
弁護士の菅俊治です。
今回は、昨年来、試みている新しいスタイルの「ワークルール教育」について書きたいと思います。
一緒に取り組んでいるのは、今泉義竜弁護士(東京法律事務所)と、竹村和也弁護士(東京南部法律事務所)です。
◇今後の研究のため、授業の模様を実況風景風にまとめた冊子

1 職場で実際に役に立つ「問題解決力」をいかに育てるか
昨年来、私は、シンポジウムでの発言やワークルール教育推進法案の作成など、ワークルール教育について考える機会をたくさん頂き、「本当に役に立つワークルール教育」とはどんな教育なのかを考え続けてきました。
一貫して、テーマにあったのは、
「単なる法律知識は現場では役に立たない」。
「実際に役に立つ「問題解決力」はいかにして養われるのか。」
ということです。
2 最初の試み: 「契約社会」と交渉・自己決定権
昨年10月、専修大学松戸高校の高校1年生向けに行ったワークルール教育は、その課題にチャレンジする貴重な機会となりました。
当初、高校側から頂いた依頼は、1コマを使った大人数講義でしたが、こちらからお願いして現代社会の1コマ45分×13クラスを任せてもらうことができました。
授業は、大学生がアルバイトで遭遇するトラブルを題材にして、生徒たちにグループディスカッションしてもらうというスタイルで行いました。
とりあげる事案として、必要な条件として考えたのは、
① 実際にしばしば遭遇する典型的なトラブルであること
② 契約など、社会を円滑に運営する仕組みが自然と身につくこと
を意識しました。
具体的には、
【ケース1】 引越屋でアルバイト中に、荷物を落として荷物を壊してしまい、自分も足に怪我をした
【ケース2】 引越屋から、シフトに入ることを強いられている
【ケース3】 引越屋を辞めたいといったが、辞めさせてもらえない
というものです。
(1) 契約で社会が動くしくみを伝える
授業では、まず、契約関係をわかりやすく板書し、どんな契約が成立しているのかを徹底的に解説しました。
労働契約だけではなく、運送契約、診療契約、損害保険契約、健康保険制度、労災保険制度などを、丁寧に説明しました。

(2) 危険な仕事を安心して担うことができる仕組み
また、利益の存するところに、リスクも負わせるという考え方によって、安心して契約関係に入れるようになっていることを伝えました。
生徒さんから、「人間はミスをするもんじゃないですか?」というような意見が出てきたりするので、そういう回答を引き出せたりすると、本当に楽しいですね。
「そうなんです。人はミスをするものです。引越会社の労働者が、まじめに働いているのにうっかり物を落としたら、いちいちすべて賠償させられるんでは、怖くてそんな仕事を引き受けられないでしょう。
他方で、引越会社は、他人を使って利益を得ているのだから、他人を使ったことによるリスクも負うのが公平だと考えられています。」
という感じです。
「すごくいい意見でしたね。じゃあ、引越会社は、どんな対策をとっておけばいいですか?」
・・・
保険制度によってリスクを分配しながら、社会が円滑に運営される仕組みが開発されていることなどに話が自然に及んでいきます。
(3) 契約交渉と自己決定権
とくに、強調したのは、
・ 約束していないことは、やらなくていい。
・ 誰とどんな約束をするかは自由。
・ よりよい条件を求めて交渉することもできる。
・ みなさんには自己決定権がある。
ということです。
これはすごく生徒さんの心に残ったようで、感想文のほとんどが、このことについて触れていました。
団体交渉などもそのような流れで言及しましたが、いわゆる労働者保護からの修正についての言及は、少しにとどまりました。
(4) 見えてきた課題
授業中は、生徒さんたちから活発な意見が出て、理解してもらっているという手応えがありました。
実際、感想文からも、自分たちには自己決定権があるということへの理解が伝わってきました。
授業の模様は、東京新聞に夕刊一面で報道していただきました。
ブラック企業に知識の盾 ワークルール教育広がる 2016年11月26日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201611/CK2016112602000249.html
方向性には手応えを感じましたが、まだ課題を感じていました。
授業の終了後、何人かの生徒が、私に聞こえるように、
「そうはいってもさあ、自己主張をしたら職場にいづらくなんじゃねえの?」
とつぶやくのが聞こえたからです。
そのとおり!現実はそんなに甘くないですよね。
そこにチャレンジしなければ、「問題解決力」をはぐくんだことにはならないでしょう。
単にきれい事を言っているだけになってしまいます。
そこで、学校側にお願いをして、ぜひ続編をやらせてほしいとお願いしました。
8人の高校生を、法律事務所に招いて、実験的授業をしてみたいと。
(つづく)
3 続編にチャレンジ: 職場の意見を分析し、働きかける力
2月4日(土)午後3時。高校生8人が事務所に来てくれました。
引率の先生と校長先生も、入試の準備その他で多忙な合間を縫って参加してくださいました。

