2010年12月30日

東京の水 覚書(1997年10月2日記)

東京を歩いていると結構起伏のあることにきづく。
そして注意深く歩いていれば、谷底には曲がりくねった細い道が通っていたりする。
それはかつての川の跡だ。

渋谷、代官山、宇田川町、地名と地形に痕跡を残す東京の原風景。
現代の道路は地形に沿ってではなく、地形を変えて通っている。
高層ビルが切り取る、空の輪郭は必ずしも地形の起伏を反映していない。

水は必ず高い所から低い方へと流れる。降った雨は谷に集まり、流れを作り川となる。
川の跡を忠実に辿れば、東京の地形がはっきりとわかる。

失われた水の気配を感じながら道を辿る。
想像力を膨らませる。人の流れ。水の流れ。

時には思いがけず、失われずに残っている湧き水に出会ったりもする。
東京砂漠、なんて使い古された言葉もあってなかなか信じられないかもしれないが、
東京の都心にも実はあちこちに湧水があったりする。

三方をコンクリートに囲まれ、巨大な排水溝と化した都市の川。
とても綺麗とは言えない水が流れる現実の川の姿は時には惨すぎ、あまりに近寄り難い。
むしろ、暗渠の方が、イマジネーションを拡げさせる。
が、それでもその流れがどこから来て、どこに行くのか、気になってしまう。

子供のころ親や年寄りに聞かせられた話に出てくる風景。
家の本棚にあった古い区分地図。
それらは自分が生まれた時にはすでに存在していない。
ドブ川や暗渠はそのものが子供の頃の原風景であるとともに、
話のなかで体験した失われた風景の痕跡でもある。

それは後から移り住み暮らす人にとってはただの道でありドブ川であるだけかもしれないけど、
東京に生まれ育った者にとっての場と自分とをつなぐ手がかりである、といったらおおげさだろうか。
想像のなかで、決して蘇ることのない風景を復元しつつ、体験したことのない故郷の 風景に思いを馳せ、
川(跡)を歩いていく。



tokyowater at 23:58│Comments(2) はじめに 

この記事へのコメント

1. Posted by kamisomeya   2012年10月01日 06:07
はじめまして。
東京の金魚養殖の歴史を調べていて、たまたま辿りつきました。
ブラタモリのファンでしたが、それよりもずっと前から同じように東京を探索されていたことに感嘆しました。
私はもともと湧水が好きで、中学時代、地元を流れる野川を源流の国分寺恋ヶ窪から歩いて下ったこともあります。
古川に関する記事がとても面白く、一気に読ませていただきました。
かつて数多くのせせらぎが東京の街を毛細血管のように流れていたことに、改めて気付かされました。
そして、そういった水の流れを埋め立てたり、暗渠化したりしたことが、夏の暑さや、冬の乾燥化を招く原因の1つになっているのではないかと、考えさせられました。
今もこんこんと湧き出している都会の泉は、来る巨大地震で上水道が破壊されたとき、果たして私たちの喉を潤してくれるのでしょうか。
長文のコメントで大変失礼いたしました。
また、訪問させていただきます。
2. Posted by HONDA@東京の水   2012年10月04日 00:26
kamisomeyaさん。
コメントいただきありがとうございました。現在「東京の水2009fragments」に場所をうつして他エリアの暗渠や湧水、川を記事にしていっています。野川源流各所の湧水についても記事にしていますので、よろしければ御覧ください。

http://tokyoriver.exblog.jp/i16/

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