笹山尚人弁護士と今泉義竜弁護士が、武蔵大学の大内裕和先生に「今、教育現場でなにが起きているか」を聞きました。

以下に、インタビュー全文を掲載します。

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今、教育現場は?
~もう「公教育」じゃない!?民間企業だよりの教育~


 

笹山 ご案内したように、今回事務所の「たより」というニュースを発行するにあたり、大内先生に教育問題について聞いていこうという企画が立ち上がりました。今回、教育問題や若者の就学就労の実態に詳しい大内先生にじかにインタビューできることになってとても嬉しく感じています。
写真(笹山・今泉)パターン1
スピーキングテスト問題の問題性を切り口に教育のアウトソーシングを考える

 

笹山 さて、教育問題といってもいろいろあるのですが、私は今回、アウトソーシングの問題が非常に大きいと考えており、そこを中心に聞いていきたいと考えています。

 この観点では、東京都が今年実施した、都立高校入試において、英語の「スピーキングテスト」問題を手掛かりに、ここに特化をして、そもそもアウトソーシングがどういう状況で起こっているのかとか、今後、それをどのように取り組んでいったらいいのかとか、今日はそこを伺いたいと考えています。

 まずは、スピーキングテスト制度そのものの問題です。これを語りだすと、先日、先生のユーチューブを見たら、それだけで1時間ぐらい語られていたので、とても全部を言い切れるということはないと思いますが、そもそもこのスピーキングテストなるおかしな話が突然飛び出してきたのはなんだったのか。まずはそこからうかがいたいと思います。

 

 

始まりは国の大学入試共通テストの民間委託問題から

 

大内 私は、もともと英語の専門家ではありませんから、何で私がスピーキングテスト問題にここまで取り組むようになったのか大変不思議です。

 これは実は、4年前にさかのぼります。

4年前に何があったかというと、大学入学共通テストの導入です。その前はセンター試験(大学入試センター試験)で、その前は共通1次(大学共通第1次学力試験)でした。つまり、共通1次からセンター試験になって、センター試験が大学入学共通テストという名前に変わります。大学入学共通テストを導入するにあたって、英語民間試験を活用するという話が出てきました。

 私はその当時、まだ愛知県の中京大学に居て、東京を中心に広がっていた反対運動を応援していました。英語の民間試験が英語の専門家のみでおかしいという議論はたくさんされていました。だけど、むちゃな試験であるのに一向に止まりません。

 これはまずいと思って、私が愛知県から東京都に乗り込み、とりわけ教育制度とか入試制度に関する研究者と交流して、反対運動に関わるようになりました。「なぜ日本の教育は迷走するのか:ブラック化する教育2019-2022」(大内裕和著・青土社)の「第3章」で中村高康先生と対談していますが、中村高康先生は入試選抜の専門家で、私と東大の同じ研究室です。それで、中村高康先生も発言をされていました。

 これは、確かに一つは英語の問題です。しかし、もっと重大なのは入試制度としての欠陥です。一点刻みの入学試験で、複数の英語民間試験の点数を比較するというのは、無茶としか言いようがありません。ですので、「これは英語の問題だけではなくて、入学試験制度の問題だ」と訴えて、この問題に取り組み始めました。

笹山 なるほど。

大内 英語テストの民間委託中止を求める運動の中で、私は「入試改革を考える会」を結成しました。それで、東大でシンポジウムを開催したり、記者会見を開いたりしました。

 

 

大学入試の英語民間委託問題では、問題を絞り込んだ告発をした

 

大内 ただ、時間は全くありませんでした。私は2019年8月後半に運動に取り組み始めましたが、同じ年の11月1日から、英語民間試験へのID登録が始まります。わずか二か月しかないので、これはもう、本当に問題を絞り込んで運動を展開するしかありません。

 何が一番問題かというと、英語民間試験は、一つは費用がとても高くて、2万円を超えるものもあります。その試験を受けるためには、高いお金を払わないと試験が受けられません。逆に言うと、お金を持っている人はたくさん受けて、それで一番いい点数を使えるから、露骨に有利です。

笹山 なるほどなるほど。

大内 もう一つは、試験会場ですが、これは民間試験ですから、英検なんかはともかく、特に新しく参入した所などは試験会場が十分に用意できません。

 そうすると、たとえば岩手県だと盛岡市にしか試験会場がないので、県内のあらゆる地域から盛岡市に行かないといけない。英語民間試験を受けるのに泊まりがけとなり、宿泊費まで必要となってしまいます。そこで私は、これの一番の問題は、経済格差と地域格差だと考えたのです。

笹山 なるほどなるほど!

