2006年12月21日

8e226c90.jpg今日、12月21日・・・・・、この日は私にとって、一生忘れることの出来ない日である。

現在、私には伴侶として、ハナという愛犬がいるが、その前の愛犬であったトロの、命日なのだ。
2004(平成16)年の今日、トロは16歳1ヶ月の生涯を閉じ、あの世へと旅立って行った。

今年で、トロの三回忌となる。
愛犬トロ。それは私にとって、人生最大のクリスマスプレゼントでもあった。

ここで話は18年前にさかのぼる。
1988(昭和63)年8月のある日、私は自分が連れて散歩中だった犬を、交通事故で亡くすという悲劇に見舞われた。
その犬というのが、トロの更に一代前の愛犬、ナナであった。

当時15歳で受験生。押し寄せる不安に潰されそうになっていた私にとって、突然愛犬を失ったショックはあまりにも大きく、自分も後を追おうと思った。

何とか失意のドン底から立ち直り、受験勉強の最後の追い込みをおこなっていた、その年の12月24日=クリスマスイブ、私の耳に、朗報が飛び込んできた。
ナナの代わりとなる、新しい犬が届いたのである。
生後僅か1ヶ月の子犬。あまりにも可愛く、私は癒された。
目がトロ〜ンとしていたのが先ずもって印象に残り、その結果、命名トロ。

クリスマスイブに来たトロは、15歳の私にとって、最高のクリスマスプレゼントとなった。
まさに一生忘れることのできない、クリスマスプレゼントである。
何という、素晴らしい巡り合わせなのだろうと思った。

明けて1989(平成元)年の2月27日、私はまたも、喜びの絶頂を体験する。成績不振に喘いでいたにもかかわらず、高校に合格できたのである。
『高校合格』、これこそが当時の私にとって、最大の夢であった。これまで受験のストレスにどれだけ苛まれてきたか、そのキツさは計り知れないものがあった。
2月27日は、このときから記念日となった。合格できたのは、何よりもトロのお陰だ。
この日の夜は、深い感慨と大きな興奮に包まれていた。


それから時は流れ、2004年12月18日の夜・・・・・。
私は、よりによって最悪のタイミングで、悲しい知らせを聞くことになった。
16歳になり、かねてより老衰が進んでいたトロが、容態急変となり、危篤状態に陥ったのだ。

犧念のタイミング瓩判颪い燭里蓮⊆造この時は、職場の最大のイベントとなる、クリスマスパーティーの前夜だったのである。
夜まで前日の準備をして、「よし!あしたは頑張って、みんなでパーティーを盛り上げるぞ!」と、気合いを満タンに入れた矢先の危篤の報だったから、まさに青天の霹靂(へきれき)のような心地に陥ったのだった。

「あしたは一日パーティーで、朝から忙しいんやろ?てことは、今晩がお別れになるやろうから、今の内に顔を見に行ってやり!」
という母の“号令”に従い、すぐさまトロの顔を見に行ったが・・・・・、
言葉が出てこなかった。昨日までとは、明らかに呼吸のしかたが違うし、何か必死でこちらに顔を向けようとしている素振りは感じられるものの、もはや私の存在を認識しているかどうかも分からなかった。

・・・・・・ショックは大き過ぎた。
翌12月19日、クリスマスパーティーに、犢圓たくなかった
「何でこんな日にパーティーなんかせんとあかんねん?何かするなら、葬式の方がまだ合ってるわ。」
そんな気持ちのまま、むりやりパーティーに行った。今、この瞬間にも、トロが最後の呼吸を終えるかも知れないというのに・・・・・。

もう悲運のクリスマスとしか言いようがなかった。
こうなったタイミング、こうなった巡り合わせを、思わず恨んだ。

会場に着いてから、表向きは明るく振舞ったが、その実『心ここにあらず』で、気が動転した状態が続いていた。

一番ショックだったことがある。

どんなに楽しい、どんなに気心知れた仲間と顔を合わせても、気持ちの切り替えが全く利かなかったことだ。

私は、事前に思いっ切り気合い入れていた。
「仲間の顔を見て、絶対に気分転換をしてやるんだ!」
その意気込みがしかし、あまりにも強過ぎた結果、気持ちが空中分解を起こし、裏目に出る格好になったのだと思う。

「もうダメだ・・・・・」と思った。
すっかり自信を失い、パーティーを棄権することを、真剣に考え始めた。

ある『想定外の出会い』が、一気に流れを変えた・・・・・。

『想定外の出会い』・・・・・。

その人は、当年14歳、中学2年生の女の子だった。
顔は見たことがあったが別に口を聞いたこともなく、来るということは聞いていたものの、だから特にどうこうというのは、ハッキリ言って、思っていなかった。

それが、突然どんどん私に絡んできた。
もとよりヤンチャ盛りの子で、ふざけて体当たりはしてくるわ、ドツいてはくるわで、むちゃくちゃなアプローチをしてきたのだ。
『瞬間ハプニング』のような事態に、私はすっかり面食らってしまったが、実はその時、私の気持ちの中で、スイッチがカチッと入ったかのごとく、いきなり『パーティーモード』になったのである。
まるでそれまで真っ暗だった目の前が、急にパーッと白く明るくなったかのようで、その瞬間芸のような変わり方は、見事だった。

結果、途切れる寸前だった気力は急に息を吹き返し、終わってみれば大いに盛り上がる、ハイテンションな一日になったのだった。
そしてパーティースタッフとしての、犹纏瓩發任た。

この予想だにしなかった展開は、ひとえに、事前に何の予測もしていなかった出会いであるが故に、かえって真っ直ぐに、真っ白な状態で受け止められ、起こり得たのだと言える。

