March 28, 2009

はい?はい。

b11f4c7c.jpgまさしくYes!な原チャだったHi。フロント周りとか超チャッチくてすぐどっかにぶっ飛んでいくんだけど、それを差し引いても最強だった。それなのにゴキブリなんて愛称、かわいそすぎる。思えばすでにこの中にR1000のトルクが芽生えてた。

Kei-74(+2)motor
  

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March 25, 2009

ないよね…

8eb6f14b.jpg編集部に行って昔の本を見ていたらこんなもんが…ランニングに短パン、ナマヒザにガムテバンクセンサー、ドリフシューズ…阪神タイガース…。

Kei-74(+2)motor
  
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March 24, 2009

この視界からの卒業

20090317edogawa

 

 

 

 

 

 



 このひと月テレビのない生活をしてたんだけど、オレには一切必要ないんだってことがよ〜くわかった。

 世間と同じく薄型バカデカ液晶にグラグラ来てたんだけど、そのために今までのブラウン管外した時点で「ん?」な〜んかアホなことやっとるなあ、と。

 試しにテレビふたつ外してブッ転がしたまんまの生活。

 そもそもどんだけいいテレビ買っても、そン中に写るもんがサイテーなんじゃ、ずいぶんデカイ壁掛けになっちまうもんなあ。

 それで出た答えがレディオ。壊れかけの。

 これが非常に豊か。サイコー。

 たまに車中でテレビを見るとバラエティとかもはや懐かしい感じがする。でも油断するとまたスポンジーな脳みそンなって終了だから、車もレディオ。iTunesだって、レディオ経由だ。

 今更だけど、やっぱ視覚はナマに限るね。特にごまかせる類の映像はダメ………映画はいいけどそれは映画館でいい。遼君チェックできないことだけが心残りだけど………。

 今までいかに朝っぱらから苛立ち、家に戻って苛立ちしてたかということが、レディオ生活に入ってよくわかった。

 もちろんレディオにも苛立ちの素はコロコロしてる。でも顔とか見えない分だけまだマシで、スウィッチ消せば厚顔残像残ることなく次の音源に触れれば消えてなくなる。

 テレビ見るくらいならランニンングして来年夢見た方がマシ。そういやもう楽勝で全開ダッシュかませるくらい回復、というより体がマラソンを思い出せないくらい、普通。なんで今回はこんなに回復が早いんだろう?マラソン翌日も階段上り下りとか普通に出来ちゃった。

 ところで松村、なんとか復活してほしいな。

【お知らせ】

 オレの友達がステップワゴンを5万で譲ってくれるそうです。13万キロ走ってるけどメンテはばっちし、タイヤ交換済み、車検はほぼ2年アリ、ラジエター新品(これが結構イクんだよな〜)、純正アルミ装着、古いけどDVDナビ装着(再生機能はナシ)、ETC着。興味ある人はstd_spd@hotmail.comタイトルに「ステップワゴンの件で」と書いて連絡下さい。ご自身の連絡先も忘れずに。関東圏のトランポに使うなら十分、車検代と思えばアリだよね。

→3/30現在商談中です。

  
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March 20, 2009

四度目の荒川マラソンチャレンジ【20090315】

「頑張れ〜あと2km!」

 

「最後の20分、頑張っちゃいましょう!」

 

 ここまで数々のピンチを支えてくれた沿道の大声援が耳に響く。しかし脳みそには届かず、ましてや四肢など何も反応しない。あれほど元気を取り戻す源であったはずの「人の声」が、ゴールを目前にして無力化する………。

 

 タタタタタ。タタタタタ。

 

 そんなときだった。

 

 恐らく喜寿は迎えられたであろうご老人が、ゆっくりと、そつなく、オレを追い越していった。笑顔で。確かに笑っていた。

 

 その緩やかな足取りと、そして物静かな湖面を泳ぐ一枚の落ち葉のごとき雄大な笑みに、愕然とする。

 

 あの人は、笑っているのか?

オレより数倍長い時間を生き抜いたにも関わらず、まだ笑っているのか?

しかも、このシニイクカクゴの最終局面を迎えるという、究極の場面において。

 

 背筋が伸びた。

 

 足が上がった。

 

 走り出す。とにかくおじいさんに追いついて、ブチ抜こうと走る。おじいさんにおいつく。すぐにブチ抜く。しかし後ろからはタタタタタ。タタタタタ。とまるで永遠に止まることのない雫のような足音が聞こえる。ここまで走ってきた中で、もっとも振り返りたくなった瞬間だった。おじいさんは、いまも笑っているだろうか。たぶん笑っているだろう、でも、もし笑っていなかったらどうする?般若のごとき様相を呈していたら、どうするんだ?

 

 ぶっちぎるしかない。

 

 そう思った。

 

 どこにこんな力が残っていたんだというくらいのスパートをかける。40〜41km間、7分00秒、41〜42km間、6分44秒。

 

 そして最後の195メートル。

 

 もう、足がもげちゃう。

 

 でも前に進むしかねえだろっ。

 

 ズルンズルンの足を引き摺って、それでも走った。スパートにならないスパート、今までは、ダッシュするようにゴールラインを突っ切れた。でも今回はそんな力はどこを探しても残っていない。それでも走る。とにかくあのラインの向こう側まで、オレは絶対に足を止めないぞ………。

 

最後の195メートルのタイム、1分10秒、キロ換算、約6分50秒前後、そして今回のマラソンのトータルタイム、4時間35分57秒、自己記録の中では、ベストから7分落ち、二番目にいいタイムでゴールした………。

 

 

 ゲートをくぐり、はじめて振り返る。

 

 さっきのおじいさんが、大きく手を上げながら笑顔でゴールした。

 

 

 


 

  オレにとってはマラソンって、やっぱり競技的な意味でのレースなんかじゃない。もちろんスポーツになんかには、なりえない。スポーツにするためには日頃からしっかりトレーニングを積んでマジめに出場しなくちゃダメなんだ。4時間半とかでスポーツなんつってたら、マラソンの神様に怒られちゃうもんな。

 

 じゃあ、何か。

 

 懺悔。

 

 そう、懺悔だよ。

 

 何に対して?

