この世に家がある限り

30数年余に渡って家を買う、借りる、貸す、建てるなど幅広く不動産情報に関わってきたひろぽんこと中川寛子が住まい、街や地盤、暮らしのあれこれについて語ります。

一人旅の楽しみ

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出張が続いた。山形へ行き、新潟へ行き、いろんな人に会った。
で、しみじみ思った。
旅が楽しいのは人に会うからだなと。
ついでにやはり一人旅は良いなと。人に会うチャンスが増えるからだ。
ま、飲食店が主だけれど。
一人だと旅館に泊まりにくい(一人はそもそも設定が無かったりする)という
大きなデメリットもあるのだが、それを考えても一人旅は楽しい。

山形ではたまたま入った店のご主人が東日本大震災時に大きな被害を受けた場所にいたとのことで、
その当時の話をいろいろ聞かせていただいた。
また、来てねと名刺をもらった。

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新潟でも同じように店の人たちとおしゃべりに興じ、傘を借りて帰った。
それを返しに翌日行ったら、歓迎されたのなんの。
最近、新潟に転勤になったというお隣の女性とすっかり話し込んでしまい、とても楽しかった。
「今日も傘を貸したら、明日も来る?」と聞かれたが、残念、その日は帰る日だった。

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いずれもカウンターのある店で、だから店の人とも話しやすかったのだが、
もちろん、店の作りだけがそういう雰囲気を作るわけではなく、
店の人たちが客との会話を大事にする人達だったからである。
これは出張先だけでなく、地元でも同じで、会話を楽しもうという人達の店と、
個人で経営していても距離を置く人達の店があり、
客観的に見ていると楽しもうとする店のほうが流行っていることが多い。
だったら、みんな、会話すれば良いのにと思うが、
それができる、できないは人の性格にもよるのだろうなあ。
そもそも、客のほうにも一人飲みができるかどうかという点もある。
私は海外に行き始めた20代の頃から一人飲みが出来なきゃつまらないと思っていたので、
今も全く問題なく、行きたいところへは一人で行くが、
なかなか、その勇気、チャンスがない人たちも多いようで、
メディアなどでも一人飲みやら、一人焼肉やら、一人でできること、できないことの記事を見る。
まあ、何事もできないよりはできたほうが楽しいと思うが、
その辺りは考え方の違いだから、他人がどうだろうがそれは良し。
私は楽しいと思う。
だから、きっと、次にもチャンスがあったら、いや、積極的にチャンスを作って
また、あのまちに、あの店に行くだろう。
観光名所にはそれほど惹かれない(モノによるものの)が、人には惹かれる。
超当たり前だが、やっぱり人よね、である。

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ニューヨークの道路、欧米の住宅政策と隈さん、上野千鶴子さんとか

取材者というのはありがたいことにいろいろと面白い話を聞かせていただける。
5月はそうしたことがいくつか続いた。
まずは20日に聞いたのがニューヨーク市の前交通局長ジャネット・サディックカーン氏の、
ニューヨークの道路がどう変わったのか、変化の経緯とそれを可能にしたノウハウというような講演。
事前にざっくりと資料は読んでいたが、
それまでの資料では語られていなかったスピード感、実験としてとっととやるよ!みたいな姿勢が
非常に面白かった。
まずはやってみるってことだよねである。
これについては国土交通省さんからの依頼で記事になった。
残念ながら、ここではクレジットは入っていないけれど、
同じ原稿がもうひとつ、ソトノバというところで記事になっている。
こちらはクレジット入り。

ところで、国土交通省を悪く言うことが本旨ではないので、
そう受け止められると困るのだけれど、
率直なとこ、私に依頼して、分かりやすく、読む気になる原稿をというのはありがたいのだが、
読ませる見せ方というのもあるんじゃないかと思う。
この2つの原稿、内容はどちらかひとつ読めば同じなんで、それで良しとして、
ねえ、デザイン、どう思うよ、なんである。
それほど手を掛けなくても、もっと頻繁に改行をするとか、
見出しを入れるとかだけでもずいぶんと見た目は変わるはずと思うのだが、これで良いのか。
う~んである。