正直言って、この出会いがもたらした犁澪儻果瓩蓮△箸討弔發覆大きかった。
私は思った。

「楽しくて何事も順調な時の思いがけない出会いは、適当にスルーしてしまうかも知れないが、辛くて悲しい時の思いがけない出会いは、のちのちまで心に残る。」

クリスマスパーティーの日を何とか生き延びた愛犬トロは、その二日後の12月21日、遂に逝った。

当年31歳の私にとって、人生の過半数を共に過ごした伴侶が、逝った。
最初は、受験の苦しみを和らげる最大の功労者であり、その後は一貫して、思春期〜青春時代の悩みや苦しみ、切なさや寂しさ、挫折感や喪失感を一手に受け止めてくれた伴侶が、逝った。
そして、誰よりも青春時代の私の内面を知り尽くし、つぶさに見守っていた伴侶が、逝った・・・・・。

死後三日経った、12月24日=クリスマスイブ。
この日は、トロが私と出会ってから、満16周年の記念日であった。当夜、私はこみあげる悲しさを胸に、亡き骸が眠る庭のお墓の前に、暫したたずんでいた。

「トロよ。お前はやってきたのもクリスマスなら、去っていったのもクリスマスになったんだなぁ・・・・・。」

何という偶然だと思いながら、私のこれまでの猗樟賢瓩鮨兇衒屬辰浸、不意に脳裏に、これより五日前に行なわれたクリスマスパーティーの記憶が、蘇ってきた。それも、あの『想定外の出会いナンバーワン』、14歳のオテンバ娘が、最も強いフラッシュを浴びて、脳内を駆け巡ったのである。

私はハッとした。トロの墓を凝視していた。

「あの子は・・・・・、もしかして、お前が呼び寄せてくれていたのか・・・・・?」

墓の中からトロに、
「この前のパーティーの時は本当にごめんね。だけど、あの女の子がいたから、楽しかっただろう?」
と語りかけられたような感覚を覚えて、私は初めて、あの出会いがトロからの、死に際してのギリギリの計らいだったという事に、気付いたのだった。

寒天の静かな夜、人気(ひとけ)の全くないトロの墓前で、私は視界が霞んだ。目頭がどんどん熱くなってきたのである。
最初は一瞬呆気に取られた、あの子との出会いというのは、実はトロからの大きな『クリスマスプレゼント』だった。
そして、16年間可愛がった私に対する、精一杯の恩返しだったに違いない。

『犬の恩返し』、これは確かに存在するのだなと、つくづく思った。

思えばトロ自身が、私にとって最高の、『クリスマスプレゼント』であった。
そのトロが、死を目の前にして、私にクリスマスプレゼントを贈った。
いわば、『クリスマスプレゼントが、クリスマスプレゼントをくれた。』ということになるわけで、この“2つのクリスマスプレゼント”は、私の人生を語る上で、欠くことの出来ない存在となった。

改めて、いっそう尽きることのない、トロへの感謝の気持ち。心から「ありがとう。」

それから1年・・・・・、2005年12月、再びクリスマスパーティー。

『去年のクリスマスプレゼント』は、その姿を見せていた。この時、彼女は中学3年生で、受験生になっていた。

その昔、私自身が受験生だった時、クリスマスにトロが来たことによって、その年は思い出に残るクリスマスになった。
そして、そのトロが遺した一粒種のほうが、今度は受験生になった、という巡り合わせから、私の中では、このパーティーがぜひ彼女にとって、受験の事を忘れられる、思い出のクリスマスになって欲しい、という願いが強くなっていた。
それが、トロからの恩返しに対する恩返しになる、との思いもあったからだ。

ところが、期待に反してこの年のパーティーは、かなり盛り上がりに欠けるものとなってしまった。
そのため、不完全燃焼という余韻ばかりが残ることを、余儀なくされたのである。

その時は、その余韻を完全に吹き飛ばす大イベントが、その後待ち構えていようとは、夢にも思っていなかった・・・・・。

2006年(今年)2月、
人生、時に全く思いがけない出来事というのが、起きるものだ。バレンタインで、『トロの恩返し』がチョコレートをくれたのである。
自分がある意味特別と受け止めている存在から、バレンタインで物をもらうということなど、いまだかつて経験した事が無かった。

もらった物自体は、どこにでもある義理チョコである。しかし、いかに義理チョコと言えども、敢えて自分が、その年の、チョコをあげる相手の一人に選ばれたというのは、本当に画期的なことだったのだ。
「今が人生のピークかな?」率直にそう感じた。

ちなみに、実際にチョコレートを受け取ったのは、バレンタインデーからやや遅れて、2月27日であった。
2月27日、この日の夜は、深い感慨と大きな興奮に包まれていた。
ちょうど17年前の同じ日、高校に合格できた喜びに包まれていたことも思い出しながら・・・・・。

そして彼女自身もこの時期、無事高校に合格した。
少しでも、彼女が受験のストレスを和らげるための、自分が手助けになる存在になれればと願っていたし、合格も自分の時ほどに祈念していたから、内心非常に喜んでいた。
と同時に、大きな『区切り』・『節目』の到来も感じ取るようになり、1年余り続いた“亡き愛犬からの恩返し物語”も、間もなくフィナーレを迎えるという予感が、強くなっていった。

今年12月、みたびクリスマスパーティー。
昨年のうっぷんを晴らさんとばかりに、今年は大いに盛り上がり、最高に楽しいパーティーとなった。

だが、既に高校生になり、アルバイトも始めていた『かつてのクリスマスプレゼント』は、その姿を見せなかった。

時代の流れを静かに見届けた上で迎えた、トロの三回忌。
今、トロが眠る庭の上を、愛犬ハナが駆け回る・・・・・。

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tokotoko_nikkitokotoko_nikki at 22:14│コメント(0)トラックバック(0)

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