大内 そこで発信するときは、経済格差と地域格差のことを集中して訴えていました。この英語民間試験の活用で、「それは確かに」という話になって、当時の萩生田(光一)文科大臣にフジテレビの記者が、「地域格差が拡大するという意見が出ていますが、どうですか」と質問したら、「身の丈に合わせて」と発言しました。

笹山 そうでしたね。

大内 つまり、「身の丈に合わせて」という発言が出たのは、私たちが格差を問題にするというふうに世論の問題意識をつくっていて、フジテレビの記者も、「格差が拡大するという懸念がありますが、いかがですか」と聞いたのですね。そうしたら、萩生田文科大臣は、「いや、その辺は身の丈に合わせて」と言ってしまったのですね。そこから批判が噴出したのです。

笹山 そういう経過でしたか。

大内 それで、さっき言った11月1日です。高校はすでに書類を全部用意してあります。その書類を出す寸前の朝に、文科省は「やりません」と各校に通達したんです。こうしてまず、大学入学共通テストの英語民間試験の活用が中止になったんですね。

大学入試の共通テストのところに英語民間試験問題の当時も、ベネッセは入っていました。当時は受託する企業は複数で、複数企業が英語の試験をやって、それをどれでもいいから受けて、特定の基準で点数化するという話でした。

 このように一度は失敗した英語の試験の民間委託化ですが、これにはこんなに問題があると分かったにもかかわらず、都立高校入試の方では水面下で進んでいたのです。

問題が顕在化したのが、2021年12月ごろです。

 

 

入試の民間委託第2弾策動としての都立高校入試英語スピーキングテスト

 

笹山 都立高校入試英語スピーキングテスト問題には先生がかかわった経過はどのようなことだったのでしょうか。

大内 2021年の冬ぐらいから、東京に住んでいる知り合いから、「都立高入試でスピーキングテストが導入されるらしい」という連絡が私にあって、2022年1月ぐらいから、この問題の反対運動を開始したんです。大学入試は中止になったのに、東京都ではやる。「それはおかしいんじゃないのか」というのがきっかけです。

笹山 そうだったんですね。

大内 この問題を考えるに当たっては、大学入試の場合と都立高校入試の場合の違いをまず見ないと問題を浮き彫りにできません。

都立高校の場合は税金が投入されますので、個人負担はありません。大学入試のときには、受験する側が費用を支払いますからお金の問題が起こりました。今回は東京都が税金を投入しますから、個人負担はありません。でも、私企業に税が流れるという問題はあります。

笹山 そうですね。

大内 もう一つ、大学入試のときは地方会場の不足問題がありましたが、その問題も起こりません。不便な会場がないわけではないですが、少なくとも、泊まりがけで行かなければいけないという問題は東京の場合には起こりません。

そして都立高校入試では、ESAT-J(中学校英語スピーキングテスト)という方式でやろうとしました。この方式では問題がないかというと、問題は「ありあり」でした。

 

 

都立高校入試英語スピーキングテストの問題性

 

笹山 その問題ということでいうと、例えばどんなことになるのでしょうか。

大内 例えば、受験資格が都内の公立中学校在籍者に限られる点ですよね。都立高校を受験する者は、私立中学や国立中学の在籍者もいれば、他の道府県から受験する者もいます。テストというのは受験生が一律同じ試験を受けて、その成績を比較しなければならないものです。しかしその部分がそもそも達成できていない。

笹山 点数の配点を6つのランクで分けることもおかしいという話もありますよね。

大内 そうなんです。スピーキングテストでは、最終的に受験生の受験成績が、AランクからFランクの6つのランクのどこかに位置づけられるのですが、100点満点の試験で、1点から34点の人は、全てEランクになる。1点から34点までの人には評価の差がないのに、34点と35点の1点の差は35点がDランクに配分されるので、4点の差が出ることになるのです。テストの評価として、こんなおかしな話がありますか。