 

 ひっでぇことしちゃったみんなへの謝罪。

 

 何にもしてあげられなかったアイツへのお詫び。

 

 そして自分が果たせなかった思いや、ごまかしちまった意志、そんなものへの懺悔。

 

 普段の生活で懺悔なんかまずしない。

 

 でも、あんだけ痛い思いをして「じゃあなんのためにやってんだ?」って聞かれれば

 

 懺悔。

 

って言葉しか出てこないんだよな。

 

 ザンギじゃないよ。から揚げのハナシしてんじゃないんだから。

 

 ここを見てる男たちよ。

 

 そしてオイラのすべての友人たち、諸先輩方。

 

 まだマラソンをやってないなら、必ず来年は一緒に荒川に出ようよ。

 

 東京マラソンなんて田舎モン臭いのにゃ興味ないぜ。男は黙って河川敷、寒風吹きすさぶなんもない荒野をひた走り、ときにあったかい応援や差し入れをありがたく頂戴して、ただひたすら求道し続けるんだ。それがオレのマラソンそのものだ。関東圏の友達じゃなくてもさ、北海道、仙台、浜松、名古屋、三重、大阪、山口、九州、みんな荒川マラソンツアー組んで、遊びに来てよ。オレ、ちゃんと面倒見るよ。

 

 男なら、一年に一回くらい、てめえ自身と死ぬ気で戦えよ。

 

 仕事は仕事。遊びは遊び。

 

 でもそれ以外で自分とマジに戦えて、しかもみんな同じようにスタートラインに立てちゃう土俵なんで、そう多くはないぜ?どっかしらで加減がきいたり、いい訳できたりさ、なんでもそうだけど出場権の有無さえ、いい訳に出来るもんな。でもそんなの、一回こっきりの人生なんだから面白くないじゃん。荒川は、たった6000円で、7時間迄の死闘が誰にでも許されてるんだよ。

 

 マラソンは、隠れてた自分がよく分かるよ。肩書きやら実績やら全部ほん投げてさ、ああ、オレはそういやこういうとき弱かったな、すぐ諦めちまってたなってあって、そんなのばっかし連続するんだ。体中死ぬほど痛いし、痛いと気持ちも弱ってくるから、マジに辛い戦いだ。でも荒川には、そう感じている人間が16000人もいる。みんな自分と戦いながら、いくら応援を受けても結局は自分の足でゴールへと向かわなくちゃいけないっていう現実を走っている。老若男女全員が、戦いまくってるよ。

 

 どれだけ遅くたっていいじゃないか。

 

 リタイヤしたっていいじゃないか。

 

 42195メートルに渡って、自分と戦う場所なんだ、人のことなんか関係ない。

 

 オレは今日、ずっと言い続けてきた言葉を覆すことにした。

 

 マラソンは、スタートラインに立つだけで、出場するだけでも十分に価値のあるレースだよ。バイクレースとは違う。騙されたと思って、エントリーしちゃいなよ!一年間、うまい酒が飲めるからさ。

 


 

 

 そして、なし塾まらそんず2009の結果。

 

2009荒川市民マラソン:なし塾まらそんず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーダーのバンちゃんは3時間20分という素晴らしい自己記録を樹立。おめでとう。

 

 バッキーはキロ5分30秒ペースを貫き通せず、それでも4時間10分で見事な完走。最高だ。

 

 2kmでダメだと思ったというヤマは見事四時間台で完走。よく粘ったな!ロキサー!

 

 前半にオイラをぶっちぎっていった中尾さんは、どこかでタレたらしく、しかし初挑戦を5時間18分52秒で完走。さあもう一丁!

 

 途中までくっついてきたプロは30km手前で失速、しかし持ち前の粘り足で歩き続け、5時間24分で完走。よく耐えた!

 

 安全靴でスタートしたノムはハーフ終了時点でリタイヤ。愛してるぜノム!

 

 昨年別件で骨折をしながらも出場したホッシーは、ハーフでリタイヤ。来年もやろう。

 

 また、今回は合流しなかったけど、かつてなし塾に来ていたツカピーは、3時間36分という素晴らしいタイムで完走。つうか顔出せよ!一緒に走ろうぜ!いや、ペース的には走れないけどサ。

 

 

 

 追伸:全部手配してくれたなし塾マラソンズリーダー、バンちゃん、ありがとう!来年もヨロシクです。そして荒川市民マラソンに携わっているすべての運営スタッフ、並びに数多くのボランティアスタッフの方々、本当にお疲れさまでした。沿道で尽きない応援をしてくれた人たちも、どうもありがとう。あなたたちのおかげで、今年も死ぬほどマラソンを楽しむことが出来ました。荒川マラソンは最高のイベントです。来年も、ヨロシク!

 

<了>

  
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March 19, 2009

四度目の荒川マラソンチャレンジ【20090315】

 スプリットタイムではほぼキロ6分台をキープしたまま、21kmの折り返しまで到達した。3年前はここで体を翻した瞬間、とてつもない暴風に見舞われ、その後まったく体が進まなくなってしまったが、ラッキーなことにスタート時にフォローだった風が、この頃逆転して復路もまたフォローという最高のコンディションとなった。これは冬場の河川敷では非常に珍しい現象で、この日が非常に暖かかったために起こった風の悪戯である。

 

 さて今までの経験では、ここから脱落していくものが非常に多かった。

 

「21kmは、誰でも行くことが出来る」

 

 これはマラソンにおける常識である。よほどのトラブルを抱えていない限り、はじめて出走する人でもここまでは必ず行ける。一人では厳しいかもしれないが、マラソン大会など集団で走る場合、人は21km走れるようにプログラミングされている。この地点にまで達せずリタイヤする人は、16000人の中にもそんなに存在しないのである。

 

