東京法律事務所blog

カテゴリ: 平井哲史

弁護士の平井哲史です。

12月6日(水)、参議院憲法審査会の傍聴に行ってみました。今泉義竜弁護士も傍聴しましたが、ちょうど入れ替わりでした。そのレポートと感想を書いてみます。

 

1、議場は閑散としてるかと思いきや、そこは良識の府を自負する参議院。数えたわけではありませんが委員は全員出席されてるようでした。傍聴席も埋まってました。

 

2、内容は各委員が問題意識を持ってることを5分程度で披露する発表会のような感じで、論点を設定して議論するという感じはありませんでした。

  前の国会では開かれず、今国会でも会期末に一回のみだと不満を述べる委員もいましたが、まぁ、そこは与党も含めて拙速はやめてじっくり腰を落ち着けて検討しようということであれば、議会の姿勢としては正しいと思いました。

  逆に、国民の声を代表する国会議員の中から様々提起される論点を整理し、議論するのが憲法審査会の役割だとすれば、論点や議論の順番も決めないうちから「憲法改正案が出ているんだから、それを議論しろ」というのは審査会の役割を無視した非民主的なやり方かと思います。

   憲法審査会がこういう状況ですから、9条だけ取り出してこれを変えようなどという安倍政権のやり方は、内容もさることながら、手続き的にも国会内部の審議ルールや審査会を無視したものとなるのではないかと思います。拙速はいけません。

 

3、たぶん一番多く出されていたのは、参議院選挙区の合区の問題でした。合区された県では自分たちの代表をちゃんと選べなくなるという問題があります。

  たとえば高知県と徳島県が合区とされましたが、高知出身の人は選出されませんでした。これにより「高知県民の声を国政に届ける人がいない」という状態になっています。過日、この合区がなされて実施された参議院の「1票の格差」訴訟で最高裁はこの選挙が憲法違反ではないとの判決を出ましたが、地方選出の委員からは強い批判的意見が出されていました。「それが憲法と何の関係があるの?」という感じではありますが、憲法92条の「地方自治の本旨」をおかすというのが論拠のようでした。

  委員の言いたいことはわかるのですが、でも、合区は別に地方の自主的な意思決定をおかすものではないんで、憲法を変えて都道府県単位で必ず一人選出されることを保障しようというのはなんだかこじつけのように見えます。もっとも、理屈は理屈。これも大事だから憲法審査会で議論してほしいというのであれば、結論がどうあれ、ひとまず議論のテーブルにのせればよいのではないかと思いました。

 
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4、次に関心の高かったのはやはり憲法9条でしたが、これについては、「そもそも日本国憲法はGHQに押し付けられたものだ」ということをいまだにおっしゃる方がおられたため、「制定経過にさかのぼって調査・検討をすべき」という意見が割と出ていました。それはそれで意味があるかな、と思いますが、そういう議論をするのであれば、なおさら拙速に9条だけ取り出して変えようというのは理がありません。

 

5、議論にはなってませんでしたが、民進党・緑風会の委員が次のような面白いつっこみを入れていました。いずれも、傍聴者としては、「そうだよな~」と思うものでした。

 ① 自民党はすでに改憲草案を出しているが、自民党の委員は誰もこれに触れない。また、石破氏は9条3項を加えるのではなく、2項を変えろと言ってる。

   自民党内では軍隊を保有することを明記すべきと公言している人たちがいる。党内で果たして意見が一致しているのか?

 ② 合区をうんぬんしているが、1票の格差が大きくならないようにするためというならいっそ定数を増やせばいい。それは検討したのか?

  (これは確かに、定数を減らすから人口集中部と過疎地域との格差が広がってるもとでは合区をしなきゃとなるわけで、定数を昔のように戻せば解決する話なのでしょう。)

 ③ 自衛隊の指揮権は内閣が持つのだろうが、その内閣の権限行使をどう国会が監視するのか、その中身がない。

 ④ 集団的自衛権を一部行使することを内容とする安全保障関連法が制定されたが、これが発動されれば間違いなく海外での戦闘行為で自衛隊員が死ぬ。この安全保障法制は内容も手続過程も違憲と考えるが、発動されてからでは遅いので、まずもってこの安全保障法制が合憲なのか、違憲なのかから議論すべきだ。

  

