2013年02月24日
2012年12月16日
2011年10月30日
2011年10月23日
2010年10月31日
2010年10月24日
2013年02月24日

「TPPオンリー」となった日米共同声明

1.3代連続の親米政権

 2月21日から訪米している安倍晋三首相と岸田文雄外相は、
翌22日にオバマ大統領との首脳会談、ケリー国務長官との外相会談をそれぞれ行いました。

日米首脳会談(概要)(外務省)
日米外相会談(概要)(外務省)

日米共同声明(和文仮訳)(PDF)(外務省)

両政府は,日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には,全ての物品が交渉の対象とされること,及び,日本が他の交渉参加国とともに,2011年11月12日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。

日本には一定の農産品,米国には一定の工業製品というように,両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ,両政府は,最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから,TPP交渉参加に際し,一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。

両政府は,TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが,自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し,その他の非関税措置に対処し,及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め,なされるべき更なる作業が残されている。

時事ドットコム:安倍首相会見要旨

 【ワシントン時事】安倍晋三首相が22日、オバマ米大統領との会談後に行った内外記者会見の要旨は次の通り。
 この3年間で損なわれた日米の絆と信頼を取り戻し、緊密な日米同盟が完全に復活したと宣言したい。
 拉致問題の解決に向け強い意志を伝え、改めて大統領の理解と支持を得た。
 邦人が犠牲となったアルジェリアのテロ事件もあり、テロ対策について近く日米テロ協議を行うことで合意した。
 環太平洋連携協定(TPP)に関しては、選挙を通じて、聖域なき関税撤廃を前提とするTPP交渉には参加しないと国民に約束し、今回の会談で聖域なき関税撤廃が前提ではないことが明確になった。
 −今後、TPP交渉参加の国内手続きをどう進めるか。
 日米首脳会談の結果を25日の自民党役員会で説明し、公明党にも説明する。交渉参加するかどうかは政府の専権事項として、政府への一任をお願いしたい。時期については、なるべく早い段階で決断したい。
 −日中関係をどう改善していくか。
 戦略的互恵関係の原則に中国は立ち戻ってもらいたい。対話のドアは常に開かれている。習近平総書記は年齢的に私と変わらず、同じ国の指導者として13億の民を統治していくことが大変なことは十分認識している。同世代の指導者として、いろんなことを話し合う機会があればいい。
 −日銀正副総裁人事について。
 月曜日(25日)から進める。その週には候補者本人、与党の自民、公明両党の了解を得て、各野党に(協力を)働き掛けたい。(2013/02/23-11:03)

 このように、日米両国が発表した共同声明は、
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉のみに焦点を絞る内容となりました。
これは第2次安倍内閣が発足して間もないということもありますが、
2012年4月30日に野田佳彦前首相が訪米して行われた首脳会談において、
日米関係に関する包括的な共同声明と付属文書を発表済みであることが大きいと考えられます。

外務省: 野田総理の米国訪問

日米首脳会談(平成24年4月30日)
  • 概要
  • 日米共同声明:未来に向けた共通のビジョン(仮訳(PDF)英文(PDF)
  • ファクトシート:日米協力イニシアティブ(仮訳(PDF)英文(PDF)
  • グローバル・サプライチェーン・セキュリティに関する日米共同声明(概要仮訳英文

  • ドナヒュー全米商工会議所会頭他ビジネス関係者との朝食会(概要)(平成24年5月2日)
    野田総理大臣へのボールデン米国航空宇宙局長官及び日米宇宙飛行士の表敬について(平成24年4月30日)
    野田総理を囲む懇談 ―感謝の集い―(平成24年4月29日)
    フェアファックス郡捜索救助隊及び故テイラー・アンダーソンさんご家族と野田総理との懇談(平成24年4月29日)
    野田総理の米国訪問動画(首相官邸ホームページへリンク)

     日米首脳が共同声明と共同文書を発表するのは、小泉純一郎氏とブッシュ氏が首脳を務め、
    「未曽有の蜜月時代」とまで評されていた2006年6月の「新世紀の日米同盟」(外務省)以来、
    6年ぶりのことでした。(産経新聞)
    安倍氏は記者会見で、「この3年間で損なわれた日米の絆と信頼を取り戻し」たとしていますが、
    明らかに損なわれたといえるのは「トラスト・ミー」発言に象徴される鳩山由紀夫政権時ぐらいで、
    実際には菅直人政権以降、急速に親米路線へと回帰していたのです。

     従って、野田政権時には既に日米同盟が「復活」しており、
    今回の訪米ではTPP交渉を除き、大きな成果は得られなかったといえるでしょう。
    しかし、それは安倍氏の失態というよりも、
    菅、野田、安倍の3政権で親米路線が継承されたため、
    現時点における関係改善余地が少なかったというべきです。

    2.「政府の専権事項」に与党の了承求める安倍首相

     むしろ今回の訪米で問われるべきは、TPP交渉に対する安倍氏の矛盾した国内対応です。
    前節で引用した記者会見で、安倍氏は「交渉参加するかどうかは政府の専権事項」と述べた直後、
    自民、公明両党に「政府への一任をお願いしたい」と述べています。

     憲法上、外交関係の処理や条約の締結は内閣が行うこととされており、
    TPP交渉に参加するかどうかの判断は、政府(内閣)の専権事項です。
    それにも関わらず、首相が国会に、
    それも非公式なルートで一部の議員にのみ「一任をお願い」するというのは、
    三権分立を侵して国会審議を形骸(けいがい)化させる、極めて無責任な行為です。
    この弊害は早速現れていて、首脳会談後の共同記者会見が取り()めとなってしまいました。