 このようにスピーキングテストは、そもそも、テストとして公平な審査をするという部分で全く成り立っていないのです。

 

 

都立高校スピーキングテスト導入の背景に「公教育の縮小」がある

 

今泉 そもそもどうしてこういうテストの実行をすることになったのかということについて私は、「民間の利益のためにやっている」という部分もかなりあると思っています。この点について大内先生はどうお考えですか。

大内 これについては歴史的文脈が重要です。

日本では、学歴社会という特徴もあって、以前から塾とか予備校とか、あるいは通信添削など教育産業がとても盛んです。これまでこうした教育産業は「入学試験の準備」を主として行ってきました。夏期講習とか冬期講習をやっているし、模擬試験はやっているけど、入学試験そのものには関わっていませんでした。

笹山 それはそうですよね。

大内 1980年代から1990年代は、学校5日制とかゆとり教育とか、「公教育を縮小する」という改革が進みました。

 

 

公教育の縮小-新自由主義の「第1段階」、「第2段階」

 

大内 公教育を縮小するとどうなるかというと、受験競争が激しいので、それは公教育の外側の私企業に人々が頼るようになります。だから、新自由主義の「第1段階」というのは、公教育が小さくなることによる、公教育の外側の、教育産業の繁栄なのです。

笹山 これは新自由主義の発展の産物なんですね。

大内 そうなんです。そうなれば、それは「土・日」に塾に通うとか、公立学校ではやれない分を私学でとか、学校でやれない分を塾でとか、そういうことになります。ですから、新自由主義の「第1段階」は、公教育にお金をあまり使わない。むしろ公教育を縮小するというなかで、結果的に塾や私企業を潤わせるという構図をつくってきました。

 そこを基盤にして、「第2段階」に入りました。

「第2段階」に入った理由は二つあります。一つは「教育費の高騰」もあって、急速な少子化になっていることです。ということは、私企業の側、塾・予備校の側は、今までと同じ仕事をやっていたら利益は急速に縮小することになります。

 私の世代では、1学年は180万人以上いますが、今のゼロ歳は80万人を切っています(2022年出生数は79万9,728人)。つまり、こんなに減っていれば、従来と同じ大きさの教育市場はもうありません。ということは、これまでのように公教育の外側で活動しているだけでは、これまでと同じような利益は得られないのです。そういう私企業側の事情があります。

 もう一つは、「公教育の縮小」によって、公教育の側がさまざまなことを担う力がなくなっているということです。

浜(佳葉子)教育長が、「そんなスピーキングテストみたいなことをやりたいのだったら、何で公でやらないのですか」という問いに対し、「お金とマンパワーがないからです」とはっきり言っています。要は、1980年代、1990年代から公教育の縮小をやり過ぎて、公教育側のほうでスピーキングテストを準備できなくなったのです。

 公教育からゆとりを奪ってしまったがために、公教育の側のほうも私企業のサービスに依存せざるを得ない状況がつくられているのです。

 ですから、公教育の縮小の結果、少子化によって従来の市場を得られなくなった私企業側の思惑と、自分たちだけでは支えきれなくなった公教育側の事情が合わさって、「私企業が公教育の中に入ってくる」ということが急速に進行したのが、「第2段階」です。

 そのやり方が、「公教育の入学試験そのものを担う」ということなのです。

これは大学入試で起こった問題でいったん取り止めたのに、それを都立で再燃させたのですから、明らかに構造的だと言えます。そういう点では、「公教育そのものの私企業化」現象といえます。

ですから、そこには確かに私企業の利益が当然ありますが、単にお金がもうかるかという問題だけではなくて、質的な転換が起きます。

 今までは公教育があって、それに対する準備としての私企業がありましたが、今度は私企業側のほうが学校教育に対してどうやって入り込むかということなのです。

私が小さい頃は、まだ塾と学校が結構もめていました。塾ばかりで子どもが勉強していると、「学校は何をしているんだ」と怒られる、そういう争いがありました。

笹山 私のときもそれはありましたね。

大内 でも今はその構造は大きく変わりました。塾や私企業の側も、どうやって学校に適応するかということを考えているし、学校の側も、どうやって私企業と連携するかになっています。第1段階でそこまで進んでしまったのです。

