2008年05月

2008年05月30日

三浦雄一郎さんに学ぶ乾杯のあり方

8edb575f.JPGエベレスト制覇を果たした三浦さんのコメントを聞いてまたしびれた。
「涙が出るほど、つらくて、苦しくて、厳しくて、うれしい。」
重みがある。実感がある。本物だ。かっこいい。
その瞬間、皆で「乾杯」したことだろう。それは酒なのかどうかはわからないが、一時の喜びだけではなく、成し遂げた自分、メンバー、家族、関係者、自然、すべてに対して敬意と共に祝杯をあげたと思う。
一生懸命やって結果を出す。乾杯は祝杯という形で行われる。
一生懸命やったけど結果が出なかった。残念会。惜杯の形ではあるが、心は晴れている。やれることはやったのだから。そう、全力を尽くした結果は、たとえ敗れても祝杯に値する。もし、悔いだけが残るのであれば、全力でなかった事に対しての後悔なのだろう。
そう考えると、我々はいかに物事に対して、全身全霊を込めて全力で立ち向かうことが出来ていないかがわかる。やっているようで、そこまでやれていない。いつも後悔と反省の連続だ。
「乾杯」それは全力を尽くした人だけが味わえる勲章なのかもしれない。


2008年05月27日

山か上か

fb8dc2d3.JPG昨日、75歳の三浦雄一郎さんがエベレスト登山に成功した。おめでとうございますというよりも、凄すぎるとしか言いようがない。
年齢もさることながら、心臓に持病をかかえての登山は一歩間違えると死を招くことになりかねない。彼は山頂を目標とはしていなかったと思う。そこに生きる目的、価値観、使命感を抱いていたはずだ。たとえ、厳しい状況に置かれ最悪の場面に遭遇したとしても、そこで天に昇れるのなら、きっとそれが本望だったに違いない。
はたから見ていると美談のように拍手喝采かもしれないが、覚悟をして臨んだその心意気を考えると脱帽に値する。と同時に、三浦さんのようにストイックにかつ楽しみながら、目の前の山を登っていきたいと改めて決意させられました。

2008年05月26日

経験は語るな活かせ!

258357b0.JPGお年寄りと接していると必ず昔話が出てきます。戦時中の話や復興に向けた苦労話。「昔はこうだった。」「こうやって生きてきた。」確かに体験に裏打ちされた知識はすばらしいものがあります。私たちは常にこれを教訓として同じ過ちを繰り返してはならないし、子世代にもしっかりと伝えていかなければなりません。
上司が経験談を語る時、注意しなければならない点があります。「俺はこうやって成功をおさめた。」それだけの訓話だと時には自慢話のようになったり、エゴの押し付けになったりもします。「だから何?」ってなってしまい、聞く側も冷めてしまいます。
経験は未来に活かされてはじめて効を奏すわけで、特に経験のない新人に「こうすれば君なら必ず出来る」といった勇気を与える言葉や、失敗しても「大丈夫。こうやれば必ず乗り切れる。」といった励ましの言葉であってほしいものです。
上司も経験だけで判断してはいけません。我々の飲食店ではいい意味で経験を活かしている人はおよそ3割。後の人は経験の自負で自分が出来る錯覚に陥っていたり、その器から脱せないで、現実の仕事に淘汰できない場面もあります。
私は募集時に経験者優遇という言葉はあまり使いません。むしろ未経験者大歓迎という言葉を好みます。今回の春の募集でも元気な新人が10名ほど入り、今各店で頑張っています。君たちは素晴らしい。お酒を飲んだことのない人もたくさんいるけれど、今のその純粋な気持ち、一生懸命がんばるその心を一生忘れてほしくない。お客様とは常に一回一回の真剣勝負なのです。それはバイトを卒業しても一生ついて回ります。
うちの社長は偉いのではなく、良いお手本になって良いお店を作っていきたいと思っています。共にがんばりましょう!

2008年05月19日

勝利からの逆算

f321d035.JPG夢に日付をというとワタミ渡邉社長の言葉が有名ですが、目的意識を持って行動している人の多くはいろいろな形でこれを実践していると思います。
私も脱サラしてから独立するまでの間、部屋やトイレに目標を書いた紙を貼って、いつまでに絶対実現するぞと念じていたものです。
将来、自分のお店を開きたい人はたくさんいますが、例えば、いくら貯まってからこうしようという計画だとなかなか貯まりません。いつになってもいつかは…の域を脱することができません。
私の場合は5年後の自分を想像します。こうなりたいではなく、こうなっているという自分です。そして、過去を振り返るように今の自分を見つめます。すると、今何をしていなければならないのか、何が足りていないのかが見えてきます。これではいけない。このままでは無理だ。そこで具体的な行動指針を立てます。ある意味自分を追い込んでいくような形にします。公言もします。出来ないと恥ずかしいというプレッシャーも自分自身に与えます。それをバネにして頑張ります。
皆さまも一度描いてみてください。5年後の自分を。見えますか?
勝利からの逆算。未来に何かを求めるのではなく、未来から今なすべきことを始める、辛いけど楽しい旅なのです。

2008年05月16日

鼻毛にご用心

1f4804c3.JPG普段クールでいるあの人が、そんなに可笑しくもないところで「ニヤッ」と笑った。笑いのツボにはまったのでしょう。それも爆笑ではなく、目を見開きこれだと言わんばかりの表情。興奮しているわけではないが、大きく開かれた鼻の穴からは鼻毛の束がニョキっと飛び出している。むろんそれには気づいていない…あっ鼻毛マンだっ。
さすがに指摘しようもなかった。それからというもの、人が笑う時、ふと鼻の穴をみてしまう変なクセがついてしまった私なのでした。