6、他方、自民党の山谷えり子委員が、36都府県で憲法改正を求める意見書が出ているということをおっしゃっていました。

  でも、これって本当? たいして報道もされていないように思いますが、いったいいつそんな意見書採択したの?と気になって少し調べてみました。でも、今年の東京都議会ではそれらしきものは何もなく、昨年の議会でもありませんでした。

  「もしかして嘘?」と思いさらに探したら、一昨年の6月議会で「国会における憲法論議の推進と広く国民的議論の喚起を求める意見書」というのがあがっていました。

  ですが、その内容は、「東京都議会は、国会及び政府に対し、国の責任において、日本国憲法について、活発かつ広範な議論を推進するとともに、広く国民的議論を喚起するよう強く要請する。」というものであって、憲法改正を求めるとはなっていません。むしろ、冒頭で、「日本国憲法は、昭和2253日の施行以来、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の三原則の下、我が国の発展に重要な役割を果たしてきた。この三原則こそ、現憲法の根幹を成すものであり、今後も堅持されなければならない。」としています。

  これだと普通は、憲法の論議は深めよう、でも前文やその精神を具体化した憲法9条は変えちゃいけないよね、と確認しているように読むのではないでしょうか。

  山谷委員の発言は改憲を求めていない意見を改憲を求めるものだと言って紹介するもので、ミスリードだと思います。

 

7、なお気になったのが議事運営の仕方。
  議長が、ほかに意見のある方いませんか?と聞いて、社民党の福島みずほ議員が手をあげていたのですが、議長は、福島議員が自分の正面近くに座っていたにもかかわらず、これを無視して、ほかに意見がないものと認めますと言って議事を締め切ってしまいました。
  これは誰がどう見ても発言封じです。
  国会でこんなことが平然とおこなわれることはゆゆしき問題だろうと思います。福島議員含め議員全体が苦笑いしてました。もし故意ではなく、見えなかったとか言い訳するのであれば、それはそれで議長として不適格だろうと思います。次の憲法審査会までに議長は福島議員に陳謝等の対応をすべきではないかと思いました。

 

弁護士の平井哲史です。
10月25日に、東京都労働委員会が桐原書店に対して不当労働行為救済命令を発しました。
桐原書店(事業譲渡)事件命令書交付について(東京都労働委員会公式サイト)

1 事案の概要
 この事件は、2015年8月に会社が画策した事業譲渡に際して、これに異を唱えて組合が権利義務関係が移転することとなる著者に事情を訴え雇用確保への協力を求める手紙を送付したことに対し、会社がこれを「事業譲渡に対する妨害」とみて、組合の行動を非難する社内世論を醸成しようと、
①管理職から組合執行部を非難する声をあげるよう求めるメールを組合員である部門長らに送信し、
②社内ブログで組合を名指ししないものの組合のおこなった行為を「妨害」とし、事業譲渡が実現しないと退職金も払われなくなるなどと社員の不安をかき立て、組合を悪者にして事業譲渡への協力を求める文章を掲載し、
③さらに管理職が部下に対して組合からの脱退を求めるメールを送るなどしたことについて、
組合が救済命令を求めていたものです。


2 都労委命令
 会社側の行為がメールやブログといった機械的に証拠が残る形でやられていたことから、都労委は、割と簡単にいずれも「支配介入」にあたると認定し、ポストノーティスを命じました。

 

 会社側は、組合が著者に手紙を送付したことは正当な組合活動の範囲を逸脱するもので、会社側の行為は許されると反論していましたが、都労委は、

① 仮に正当な組合活動の範囲を超えていたからといって、支配介入が正当化せれるかは「大いに疑問」だし、

② 組合の行為は、会社が著者に十分な情報を提供しないもとで、雇用確保を目的として協力を訴えたもので、著者の個人情報も従前から組合が収集していたものを使用したものであるから正当な組合活動の範囲を逸脱したとまで断定できるものではない

としました。

3 本件の意義

 事業譲渡といった大がかりな組織変動がおこる場合には、社内だけでなく社外での組合活動がおこなわれることもしばしばで、取引先(本件では著者も取引先の一つ)に対する働きかけがおこなわれることもあります。本件で会社は、こうした働きかけが都合が悪いと考え、組合活動を抑制しようと各不当労働行為に出たわけですが、都労委が組合の活動について正当な範囲を逸脱していないと判断したことは、雇用が危ぶまれる事態に際しての組合の活動を萎縮させない効果があり、会社の行為を不当労働行為と認定した以上に意味のあるものだと思います。