 ですので、新自由主義の「第2段階」で、公教育そのものの私企業化が進んだというのが、今の質問に対する答えになります。

 

 

首都圏の異常な「私企業化」への依存状況

 

今泉 保護者側も、公教育への不信感から私的なものへ引き付けられる面というのが結構あると思います。その辺も時代の流れとして避けようがない流れだったのか、それともそこに保護者側の問題というか、そういうこともありますか。

大内 大事なご指摘ですね。その点も歴史的な変化があったと思います。

「第1段階」では、1970年代後半からの公教育バッシングがあったのです。何しろ、「荒れる学校」みたいな、荒れる中学校という段階がありました。荒れる中学校という問題が起こったときに、一番採り上げられたのは公立中学校です。

 つまり、公立中学校は行くのが非常にまずいとなったときに、ある特定以上の階層の人たちが私学を選ぶという段階から、もう一つ違う段階に進んでいったのです。

 また、さっきの公教育の縮小とか5日制みたいなこともそうです。私が1967年生まれですから、ちょうど1980年代に公立中学校の英語、中一が3時間になり、4時間から3時間に減らされました。私立にはそのようなことはありません。多くの私立中学では英語は週5時間~8時間です。入試選抜を行っている私立中学が週5時間~8時間で、入学選抜を行っていない公立中学校で週3時間です。それは、やはり、不公平極まりないです。そうなれば、やはり、「塾にいこう」「私立中学に行こう」という話になります。

 首都圏において一部の塾や予備校があんなに巨大化するのは、やはり、1980年代のそういう状況があったからだと思います。教育の私企業化・市場化が大変強く進んだのがまずあって、多分、そこに公教育の不信が重なっていたからです。これが一点目です。

 さらに、これが2000年代以降になってくると、23区内のかなりの所は、2月1日が授業にならなくなっています。

笹山 はい、そうですね。(笑)

大内 40人中35人が受験に行ったら、5人相手に授業をやっても仕方がない。

笹山 確かに。

大内 事実上、休みになっているでしょう。それは23区の全部ではないですが、特に東京23区というのはそれが強烈に進められているエリアになっています。特にその中の幾つかの区は、もう2月1日は休みです。

 つまり、公立中学校に行くというのは、私立を受けることもできない家庭の人か、私立中学校を落ちた人です。つまり、そこの公立中学校には、私立を受けられなかった人か、落ちた人しか行きません。

 そうなったときに、私立志向なんていうのではなくて、公立に行くことがある種の「ペナルティー」となってしまっています。

 強烈なのは、港区に1学年10人という公立中学校があります。これは極端な例ですが、1学年10人というのは、過疎の地域ではないのだから、それはやはり、「残された学校」という話になっています。1学年10人では、教育活動が制約されることも多くなるでしょう。

 ですので、一つは、上位層は私立に行くという段階がありましたが、今度はもう、エリアによっては、中学校受験をしないのはおかしいというふうになっているのです。

 私も24年ぶりに東京に帰ってきましたが、東京というのは特殊な地域だと思いますよ。

所得水準が最も高いのに東京の出生率が一番低いというのは、私立中学校志向の高さをはじめとして、教育費のかかり方がとてつもなく高いことに理由があります。東京の出生率は、一時期「0.9」で1を切っていました。それはもう、子どもを産まないか、あるいは子どもは一人に絞るという世帯がとても多いことを意味します。現在はその時よりは改善していますが、それでも出生率は全国でも最低ラインが続いています。

東京都内の8万人の公立中学校出身者のなかで、都立高校受験者が半分を切っているということを知りました。半分以上は私立に行くのです。中学校の段階でも私立に行っていますから、東京都では中等教育の段階で私立の方が多数派です。私立のセクターが中等教育で多数派となっているのは、日本国内で東京だけでしょう。日本全体では、高校までは公立のほうが圧倒的に多いのです。