2008年05月11日

凸凹(でこぼこ)でいい

41cb7f84.JPG運動会の徒競争。我々の頃は一等、二等…景品があった。ノートや鉛筆だったが、頑張った証としてうれしいものだった。ビリは何ももらえない。
勉強はできないけど運動会ではすごい奴。がりべん君のビリっけつ。いろんな奴がいるけれど、みんな必死に走ったし、まわりも温かく応援してくれたものだった。
今の時代は違う。景品はなくなったし、同時にゴールしましょうという学校まで現れた。ある年の娘のクラスも事前にタイムを計り、差がないメンバーで走らされていた。早い奴は早い奴と。太っちょ君は太っちょ君とスロー競争。これって何?
平等というと聞こえはいいけど、平等にするための策は実はそれを作る側の差別や偏見で満ちている。自己満足。むしろ差別の助長だ。
今、多くの学校では偏差値を扱った進路指導は行わず、通知表も相対評価ではなく絶対評価のようだ。美術などはオール3もありえるらしい。絵の出展も上手い人を順番に選んでいて、図抜けていても上手い人がいつも出れないという。「えこひいき」とクレームをたれるモンスターペアレントに配慮した結果なのか、腑抜けの教育現場である。居残り勉強も聞かない。「のこべん」と言って我々の頃は出来ない奴らの栄えある場、頑張らなければ帰れないあの試練。そこから得るものは大きいのに。
お勉強が出来る人たちはわからないだろう。偏差値で勝ち抜いた人が先生であり、行政を担っているのだから。
人間皆同じ。それは人権であって、作られた平等は個性の埋没と時には人権のはく奪をも意味する。後期高齢者医療制度なるものもそう。皆で少しずつの負担をと言うと聞こえがいいが、実はいつも弱い者いじめ。国民のためではなく、自分の地位、報酬を守るための手立てでしかない。
上に立つ者は現場を知らなくてはならない。平等は与えるものではない。勝ち取る大切さを教え、それに向け実践するものである。凸凹から良し悪しを学べ。


2008年05月08日

GWはもういや

193ff6ce.JPG居酒屋を始めてからの私のほくそ笑みのようなこの気持ち教えましょう。
「人が働いている時、ゆっくり休んで、人が休んでる時、鬼のように働くのだ。」
あまのじゃくではありませんが、サービス業はまさに人の逆を地で行く。それが痛快でもあります。
例年GWなどはどこへ行っても混むのでどこも出かけませんが、娘達が学校へあがってから久しく出かけていないので、今年は思い切って大阪、京都へ行ってきました。(中2と小5だからそろそろ父親と出かけたくなくなるかもしれないし…)
ユニバーサルスタジオなどはうんざり。2,3時間待ちが続出。予想はしていたが、これが最後だから我慢と少しあきらめモード。
ホテルのレストランでは連日ブチ切れそう。それにしてもバイキングではマナーの悪いお客が多すぎ。バターをごっそり持ち帰るババア。子供に指示するな!取るだけ取って料理を大量に残す一家。この子供たちも大人になって同じことを繰り返すのかなぁと思うと腹立たしくなる。
今、悪いことを悪いと言える大人が減ってきている。昔、町内に一人はいたコラッ親父。今は見かけない。父親の威厳って死語なのかもしれない。
先日、学生服で堂々とたばこ吸っている高校生を懲らしめた。親も学校も周りも見て見ぬふりだ。私の前では許されない。こいつら世の中をなめている。怒られないことをいい事に、自分中心に振舞っている。やりたい放題、野放し状態。間違っていることを教えなきゃ救われない。
こぶしではない。ひっぱたく。「これは暴力じゃない。指導だ。」今回が初めてではない。目の前の横暴に対してはほぼ毎日のように体をはって挑む。今回は反省の色が見られないので警察を呼んで補導してもらった。少しでもお灸になってくれたら甲斐もあるのだけど…
話がそれましたが、人ごみには必ず不届き者がいて疲れます。
やはり私は居酒屋人。次回からは、人が働いている間隙を縫って、ゆっくりと休暇をとりたいと思うのでした。行き先は無人島しかないかな…


2008年05月01日

お酌のルール

5e2f78b9.JPG「乾杯それは喜びと悲しみのくり返し 
 否や粋に飲もうよ今夜はとことん」
今夜もたくさんの乾杯があり、それぞれのお酌があるでしょう。
お酌というのは心と心の酌み交わし。決して酒を飲ますものではなく「これからもよろしく」「いままでありがとう」の気持ちを酒を通じて酌み交わすもの。
よく見る光景。「まぁ一杯どうぞ」と注ごうとすると「飲めないんですみません」手でグラスにふたをしてお酌を拒む。「明日早いんで…」「今日は車なんで…」
これは間違いです。別に飲まなくても良いのです。気持ちよくお酌を受けて「ありがとうございます」そしてお酒を注ぎ返す。それがお酌です。飲む飲まないはその人の判断。グラスには心が注がれているのです。
お酌は人間関係のバロメーターでもあります。お酌の数はたくさんの出会いを表します。会合で知らない人がいたらお酌をしに行きましょう。そして思いを酌み交わしましょう。きっと世界が広がります。