弁護士の笹山尚人です。


編者に送っていただき、表記の著作を拝読しました。

「最低賃金」って実はわかっているようでわかっていない。最低賃金とは、社会の中でどう位置づけられているのか。また労働運動はどうとらえてどのように料理していったらいいのか。なんとなくもやもやした感慨を持っていました。

それが、本書のおかげですっきりしました。

この著作は、労働運動や市民運動への提言ともなっています。


そこで、この著作を読んで考えたことを、私見として、以下述べてみたいと思います。


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1、本書の内容の概略


 


 2015年に「エキタス」という団体が新宿で行ったデモがきっかけで、現在、わが国でも、最低賃金を1500円以上とする声が高まっています。


 一方、2018年10月に改訂された最低賃金は、もっとも高い東京都の場合でも時給985円であり、まだまだこの水準には到達していません。


 この書籍では、学者、労働組合の活動家、市民運動家などが、それぞれの研究や活動フィールドから、「最低賃金1500円」にまつわる様々な論稿を寄せて編集されています。


 私が本書の要点と考えた諸点を素描してみると、次のようになります。


・全国各地の労働組合の協力のもと、2015年から17年にかけて実施された最低生計費調査の結果で見ると、「ふつうの暮らし」に必要な金額は、税・社会保険料込みで月額22~24万円であり、これは全国でも大きな差異がない(都市部では住居費が高いが、地方では自家用車が必要であり、総額としては大きな差異がない)。


・年間の労働時間を政府が目標としている1800時間、月の労働時間は150時間と考えると、そこで月額22~24万円の収入を得ようとすれば、時給は1500円以上となり、「最低賃金1500円」というのは根拠のある数字である。


・日本の労働運動の中では、1975年の国民春闘で、全国一律最賃制の要求が掲げられるといった出来事もあったが、70年代後半以降、そうした運動が衰退していく。日本の最賃は、人件費の削減を目指す経営者の賃金抑制の役割を果たすようになる。


・日本ではこれまで、現状の最賃水準の収入しか得られない労働者がいても、家計を支える主に男性労働者の収入があったため、世帯単位で見れば貧困は表れにくかった。しかし、日本の雇用市場の大幅転換によって、そうした家計を支える労働者の層が減少し、最賃水準で生計を立てる労働者が増加し、最賃の問題がクローズアップされるようになった。


・ヨーロッパでは、労働組合による労働力商品の「共通規則」を設け、集合的取引を行うことが先行し、そうした取引の恩恵に浴すことができない産業で働く労働者の労働条件のナショナル・ミニマムとしての「共通規則」として、後追いで最低賃金が制度化された。


 しかし日本では、労働組合の運動が企業別であるために労働組合による「共通規則」を設けることができておらず、最賃の制度化の障害となっている。


 日本では、職種別賃金運動と、最低賃金要求運動が同時に展望される必要がある。


・最賃1500円以上を実現しようとすれば、中小企業、小規模企業の経営の継続性と地域経済の維持発展も同時に図る必要がある。


・不公平な税制をただす会の推計によれば、2014年度の法人税の実質負担率は、大企業で12.0%、資本金1億円未満の小規模企業で19.3%となっており、大企業と中小企業、小規模企業の税制上の不公平はきわめて大きい。


 そこで、財政や社会保障のあり方を見直し、所得の再分配を行なう観点からの行・財政改革が必要である。


 例えば、大企業においては、租税特別措置関係法や最賃法等の法令の改正と厳正な運用、それを求める労働組合運動と社会運動の連携が必要になる。中小企業、小規模企業には、減税や各種社会保険会計への国庫支出の増額、社会保障給付金の増額といった再分配を行なうことが必要になる。


・労働者が「ふつうの生活」を送れるようになるためには、最賃の大幅な引き上げによって長時間労働、高ストレス労働を削減するとともに、失業時、傷病時、職業準備時の生活保障や、子育てのための社会保障、リタイア後の生活保障といった社会保障の充実を図ることが必要になる。