 

 都労委の判断は至極正当なものだと思いますが、そもそもは会社が事業譲渡にあたり、情報を十分開示し、また雇用確保の努力を見える形で示しながら組合に協力をあおぐことをしていれば、組合が窮余の一策として著者に協力を訴えることもなかったろうと思われます。その点で、会社の経営陣には厳しく反省を迫るものとなろうと思います。
 以下に声明を貼り付けます。


20171026

 

桐原書店 事業譲渡事件(平成27年不第84号事件)

組合活動の正当性を認める画期的な東京都労働委員会救済命令に対する声明

 

桐原ユニオン

日本出版労働組合連合会

ピアソン桐原争議弁護団

 

1.桐原書店事業譲渡事件の概要

株式会社桐原書店は、高等学校向け英語・国語教科書、学習参考書・問題集を発行する出版社であり、本件に先行し、組合は桐原書店とピアソン・ジャパンを被申立人として不当労働行為救済申立てを行っていた(平成27年不第5号事件)。その事件の審査中の20158月、会社は事前協議もなくTAC株式会社への事業譲渡を強行し、全従業員の解雇を通知した。組合は雇用確保を求めるとともに、著者に対して組合への理解・協力を働きかけたところ、会社は組合に対してさまざまな支配介入を行った。これが不当労働行為として問われたのが本件である。

 

2.東京都労働委員会命令

東京都労働委員会は、平成27年不第84号事件の一部について1025日、組合の主張を概ね認め、「被申立人株式会社桐原書店は、自ら若しくはその管理職をして、申立人桐原ユニオンの活動を非難し、従業員間で同組合への批判的な意見の醸成を図ったり、同組合内部の意思形成に介入したり、同組合の組合員に対し、同組合からの脱退を勧奨するなどして、同組合の組織運営に支配介入してはならない。」とし、謝罪文については、掲示板への掲示および社内ブログへの掲載を命じた。

 

3.本命令の意義

今回の東京都労働委員会命令は、著者への働きかけなどの組合活動が、雇用を守るための正当な組合活動であることを認め、会社による管理職を使っての組合批判などが、支配介入の不当労働行為に当たるとして明確に判断したものである。そして、命令主文にあるように、将来にわたって予想され得る会社の支配介入行為を網羅的に示して、不作為命令を出した点でも高く評価できるものである。昨今、企業が行う事業譲渡などの企業組織再編について、それが労働者の雇用と権利を蔑ろにしているが、本命令は、辛酸をなめてきた労働者・労働組合を勇気付けるものでもある。

 

最後に、私たちは、会社に対して命令を速やかに履行し、労使関係の健全化のため争議の全面解決を強く求めるものである。

以上


 

 

弁護士の平井哲史です。

昨年11月30日に東京地裁で勝訴判決を受けた尚美学園大学の教員の雇止め事件について、本日、東京高裁でも地裁判決を支持し、原告勝訴となる判決をもらいました。
 裁判所が認めた「20年前の口約束」 大学教員の雇い止め「無効」判決

 この事案は、雇止め事案における使用者側のなすべきことについて警鐘を鳴らしたものと思いますので、長くなりますが紹介をしたいと思います。なお、同大学では、原告とは別の学部の教授2名が定年後の再雇用をされなかったことについてそれぞれ裁判を提起しています。

 

1 事案の概要

  相手は音楽専門学校として開設され、その後、短大、そして大学となった学校法人で、原告は、この大学で教授として65歳で定年を迎えた後、特別専任教員として1年単位の雇用契約となり、1回契約更新をしていた方です。

  平成25年11月に、次年度以降の特別専任教員としての契約を更新しないと通知され、平成26年4月以降は客員教授兼非常勤講師として扱われるようになったため、日本音楽家ユニオンに加入して交渉をしていましたが、らちが明かなかったため平成27年6月に特別専任教員としての地位の確認とバックペイ、そして慰謝料を請求して提訴したものです。

 

2 裁判における争点

(1)契約変更についての合意はあったか

   労働契約の内容は労使の合意で変更するものです(労働契約法8条)。なので、特別専任教員ではなく非常勤講師にするならばその旨の合意が必要です。そこで大学のほうは、①非常勤講師となることについては原告の同意があったと主張して争いました。

