2018年01月

2018年01月07日

そう言えば、踏切で隣のjkがヲレをじっと見てた(@w荒

昨日、とある踏切で隣のチャリjkがヲレのことじーーっと見てた。ニコ生でも見てたのかなとをもった。あまりかわいくなかった(@wぷ

そう言えば、去年の総選挙日でのニコニコ公式放送に出演した時、平時において投票率を矢鱈に上げるのは国民の政治参加という美名の下に国民の対立と分裂を煽るものだと述べたが、にも関わらず単にニコ生界隈の政治系放送を盛り上げるには如何なる方策があるかという質問にjk政治系生主の登用を挙げた(@wぷ

踏切でじっとヲレを見ていたjkはヲレの発言を見ていたのかも知れない。だったら説明も付く(@wぷ

昔と違って、今は政治権力を決定する選挙権を18歳のjkはもっている。そう言う意識の高いjkネット放送者を登用して若年層の政治参加を刺激するのが最も現実的で完全かつ完璧と放送では述べたが、やっぱ人間性ぢゃないかな。但し可愛い子に限る(@wぷ

また、公式放送に出演した時、ホリエモンはお笑いの才能があると述べたが今回彼がR1に出るとのことである。まさかヲレの発言を聞いてのことだとはをもわないが、どうなることかな(@wぷ

ウンベルト・エーコ著の映画にもなった薔薇の名前という話で、アリストテレスの笑いの研究という本の行方が問題になる。矛盾を排したアリストテレスや、それを信奉するカトリックにとって笑いなどというものは認められないというのがそれを隠した側の本旨だ(@wぷ

背景には実在するのは概念、例えば薔薇という名前だとする唯名論と、おそらく主人公のモデルとなったオッカムのウィリアムが提唱する、個々の薔薇のみが存在するという実念論の対立がある。笑いというのはこの概念と実在の関係に影響されている(@wぷ

人は生まれた瞬間、自分と母親を分ける。そして成長につれ、様々な物を自分の生に都合よく分け、分節化し、概念化する。だがこの分節化は恣意的なものであり、真実にはのっぺらぼうの世界が存在し、それが現前化する。これに対する恐怖と不安の表出が笑いの本質だ(@wぷ

つまり笑いとは単にをもしろく愉快なものではなく、人間が勝手に決め付けている概念化された世界が虚偽であることを見せつけられた時の恐怖と不安の産物で、それが芸術として存在するには虚偽の世界である人間による分節化された世界と真の世界であるのっぺらぼうの世界を往還する必要がある(@wぷ

真実ののっぺらぼうの世界に行ったままでは単なるテロリズムである。それを上手く虚偽の世界である現実の世界に引き戻さなければならない。ホリエモンがどのような技芸を用いるか注目している(@wぷ

ホリエモンは今テレビに出ているお笑い連中より遥かにをもしろい。それは彼の存在や生き方が型破りだからだ。お笑いといっても事務所に所属しテレビに出るために女子供やバカやをばさんに媚を売って生きているクズである。その芸も浅い(@wぷ

上述の笑いの問題は、人工知能後の人間の知性は如何なるものであるべきかに重大な示唆を与える。言語化された問題はAIに任せ、常に人間による恣意的な概念世界を別離、死、病老によって揺るがす、真の世界であるのっぺらぼうの世界に対峙し新しい概念化を負けずに常に行う役割だ(@wぷ












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