という構図になってしまっていることが大きな間違いだと思うのですが…。

というわけで、今回の事件は学校組織の問題点が最悪の形で現れたもの、という見方もできると思うのですが、もう一点、この子の親は何をしていたのだろう?と思うところはあります。被害者でもあり、子供が亡くなってからは一生懸命行動しているようなので、詳しい情報がない中で安易に批判することはできませんが、同じ親の立場として、子供がこんな凄惨ないじめにあっていることに何故生きている間に気づいて対処してやれなかったのか、自殺の3日前に加害者とされる3人の生徒のうち2人が家に来て、部屋を滅茶苦茶に荒らした揚句、財布まで盗って帰ったことを見ていながら何故黙っていたのか?親もまた事なかれ主義の人間だったのではないか?子供はむしろ「親さえも助けてくれない」ことに絶望して死を選んだのではないのか?そういう疑問が拭えないのです。

うちの子にもしもこういうことがあったら、絶対に僕は黙っていません。警察に被害届は当然出すし、それぞれの子供の親に連絡を取って事実関係を問いただすし、学校にも言いに行きます。その上で子供に学校で何が起こっているのか聞き出し、本人にも言って聞かせることは当然ありますが、相手の親にも学校にも情報提供と警告はすると思います。その結果状況が変わらないようなら、子供は学校には行かせず、教育委員会へまずは話を持って行くぐらいのことはするでしょう。大津の教育委員会なら何もしない可能性は高いですが、そうなったときに転校なり何なりの対応を考えると思います。親なら自分の子供が毎日のように暴力や恐喝被害に遭っているのにそのぐらいの対応を取るのは当然のことだと思うし、それを何も行動せず、学校に行かせるということは親自身が子供に死ねと言っているようなものだと思うのです。

この子の両親が何故、そういう当たり前の対応が取れなかったのか、子供が事実関係を話してくれなかったのか、その辺の事情は報道からはわかりません。だから、「親も悪い」と一概に言うことはできませんが、「何故?」という一番大きな疑問は残ったままです。

残念なのはこの子が自殺してしまったこと。死ぬことはなかったのに・・・とやはり思います。学校に行くのをやめればよかったのに。教師や親が助けてくれないにしても、中学生なら他の大人に助けを求める方法を考えることができればよかったのに。誰か一人でもこの子のそばに立ち上がってくれる大人がいれば、今は苦しくてもいつか広がる未来が待っていたのに・・・。死んでしまえばそれでお終いなんだよって言ってくれる人間が、大人も友達も誰もいなかったことが残念です。責任はこの子の近くにいた大人全員にあるんだろうなって思います。いじめ自殺はあまり過剰に報道すると必ず真似をする子がたくさん出てくるから、あまり大げさに取り上げるべきじゃないとは思うのですが、いじめを根絶し学校の意識を変えていくためにも広い報道は必要な部分はあるんだろうなと思うと複雑です。

原監督のスキャンダル・・・

原監督、退任しちゃうのかなぁ・・・。ジャイアンツは交流戦優勝、いよいよ勢いに乗って中日との一騎打ちというときにまたしても大きなスキャンダルが出てきてしまいました。

1988年なんて今から24年も前。遥か昔の血気盛んな現役時代、若い頃にした女遊びのことをネタにしての脅迫。強請られたのは2006年のことでその時でも18年も前の出来事。一笑に付してしまえばよかったのにと思うんだけど、監督2期目の就任直後、しかも他のコーチの名前まで挙がっているとなるとそうはいかなかったと原監督はメッセージで述べていますね。わからないではありませんが、脅迫に屈して1億円もの大金を払ってしまったことは、やはり保身のために隠ぺいすることを優先したと思われても仕方ないかもしれません。犯人は元暴力団関係者と報道されていますが、球団の説明では警察から暴力団関係者ではないとの説明を受けたと言っています。暴力団に1億円ものお金を渡したのであれば、如何なる理由であれこれは許されないことですが、球界関係者と認識していたというのであれば・・・うーん、どうなのかなぁ。


当時の原監督の苦悩や2009年に発覚後の球団首脳の逡巡は理解できる部分もありますが、やはり最初に1億円は渡すべきじゃなかったんじゃないか、という気がします。

「紳士たれ」のスローガンのもと、スキャンダルには他球団よりはるかに厳しいジャイアンツ。以前は不倫スキャンダルを暴かれた二岡選手を日本ハムに放出したり、吉村コーチを解任したり、ほぼ例外なく厳しい対応を取ってきました。原監督にはそういう球団の性格は重々承知のことだっただけに、余計些細なことでも発覚させたくなかったのかもしれませんね。犯人側もそこに付け込んだ脅迫だったのでしょう。今までのジャイアンツの対応からすれば、原監督の来年以降の残留は厳しいかもしれませんが、ファンとしては残ってほしいです。

