弁護士の中川勝之です。
 当事務所の浅野ひとみ弁護士とともに担当した事件が、「労働判例」(2025年5月15日・1327号36頁)に掲載されたので、若干報告します(損害賠償請求は省略)。
<主な事実経過>
2015年8月末頃   原告が被告側教授から2016年度後期の生徒指導論の依頼を受ける
2016年3月     労働契約締結(期間:同年10月1日~2017年3月31日、担当科目:生徒指導論【後期・毎週2時間(1コマ)】)
2017年3月     労働契約更新(期間:同年4月1日~2018年3月31日、担当科目:生徒指導論【前期集中講義】【後期・毎週2時間(1コマ)】)
同月下旬頃まで     被告が2016年度後期の授業評価を集計
2017年5月     被告が2016年度後期の原告の生徒指導論についてアンケート実施
同月24日       被告が、情報理工学域代議員会において、原告の年度末での雇止め方針を事実上確認
2017年 6月21日 原告がハラスメント防止・対策委員会委員長から事情聴取を受ける
2017年 8月10日 原告がハラスメント防止・対策委員会委員長から口頭での厳重注意を受ける
2017年12月 1日 原告が被告側教授と面談、年度末での雇止めを伝達される
2018年 3月31日 本件雇止め
<争点>
① 原告による契約期間の満了まで又は満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みの有無-労働契約法19条柱書該当性
② 本件契約が更新されるものと期待することについての合理的な理由の有無-労働契約法19条2号該当性
③ 本件雇止めの客観的合理的理由の有無・社会通念上の相当性の有無-労働契約法19条柱書該当性
<判断>
地裁・高裁とも①は肯定、②は一定程度肯定、③はいずれも肯定、結論として本件雇止め有効
<意義>
 私は交渉や訴訟で大学の非常勤講師の雇止めについて争った経験がありますが、従前はいわゆる「第1ステージ」、すなわち、合理的期待の有無の判断(解雇法理の類推適用のテーブルにのるか)(労働関係訴訟の実務〔第2版〕351頁)の争点において、「大学」の「非常勤講師」の場合、それだけでほとんど合理的期待が認められない(否定される)という認識でした(裁判例として、下記学校法人桜花学園非常勤講師委嘱停止事件)。
 そのような中で、本件では、更新回数1回、通算の雇用期間も1年6か月、週1コマという事実で、「第1ステージ」(合理的期待の有無の判断)の考慮要素としては、相対的に否定的な(消極的な)事実であったにもかかわらず、「一定程度」ではありますが、契約更新の合理的期待を認め、「第2ステージ」(解雇法理の類推適用の判断)の判断に至った点に意義があると考えます。
 大学の非常勤講師としては、週1コマであっても、他大学との掛け持ち等で生計を立てており、それぞれの契約が重要であることは言うまでもありません。その意味で、大学の非常勤講師であっても、昔の裁判例のように「第1ステージ」(合理的期待の有無の判断)で合理的期待を否定して終わり、という判決はもはや許されないと考えます(労働者性を否定することはましてやあり得ません)。実際に、「労働判例」では、合理的期待を認める令和になってからの裁判例が紹介されていますし、合理的期待を認めた上で、客観的合理的理由も社会通念上の相当性も否定して雇止めを無効とする裁判例も紹介されています。
 なお、本件判決では、「本件大学の教職課程担当の非常勤講師について、平成20年から平成29年までの間、労働契約の更新が0回又は1回の非常勤講師が一定数いるものの、2回以上更新された非常勤講師が相当数いること」が合理的期待を認める理由の一つとして挙げられていますが、これは裁判所の釈明によって明らかにされたものです。労働者側が契約更新の実態について情報を有していることはあまりないと考えられるので、訴訟や団体交渉等において明らかにさせることは有益でしょう。
 ちなみに私は当時、非常勤講師として更新回数1回・通算雇用期間2年の後、3年の常勤講師(英語科目・十数コマ)になった教員が雇止めになった事件で、地裁も高裁も「第1ステージ」で契約更新の合理的期待を認めず、「第2ステージ」の判断に至らなかったという別事件を担当しており、そこでは本件判決の判断も不服の理由として主張しました。別事件は雇止めの客観的合理的理由も社会通念上の相当性もないことが顕著な事例であり、私としては「第2ステージ」の判断に入りたくないために「第1ステージ」の判断で切り捨てるという極めて不当な判決であったと考えています(「労働判例」でも紹介されている星薬科大学事件)。
<学校法人桜花学園非常勤講師委嘱停止事件>
 地裁判決(名古屋地判平成15年2月18日・裁判所ウェブサイト)では、約19年ないし25年にわたり委嘱が反復(契約が更新)された短期大学の非常勤講師について、解雇権濫用法理の適用ないし類推適用の主張が排斥され、狭義の解雇権濫用と区別される一般的な権利濫用の成否がかろうじて検討され、それも排斥されています。
 高裁判決(名古屋高判平成15年12月26日・裁判所ウェブサイト)では、「本件労働契約は更新が19回も繰り返されて20年近くも存続してきており,本件保育科の他の音楽の非常勤講師の多くも同様に長期間にわたって雇用が存続されていることからすれば,本件労働契約について,雇用継続の期待を保護する必要性を全く否定して,期間満了によって契約が当然に終了するとまで断ずることは躊躇されるのであって,本件の場合にも,雇止めには相応の理由を要するものと考えるのが相当である。ただ,このように,本件労働契約における雇用継続の期待を保護する必要性は,期間の定めのない契約に転化したり,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合と比べ,薄いものといわざるを得ないことからすれば,雇止めの理由にそれ程強いものが要求されるのではなく,一応の相当性が認められれば足りるものというべきである。」と判断され、一応「第1ステージ」はクリアしつつ、「第2ステージ」、すなわち、解雇法理の類推適用の判断(濫用と判断するためのハードル(基準)の高さをどのように設定するか)におけるハードル(基準)を低く設定し、結論として雇止めを有効としました。