弁護士の本田です。
政府の緊急事態宣言が発令され、各都道府県で休業要請が出されました。
飲食店、スポーツジム、ライブハウスなど様々な店舗、施設が休業しています。
収入が入らなくなり、損失を受けた店舗や施設は、政府に休業補償を求めることはできるのでしょうか。
行政法研究者・弁護士である平裕介先生に聞きました。
――政府は「諸外国の例を見ても、事業者に対する休業補償をやっている例が見当たらない」「支援していくのは難しい」(西村経済再生相/4月13日)との態度で、損失補償を行うことには否定的ですが。
政府(西村経済再生担当相)が諸外国に補償した例はないと述べているのは、おそらく狭い意味での補償、損失補償という意味で使っている。
広い意味での補償は、助成金、交付金、協力金などの政策的観点からの助成を補償と意味で使うこともあるが、狭い意味での補償ということもある。政府は、憲法上必要となる狭い意味での補償は諸外国でも例がないと言っているのではないかと思うが、そもそも例がないといえるか疑問であるし、日本でも憲法上の損失補償が必要になる場合もあると考える余地はある。
なお、厚労省は広い意味で補償という言葉を用いており、そのような使い分けを断りなく政府に都合良く使い分けていることも問題である。
「美術手帖の解説記事※」でも書いたが、これから話す憲法29条3項に基づいて補償されることはあり得るのではないか。
※「『自粛と給付はセットだろ』は法的に正しいのか?弁護士・行政法研究者が解説」
――緊急事態宣言の根拠法である新型インフル等対策特措法には休業補償に関する規定はありません。直接、憲法29条3項に基づいて政府に損失補償を求めることはできるのでしょうか。
憲法29条第3項
私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
法律に損失補償の規定がなくても、損失を受けた者は、直接、憲法29条3項の規定に基づいて損失補償を求めることができる。判例・通説はこのように考えているといえる。
――新型コロナ感染拡大防止のための休業が「公共のため」に該当しますか。
新型インフル等特措法1条は、「新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図り、もって新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする。」と規定しており、休業要請の目的は、国民の健康安全を守るという消極目的が第一次的だといえる。
ただし、感染拡大を防止し、もって、経済を維持という積極目的もあると考えられる。
「公共のため」は、広く社会公共の利益のためであればよいと考えられており、国民の健康安全、経済維持という公益のために国民が財産的な損失を被るので、「公共のため」に該当すると考えられる。
――休業要請が強制的な財産権の制限と評価され、「用いる」場合に該当するのでしょうか。
東京都知事の休業要請は新型インフルエンザ等特措法24条9項に基づく自粛要請であり、現段階(4月21日のインタビュー時点)では、特措法45条に基づく要請ではない。
24条は、緊急事態宣言が出なくとも、内閣が感染症だと認めれば使うことができる条文である。「用いる」という条件(要件)との関係では弱い要請だろう。
しかし、実際上の効果・機能は、24条9項に基づく要請と、45条に基づく要請は大差ないのではないのでないか。
様々な報道を見ていると、全然営業できない、客が来ない状態だといったで、権力的・強制的な行政処分である営業停止と同様の効果が生じていると評価しうる余地もあるのではないか。ケースバイケースだが、事業者・個人によっては「用いる」場合に該当するとみる余地があるだろう。
45条2項に基づく要請がなされた場合には、より「用いる」との条件(要件)が満たされ易くなるし、45条3項に基づく指示の場合には、さらに、この条件が満たされやすくなると考えられる。45条3項に指示、そして4項は休業要請に応じない事業主の名前の公表を規定している。
45条2項の要請についての公表(4項)は情報提供目的の公表というのが逐条解説(コンメンタール)の説明であるが、要請の実効性を確保しようという意味では制裁的な面もあるといえる。逐条解説の解説は政府に都合の良い解釈であるようにも読める。
45条3項の指示の公表(4項)については、情報提供という面もあるとは思うが制裁的な面の方が大きいと考えられる。公表されれば「そのお店には行かないようにしよう」という効果が出てくる場合が少なくないので、事業者・個人の被る損失は大きくなり、それだけ強制的な措置とみる余地が出てくる。
営業停止のような行政処分ではなく要請にとどまるものであるから強制的な措置ではなく損失補償は不要だと考えたり、情報提供目的の公表だから事業者への規制にはならないなどと考えたりする行政法研究者や法曹も多いとは思うが、形式論に傾倒しているように思われ、今回の要請等の実質的な面をみようとしておらず、本質を見誤っているように感じられる。
――損失補償が認められるには「特別の犠牲」が必要だと言われています。「特別の犠牲」が必要とされているのはなぜですか。
国が違法なことをしたときは国家賠償法で救済を受け、違法ではないときには救済を受けられないかというとそうではなく、憲法29条3項で救済される。 憲法29条3項には「特別の犠牲」という文言はなく、最高裁判例も明確に言っているわけではないが、下級審の裁判例、通説で必要だとされている。
憲法29条3項の制度趣旨が一部の国民が犠牲になるときには、公平の観点から、その犠牲を国民全体で負担する、あるいは、財産権の実質的補償というために、特別な犠牲が必要とされると解釈されている。
――「特別の犠牲」に該当するのか否か、その判断基準を教えてください。
