カテゴリ: 2013年

平成25年9月13日 最高裁判所第二小法廷判決


判示事項:保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合における主たる債務の消滅時効の中断


裁判要旨:保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合、当該弁済は、特段の事情のない限り、主たる債務者による承認として当該主たる債務の消滅時効を中断する効力を有する。


事案の概要:Xは、平成12年9月28日、BのA銀行に対する債務の残元利金約3000万円の代位弁済をした。Bは、平成13年6月30日に死亡し、Yが単独でBを相続した。Yは、Xに対し、連帯保証契約に基づく債務の履行として、本件各求償金債務について平成15年12月15日から平成19年3月30日まで合計約400万円を支払った。Xは、平成22年1月13日に、Yに対し、本件各連帯保証債務の履行請求権に基づき、求償金残元金と遅延損害金の支払を求める支払督促を申立て、2月に本件訴訟に移行した。これに対し、Yは、Xが代位弁済をした平成12年9月28日から5年が経過し、主たる債務である各求償金債務が時効消滅していると主張して、連帯保証人としてこれを援用した。原審は、上記事実関係の下において、Yによる本件各連帯保証債務の弁済は、その主たる債務である本件各求償金債務の消滅時効を中断する効力を有するものではないとして時効中断の再抗弁を排斥して、本件各求償金債務の時効消滅を認め、Xの請求を棄却すべきものとした。


判決文:「主たる債務を相続した保証人は、従前の保証人としての地位に併せて、包括的に承継した主たる債務者としての地位をも兼ねるものであるから、相続した主たる債務について債務者としてその承認をし得る立場にある。そして、保証債務の附従性に照らすと、保証債務の弁済は、通常、主たる債務が消滅せずに存在していることを当然の前提とするものである。しかも、債務の弁済が、債務の承認を表示するものにほかならないことからすれば、主たる債務者兼保証人の地位にある者が主たる債務を相続したことを知りながらした弁済は、これが保証債務の弁済であっても、債権者に対し、併せて負担している主たる債務の承認を表示することを包含するものといえる。これは、主たる債務者兼保証人の地位にある個人が、主たる債務者としての地位と保証人としての地位により異なる行動をすることは、想定し難いからである。したがって、保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合、当該弁済は、特段の事情のない限り、主たる債務者による承認として当該主たる債務の消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当である。」
「これを本件についてみると、上記事実関係によれば、被上告人は、単独でBの本件各求償金債務を相続したことを知りながら、平成15年12月15日から平成19年3月30日まで本件各連帯保証債務の弁済を継続したものということができ、この弁済が本件各求償金債務の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情はうかがわれない。そうすると、上記弁済は、主たる債務者による承認として本件各求償金債務の消滅時効を中断する効力を有するというべきであり、上記の中断は、被上告人が連帯保証人として援用する本件各求償金債務及び本件各連帯保証債務の消滅時効に対しても、その効力を生ずるといえる(民法457条1項)。したがって、上告人が本件各連帯保証債務の履行を求める旨の上記支払督促を申し立てた平成22年1月13日の時点では、いずれの債務の消滅時効もまだ完成していなかったことになる。」


解説:本判決は、保証債務の弁済は主債務の承認として主債務の時効を中断する効力を有すると判断した初めての判例です。
主債務者が債務を弁済することは、債務の承認として消滅時効の中断事由に当たり(民法147条3号)、その時効中断の効果は保証債務にも及びます(457条1項)。これに対し、保証人による保証債務の弁済は、主債務の消滅時効の中断事由に該当しないので、保証人は主債務の消滅時効を援用することができます(148条、440条参照)。
しかしながら、本件では、保証人が相続により主債務者に地位を承継していたことから、最高裁判所は、「主たる債務者兼保証人の地位にある個人が、主たる債務者としての地位と保証人としての地位により異なる行動をすることは、想定し難いこと」等を理由として、保証債務の弁済が主債務の消滅時効の中断事由に当たると判示しました。

平成25年3月28日最高裁判所第一小法廷決定(平成24(許)48)


事案の概要:未成年者の父であるXが、未成年者の母であり、未成年者を単独で監護するYに対し、相手方と未成年者との面会及びその他の交流(以下「面会交流」という。)に係る審判に基づき、間接強制の申立てをした。


