2008年04月16日

さよなら聚楽台

074f4934.jpg上野駅を出ると、目の前に「上野百貨店」なる文字を掲げた旧い建物があります。
百貨店といっても、いわゆるデパートでは勿論ありません。建物の表面には、永い歴史の中でいろんなものが堆積したかのような、ごちゃごちゃした看板類。この建物の西郷会館という名前が示すように、すぐ上にはかの有名な西郷像が上野の町並みを見晴るかしています。設計は実はあのF.L.ライトの弟子・土浦亀城。

埼玉の片田舎に居た頃、都内の学校に通っていた私が最初に馴染んだ町は北への玄関口であるこの上野でした。駅を出てすぐ目に入るこの雑多で胡散臭い佇まいは、私のなかで東京と云う大都市の混沌の象徴のようでもあり、若かりし頃の脳裏に強く焼き付いた原風景でした。
長じて東京に移り住むことになった私の家は、意識したわけでもないのに自然とこの馴染みの上野にほど近い場所になりました。
それから間もなく、上野百貨店の一階のテナントがごそっと退去したのです。これはもしや、解体だろうか? 
折しもやや坂上のふたつの映画館がまとめて消滅した頃。私は上野駅前の景観の変化を恐れました。この上野の駅前がピカピカに生まれ変わるようなことになったら、東京はどうなってしまうのか。
ところが、一階のテナントは退去したものの、二階のあまりに有名な大衆食堂、否、レストラン「聚楽台」は相変わらずマイペースに営業中。どういう訳だか知らないけれど、どうにか首はつながっているとほっとしたのです。
聚楽台には、レトロ風情を面白がって結構通ったものでした。特別美味と云う訳ではないけれど、横に長い店内の内装はいわゆる東京の洗練されたイメージとは明らかに異質な「上野らしさ」を凝縮したかのようだし、豊富なメニューは愛すべき泥くささにあふれていました。真っ昼間から日本酒をかっ喰らうオヤジ、どぎつい桃山調の内装の座敷を駆け回る子供、汽車待ちの大家族、飛び交う何処かのお国言葉…。その間を縫って颯爽と料理を運ぶのはそこいらのファミリーレストランとは格の違う年配のウエイトレス。
そんな聚楽台が、ついに4月21日限りで半世紀の歴史に終止符を打つというのです。
毎日通るこの建物の前に、先月半ば、不意に閉店の横断幕が貼り出されました。それを見た時、数年前の恐れが再び蘇ってきて、どうにもいたたまれない気持ちになりました。
聚楽台が閉まるということは、この建物の余命も今度こそあとわずかだといえそうです。

多くの人々の郷愁が降り積もる町、上野。そしてその象徴として西郷さんの下で長きに亘って町を、この地を往き過ぎる人々の人間模様を見続けてきた西郷会館。「上野−…」と殊更の余韻とともに着く長距離列車を降りてすぐに見えるこの建物に馴染んだ人は私以外にも数多おられることでしょう。

もし、聚楽台に行くことがあれば、記念に是非食べていただきたいのがこの店限定の「西郷丼」。西郷どんにちなんでいることは云うまでもないこのメニューは、ごはんの上にさつま揚げや明太子、サツマイモの天ぷらなど「薩摩」をテーマにした具が所狭しと載っていて、なんとなく微笑を誘う一品。がっつり食べ応えがあります。
この聚楽台の愛すべき空間で、閉店までにあと何回食べられるだろうと思うと、この建物を見て育ったも同然の私はうっすら目頭が熱くなるような寂しさを抑えることができません。

聚楽台
http://www.juraku.com/rest/sh_jurakudai.html

tokyo_roman_theater at 02:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!御近所のはなし | 東京散歩

2008年03月27日

九段下ビル展、無事終了

2c811808.jpg3月20日から23日まで、昭和2年築の九段下ビルにて開催された「九段下ビル 写真アーカイブ展」。御蔭をもちまして無事に終了することができました。
今回はなにしろすべてが急ごしらえで、どうなることかと本当に不安だらけでしたが、その割に参加者の作品の充実ぶりと、お客さんの数は予想以上でした。皆の頑張りの賜物であることは云うまでもないですが、これもひとえにこのビルのもつ歴史の重みと徳の致すところでありましょう。
今回の企画は、16名の写真家が九段下ビルの一部をひとり(ひとグループ)一日借り切って撮影し、その写真で作られる展覧会。私のように建物そのものの写真というのは意外に少なく、モデルを使ってのポートレートや無数の写真によるコラージュ、写真を組み合わせて作るグラフィックなど、参加者それぞれのカラーが発揮された多彩な作品群となりました。そんなバラバラ、否、さまざまな作品が、展示が完了すると不思議と違和感なくまとまり、作家さんたちのセンスはさることながら、企画者のコーディネイトの絶妙さと九段下ビルという建物の懐の深さを感じずにはいられません。
とはいえ、気になった点がなかった訳では勿論ありません。会場を回遊するのに地図的なものが欲しかったなとか、入り口付近の案内が控えめすぎたかな、とか、進入禁止箇所、撮影禁止の注意などのアナウンス不足など、なにぶん急ごしらえ故行き届かない部分は多くあったと思います。このあたりの反省は、私にもいつか生かされる時が来ることでしょう。

今回、この企画に際して声をかけてくださり、一から十までをひとりで仕切ってくださった領域探査デザインの新藤さん、本当にお疲れさまでした。展示にご理解・ご協力いただいた九段下ビルのテナント各位、一緒に展示をした写真家の皆さん、そして急な案内にも拘らず、足を運んでくださった「目撃者」のみなさまには心より感謝申し上げます。

いつもいつも、作品展示の後には見に来てくださった方の顔が心に強く刻まれて、私が写真を続けていられるのはこうして見てくれる方が居るお陰だと改めて思うのです。
今回は在廊時間が少なく、お会いできなかった方が多かったのが残念でした。少なくとも私にとっては、やはり在廊が基本なのだと思い知らされました。
次なる機会はまたも密かな腹案のほかはまったくの未定ですが、今回のことでまた少し気持ちが充電されましたので、それを少しずつ使いながら、またいつか。