一方で契約金超過の問題や今回の原監督のスキャンダルはいずれも週刊誌など情報ソースのはっきりしないメディアから暴露されています。暴露された内容からトップにいた人間以外知ることのできない内容が含まれているらしく、読売球団は情報源に元球団代表の清武氏が関与しているとして発表しており、原監督も清武氏へのメッセージを発表しています。今回の件は『原監督の問題を球団が初めて把握した2009年に詳細な記録を作成。球団の機密事項である記録を持っていたのは同社長、当時の清武代表、当時の原沢副代表(現球団代表)、当時の法務担当者の4人だけだった。』そうです。清武氏側は反論していますが、今年の春から続く巨人の連続スキャンダルは異常というほかなく、どれも大きなネタばかりで清武氏以外に考えられないとする球団の発表には一定の説得力があります。証拠もないのに犯人扱いしていいのかどうかはわかりませんが、相当な確信がないとここまで名指しで批判はできないような気もします。

まだ断定するのは早いと思いますが、個人的怨恨から球団やペナントレース中の選手・監督に大きな迷惑をかけるこのような暴露行為を行ったとすれば、清武氏にはがっかりですね。

いい加減な報道・・・

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原発再稼働か停電か

原発の再稼働がうまく行かなくて政府も焦ってるみたいですね。このままだと今年の夏はまた計画停電だそうな。でも、別に計画停電で構わないと思うんだけど、どう思いますか?そりゃ不便なことはたくさんあるでしょう。困る人もたくさん出るかもしれません。でも原発は動かさなくて済む。

地震大国日本。これからも地震は続くし、津波も来るかもしれないし、どんな不測の災害が起こるかもしれない。何より、原発は人間が考えて、人間が造り、人間が動かすもの。必ずそこにはミスや見落としや想定外の事態が起こり得る余地があります。「安全神話」などはじめから存在しない。安全を維持し続けるためには、事故の可能性の予見と備えと、安全を維持するための不断の努力がないと結果としての「安全」などあり得ないのです。

日本ヒューマンファクター研究所(http://www.jihf.com/index.html)初代所長・故黒田勲氏の言葉に『安全はこの世に存在しない。あるのは危険だけである。この世に存在するあらゆる危険を排除する努力をたゆまず続けた結果、何も起こらなかった状態を安全という。』というものがあります。安全性を必須とする公共交通機関や原子力発電などに従事する人間は必ずどこかで一度は耳にする言葉だと思います。この言葉が安全というものの本質を最も正しく表現していると思います。

過去の出来事を見る限り、日本の原子力政策や電力会社の原子力発電所の運用は決して国民からの信頼を得られるようなレベルにはありません。だからこそ今回の原発再稼働についても、多くの地元や自治体の理解が得られないというのは根底にこの不信感があるからだと思います。「原発は安全です」と言いきっている時点で間違いなくウソをついているんですから。(さすがに今はもうそんなこと言っていないでしょうが…)原発は福島原発の事故で日本ばかりでなく全世界が思い知ったように、役に立つ半面巨大なリスクを抱えたシステムです。日本という自然災害の多い国ではそのリスクは他国に比べて格段に高くなるのは誰が考えてもわかることです。そのリスクを敢えて抱えて原発を推進するのであれば、国民の正しい理解と原発運営者の常に真摯で謙虚、かつ厳密な安全管理が必要で、政府の援助を含め安全に掛けるコストも惜しみなくつぎ込める体制が必要です。それが十分でないと判断される以上は、「当面、原発はやめる」という判断は当然の帰結だと思います。

原発が稼働しなくなれば、現状では日本の電力は不足するのが当然です。火力発電所を増やす、或いはFULL稼働などで補ってもその結果多くの二酸化炭素を排出し、地球環境に更なる悪影響を及ぼすことも我々は承知しなければいけないと思います。石油資源の枯渇も早まるかもしれません。太陽光や風力発電などの新技術はまだまだ大規模な実用化は困難なようですが、少しでもクリーンなエネルギーが得られるよう研究開発を加速させる必要があるでしょう。我々国民が「原発はやめる」という選択肢を受け入れるのであれば、当面はピーク時の一般家庭を含む計画停電、企業における節電ノルマなどは受け入れなければいけないと思います。「電気のない生活」というのを受け入れていくことも、便利さに慣れ過ぎた現代人にはいい薬なんじゃないかと思うのです。人間は実際に痛みを受けてみなければ、本当の痛みはわからないものですから…。

その上でもう一度原発をどうするのか、議論してみたらいいんじゃないかと思います。僕は原発は順次廃止して、停電社会に賛成です。

車の事故

この頃は車・バスの大事故か続いていますね。先日の祇園での暴走に続いて京都で子供たちの列に突っ込んだ車、そして昨日の高速道路での7人死亡のバス事故・・・。

集団登校中の人の列に無免許運転の若者の車が突っ込んだ事故では、父子家庭で家に帰らず、友人と一晩中車を走らせて遊んでいた末の居眠り運転。大型トレーラーの運転手がてんかんの発作で意識を失って子供の列に突っ込んだというのもありました。祇園の事故ではてんかんのような症状が出ていたという家族の証言もありましたが、ぶつかって止まった後わざわざバックして人の多い交差点に突っ込んでいったんだから殺人じゃないのかという疑いも捨てきれません。居眠り運転やてんかんの発作による事故の時、不思議なくらい人の列に突っ込んでいきますね。あれはいったい何でなんでしょう。自転車が向いた方に行くように、人の列があるとそっちに眼が行くからなんでしょうか。集団登校というのも犯罪防止には効果があっても事故防止には逆効果な気がしないでもありません。怖い世の中です。