(1) 実際の労働トラブルの紹介
前回は、教室説例を3つとりあげただけだったので、生の事案をスライドを使いながら紹介しました。
首都圏青年ユニオン前委員長の神部紅さんに、お願いしました。
15分ほどの解説ののち、生徒さんから感想を聞きました。
ある生徒さんが、
「誰でも知っている、有名な会社が、堂々と違法行為を行っていることに驚いた」
という感想を述べていました。
まさに、そのとおりです。

(2) 職場でよくある意見を読んで分析
ここからが、新しい試みであり、今回の授業の勝負どころ。
先日、Yahoo!ニュースで配信された
「小学校から過労死学ぶ「ワークルール教育」で過労死は防げるか」
という記事に対して、寄せられた36のコメントを読んで、
分析する、ということをやってみました。
http://blog.livedoor.jp/tokyolaw/archives/1064101548.html
ホワイトボードに、みんなでコメントをぺたぺた貼っていきました。

① まず、ワークルール教育に対して、積極、消極の二つに意見を分けてみました。
過労死はなくしたいし、無くなった方がよいという意見は誰もが一致します。
しかし、具体的に積極的な行動に移れる人は少ないことが多い。
現状を変えようという試みは、常に少数者が声を上げることから始まる。
という厳然たる事実を確認したいと思いました。
② 次に、消極の意見を、いくつかのタイプに分類する作業をしました。
ア) 法律は無力、展望がない、どうせ過労死はなくせない
イ) 報復が怖い、我慢するしかない
ウ) 教師の仕事をこれ以上増やす方が問題
エ) ワークルール教育なんてどうでもいい、もっと重要な問題がある
オ) 過労死するのは自己責任
カ) ワークルール教育は有害(ニートが増える等)、世間の支持も得られない
消極的な意見にはかならず理由があります。
一見、無気力にみえて、実はみないろいろなことを考え、葛藤している。
そこを伝えたいと思いました。
分類の作業を生徒さんたちにやってもらったのですが、
時間短縮のために、ここは菅がやったほうがよかったと思いました。
③ そこで、問題提起。
コメントをくれた36人とあなたが同じ職場で働いていると仮定してみましょう。
あなたの職場は、今にも過労死が生まれそうな過酷な職場です。
あなたは、なんとか過労死を無くしたいと思っています。
もしコメントをくれた人と話をするとしたら、誰と、どんな話をしますか?
「消極」の人たちと、意見が一致するところ、違うところはどこでしょうか?
ここが授業のキモです。
いきなり私が質問してしまったのですが、ここでグループディスカッションの時間をとれば、
かなり充実した授業になったろうと思います。
(3) 職場で声をあげることの難しさとおもしろさをどう伝えるか
ディスカッションのすすみ具合に応じて、適宜、紛争解決事例やコメントを加えるという授業プランでした。
私も、いくつか伝えるポイントを準備していました。
たとえば以下のようなものですが、授業の実践のなかで伝える方法については、
さらに研究が必要ですね。
★ 正義を実現するのは「力」
決定権を持つのは誰か。それはどんな人物かをつかむ。
(ア)「コミュニケーションの力」
互いに、相手の話をよく聴く
自分の意見を堂々と述べる。できれば根拠を示して。
一致点を探す。落着点を見いだす。
(イ)「数の力」が身を守る(とくに労働組合)
多数の支持を得た要求やプランは力をもつ
(ウ)「外部の力」(世間の力、ペンの力、法の力)
★ 緊急の課題、関心の強いものからとりかかる=周囲の支持を得る
Anger これは不当だ。正さなきゃ。
Hope こうすれば変えられる。
Urgency 今でしょ。もう待てない。
You あなたが一緒に動けば、事態が変わる。