    沖縄タイムス | 日米首脳会談後の共同会見見送り

     【平安名純代・米国特約記者】米ワシントンのホワイトハウスで22日に開かれる日米首脳会談で、安倍晋三首相とオバマ米大統領が会談後に開く予定だった共同記者会見が見送られることが19日までに分かった。首脳級会談で共同記者会見が見送られるのは異例。米政府筋が本紙の取材に対して明らかにした。

     米政府筋によると、見送りは米側が要請した。当初、米側は首脳会談で日本の環太平洋経済連携協定(TPP)への参加表明に対する期待を伝えていたものの、日本から困難との意向が伝達された。そのため、「踏み込んだ議論が期待できず、具体的な成果も発表できないため、記者会見は不要と判断した」という。

     米国側にしてみれば、日本側が強く求めた「聖域なき関税撤廃」を前提にしないという、
    当たり前のことを確約するためだけに、わざわざ共同声明まで出して交渉参加のお膳立てをして、
    返ってきた答えは「決められない」
    要求を丸飲みされても交渉参加表明すらできない日本の首相とは一体何なのか、と思ったことでしょう。

    3.国会審議でTPP交渉状況のフォローを

     国会がやるべきことは、交渉前から協定の内容を政府に「一任」することではなく、
    国会審議を通じて交渉状況を継続的にフォローするとともに、
    政府が国益に沿わない内容で署名してきた場合は、躊躇(ちゅうちょ)なく批准案を否決することです。
    また、政府側にしてみても、背後に国益への責任感ある議会が控えていてこそ、
    外国と対等な交渉ができるのです。
    協定署名後に厳しい議会審議が待っている国と、
    余程のことがない限り批准案が承認される国の間で交渉が行き詰まった時、
    どちらが譲歩させられる可能性が高いか、火を見るよりも明らかでしょう。

     TPP交渉に当たっては、関税撤廃などによって不利益を被る業界のソフトランディングの他、
    消費者主権との整合性が不明確な「知的財産」分野の取り扱いなど、
    外国に対して主張しなければならない日本の国益が多々あります。
    それらをどう主張したのか、どのような反応があったのかを(ただ)し続け、
    協定署名後には批准案の可否を慎重に検討する国会があってこそ、
    日本の国益に資する外交交渉を行うことができるようになります。
    国会が協定の内容を政府に「一任」し、批准案を厳しく審議しない姿勢を示すことは、
    政府の交渉を助けているように見えて、実際には重い足枷(あしかせ)となるのです。


    2012年12月16日

    TPP知財条項 「相手国消費者」のメリットは

    1.TPPに関する各党の政権公約一覧

     12月12日、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉の公開を求める、
    「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」の設立キックオフイベントが開催されました。

    TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム 提言

    TPP問題は農業・医療だけじゃない 知財・著作権関連の論点は - ITmedia ニュース

     TPP問題は、農業・医療・自動車だけじゃない――クリエイティブ・コモンズ・ジャパンと著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム(thinkC)、インターネットユーザー協会(MIAU)は12月12日、TPP交渉の公開を求める「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」の設立キックオフイベントを開いた。

    (略)

     同フォーラムは、「TPP自体にはニュートラル」としつつも、知財関連の条項の内容に危惧を抱いている団体の集まり。秘密協議となっているTPPの公開協議化を求め、それが実現しない場合は知財条項を除外するよう、政府に強く求めていく。

    (略)

     TPPの交渉範囲は貿易や競争政策、労働、知財など21分野にわたるが、「米国は知財分野を最重要に位置づけている」と福井弁護士。「米国は海外からの特許・著作権使用料収入が9.6兆円と、自動車、農産物をしのぐ金額。米国にとって知財は最大の輸出産業」のためだ。

     TPPは厳格な秘密交渉が貫かれており、交渉内容は非公開だが、昨年2月、知財関連を含むいくつかの章について、米国提案が流出。「知財の強化、アメリカ化と言える内容」が含まれていると福井弁護士は危ぐする。

     知財関連の主な条項は、(1)著作権保護期間の20年延長、(2)著作権侵害の非申告罪化、(3)著作権侵害に対する法廷賠償金の導入、(4)いわゆる「3ストライクルール」を含む不正流通防止関連事項――だ。

    (略)

     TPPは秘密交渉だが、知財関連の条項は「国民全員が利害関係者」(野口さん)だ。フォーラムは政府に対して、条文や交渉をオープン化を訴え、国民的議論を巻き起こしたい考え。オープン化が不可能なら、知財条項をTPPの対象から除くことを参加条件にするよう、政府に求めていく。「通商交渉は秘密が当たり前と政府は言うが、過去に透明性が担保されていた通商交渉もあった。オープン化は、できないことではないはず」(野口さん)

    政党情報&マニフェスト・公約比較表|政治・選挙プラットフォーム【政治山】

    民主党 政府が判断
    自由民主党 条件付き反対
    日本未来の党 交渉入り反対
    公明党 国益の観点から要検討
    日本共産党 絶対反対
    みんなの党 交渉参加
    社会民主党 断固反対
    日本維新の会 条件付き交渉参加
    国民新党 反対
    新党大地 参加絶対阻止
    新党日本 ※詳細な明言なし
    新党改革 交渉参加
    幸福実現党 参加

    (筆者注:概要のみ引用。詳細はリンク先を参照)

