1.欧州議会史上初の否決条約となったACTA
8月3日、偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)(外務省、経済産業省)が参議院本会議で可決され、(参院)
衆議院に送付されました。
ACTA可決について、日本のマスコミは全くといって良いほど報道していませんが、
日本政府の主導で作成されたこの協定は、国際社会に大きな波紋を広げています。
欧州議会、海賊版防止条約ACTAを否決 - ITmedia エンタープライズ
欧州連合(EU)の立法議会である欧州議会は7月4日(現地時間)、知的財産権の保護に関する国際条約「Anti-Counterfeiting Trade Agreement(ACTA:模倣品・海賊版拡散防止条約)」を否決した。EUが承認した条約を欧州議会が否決するのはこれが初めてという。
ACTAは、2010年に起草された、模倣品の販売やインターネットでの著作権侵害を取り締まるための国際条約。2011年10月に日本、米国、オーストラリア、カナダ、韓国、シンガポール、ニュージーランド、モロッコの8カ国が署名し(リンク先は当時の発表文のPDF)、2012年1月にEUも承認し、批准の手続きが進められている。
ACTAをめぐっては、その条文が不明確で誤った解釈によってインターネットの自由を侵害することにつながる恐れがあるとして世界中で反対運動が展開されている。欧州ではACTAに反対する街頭デモや議会メンバーへのメールによる嘆願が行われた他、欧州議会に280万人が署名した批准否決の請願書が提出されていた。欧州議会では、賛成39票、反対478票、棄権165票で、ACTAを批准しないことが決定した。
Another One Bites The Dust: Australian Parliament Committee Recommends Rejecting ACTA | Techdirt
from the too-many-secrets dept
While most of the attention on ACTA has been focused on the growing likelihood that Europe will reject the treaty, it appears that something similar is happening down under as well. The Australian Parliament's "Joint Standing Committee on Treaties" is now recommending that Australia reject ACTA as well.
EUに続きメキシコもACTAに「NO」日本だけ批准に走れど「発効は絶望的」との見方が強まる - ガジェット通信
2003年に当時の小泉純一郎首相(当時)が提唱し、昨年10月に提唱国の日本など8か国が署名した「偽造品の取引の防止に関する協定(Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)」が7月4日に欧州議会で反対多数により否決されEUが不参加を決めたのは記憶に新しいところですが、7月18日にはメキシコ議会も上下両院でACTAの批准手続きを停止するよう12月に就任する予定のペニャニエト次期大統領に勧告しました。
メキシコは当初からACTAの起草作業に参加していたものの、昨年10月に東京で行われた署名式には参加しながらも署名を見送っていました。ところが、残り任期が6ヶ月を切ったカルデロン大統領はACTAへの署名を行わないよう求める上院と下院電気通信委員会の決議を振り切ってヘレル駐日メキシコ大使に署名を指示し、7月12日にヘレル大使が外務省を訪れて署名を行いました。
この署名強行に対する議会の反応は非常に早く、わずか6日で上下両院の本会議においてペニャニエト次期大統領に対して「署名撤回・批准手続きの停止・ACTAの枠組みからの完全な脱退」を勧告する決議が採択されました。決議においては「ACTAの何点かの条項は憲法により保障されている個人の権利と矛盾し、推定無罪の原則に対する脅威となり得るものである」と指摘されています。
日本政府の主導で作成された協定が、欧州議会史上初、
それも賛成39票、反対478票、棄権165票の圧倒的多数により否決されたというのも衝撃的ですが、
その前後にオーストラリア両院合同条約委員会、メキシコ上下両院本会議でも否決されており、
既に大変な外交的損失となっています。
国際社会の
参院にとって重い決断の
外交防衛委員会の審議は
状況を正しく認識した上での採決だったのか、疑わざるを得ません。
2.実質的批准国が日本のみとなった京都議定書
いわずと知れた、京都議定書です。