(2)契約更新についての合理的期待があり、雇止めについて合理的な理由があったか

   また、同意がなければ特別専任教員としては雇止めをしたことになるので、労働契約法19条により、原告において特別専任教員としての契約更新がされるであろうと期待することに合理的な理由がある場合には、雇止めが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、雇止めは権利濫用として無効となります。

   そこで、大学のほうは、②原告には特別専任教員としての契約が更新されるであろうと期待することについて合理的な理由はない、③たとえ契約更新について合理的な期待があったと言える場合でも、今回の契約更新をしないと決めたことには合理的な理由があったから、特別専任教員としての契約不更新は適法である旨主張して争いました。

 

3 地裁の判断

(1)非常勤講師になることについての合意はない

   そもそも非常勤講師になることに同意していれば裁判までやるはずはありませんし、合意していれば非常勤講師としての契約書ができているでしょうが、それはありませんでした。さらに原告は、非常勤講師扱いをされる前から特別専任教員のままでいさせてもらいたい旨の手紙を本人が学長に出し、平成26年4月以降も交渉が継続していましたから、合意があったとはとても言えない状況でした。このため、判決でもあっさりと合意ができていないことは明らかとして大学側の主張を退けました。

(2)特別専任教員としての契約更新を期待することについて合理的な理由がある

   次に、契約更新への期待に合理的な理由があるかについては、一般に大学の非常勤講師の場合は、長く勤めていても契約更新について合理的な理由があるとは言えないとされることが多いため、それと同視されないよう、原告が常勤の特別専任教員で、教授会参加資格もあり、70歳までは契約更新の可能性があることが就業規則上明示されていたことを強調しました。

   そして期待については、原告は採用にあたり希望すれば70歳まではできる旨説明を受けていて、実際に原告よりも先に特別専任教員となった方で意に反して70歳手前で契約不更新となった方はいませんでした。もちろん、この運用が時代の趨勢により変化することはありえるわけですが、大学は平成26年2月になって急に65歳定年制を厳格に運用すると言い出したもので、それまでは70歳が事実上の定年となるような運用がされていました。また、原告については、大学が発行している次年度の新入生募集のパンフレットに原告を教授として紹介していましたし、次年度の大学院生の修士論文の考査担当にも予定していました。

   こうした事情をこれでもかと主張をしましたが、判決ではその全部をとりあげることはせず、元学長がもともと特別専任教員は特別な事情でもない限り70歳までやっていただくことを予定したものであったとする陳述書を出しており、かつ、実際にも辞職するか更新を希望しないとした人以外は70歳まで務めていたことなどをとりあげて、契約更新への期待は合理的と判断しました。

(3)契約不更新には合理的な理由はない
 契約不更新については、大学側は、入学者が減ってきていて、それに合わせて教員数も減らす必要があるとか、個人の業績として契約更新にふさわしくないことがあったかのような主張をしていました。

   ですが、原告の所属する学部はもちろん大学全体として定員割れを起こしていなかったし、原告の代わりに新たに後任の教員を採用していましたので、判決では合理的な理由はないとされました。また、大学側の個人的な業績をとりあげての主張については、判決は、その内容が具体性を欠くし、雇用を継続することでどのような支障が生じるのか、前回更新したときと異なる取扱をする必要性、理由はあるのかといったことについて検討した形跡もないと厳しく指摘して退けました。
 全体として、判決は、大学が十分な検討も説明もしないまま単純に大学運営上の都合で年齢の比較的高い教員を辞めさせようとしたことに対して痛烈な批判をしたものと言えます。

 

3 高裁の判断

  これに不服だとして大学側は控訴し、先に控訴審にかかっていた総合政策学部の教授の裁判で、65歳未満で採用されて定年後再雇用になった方は例外なく希望すれば70歳まで契約が更新されていたにもかかわらず、その数が6名であるとして前例とするには数が少ないから定年後再雇用されると期待することに合理的な理由があるとは言えないとした高裁判決を証拠で出してきました。