(4) 解決事例の紹介
★ 電話一本で解決した事案
チラシ配布の「請負」契約。
配布した枚数をその日のうちに報告しなければならない決まりなのに報告しなかった。
といって賃金の支払いを拒んだ。
さらに、仕事を休むと伝えたところ、違約金を請求された、という事案。
当事務所の江夏大樹弁護士が電話をしたところ、5分で解決。
その電話の録音を聞きました。
★ マタハラ退職事件
退職の合意は存在しなかったとして労働者を救済した事案。
(東京地裁立川支部平成29年1月31日判決)
BuzzFeed News 2017.2.2 渡辺一樹記者
https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/matahara-kaiko-20170202?utm_term=.wqoejJNYd#.ppDXOwp6r
渡辺記者ご本人が取材に来られていたので、取材のこぼれ話を伺いました。
一人の女性労働者が理不尽なことに我慢せず声をあげた気持ちは心を動かされます。
生徒たちは、「裁判所が法を創造していく、それが他の人を救う」というところに、
感銘を受けたようです。
4 おわりに
今回のようなチャンスはめったにないので、全身全霊をかけて準備しました。
結果、ちょっと盛りだくさんすぎたかなという反省はあります。
ただ、「問題解決力」をはぐくむためのアプローチとしては、ひとつの方法として成立しうるという手応えを感じました。
終了後、先生方や、講師陣とで反省会を行いましたが、アプローチはよかったと褒めてもらえました。生徒をいかに安心させて授業に導入するか、どこにより時間を費やすべきだったか、生徒同士の自由な討論時間があったらもっとよかったのではないか、等々、たくさんの改善意見をいただきました。これらの要素をクリアすれば、たんなる知識の教授ではない、本当の生きる知恵を身につける授業ができるかもしれないと思ったのでした。
東京法律事務所の弁護士 【菅 俊治】のプロフィール
2月4日(土)午後3時。高校生8人が事務所に来てくれました。
引率の先生と校長先生も、入試の準備その他で多忙な合間を縫って参加してくださいました。

(1) 実際の労働トラブルの紹介
前回は、教室説例を3つとりあげただけだったので、生の事案をスライドを使いながら紹介しました。
首都圏青年ユニオン前委員長の神部紅さんに、お願いしました。
15分ほどの解説ののち、生徒さんから感想を聞きました。
ある生徒さんが、
「誰でも知っている、有名な会社が、堂々と違法行為を行っていることに驚いた」
という感想を述べていました。
まさに、そのとおりです。

(2) 職場でよくある意見を読んで分析
ここからが、新しい試みであり、今回の授業の勝負どころ。
先日、Yahoo!ニュースで配信された
「小学校から過労死学ぶ「ワークルール教育」で過労死は防げるか」
という記事に対して、寄せられた36のコメントを読んで、
分析する、ということをやってみました。
http://blog.livedoor.jp/tokyolaw/archives/1064101548.html
ホワイトボードに、みんなでコメントをぺたぺた貼っていきました。

