平成27年4月9日 最高裁判所第一小法廷判決


判断事項: 責任を弁識する能力のない未成年者が,サッカーボールを蹴って他人に損害を加えた場合において,その親権者が民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったとされた事例 

裁判要旨:責任を弁識する能力のない未成年者の蹴ったサッカーボールが校庭から道路に転がり出て,これを避けようとした自動二輪車の運転者が転倒して負傷し,その後死亡した場合において,次の①~③など判示の事情の下では,当該未成年者の親権者は,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。
① 上記未成年者は,放課後,児童らのために開放されていた小学校の校庭において,使用可能な状態で設置されていたサッカーゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり,殊更に道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。
② 上記サッカーゴールに向けてボールを蹴ったとしても,ボールが道路上に出ることが常態であったものとはみられない。
③ 上記未成年者の親権者である父母は,危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしており,上記未成年者の本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。 

事案の概要: 自動二輪車を運転して小学校の校庭横の道路を進行していたA(当時85歳)が,その校庭から転がり出てきたサッカーボールを避けようとして転倒して負傷し,その後死亡したことにつき,同人の権利義務を承継したXら(被上告人)が,上記サッカーボールを蹴ったB(当時11歳)の父母であるYら(上告人)に対し,民法709条又は714条1項に基づく損害賠償を請求した。原審は,Yらに本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴らないよう指導する監督義務があり,Yらはこれを怠ったなどとして,被上告人らの民法714条1項に基づく損害賠償請求を一部認容した。

判決文 :「前記事実関係によれば,満11歳の男子児童であるBが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったことは,ボールが本件道路に転がり出る可能性があり,本件道路を通行する第三者との関係では危険性を有する行為であったということができるものではあるが,Bは,友人らと共に,放課後,児童らのために開放されていた本件校庭において,使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり,このようなBの行為自体は,本件ゴールの後方に本件道路があることを考慮に入れても,本件校庭の日常的な使用方法として通常の行為である。また,本件ゴールにはゴールネットが張られ,その後方約10mの場所には本件校庭の南端に沿って南門及びネットフェンスが設置され,これらと本件道路との間には幅約1.8mの側溝があったのであり,本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても,ボールが本件道路上に出ることが常態であったものとはみられない。本件事故は,Bが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったところ,ボールが南門の門扉の上を越えて南門の前に架けられた橋の上を転がり,本件道路上に出たことにより,折から同所を進行していたBがこれを避けようとして生じたものであって,Bが,殊更に本件道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。」
   「責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務がある解されるが,本件ゴールに向けたフリーキックの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。」
  「Bの父母である上告人らは,危険な行為に及ばないよう日頃からBに通常のしつけをしていたというのであり,Bの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。そうすると,本件の事実関係に照らせば,上告人らは,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。」


解説:民法714条1項では,自己の行為の責任を弁識する能力を有しない未成年者等の責任無能力者が不法行為を行った場合に,法定の監督義務者が存在し,義務を怠っていなかったことを証明できないときは,当該監督義務者が損害賠償責任を負うと規定しています。もっとも,同項ただし書では,監督義務者が監督義務を怠らなくても当該損害が生じたであろうときは,監督義務者の責任は発生しないものとしています。この監督義務の内容は様々であることから,いかなる場合に監督義務が果たされたと評価されるかが実務上問題となります。
  この点につき,本判決では,責任能力のない未成年者の親権者の監督義務につき,①「その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務」及び,②「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められ」る義務に分類し,本件の事実関係においてYらは両義務とも尽くしたとして,監督義務の履行を認め,Xらの損害賠償請求を棄却しました。
   責任能力のない未成年者の加害行為について法定監督義務者の責任を否定した裁判例はほぼ見当たりませんでしたが,本判決は監督義務者の免責の余地を認めており,実務上・理論上意義のあるものといえます。



平成26年3月24日最高裁判所第二小法廷決定

 
裁判要旨:労働者が過重な業務によって鬱病を発症し増悪させた場合において、使用者の安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償の額を定めるに当たり、当該労働者が自らの精神的健康に関する情報を申告しなかったことをもって過失相殺をすることはできない。

事案の概要:Y(被上告人)の従業員であったX(上告人)が、鬱病に罹患して休職し休職期間満了後に被上告人から解雇されたが、上記鬱病(以下「本件鬱病」という。)は過重な業務に起因するものであって上記解雇は違法、無効であるとして、Yに対し、安全配慮義務違反等による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償、支払等を求めて提訴した。原審裁判所は、解雇は無効であるとし、過重な業務によって平成13年4月頃に発症し増悪した本件鬱病につきYはXに対し安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償責任を負うとした。そして、その損害賠償の額を定めるに当たり、Xが、神経科の医院への通院、病名、薬剤の処方等の情報を上司等に申告しなかったことは、YにおいてXの鬱病の発症回避・発症後の増悪を防止する措置を執る機会を失わせる一因となったものであるから、過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用により損害額の2割を減額した。

判決文:「上告人は、本件鬱病の発症以前の数か月において、……のとおりの時間外労働を行っており、しばしば休日や深夜の勤務を余儀なくされていたところ、その間、当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で立ち上げることを内容とする本件プロジェクトの一工程において初めてプロジェクトのリーダーになるという相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で、業務の期限や日程を更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられず、上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上、過去に経験のない異種製品の開発業務や技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして負担を大幅に加重されたものであって、これらの一連の経緯や状況等に鑑みると、上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。」
 「上記の業務の過程において、上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。」「上記の過重な業務が続く中で、上告人は、上記のとおり体調が不良であることを被上告人に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから、被上告人としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。」
「これらの諸事情に鑑みると、被上告人が上告人に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて、上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく、これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。以上によれば、被上告人が安全配慮義務違反等に基づく損害賠償として上告人に対し賠償すべき額を定めるに当たっては、上告人が上記の情報を被上告人に申告しなかったことをもって、民法418条又は722条2項の規定による過失相殺をすることはできないというべきである。」