  ですが、100%の方が定年後、70歳まで、希望すれば契約更新となっていたのですから、その数が多いか少ないかは問題ではありません。この高裁判決は非常識なものです。

  この先行訴訟の高裁判決に対し、本件では、①元学長が70歳までは特別専任教員として雇用を継続するという大学の方針を応募者に説明していたことを、雇用継続を期待する重要な事実と位置づけ、②この運用を変更するというのであれば、その具体的内容、実施時期、周知方法等について議論・検討をした上、運用・方針の変更について、事前に教員らに開示して理解を得るなどの手順を踏むことが必要であったとし、③大学側においてそうした説明をしたという的確な証拠はなく、65歳定年制を厳守することとしたという記録は平成26年2月のことであることを指摘し、さらに、④原告の所属する学部において65歳前に採用され、定年時に特別専任教員となり、その後、70歳まで労働契約が更新された人は3名だけれども、他方で、70歳に達する前に契約を更新しなかった例がないのだから、これは70歳になるまで特別専任教員としての労度契約が更新されるとの期待をもたらす事情の一つとなる、と判断しました。ごくまっとうな判断をしたと思います。

 

4 雑感

  縁あって大学の先生の労働事件をいくつも担当するようになっていますが、大学は常勤の教授の地位はトラブルが起きない限り保護しようとするけど、有期契約の教員、特に非常勤講師の方々については冷たいなと感じます。今回、原告は縁あって日本音楽家ユニオンと出会い、その支援を受けて当事務所に相談に見えました。また、自身が熱心に教えていた学生や一緒にレッスンを担当していた同僚の先生の支援も受けることができました。情けは人のためならずと言いますが、人のために一生懸命努力してきたことが自身に返ってきたと言えると思います。そして、労働組合を頼れば、困難も克服できるのだと改めて思った事件でした。最後まで気は抜けませんがしっかり、勝ち切りたいと思います。最後に、私事ではありますが、この事件を一緒に担当し、地裁判決を聞いてこの世を去った先輩の永盛敦郎弁護士にこの勝訴を報告しようと思います。

弁護士の平井哲史です。

 森友問題や加計学園問題、そして共謀罪と、メディアを騒がす大きな問題の影で、個人情報が気づかない間にダダ漏れにされるおそれのある法案が4月28日に成立しました。
 「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律案」がこれです。問題の本質を隠そうとしたのか、報道では、「次世代医療基盤法案」などとネーミングされていました。

1、同法律のごくおおざっぱな内容

  内容がわかりづらい法律になっていますが、かいつまんで紹介すると次のようになっています。

(1)個人の医療情報を匿名加工して第三者に提供する

 ① まず、国が、国民各人の医療情報を匿名加工する事業者を認定します。
 ② この事業者が全国の医療情報取扱事業者(要は医療機関と薬局など)から医療情報の提供を受けて、この情報について個人の特定ができないように加工します。
 ③ そのうえで、匿名加工事業者から第三者に提供します。
   第三者への提供は、一応次の3つの場合に限られるようです。(同法25条、26条)
   a)他の認定匿名加工医療情報作成事業者から提供を求められた場合
   b)法令に基づく場合
   c)非常事態への対応のため緊急の必要がある場合

 従前、個人の医療情報は、秘匿性の高い情報として、個人の承諾なく勝手に第三者に情報が提供されることはありませんでした。そのもとで、医療機関は、患者個々人に協力をお願いしてデータをとらせてもらい、それを臨床研究に活用することをやってきました。それだと大量の情報から傾向や共通性を見出し、統計データに基づく効率的な対応がしづらい、と考えたのでしょうか、もっと大規模に、本人の明示的な承諾をいちいちとるようなプロセス抜きに個人情報を利用できるようにしようとしたものと言えます。

 第三者に提供できる場合として「法令に基づく場合」というのがあげられていますが、これには研究機関における研究に利用する場合だけでなく、病院・クリニックや製薬企業において研究開発に利用する場合も含まれることになるようです。もし民間企業にも提供できるようになれば、民間企業としては、従前、かなり費用と労力をかけて集めていた情報を、国の力を背景に簡単に入手して儲けに利用できるようになりますね。(ここの部分は主観的評価になります。)

(2)医療機関等からの情報提供はどうやるのか?