だから、スピーキングテスト問題が東京で起こったということは、とても象徴的な出来事です。公教育への批判が強く、教育産業依存が進んでいる東京だからこそ、スピーキングテストを受け入れる土壌があるといえるのです。

教育の市場化・商品化というのは、東京都内では特に強烈に進んでいると思われます。ある領域では保護者側も、むしろ、公に対する不信というか、「いや、『公』なんてないでしょう、『私』以外ないでしょう」というぐらいまで進んでいるようにも見えます。

笹山 それは東京に住んでいて、私も実感するところですね。

大内 だからこそ、その東京でスピーキングテストの反対運動がこれだけ広がっているというのは、それは少し違う流れが起こっているのではないかという気もしているのです。そのことは、去年、論文「簒奪される公教育ー都立高入試スピーキングテスト問題とその源流」(『世界』2022年11月号、岩波書店)で書きました。

 階層間格差が拡大し、中間層が急速に解体するなかで、公教育への期待が高まっている。だからこそ、東京都23区では「給食の無償化」がハイスピードで進んでいる。福祉を求める、あるいは社会保障を求める人たちが確実に出てきていることも事実なのです。

 

 

ベネッセのスピーキングテストからの撤退から見えること

 

笹山 スピーキングテストに関しては、今回、ベネッセが撤退することになったじゃないですか。

大内 はい。

笹山 それは何と言うんでしょうね、スピーキングテスト自体のそもそも指摘されていた問題とか、やってみての不公平な状況やいろんな問題に、保護者レベルでもかなり突き上げがあったし、そういったことを採り上げるいろんなメディアとか、SNSの発信などもあって、ベネッセ側とか東京都側にも、このままではちょっとまずいのかなという影響が一定あったのかなという気がします。かといって、スピーキングテストそのものがなくなったわけではないという状態です。今、この辺りがどういう情勢なのかというのは、どんなふうに見ていますか。

大内 ベネッセ撤退には、本当にびっくりしました。ベネッセ撤退の日に、メディアから取材がたくさん来ましたね。

 でも、ベネッセはあれだけの手間を掛けて導入しました。それを1年間でやめるのは、ベネッセは絶対にそれを認めませんが、やはり試験制度として順調とは言えなかったということですよね。順調だったらやめるはずがありません。

笹山 そうですよね。

大内 ダメージはいろいろあったと思われます。一つは、ESAT-Jはあんなに評判が悪いので、企業イメージの悪化につながります。今はイメージをとても気にするでしょうから、企業のイメージダウンを気にしていた可能性は一つあります。

もう一つは、ベネッセは東京だけではなくて、全国展開を狙っていたと思います。当然、全国どこでも、東京以外でもやりたいのです。しかし、反対運動があんなに広がったので、東京以外の道府県になかなか広がりません。

笹山 確かにね。

大内 やったら必ず反対が来るからです。将来的に全国に拡大するというシナリオがあったと思いますけれども、東京以外の道府県への広がりが困難となりました。しばらく時間がかかるということは、利益の拡大はなかなか難しいでしょう。それが二つ目です。

 三つ目は音声開示です。反対する運動側から、「自分の答えがどういう点だったか確認したいから、音声回答を開示しろ」という要求が出ました。当初は、「開示しない」と言いましたが、2022年秋の都議会で、与党の議員が「開示に応じます」と言ってしまいました。

 ベネッセをはじめ他の私企業でも、英語民間試験では音声開示を行いません。これまで全くやっていなかったのに開示することになりました。この開示はとても不十分なものですが、当初予定しなかったコストがかかったことは間違いありません。

 このように、一つ目は企業のイメージダウン、二つ目は利益拡大が予想どおりにいかない、三つ目は、音声開示で当初予想しなかったコストがかかるという辺りが理由として考えられるということではないかと思います。

笹山 それでも、民間にやらせること自体は変わらないというのが納得いかないですね。

大内 今回手を挙げたブリティッシュ・カウンシルは英国の公的な国際文化交流機関です。素直に都立高校がやるというのではなく、またもや外部に委ねるという意味では委託ですね。