 但し、ここからは別世界となる。21kmまではまだ「助走」に過ぎず、それに薄々気付かされるのが22km付近、やがてそれが確信に変わるのが23kmポスト、24kmではいよいよ痛みでヤバい雰囲気となり、25kmで人は絶望を知る。

 

「梨本さん!」

 

 ちょうどこの辺で、まだ往路にいたヤマとすれ違う。反対側にいたとき、先にいるであろうバンちゃん、バッキー、中尾さんを見つけることは出来なかった。そしてこちら側に来てからは、プロやノム、ホッシーにも会っていない。バンちゃんやバッキーはともかく、他のみんなは、まだちゃんと走っているのだろうか。ヤマは、ヒザは大丈夫なんだろうか。でもヤマ、そこから先はもっと長いぞ、なんとか頑張れ、アディオス、アミーゴ。

 

 さて、ここから先の17キロと195メートルは、これまでの25kmの三倍ほどの長さに感じる区間だ。人は己の疲労度によって、時間を速く消化したり遅く消化したりする。むろんこのときには「完全に消化不良」だ。何しろ筋肉、関節のほとんどすべてにトラブルを抱え始めていて、それらが一体どこまでごまかせるのかという大きな不安と戦い始めているからだ。すでに左右のふくらはぎはパンパンであり、いつ攣ってもおかしくない。さらにはそれをかばって両太ももの裏側にもハリが出始めていた。それまでの3分間が1分になり、3kmが1kmとなる。要するにくたばりはじめていた。オレ自身、いつもいきなりペースダウンするのが、この25km付近である。

 

 だが、今回は「何があっても30kmまでは同じペースで行く。そのためのスローペースなのだ」と言い聞かせていた。この前半のガマンが効いているのか、確実に体は蝕まれているものの、まだ最悪の状況には至っていない。節々に痛みは走っていたが、ギリギリでキロ6分台をキープできそうではあった。

 

 しかし、それはどうやら周囲のみんなも同じことのようだった。3年前までは、21kmの折り返しを過ぎるとあからさまにペースダウンしている人が数多く見受けられ、25km付近では歩いている人もかなりいた。しかし今年は、そういった人が非常にすくなかった。これはその後30kmを過ぎるまで、すなわちオレ自身の目標値に達するまで続くこととなる。恐らくこのマラソンブームによって、全体レベルが上がったのだろう。

 

 いくら自分自身との戦いとはいえ、この辺で頑張ると100位単位で順位が上がっていくと予測していたので、これには少しマイってしまった。復路では、かなり早い段階から首都高堀切ジャンクションが見え隠れしている。しかしすぐに手が届きそうなそのポイントには、いけどもいけどもなかなかたどり着かないのだった。

 

 なんとか当初目標としていたペースを崩さずに、30kmに達した。一度も7分台に落とさず、5分後半から6分半ば、水分や軽食補給時で6分後半を保持した。30kmでは一旦ストレッチを入れる意味で歩くと決めていたので、水分補給ならびにパンやバナナ、ザバスのタブレットなどを口に放り込み、それらを摂食している間のみ歩いた。なるべく大股で、縮み上がろうとしている筋や筋肉をゆっくりと引き伸ばすように。

 

 さすがに30km、センチに替えれば300万センチもの距離を連続で走ると、たいていの人間は悲鳴を上げる。一歩を1メートルに換算しても(実際には非常に小さな歩幅で刻むように走っているので、70センチにも満たないはず)フルマラソンでは4万2千回のストロークとなり、左右それぞれの足が2万回とちょっとずつ前後したということになる。人間の足はCBR250RRではないから、当然高回転に弱い。クランクたる股関節、コンロッドたる大たい骨、ボールベアリングたるヒザ、ピストンたる足、そしてピストンリングたる足の裏。全部擦り減ってザラザラする。焼きつく寸前だ。今すぐアタリを擦り合わせしたいくらいだ。

 

 ただ、今年は余計なことは絶対にしないとも決めていた。荒川マラソンでは至る箇所に救護所が設置され、万が一のときにも迅速に対応できるよう救護士さんまでを含め完璧な配備がなされている。そしてそういった場所にはスプレー式の筋肉冷却剤なども設置されているのだ。もちろんサロメチールもある。3年前までは、足が痛くなるとこれらをギンギンに擦り込んでいた。節や筋肉痛には絶対に効くはずだと。しかし、それらを直接患部に塗りこみ、そのまま走り出して三月の風に当たると、必要以上に筋肉が冷やされてしまい、痛みはともかく今度は足攣りの恐怖と戦うこととなるのだった。だがら、どれだけ痛みがあろうと、走り続ける限りは自分で痛みを処理しなければならないのである(一部、ドーピングに引っかかりそうな対処で歩を進める人たちもいます:笑)。

 

 歩いている間、この後のレース展開を組み立てることにした。残り約12kmをどう戦うのか。そもそも完走さえ怪しかったこのレース、しかし現在は予想をはるかに上回る展開になっている。前半のペースはむしろ遅かったものの、それを30kmまで続けたことで、これまでのタイムと遜色ないどころか、下手をするとベストさえ狙えるかもしれない、という状況下にいた。だが、そのときだった。

 

 焦るな。

 

 まだマラソンははじまったばかりじゃないか。マラソンのスタートラインは、30kmからだろう?