判決文:「子を監護している親(以下「監護親」という。)と子を監護していない親(以下「非監護親」という。)との間で、非監護親と子との面会交流について定める場合、子の利益が最も優先して考慮されるべきであり(民法766条1項参照)、面会交流は、柔軟に対応することができる条項に基づき、監護親と非監護親の協力の下で実施されることが望ましい。一方、給付を命ずる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する……。監護親に対し、非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判、少なくとも、監護親が、引渡場所において非監護親に対して子を引き渡し、非監護親と子との面会交流の間、これを妨害しないなどの給付を内容とするものが一般であり、そのような給付については、性質上、間接強制をすることができないものではない。したがって、監護親に対し非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判において、面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法等が具体的に定められているなど監護親がすべき給付の特定に欠けるところがないといえる場合は、上記審判に基づき監護親に対し間接強制決定をすることができと解するのが相当である。」
     「そして、子の面会交流に係る審判は、子の心情等を踏まえた上でされているといえる。したがって、監護親に対し非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判がされた場合、子が非監護親との面会交流を拒絶する意思を示していることは、これをもって、上記審判時とは異なる状況が生じたといえるときは上記審判に係る面会交流を禁止し、又は面会交流についての新たな条項を定めるための調停や審判を申し立てる理由となり得ることなどは格別、上記審判に基づく間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。」
     「これを本件についてみると、本件要領は、面会交流の日時、各回の面会交流時間の長さ及び子の引渡しの方法の定めにより抗告人がすべき給付の特定に欠けるところはないといえるから、本件審判に基づき間接強制決定をすることができる。抗告人主張の事情は、間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。」

 解説:民法766条1項において、父母の離婚に際して取り決められる面会交流が規定されています。もっとも、監護親が面接交流に協力しなかったり、子が監護親の心情に配慮して面会を拒否するなど、審判等で定めた面会交流が実現できない事態がよく発生します。
    そのような不履行が発生した場合の対処法として、間接強制(「履行しなければ1日〇〇円支払え」等という一種の罰金を科して、債務者の履行を経済的に強制する方法)があります。
    本決定は、面会交流の不履行が原則として間接強制になるとしつつ、面会交流の要領がどの程度特定がされていれば間接強制することができるかについて明らかしました。

平成25年9月4日最高裁判所大法廷決定


判示事項:1 民法900条4号ただし書前段の規定と憲法14条1項
                   2 民法900条4号ただし書前段の規定を違憲とする最高裁判所の判断が他の相続における上記規定を前提とした法律関係に及ぼす影響


裁判要旨:1 民法900条4号ただし書前段の規定は、遅くとも平成13年7月当時において、憲法14条1項に違反していた。
              2 民法900条4号ただし書前段の規定が遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたとする最高裁判所の判断は、上記当時から同判断時までの間に開始された他の相続につき、同号ただし書前段の規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判、遺産の分割の協議その他の合意等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではない。
         
ポイント:非嫡出子の相続分が嫡出子の相続分の2分の1とされる民法の規定は憲法違反とされ、不平等は是正されました。ただ、非嫡出子が含まれる遺産分割で既に解決済みのものをやり直すことになると不都合ですので平成13年7月から判決日までに解決したものはその当時の解決内容どおりとされました。


事案の概要: 平成13年7月に死亡したAの遺産につき、Aの嫡出子 (その代襲相続人を含む。)であるYらが、Aの嫡出でない子(非嫡出子)であるXらに対し、遺産の分割の審判を申し立てた。原審は、民法900条4号ただし書の規定のうち嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする部分(以下、この部分を「本件規定」という。)は憲法14条1項に違反しないと判断し、本件規定を適用して算出されたXら及びYらの法定相続分を前提に、Aの遺産の分割をすべきものとした。




判決文:「相続制度は、被相続人の財産を誰に、どのように承継させるかを定めるものであるが、相続制度を定めるに当たっては、それぞれの国の伝統、社会事情、国民感情なども考慮されなければならない。さらに、現在の相続制度は、家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって、その国における婚姻ないし親子関係に対する規律、国民の意識等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で、相続制度をどのように定めるかは、立法府の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。この事件で問われているのは、このようにして定められた相続制度全体のうち、本件規定により嫡出子と嫡出でない子との間で生ずる法定相続分に関する区別が、合理的理由のない差別的取扱いに当たるか否かということであり、立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても、そのような区別をすることに合理的な根拠が認められない場合には、当該区別は、憲法14条1項に違反するものと解するのが相当である。」
      「昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向、我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化、諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘、嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化、更にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば、家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして、法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても、上記のような認識の変化に伴い、上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという、子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず、子を個人として尊重し、その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。
        「以上を総合すれば、遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては、立法府の裁量権を考慮しても、嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。」
      「したがって、本件規定は、遅くとも平成13年7月当時において、憲法14条1 項に違反していたものというべきである。」
      「本決定の違憲判断が、先例としての事実上の拘束性という形でに行われた遺産の分割等の効力にも影響し、いわば解決済みの事案にも効果が及ぶとすることは、著しく法的安定性を害することになる。」
     「以上の観点からすると、既に関係者間において裁判、合意等により確定的なもの となったといえる法律関係までをも現時点で覆すことは相当ではないが、関係者間の法律関係がそのような段階に至っていない事案であれば、本決定により違憲無効とされた本件規定の適用を排除した上で法律関係を確定的なものとするのが相当であるといえる。」
     「したがって、本決定の違憲判断は、Aの相続の開始時から本決定までの間に開始された他の相続につき、本件規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判、遺産の分割の協議その他の合意等により確定
的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではない
と解するのが相当である。」


