弁護士の平井哲史です。
今月(2020年10月)15日に、当事務所からは水口洋介弁護士と私が弁護団に参加していた日本郵便格差是正20条裁判の最高裁判決がありました。同種事件が3件あり、以下引用する最高裁判例集URLでは、判決を東日本・西日本・九州の順に並べています。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/772/089772_hanrei.pdf
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/773/089773_hanrei.pdf
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/771/089771_hanrei.pdf
多くの格差処遇が労働契約法20条に違反した不合理な格差であるかが問われたこの訴訟で、最高裁は、すでに確定していた【住居手当】のほか、審理対象となった【扶養手当】、【年末年始勤務手当】、【年始期間における祝日給】、【有給の夏期冬期休暇】および【有給の病気休暇】のすべてについて、労働者側の主張を認める全面勝訴判決を出しました(夏期冬期手当については損害額の認定のために高裁に差し戻し)。
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当日の記者会見で、原告の一人が、『時代の扉が動く音がした』と語っておられて、主要な全国紙すべてがこの報道をおこなう中、毎日新聞・朝日新聞・産経新聞などが、この原告の言葉を見出しに使っていました。
私も、今回の判決は、「非正規差別」とも表現される大きな格差を是正し、働く人の所得全体を引き上げる展望を開くものとして、「時代の扉が動く」という言葉をあてたいと思います。
直前に出ていた2つの不当判決
実のところ、この最高裁判決は、不安な気持ちで迎えていました。一つには、原審の判断に対し、労使双方が上告や上告受理申立をおこなっていましたが、会社側の申立をより多く最高裁が受理していたことがあります。しかし、なによりも、この2日前の10月13日に、秘書室業務の有期アルバイト職員に賞与や私傷病中の賃金補償がないこと等が問題となった【大阪医科大学事件】と、有期契約社員に退職金が支給されないこと等が問題になった【メトロコマース事件】で、最高裁は、いずれも原告の請求を一部認容していた原判決を覆して、賞与の格差も、退職金の格差も不合理とまではいえないと判断していたからです。
メトロコマース事件最高裁判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf
大阪医科大学事件最高裁判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/767/089767_hanrei.pdf
この両判決において、最高裁は、賞与にしろ、退職金にしろ、正社員としての職務を担う人材の確保・定着をはかる目的のものである旨述べて、契約社員(メトロコマース事件)や、アルバイト職員(大阪医科大学事件)と正社員との職務内容や配置変更の違いをとりあげ、だいぶ近接しているのも使用者における組織編制上の事情によるものとして「その他の事情」として考慮し、賞与も退職金もまったく支給しないことを不合理とまでは認められないとしていました。
<正社員としての職務を担う人材の確保・定着をはかる目的>というフレーズは、前記の日本郵便事件においても会社側が似たようなフレーズを繰り返し用いていました。このため、日本郵便事件においても、問題となっている各手当・休暇について、こんな抽象的な趣旨・目的を認定されたら、原審の判断から後退があるのではないか?と不安にさらされました。
なお、この2つの最高裁判決に対しては、多くのコメントや批判がなされていますが、メトロコマース事件を担当した当事務所の青龍美和子弁護士による記事はコチラです。↓
http://blog.livedoor.jp/tokyolaw/
ハマキョウレックス事件から前に進んだ日本郵便事件判決
フタを開けてみると、日本郵便事件では、各手当や休暇について、<正社員としての・・・・>などという抽象的なフレーズは用いず、個別具体的に各手当や休暇の趣旨・目的が認定され、その趣旨は時給制契約社員にも妥当するとされ、完全勝訴となりました。これは、2年前に「鏑矢」となったハマキョウレックス事件最判(平成30年6月1日・民集第72巻2号88頁)をさらに前に進めたものと評価できます。
もともと労働契約法20条は、2009年の政権交代を招くきっかけとなった「派遣切り」により、期間の定めのある労働契約では「ものが言えない」ことにより低劣な労働条件でも受け入れざるを得なくなるという状況が広く、かつ長くあったことが可視化されて、その反省から、旧民主党政権時代の2012年(平成24年)に労働契約法を改正して盛り込まれたものでした。
この労働契約法20条は、正社員と有期契約労働者との労働条件の相違について、「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」と定めていました。
そして、この規定について、ハマキョウレックス事件最判は、「職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。」とし、『不合理と認められるもの』とは,「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいう」としていました。そのうえで、同事件最判は、①皆勤手当、②無事故手当、③作業手当、④給食手当、⑤通勤手当、について不合理な格差であると認定しました。