    2.21分野の中で異彩を放つ「知的財産」

     TPP交渉は「物品市場アクセス」や「商用関係者の移動」など、21分野で行われています。
    そのほとんどが関税の撤廃やルールの明確化などにより、
    各国政府による恣意(しい)的な規制強化や裁量権乱用を抑制し、
    自由な経済活動の活性化に資するものとなっている中、
    「知的財産」分野だけは異彩を放っています。

    説明資料3 (TPP協定交渉の現状(分野別)(平成24年3月版)(PDF)

    8.知的財産

    ■交渉で扱われている内容
     知的財産の十分で効果的な保護,模倣品や海賊版に対する取締り等について定める。

    ■交渉の現状
    1.(略)

    2.個別項目の中には,商標,地理的表示,著作権,特許,医薬品関連,執行関連等が含まれているが,各国の意見が異なっており,議論が続いている。
     具体的には,視覚で認識できない商標,地理的表示の保護制度【注1】,著作権の保護期間,発明公表から特許出願までの猶予期間,営業秘密や医薬品のデータ保護期間,民事救済における法定損害賠償,著作権侵害に対する職権による刑事手続,インターネット・サービス・プロバイダの責任制限【注2】,遺伝資源及び伝統的知識【注3】等が議論されている模様。
    【注1】「地理的表示」とは,ある商品に関し,その確立した品質,社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において,当該商品が特定の地域等を原産地とするものであることを特定する表示をいう(TRIPS協定第22条第1項)。
    【注2】インターネット・サービス・プロバイダの責任制限とは,インターネットによる情報の流通によって権利の侵害があった場合において,インターネット・サービス・プロバイダの損害賠償責任を制限すること。
    【注3】遺伝資源とは,現実の,または潜在的な価値を有する遺伝素材のことであり(生物多様性条約第2条),伝統的知識とは,定義自体世界知的所有権機関(WIPO)で議論されているが,一般的には,伝統的背景における知的活動から生じた知識のこととされている。

     法定損害賠償とは、損害額に関わらず一定の「賠償金」を支払わせる制度です。
    そして、流出した米国の知的財産条文案(骨董通り法律事務所 For the Arts)によると、
    賠償金は「将来の侵害を防止」「するのに十分な高さの金額」とされており、
    刑法上の罰金刑に近い、懲罰的損害賠償を想定していることが(うかが)えます。
    職権による刑事手続(非親告罪化)とともに、
    裁量権乱用を抑制するどころか助長するものといえ、
    他の分野の交渉内容とは、あまりにも不釣合いです。

    3.「消費者主権」を忘れるな

     自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の締結を巡る交渉では、
    しばしば各国産業がどのような(デ)メリットを受けるかが焦点となります。
    しかし、本来FTA/EPA交渉で主張すべきなのは自国産業のメリットではなく、
    相手国に輸入関税などを撤廃させ、「相手国の消費者」のメリットを実現することです。
    建前論に過ぎると思われるかもしれませんが、このことを忘れると、
    各国各業界が自らの(デ)メリットを無原則に主張するばかりとなります。
    しかも建前がなくなると、自らの主張の正当性を論理的に説明することが難しくなるため、
    単に頭数を(そろ)えて声高に唱える形となりやすく、
    互いの国民感情を悪化させてしまうことにもつながるのです。

     そもそも、相手国の消費者のメリットとならない協定は、
    経済政策の基本である「消費者主権」と合致しないため、FTA/EPAの名には値しません。
    従ってTPP交渉に参加する場合、わざわざ裁量権乱用を助長する制度を導入することが、
    何故TPP参加国の消費者のメリットとなるのかを、米国から具体的に説明させるべきです。
    それができないのであれば、消費者主権と合致しないFTA/EPA条項など認められないことを説明し、
    TPP交渉から取り下げさせる必要があります。


    2011年10月30日

    TPP 離脱できないなら「交渉」とはいわない

    1.国益に沿わなければ離脱するのは当然

     環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加問題について、
    一旦(いったん)交渉に参加したら途中離脱できないのではないかという懸念が出ていますが、
    日本政府も米国政府も、そのようなことはいっていません。

    asahi.com(朝日新聞社):玄葉外相、TPP交渉参加後の離脱「簡単な話ではない」 - 政治

     玄葉光一郎外相は25日、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に参加した後に離脱する可能性について、「簡単な話ではない」と否定的な見解を示した。閣議後、記者団に語った。

     TPPについては、藤村修官房長官や民主党の前原誠司政調会長が交渉参加後の離脱に言及している。玄葉氏は「論理的にはあり得るが、(離脱した時に)どういう国益を損なうのかよく考えないといけない」と離脱論にクギを刺した。

    TPP交渉、日本の途中離脱論をけん制 米交渉官  :日本経済新聞

     【リマ=檀上誠】環太平洋経済連携協定(TPP)の拡大交渉を進める米国など9カ国は28日、ペルーの首都リマでの各国首席交渉官による第9回交渉を終えた。交渉終了後、米国のワイゼル首席交渉官は記者団に対し、途中で離脱する可能性を残した交渉参加案が日本国内で浮上していることについて「真剣に妥結に向かう意志がない国の参加は望んでいない」と指摘し、日本の議論をけん制した。