解説:非嫡出子(法律婚によらない男女関係から生まれた子)の相続分を嫡出子(法律婚に男女関係から生まれた子)の2分の1とする民法900条4号ただし書き前段が、法の下の平等を定める憲法14条1項に違反するのではないかについては、過去に、法律婚制度の維持の必要性から憲法違反ではないとの最高裁判決がなされていました(平成7年7月5日判決等)。しかし、平成7年判決においては、5人の裁判官が、非嫡出子の利益を保護すべきであるとして、民法900条4号ただし書き前段が憲法14条1項に反するとの反対意見を表明していました。その後の最高裁判決においても同様の反対意見が繰り返し出されており、今回、遂に民法900条4号ただし書前段の違憲判決がなされました。
    その後、国会において、民法900条4号ただし書き前段の削除等を内容とする民法の一部を改正する法律が可決・成立し、平成25年12月11日に施行されました。
    また、本決定は、民法900条4項ただし書前段は「遅くとも平成13年7月当時において、憲法14条1項に違反していた」と判断していることから、平成13年7月1日以降に開始された相続にも、改正後の民法900条4号ただし書きが適用されます。
    もっとも、平成13年7月1日以後に生じた相続であっても、既になされた遺産分割等が無効になるとすると、いわば解決済みの事案を蒸し返し、大変な混乱を生じてしまいます。
    そこで、本決定の違憲判断は、平成13年7月1日から平成25年9月4日までに開始された相続について、遺産分割審判等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼさないことになります。







       

平成25年11月29日 最高裁判所第二小法廷判決


判示事項:共有物について遺産共有持分と他の共有持分とが併存する場合における共有物分割と遺産分割の関係


ポイント:  ある物を複数人で共同で所有しており、その中に相続によって共有になった者とそうでない者が混ざっている場合に、共有状態を解消するには、共有物分割訴訟か遺産分割審判のどちらかによるかという問題があります。遺産分割審判では相続人全員が関与し様々な事情を考慮して判断が下されます。
  ある物を共有していた者の一人が死亡し、その持ち分が相続された場合には、相続とは関係ない他の共有者からの共有状態解消の手段は相続を巡る諸事情を考慮すべきでないので、共有物分割訴訟によるのが妥当とされました。

事案の概要:土地をX1、X2とともに共有していたAが死亡し、Aの共有持分をYら4名が相続した。土地を現金で分割することが不可能であるとして、X1らから共有物分割請求を受けた裁判所は、土地をX1、X2の共有とし、X1らがYらに本件持分の価格を支払うという全面的価格賠償による分割方法を命じた。


判決文:「共有物について、遺産分割前の遺産共有の状態にある共有持分(以下「遺産共有持分」といい、これを有する者を「遺産共有持分権者」という。)と他の共有持分とが併存する場合、共有者(遺産共有持分権者を含む。)遺産共有持分と他の共有持分との間の共有関係の解消を求める方法として裁判上採るべき手続は民法258条に基づく共有物分割訴訟であり、共有物分割の判決によって遺産共有持分権者に分与された財産は遺産分割の対象となり、この財産の共有関係の解消については同法907条に基づく遺産分割によるべきものと解するのが相当である。」


解説:共同相続人の一人が、遺産を構成する特定不動産の共有持分権を第三者に譲渡した場合に、当該第三者は遺産分割前にその特定財産について民法258条に基づいて共有物分割を請求できるかの問題については、昭和50年11月7日の最高裁判決において、以下の理由により、肯定されています。
     「遺産分割審判は、遺産全体の価値を総合的に把握し、これを共同相続人の具体的相続分に応じ民法906条所定の基準に従って分割することを目的とするものであるから、本来共同相続人という身分関係にある者……を当事者とし、原則として遺産の全部について進められるべきものであるところ、第三者が共同所有関係の解消を求める手続を遺産分割審判とした場合には、第三者の権利保護のためには第三者にも遺産分割の申立権を与え、かつ、同人を当事者として手続に関与させることが必要となるが、共同相続人に対して全遺産を対象とし前叙の基準に従いつつこれを全体として合目的的に分割すべきであって、その方法も多様であるのに対し、第三者に対しては当該不動産の物理的一部分を分与することを原則とすべきものである等、それぞれ分割の対象、基準及び方法を異にするから、これらはかならずしも同一手続によって処理されることを必要とするものでも、またこれを適当とするものでもなく、同審判手続を複雑にし、共同相続人側に手続上の負担をかけることになるうえ、第三者に対しても、その取得した権利とはなんら関係のない他の遺産を含めた分割手続の全てに関与したうえでなければ分割を受けることができない」。「これに対して、共有物分割訴訟は対象物を当該不動産に限定するものであるから、第三者の分割目的を達成するために適切であるということができる」。「このような両手続の目的、性質等を対比し、かつ、第三者と共同相続人の利益の調和をはかるとの見地からすれば、本件分割手続としては共有物分割訴訟をもって相当とすべきである。」
    本判決は、本件は共有持分権の譲渡があったものではないものの、共有物について共有持分が併存する状態が生じている点において、昭和50年判決と共通していることから、共有関係の解消は共有物分割請求によることを判示しました。