笹山 そうですよね。

大内 申し込んできたのはブリティッシュ・カウンシルだけですからね。ですから、私は、確かに続いていますけど、なかなか大変な状況になったのだと思います。ブリティッシュ・カウンシルは、果たして試験をちゃんとやれるのか疑問です。8万人を対象とする試験というのは巨大な規模です。ベネッセは全国的な模擬試験とかをやっているのでノウハウはあったと思いますけど、ブリティッシュ・カウンシルはそんなに大きな試験をやった経験はありません。

 

 

どうしてスピーキングテストは継続しないといけないのか

 

笹山 しかし、スピーキングテストは、そこまでしてやらなければいけないことなのか。それはやはり市場化の一環をとにかく進めて、やり始めたら止められないというか、そういうことでしょうか。

大内 そういう要素はあります。もう一つは、これは2022年に大騒ぎになりました。与党の都民ファーストの会が、この問題で分裂するという大変な事件が都議会で起こりました。

笹山 ありましたね。

大内 都民ファーストの会は、小池百合子都知事の出身母体ですね。推進派の都民ファーストの会の議員が、「知事がやりたいんだ」と言ってそれが報道され、大問題になりました。

 つまり、日本で初めてスピーキングテストをやったのは東京都だということを実績にしたい。「私がやりました」、と手柄にしたい。都知事は昨日も都議会で、「英語が大事だ」と言ったそうです。

「英語4技能」のなかで、「読む」、「書く」、「聞く」は入学試験で問われているが「話す」だけがこれまで行われていません。「知事」プラス「東京都教育委員会」は、「4技能の入試を初めてやったのは東京都なんだ」ということを実績としてアピールしたいのです。それも、市場化の関係で、手柄にしたいのです。

笹山 そうなると、テストという子どもたちをどう育てるのかという、本来子どもたちのための話なのに、実はそれは全く関係なくて、大人の事情で始まったし、継続することにこだわっている、ということになってしまいます。

大内 完全にそのとおりです。一つは企業利権みたいなのと、あとは政治家の手柄みたいな話なのです。多分、それが見えた人がいるから、反対運動も短期間に大きく広がりました。

 

 

スピーキングテスト問題は、政治対決の焦点の問題になってきている

 

大内 でも、それは現在、計算外なことが起こっていると言わざるを得ない。手柄どころか、逆に汚点になりかねない話になってきているのです。

どういうことかというと、私たちは住民監査請求をやって、その後住民訴訟に取り組んでいます。2022年11月に提訴したのですが、今だに裁判が始まっていません。

笹山 それは、遅いですね。かなり。

大内 都側の代理人は、とにかくこれを進めたくないんです。

笹山 どういうことでしょうか?

大内 2024年7月に東京都知事選挙があるからです。私が思うのは、とにかく(明治)神宮外苑とスピーキングテストは問題化したくない。判決まで出なくても、裁判が進んでしまうと、「この入試が個人情報保護条例違反と入試の公平性・公正性に反するから、間違っている」という話がどんどん出てくる。もしも敗北の判決が出てしまえば、選挙に多大なマイナスになります。

なので、この裁判の進行をやたらに遅らせているんです。

最初は手柄話にしようとしていたのですから、反対運動が起こらなければ、「4技能の入試を初めてやった」と、小池都知事はそれを掲げて2024年の選挙で勝ち抜こうと思っていたでしょう。ところがそうはいかなくなった。いま、一番困っているのは神宮外苑の問題です。これも追い込まれていますね。

笹山 なるほど。

大内 スピーキングテストは全国レベルにはなっていませんが、新聞やテレビで大きく取り上げられましたし、保護者の団体もできています。中止を求める会と、保護者の会と、入試改革を考える会の三つが連携している。そして、都民ファーストの会が分裂して生まれた「ミライ会議」が都議会内でスピーキングテスト反対の活動を行っています。

 そして、日本共産党、立憲民主党、ミライ会議、グリーンな東京、都議会生活者ネットワークなど、2022年の秋から、党派を超えた共同がひろがって、超党派議連「英語スピーキング議連」(中学英語スピーキングテスト(ESAT‐J)の都立高等学校の入学者選抜への活用を中止するための東京都議会議員連盟)が結成されました。この議連は42名の議員がいますから、定数127名の都議会議員の3分の1ぐらいの勢力で党派を超えた連携が都議会内にできたことを意味します。

