平成26年7月17日 最高裁判所第一小法廷判決(平成25(受)233)

裁判要旨
:夫と民法772条により嫡出の推定を受ける子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,子が現時点において妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,親子関係不存在確認の訴えをもって父子関係の存否を争うことはできない。


事案の概要: X男(上告人)とA女は,平成16年に婚姻の届出をした。X男は,平成19年から単身赴任をしていたが,単身赴任中もA女の居住する自宅に月に2,3回程度帰っていた。 A女は,同年,知り合ったB男と親密に交際するようになったが、A女は,その頃もX男と共に旅行をするなどし,X男とA女の夫婦の実態が失われることはなかった。平成21年,A女はY(被上告人)を出産した。X男は,Yのために保育園の行事に参加するなどして,Yを監護養育していた。平成23年、A女は、Yを連れて自宅を出てX男と別居し,Yと共に,B男及びその前妻との間の子2人と同居した。Yは,B男を「お父さん」と呼んで,順調に成長している。Y側で同年に私的に行ったDNA検査の結果によれば,B男がYの生物学上の父である確率は99.99%であるとされている。 A女は,同年12月,Yの法定代理人として,X男と親子関係不存在確認の訴えを提起した。

判決文: 「民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる……。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,子が,現時点において夫の下で監護されておらず,妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。

もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である……。しかしながら,本件においては,A女が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。」


解説:嫡出推定に関する現行民法の規定は,明治31年に施行された旧民法の規定と基本的には変わっておらず,妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し(民法772条1項),夫において子が嫡出であることを否認するためには,嫡出否認の訴えによらなければならず(775条),この訴えは,夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない(777条)とされています。そして,このような嫡出推定に関する規定があることに伴い,父性の推定の重複を回避するための再婚禁止期間の規定(733条)及び父を定めることを目的とする訴えの規定(同法773条)が整備されています。これらの規定の趣旨は、旧民法が制定された明治時代は,DNA鑑定はもちろんのこと,血液型さえも知られておらず,科学的・客観的に生物学上の父子関係を明らかにすることが不可能であったことから,法律上の父子関係を速やかに確定し,家庭内の事情を公にしないという利益に資するものとして設けられたものと解されます。もっとも,民法の嫡出推定の規定の適用について、妻が懐胎する約2年前から事実上の離婚状態だった場合(最判昭44.5.29)、妻が懐胎した当時、夫が出征中で夫の子を妊娠することが不可能だった場合(最判平10.8.31集民第189号497頁)等、妻が子を懐胎すべき時期に夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合に嫡出推定が及ばない例外を解釈により認めるに至っています。本判決は、DNA鑑定によって生物学的に親子関係の不存在が明らかにされても、民法772条の嫡出推定が及ぶと判示し、従来の判例の解釈を維持しました。その判断の背景には、 DNA鑑定により、ほぼ100%の確率で生物学上の親子関係を判断できるとしても、父子関係を速やかに確定することにより子の利益を図るという嫡出推定の機能が現段階でもその重要性が失われておらず,血縁関係のない父子関係であってもこれを法律上の父子関係として覆さないこととすることに一定の意義があるとの価値判断があります。