平成25年12月10日  最高裁判所第三小法廷決定


裁判要旨: 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者の妻が婚姻中に懐胎した子は、民法772条の規定により夫の子と推定されるのであり、夫が妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に実質的に同条の推定を受けないということはできない。


ポイント:  法律上女性から男性に性別の変更が認められた場合、その男性と女性との間の子は、生物学上の子ではなくとも法律上は嫡出子(婚姻関係にある男女から生まれた子)と扱われることとなり、戸籍上も父の欄を空欄とすることは許されないとしました。

事案の概要:性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項の規定に基づき女性から男性への性別の取扱いの変更の審判を受けたX1及びその後X1と婚姻をした女性であるX2が、X1以外の男性の精子提供を受けて人工授精によってX2が懐胎・出産したAの出生届を、戸籍事務管掌者であるS区長に提出した。これに対し、同区長は、 Aが民法772条による嫡出の推定を受けないことを前提に、出生届の父母Aの「父」の欄を空欄とする戸籍の記載をした。


判決文:「特例法4条1項は、性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定している。したがって、特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、以後、法令の規定の適用について男性とみなされるため、民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず、婚姻中にその妻が子を懐胎したときは、同法772条の規定により、当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、その子は実質的には同条の推定を受けないことは、当審の判例とするところであるが……性別の取扱いの変更の審判を受けた者については、妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの、一方でそのような者に婚姻することを認めながら、他方で、その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を、妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである。そうすると、妻が夫との婚姻中に懐胎した子につき嫡出子であるとの出生届がされた場合においては、戸籍事務管掌者が、戸籍の記載から夫が特例法3条1項の規定に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けた者であって当該夫と当該子との間の血縁関係が存在しないことが明らかであるとして、当該子が民法772条による嫡出の推定を受けないと判断し、このことを理由に父の欄を空欄とする等の戸籍の記載をすることは法律上許されないというべきである。」
    「これを本件についてみると、Aは、妻である抗告人X2が婚姻中に懐胎した子であるから、夫である抗告人X1が特例法3条1項の規定に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けた者であるとしても、民法772条の規定により、抗告人X1の子と推定され、また、Aが実質的に同条の推定を受けない事情、すなわち夫婦の実態が失われていたことが明らかなことその他の事情もうかがわれない。したがって、Aについて民法772条の規定に従い嫡出子としての戸籍の届出をすることは認められるべきであり、Aが同条による嫡出の推定を受けないことを理由とする本件戸籍記載は法律上許されないものであって戸籍の訂正を許可すべきである。」
 
  解説:民法は、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」(772条1項)等と規定し、夫のみが(774条)、「子の出生を知った時から一年以内に提起」(777条)等の厳格な要件を満たした場合にのみ、嫡出否認の訴えによって推定を覆すことができると規定しています(774条~777条)。これに対し、同条の推定が及ばない場合は、誰からでも、「子の出生を知った時から一年」の期間制限に服することなく訴えを提起し、親子関係不存在の確認をすることができるため、772条の適用の有無が、親子関係の争う場合に重要な基準になります。
   前述の特例法4条1項では、性別の取扱の変更の審判を受けた者は、他の性別に変わったとみなすため、同法により女性から男性に性別が変わったX1にも772条が適用されれば、AがX1の子であると推定されることになります。
    ただ、本件のX1とAには血縁関係が存在しないことが生物学上明らかなため、かかる場合にも772条を適用すべきかが問題になります。過去の判例では、夫が長期間出征中に妻が懐胎し、出産した子について、772条の適用を否定したものがあります。
    この点について、本判決は、772条の適用を肯定しましたが、この結論の背景として、現行民法が、血縁関係と切り離した形で嫡出子をもうけ、家族関係を形成すること許容している点があげられます。すなわち、民法772条による推定の趣旨は、嫡出否認の訴えによる以外は夫婦の間の家庭内の事情、第三者からはうかがうことができない事情を取り上げて父子関係が否定されることがないとすることにあります。
    本事例では、生物学上血縁関係が不存在であることは第三者にとっても明らかですが、夫が特例法の審判を受けたという事情は第三者にとって明らかなものではないので、772条の嫡出推定を排除する理由には該当しないことになります。

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