解説
:民法418条又は722条2項に規定されている「過失相殺」とは、被害者の落ち度によって損害が拡大した場合に、損害賠償額を減額するものです。本件では、 Xの欝病が悪化した一因として、自己の病状等上司等に申告せず、会社側YがXの鬱病の発症回避することができなかったという事情がありました。原審の裁判所は、この事情から過失相殺認定し、損害賠償額を2割減額しました。これに対し、最高裁判所は、欝病などのメンタルヘルス情報は、他人に知られたくないプライバシーに属する情報であるから、労働者から積極的に申告がなくてもやむを得ないこと、また、使用者の労働者に対する安全配慮義務が十分に尽くされてとはいえないことを理由に、過失相殺を認めませんでした。
  安全配慮義務とは、使用者は労働契約上の信義則(民法1条2項)基づき、労働者の生命・健康を危険から保護するように配慮すべき義務です。昭和50年以降、判例法理として定着し、平成20年に制定された労働契約法5条で明文化されました。本判例も、過失相殺を否定した理由として、使用者Yの安全配慮義務不履行の事実を重視したと言えます。


平成25年9月13日 最高裁判所第二小法廷判決


判示事項:保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合における主たる債務の消滅時効の中断


裁判要旨:保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合、当該弁済は、特段の事情のない限り、主たる債務者による承認として当該主たる債務の消滅時効を中断する効力を有する。


事案の概要:Xは、平成12年9月28日、BのA銀行に対する債務の残元利金約3000万円の代位弁済をした。Bは、平成13年6月30日に死亡し、Yが単独でBを相続した。Yは、Xに対し、連帯保証契約に基づく債務の履行として、本件各求償金債務について平成15年12月15日から平成19年3月30日まで合計約400万円を支払った。Xは、平成22年1月13日に、Yに対し、本件各連帯保証債務の履行請求権に基づき、求償金残元金と遅延損害金の支払を求める支払督促を申立て、2月に本件訴訟に移行した。これに対し、Yは、Xが代位弁済をした平成12年9月28日から5年が経過し、主たる債務である各求償金債務が時効消滅していると主張して、連帯保証人としてこれを援用した。原審は、上記事実関係の下において、Yによる本件各連帯保証債務の弁済は、その主たる債務である本件各求償金債務の消滅時効を中断する効力を有するものではないとして時効中断の再抗弁を排斥して、本件各求償金債務の時効消滅を認め、Xの請求を棄却すべきものとした。


判決文:「主たる債務を相続した保証人は、従前の保証人としての地位に併せて、包括的に承継した主たる債務者としての地位をも兼ねるものであるから、相続した主たる債務について債務者としてその承認をし得る立場にある。そして、保証債務の附従性に照らすと、保証債務の弁済は、通常、主たる債務が消滅せずに存在していることを当然の前提とするものである。しかも、債務の弁済が、債務の承認を表示するものにほかならないことからすれば、主たる債務者兼保証人の地位にある者が主たる債務を相続したことを知りながらした弁済は、これが保証債務の弁済であっても、債権者に対し、併せて負担している主たる債務の承認を表示することを包含するものといえる。これは、主たる債務者兼保証人の地位にある個人が、主たる債務者としての地位と保証人としての地位により異なる行動をすることは、想定し難いからである。したがって、保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合、当該弁済は、特段の事情のない限り、主たる債務者による承認として当該主たる債務の消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当である。」
「これを本件についてみると、上記事実関係によれば、被上告人は、単独でBの本件各求償金債務を相続したことを知りながら、平成15年12月15日から平成19年3月30日まで本件各連帯保証債務の弁済を継続したものということができ、この弁済が本件各求償金債務の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情はうかがわれない。そうすると、上記弁済は、主たる債務者による承認として本件各求償金債務の消滅時効を中断する効力を有するというべきであり、上記の中断は、被上告人が連帯保証人として援用する本件各求償金債務及び本件各連帯保証債務の消滅時効に対しても、その効力を生ずるといえる(民法457条1項)。したがって、上告人が本件各連帯保証債務の履行を求める旨の上記支払督促を申し立てた平成22年1月13日の時点では、いずれの債務の消滅時効もまだ完成していなかったことになる。」


解説:本判決は、保証債務の弁済は主債務の承認として主債務の時効を中断する効力を有すると判断した初めての判例です。
主債務者が債務を弁済することは、債務の承認として消滅時効の中断事由に当たり(民法147条3号)、その時効中断の効果は保証債務にも及びます(457条1項)。これに対し、保証人による保証債務の弁済は、主債務の消滅時効の中断事由に該当しないので、保証人は主債務の消滅時効を援用することができます(148条、440条参照)。
しかしながら、本件では、保証人が相続により主債務者に地位を承継していたことから、最高裁判所は、「主たる債務者兼保証人の地位にある個人が、主たる債務者としての地位と保証人としての地位により異なる行動をすることは、想定し難いこと」等を理由として、保証債務の弁済が主債務の消滅時効の中断事由に当たると判示しました。

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