前から思っているんだけど、日本の車の免許制度は甘すぎだと思います。高齢ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違えて店舗に突っ込む事故の多さ、てんかんの持病のあるドライバーが病気を隠して免許を取得できてしまう甘さ、そこまででなくても、高速で合流もうまくできないドライバーや縦列駐車もできない女性ドライバーがいっぱい車を運転しています。GWともなると車線変更さえうまくできずに渋滞させている車があちこちにいます。事故の芽というのはそういうところからすでにあるのだと思います。

運転免許制度をもっと厳しくして今の2種免許くらいのレベルには運転できないと合格できないようにし、更新も実技審査を導入して運転操作が不十分な人は合格できないようにすれば、車の数が減って渋滞も減るし、事故も大幅に減らせるし、二酸化炭素排出量もだいぶ減るんじゃないかと思います。信号だってあんなにあちこちに付ける必要もないと思います。誰でも取れる免許制度で危険予測もろくにできないドライバーに合わせて信号ばっかりあちこちに付けて渋滞を助長し、自動車教習所や免許更新、車検制度など車に関わる商売優先、税金収入優先の政策を取ってきたからこういうことになってるような気がするんだけどな。何のための免許なのか考え直すべきだと思う。死亡事故だって大半はトラックが絡んでる。乗用車同士の事故での死亡事故ってそんなに多くはないと思う。大型車を運転するドライバーにはもっと高いモラルと技術を要求するべきだと思う。飛行機のようにね。そうすれば悲惨な事故は減らせるのにね。

その結果、ドライバーが少なくなって給料も高くなって、物の配送料が高くつくようになっても結構。宅配便が遅くなっても結構。田舎に住んでる人や主婦の足が無くなってしまって困る人が大勢出るっていう人もいるだろうけど、車という乗り物の危険性を考えればそのぐらいしてもいいと思います。乗りたかったらしっかり練習してちゃんと安全運転の考え方と操作ができるようになってから乗れと。

今は原発も止めようという意見が多くなってきてなかなか再稼働できず、全国の原発のほとんどが止まっています。その分は火力発電所のフル稼働で補ってるのが現状。二酸化炭素の排出量は大幅に増加し、自然破壊はますます進んでいく状況にあります。いまやECOだのLOHASだの誰も言わなくなりましたね。あのブームはいったい何だったんでしょう?京都議定書とか地球温暖化防止とかどうなっちゃったんでしょうね。東日本大震災以降、日本はそれどころじゃなくなった、というのが言い訳なんでしょうが、車社会のあり方を見直せば少しぐらい不便でももっと安全で暮らしやすい社会ができると思うんだけどな。

いつどこから暴走車が突っ込んでくるかわからないような車社会は本当に困ります。

無罪判決

(ニュース記事)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/accident/541699/
(判決要旨)http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120112ddm012040152000c.html

JR福知山線脱線事故で、当時の責任者であったJR西日本前社長が業務上過失致死傷罪に問われた裁判で無罪判決が出ました。上記リンクは関連する記事と判決要旨です。これには様々なことを考えさせられます。

まずは遺族の気持ち、これはよくわかります。僕は遺族ではありませんが事故現場からあまり遠くない福知山線沿線に住んでいるので、会社の関係者や子供の関係する人の中にもご家族を亡くした方がいらっしゃいます。そういう方の気持ちを考えれば、誰かを有罪にして責任を取らせないとやり切れないと思います。それを社長が無罪と言われたんじゃ、いったい誰が責任を取るんだと言いたくなるでしょうね。理不尽さを感じるのは仕方ないと思います。

でもこの事故の責任は本当は誰にあるのでしょうか。一番悪いのは僕はやはり事故を起こした運転士だと思います。若い運転士でこの事故で亡くなってしまい、罪を問うことはできませんが、ダイヤの遅れや前の駅での停止位置ミスを起こしたことにより、日勤教育という懲罰的な再教育に投入されることを恐れ、危険なカーブに制限速度をはるかにオーバーする速度で突っ込むといういわば暴走運転を行いました。これが事故の直接原因です。そして、何故彼がこんな暴走運転を行ったか、という背景に懲罰的日勤教育のプレッシャーや厳しい運航ダイヤのTIME PRESSURE、ATS装置の未整備、ATS装置を義務化する法的整備の遅れなどの間接要因がありました。

運転士の安全教育をもっとしっかりやっていたら、ATS装置を危険なカーブには全て設置するよう法整備されていたら、JR西日本が安全のためにもっと自主的にATS装置を整備し、危険なカーブを精査してあのカーブに導入していたら・・・様々な「たら、れば」があれば、この事故は防止できたからこそ、「やるべきことをやらなかったのは誰だ」という犯人捜しになってしまうのでしょう。

