2005年09月19日

白金分水(1)白金御殿

3f57f5e8.jpgまずは古川右岸にあたる白金台にいくつかある支流を辿ってみることとします。
恵比寿ガーデンプレイスの南側、渋谷区(恵比寿)と港区(白金台)の境界線に品川区(上大崎)と目黒区(三田)が細長く食い込んでいる一角の住宅地の裏に、ひっそりと暗渠が残っています。
この暗渠は三田用水白金分水の水路跡です。この水路はもともとは、古川北岸の港区南麻布4丁目付近にあった「白金御殿(別名麻布御殿)」のために引かれた「白金上水」と呼ばれた上水路でした。
白金御殿は1698年(元禄11年)、幕府の薬草園「麻布薬園」があった場所に五代将軍綱吉の別荘としてつくられました(薬園は小石川に移転し、現在小石川植物園となっています)。このとき三田村の字銭瓶窪(目黒区三田1−6付近)で三田上水から取水して白金上水がつくられました。上水は渋谷川を掛樋で越えていたと推定されています。
しかし白金御殿はわずか4年後の1702年に家事で焼失し、これにともない白金上水も廃止されてしまいました。その後三田上水が1722年に廃止され、1724年(享保9年)農業・灌漑用水として復活した際に、白金上水もかんがい用の用水路「白金村分水」(白金村・今里村・三田村分水とも)として復活しました。分水は90センチ四方の分水口から取水され、谷筋を流れて流域の水田を潤し狸橋の下流側で古川に合流していました。流域の都市化により、大正末頃までには大部分が暗渠化されてしまったようです。

地図

tokyowater at 22:11│Comments(0)TrackBack(0) 渋谷川下流域(古川)〜麻布、白金、芝の水系を辿る 

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