 

 そんな声が聞こえた。その通りである。8耐におけるケンツのスタートラインが7時間過ぎだとしたら(川島監督、他意はないですよ!)、マラソンのスタートラインはまさしく30kmに他ならない。すなわち「ここから先は何が起こるか誰にも予測できないもっともスリリングな時間帯」ということになる。

 

 ふんどしを締めなおすつもりでスポンジで顔を洗い、目を覚ます。無性にタバコが吸いたくなった。初年度「途中で絶対にタバコが吸いたくなるだろう」とライターと一本のセブンスターのみをラップで巻いて持参した。しかし結局は吸えなかった。ペースが速くて息が上がり、まったく吸いたいという気持ちになれなかったからだ。だが、今回はペース的に緩かったせいもあるかもしれないが、とにかくこの30kmポイントで無性にタバコが吸いたくなってしまった。複雑な思考と過度の運動にとって、タバコは最高の良薬だ。ボランティアで沿道を縁取る応援者たちが様々な差し入れをしてくれる。砂糖、黒糖、塩、梅干、グレープフルーツやレモン、ポカリなど気の利いたものばかりだ。もしかしたらと周囲を見回しては見たものの、いくら探したところで「セブンスターあるよ〜!吸って〜!」などという人はやっぱりいなかった。無性に紫煙に包まれて尻をつきたかった。だが、まだまだそれは許されそうにない。

 

 この後の12km展開が決まった。まず33kmのシャーベットポイントまで2kmは頑張って走り続ける。そこでもう一度シャーベットを食べながらストレッチし、34kmから37kmまで一気に3kmを走りきる。残り5kmを三分割し、2km、1km、2、195kmと考え、それぞれ上手に歩きを入れながらゴールへ向かう、という作戦。

 

 しかしこの作戦は速くも33kmポストで崩れ去る。なんと、これまでずっと33km付近にあったはずのシャーベットポイントが、なくなってしまっていたのだ。これにはかなりガックリきた。特別シャーベットが好きなわけではないが、マラソン通にとっては「シャーベット=荒川マラソン」というくらいの名物であり、ようやく残り10kmを切ったという安堵感を得られる神聖な地点でもあったのだ。それが、ない。

 

 しかし、ないはずはなかった。シャーベットが待ってるよと、さっきも沿道の人たちが励ましてくれたばかりだ。

 

 では一体どこにあるのか。そんなに先にはないだろう、いずれにしてもこの先は10km未満だ、あまりゴールに近い地点で用意されても嬉しさは半減する、しかしそんなことは大会運営委員会も熟知しているはずだ、だったらなおさらどの辺にあるのかわからなくなってきた、わからないこと考え続けてもわからないに決まっているんだからわからないままにしておかなくちゃいけないけどでも一体どこにいるんだシャーベット!

という思考回路になると、体のダメージは深刻さを増す。

 

 思考を放棄した。

 諦めたのではない。放棄したのだ。

 どういうことか。

 こういうことだ。

 

 この先、必ずシャーベットはやってくるだろう、しかしそこまで果たして何万光年離れているのか、何海里泳いでいかなくちゃいけないのか、皆目検討もつかない、ならばこうしよう、いずれシャーベットは降って来る、でも、そこまで一気にいかなくちゃいけないというキマリはない、キマリごとは厳正なる距離と時間によって決められるべきであり、抽象論によって左右されてはいけないのだ、つまり当初の目的の33km地点を過ぎたのだから、休め。オレは走るのをやめ、しばし歩くことにした。

 

 30〜31km間、7分21秒、

 31〜32km間、6分43秒

 32〜33km間、6分40秒

 33〜34km間、7分50秒。

 

 そして35kmポストにようやくシャーベット登場。

 

 これを発見したため、34〜35km間ではダッシュを入れて、6分53秒。

 

「手前にあるのが柔らかいシャーベットですから、手前からお取りくださ〜い!」

 

 ボランティアスタッフのお母さんがハリのある声を上げてそういう。しかしご飯もメンもパンでさえ「固めでお願いします」なオイラは迷わず一番奥のものに手を出した。木製スプーンが突き刺さらないほどの硬度、ん〜完璧だ。

 

 だが、そう思えたのはほんのつかの間のことだった。

 あまりに硬く、そして冷たいがために、喉を滑り落ちていかないのだ。

 

 それなら簡単だ、そんなアイスはとっとと放り投げて、ゴールへと向かえばいいじゃないか。

 

 そう考えたアナタ、アナタにはまだシニイクカクゴ、すなわち増田明美さんの言葉を知らないド素人ということになる。

 

 シニイクカクゴ、つまり42.195kmを自足で走破するためには、ありとあらゆる煩悩と戦い続けなければならない。108つどころではない。少なくとも右足2万1千、左足2万1千の合計4万2千個の煩悩と戦わなくてはならないのだ。人間なんて一歩進めば新たな欲求が芽生える生き物だからね。

 

 そんな最中にようやく手にしたシャーベットを、捨てられるはずがないでしょう?

 

 いや、違うんです、アイスが食べたくて仕方がないとかもったいないとか、そういう次元のハナシではないんです。

 

 アイスを捨てたら、走らなくちゃいけないでしょ?

 

 アイスが手元にあって、それを頬張っている限り、走らない理由がひとつ生まれるでしょう?

 

 痛みに全身が支配されているとき、人ってのはそう考えちゃうものなんです。

 

 すでに周囲はシャーベットを食べ終え、それぞれが次の限界点に向けて走り始めていた。しかしオレの手にはいつまでたっても溶けることのないオレンジ色のシャーベットが、ひんやりのっかったままだった。オレには、走り出せる要素が見当たらなかった。ようやくアイスを手にした35kmポストから次の36kmポストまでの所要時間、実に9分52秒………これは今回のもっとも遅い区間タイムとなる………。

 

 ようやくアイスを食べ終え、100だった痛みが99・998パーセントほどまでトーンダウンし、次の36〜37kmは6分39秒へとペースアップ。さらにそのままいけそうな雰囲気だったので、37〜38kmも6分51秒をキープ。残り、4.195km。

 

 だが、トーンダウンしたはずの0.002パーセントが速くもオーバーフロー、すでに110パーセントほどにまで痛覚が吹け上がる。38〜39km間8分23秒、39〜40km間、8:01秒。

 

 ここまで、か。

 

 ここまで、なのか。

 

 いよいよ「走る」という単純な行為が出来なくなりつつあった。両足は鉄棒だ。体操選手がいれば横にぶら下がれるだろう。節も筋もなにもない。これだったら普段歩いているスピードの方が速い、というほどにまで、速度は落ち込んだ。競歩の一歩手前、かろうじて速筋を使って足を持ち上げようとする意志のみが「走る」という行為の証じゃないかといいたくなるほどの、遅さ。道行くすべての人から離されて行く。すぐそこにあったはずの世界が遠のいていく。自分以外のすべての人間を強いと思う。バイクで優勝目前にハイサイドで吹き飛んでいったあとと同じ風景。40kmまでなんとか出来たのに、残り2、195km、たった2195mを、オレは走りきることが出来ないのか………。