判決要旨によれば、当時はATS装置をこのカーブに付けなければならないような法的義務はなく、一部導入されていたATS装置もそれほど危険ではないカーブには導入されていてもこの尼崎のカーブには導入されていませんでした。また、このカーブだけでなく他にも危険なカーブはいくつもあり、このカーブだけが特に危険であるという情報を社長は持っていなかったと認定されています。そのような状況の中、この事故が起こったわけですが、この事故の責任を社長が安全対策を怠ったためであると認定し、個人の罪に帰することは困難である、ということなんでしょうね。もしこれで、社長が有罪なら、ATS装置の設置を義務付ける法律を整備してなかった国土交通省の鉄道局は?国土交通大臣は無罪なのか?という話にもなると思います。なので僕はこの判決は理不尽なものであるとは思いません。

無罪になったからと言って事故を起こしたJR西日本に事故の責任が無いというわけでは当然ありません。それはJR西日本もわかっているでしょう。仮に前社長が有罪になって刑務所に行ったからといって、JR西日本が安全な体質に生まれ変わるものでもありません。それとこれとは別、なんじゃないかと思います。飛行機事故でも同じですが、飛行機や鉄道といった大きな乗り物の事故には必ず複合的要因があります。今回の福知山線事故は明らかな運転士の意図的な規定違反、暴走がありましたが、それでも事故当初から暴走運転の背景の方に焦点が当てられていました。これは運転士が亡くなっていたからだと思いますが、正確な事故原因の究明には大切なことだと思います。話題になった日勤教育自体は否定するものではないと思います。運転士の業務内容を評価し、成績の悪い運転士や社員を再教育するのはやはり必要なことだし、「日勤教育が無ければ事故は起きなかった」というものではないと思います。ただし、厳しくてもいいから内容をもっと合理的なものにし、列車の安全運航に資するものでなければならないと思います。


ATS装置の整備にはコストがかかりますね。安全とコストの兼ね合いは鉄道会社でも航空会社でも常にせめぎ合う重要な課題です。航空会社では常に最新の装備を導入し、コストを掛けて安全運航を維持していますが、例えば疲労軽減のためのTAXI送迎や休暇の日数、ステイ先のホテルの質などの間接的部分では大手航空会社でもコスト削減が続いています。一方でそういうコストを完全に切り下げたLCC(Low Cost Carrier)が台頭し高い利益率を上げて在来航空会社を席巻しています。いまのところ大きな事故を起こしていませんが、いつかコスト削減を間接要因とする事故が起きるのではないか、という思いは誰しもあります。事故が起きないギリギリのコスト削減を進めるのが、経営手腕であるのなら、積み木崩しが崩れる時までコストを抑えようとするのは経営者の性なのかもしれません。「安全とコスト削減の両立」という難しい問題を解決した会社が生き残っていくのがこれからの運輸産業なのでしょう。

電車のホームからの転落事故は今でも時々起きていますね。自殺は防ぎようがないので別としても、酔って落ちたとか、ふざけ合っていてはずみで落ちて進入してきた列車に轢かれて亡くなるなどのケースは後を絶ちません。ホームに新幹線のような柵があれば簡単に防止できることなのに、未だに導入されている駅はほんの一部で整備が進みませんね。ホーム転落事故で亡くなった方の遺族は社長がホームの柵を整備しないからだ、と刑事裁判に訴えるという話は聞いたことがありません。(そういう裁判はあって、僕が知らないだけかもしれませんが、いずれにせよ刑事で有罪にはならないですよね。)福知山線事故の話とこの話は被害者に不注意があったかなかったかで根本的な違いがありますが、間接要因として安全対策の不足が事故につながったという点では同じです。法で定められた安全対策を実施していなかったのなら違反として糾弾できますが、法的義務のない安全対策が十分でなかったからと言ってその責任を刑事裁判で、しかも個人に問うのは無理があるということなのだと思います。

JR西日本にはコストを掛けて、ATSやホームの柵などの安全対策を早急に進め、すでにやっているようですが、日勤教育をはじめとする社員の安全教育、評価体制を確立、検証しつつ企業の安全文化を高めていってほしいと思います。

大阪W選挙と教育基本条例の話

大阪府知事、大阪市長のW選挙は橋下徹氏と大阪維新の会の完勝に終わりました。まあ、予想通りと言うか、今大阪で選挙やって橋下さんに勝てる人は誰もいないでしょう。そのぐらい府民・市民の橋下氏に対する期待は大きいということなんでしょうね。マスコミは平松氏側の意見やアンチ橋下氏の人の意見もある程度平等に取り上げていると思うんだけど、どれだけの人が積極的に平松氏を支持してるかというと疑問に思ってました。組織票とアンチ橋下氏の人の票が結構集まって何とか勝負になったという感じじゃないのかな。自民党や民主党の支持者で結構橋下氏に投票した人がいて、それでこれだけの大差が付いたという感じがします。

今回は自民党も民主党も、既成政党はこぞって橋下氏つぶしにかかりましたね。それだけ大阪維新の会の今後の力が怖いということなのかな。今のところ橋下氏が国政に出る意向は示していないけど、大阪都構想の実現には国政での法改正が必要で、そこで国が動かない場合には大阪維新の会から関西を中心に多数の国会議員を擁立し、多くの議員を国政に送り込む可能性は示唆しています。今の勢いのまま、国政に出てこられると下手をすると民主党も自民党も太刀打ちできないような一大勢力ができる可能性も無きにしも非ず・・・そりゃ今のうちに橋下氏を叩いておかないとと思うでしょうね。