 神宮外苑も党派を超えた連携が始まっていて、ある種東京都民と野党連合みたいな形がこのテーマでもできています。都議会は面白くなってきましたね。

3分の1ぐらいの連合ができると、委員会レベルでもさまざまな連携ができて、「都議会や都の行政が非民主的だ」という話になってきました。なのでスピーキングテスト反対運動は、都議会の在り方にも影響を与えるテーマになっています。

だから、自・公と都民ファーストの会の与党勢力と、対ESAT-J反対連合、対神宮外苑開発反対連合、という対抗になっているんですね。この2つのテーマが、政治対決の焦点になってきているんです。

笹山 私の住まいは大田区なんですが、2023年に都議会議員補欠選挙があって、都民ファーストの会にいた、もり愛さんが、スピーキングテスト反対、神宮外苑の開発反対で、圧勝しました。

大内 現在の都議会の状況を示す貴重な動きですね。

 

 

「公教育」を取り戻すために

 

今泉 そうなると、東京では、今の都議会の状況も踏まえて、「どうやって公教育を取り戻していくか」ということが、課題なんだろうと思うのですね。その辺はどういうふうに考えたらよいでしょうか。

大内 今の社会の一番の課題は、本当にそこだと考えています。市場、私企業に任せてはいけないことまで私企業に任せていますが、それを解決するのはやはり、再公有化、どういうふうにパブリックを回復させるか。それが最も重要で、これが中心的な課題です。

まず、市場化が非常に行き過ぎてしまったことをきちんと受け止める必要があります。これは教育の問題だけではありませんよね。

笹山 そうですね。

大内 都立病院が独法化されるとか、公務職場の指定管理者制度が進むとか、公務の民営化が進んできました。1980年代以来、公の市場化は、国鉄の分割民営化から始まっています。そういう点では歴史的なスパンが非常に長い話ですが、そのことをおさえたうえで、それが何をもたらしているかを見る必要があると思うのです。

 私企業化を進めて有料化したら、格差拡大になるに決まっています。教育を受ける機会が均等にならなくて、お金がある人は水準の高い教育を受けられるけど、そうでない人は十分な教育を受けられない。非常にベーシックな話です。

加えて、教育の場面以外でも、新自由主義の拡大による格差拡大は、子どもの貧困をもたらしました。教育格差だけでない、子どもの世界の貧困を生み出している。

 子どもの貧困化が起こっているということは、むしろ市場化を抑えて、公にする部分を公にしていくという、再公有化、再公共化が必要だということを如実にあらわしている。斎藤幸平氏が「コモン」と言い始めたのも符合する動きですね。神宮外苑同様、教育について「コモン」とか「パブリック」ということを考え、言わなくてはいけません。

 そういう点でいくと、「給食の無償化」は、私費負担だったものを公負担に切り替えるという動きです。あそこで起こっている再公有化の動きをほかにも拡張していく。

もう一つおさえておくべきことは、今回のスピーキングテスト問題は、2023年、本来であれば公教育に回るべき35億円という巨額の税金が、ベネッセという私企業に流れるものだということです。私企業化を放置すると、ただでさえ国際比較で少ない公教育予算が私企業に回ってしまうので、公の教育に回る部分がますます少なくなります。

私は、「民営化」という言い方は誤解を生みやすいので、講演などでは、「私企業化」とか「私物化」と言っているのです。「私物化」と言うと、さすがに悪いことだと思うじゃないですか。

 公のものを私物化している、本来公のものを公に返すという動きをつくっていくということなんです。

こんなに教員不足なのは、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)のことも含めて、教員の働き方が非常に大変なものをもたらしているからです。それは法律の問題であると同時に、教員に対して十二分な予算が付いていないからです。教員が無理のない時間で仕事ができるぐらい、公教育には人と予算が要ります。それが働き方問題につながるわけです。なので、「公教育に対して予算と人員を十分に割くことが大事だ」という声を広めていくことが一番大事だと、私は思います。