 

つづく

  
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March 18, 2009

四度目の荒川マラソンチャレンジ【20090315】

300

 

 3年ぶりに挑戦したマラソンが終わった。

 

 前回出たのは2006年、もて耐チャレンジ初年度のときで、当時はまだ?35歳。

 

 気付けばそれから3年も経っっちゃった。

 

 あんまり実感はないけど恐らくはきちんと体内外で齢を重ねているはずで、だからこそしっかり事前準備をして挑まなければならない、なんて殊勝なことを感じていたんだけど、結局ほとんど走れないまま当日になっちゃった。

 

 5年前、2004年は初チャレンジで4時間30分切り。4時間28分07秒、という記録だった。

 

 但しこのときは相当に走りこんで、事前準備はバッチリだった。サブスリー目指すぜ!なんて生意気なことをホザイていたような気がする。しかし終わってみれば尋常ではない体の痛みに愕然、なんじゃこりゃあってくらい、ヒザから股関節から首まで、節という節、筋という筋、全部痛かった。正直すぐに救急車を呼びたいくらいで

 

「もうヤメよう」

 

というのが完走直後の感想。終わった後に飲みにいけるのか、真剣に悩んだ記憶がある。もちろん、飲んだんだけど。

 

 2005年、二回目のチャレンジ。

 

 http://diary5.cgiboy.com/3/knancy/index.cgi?y=2005&m=3

 

 初マラソンから大分時間も経って、完全にヤル気モード。但しこのときは色々トラブってて、前年11月くらいにケンツのGSXRキタガワ号にオーディション試乗で乗り込んで、雨のもてぎを調子に乗って走り回ってブッ飛び、ヘルメットがくっしゃくしゃになるくらいの大転倒、右足剥離骨折。そのままRC211Vの試乗やらエッジ総集編(これ、写真をよく見てみると右足のブーツはツーリングモデルを着用しています。足が腫れててレース用ははけませんでした)やら、はてはZX6Rの試乗会でスペインアルメリアくんだりまでいったりして、その後JSB参戦表明をした後でのマラソン。しかも翌日から美祢の全日本テストに行かなくちゃ、という笑えない中での出走だったが、なし塾生も多く参加し、遠い将来の結果よりも目先の意地を優先、前年を大きく上回るハイペースで飛ばしに飛ばし「こりゃイクな」と思ったんだけど、結局途中で失速、30km過ぎでトイレに入り、ポンプ式汲み取りを足で踏んだ瞬間ヒザが抜け、そのままトイレから転げ落ち、動けなくなった。「塾長大丈夫ですか〜」とまずバンちゃんに抜かれ、さらには「ファイト」とコスキーにまで抜かれ、撃沈………。その後はまさしく這うようにゴールを目指して4時間40分27秒という記録。ちなみにこのときは他に岡弾、岩倉さん(サブフォー!)、あやっち、ノム(7時間26分)、ケンちゃん(リタイヤ)、クル(リタイヤ)なんかも出場していた。

 

 さらに2006年は超過酷なレースになった。

 

 http://blog.livedoor.jp/tokyospeed/archives/2006-03.html

 

 やはりハイペースで調子よく到達した折り返し、21kmで体を翻した瞬間、超ウルトラ暴風、鬼アゲインスト。この日は、東京板橋、埼玉川口界隈では三月の観測史上もっとも風の強い日だったらしく、京浜東北線やらなんやら電車が荒川上を渡れずストップまでしてるってほどの暴風。トラック上は全盛期の125のレースさえ適わない大スリップストリーム大会、30人以上が連なってそれでもほとんど歩は進まず、25kmほどでガクリと失速、ギリギリの5時間ギリがやっと、4時間51分42秒という記録だった。とにかくこれまでに参加した三回の中でもっとも厳しく、特に後半は何も出来ずに終わったという大会だった。

 

 2007年はもてぎロードレースの初戦と重なってキャンセル、昨年2008年はエントリーしてたんだけど、ちょうどその日にブリヂストンのニューモデルタイヤでスペイン、ヘレステストと重なり、キャンセル。ということで、気付けば3年の月日が流れていたわけです(現場では4年ぶりっていってたけど、記録を見たらしっかり三回走ってたよ)。

 

 今回、マラソンまでに走りこめたのは20kmほどで「ゴルフで歩いているから大丈夫でしょ」なんてことを廻りの無責任な人はいってたんだけど、歩く筋肉と、どれだけゆっくりでも走る筋肉とはまったく違う。確かに腰は強くなった気はするけど、太ももやふくらはぎの速筋は落ちていた。だからちょっと走りこんだだけで体重が2kgも増えて(食べる量は変わってません。実は荒川マラソンチャレンジ前の三月としては、この6年の中で、なぜかもっともウェイトは絞られていた)マイったんだけど、走り出して5kmほどですぐに不安は現実のものとなった。

 

 まず右のふくらはぎにキタ。これは練習段階から抱えていた不安そのもので、今までの大会ではなかった箇所の違和感。基本的には昔からなぜか攣りにくい筋肉なんだけど、どうにも攣りそうな違和感がある。

 

 今までと違い、今回はエキスパートのバンちゃん以外(サブスリーに限りなく近い、なし塾マラソンズのリーダー)はみんな一緒にスタートすることにして、久しぶりの再会であるノム、そして同級生のプロゴルファータカハラ、カメラマンでありなし塾生でもあるヤマ、さらに中尾さんと一緒に走り出した(バッキーはスタート前のオシッコ渋滞の最中にはぐれてしまい、昨年骨折したホッシーはさらに後ろからのスタート)。

 