科学的根拠なしに、「政治決着」で各国の温室効果ガス排出量の削減目標が設定された結果、
発展途上国には削減義務が課せられず、
欧州連合(EU)は容易に達成できる水準まで削減すれば良いことになったため、
主要国で実質的な削減義務を課せられたのは、日本、米国、カナダのみとなりました。
しかし、米国は批准を拒否し、カナダは批准したものの2007年4月に履行断念を表明、
2011年12月には正式な脱退を表明しました。
結局、日本だけが京都議定書に残留し、
日本経済団体連合会が「地球温暖化対策 主要3施策に関するヒアリング」第2回会議に提出した資料(PDF)によると、
多くの原子力発電所が稼動していた当時でさえ、
7,800億〜1兆5,600億円もの額を、排出枠購入費として外国に支払う必要があるとされていました。
ほとんどの原発を停止して火力発電を増やしている現在では更に購入する必要がある他、
クリーン開発メカニズム(CDM)による技術流出や国内の省エネ投資なども発生しているため、
損害は途方もない規模になっていると考えられます。
3.どこの国に、何をさせたいのか
ACTAも京都議定書も、外交上の大失敗といえますが、
このような結果になった原因は単純にして明快です。
国際条約を締結する際、真っ先に考えるべきこと、
京都議定書についていえば、仮に地球温暖化防止を目的に設定していたとするなら、
発展途上国にもEUにも実質的な削減目標を課せられなかった時点でほぼ失敗であり、
残る大量排出国の米国が批准を拒否した時点で失敗は決定的となっていました。
目的を達成することができなくなった以上、議定書に残留する意味はなく、
速やかに履行を断念して損害拡大を食い止め、脱退のタイミングを計るべきで、
実際にカナダはそうしましたが、日本政府にはそもそも目的がないため、
議定書残留自体が目的化し、今日に至っているのです。
ACTAも全く同じで、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した米国の外交公電によると、
日本政府も2006年7月時点では明確な目的を持って、外交交渉に臨んでいました。
第251回:ウィキリークスで公開された模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)関連アメリカ公電: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言
(1)2006年6月28日の東京発公電:
主題:日本は海賊版対策条約(ACTA)の提案を支持
1.要約:似た考えを持つ選ばれた国々の間で高水準のスタンダードの海賊版対策条約を模索することにより、模倣品と海賊版の拡散を抑止する世界的枠組みを推進するという日本の目指す目標に対するアメリカ通商代表部の修正提案を、日本の外務官僚は、異論なく支持すると表明。日本側は、アメリカがこの条約に正確には何を入れようとし、どのようなスタンダードをアメリカが必須と考えているのかについてより学びたいという。
(略)
(2)2006年7月20日の東京発公電:
(略)
(海賊版対策条約)
5.荒井(寿光知的財産戦略推進本部事務局長)は、似た考えを持つ国々の間で海賊版対策条約(ACTA)の条文について合意に達することはそれほど難しくないと信じており、年末までに議論を終えることを目標とすべきという。(略)
6.荒井は、我々は可能な限り速く動くべきであって、この条約の内容は中国やロシアやブラジルのような第三国の知財問題に向けられるべきで、似た考えを持つ国々の間で対立する利害の交渉をするべきでないことに留意すべきと強調。この新たな条約は、中国やロシアのような国々の市場経済の状態を測る尺度となるだろう。
こうした考え方は今でも、形だけは残っているようで、経産省のウェブサイトには、
「ACTAは、正当な貿易と世界経済の持続可能な発展を阻害する知的財産権の侵害、
特に模倣品・海賊版の拡散に締約国が効果的に対処するための、
包括的な国際的な枠組みを構築することを目的としています。」と記載されています。
しかし、各国で相次ぎ否決されている現状を鑑みれば、
このままACTA批准を強行しても、包括的な国際的な枠組みを構築するどころか、
逆に壊してしまうことになるのは明らかです。
知的財産戦略推進本部事務局長(当時)の荒井寿光氏は、
「ACTAの条文について合意に達することはそれほど難しくないと信じて」いたそうですが、
今や西側諸国で共通ルールを作って中国やロシアとの交渉を有利に進めるどころか、
かえって西側諸国間の足並みをバラバラに乱し、中露との交渉どころではなくなってしまっています。
日本政府があくまで当初の目的の達成を目指すのであれば、
交渉過程が不透明、条文が
ACTA批准自体を目的化し、更に外交的損失を拡大させることは、避けなければなりません。