2006年10月18日

リオ・フラウティスタ

715b2546.JPG私は横田年昭さんを尊敬しています。
横田さんから1通のメールが届きました。
若かりし頃のお話に2枚の白黒写真。
その写真をずっと眺めていました。
これぞ知られざる横田さんの姿、いや日本ポピュラー音楽史の貴重な一側面。
全てはここから始まります。
皆様にだけにそっとお見せいたします。
本邦初公開の写真
横田さんは昭和19年の東京生まれ。
 プロ入前はクラシックの演奏家になるのを夢見ていたそうで、音楽学校のフルート科に在籍されていました。
 そんな17歳(1961年)の頃、初めてプロ奏者としてフルートを吹きます。
とある縁から、キャバレーのタンゴバンドに参加しました。そのバンドは、現在演歌の作曲家である伊藤雪彦さんがバンドマスターをしており、ジャズ・ピアニストは市川秀男さん、ベースは何と「ああ上野駅」の井沢八郎さん。

当時、ほとんどのキャバレーでは、タンゴバンドとスイングバンドが交代でステージを努め、スイングバンドがショウ(歌手・ダンサー等)の伴奏をしていた関係もあり、ギャラも何割か高かったそうですが、フルートの仕事はタンゴバンド以外にほとんどありませんでした。

 そのため横田さんは、ジャズ好きであった市川秀男さんの影響も受け、やむを得ずフルートからサックスを持ち替えたそうです。
 
 プロ入りから5年。横田さんはフルートを中心にした音楽がどうしてもやりたく、22歳(1966年)の時、念願が叶い「リオ・フラウティスタ」という自己のグループを結成しまし。それがこの写真。

リオ・フラウティスタ







































リオ・フラウティスタとは、後の麻里圭子とジョイントするリオアルマの前身バンド。

 前列、中央にいるのが横田年昭さん。好青年ですね。とても純粋でいい顔をしています。
横田さんの後ろにいる方が、この写真の持ち主でありますヴォーカルの滝良二(当時の芸名)さん。滝さんは、森山直太朗(森山良子の元旦那様)の実のお父様。 コンガの前にいるのが滝さんです。

類い希な名フルート奏者、横田年昭の原点はここにあります。

※ クラシック畑の青年だったいうのは、初めて聴いた時は驚きました。しかしアルバムを聞き返すと何となくわかる気がします。

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この記事へのコメント

1. Posted by 横田年昭   2006年10月19日 07:37
少々照れくさい思いです。
40年以上も前のこと、思い出すときりがないのですが、よろしければ、美空ひばりさんのことや、昔のジャズ喫茶の話などさせていただくかもしれません?    有り難うございました。
2. Posted by 麻里圭子   2006年10月19日 19:16
横田年昭様
可愛いヨコちゃんの写真、滝さんからお聞き致しましたが、「横田は、若い時女の人にとても、もてたのよ!」と熱く語ってくださいました。
ヨコちゃん、圭子の父は、池袋の西口駅近くに帽子屋さんをしておりました。それ故、東映の大泉撮影所からの依頼で、美空ひばりさんの、帽子を何度か御作りしております。初めて、ひばりさんが、アメリカにいらっしゃる時は、白い、シルクハットを
御作りしたそうです。ヨコちゃん、是非美空ひばりさんとの、思い出話お聞かせください。お待ち致しております。
麻里圭子
3. Posted by tokyorio   2006年10月19日 22:23
美空ひばりさんをはじめ、昔の思い出話等がございましたら、遠慮無くお願いします。

楽しみにしています。

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