弁護士の笹山尚人です。

 

 東京都病院経営本部は、都立病院の経営に関し、「都立病院新改革実行プラン2018(仮称)素案」を発表し、これについて都民の意見が集めるいわゆるパブリックコメントを募集していました。

 締切日である2018年3月16日、私は私の見解を意見書にまとめて、メールにて送信して東京都病院経営本部に提出しました。

 

 私がこうした意見書を出そうと考えたのは、都庁職病院支部の活動と交流を通じ、都立病院の貴重な役割を知る一方、東京都病院経営本部の職員に対する非人道的対応も知ることとなり、内部の人を人間として尊重できない経営体が、どんなに言葉を飾っても患者や利用者を大切にすることはできないと思われたことから、「都立病院新改革実行プラン2018(仮称)素案」にはきっとどこかになんらかの問題があるのではないかとの危惧を抱き、読んでみると、「やはり」との感想を抱いたからです。そこには公務の民営化と、それに伴う利用者軽視、及び内部の労働者の労働条件の劣悪化をもたらす害悪が潜んでいました。

 

 また、パブリックコメントという制度は、一般にはなかなか知られることがなく、結局、「都民の声を聞く機会は提供しましたよ」というアリバイとして機能しがちではないかと思います。私たち弁護士も、法律案や条例案といった何らかの法的な制度設計の構想と、それにまつわるパブリックコメントについて網羅しているわけではありませんが、気が付いたときには意見を出して置くということが大切だと思いますし、また、そういう意見表明を実際に行ったという例もまた、多くの人に知る価値のある事柄ではないかと思うことから、このブログで紹介することにします。

 

 以下に、私が、東京都病院経営本部に送った意見書そのものを紹介します。

 

 こんな問題があるんだということや、こんな意見表明ができるんだ、ということを知っていただけたら幸いです。

 

 

 

東京都病院経営本部 御中

 

2018年3月16日

笹山 尚人

(東京都大田区在住。男性、47歳、弁護士)

 

 

 私は都内の法律事務所で働く弁護士です。また、自治体の労働者の労働相談や事件も担当した経験があり、都立病院や公社の病院で働く労働者のみなさんで組織する東京都庁職員労働組合病院支部の皆さんからもご相談を受けたり、学習会の講師を務めたり、機関紙に原稿を寄稿したりした経験があります。

 今回、都立病院を独立行政法人化する計画が東京都病院経営本部(以下、単に「病院経営本部」と言います。)から持ち上がっているということを病院支部のみなさんから聞きました。そのあと「都立病院新改革実行プラン2018(仮称)素案」(以下、「素案」と言います。)とこれに関する意見募集があることを知りました。

 そこで自分なりに考えをまとめて意見募集に応じ、素案について意見を提出しようと考えるに至り、本意見書をまとめました。

 以上の経緯ですので、私の意見は、素案の第5章(122ページ以下)において、「一般地方独立行政法人を含めた経営形態のメリット、デメリットなどの検証を行い、経営形態のあり方について、本計画期間に検討する」としている点についての意見となります。

 以下に、その詳細を述べます。

 

1 パブリックコメントそのものあり方の問題について

 今回病院経営本部が募集しているパブリックコメントは、242頁にわたる計画書について、平成30年2月26日から3月16日までの19日の期間内に意見を上げてほしいというものですが、まずこの募集の仕方そのものに問題を感じます。

 行政手続法においては、パブリックコメントを募集するに際して、「行政機関が命令等(政令、省令など)を制定するに当たって、命令等の案の公示の日から起算して30日以上でなければならない。」としています(行政手続法39条)。

 この趣旨は、広く民意を集約するにあたり、行政が検討している内容について国民に十分な検討期間を設けることにあります。

 今回病院経営本部がパブリックコメントの募集を行うにあたっては、この法の趣旨を十分に斟酌するものであるべきです。

 この点19日間という意見集約期間は、それよりはるかに短いものです。しかも検討の対象が大部にわたるものです。この期間に一般の都民がこれらの文書を読み込み、自らの意見をまとめ、それを文章にまとめることができると、このパブリックコメントを計画された部署のみなさんは本気で考えていらっしゃいますか。日常の労働と生活に追われる多くの都民にとって、それは相当に困難なことです。そうしますと、こうしたやり方でパブリックコメント募集を行うこと自体、真意として、都民の声を考え聞くつもりがあるのか、大いに疑問を覚えます。