それでも橋下氏が勝った。これはすごいことが始まるな、という気がします。橋下氏の掲げる理想がどこまで実現できるか、これは具体的な話になると少し方向性に問題のあることや(教育問題など)、多くの難題があって本当に実現できるかどうか厳しい問題(大阪都構想)、かなりの反発や反対運動が予想される問題(大阪市職員の合理化、関空問題など)があって、橋下氏が市長になり、大阪維新の会が大阪を制圧したからと言って簡単に実現できるとは思えません。ただ、橋下さんの剛腕なら何かをまた変えてくれるんじゃないか、という大きな期待がこの投票結果なんじゃないかなと思います。

教育基本条例に関しては僕もそんなに詳しくはないんだけど、平松氏側の支援集会で神戸女学院大学名誉教授の内田樹(うちだたつる)さんが話した内容がご自身のブログに記載されていて、その内容にはとても感銘を受けました。(http://blog.tatsuru.com/2011/11/24_2042.php)維新の会の出した「教育基本条例」は「教育に急激な変更は馴染まないし、制度を変えたからといって数年で結果が出るものではない」「教育に市場原理を導入すべきではない」「教育とは何か、子供たちに着けさせるべき学力とは何か、という理念が間違っている」という視点で教育基本条例の内容に反論しています。以前この先生の「日本辺境論」という本を友人の勧めで読みました。学者さんで教育者らしく長くてくどい文章が得意で、ちょっと読みづらいところはありますが、独特の世界観、人間観を持っていてハッとさせられる部分も多くありました。「日本辺境論」はいわゆる日本人論ですが、日本人とは自らが辺境人であることを自覚し、他国のやることを真似することが「グローバルスタンダード」などと言って正しいことと信じている国民である、というような「なるほどな」と思う話がたくさん書いてありました。で、僕はこの方のお話、結構好きなんですよね。

大阪の教育水準は全国一斉学力テストでもずっと最下位を争っている状態。これを少しでも改善しようと、ある意味短絡的な方法で競争や市場原理を利用して結果を出そうとする維新の会の方策は、ある意味わかります。内田先生の言うようにそれは本来の教育の在り方ではない、というのはその通りだと思いますがとりあえず大阪の水準を少しでも、数年のうちに上げたい、せめて全国水準の普通の位置まで…という考えに立てば、この政策は間違いとは言えないんじゃないかとも思います。もちろん内田先生の指摘する弊害も出てくるのかもしれませんけど、今のままよりましじゃないのかな。いま、全国的に子供たちの学力が下がっている原因はやはりこの10年の「ゆとり教育」「学校週休2日制」の影響だと思うし…。塾のテキストやハイレベルな問題集/ペラペラで書き込み式でカラフルな漫画雑誌のような学校教科書、塾に通う子/行かない子、私学に通う子/公立のみの子、この差はものすごく大きいです。中学受験なんかでは大したレベルの学校でなくとも塾や家庭教師で対応しないと学校と自主勉強だけでは到底合格できません。公立の学校教育の水準の低下が教育の世界にも格差社会を発生させています。公教育の水準を上げることが課題であるのは明らかで、ようやく今少しずつゆとり教育の見直しが行われてはいますが、まだまだ学校と塾のレベルの差は大きいと言えます。そんな中、少しでも教育水準を上げる努力を大阪からやっていこうとする試み自体は決して悪いことじゃないんじゃないかと思うんだけど、どうでしょう。

橋下氏と維新の会の勢力増大を「独裁だ」と言って平松氏などは批判していましたが、独裁ってお隣の国のような、「世論の多くが反対しても誰も権力の座から引きずり下ろすことができない存在」の人物が政治を行ったときに独裁になるんであって、数年のうちにはまた選挙があり、結果が出せず世論の信頼や期待を裏切った時はすぐに落選するんだから、これは独裁とは言わないだろうと思います。この選挙結果が有効な任期中、橋下氏と維新の会が府民・市民の期待にこたえられるだけの結果を、あるいはすぐに結果は無理でも継続して政治を任せていく期待を引き続き持たせられるような実績を残せるかどうか。どの問題も決して簡単ではない課題ばかりですが、少しでもいい方向に持っていけるような政治・改革を期待します。すでに影響が出始めていますが、大阪の動きが国政にまで影響を及ぼすようになると、まさに「維新」の始まりと言えるのかもしれません。繰り返し言いますが、簡単に改革ができるとは思わないし、そこまでの期待もしてはいないけれど、何かを変えてくれる松井・橋下府政に注目して行きたいと思います。

「死の街」発言の感想

今さらながらの話だけど、鉢呂元経済産業大臣の辞任のきっかけになった「死の街」発言と「放射能着けちゃうぞ」発言。最初、テレビで記者会見の様子を報じていた時、たまたま観ていて、「なんでそういうこと言うかなぁ…」と真っ先に「違和感」を感じたのは確かだったので、まさか辞任するほどの大騒ぎになるとは思わなかったけど、新内閣の閣僚になったばかりの人がこういう言葉しか使えないことにがっかりした記憶があります。

