弁護士の今泉義竜です。


 5月31日、Chubb損害保険会社(チャブ損保)に勤務する労働者のジョブグレード降格に伴う減給などが争点となった事件で、労働者側勝訴の判決を勝ち取りました(東京地裁民事36部・川淵健司裁判官)。
 buzzfeedの渡辺記者が記事にしてくれています。
 「トイレ離席するなら、書類にハンコをもらえ」 50代男性課長が受けた仕打ち

1 事実経過


【ジョブグレード降格その1】


原告は、1999年にチャブ損保の前身であるエース損保に入社し、数理部でグレード7Sと評価され保険料改定などの業務に従事していました。しかし、2007年に内部監査部へ異動となり、その際にグレードが7Sから6Sに引き下げられ、手当が2万5000円減額されました。当時その具体的理由は告げられませんでした。

【リハビリ勤務中の給与1割カット】


原告は、2012年に内部監査部の後藤部長からハラスメントを受けるようになり体調を崩し始めました。異動を申し出ましたが受け入れられず、不眠・うつ状態になりましたが、会社からはPIP(performance improvement plan:業績改善プログラム)を実施されてさらに心身に不調を来し、2013年10月から休職するに至りました。


2014年1月に復職したものの、リハビリ勤務扱いが8月末まで続き、その間給与が1割カットされる状態が続きました。


 【ジョブグレード降格その2】


2014年9月にようやく正式な復職が認められますが、人事部付きでの復職とされ、グレードが6Sから5Sへとさらに引き下げられてしまいました。


2 裁判所の判断


(1) ジョブグレードの降格について


被告は、ジョブグレードの降格について、

 ①就業規則上の根拠がある
 ②原告本人の同意がある
 ③引き下げに合理的理由がある


と主張しましたが、東京地裁判決は、これらをいずれも否定しました。


●グレード引き下げには就業規則上の根拠が必要


東京地裁判決はまず、


「本件降格は、労働者にとって最も重要な労働条件である賃金を不利益に変更するものであるから、労働者の個別の同意若しくは就業規則や賃全規程上の明確な根拠が必要というべきであり、かかる就業規則等の明確な根拠規定もなく、労働者の個別の同意もないままに、使用者が一方的行為により従業員のグレードを引き下げること(降格)は、人事権を濫用するものとして許されない」


という判断基準を示しました。


●就業規則上の根拠がない


被告は、下記の社内向け資料(一部抜粋)を就業規則であると主張していました。
chubb乙1


chubb乙2


これについて東京地裁は、


「就業規則は、労働者の労働条件や職場規律に関する基本的事項を定める労使関係における準則であるから、その内容は具体的かつ一義的に明確なものであることが要請される。」と述べた上、上記資料について「制度の概要をまとめた説明用文書にすぎず、就業規則の一部に当たると認めることはできない。」と判断しました。
 

●同意もなく、合理的理由もない


さらに、降格その1、その2いずれについても、労働者の自由な意思に基づく同意がなく、合理的な理由もないと判断しました。

なお、この労働者の同意の点については、「賃金に係る労働条件の不利益変更に関する労働者の同意の有無については、その判断は慎重にされるべきであり、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であると解される」として、昨年の山梨県民信用組合事件(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決)を引用しています。

私が特に注目したのは、二回目の降格について、判決が


「被告は、十分な根拠もないままに原告の評価を引き下げ、原告から適応障害、抑うつ状態により治療中であり、対人関係によるストレスを避けるために配置転換等の職務上の配慮が必要との診断書が提出されたにもかかわらず、かかる措置や配慮を全く取らず、かえって原告に対する退職勧奨を繰り返し、そのような状況下で2度のPIPを実施し、その後原告が体調を更に悪化させたのであって、被告は原告に対し、極めて不適切な対応を繰り返していたものといわざるを得ない。」


と述べた点です。


 PIPという手法が退職勧奨の一環として使われており、労働者を精神的に追い込んでいるという実態は、IBMやブルームバーグと同様です。この一連の会社の対応を判決が「極めて不適切」と指摘した点は、重要だと思います。


(2) リハビリ中の減給について


リハビリ勤務として給与を1割カットとした点については、判決は「原告のリハビリ勤務は遅くとも同年5月末までで足りると認めるのが相当であり、同年6月以降も引き続き同年8月末までリハビリ勤務を継続し、基本給の1割減額を継続することは、被告の人事上の裁量権を逸脱した違法な措置というべきである。」と判断しました。


3 本件の意義


近年多くの企業で、ジョブグレード制が導入されてきています。

しかし、この制度が、実際には使用者による恣意的な減給を許す隠れ蓑のように使われているケースは多いと思われます。


本判決は、ジョブグレード制を理由にした恣意的な減給が許されないということを明確に示した裁判例として、活用できると考えます。

(※本判決は、被告が控訴せず確定しました。6月15日追記)
判決全文はこちらから→東京法律事務所ウェブサイト