鴻池留衣『ナイス・エイジ』「新調」2017年7月号

2009年インターネットの掲示板に予言者が現れた。

その予言者を検証するスレッドのオフ会のからスタートする物語する。

度々現れては消える予言者、2112氏。

2112年から来たというこの2112氏の祖母に当たるとされている絵里はスレに参加しながら、2112氏を自宅に住まわせ、その秘密を暴こうとし、スレにあげる。

そのことが災いし、予言の虚実に振り回されるのはスレ住民。やがて現実社会へも波紋し、自体の収集を図ろうと2112氏と絵里が最後にすべてを明らかにしようとするが・・・


冒頭いつものようにあらすじを書こうとしたとき、作品の中のどの記述をどう選択するかで戸惑った。
それはこの作品の中の「事実」が確定できないのだ。
確かに小説はフィクションであるが、その中にも事実と虚実が無自覚ではあるが区分されている。
ミステリーを考えてみれば主要な前提である。

しかしこの作品はまずそこでわけがわからなくなる。
この物語の中でなにが「事実」として起きたことであり、何が起きていないことなのか、
確認が難しくなる、と言うより確認が意味がなさなくなる。
現実性のゆらぎ、そのこと自体がこの作品の主要なテーマなのだから、しょうがないのことではあるのだか、
疑心暗鬼に囚われる。


この作品で描かれているスレッド上の合意形成プロセスは、
狭い社会の盛り上がったウケ狙いの発言を発しつつ次第にある概念に収束されいく。
それが最終的に社会に影響が与えることを考えることは、
人間の本能なのだろう。
そしてギリシャ哲学や儒教など古典的な社会論へと通じているだけでなく政治学なものを思わせる。


この小説で用いられたさまざまな手法は一度確立すれば安易に再生産できるかもしれないが、
このパイオニア的な役割は賞賛に値すると言い切ってもいいのではないだろうか。

ネット環境に単に詳しいからというだけでここまでリアリティーを持てるだけでなく、
対象をしっかり描写力があるからこその完成度だ。


ところで作品の中で主人公絵里に送りつけられる郵送物の一つとして「ポスト真実(トゥルース)の新文学」というものがさりげなくがでてくる。とても引っかかるフレーズだ。


作者の挑戦的なメッセージを感じた。