 最初の5km、一緒に走ったのは元祖シブロクメンバーのノムだった。思えば2005年、最強の体を作り上げ、これでもかというほど走り込みをし、まさに必勝体制で荒川市民マラソンに挑んだはずのノムだったが、なんと当日のユニフォームは真白なニッカポッカ上下に「梨本塾」の刺繍、そしてニッカポッカチョッキのたっくさんあるポッケのすべてに「ウィダーインゼリー」を仕込んできた。恐らくそれだけで数キログラムはあるんじゃないかという重装備、マラソンというよりは、何かサバイバリックなスタイルで、誰が見ても相当ヤバい出で立ちだった。そしてスタート後、早々にノムは消え去り、それから7時間半後、撤収&回収バスのすぐ前にズタボロになって歩く男一人、それがノムだった。聞けば、やはり重過ぎたウィンダーイン、しかし周囲の競技者に配ろうとしても怪しまれて誰も受け取ってくれず、もったいなからとすべて吸い尽くし、飲み干し、そして、下痢になった。

 

 ………下痢はねえよなあ。フルマラソン中にもっともやってはいけないことのひとつが、間違いなく下痢だ。トイレに行く時間のロス、と考えるアナタは素人さんです。もちろんそれもそうなんだけど、マラソンをしながら「大」のスタイルをとること、それはすなわち「死」を意味するのです。二度と立ち上がれない、なんてこともザラにあるわけですよ。ちなみに翌年の2006年は本当に尋常ではない強風に見舞われていて、あろうことか女性がトイレに入っている最中にそのトイレが吹き飛ばされ、救急車まで出るという始末に。普段なら笑えるそんな話も、実際にマラソンを走っている者にはとてつもない恐怖であるわけです。「走る」「前に進む」という動作以外、ほとんど体は何も機能しなくなってるからね。

 

 さてそんなノムとのランデブーが楽しくないはずがない。そんなに飲んだこともないし、がっぷり四つ話したこともなかったので、いい気分転換だとしばらく話しながら歩を進めた。

 

「なあノムよ、こんだけの人数がさ、ひとつの方向に無言で走り続けて向かっていく、なんてのは、哲学的だよな。まさに生の起源たるべき秩序と方向性だ」

 

「塾長、この参加賞のTシャツひとつとっても不景気の波を感じますね。前はきちんとデザイナーがデザインをしていたのに、今回はただ協賛スポンサーを並べただけですよ」

 

 まあ他愛もないハナシといえばそれまでなんだけど、ただ土手の中を延々走るってのも厳しいハナシなので、ヘラヘラ笑いながら久しぶりのノムとの会話を楽しんだ。

 

 ちなみに今回はな〜んも下準備が出来ていなかった代わりに、作戦だけは練っていて、それを寸分たがわず、現場の己の欲求に負けず、どれだけ遂行出来るかが大きなテーマだった。過去、これが出来た大会は一度もないからだ。でも、たかだか一週間程度のジョグだけで、脚力勝負なんて出来ようハズもないわけで、そんなら脳みそ使うしかないと考えた。

 

 ノムと哲学だ景気だのと話している時のペースがおよそキロ6分強程度、しかしだんだんノムの息遣いが粗くなり、額の汗の量が増して、やがて返事がなくなり、気付けばいなくなっていた。あまりに早い脱落だったが、今回のノムの衣装はTシャツに短パンと、ちょっと見では普通のランナーだ。だが………。

 

「この後、仕事でも使えるのがいいかなと思って」

 

 16000人を超えようかという数多くのランナーほぼすべてが「より軽くて楽なシューズ」を欲する中、ノムの足元を彩るのは真っ黒なアイツ「セーフティーシューズ」だった。そう、つま先にスチールの入った、安全靴だ。確かにドラえもんやらクマプーやらデビルマンやら様々な衣装で出走しているツワモノがいたが、しかしたぶん16000人の中に【安全靴】で出走した人間は一人もいないだろう。あんなもんで、走れるはずがない。オレはそんなノムが大好きだ。だが、この旅路に「振り返る」という要素は含まれない。左右を確認し、しかしけして振り返らず、ノムを見捨てた。アディオス、ノム。

 

 安全靴ノムがいなくなり、次にやってきたのは同級生のプロゴルファー。今年初挑戦である。20年前はかなりいかつい体つきで運動神経もよかったはずなんだけど、今は見るも無残に膨れ上がり、ちょびっと走るとヒザに来ちゃう。しかしそのプロがなんとオレを抜きにかかってきた。たぶん、6〜7km前後でのことだ。

 

 とりあえず、色々な言い訳やら作戦やらあっても、コイツだけには死んでも負けない、というのも重要なテーマのひとつだったので、これには若干面食らった。試しに少々ペースアップして追走してみると、キロ5分50秒前後で走っている。

 

 これは想定外だった。ここで大いに悩む。ここで目先の意地で前に出て、その後も一切前に出さないような、今シーズンのWSBK、ベン・スピーズのように走るか、それとも本来の自分の作戦通り、キロ6分〜7分以内というものを徹底するか。

 

 戦いは、長い。

 

 本当にマラソンの戦いは、長い。

 

 そしてもうひとつの長い戦いであるゴルフにおいて、その場しのぎの勝負に没頭する危うさを、オレはマラソンに出場しなかったこの三年間で学びに学んだ。しかもそれを学ばせてくれた人の中には、目前の膨らんだプロも入っている。

 

 追走をやめる。いずれあいつは落ちてくる。必ず落ちてくるだろう。その前にオレは自分の戦いをしなくてはならない。自らトラブルに入り込んでいくような戦術を取ってはならない。本来の自分の目的と作戦を、徹底して追従するんだ。

 

 ものの1kmほどだったろうか、一時離れたプロが早くも近づいてきた。デーッデン♪とジョーズのテーマを口ずさみつつ背後から迫ると

 

「行ってい〜よ〜」

 

とあっけないセリフ。ノムという話し相手を失ったばかりで、出来ればプロとしばらく話し込みたかったのだが、そういうムードでもないらしく、また見捨てることになった。アディオス、プロ。