     一方的に国際協定への参加を強制されて拒めないというであれば、
    その協議は対等な「交渉」ではなく、相手国の慈悲に(すが)るだけの「嘆願」です。
    戦争に負けたわけでもないのに、そのような状況になることはありえず、
    日米両政府が離脱を否定していないのは当然です。
    両政府はただ、「真剣に妥結に向かう意志がない国の参加」を否定しているだけで、
    至極当然のことをいっているに過ぎません。

     そもそも、国益に沿わない協定に政府が署名したところで、
    国会が批准案を否決したら発効しない(はず)です。
    それなのに、交渉参加もしていないうちから、交渉の結果としてまとめられる協定への批准案を、
    事実上否決できないかのような議論が国会議員から出てくることは大問題です。
    密室における政府・与党協議で交渉参加を決めたら、
    協定内容を審議せずに国会承認することを、白状しているも同然であり、
    日本の国会は審議機関として機能していないということが、(あらわ)になったといえます。

     また、政府にフリーハンドの外交交渉権を与えることは、
    各国が議会を交渉責任者、政府を交渉担当者と位置付けて政府間交渉に臨んでいるにも関わらず、
    日本だけが責任者を派遣していることになり、交渉力を削ぐことにもつながります。
    特に密室でフリーハンドを与えるのは責任の所在を曖昧(あいまい)にする最悪の手法で、
    いっそのこと憲法を改正し、国会承認制を廃止してしまった方が良いぐらいです。
    無責任な政府・与党談合は日本の自由民主主義のみならず、
    国力をも損なわせるものだということを、国会議員は認識する必要があります。

    2.「今後議論の対象になるかもしれない」

     TPPが最終的に、ほとんどの関税の撤廃を目指すものである以上、
    関税の支持者がTPP交渉参加に反対するのは理解できます。
    しかし、現段階では交渉すらされていないことまで取り上げて、
    「今後議論の対象になるかもしれない」といって反対するのは理解に苦しみます。

     「TPPに参加しないと世界の孤児になる」というのは明らかに飛躍しすぎで、
    参加しなくても輸出品を安く売り、輸入品を高く買い続ければ済む話です。
    でも、何が議論されるか分からない交渉には参加しないという態度では、
    ほとんど全ての外交交渉に参加することができなくなり、
    本当に「世界の孤児」になってしまいます。
    そして何故、そのような議論になるのかといえば、
    政府・与党談合で交渉参加のゴーサインを出したが最後、
    後のことは政府に丸投げで、実質的な国会審議をしないまま、
    批准案を承認することが常態化しているからです。

    3.離脱ではなく「追い出す」気概を

     国益に対する責任感を持った議会の存在は外交交渉上、非常に重要な存在です。
    このことは、米国議会の顔色を(うかが)いながら、
    米軍普天間飛行場の移設問題を慌てて処理する現政権を見れば、一目瞭然でしょう。
    内政的にも、官僚が国務大臣を通さずに直接国会議員と接触することが横行していますが、
    これも予算や法律の議決責任者たる国会議員さえ説得してしまえば、
    予算案や法案の作成担当者に過ぎない国務大臣の裁量の余地は少なくなり、
    官僚主導を実現することができるからです。

     逆にいえば、日本政府を何とか説得して交渉を成立させても、
    その後に国会の厳格な審議が待っていると外国に思わせることができれば、
    日本の国益を侵すような要求は提示されなくなるでしょう。
    TPPに対しても、意に沿わなくなってきたら離脱すれば良いなどという受け身の姿勢ではなく、
    交渉参加後も国会審議を通じて継続的に状況をフォローし、
    自由貿易の推進に消極的であったり、不当な条項を盛り込もうとしたりする国があったら、
    容赦なく交渉から追い出すよう、政府に迫り続けるべきです。
    結果として今回の交渉が決裂することになっても、
    日本が自由貿易を強力に推進する国だということを国際社会に示すことができれば、
    今後の貿易交渉上、大きな外交資産になります。
    TPPについて国会議員がやるべきことは、密室で交渉参加の当否を検討することではなく、
    国会審議で交渉状況をしっかりとフォローするとともに、
    政府が署名した協定も厳格に審議し、
    国益に資さないと判断したら批准案の否決を躊躇(ちゅうちょ)しないことなのです。


    2011年10月23日

    TPP 食料関税による農業者救済から脱却を

    1.密室協議はやめよ

     環太平洋戦略的経済連携協定(P4協定。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイが批准した
    自由貿易協定(FTA)で、2006年に発効。ほとんどの関税を2015年までに撤廃)の
    拡大を目指す環太平洋パートナーシップ協定(TPP。
    米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加交渉中)交渉参加問題を検討する、
    民主党経済連携プロジェクトチーム(民主党PT、座長・鉢呂吉雄前経済産業相)が10月14日に第1回総会、
    10月17日に第2、3回総会を開きました。
    総会は両日ともに、外務省の八木毅経済局長らの説明をマスコミに公開して行った後、
    マスコミを退出させ、非公開で質疑を行う流れとなりました。

    【TPP参加】民主党総会、報道陣への公開めぐりさっそく紛糾 反対派「公開して議論すべき」 - MSN産経ニュース

     民主党が14日午前、国会内で開いた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する経済連携プロジェクトチーム(PT)の初総会は、報道陣への公開をめぐって、会議冒頭から紛糾した。

     総会は党所属の全議員を対象にしており、約70人の議員が参加。外務省などがTPP交渉の現状を説明した後、PT幹部は報道陣を退出させ、非公開で会議を進めようとしたしたところ、参加反対派が「マスコミに公開して議論するべきだ」と強硬に主張。総会の公開・非公開をめぐり早速混乱した。

