平成26年4月14日 最高裁判所第一小法廷決定
判示事項:戸籍事務管掌者が親権者変更の確定審判に基づく戸籍の届出を当該審判の法令違反を理由に不受理とすることの可否
裁判要旨:戸籍事務管掌者は、親権者変更の確定審判に基づく戸籍の届出について、当該審判が無効であるためその判断内容に係る効力が生じない場合を除き、当該審判の法令違反を理由に上記届出を不受理とする処分をすることができない。
事案の概要: X(抗告人)とBは、平成14年8月に婚姻し、同年Aをもうけたが、平成18年10月、Aの親権者をBと定めて協議離婚をした。Bは、平成20年1月Cと再婚し、Cは、同年3月、Aと養子縁組をし、Aは、実親であるBと養親であるCの共同親権に服することとなった。ところが、 Cは、Aに対し、しつけと称して、背かき棒や手拳でその身体を叩いたり、長時間正座させるなどの体罰を繰り返し、平成23年1月、Aの通う小学校から児童相談所及び警察へ虐待の通告がされた。CのAに対する上記の体罰に関する事実を知ったXがAの親権者をB及びCからXに変更することを求める調停を福島家庭裁判所に申し立て、審判に移行した後、平成24年1月、Aの親権者をB及びCからXに変更する別件審判が確定した。
Xは、別件審判の確定後である平成24年3月、本件届出をY市にしたが、Y市市長は、本件届出を不受理とする処分をし、同年5月、Xに対し、不受理証明書を交付し
た。上記不受理証明書には、「当該親権者変更の申立てを請求し得る法律上の根拠がなく、また、当該申立てによる審判に基づく届出も戸籍法上許容されないため、受理しなかったことを証明する。」と記載されていた。
判決文:「民法819条は、1項から5項までにおいて、子の父母が離婚する場合等には、子は父又は母の一方の単独の親権に服することを前提として、親権者の指定等について規定し、これらの規定を受けて、6項において、親権者の変更について規定して、親権者を他の一方に変更することができるとしている。このような同条の規定の構造や同条6項の規定の文理に照らせば、子が実親の一方及び養親の共同親権に服する場合、子の親権者を他の一方の実親に変更することは、同項の予定しないところというべきである。他方、上記の場合において、親権者による親権の行使が不適切なもので子の保護の観点から何らかの措置をとる必要があるときは、親権喪失の審判等を通じて子の保護を図ることも可能である。そうすると、子が実親の一方及び養親の共同親権に服する場合、民法819条6項の規定に基づき、子の親権者を他の一方の実親に変更することはできないというべきである。したがって、別件審判には、民法819条6項の解釈適用についての法令違反があ」る。
「 しかし、審判による親権者の変更は、その届出によって親権者変更の効力が生ずるのではなく、審判の確定によって形成的に親権者変更の効力が生ずるのであるから、たとえ当該審判が誤った法令の解釈に基づくものであったとしても、当該審判が無効であるためその判断内容に係る効力が生じない場合を除いては、確定審判の形成力によって、親権者変更の効力が生じ、当該審判によって親権者とされた者は子の親権者として親権を行使することができることになる。しかるに、このような親権者の変更が戸籍に反映されないとすると、子の親権に関し無用の紛争を招いて子の福祉に反することになるおそれがあるほか、身分関係を公証する戸籍の機能を害する結果ともなるものである。また、戸籍事務管掌者は、戸籍の届出について法令違反の有無を審査する権限を有するが、法令上裁判所が判断すべきものとされている事項についての確定審判に基づく戸籍の届出の場合には、その審判に関する審査の範囲は、当該審判の無効をもたらす重大な法令違反の有無に限られるものと解される。そうすると、戸籍事務管掌者は、親権者変更の確定審判に基づく戸籍の届出について、当該審判が無効であるためその判断内容に係る効力が生じない場合を除き、当該審判の法令違反を理由に上記届出を不受理とする処分をすることができないというべきである。」
解説: 未成年者の夫婦が協議上の離婚する際には、民法819条1項以下の規定により、父母の一方を親権者に定めますが、同条6項には、子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の親族の請求によって、親権者を他の一方に変更することができることが規定されています。本判決は、離婚して親権者になった実親の一方が再婚し、子がその再婚相手と養子縁組をして当該実親と養親の共同親権に服する場合には、民法819条6項の規定に基づいて子の親権者を他の一方の実親に変更することはできないと判示しました。この理由として、819条の規定の構造上、子が単独親権者であった実親と、これと婚姻し養子縁組した養親との共同親権に服しているような場合は、親権制度本来の姿である共同親権に服することになったのであるから、これを他の一方の単独親権に変更する余地はないとの解釈があります。また、もし親権を他の一方に変更することができるとすると、婚姻関係上にない2名以上の男性又は女性の親権者が同時に存在するという事態(再婚した元夫か元妻のみが親権を失い養父(養母)の親権には変更がない場合)や、2名の親権が衝突して子の福祉を目的とする親権が正しく行われない結果を招くおそれがあるとの問題点も指摘されています。さらに、親権者による親権の行使が不適切なもので子の保護の観点から何らかの措置をとる必要があるときは、親権喪失の審判(民法834条)と未成年後見制度(838条1号以下)の手続を執る方法があることも、本判決を支える理由の一つです。
もっとも、本判決は、Aの親権者をその実母であるB及び養親であるCからXに変更する審判が、法令違反に当たらないとして、届出を不受理と該審判の法令違反を理由に上記届出を不受理とする処分をすることができないと判示しました。これは、民法819条6項による親権者変更の申立ては解釈上認められないが、本件のように養父による虐待があった場合には、家庭裁判所が同規定の解釈を誤って親権者の変更を認めたとしても、その審判は無効にするほどの重大な法令違反ではなかったことを意味するものです。