一般的には、①侵害行為の特殊性(例えば一部の事業者が損害を被っているのか)、②侵害行為の強度(どれだけ侵害が強いか)、③侵害行為の目的(消極目的規制か、積極目的規制か)が考慮要素となる。
①はメインの考慮要素ではないが、例えば大学では研究室・図書館が使えなくなっているが大学教員の給与がカットされることはない。それに対して、音楽などの文化芸術活動の事業主は収入を失うし、飲食店の事業主・労働者も重大な損失を被っている。一部の人たちが損失を被っているといえるのではないか。
②は重要な要素である。営業停止処分は形式的には出されていないが、人によっては実質的には営業停止処分を出されたのと同じような効果が生じている。そこに着目すれば、規制は強いといえる。行政形式が行政指導だから弱い、行政処分だから強いという行政法学の分類を過度に強調することが本件において妥当であるとは思えない。そのような形式論は本質を見誤る論法であろうと思う。
③は国民の健康安全を守る目的、消極目的という面が大きいだろう。しかし、他方で特措法の1条で経済維持の目的も挙げられていることからすれば、積極目的も併存しているといえる。
①から③は、要件ではなく、あくまで考慮要素である。総合考慮のうえ、③でも積極目的という面もないわけではないし、また、②規制が強いといえる場合であれば、消極目的の面の大きい要請がなされた場合であっても損失補償はあり得る。
――東京都は休業要請をした事業者が休業要請に協力すると一店舗あたり50万円の協力金(補償金ではなく見舞金)、休業補償として十分でしょうか。
憲法上の補償がされるか、されないにかかわらず、50万円以上の損失を被っている事業者は多いと思われるため、そのような事業者にとって補償額は不十分だろう。老舗の吉祥寺のフランス料理屋が閉店になったというニュースがあったが、必要経緯だけで月に数百万円かかるということであるから、こういった店の事業者については給付が1回(50万円等)では足りず複数回必要となるという余地があろう。政策的な話にもなるが、必要があればもっと給付・補償をすべきだろう。50万円という給付がなされたうえで、さらに憲法に基づく補償をする余地はあり得る。
東京都の「協力金」という名称は憲法に基づく補償ではないことを示す強いメッセージだといえるが、だからといって、先に述べたとおり、客観的に憲法上の損失補償請求が必ず否定されるというものではなかろう。
――協力金の額に、財政的に豊かな県とで地域格差が生じてしまうのではないでしょうか。
自治体単位で協力金がひとまず支給された後で、憲法29条3項に基づく損失補償を行うときに、自治体の予算、財源をどこまで考慮できるのか問題になるだろう。憲法29条3項の制度趣旨からすれば、自治体単位ではなく、国民全体で補償することになる。国の予算、政府の責任で地域格差の是正をすべきであるように思われる。
――憲法に基づく休業補償を実現するには、どうしたらよいのでしょうか。
第一に、集会ができないのでインターネットになるだろうが、国民ひとり一人が声を上げていくことが、現状を変えることになる。最近では、お肉券お魚券を配る政府案が国民の声によって現金給付に変更されたことで明らかなように、「民主主義では、選挙だけではなく、政治や政策について意見を述べる表現の自由が重要だ」と、弁護士自身も、社会正義の実現を謳った弁護士法1条に基づいて、声を上げるべきではないか。
第二に、憲法29条3項に基づく損失補償を求める訴訟、裁判の準備をしていくことも、重要ではないか。例えば、私自身は、自衛隊の問題で憲法9条違反の訴訟に関わっている。裁判所はそのうちの差止訴訟の裁判について、中身(憲法違反、違法性)の判断に入らずに、訴えを却下し、門前払いの判決をした。
それでも、裁判を起こして、政治的な主張ではなく、法的な主張をして現状を変えていこうという動きが、これまで多くある。今回の損失補償についても同様の面があるのではないかと思われる。とはいえ、もちろん訴訟提起には、原告となる方々の納得が不可欠であるから、弁護士と協議し慎重に検討して原告が納得した上で行わなければならない。
――憲法29条3項に基づいて損失補償を求めるときには、事業者だけではなく、その事業者に雇用される労働者も補償を求めることができるのでしょうか。
先例は見当たらないと思われるが、先ほどの回答と同じく、やってみないと分からない。インフルエンザ等特措法45条3項、4項で営業停止に等しい損失を受けた事業者が一番認められやすいだろうが、それ以外は認められないわけではない。労働者は要件を満たす場合には事業者(使用者)に休業手当の支払いを請求できるため、事業者の損失補償の場合とは事情が異なるが、労働者だから一切損失補償が問題とならないとまでは言えないのではないだろうか。
――補償の対象となる「損失」の範囲はどこまでが含まれるのでしょうか。事業を続けていけない精神的な損失、今後の生活を続けていけない損失は 対象になるのでしょうか。
そのような損失は請求できないという見解もある。営業上の損失は対象に含まれやすいが、精神的な損害・生活保障は認められにくいが、確立された先例があるというところでもないので、やってみないと分からない部分もある。行政法学者も、憲法学者も、憲法29条3項の損失補償について議論しているところなので、今後、公法学の分野でも、盛んに議論されていくべき問題だと思う。
(平裕介 たいら・ゆうすけ 弁護士・日本大学法学部助教(行政法専攻)、日本公法学会会員)。
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新型コロナウイルス感染拡大防止が実行に移される中でも、基本的人権は保障されなければなりません。私たちは「休業と補償はセット、憲法に基づく補償を!」と声を上げていきます。