日本郵便事件では、ハマキョウレックス事件では不合理な格差とはされなかった【住居手当】についても、比較対象の正社員も転居を伴う転勤がないことに着目して、不合理な格差と認定し、会社側の上告も受理しませんでした。そして、判断対象となった各手当・休暇については、業務の対価としての性質を有する【年末年始勤務手当】や、【年始期間の祝日給】のほか、【扶養手当】、【夏期冬期休暇】、【病気休暇】についても不合理な格差と認めたことは、ハマキョウレックス事件から大きく前進をさせたものと評価できます。
各手当・休暇についての日本郵便事件最判の判断
各手当・休暇についての日本郵便事件最判の判断を以下に抜粋・引用します。
【扶養手当】
第1審被告において,郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当が支給されているのは,上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから,その生活保障や福利厚生を図り,扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて,その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。
上記目的に照らせば,本件契約社員についても,扶養親族があり,かつ,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。
【年末年始勤務手当】
郵便業務についての最繁忙期であり,多くの労働者が休日として過ごしている上記の期間において,同業務に従事したことに対し,その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるといえる。また,年末年始勤務手当は,正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず,所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり,その支給金額も,実際に勤務した時期と時間に応じて一律である。
上記のような年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば,これを支給することとした趣旨は,本件契約社員にも妥当するものである。
【年始期間における祝日給】
年始期間の勤務に対する祝日給は,特別休暇が与えられることとされているにもかかわらず最繁忙期であるために年始期間に勤務したことについて,その代償として,通常の勤務に対する賃金に所定の割増しをしたものを支給することとされたものと解される。
時給制契約社員も、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく,業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれている。そうすると,最繁忙期における労働力の確保の観点から,本件契約社員に対して上記特別休暇を付与しないこと自体には理由があるということはできるものの,年始期間における勤務の代償として祝日給を支給する趣旨は,本件契約社員にも妥当するというべきである。
【有給の夏期冬期休暇】
(国民一般に受け入れられている慣習的な休暇をとる時期に勤務に就くことに対する対価としての性質を有する【夏期冬期休暇】については、時給制契約社員に付与しないことが不合理な格差にあたること自体は問題にならず、それにより損害を被ったと言えるかどうかが争点になっていました。)
第1審原告らは,夏期冬期休暇を与えられなかったことにより,当該所定の
日数につき,本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえるから,上記勤務をしたことによる財産的損害を受けたものということができる。当該
時給制契約社員が無給の休暇を取得したか否かなどは,上記損害の有無の判断を左右するものではない。
【有給の病気休暇】
第1審被告において,私傷病により勤務することができなくなった郵便の業
務を担当する正社員に対して有給の病気休暇が与えられているのは,上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから,その生活保障を図り,私傷病の療養に専念させることを通じて,その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。
もっとも,上記目的に照らせば,郵便の業務を担当する時給制契約社員についても,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当するというべきである。
先行2判決との違いを考える
この日本郵便事件最判の【有給の病気休暇】部分の判断と、メトロコマース事件および大阪医科大学事件の最判とを比較すると、その違いが浮かび上がると思います。
① 趣旨・目的を具体的にとらえているか否か
日本郵便事件最判では、上記で紹介したように、有給の病気休暇は「正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待される」ことに着目しつつも,その目的は「生活保障を図り,私傷病の療養に専念させることを通じて,その継続的な雇用を確保する」ものであると具体的に目的を認定しました。
これに対し、メトロコマース事件最判は、退職金の目的について、労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものとしつつ、「第1審被告は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給したものといえる」としました。