① まず、ワークルール教育に対して、積極、消極の二つに意見を分けてみました。
過労死はなくしたいし、無くなった方がよいという意見は誰もが一致します。
しかし、具体的に積極的な行動に移れる人は少ないことが多い。
現状を変えようという試みは、常に少数者が声を上げることから始まる。
という厳然たる事実を確認したいと思いました。
② 次に、消極の意見を、いくつかのタイプに分類する作業をしました。
ア) 法律は無力、展望がない、どうせ過労死はなくせない
イ) 報復が怖い、我慢するしかない
ウ) 教師の仕事をこれ以上増やす方が問題
エ) ワークルール教育なんてどうでもいい、もっと重要な問題がある
オ) 過労死するのは自己責任
カ) ワークルール教育は有害(ニートが増える等)、世間の支持も得られない
消極的な意見にはかならず理由があります。
一見、無気力にみえて、実はみないろいろなことを考え、葛藤している。
そこを伝えたいと思いました。
分類の作業を生徒さんたちにやってもらったのですが、
時間短縮のために、ここは菅がやったほうがよかったと思いました。
③ そこで、問題提起。
コメントをくれた36人とあなたが同じ職場で働いていると仮定してみましょう。
あなたの職場は、今にも過労死が生まれそうな過酷な職場です。
あなたは、なんとか過労死を無くしたいと思っています。
もしコメントをくれた人と話をするとしたら、誰と、どんな話をしますか?
「消極」の人たちと、意見が一致するところ、違うところはどこでしょうか?
ここが授業のキモです。
いきなり私が質問してしまったのですが、ここでグループディスカッションの時間をとれば、
かなり充実した授業になったろうと思います。
(3) 職場で声をあげることの難しさとおもしろさをどう伝えるか
ディスカッションのすすみ具合に応じて、適宜、紛争解決事例やコメントを加えるという授業プランでした。
私も、いくつか伝えるポイントを準備していました。
たとえば以下のようなものですが、授業の実践のなかで伝える方法については、
さらに研究が必要ですね。
★ 正義を実現するのは「力」
決定権を持つのは誰か。それはどんな人物かをつかむ。
(ア)「コミュニケーションの力」
互いに、相手の話をよく聴く
自分の意見を堂々と述べる。できれば根拠を示して。
一致点を探す。落着点を見いだす。
(イ)「数の力」が身を守る(とくに労働組合)
多数の支持を得た要求やプランは力をもつ
(ウ)「外部の力」(世間の力、ペンの力、法の力)
★ 緊急の課題、関心の強いものからとりかかる=周囲の支持を得る
Anger これは不当だ。正さなきゃ。
Hope こうすれば変えられる。
Urgency 今でしょ。もう待てない。
You あなたが一緒に動けば、事態が変わる。

(4) 解決事例の紹介
★ 電話一本で解決した事案
チラシ配布の「請負」契約。
配布した枚数をその日のうちに報告しなければならない決まりなのに報告しなかった。
といって賃金の支払いを拒んだ。
さらに、仕事を休むと伝えたところ、違約金を請求された、という事案。
当事務所の江夏大樹弁護士が電話をしたところ、5分で解決。
その電話の録音を聞きました。
★ マタハラ退職事件
退職の合意は存在しなかったとして労働者を救済した事案。
(東京地裁立川支部平成29年1月31日判決)
BuzzFeed News 2017.2.2 渡辺一樹記者
https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/matahara-kaiko-20170202?utm_term=.wqoejJNYd#.ppDXOwp6r
渡辺記者ご本人が取材に来られていたので、取材のこぼれ話を伺いました。
一人の女性労働者が理不尽なことに我慢せず声をあげた気持ちは心を動かされます。
生徒たちは、「裁判所が法を創造していく、それが他の人を救う」というところに、
感銘を受けたようです。
4 おわりに
今回のようなチャンスはめったにないので、全身全霊をかけて準備しました。
結果、ちょっと盛りだくさんすぎたかなという反省はあります。
ただ、「問題解決力」をはぐくむためのアプローチとしては、ひとつの方法として成立しうるという手応えを感じました。
終了後、先生方や、講師陣とで反省会を行いましたが、アプローチはよかったと褒めてもらえました。生徒をいかに安心させて授業に導入するか、どこにより時間を費やすべきだったか、生徒同士の自由な討論時間があったらもっとよかったのではないか、等々、たくさんの改善意見をいただきました。これらの要素をクリアすれば、たんなる知識の教授ではない、本当の生きる知恵を身につける授業ができるかもしれないと思ったのでした。
東京法律事務所の弁護士 【菅 俊治】のプロフィール