 私は、改めて法の趣旨に則り、それに対応する期間を設けて、パブリックコメントの募集自体やり直すべきと考えます。

 

2 独立行政法人化の弊害について

(1)必要な事業の廃止、縮小に結び付かないか

 独立行政法人化とは、言葉の響きはともかくとして、要するに「公務の民営化」です。公務を民営化するということは、当該事業の運営にあたり、経済的な効率を優先していくことになるということです。経済的な効率を優先すると発生する弊害として考えられるのは、経済的に見合わない事業の廃止、縮小、ということになります。

 第一に、都立病院を民営化することでこうした弊害が発生しないかという問題を考えなければなりません。

 この点で、私が居住している大田区では、公社化した荏原病院の産科の問題が思い起こされます。

 かつての都立荏原病院においては、公社化に伴い産科縮小という事態が発生しました。

 都立荏原病院が、東京都保健医療公社に移管されたのは2006年4月です。「より地域に根ざした、弾力的かつ効率的な運営」をするということが目的とされました。ところが、2007年10月、産科は医師不足などの原因により、妊婦受け入れ縮小に追い込まれました。

 荏原病院では、都民の強い要求などがあり、その後産科の妊婦受け入れが再開しましたが、かつて年間1000人の出生を取扱い、大田区では5人に1人は荏原病院で出生したと言われている荏原病院の産科は、現在でもこれに遠く及びません。

 荏原病院のある大田区では、お産のできる個人病院がほとんどなく、出産の可能が産科を持つ病院は、荏原病院のほかには2つしかないと承知しています。大森日赤病院と東邦大学付属大森病院です。人口が70万人を超える大田区で、荏原病院とあわせてたった3つしか、お産のできる病院がないのです。極めて異常なことであり、少子化を問題にするならこの点の改善は不可欠と考えます。そのことは東京都だけの課題ではありませんが、少なくとも病院経営本部としては、大田区とその周辺自治体の住民のお産の維持のために、産科を堅持するということは必須の事業と考えられます。しかし、公社化にともない、産科が縮小されていったことは、独立行政法人化は、住民にとって必要な事業の維持に役立つものでなく、むしろ縮小廃止を生むものであるということを示しています。

 

(2)独立行政法人=民営化による経済的な効率優先によって発生する弊害として考えられる第二は、職員の労働条件の劣悪化です。

 私は、国立大学の独立行政法人化によって独立行政法人となった高専機構における賃下げ事件において、賃下げされた職員のみなさんの代理人として裁判を担当しました。これは、東日本大震災に伴ってその復興財源確保のため国家公務員の給料を引き下げる法律が制定されたことに伴い、文部科学省が各国立大学法人等に対して、運営費交付金の引き下げとともに職員の賃下げを求め、各国立大学法人等はそれに呼応して就業規則を改訂して賃下げを強行した事件です。私は、高専機構の職員のみなさんの相談を受けたのですが、高専機構では、少ない人でも月2万円程度、多い人になると月5万円弱の賃下げを受ける人も出ている状況で、極めて大きな被害が出ることに驚きました。

 担当した裁判では、被害の大きさそのものについては極めて深刻であることを認めながら、運営費交付金が絶対的に減少していることをとらえて、必要性が強いということで就業規則の改訂の合理性を認め、私たちの訴えを認めない結果となりました。

 私がこの裁判で学んだことは、「国立大学法人では、結局文科省の意向に拘束されるのに、形としては大学法人と文科省は別組織なので、大学法人は「自分たちではいかんともしがたい」と言い訳し、文科省は、「自分たちはお願いしただけで決めたのは大学法人だ」と言い訳して、結局は現場の職員が不利益を被るだけの結果になる。独立行政法人化とは、こうした職員への不利益押しつけを法の網目をかいくぐって合法化するシステムだ」ということでした。

 都立病院を独立行政法人化するとおそらくこれと同じことが起こるでしょう。職員の労働条件を改悪したければ、病院経営本部の予算から独立行政法人への交付金を減額すればいいのです。するとそれを理由に独立行政法人は職員の労働条件を改悪し、抗議する労働者や労働組合に対し、「私たちにはどうしようもない、お金がないんだから。だから争っても無駄だよ」と回答して、諦めさせようとするのです。

 私は経験から得たこの理解から、独立行政法人化とは、職員の労働条件の劣悪化をもたらすものにしかならないと考えます。

 