それから24日にはニッセイ基礎研究所の篠原先生による欧米の住宅政策。
率直なところ、欧米と日本では人口動態が全く違っていて、
どこも住宅、特に社会的な住宅が足りていないのねとため息。
その件で言うと、日本の新築万歳の風潮を批判している中に
ヨーロッパでは新築を厳しく抑制していると主張されている方がいらっしゃるが、
どうやら、それは嘘らしい。
わざわざ名まえを挙げて指摘されていたのにちょっと驚き。
いったい、どういうことなのだろう。
私も新築はある程度抑制すべきとは思うが、嘘を根拠にして自説を吹聴するのはどうなんだろう。

最後は25日の隈研吾さん、上野千鶴子さん、三浦展さんによる最終講義第二弾。
これはいずれ記事にする予定なので詳細はそこに譲るとして、
本邦初公開の話なども多く、非常に面白かった。
ただし、タイトルと着地点は全く違ったものになっており、
最初はどうやってまとめるんだよ!と思ったが、何、当初タイトルを忘れれば良いのね、である。
あと、講義後に隈さんに少しお時間を頂いて話を伺ったのだが、
そこに上野先生もご登場、少し話をさせていただいた。
仕事が楽しくてたまらないという女性がいるのがそんなに変かなあとちらと思ったりもしたけど。

平成元年に会社を作ったんだった

平成最後の日。
平常心(!)でいつもと同じ一日を送っているが、
そういえば、平成元年に会社を作ったんだったと思い出した。
1月の、昭和天皇がご病床にあるタイミングで後に共同経営者となる男性2人とそんな話になり、
ゴールデンウィークにニューヨークから帰国したら何も進んでいなくて激怒、
焦って動いて6月の頭に設立したのである。
というわけで、会社何年やっているんだっけ?というのが分かりやすかった。
これからは平成プラス何年?みたいになるわけで、ちょっと分かりにくくなるやもである。
今になると、あ~、そんなこともあったっけ?みたいな笑い話だが、
この30年ちょっと、振り返ってみるとけっこういろいろなトラブルがあった。
共同経営者に疑いがかかり、警察が踏み込んできたことがあった。
それを知らずに帰社した脳天気な私はパソコンを立ち上げようとして怒られ、
金庫を開けてください!と詰め寄られ、
数人の怖い顔した警察官たちが見守る中、
開けた金庫の中には私が友人からもらった招き猫が座っていましたとさ、とか。
新入社員が飼えなくなったウサギを社内に放し、
そいつがコピー機から電話、パソコンその他あらゆるコードを噛み切る騒ぎもあったっけ。
まあ、火事にならなくて良かったが。
稼ぎの多寡を巡って内紛(!)が勃発、私には到底思いつかないような悪口とか、陰謀とか、
まるでドラマのようなやりとりがあり、
そうそう、血判を押した書状【時代劇か!)も登場した。
NTTとキャノン、日本を代表するような2社の担当者が大丈夫というのを信頼したら、
ある日、すべての回線がストップ、
その結果、いくつものクライアントを失うという悲劇(!)もありました。
そもそも、景気が大きく変動、毎月の収入が支出の10分の1以下という、
そりゃ、成り立たんだろうという時期も。
それでも、なんとかやってこれたのは周囲のいろいろな人に助けてもらったことが大きい。
面と向かってはなかなか言えないけれど、本当にその節はありがとうございました。
最終的には内輪揉めも、回線切断もそれはそれでプラスな結果を生んだし、
大儲けはしていないが、ありがたいことに今も楽しく仕事を続けられている。
新しい時代もこのまま大好きな仕事を
皆さまと一緒に匍匐前進で続けられたら良いなあ、である。






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