 

 しかし今度は、自分がサヨナラを言われることになる。伏兵の中尾さんだ。梨本塾の常連であり、彼も今年初挑戦となるランナーである。ハッキリいって負ける気はしなかったが、ゴルファーと同じく、その容姿や雰囲気でランナーを判断してはいけない。中尾さんもどうやらマジに走りこんでいるらしいし、もしかすると全然勝てないのかもしれない。

 

 さらにもう一人の快足、バッキーにも行かれた。どうやらスタート前のオシッコだなんだで出遅れていたらしく、一気にフルスパートをかけて追い越していく。まったく追従する気にもなれないほどの速さだ。バッキーをマラソンに引きずり込んだ張本人はオレで、数年前、バイクでまったく転倒癖の抜けないバッキーに「いいから痩せろ、痩せてからのバイクだ」とかなんとか言ったことがあって、バッキーはそれから律儀にも日々走りこみを実践し、72kgから55kgへと、なんと17kgもの減量を達成してしまった。なんだよバッキーよ〜痩せなくちゃいけないのオレになっちゃったじゃねえかよ。うるとらシャープになったバッキーの背中を見ながら、そんなことを思った。

 

「もうダメです。今回はリタイヤすると思います」

 

 しばらくするとまた聞き覚えのある声が追いついてきた。カメラマンのヤマである。サイクリスト試乗ではマ・ツーリングで一緒に仕事をしているが、昨年からなし塾にも参加してくれている。旅行好きで中東なんかも旅していて、こないだはパレスチナでイスラエル兵に催涙弾を打ち込まれ、つい先日は韓国と北朝鮮の国境まで行ってきたそうだ。マラソンチャレンジは二度目だが、前回の完走後はほぼひと月以上に渡ってヒザの痛みに苦しみ『もう出ません』と豪語していた。しかし時がたてば………である。

 

 どうした?ヒザかい?

 

「ですね、もう厳しいです」

 

 聞けば、スタートから2km地点で、前回痛めたヒザと反対側のヒザに痛みが走り、すでに相当キテるらしい。はじめに痛めた患部をかばうことで、その逆サイドが痛くなる、というのもマラソンでは毎回悩まされる症状である。だが、こときオレ自身もすでに右のふくらはぎの違和感は結構なものになってた。すでにそれをかばい、左の太ももやふくらはぎを使うよう意識している最中だった。

 

 さて、マラソン走行中に悩み事は禁物だ。何があってもポジティブに、全身に痛みが走り明るい未来など何一つ思い浮かばなくなったとしても、顔だけはヘラヘラしてたほうがいい。顔をしかめていようが泣いていようがマラソンの痛みはけして中和されない。ならば、せめて笑っていた方が、気が楽になるのである。

 

 オレたちは走りながら、互いの写メで撮り合いをはじめた。携帯を持って出走したのははじめてだったが、今回狙っている程度のペースであれば、これは大正解だ。悩みになってしまうほど頭を使うことになれば疲れるのでNGだが、その手前で適当な情報に耳や目を遊ばせる、という程度であれば、大いに気分転換になるのだ。何度も写真を撮り合い、そして互いの画像を確認して、笑いあった。もちろん体に異常が起き始めていることは、互いに分かっている。それでもオレたちは何も言わず、ヘラヘラと写メを撮り合い、そして別れた。アディオス、ヤマ。

 

 この辺りから、完全に一人旅となる。周囲にはデビルマンやクマのプーさん、或いはコスプレなど様々なファッションで場を和ませる競技者たちがいる。部外者にとって、彼らは単なるオチャラケにしか見えないのかもしれないが、先に【ツワモノ】と書いたように、彼らほどスゴい連中はいない。何しろTシャツ短パンで走っても、体はものすんげえ重いのだ。それなのに彼らは着ぐるみをまとい、デビルマンはデビルウィングを広げて、走り続けていた。恐らく風の抵抗値だけでもオレの倍以上あるだろう。さらには被り物をしていることによる呼吸の難しさもある。それでも彼らのペースは速い。昔「いつか皮つなぎを着てヘルメットを被って出走したいなあ」なんて戯言をほざいたが、とんでもないことだった。レース前にジョギングしたとき、あまりに花粉症がひどいのでマスクをしてみたが、ものの五分で音を上げた。凄く苦しいのだ。しかしクマプーは一切表情を変えず、沿道の人や同行競技者に愛想良く手を振っている。彼らもまた、マラソン競技の中ではけして欠かすことの出来ない大切な存在だ。

 

 つづく

  
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March 15, 2009

荒川マラソン結果

196cd462.jpgバンちゃん3h21m40

バッキー4h12m40

ナンシー4h35m56

山4h53m30

中尾5h20m30

プロ5h24m30


ノム3h44(ハーフリタイヤ)

ほっしー(ハーフリタイヤ)

みんな、なかなかの大善戦でした。

しかしマラソンは面白い。こんなに自分と戦わなくちゃ行けない趣味もないよね…オイラはひとまず35才の自分に勝ったぜ!

ここを見ている全員に出て欲しい。『マラソンは…』なんつってる人、確実に人生損してるよ!

Kei-74(+2)motor
  
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さあスタート!

9bfdeb3a.jpgすげえ渋滞してるよ。

こりゃスタート地点まで大分かかるね。

Kei-74(+2)motor
  
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March 13, 2009

レース用メットの

d94d4db5.jpg曇り防止マスクを加工して花粉完全防止みたいにしたら、かなり爆売れする気がする。普通の花粉マスクじゃ曇るからネ。

個人的に花粉で死にかけるのは筑波。あの短いバックストレッチで、はっくちょくせん!なんつってるといつの間にか50m看板過ぎてて、パニックション!サーキット走行中のくしゃみは日常のそれとは訳が違うんだよね。

アライさん、一緒に開発しませんか?