     野田佳彦首相は11月12日から始まるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに交渉参加の結論を出す意向だが、党内には参加反対の動きも根強く、意見集約は困難を極めそうだ。

     マスコミを入れないよりは入れる方が良いのは確かですが、
    どちらにしても民主党PTは正式な国家機関ではなく、あくまで私的会合に過ぎません。
    出席者も議事録も明かされない密室へ官僚が赴き、
    与党議員に非公開資料をばらまいて、
    国民も国務大臣も抜きに結論を決めてしまうことこそ官僚主導であり、
    三権分立の観点からも問題が大きい悪習です。
    第1〜3回総会の情報を直ちに公開するとともに、
    今後も政府から国会議員への説明や質疑が必要なのであれば、
    国会で堂々と行うべきです。

     なお、総会で配布されたものと思われる資料の一部は、
    内閣官房国家戦略室のウェブサイトに掲載されています。

    国家戦略室 - 政策 - 包括的経済連携

    TPP協定交渉の分野別状況(平成23年10月)(PDF)
    包括的経済連携の現状について(平成23年10月)(PDF)
    TPP協定交渉の概括的現状(平成23年10月)(PDF)

    2.食料関税から所得補償への転換を打ち出した食農再生会議

     内閣官房が事務局を務め、
    政府の食料政策を検討している「食と農林漁業の再生実現会議」(議長・野田佳彦首相)は10月20日、
    第7回会議を開き、農林漁業者の救済策を食料関税から所得補償へ転換することを打ち出しました。
    FTA交渉の障害となる食料関税の撤廃に道筋を付け、
    国際社会の理解を得やすい所得補償へのシフトを意図したものと考えられます。

    農業再生へ与野党は建設的に議論せよ  :日本経済新聞

     野田佳彦首相が議長を務める「食と農林漁業の再生実現会議」が農業再生の基本方針と行動計画をまとめた。速やかに取り組むべき課題として、農業支援コストの「消費者負担から納税者負担への移行」を挙げるなど、大きな改革の方向性は間違ってはいない。

    (略)

     実現会議が示した「納税者負担への移行」とは、税金を使って国が直接的に農家を助けるという意味だ。現在の日本の農政は、農産物の関税を高くして国内市場を守っている。このため農産物の値段は国際的な価格に比べて割高になり、「消費者負担」で間接的に農家を支えている。

     国内農業は国民の食を支える柱である。貿易自由化に伴う関税撤廃で農家が一時的に打撃を受けた場合、国が財政で支援するのは当然だ。だが、何に対して、いつ、どれくらいの金額で国の予算を使うのかが分からなければ政策論は深まらない。

     環太平洋経済連携協定(TPP)などの自由化の枠組みに加わるとしても、農業の市場開放は10年以上の時間をかけて段階的に進む。直ちに巨額の財政資金が要るわけではない。

     上記の社説には金額が分からないと書いてありますが、
    食料関税撤廃により必要となる補償は年間4兆7千億円と試算されています。

    「輸入農産物との差額補填」 政府、農業改革のたたき台提示(2011年2月26日付産経新聞朝刊)

     政府は25日、TPP参加に向けて設置した「食と農林漁業の再生実現会議」の第3回会合で、安い価格の輸入農産物との差額を生産農家に補填(ほてん)する「直接支払い制度」の創設を検討する考えを示した。欧州でも導入されている制度で、貿易自由化には不可欠な政策だが、必要な財源は数兆円になる。

     会合では、人材育成や農地集約により5年間で農業改革を加速させるなど6月にまとめる基本方針の「たたき台」が示された。この中で「開国によって受ける恩恵を分配する仕組みづくりが必要だ」として、輸入農産物が経営を圧迫する農家を支援する直接支払い制度を盛り込んだ。

     直接支払い制度は、関税撤廃で消費者が安い輸入農産物を買えるようになる“恩恵”を、農家に分配するものだ。農水省は10月までに戸別所得補償制度を見直すなどして制度設計を終える方針。必要額を確定し、平成24年度予算での計上を目指す。

     だが、「コメだけで1兆7千億円、ほかの農産物を入れると3兆円」(東大の鈴木宣弘教授)と試算され、巨額の財源が必要になる。農水省幹部も「予算組み替えではとても足りない」と認め、新税の創設を含む財源確保で財務省と協議に入ったことを明らかにした。消費者にとっては農産物の価格が下がった分、税金で農家を支援することになり、出席者からは「補助金依存の農家を増やすだけだ」との批判が出た。

     しかし、現状でも市場規模6兆7千億円(平成21年の「経済活動別国内総生産」(内閣府)による)の
    農林水産業界に対し、
    国税3兆6千億円(平成21年度の「農林水産予算」(農林水産省)による。補正予算を含む)と
    地方税3兆6千億円(平成21年度の「目的別歳出決算額の状況」(総務省)による)の
    公的資金(国税・地方税の重複額は不明)が投入されているのです。
    また、関税収入は7千億円(平成21年度の「一般会計歳入歳出決算」(財務省)による)にとどまるので、
    関税を撤廃して、農林水産業界へ投入している公的資金を所得補償へ転用すれば、
    財源が必要になるどころか、むしろ歳出を削減できる可能性があります。