鉢呂氏の「死の街」発言は前後の文脈をよく聞けば、決してさほどの違和感を感じるものではなく辞任するほどの不適切発言とも思えない、という意見も出ていますが、僕はやっぱり前後の話の流れから聞いていても違和感を感じました。福島原発の放射性物質の影響により避難を指示され、立ち入り禁止となって現在人が住んでいない街を視察に行って、「人っ子一人いない」のは当たり前です。「死の街」という表現は僕のイメージでは昔、ペストや天然痘の大流行で住民の多くが死に絶え、生存者も街を捨てて逃げ出した後の誰も住まなくなった街が荒れ果てた様子を思い出します。もちろん実際に見たわけではないけどイメージで。そこでは実際に多くの死が存在し、死の恐怖から人々が逃れたことによって現出した「人っ子一人いない」荒れた街の様子が「死の街」のイメージです。

福島の街は確かに海岸沿いでは津波によって亡くなった方も多くいるでしょうが、いま人が住んでいない街の多くは「津波で流されて死に絶えた街」ではなく、「放射性物質の影響と政府の指示で避難して人が住めなくなった街」で、例えば『「死の街」を連想させるような淋しい風景でした」』というような表現なら違和感はあまり感じなかったかもしれません。だって、人は避難していないだけで防護服を着ないと即死するような高濃度の放射性物質があるわけじゃないし、動物だって虫だって命はたくさんそこにはいるはずだから…。「死の街でした」という表現はどう考えても間違いだと思います。そりゃあそこに住んでいた人たちで、早く帰りたいと考えている人たちにとっては腹立たしい物言いになると思います。

見たまんまのイメージをそのまま口に出したんでしょうが、大臣という立場にある人が言っていい言葉じゃないっていう気はします。それに加えて「放射能つけちゃうぞ」発言。これもオフレコの非公式な場での出来事で、実際になんと言ったのかもはっきりしないらしいですが、自覚に欠ける大臣の浮かれた様子は目に浮かぶのでどうにも擁護する気にはなれないです。笑えない冗談の典型。表向きの顔だけちゃんとしてれば裏でどんな言動をしていようと関係ないじゃん?というものでもないと思うんだけどなぁ。マスコミがオフレコの場での言動まで騒ぎたてて、各社とも一緒になって大臣叩き、辞任に追い込んで溜飲を下げているようなヒステリックで近視眼的な報道姿勢にあちこちから非難はあり、それはそれで一つの問題だとは思うんだけど、民主党ももう少し大臣にふさわしい人材がいないもんか、考えてほしいです。

福島の現状も放射性物質による汚染も「他人事」のように考えて、大臣になれて浮かれている様子が透けて見えるのが腹立たしい。大臣になれて浮かれてるんじゃなくて、大臣になったんだからその責任の重さと課せられた使命により慎重に言動を慎み、当面の大問題である震災復興と放射性物質の除去対策に真摯に取り組む態度を見せないと。本当にその自覚があれば、オフレコだからいいとか、「見た印象をそのまま行って何が悪い」とかいう言い訳はできないと思うんだけどな。(本人はそういう言い訳してませんが)そういう自覚や覚悟がない人に大臣は務まらないと思うから辞任でよかったんじゃないかな、というのが僕の感想です。

悲しいニュース

大変悲しいニュースが入りました。航空大学校帯広分校で訓練機が墜落事故・・・学生一人は辛うじて無事だったようですが、教官のお二人と学生一名が重篤な状態のようです。助かってくれればよいのですが・・・。

仙台の大津波で一人の犠牲者もなく無事だったことにほっとした矢先、こんなことになるなんて・・・。

事故原因等、詳しいことはまだ何もわかりません。とりあえずは一人でも多くの方の命が救われることを願うばかりです。

不可解な事故

栃木県の鹿沼市で12tもの大型クレーン車が広い直線道路で対向車線にはみ出し、反対側の歩道を乗り越え小学校に登校途中の児童の列に突っ込み、6人もの子供たちが亡くなるという大変痛ましい事故が起きました。事故を起こした運転手は真っ茶な髪のヤンキー兄ちゃんっぽい26歳の男ですが、2年前から勤務しクレーン車の免許も以前から持っていたとのことで、運転に不慣れというわけでもなく、勤務態度もまじめだったそうです。また、事故前日は休みで勤務状況も過酷というわけではなく、会社も「なぜこんな重大事故を起こしたのか理解できない」、と話しています。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110419-00000117-san-soci

早朝の児童が登校する時間帯、多少早い時間ではありますが居眠りするような時間帯でもありません。ましてや運転を始めてから5分もたたないうちに発生しているので、特殊な病気でもなければ運転を始めて5分以内に居眠りする人なんていないでしょう。アルコール反応もなく薬物反応もないそうです。それなのに反対車線に飛び出し、かなりのスピードで歩道を乗り越えてブレーキをかけた形跡もなく児童の列に突っ込んだ・・・。狙っていたとしか思えません。本当に事故なんでしょうか?

