公方 徳川わ廣 (たなか) TYCOON

2014年06月

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高木粋巌 作 木こりと漁夫

時代は判じかねる叉作者もわからないが
秘蔵と箱書き、



かの絵の二人のしもに岩草が書かれているが、
首級が飛んでいるよふに見え
こちら、幼児より首絵と呼んでいた、昨年も他で紹介をしたならば、ある婦人が同じことを言っていたねひ
見へる、肝煎って笑


木こりは座して、漁師はごろ寝のゝどかなもの、

掛け軸下は 飛ばすやつですな

宮口一貫斉 普段の差料 のピースメーカー

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つげ義春作品は漫画もエッセイどれも好きです
小学生の頃、つげ義春の作品にでて来るような古本屋で買い引かれました、
「ゲンセンカンの主人」だったかな「沼」かもしれない
深夜の酒のともに良い

竹中直人監督 主演 「 無能な人」

竹中直人が実に無能です

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前に電車の石垣と露地細道からマウンテンバイクで駅のホームに入ってしまったことが有る、面目ねひ
復興調の懐かしの駅舎に造作されてる


大通り古そうな写真館の横の通路に三ノ輪都電入口と看板があり、コンクリの小さな灰色のアーケードになっている、
数件のたながカレースタンド、佃煮屋、煙草屋等開いている
煙草屋でアーケードはお仕舞い、此の煙草屋の婆は親切にも、わかばは強よふござんすしんせいかエコヲーになさいまし等話してくれる、

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此のアーケードのコンクリ真ん中に押し入れ程の穴ぼこを空け、すすけた穴ぼこで縁台をおき新聞等を売するせこい老舗の婆の見世のたたずまいが良い
冬場は毛布にくるまった婆の姿を見ると
つげ義春の漫画の世界に入り込んだ気分になった
此処のところ、毛布ぐるぐる婆の見世は閉まってる
どんなったかねひ

人々が駅の近道で露地を行きかう真ん中で立ちふさがり間延びしゃべくりしてる馬鹿おやじ達 「無能の人」

都電駅近くの商店街に手作りの香々屋があり、偶さかに買ふ
芋がらも売ってる、こいつはもどして、味噌で煮しめるよふにして、取り合わせして、江戸の膳を喫するよふで数寄だねひ
ぬか漬けは、 しよぺいし、夏場はすっぺいし、
香々ぎざんでしたじをかけて喫すも良し

買うには心得がいる、寄るな、真っ直ぐ帰れ
におうぞよ

しょぺいし

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国立博物館所蔵「豊干禅師絵図 筆徳川吉宗」

父親の紀伊徳川光貞はよく絵図を描いたようです
吉宗も素敵な絵を残してますね
のせ猫でんすな
丸々の虎が可愛らしい

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紀伊徳川光貞の梅の絵らしい

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梅若町あたり洛中思案

墨田区の堤通りを行きやしょふ
旧町名は梅若町と云ふのか 江戸の世には村かも知れなひ

梅若公園で榎本武楊の像を眼目、
勝安房守よりお前さんの勝手にしねひな
で、幕府艦隊ひきいて進む
初策では越後に向かうつもりだったが、長岡城落ちる等で榎本武楊は函館に向かふ
(こっちは長岡城を取り返しますが、取ったり取られたりだなぁ、)

榎本武楊はその後は黒田清隆等と北海道開発に尽力します
明治時代にこのあたりに住まいしたらしひ
てっきり ここらの御家人町の生まれと思っていたが、榎本は御徒町小島丁なんだと
こちら(私)は近場の合羽橋の住まいだったが知らなかんだねひ
御徒町は直産旗本、御徒組の屋敷が並んでいた町だ、ついでに書けば拓大の剣道の先生が先祖は御徒組三百石でお上はよく存じております、なぜ私の授業を受けていただけないのですかと衆々の中泣かれかけたのを御徒町で思ひ出す
あつかえてもさ、こちらはぎっちょだよ 期待され叉ぼこぼこにされんぢゃねいかと逃げた

武郎像を眼目して
梅若町の路地裏をつらつら巡っていたら小學校近場で素敵な駄菓子屋を観光する
「大島駄菓子」赤ぇ看板も馬鹿にてぇしたもんだ
合羽橋から奥浅草住み変え、部屋の普請(メンテナンス)も終わった、こちらの家と取っ替えてくんねひかな、隣が湯屋も叉良い
実に塩梅の見世だねひ

路地裏見分したので、暮れたので帰る!

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