    3.逆進性の高い食料関税撤廃で実質所得格差の是正を

     世界的に「格差」が大きく取り上げられている昨今ですが、
    食料関税は家計に占める食費の割合(エンゲル係数)が高い低所得者層に重い負担を強いるもので、
    「比例税」の消費税とは違い、本物の「逆進税」です。
    つまり、食料関税を撤廃して所得補償へ転換すれば、
    税制の逆進性を低下させ、低所得者層の実質所得を底上げさせることができるのです。
    国富増進と格差縮小はしばしば相反しますが、
    食料関税撤廃はいずれにも寄与できる、数少ない政策といえます。

     従って、日本としてはTPP交渉に参加すべきことはもちろんですが、
    単に参加して関税撤廃の例外品目を認めるよう主張し、
    交渉の「お荷物」になるのではなく、積極的に関税撤廃を迫り、交渉の主導権を握るべきです。
    通商ルールが「交渉対象になる可能性がある」として交渉参加に消極的となっている業界もありますが、
    それならばなおのこと、早く交渉に乗り込んで主導権を握り、
    日本の業界に有利なルールを飲ませるべきでしょう。
    国内総生産(GDP)構成比1.4%の農林水産業者を所得補償によってソフトランディングさせ、
    日本に有利な通商ルールを締結して消費者利益と輸出振興を実現することこそ、
    日本の国益に資する通商戦略です。


    2010年10月31日

    TPP影響試算 正反対の「大本営発表」を生かせ

    1.所管産業のみを根拠にGDPを算出する農水省と経産省

     政府・与党内で賛否が割れている環太平洋戦略的経済連携協定(TPP。
    2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイが始めた自由貿易協定(FTA)で、
    2015年までに原則としてすべての関税撤廃を目指している。
    現在は米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加交渉中)への日本参加について、
    内閣官房国家戦略室は10月27日、内閣府、農林水産省、経済産業省がそれぞれ算出した、
    TPPが日本経済に与える影響の試算を公表しました。

    国家戦略室 - 包括的経済連携に関する資料(平成22年10月27日)

    資料1:包括的経済連携に関する検討状況(内閣官房)(PDF)
    資料2:EPAに関する各種試算(内閣官房)(PDF)
    資料3:農林水産省試算(補足資料)(PDF)
    資料4:経済産業省試算(補足資料)(PDF)
    資料5:EPA関係資料集(内閣官房)(PDF)

    「TPP不参加で基幹産業の損失10・5兆円」:イザ!

     アジア太平洋地域の貿易自由化を目指す環太平洋戦略的経済連携(TPP)への参加を検討する政府は27日、参加しなかった場合、2020年に日本の基幹産業がこうむる損失は実質GDP(国内総生産)でマイナス1.53%(10・5兆円)にのぼり、81万人の雇用が失われるとの試算を公表した。

     試算は経産省によるもので、前提条件として、欧州連合(EU)や中国での自由貿易協定(FTA)も遅延し、さらにFTA推進政策に積極的な韓国が、米国、EU、中国とFTAを締結するという最悪の場合を想定した。

     この結果、自動車、電気電子、機械産業の3業種について、日本製品が米国、EU、中国市場でシェアを失うことで、関連産業を含めた影響額は輸出減少が8・6兆円、生産減少で20・7兆円となりGDP換算で10・5兆円にのぼった。

     TPPへの参加は、原則として10年内に関税撤廃が求められる。そこで農業と関連産業への影響として、実質GDPが1・6%(7兆9000億円)減少し、340万人の就業機会が失われるとの農林水産省の試算も公表した。

     米や豚肉、乳製品など主要農産品19品目で全世界を対象に関税撤廃を行い、対策を講じなかった場合を仮定した。

     マクロ経済効果分析に用いられるGTAPモデルを用いて試算すると、TPPに参加せずEU、中国との経済連携協定(EPA)を締結しなかった場合、実質GDPで0・13〜0・14%(0・6兆〜0・7兆円)減少するとの結果も併せて公表した。

     内閣府は「減少する産業がある一方、プラスに転じる産業もあるため差し引きで、特定産業に絞った経産省の試算とは開きが出た」と説明した。

     各府省の試算の特徴を大まかに述べると、農水省は農業関連産業のみ、
    経産省は自動車・電気電子・機械産業の関連産業のみに与える影響を根拠に、
    国内総生産(GDP)や雇用の減少数を算出したものとなっています。
    しかし、所管産業のみに与える影響をいくら緻密(ちみつ)に試算しても、
    TPPが日本経済全体に与える影響を算出することができないのは明らか
    であり、
    このような数字を「政府試算」として公表することは、
    国民を混乱させて政策を押し通すことを目的とした「大本営発表」だといわざるを得ません。

     唯一、問題なさそうなのは内閣府の試算で、世界貿易機関(WTO)などの国際機関でも利用されている、
    国際貿易分析プロジェクト(GTAP)の応用一般均衡モデルを基に、
    日本経済に与える影響を算出したものとなっています。

    2.試算内容が不透明な内閣府と経産省、前提が非現実的な農水省

     内閣府の試算については、算出の基としたGTAPモデルは公開されているものの、
    肝心な試算の詳細が非公開となっており、
    全面公開して国民がチェックできるようにすることが求められます。
    また、経産省の試算については、根拠が「産業界へのヒアリング等」で、
    しかも株価に影響することを理由に個別品目を非公開としており、
    これでは試算の信頼性を検証することができません。