マスコミの論調では事故に断定しているようですが、状況があまりにも不可解で事故の原因が見当たりません・・・。運転手が反省の弁を口にしているからといって事故と決めつけず、状況をよく調べて無差別殺人の可能性も考慮した方がいいと思うんだけどなぁ。自分が犯人なら無差別殺人目的に突っ込んだ後、罪を逃れるために事故のふりをするけどな。

事故であれば、飲酒も薬物反応もない単なる過失として片付けられたら、どんなに結果が重大でも自動車運転過失致死では懲役7年が最高刑。被害者の痛みの大きさと罰の大きさは別のものということは頭では理解できるけれど、何だかやりきれませんね…。かけがえのない子を失った六人の子供たちのご家族の悲しみを思うと…。

何故こんなことになったのか、しっかりと解明してもらいたいものだけど難しいかもしれませんね。出発して3分で居眠り運転しました、なんて馬鹿な結論を出さないようにしてもらいたいです。未来を閉ざされた子供たちのためにも。亡くなった子供たちのご冥福を祈ります。

29日開幕ってどうよ!

結局、プロ野球セ・リーグの開幕は29日で落ち着いたようです。でもなんかすっきりしないなぁ。たった4日遅らせただけで何が変わるんだろう。パ・リーグが4月12日ならそれに合わせればいいのに。その方がオールスターや交流戦や日本シリーズの日程も合わせやすいし、NPBが一丸となった印象を出せていいと思うんだけど…。やっぱりNPBはばらばらなんだろうなぁ。というより一部のわがまま球団が好き勝手言うから中途半端な妥協案しか出せないのかな。

僕は巨人ファンですが、今回の渡辺氏の発言や強行開催を主張した巨人の球団代表の態度は支持できません。巨人だけが25日開催を主張したわけではないと思うので巨人だけを目の敵にされるのは辛いですが、決定に大きな影響を与えているのは確かなようです。トップがそんな人間たちで、立場上何も批判的なことが言えない選手たちの気持ちを想うと却って気の毒な気もします。選手たちが渡辺氏の考えに同調しているとは思いたくありませんから・・・。

災害の復興にプロ野球が貢献できることは反対しませんが、それはあくまで被害が一段落して復興の段階に入ってからのこと。いまだ行方不明者も多数、被害の全容も明らかになってない中、福島では原発の問題が予断を許さない緊迫した状況で、命がけで職員や消防隊員、自衛隊員らが頑張っている中、そして関東では電力不足により停電に多くの市民が不便を強いられて苦しんでいる中でナイターだと!どこかの記事に書いてあった。それを観た被災者たちが元気づけられるかどうか?彼らがどう思うと思う?「人でなし」だ、と。

まさにその通りだと思います。「減灯ナイター」「延長戦なし」「夏場はなるべくデーゲームで」などの工夫は当然のこととして、ヤクルトの宮本選手の私案のように、「5月開幕にし交流戦を中止。4月の日程の遅れをそこで取り戻す。それでも足りなければ秋にダブルヘッダーでもやる。」というような「まともな」アイデアがああいう偉い人たちにはどうして出せないのか・・・。興行優先、利益優先の発想しかないからそういうことになるんじゃないかな。でもね。そういう発想しかできないから批判を受けて、ファンが減って、視聴率が落ちて、野球が衰退していくんじゃないかと思う。みんなが気持ちよく応援できるプロ野球だからこそ、選手たちもプレイに集中できるんじゃないかな。その環境を作ってあげることがあの人たちの仕事なのに何をやってるんだか・・・。大相撲といいプロ野球といい、少林寺といい(これは私的ですが)トップが大切なことを見誤ると組織は衰退していくいい例だと思います。

29日開催なんて中途半端な案じゃ、当面世間の理解は得られないと思います。

過去に八百長がないなんて、よく言えたもんだ・・・。

大相撲の八百長問題に関して、面白い記事を見つけました。石原都知事も「相撲の八百長なんて今さら驚くに当たらない。そんなものは昔から常識だ。」というようなことを言っていましたが、アメリカの経済学者のデータ分析に頼るまでもなく、そういうことが行われているということは勝敗の不自然さから見て、大相撲をずっと観ている人はみんな感じていたことなんですね。記事は『大相撲徹底検証・・・数値で検証される「助け合い」「互助の精神」』というものです。(http://news.livedoor.com/article/detail/5323076/?p=1

いまだに日本相撲協会の放駒理事長は「八百長は今回に限ったもので、過去にはこのような事実はない。」と大した根拠もなく言い張っていますが、こんなことを言ってる時点でもう相撲の未来はないと思いますね。僕は今後相撲の勝ち負けなんか信用しないし、7勝7敗で千秋楽を迎えた力士や結果8勝7敗で勝ち越した力士は「勝ち星いくらで買ったんかな?」って思うようになります。普段の対戦成績は5分に近いのに、13日目までに7勝6敗できた力士は千秋楽では93%の確率で勝ち越す・・・そんな不自然なデータは誰が見たって八百長ですよね。そんな競技は面白くもなんともないし、もちろん応援する気もしないです。たぶん、一切八百長をしないで来た力士も中にはいるんだろうけど、本当のところどのくらいの割合でそういう力士がいるのかわからないし、データから見る限りそういう人は少数派だとわかります。ワイドショーでみた引退した元力士とやらの証言でも、一度名古屋場所でそういう会話がされてるのを聞いたことがある、なんて言いながらいろんなやり方や手口を事細かに解説してたりする。一度見ただけでそんなにいろんな方法や連絡手段を知ってるわけがないし、実際はあちこちで当たり前にやってたんだろうなということは明白な証言でした。本人は一度も八百長をしたことがないとテロップに書いてあったけど、これもかなり怪しいですね。

