公方 徳川わ廣 (たなか) TYCOON

カテゴリ: livedoor寺社仏閣史跡巡り 紹介

日枝社 御朱印
2017/03/03 
http://mahorobakikou.ldblog.jp/archives/52239566.html

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 世良田東照宮には、開運稲荷社と日枝社の境内社が鎮座しています。

 その中で日枝社に参拝いたしました。

「日枝社」の由緒は、次の通りです。

「祭神 大山咋命

 寛永二十一年(1644)世良田東照宮建立の時、日光山より奉遷。間口二尺五寸、屋根は挧(とち)葺き。

 江戸時代は幕府により十数回の修理が行われた。昭和二年、修理。平成二十五年、東照宮三ツ葉葵会により修理。

 江戸期の祭典日は、毎年4月申の日。」

 世良田東照宮の授与所の裏側に鎮座しています。
 こちらが社殿になります。

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 小ぢんまりした社殿です。

 世良田東照宮の授与所で御朱印を頂きました。一律書き置きになります。御朱印代は300円でした。

 こちらの日枝社には御札と御守りがありました。

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 鬼門除けの御札や魔除神猿(まよけまさる)御守があります。


神社名:日枝社
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119‐1
主祭神:大山咋命
備 考:世良田東照宮の境内社にあたる
URL:http://www.net-you.com/toshogu/

 (世良田東照宮のHP)

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「熊野大神社 再拝」(埼玉県深谷市東方) 
2017/02/10

寺社仏閣史跡の巡り、まほろば氏blog紹介
http://mahorobakikou.ldblog.jp/archives/52237845.html

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 埼玉県深谷市にある神社になります。

 駐車場は、境内の東側にありました。自動車は、10台位は停められそうです。

 こちらの神社の由緒は、次の通りです(由緒書きより)。


「当地は古くから開かれた土地であり、地内には家型埴輪が出土した古墳期の森末古墳、奈良期から平安期にかけての堂明様遺跡などが知られています。当社の創建について社記にー延長五年(西暦927年)この地に枇杷の木を棟木にして小祠を建て上野国碓氷郡熊野本宮より奉遷し東方村と号すーとあります。

 御祭神は伊邪那美命、速玉男命、事解男命の三柱です。

 現在の本殿は上野台の領主秋元但馬守景朝その子秋元越中守長朝が、当社が館の東北にあたっている事から城の守り神として崇敬し天正年間(西暦1573年から92年)に当社に社殿を寄進したものであり、本殿正面の桁に秋元家の家紋の彫刻が施されております。文政二年と平成十一年の大修理を経て今日にいたっております。本殿は昭和三十四年11月3日に深谷市の指定文化財に指定されました。
 (後略)」

 道路沿いにありました。南に行くと中仙道が通っています。



 一の鳥居になります。
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 二の鳥居になります。
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 三の鳥居になります。
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 三の鳥居を入ると左側には手水舎がありました。
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 その奥には道祖神がありました。
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 中仙道が近くを通っていましたので、そんな関係もあるのでしょう。

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 神楽殿になります。


 こちらが社殿になります。

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(´人`)

 群馬県碓氷峠にある熊野神社からの勧請になりなります。
 社殿の後方には、境内社が鎮座していました。

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 御朱印は、境内の右側(東側)にある宮司さん宅で頂けます。御朱印代は300円でした。

 由緒書きは、賽銭箱の上にありました。

神社名:熊野大神社
鎮座地:埼玉県深谷市東方1709‐1
祭 神:伊邪那美命 速玉男命 事解男命
社格等:旧郷社
……………………………………………………
後に老中になる 秋元氏 縁の地です、
関東菅領深谷上杉で後北条と戦いその後北条側へ移りと古くからの此の地にえんがあるようです、
徳川菩提寺の護国寺や江戸改築の功績を残しました