  医療機関等では、一応、予め患者に対して、医療情報を匿名加工をする事業者に提供する旨を通知することになっています。(同法30条1項)
  これに対し、患者のほうで、提供してほしくない場合はその旨を医療機関等に伝えなくてはなりません(同法31条1項)。患者のほうが提供の停止を求めない限りは、医療機関等は匿名加工事業者に提供をすることになります。
  医療情報という秘密性の高い情報について、本人が嫌だと言わない限りは提供されてしまうというのは非常に違和感があります。

(3)匿名加工事業者はどういうところが認定されるのか?

  これは現時点では「不明」です。条文を読むと複数が予定されており、しかも認定を受けた匿名加工事業者間での情報のやりとりも認められていますので、それなりの数の事業者になるのではないかと思われます。
  また、利用できないといけませんから、提供を受けた相手からの問い合わせに答えられるよう、治療や投薬の効果や副作用の情報を分析する技術も必要で、そのような技術を有するところ(おそらくは製薬企業と研究機関)だろうと思われます。
  いま、ビッグデータの活用に政府をあげて取り組もうとしていますから、当然、そこにビジネスチャンスを見出して加工事業者になりたいと手をあげる会社はたくさん出てくるでしょう。ただ、それ、情報の管理は大丈夫なんでしょうか?

2、国民のプライバシー権保護等の観点からの懸念

 上でも少し書きましたが、今回の法律にはいくつも疑問があります。

 ① 本人の明示的な了解なしに医療情報を収集してよいのか?

   匿名加工するんだからまぁいいんじゃない?という声もありましょう。ですが、それはあくまで匿名加工事業者から、その情報を利用したい業者に提供される段階の話です。医療機関等から匿名加工事業者に提供される時点では匿名加工はされていません。なので、秘密にしたい個人情報はダダ漏れになると言えます。そういうことをするのに、従来のように、個人の同意書をとりつけて、はっきりと権利侵害になりうる事実を認識してもらい、それについて承諾してもらってから提供するというプロセスを経るならばまだしも、本人が嫌だと言わない限り匿名加工事業者に提供されてしまうというのは、意に反した情報提供となることが懸念されます。場合によっては、「そんな話聞いてない!」と怒った方が医療機関を訴えるなんてことも予想されます。

  個人情報の保護が強調されるようになっている今日、こんなことをやってしまっていいんでしょうか?

 ② 情報の管理はどうするの?

  収集された個人情報は匿名加工事業者において管理をすることになりますが、この事業者は民間業者になるでしょう。当然、情報管理には万全を期すというのでしょうが、近年、多くの企業で顧客情報が漏えいし大騒ぎになる事態が報道されています。そこで漏れる顧客情報には様々なものがありますが、住所・氏名・生年月日ならまだしも、医療情報が漏えいするとなれば、漏らされた側の精神的苦痛はいや増すことでしょう。人によっては他人に秘匿している美容整形手術歴や治療歴などもあり、そうした情報が漏らされないとは限りません。厳格な管理が必要となると思いますが、その点の保障はあるでしょうか? 「認定」業者の選定に当たっては、この点の厳格な基準を設けて厳密に審査をすることが求められるでしょう。

 ③ 営利目的の利用を許していいの?

 集められる医療情報は、法律で匿名加工事業者に情報を収集する権限を付与して集められるものです。その目的は「医療分野の研究開発に資するため」です。そうであれば、収集まではしょうがないと我慢しても、医療全体の向上に貢献するのではなく、特定の企業の営利のために利用されるのはおかしい!と思われる方も多いかと思います。私も、国の研究機関における研究に付されるのであればまだしも、匿名加工情報の提供を受けられる「第三者」に営利企業が入ってくるのであれば、おかしいと思います。
 

3 1年以内に施行。懸念は解消されるか?

  同法は成立しましたが、施行は1年以内に行うとのことで、これから政令に委任された部分が整備され、内容が固まるようです。
  この政令を定める段階で、上述した懸念が解消されるよう祈らずにはいられません。
  









1 強行採決をうかがう国会の様子

 連休を経て、共謀罪(政府は『テロ等準備罪』と呼んでいます。)の創設を内容とする組織犯罪対策法改正案の審議が再開されました。
 テロ対策を掲げて提出されたこの法案ですが、277もの類型の対象行為のうち、テロ組織がやりそうなものは一部で、テロとは関係ないものが多く含まれていることが指摘され、国会審議でも言われてきました。

 分が悪いと思ったのか、安倍首相は、マフィアなどの犯罪集団によるマネーロンダリングその他の国境を越えて行われる犯罪行為の取り締まり強化のための国際協力を求めたパレルモ条約を批准するため必要だと言い出しました。