     この点、農水省は比較的算出の根拠が明確ですが、
    それでも試算の根拠として小麦(想定生産減少額800億円)が示されている一方、
    豚肉(同4,600億円)、鶏肉(同1,900億円)、鶏卵(同1,500億円)が示されていないほか、
    GDP減少額の大きな割合を占める「関連産業」については何も示されていないなど、
    中途半端な公開にとどまっています。
    また、市場規模7兆4千億円(平成20年の「経済活動別国内総生産(Excel)」(内閣府)による)の農林水産業界に対し、
    国税2兆6千億円(平成20年度の「農林水産関係予算」(財務省)による)と
    地方税3兆3千億円(平成20年度の「目的別歳出決算(Excel)」(総務省)による)の、
    合計5兆9千億円もの公的資金(国税・地方税の重複額は不明)を投入している現状から、
    どの程度の歳出削減が見込めるのかも示されていません。
    (2011年10月23日訂正:重複額が不明であることを追記)

     そして最も大きな問題は、輸入品と競合する国産品が全く生産されなくなるという、
    極めて根拠の疑わしい前提で試算が行われていることです。
    輸入自由化によってこのような事態に至るということは、
    最も生産性の低い外国業者よりも生産性の高い国内業者が1者も存在しないということを意味しますが、
    日本の農業界はそこまで悲惨な状態だというのでしょうか。
    明らかに非現実的な前提であり、とても政策判断の根拠として使える資料ではありません。

    3.政策部門から独立した調査部門を

     このような大本営発表を行っているのは農水省や経産省だけではなく、
    環境省や警察庁も同様で、しばしば世論や政界を混乱させています。
    何故日本の役所が、未だに戦中のような情報操作に精を出し続けているのかといえば、
    役所の構造が戦中から変わっていないからです。

     今では情報操作の代名詞となってしまった大本営発表が、
    日本の一般国民のみならず、日本軍の上層部や米国の投資家をも混乱させるほど、
    いい加減極まる情報を垂れ流し続けることとなった背景には、
    芳しくない戦況を報告する情報部が疎まれ、
    過大な戦果ばかりを報告する作戦部が重用されたことがあったとされています。
    作戦部にしてみれば、戦況が芳しくなければ責任問題になりかねないので、
    戦果の確認が甘くなってしまうことは避けられないにも関わらず、
    情報に基づいて作戦を立てるのではなく、作戦に合わせて情報を集めようとする役所の無責任体質が、
    必要以上の損害を招いたのです。

     そして、「作戦」を「政策」に置き換えると、
    良くも悪くも現代の役所の体質そのものとなります。
    TPPの影響試算については、調整官庁の内閣府が特段問題ないと思われる資料を提供できた一方で、
    政策官庁の農水省と経産省は、それぞれの政策に合わせた大本営発表を行ってしまいました。
    つまり、戦中でも現代でも、政策部門から独立した調査部門を設置し、
    責任を持って情報収集させるようにすれば、
    一定の客観性が確保された調査を行うことができるということです。

     したがって、政策官庁が現状や政策効果の分析を必要とする場合には、
    独立の調査部門に調査依頼させ、
    調査部門は依頼元官庁出身者を外した調査チームを組織して、調査を行うようにすれば、
    政府が提供する資料の客観性を、大きく高めることができるでしょう。
    正反対の大本営発表が行われたことを良い機会ととらえ、
    戦中から抱え続けている構造的問題を解消すべきです。

    関連リンク
    在野のアナリスト:TPPと事業仕分けにおける試算

    TPP参加事の試算はどちらが本当か? - 日々好日


    2010年10月24日

    1.5%のため98.5%が犠牲に――真実突く前原氏

    1.生産額わずか7兆円の農漁業界がTPP参加に抵抗

     政府・与党内で賛否が割れている環太平洋戦略的経済連携協定(TPP。
    2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイが始めた自由貿易協定(FTA)で、
    2015年までに原則としてすべての関税撤廃を目指している。
    現在は米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加交渉中)への日本参加について、
    前原誠司外相は10月19日、日本経済新聞社と米戦略国際問題研究所(CSIS)が共同主催したシンポジウムで、
    国内総生産(GDP)構成比1.5%の農漁業を守るために、
    残り98.5%を犠牲にすべきではないとの認識を示しました。

    「農家のため残りが犠牲」=環太平洋連携の反対論けん制 前原外相(時事通信社) - livedoor ニュース

     前原誠司外相は19日午後の講演で、農林水産業関係者が反対している環太平洋連携協定(TPP)への参加について「わたしは入るべきだと思っている」と強調した上で、「日本の国内総生産(GDP)における第1次産業の割合は1.5%だ。1.5%を守るために98.5%のかなりの部分が犠牲になっているのではないか」と述べ、反対論を強くけん制した。

     一方、日本の経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)締結状況は隣国の韓国に比べて格段に遅れていると指摘。「国を開くということを本気で考えないと、日本の競争力はどんどん低下していくと思う」と危機感を示した。 

     「平成20年度国民経済計算」(内閣府)によると、2008年のGDPは505兆円、
    そのうち農業と水産業の生産額は、わずか7兆円でした。
    つまり、市場規模7兆円の業界が、残り498兆円の業界の利益を失わせようとしているわけで、
    まさに「しっぽが胴体を振り回す」構図となっているのです。

    2.現実性のない「食料危機」

     前原外相の認識は日本経済が抱える問題の核心を突いたもので、
    それを裏付けるようにシンポジウムから2日後、農漁業界はそろって強烈な反応を示しました。

    前原外相発言「国益、著しく損なう」 茂木全中会長が緊急抗議 | 農政・農協ニュース | JAcom 農業協同組合新聞

     前原誠司外相が10月19日の講演でTPP(環太平洋連携協定)の参加検討をめぐり、「日本のGDPのうち、農業など第1次産業は1.5%。1.5%を守るために98.5%が犠牲になっているのでは」と発言したと報じられていることについてJA全中の茂木会長は21日、抗議コメントを発表した。