今行われている相撲協会の調査でも携帯電話を破壊したり、失くしたと言ったりして任意提出に応じない力士が多数いるそうです。こういう力士はまず間違いなくほとんどがクロでしょうね。こういう事実をすべて明らかにした上で今後の大相撲を作っていかない限り、いつまでも一部の力士の不祥事で済まそうとしてももう世間は実態を知ってしまったのだから、これ以上のごまかしは効かないはずです。このままだと相撲は滅びますね。

馬鹿な力士達と馬鹿な相撲協会、自浄能力のない組織が好き勝手なことをやって、嘘とごまかしを長年にわたって重ね続け、ボロボロの状態になってから修正しようと思っても、もう修正できる段階ではないみたいです。これから次第に人気がなくなって衰退していくんでしょうが、残念なことです。

大相撲はもう滅びたほうがいいね。

相撲の八百長疑惑、ついに動かぬ証拠がでましたね。腐りきった相撲界の体質はもうとっくに飽き飽きしてるし、もともと大して相撲ファンでもない僕にとってはこんな団体もう一旦解散してしまえばいいのに、と思います。「国技」なんて名前を冠すること自体恥ずかしいからもう止めてほしい。どうせ上位陣は外国人ばっかりなんだし、横綱の権威とやらも朝青龍で地に落ちたし。今の日本で最も人気のあるスポーツと言えばやっぱり野球かサッカーでしょう。このどちらかを国技に指定して一層の普及振興を図る方がずっといいと思うな。

相撲界存亡の危機だとか、日々マスコミで大騒ぎしてるけどほんとに「何をいまさら…」というのが正直な感想。八百長なんてずっと前から当たり前にあったんだろうなって思う。いままで証拠がなくてごまかし続けてきただけで・・・。以前、朝青龍も元力士から名指しで八百長を指摘されて、法廷にまで出て証言して結局証拠不十分で無罪ってことになったけど、あの指摘以降朝青龍の成績が明らかに下がったのは、言い訳はいくらでもつけられるとしても「やっぱりな」と思うね。そういう見方をすれば…。あの八百長疑惑の時期に白鵬が横綱になって簡単に勝てなくなったから、とか負傷があったから、とか言うけれど、白鵬に負けるのは仕方ないにしてもほかの力士は一緒なんだから、それまで4年間で2回しか5敗以上しなかった横綱があの疑惑以降3年の間に5敗3回、4敗3回と明らかに勝率が落ちている…これで八百長はなかったと言われてもね〜。実力は正直だよね。

もともと力士はいつも八百長試合やってるでしょ。地方巡業でよくやる「花相撲」ってやつ。本場所で優勝したこともない地元出身力士が優勝したり、大相撲トーナメントで観客に人気のあるお約束の人が優勝したり…本気でやってなくてどっちが勝つかあらかじめ決めごとがあるのは見え見えです。これに関しては見る方も大半は「そういうもの」として観てるから問題にならないとしても、本場所は別で真剣にやってます、と言われても今となっては何の説得力もないよね。思い返せば貴乃花と若乃花の兄弟対決優勝決定戦、誰が見たって貴乃花は負けてやってお兄ちゃんに初優勝させようとしてるのが見え見えだったよね。わざと負けた、とまでは言えないにしても無気力相撲。それまでの貴乃花の取り組みのような迫力や粘りが全くなく、ちょっと振られただけであっさり土俵を割ってしまい、見るからに「勝つ気がない」相撲でした。だから白けてしまって、若乃花の優勝にかえって水を差したような気がしたものでした。まあでも、若乃花が優勝決定戦まで頑張ったのは確かだから、決定戦の相手が弟でラッキーだったね、しかも弟はそれまで何回も優勝しててそれほど優勝に執着心がなかったからなおのことラッキーだったね、と言うしかない。おかげで立派な実績が付いたけど、若乃花の本心はどうだったんだろうなって気にはなりますね。

とにかく、相撲協会は2〜3年くらい大相撲を中止して抜本的改革をしなきゃだめだろうね。一度解体して一から作り直すくらいの。一部の狂信的なファンを除いてもう誰も相撲の勝敗なんか信用しなくなると思う。野球賭博問題、暴力団との関係、大麻、そして八百長・・・ここまで腐りきった状態がはっきりしてなおも興行を続けようとすること自体信じられない。もうやる資格ないでしょ。疑惑の関係者は全員解雇、永久追放。協会役員も責任を取って全員辞任。適任者がいるかどうかわからないけど、誰かが音頭を取って一から改革し、どんな不正も絶対に許さない厳しい規則と体制を作り上げない限り、もう相撲は滅びた方がいいと思う。たぶん、今出てる分が悪事のすべてじゃなくて、全くの氷山の一角だと思うから。これ以上ファンを裏切り続けるのは見ていられない。

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