また、大阪医科大学事件最判は、賞与について、「正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、第1審被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとした」としました。「私傷病による欠勤中の賃金」についても、それは「正職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度である」としました。
日本郵便事件最判が、正社員が長期の継続勤務が期待されるとしながらも、病気休暇の目的は、療養に専念させることを通じて継続的な雇用を確保するものと具体的な目的を認定したのに対し、後2判決は、退職金と賞与のいずれも、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」、「正職員の雇用を維持し確保することを前提」としています。これでは、「正社員の確保のための制度だから契約社員には適用がない」という結論を容易に導くことになりかねません。
② 違いに応じた均衡な処遇の観点を持っているか
次に、日本郵便事件最判では、扶養手当と有給の病気休暇について、「時給制契約社員についても,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば」、その趣旨は妥当するとしました。日本郵便事件でも、時給制契約社員と正社員とで、まるで同じ職務内容だと認定されたわけではありませんでした。しかし、最高裁は、「相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば」制度を設けた趣旨は妥当するとして、扶養手当も病気休暇もまったく付与していないことは不合理な格差だとしました。
これに対し、メトロコマース事件、大阪医科大学事件の両方とも、原審において、正社員と同等ではないけれども、正社員と同様の計算方法で算出した退職金の4分の1、正社員の60%程度の賞与をも支給しないことは不合理な格差であるとしていたのを覆し、まったく支給しないことも不合理とは言えないとしました。
両判決はいずれも事例判決であり、職務内容や配置変更の範囲等の違いの程度が異なる事案ではまた異なる判断もありえます。ですが、正社員と並んで働いている労働者について、賃金の後払いや功労報償の性質も持つとされる退職金や賞与について、まったく支給しないことも不合理ではないとしてしまった両判決は、多くのコメントが指摘するように、<違いに応じた均衡処遇>の観点を欠落させた文字通りの不当判決と言えるでしょう。
とりわけ、大阪医科大学事件最判については、他の区分の有期契約社員には正社員の80%の賞与が支給されていることとの整合性がつかないし、私傷病による休職中の賃金補償については、有給の病気休暇について不合理な格差と判断した日本郵便事件最判と矛盾するものと言え、不当性が際立ちます。
待遇格差の解消に向けた努力を
本訴訟をかまえた郵政産業労働者ユニオン(http://piwu.org/index.html)の皆さんは、早速、最高裁判決に従うこと、そして、判決に沿って原告となった人以外の時給制契約社員の皆さんに、不合理な格差とされた手当・休暇の不付与に対する損害の賠償をすること、不合理な格差処遇の改善をはかること、等を会社に求めています。
報道によると、会社は、最高裁判決を受けて、今後どうするかを大労組(郵政産業労働者ユニオンではない)と協議することにしたとされていますが、その帰結が、本訴訟の地裁判決後になされたように、ごく一部の改善と引き換えに正社員に対する手当の廃止や削減等により格差を縮めようとするいわゆる「悪平等」では、時給制契約社員のみなさんの待遇改善には結びつきません。むしろ格差のある処遇を固定化させようとするものとも言えます。ですので、しっかりと時給制契約社員の待遇改善を肝として協議に臨んでいただきたいなと思います。
本訴訟の原告は計12名(うち組合員11名)、後続する同種訴訟(第2陣)の原告は約160名(原告団・弁護団は全国7地域で組織され、東京弁護団には、当事務所から私と水口弁護士、そして平井康太弁護士も参加しています。)であり、日本郵便で働く非正規社員約18万人のごく一部です。しかし、この判決に沿って待遇格差の改善がはかられれば、その社会的影響力は著大と言えます。
毎年、時給制契約社員の賃金UP等の交渉は苦労していますが、住居手当は最大月額2万7000円、扶養手当は配偶者と子一人で1万5000円ほどですから、両手当の支給対象となる時給制契約社員の方は月額4万円以上の賃上げと同様になります(もっとも、この裁判中に、転居を伴う転勤のない正社員にも住居手当が支給されなくなったため、住居手当は過去分のみの是正となりますが。)。また、私が担当した東日本訴訟原告の宇田川朝史さんがいつも強調していたことですが、有給の病気休暇が認められれば、その分有休をあてることをしなくてすみますし、療養が長期化する場合に、泣く泣く退職したり、それを避けようとして無理して出勤をして体を壊して退職を余儀なくされたりといったことが少なくなるでしょう。
こうした格差是正は、時給制契約社員の手取りを増やし、その生活を安定化させるだけでなく、給料が増えた分、それが消費に回ることで地域の経済に役立つうえ、会社にとっても良質の労働力を確保することにつながります。そうした大きな観点で、今後も取り組みを進めていきたいと思います。また、全国の他の「20条裁判」がさらに広がり、待遇格差の是正がいっそう進むことを願ってやみません。そして、野党において賞与や退職金の不支給を是正する立法措置を検討することが報道されていましたが、政治部門が、不当判決を乗り越えて、格差是正を後押しするような政策措置をとっていただくことを強く期待したいと思います。
以上