Kei-74(+2)motor
  
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March 12, 2009

レッドワイン

2dc7657f.jpg今シーズンは世の大不況を受けて海外での試乗テストも一切なくなり、すなわち焼酎の日々ということですっかり和民(あんまり行かないです)な感じだったけど、昨夜はお祝いにいただいたレッドワインで乾杯。久しぶりだったけど、ホントにおいしかった。

ワインはおいしかったんだけど超強風の中、八丁堀からトミン、トミンで100ラップ、さらに八丁堀、なんてのをバイクでやったもんだから、すべての粘膜から吸えるだけ吸い込んだラム花粉、いよいよ杉の花でも咲きそうだってくらいに目鼻はズルンズルン。ひゃっくしょん、なんてのも大袈裟なハナシじゃなかったぜ。くしゃみで死ぬ人って、マジにいるんじゃないだろうか。

てな教訓から今日はマスク着用で現場。これが完璧でいっくしょん、のひとつもなし。快適な1日だった。

それならばとランニング中にも装着したら、練炭ならぬ練ラン中毒で息苦しく却下、やはり5000メートル、35分ほどの超スローモーペース。ペースは意図するところ、但し目論見と痛みは相殺されず。タイム落ちて、なぜか体重は増えるという刹那。

膝にX字のテーピングを施しこれはチリバツ、さらに膝下三寸の縦、そしてくるぶし下側にも走らせたい感じ。

んっん〜…果たして。

Kei-74(+2)motor
  
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March 11, 2009

お久な自走

a8830e3a.jpg久しぶりに自走でトミンに来たけど寒いね!横風もいい塩梅。本日午後にテスト走。

昨夜は約7km走(自"足"走)、未だ手応え何もなく…むしろ不安が膨らむ一方。

なるようになる、ではなんともならないのがフルマラソン。

キロ七分、達成出来れば快挙か。

Kei-74(+2)motor
  
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March 09, 2009

思うに

97ebd99f.jpg最強の花粉症薬、アレグラのボールペンを貰ってなんだか嬉しい。今年もよろしくお願いします。

Kei-74(+2)motor
  
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March 07, 2009

同級生

ガレージアール





 少し前から自家用車がガタガタいい出してたんだけど

「タイヤ四つありゃいーだろ」

ってのが四輪に対する考え方なのでほっといた。

 


 

「治るわけないじゃないですか!」

 少し前に知り合いの歯医者さんに歯が痛いんだけどほっとけば治るかな〜なんて言ったらそう怒られたんだけど、今回もまったく同じで事態はどんどんひどくなり

「こりゃそのうちタイヤ三つになっちまうな」

ってんで、同級生がやっている車屋さんのお世話になることになった。

 http://gr0048.com/index.html

 ここの社長が、船館や新木場やらバリマシやらってな時代にACクレージュに乗ってた仲間(確か社長のはピンクじゃなくてグリーン系だった。ちなみにこのACクレージュ、かなり一世風靡したんだよな。ただ走り屋ってよりもヤンチャな連中が好んでたんだけど。パステルな時代の産物です)で、たぶん20年ぶりくらいの再会だったから「うおお………」ってな膨らみ方をしてたんだけど、作業はバッチリで、ベアリングを交換したら車はゴキゲンになった。そんで社長が、

「ナンシーもドリフトやれよ」

なんてけしかけてくる。そんなのオレはバイクでやってんだよバイクで。とは言わずに「ん〜機会があればね〜」なんて濁してると

「エビスで毎月やってから。行こうよ」

ってな具合に。

 思えばなし塾もエビスで始まったわけだし、織戸選手と対談したこともあるしってわけで、これも何かの縁じゃねえかとちょびっとギュルってみようかな、と思ってます。なんか、煙が出るタイヤほどいいんだって。後ろ走れないくらい煙出るのが最高なんだって。それならいっそ煙幕でも積んじゃえばいいのにね!でもそういう感覚って新鮮だし、今のバイクレースの世界でも、もしかすっと非常に大事な要素のような気がする。

「勝つだけじゃ面白くない。プロなんだから、勝ち方を見せる作品にしないと」

みたいなことをイチローが言ってたもんな。なんぼ最高速が上がってタイムが上がっても、見る人が面白くなきゃプロじゃないもんね………内側だけで満足してたらその業界はジ・エンド。既得権益油でグッタグタのオッサンだらけでオシメエだ。すでにそうなりかけてるんだけどさ。

 ということで、埼玉草加越谷春日部方面の方「ガレージアール」をぜひヨロシク!(別にお金とか貰ってないからね)越谷から埼玉の聖地松伏(遼君の故郷)へ向かう途中にあります。ドリフトだなんだは置いといて、普通の車検もバッチシやってくれちゃいます。梨本ンとこで知りました、なんつったらいいことあるかも!?キッチリ信用できる整備してくれるよ!

【ところで本日の荒川マラ練:残りあと7日、第二走】

 前回と同じく5000メートルほど、33分チョビで走る。タイムは落ちたが、走法を試行錯誤しながらなのでOK。今のところ負担に感じるのは太ももの前側の筋肉と、昔ヘシ折った大たい骨(右ではなく左)の骨折部、そして左右の股関節前側。ヒザは幾分よくなった。残すところあと7日、どこまで、何がやれるだろうか。センセ、筋肉痛ヒドイっすよ

 フルマラソンまでの走行距離総計  10km

2009荒川マラソンmap

  
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March 05, 2009

決戦まであと

81638b66.jpg10日。久々のレースだけど、本日ようやく一歩目を踏み出した。

たぶん5000mくらいのタイム…情けない。忙しいだなんだは言い訳でしかないよねー。要は心構えとやる気。

しかし改めて思う。42km走るって尋常じゃない。さらにプラスイチキュウゴが余計なんです。でもまあ今時、尋常じゃないことくらいしか面白いモンもないもんな。

とりあえず本日の痛み系、右膝、右股関節、両肩。川村センセ、どうしよ。

ちなみに同日都民140ラップ(ザッパーの川島さんに会った)、のち、打ち込み574球。こんくらいは尋常な生活でーっす。


Kei-74(+2)motor
  
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