(3)そもそも病院経営本部当局に独立行政法人化を語る資格があるのか

 話は多少脇道にそれますが、私はそもそも病院経営本部当局に独立行政法人化を語る資格があるのかという点でも疑問を覚えます。

① 当然、病院経営本部は、独立行政法人化によって職員が労働条件上の不利益を被るものではない、ということをおっしゃるのでしょう。

 しかし、現在の都立病院において、職員は労働条件上の不利益を被っているのが現実です。病院経営本部はそうした実態を放置しています。そのような機関がたてた計画が、どうして職員に不利益を与えないと言えましょうか。

② ここで私が職員に労働条件上の不利益が発生しているということについては、都立病院で働く職員のみなさんから多数にわたっておうかがいする相談の事例に基づきますが、ここではその中の一つの事例として、労働時間の管理と超過勤務手当の点を指摘します。

 この点は労働基準法が適用される場面なので、病院経営本部は、労働基準法の労働時間の規制を遵守する運用を行わなければなりません。そして、厚生労働省は、労働時間の管理にあたっては、使用者が労働時間について現認や機械的方法などによって厳格に管理すべきことを求める基準を発しています。

 しかし、都立病院の労働時間管理はどうなっているでしょうか。タイムレコーダーで管理するなどの方法を取っているでしょうか。そして、その把握した労働時間に対応して全額超過勤務手当を支給しているでしょうか。

 私の知る限り、都立病院では、黙示の指示によって行われている病棟の事前情報把握活動を労働時間と把握せず、また超過勤務手当の支給を現場で抑制させる措置が横行しています。それによって多数のただ働きが発生し、多額の給料の不払いが発生しています。

 

 病院経営本部は、こうした運用を改め、労働基準法のとおりに労働時間の把握と超過勤務手当の支給を行うこと、それこそがまず真っ先に行うべきことではないでしょうか。

 これなしに独立行政法人化を提言してみても、発生するのはますますの職員の労働条件の劣悪化であると私は考えます。

 

3、独立行政法人化の必要性について

 以上の1,2だけを見ても、独立行政法人化はいかなる必要性があろうと現時点では保留すべき案件と考えますが、一応その必要性について検討します。

 しかし、これは病院経営本部の計画は抽象的と言わざるを得ません。

 素案122ページ以下には、「地方公営企業法の財務規定の適用によって都立病院の運営を行っているが、迅速かつ柔軟な病院経営の意思決定や業務執行において、組織や人事給与、予算等における制度的な課題を抱えています。」とし、だから、「一般地方独立行政法人が制度的に最も柔軟な経営形態であ」り、「今後の都立病院にとってもっともふさわしい経営形態である」との指摘があります。

 この指摘は抽象的過ぎて、具体的にどんな事態を想定して現状の弊害を語り、それが独立行政法人になればなにゆえ解消されることについての具体的な説明がありません。その説明なしには、この論はにわかには首肯できるものではありません。

 私が推察するところ、おそらく「変化に適合した合理的で迅速な対応が必要である」「医療に対する都民のニーズが専門化・高度化するなかで、求められる医療サービスを迅速に提供するためには、より柔軟な運営体制にする必要がある」「自治体病院の経営は大変厳しい状況にあり、一層効率的な経営構造にする必要がある」といったことが必要性の理由として考えられるところです。しかし、これらがあるから独立行政法人化が必要ということはまだ説得的ではありません。

 独立行政法人化の必要性とは、利用する都民にとってメリットのあるものでなければなりません。しかし、都立病院の独立行政法人化によって、病院が迅速に意思決定し、職員の労働条件も含めて迅速に対応できることによって、都民にいかなるメリットがあるのでしょうか。その具体的な実像が全く判然としません。むしろ、1で記載したようなデメリットの発生が危惧される以上、メリットを具体的に展開してもらい、かつ、デメリットの心配についてそれがないことを具体的に示していただく必要があると思われるところ、東京の計画にはそうした内容がないと思われます。

 

4、結論

 以上見てきたところからすると、都立病院の独立行政法人化は、弊害が発生しそうなことは相当程度はっきりしているのに対し、必要性の内容は不明確であること、パブリックコメントの募集の仕方自体のおかしさもあることも踏まえ、私は、都民にとって利益のある事項ではなく、かつ職員のみなさんにも不利益を与えるだけと考えますので、素案の第5章で独立行政法人化を構想することには反対し、撤回するべきと考えます。

 以上を私のパブリックコメントとし、病院経営本部への意見とします。

 

                                   以 上