弁護士の今泉義竜です。

3月1日‐2日に開催された青年法律家協会弁護士学者合同部会の常任委員会@岐阜に参加しました。
年に1回の総会以外に、年に3回、全国から温泉地などに集まって交流するイベントです。

記念講演は「改めて問う、天皇制とは-2019天皇代替わりを前に」というテーマで
森英樹名古屋大学名誉教授からお話を聞きました。
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天皇制について正面から議論がされることは近年ほとんどなくなったように思われますが、
いろいろと刺激になるお話でした。
代替わりを契機に、改めてこの天皇制・天皇制度についてよくよく考えた方がよいと思わされました。

元号についてだけ言うと、弁護士実務的には、裁判所に合わせて準備書面などに元号を使ったり西暦と併記することをしている
実務家が一般的には多く、裁判例も全て元号表記のため元号に対する感覚が麻痺しがちです。
私は元号が苦手なのもあり(パッと計算できない)、原則として西暦で書面を書きますが、相手方の書面や一緒にやっている弁護士の書面に引きずられて元号も併記したり
結局面倒くさくなって元号だけになってしまうということもままあります。

ただ、この元号というのは使わなければならないというような法的義務があるものではありません。
元号法という、2条しかない短い法律があります。

【元号法】
1条 元号は、政令で定める。
2条 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

これだけなんですね。
役所や裁判所など公的機関が使わなければいけないなどという根拠はどこにもなく、
使うか使わないかは自由です。
こないだも裁判所の和解調書における分割払いの支払期日を西暦で作ってもらいました(平成32年とか明らかにおかしいので)。

今後改元でさらにややこしくなることもありますので、
裁判や役所などでも全て西暦で統一していくべきだと思います。


森教授の講演で印象に残った点のメモを記しておきます。

【3月1日の歴史、代替わりフィーバー】

・3月1日といえば、①1919年のソウル3・1独立運動、②1954年のビキニ環礁水爆実験だが、日本ではドイツのような歴史を振り返る報道がほとんどなく、①加害の歴史は継承されず、②被害の歴史も希薄化されている。

・これまで例のない代替わりフィーバーの中で天皇制度についての批判的検討が全くされない。30年前を大幅に上回る145億円の代替わり儀式のための財政支出についても今国会予算審議において争点にもならない状況。

 

【天皇制のそもそも論】

・マッカーサーは占領政策の円滑化のため天皇を利用する道を選んだ。一方で日本帝国復活を懸念する国際世論に対して、憲法第1章で天皇を無力化し、第2章(9条)で軍事なき国にして日本帝国復活を確実に封じようとした。1章と2章はメダルの表裏。

・対する日本政府の示した憲法改正案は、天皇について「神聖」を「至尊」と変更する程度の大日本帝国憲法の一部修正。話にならなかったためにマッカーサー3原則が出される(①天皇はhead of state②戦争放棄、陸海空軍保持・交戦権も禁止③封建制度廃止)。現象的にはGHQによる押しつけ憲法というのは正しい。ただ、GHQが押し付けざるを得ない状況になったのは「国体護持」にこだわった日本政府の失態。

・1章も2章も1948年の占領政策転換で崩されていく。「国事行為」のみのはずの天皇が公費を使って数々の「公的行為」を行い、それをありがたがる国民世論。警察予備隊の創設→自衛隊で事実上の軍備。9条の規範力のもと「Destroyer」を「護衛艦」と翻訳。

 

【天皇という制度を憲法からみる】

・天皇制(the system):睦仁・嘉仁・裕仁 3代

・天皇制度(an institution):裕仁・明仁 2代

・「天皇制」を廃止して「天皇制度」を新設したはずが、「天皇制」は切断されなかった。

・1条で「国民の総意」と規定されながら、2条で世襲とされている枠付け。総意を確認するプロセスがない。皇室典範の改正により代替わりに際して国民による信任投票などしてもいいはずだがそういう議論がない(30年前には国会で議論になった)。

・徹底した男性優位の皇室運営は、男性・年長優位の社会意識を再生産する根源であり、日本社会における女性差別意識を根底で支えている。

・1947年に皇室典範改正で元号は法的根拠を失うが、元号使用継続の政府・官庁・メディアそして国民の意識は継続。その後野党が元号廃止法を用意したが、政府提出の元号法が1979年に成立。

・改元フィーバーはこれらの根本問題を覆い隠すものではないだろうか。

以上