 ですが、テロ対策とマフィアの取り締まりでは随分目的が違ってきます。この時点でもう、テロ等準備罪なるものを設ける必要性を示す立法事実がないことを政府自身が認めたようなものなので、いったん廃案にして出直すのが筋と言えるかと思います。

 それでも、政府は強硬姿勢を続けていて、今月17日にも強行採決をするのでは、と言われています。これに対し、政府答弁がくるくる変わり、また国民の中から出ている懸念が払拭されるような十分な審議がされていないのに採決とは何事か、といろんな団体の要請や集会が目白押しで企画されています。世論調査でも、賛否が割れて、しかも国民の内心の自由や発言の自由に対する大きな制約となるものであるにもかかわらず、まだ3分の1の方が『よくわからない』と答えている状況です。そこで、改めて、法案審議のルールと共謀罪創設法案について考えてみたいと思います。

2 国民の自由を制約する法案の審議のルール

  自民党議員の中には30時間議論したらもう採決してもいいなどと言っている人もいるようです。
  ですが、犯罪行為を新設するということは、その分、適用を受ける国民の自由な活動に対し規制を設けることになります。一般に憲法学の世界では、自由に対する制約は、それがやむを得ない必要に基づく必要最少限度のものでなければならないと理解されていて、私なども司法試験の勉強にあたりそのような教えを受けました。

  ですので、今回の共謀罪の創設法案の審議にあたっては、
①277の新たな規制を設ける必要がどこまであるのか、
②この規制は過度に国民の自由権を侵害することになりはしないか、
といった2つの角度から検討をする必要があります。

 審議時間がどの程度かなどは関係ありません。必要な
議論が尽くされているかどうかが問題です。問題点を理解しないでお経を読むようなマネをしたり、言を左右にしてきちんと疑問に答えないでいるうちは審議が深まったとは到底言えません。それで採決をするようでは数の横暴であって、民主主義を蔑ろにするものです。

3  審議するほど疑念が深まる共謀罪法案

(1)本当に必要があるのか丁寧な検討が必要

  では、共謀罪法案の審議はどうか? ここは私も審議を全部見ているわけではないですし、人によって評価は分かれるかもしれません。ですが、テロ防止のために必要と言っていた、最初の立法目的にかかる事実があるのか果たして審議で明らかにされたでしょうか? 277ある対象行為についての共謀を犯罪行為として新たに取り締まるようにすることがテロ抑止になることが論証されたでしょうか?
  少なくとも私の目にはそうは見えません。法務大臣はもとより首相も、言い方を変えてきているのですから。
  この点は、①テロの防止なり、越境犯罪抑止のために本当に共謀罪という類型を設ける必要があるのか、現行法では対応できないのか、②設けるにしても政府案にある277もの類型を設ける必要まであるのか、現行法では対応できないのか、をしっかり審議する必要があります。

  少し前になりますが、民進党の福山議員の質問に答えて金田法相がテロ対策のために現行法では対応できない例をあげていましたが、その場で福山議員から現行法でも対応できると批判をされて答弁が止まったことがありました。こういう状態では本当に共謀罪を設ける必要があると言えるのか、疑わしいと言わざるを得ません。

(2)共謀罪は過度に国民の自由を制約する

  また、過度に国民の自由を制限することにならないかという点ではどうでしょうか。この点は神奈川新聞や東京新聞の社説が簡潔ですが論じています。

  政府は、一般人は対象とならないと言いますが、今でも沖縄の基地建設反対の住民運動をしている方々を敵視して、リーダーの一人を逮捕勾留してみたり、大分県で普通の住民運動をしている方々を県警が盗撮等の監視をしていたりといったことが報道されています。これが共謀行為も対象にするとなればどうなるか想像してみましょう。
  何か破壊行為があるとかがなくても、警察が破壊行為に及ぶかもしれないと狙いを定めて、その共謀の事実を探知しようとすれば何をするでしょうか。謀議というのは口頭でやりとりするのが通常でしょうから、録音でもしなければ証拠は残りません。すると本人たちが捜査機関に差し出すために会話を録音するはずもないわけですから、捜査機関としては盗聴を考えるでしょう。

  現在でも一部の犯罪行為に関しては令状をとった上での盗聴は許されていますが、これも犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合のことです。共謀というのは犯罪行為を遂行する前の段階ですから、この時点で犯罪を犯したことを疑うに足りる理由など内偵を送り込んでない限りは出てこないでしょう。それでも共謀罪の捜査をするんだとなれば、勢い、何もないところに疑いをかけて常時監視のための盗聴や盗撮に及ぶ
ということが想定されます。これは過度に市民生活を侵害することにならないでしょうか。

(3)一般市民は本当に対象にならないのか?