    全漁連が民主党にTPP参加反対を申し入れ

     政府が参加を検討しているTPP=環太平洋戦略的経済連携協定について、漁業団体が民主党に対し、交渉に参加しないよう申し入れました。

     全国漁業協同組合連合会の服部郁弘会長は「輸入水産物がこれ以上増えれば、漁業者は生きていけない。今のところを守って頂きたい」と述べ、水産物の関税率などを現状のまま維持するよう求めました。さらに、TPPに加われば、漁獲規制などを守らない国から安い水産物が大量に入ってくる可能性があるとして、「(乱獲で)水産資源が枯渇する」とも指摘しました。

     農漁業者の救済は所得補償で可能ですし、
    日本がTPPに参加すると外国で乱獲が起きるという主張に至っては、
    論外としかいいようがありません。
    ほかに関税障壁を正当化する理屈としてよく見られるのは、
    食料自給率の低下によって「食料安全保障」が脅かされるというもので、
    全国農業協同組合中央会(JA全中)も同様に主張しています。

     しかし、この食料安全保障論も、合理的とはいいがたいものです。
    「安全保障」という以上、その安全を脅かされる恐れがなければ存在理由を失ってしまいますが、
    現実に「食料危機」が起こる可能性は極めて低く、
    しかもその対応策として食料自給は有効ではないからです。
    ここでいう食料危機とは、日本への食料輸入量が急激に減少することを指しますが、
    このような事態に至る主な原因としては、
    (1)世界的な気候異常や伝染病流行、(2)国際社会による経済制裁、
    (3)敵国軍隊による海上交通路(シーレーン)封鎖、が考えられます。

     (1)は少なくとも1854年の開国以来、前例がないですし、
    (2)についても、核兵器開発を公言して厳しい禁輸措置を科せられている北朝鮮ですら、
    食料輸入は対象外です。
    第二次世界大戦中の日本が陥ったのが(3)ですが、
    日米同盟が維持されている限り、同じ事態にはなり得ないでしょう。

     更に、万一いずれかの事態が発生した際、食料自給率が高かったとしても、
    (1)では日本も同じ状況となっては意味がなく、
    (2)(3)では食料以外の必要物資を手に入れることができなくなるため、
    食料生産は困難となり、結局は食料危機に陥ってしまいます。
    実際、第二次世界大戦中の日本や現在の北朝鮮では、農具の更新や石油の輸入が困難なために、
    農地を効率的に利用できないことが、食料危機の大きな原因となっています。
    そして、こうした事態を防ぐためには、関税障壁で国際社会との緊張を高めるのではなく、
    食料輸入を受け入れて国際関係を円滑にするとともに、
    自由貿易の恩恵を享受して国力を増強した方が有効であることは、自明の理です。

    3.農漁業者の救済策を関税障壁から所得補償へ転換せよ

     だからといって、農漁業者を切り捨てよというのではありません。
    農林業センサス」(農林水産省)と「水産業のあらまし」(社団法人大日本水産会)によると、
    2005年の「基幹的農業従事者」(主に農業に従事している者)は224万人、
    2007年の漁業従事者は20万人もおり、
    彼らを切り捨ててしまえば大きな社会不安要因となりますし、
    そもそも政治的に実現不可能だからです。

     今の制度の問題点は、生産性の低い農漁業者の救済が行われていることではなく、
    救済が関税障壁によって行われていることです。
    関税障壁による救済は、産業構造の転換を遅らせ、国内の消費者と輸出業者の利益を失わせ、
    国際社会との通商摩擦を引き起こすため、長期にわたって国益を毀損します。
    これに対し、TPP参加と引き換えに、農漁業者に一定期間の所得補償を行うことによる救済は、
    所得補償期間内に別の産業に転換することを促進し、
    国内の消費者と輸出業者の利益を実現し、国際社会の理解を得ることができますので、
    一石三鳥となるのです。

     農漁業者への所得補償については、救済策ではなく、
    「農山漁村の再生」(民主党マニフェスト2009)などの、
    農漁業の活性化を目的としたものであるという主張もあります。
    しかし、自民党政権時代から巨額の税金を投入しているにも関わらず、
    衰退が止まらない農漁業を活性化するのは困難ですし、その必要もありません。
    農漁業界の反発を受けないように真意を隠しているだけなのかもしれませんが、
    誰が見ても無理と分かる夢を政治家が語っても、不誠実だと思われるだけでしょう。
    所得補償は農漁業を活性化させるためではなく、
    ソフトランディングさせるために実施するのだということを、正直に説明すべきです。

     農漁業にこだわりのある事業者も少なくないようですが、
    国益を実現するため、補償を受け取って退いてほしいと説得すれば、
    理解してくれる事業者も数多くいるでしょう。
    強硬派も穏健派も敵に回すような、現実性のない「農山漁村の再生」を唱えるのは、もうやめるべきです。

    関連リンク
    結局ばら撒き化した「戸別所得補償制度」 - Colour Me Economics - Yahoo!ブログ

    日本がTPPに遅かれ早かれ加盟せざるをえない理由 - 木走日記

    「農家のため残りが犠牲」=環太平洋連携の反対論けん制−前原外相 - navi-area26-10の国際ニュース斜め読み