【芝増上寺 黒本尊御朱印(東京都港区芝公園) 5】

http://mahorobakikou.ldblog.jp/archives/52233049.html
2016/師走

「神社仏閣史跡巡り;まほろば」

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 東京都港区の芝公園内にある浄土宗大本山の寺院になります。

 最寄り駅は、都営三田線「御成門駅」・「芝公園駅」都営浅草線・大江戸線「大門駅」になります。

 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(吉川弘文館刊『日本仏教史辞典』による)。

「東京都港区芝公園にある寺院。浄土宗の大本山。三縁山広度院。縁山とも。

 もと光明寺という真言宗寺院。江戸豊島郡貝塚にあったが、明徳四年(1393)聖聡が改宗して増上寺と改名、千葉氏・佐竹氏などの寄進によって堂宇を再建、江戸における念仏布教の中心寺院になった。文明三年(1471)戦乱によって焼失したが復興され、十世存貞ごろには伝法道場となり、学問所としての基礎が完成した。天正十八年(1590)徳川家康の入府と同時に師檀関係ができ、徳川家の菩提所として興隆した。慶長三年(1598)現在地に移され、同十年には徳川家康の援助によって大造営が開始され、数年を費やして大伽藍が完成した。同十三年は常紫衣の勅願所となり、同十八年家康は寺領千石を安堵し、高麗・元・宋版三大蔵経を寄進して寺内の整備につくした。やがて総本山知恩院と肩を並べ、実力は浄土宗第一になった。元和元年(1615)には檀林の筆頭として多くの所化をかかえ、僧録所として一宗を統制する機関となった。また家康をはじめ徳川家の御霊屋が建ち、これをまもる別当として奉仕し寺院ができて多くの寺領が加増された。承和元年(1652)の一山には百二十余の建物が並び、当時三千名にのぼる学僧がいたという。数度の火災にあったがそのつど復興され、明治八年(1875)には大本山となった。昭和四十九年(1974)近代技術を駆使して大伽藍が完成、境内も整備されて近代的な寺院に生まれかわった。

 なお昭和三十八年徳川家廟所の改葬時調査が行われ、学会に貴重な資料を提供した。

 寺宝のうち『法然上人伝』二巻と宋・元・高麗の三大蔵経は重要文化財。その他絵画には『五百羅漢像』『浄土五祖図』などがあり、彫刻には家康の守り本尊であった黒本尊をはじめ、釈迦三尊など多数。古文書・記録類の多くは数度の火災で焼失したが、まだ数百点に及ぶ古文書と日鑑が現存し、史的解明に役立っている。」

 言わずと知れた浄土宗大本山で「徳川家の菩提寺」になる寺院です。

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 さすが徳川家康が帰依したお寺だけにあって、本堂は大きいです。

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 隣の安国殿は本堂に比べたら小さいですが、やはり大きいです。

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 安国殿の前にある西向観音堂まで参拝する人は、なぜか少ないです。
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 御朱印は、安国殿で頂けます。黒本尊の御朱印を頂きました。御朱印代は300円です。

寺院名:三縁山 広度院 増上寺
所在地:東京都港区芝公園四丁目7‐35
宗 派:浄土宗
寺格等:大本山 関東十八檀林
本 尊:阿弥陀如来

札所等:昭和新撰江戸三十三観音霊場 二十一番札所

御詠歌:ありがたや 西向観音に 詣る身は 現世安穏 後生極楽
…………………………………………………………………
わ廣

黒阿弥陀仏は 東照権現 徳川家康と戦に出陣しております

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徳川家康
此の肖像画は 耳が普通の大きさですね  
見て判る通り、正装しないのです、
羽織 袴 姿です

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#芝増上寺 #黒阿弥陀 #徳川

【 東照宮 】

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芝東照宮
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前橋 東照宮
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上野 東照宮
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徳川 東照宮(群馬県大田市)
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世良田東照宮
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まほろば氏「神社仏閣史跡巡り」因り》

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