  批判を避けようとして、政府は、組織的犯罪集団による行為が対象であり、一般市民は対象にならないと最初答弁していました。
  しかし、組織的犯罪集団の定義はあいまいで一般市民も対象になるんじゃないかと指摘されてました。それをかわそうと一般市民は対象にならないと言い切ったわけですが、それでは十分取り締まりができないと考えたのか、普通の市民団体でも犯罪集団に一変した場合には対象になると言い方を変えました。なんだ結局、一般市民も対象にするんじゃんとなったわけです。これでは、「一般市民は対象にならない」というのは本当なのか非常に怪しいものとなります。

  これに対し、犯罪集団に変わったのなら一般市民ではなくなってるんだから問題ないという議論もありましたが、問題は誰が何を持って市民集団が組織的犯罪集団に一変したと評価するかです。
  この点については捜査機関が判断する以外にないはずで、それでは捜査機関がこうと決めたらいいということになり抑制が効かないじゃないかという指摘がされていますが、これに対しての的確な答弁はなされているでしょうか。ここはきちんと審議で明らかにされるべきところです。

(4)LINEやメールを監視するのでは?  

  また、LINEやメールを監視するんじゃないかとの指摘もされており、これに対しては、蓮舫民進党代表の質問に対して金田法相がLINEやメールも対象にすると言ったかと思えば、具体的な犯罪の疑いがない段階で一般人が対象になることはなくリアルタイムで監視をするものではないと答弁を変遷させました。

  ですが、メールやLINE以外の証拠で具体的な犯罪の疑いが確認できるなら、共謀罪ではなく、共謀の対象となった犯罪の予備罪で処罰することにし、その罪を犯した証拠として令状を取った上でサーバーに残っているデータを差し押さえればいいのであり、新たに共謀罪を設ける必要はないでしょう。

  他方、それでは共謀段階で犯罪を抑止できないと言えば、やはり犯行に至る前の共謀行為そのものを監視しないとおよそ犯罪実行前の摘発はできませんから、結局、狙いを定めて対象となる人およびグループの日常の会話やメールを探知しようとすることになります。そうなれば、メールやLINEを覗き見ることはやることになるでしょう。それを絶対にやらないという答弁は私は確認できていません。

  ですので、LINEやメールを監視しないのかどうか、覗き見る場合があるとすればどういう場合なのか、どういう手続でどの範囲でおこなうのか、についてきちんと審議で明らかにし、その是非を検討すべきです。この点でも、国会審議はまったく不十分と言ってよいでしょう。

(5)予備行為よりも話し合うだけのほうが刑が重い!?

  さらに、民進党の枝野議員が質問していましたが、たとえば強盗罪には予備罪があります。この強盗予備罪は法定刑は懲役2年以下です。ですが、共謀罪が成立すると、強盗の共謀行為は懲役5年となります。予備行為に至る前の話し合いの段階のほうが法定刑が重くなってしまいます。これは罪と刑のバランスを欠くことになります。この点、政府は、組織的犯罪集団による共謀はより単独犯の強盗の予備よりも危険性が高いと弁明したようですが、現在でも複数名で強盗を計画し、実行することはおこなわれています。すると、「組織的犯罪集団」による強盗の共謀と、強盗を計画する集団による強盗の共謀とでどう違うのか。この点の説明はありません。ある場面では単純な強盗の共謀として予備罪にも問われず、また別の場面では組織的な強盗の共謀として逮捕・処罰されることになりうるというのは甚だ不自然です。
  日本国憲法は第31条で罪刑法定主義の原則をとるとされています。罪と刑のバランスをとる必要があるのであり、この点をきちんと審議で詰めないまま強行採決をすれば、安倍政権は刑事法の分野でも憲法をふみにじるのかと非難されることになるだろうと思います。

弁護士 平井哲史

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