 

「杉並区」で始まっていることと、労働組合の役割

 

笹山 私も、自治体の労働組合の仕事もさせてもらっていますので、水道の民間委託化問題とか、公務の民間委託の問題が議題として出てきます。ヨーロッパなどでは逆に民営化したものを元に戻していく再公営化の動きのほうがむしろ強まっていて、日本の場合かなり周回遅れというか、2周ぐらい遅れているという実感を持っています。逆に民間にどんどん任せたほうがいいかのような状況がまだまだ続いていて、本当におかしいなと思うのですが、そういう問題意識が世の中に広まらず、非常に歯がゆい思いをいつもしています。

大内 問題意識が重なりますね。

しかし、注目すべき実践も始まっているのです。

私が中京大学にいたとき、ゼミで最後に扱った本が、「水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと」(岸本聡子著・集英社)です。

笹山 そうなんですか!

大内 岸本聡子さんは、ヨーロッパで気候変動に反対する運動に関わっていた経験から、集英社新書で水道の再公営化・再公有化運動のことを書いたのです。私は、ゼミの時間に学生たちに、「いやー、こういう人が政治家になってくれたらいいんだけどね」と言っていたのです。あとで学生から、「先生が言ったとおりになった」と連絡がありました。彼女が杉並区長選挙に出て再公営化、再公有化を掲げ、当選したことは、本当に重要なことです。「再公有化」という時代のキーワードを、いよいよ自治体の現役の首長が言い始めている。

笹山 自治体の役割を取り戻す提起ですね。

大内 全くその通りです。市場でやれないことをやるのが本来の自治体の仕事です。それをやらなかったら自治体ではありません。この意味では、自治体の労働組合が民営化に反対する、再公営化を主張することもとても大事なことです。プラス、地方自治体選挙でそういう動きをつくっていくことはとても重要です。

しかも杉並区では、今年の統一地方選挙で、区長を推す女性区議が大量に当選しました。ジェンダー平等という点から言っても、重要な前進です。

杉並区では、最近、給食の無償化策も実現することになりました。

ということは、岸本区長が実現し、女性議員が増え、今度は給食の無償化も起こるとなると、新しい流れが生まれつつある。私は久しぶりに東京へ戻ってきて、杉並区に台風の目が出来ているのを目の当たりにし、そこにこれからの動きのいろんなヒントや可能性があると思っています。

 全体的には、確かに周回遅れの面があって、いまだに民営化を進めようとしているのは本当に問題ですが、それに反対する動きが具体的に出てきたことを大切にしたいですね。

そのために、自治体の労働組合が、公務の市場化反対、再公営化の実現を方針として掲げて運動するのはとても大切なことだと思います。自治体の労働組合に限らず、労働組合をはじめとした団体のみなさん、また多くの個人が、今回お話ししたような歴史的な公務の私企業化、そしていま再公営化の必要性、東京都を巡る情勢などについてご理解いただき、新自由主義に対峙する運動を展開して頂くことが大切かと思っております。

笹山 今日は、私が問題意識として持っていたことをいろいろうかがえて、色々な話が聞けて本当にうれしかったです。ありがとうございました。

大内 私は、もととも奨学金という名の借金と学生のブラックバイトから問題意識が始まっていますが、それは今回話をした教育を含めた、日本における1980年代以来の市場化、私企業化にいきつくのです。それは労働組合つぶしと軌を一にしています。今日は、スピーキングテスト問題が出発でしたけど、私企業化の問題点とか、再公有化の重要性まで話ができました。

問題意識を共有できたこともあり、笹山先生、今泉先生をはじめ東京法律事務所の皆さんと一緒に、これからもいろいろな行動をご一緒できたらと思っています。

笹山 はい、私たちもそう思います。今後ともよろしくお願いいたします。

大内 今後ともぜひよろしくお願いします。

今泉 本日は長時間ありがとうございました。

笹山 ありがとうございました。

大内先生
大内裕和(おおうち・ひろかず) 
武蔵大学人文学部教授/教育社会学・教育学専門/主な著書は『ブラック化する教育』『教育・権力・社会』『ブラックバイトに騙されるな!』など