・労働運動は、新たな当事者への働きかけ、地域のつくりかえ、地域における市民運動との連携といった取り組みが求められる。


 以上が、本書のスケッチです。


2、考えたこと


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  労働組合の活動を顧問として、ときに事件の代理人として行動する私としては、わが国のこうした厳しい現状について認識し、各労働組合の活動を点検し、本書の観点から新たな飛躍になるように、労働組合に提言し、実践が始まったらそれを支援していくことが必要なのだと感じました。


 今回最も面白く、また感銘を受けたのは、木下武男先生の「共通原則」と最低賃金の関係についての部分です。


 労働組合が使用者との間で合意する「共通原則」の補完として最低賃金が構想されるヨーロッパと違い、我が国の最低賃金の役割は、むしろ賃金の水準を押し下げる役割であり、ヨーロッパ的な状況とはかなり異なっているということは、非常に衝撃的でした。


 そしてそれは、気分が暗くなる話です。大変です。


 しかし本書は、幸い、多くの労働組合活動家が、それぞれの分野で奮闘している様子をコラムの形で紹介してくれています。


 そこには、労働組合とその運動の再生のために奮闘している姿が見られ、希望が見えます。


 その取り組みの中に、職種別賃金運動と、最低賃金要求運動とをともに発展させる必要がある。


 私は、長時間労働規制、ハラスメント規制といった取り組みとともに、この最賃運動を、労働運動の基軸として据えていく必要がある。まさにそこが一番重要な課題だと考えます。


 なぜなら、非正規雇用を激増させ、正社員も含めて低賃金で長時間労働で就労させ、人を育てず大事にしない、という現代の雇用政策に対するオルタナティブがそこにあると考えるからです。


 ではそれを具体的にどのように取り組むのか?


 執筆者たちは、その具体論についてはあまり触れていません。最後に座談会がありますが、そこでその議論をしても良かったのではないかという気もします。そこは物足りなさを感じないではありません。


 でもそれはすぐれて実践的な課題という気もします。


 例えば、日本医労連は、「医療・介護労働者の全国一律最低賃金(特定最賃)新設」を一つの内容とする署名運動を行っています。こうした活動が参考になります。 


 私自身も、自分と自分の仕事の関わりの中で、その実践のための契機はある程度つかんでいる実感があります。そこを深堀していく。その仕事に取り組もうと思います。


3、さらに考えたこと


 今一つ、今回つくづく取り組まなければいけないと思ったのが、中小企業、小規模事業者の事業の発展というテーマです。 


 中小企業、小規模経営企業の事業が、地域とのつながりの中で維持発展していくことが必要。その諸条件についても問題提起したり、これらの事業を支えていく必要もあるのだ、と感じました。


 なぜなら、中小企業や小規模事業者と、労働者が、限られたパイの取り合いでものを考えているうちは、結局は最賃も上がらないし、事業の継続性も確保されないからです。


 私たちには、事業そのものを育てていくとともに、いかに所得を公平に分配するのかを考えないといけないということが課題なのだと思いました。


 この点については、この書籍の中では、岡田知弘先生の地域社会論の中で指摘されていますが、残念ながら抽象的一般的な指摘の域を出ず、他の箇所では指摘がありません。この点についての具体的実践についての取り組みを知りたいと思いました。


 今のところ私が思い至るのは、ホワイト企業弁護団の取り組みによる「ホワイト認証」運動の取り組みです。


 こうした動きを学びつつ、私たちとしては実践を開始しなければなりません。事務所としても、この取り組みについては、近い将来形にしたいと思っています。


4、結論


 ということで、私たちの取り組みに必要な知識をくれ、かつ、いろいろに考えさせてくれる、良書です。


 興味の湧いた方は、ぜひお手に取ってみてください。

                                   以 上