2006年07月08日

カボラー

今日の朝メシは久しぶりに和食である。
昨日、玉の湯さんからいただいたカボスを使ってみたくって、鮎の干物を焼く。
さっそく搾ってみる。
この時期のカボスはまだ走りなので、香りが一段と清々しい。
しかもレモンのような強い酸味とは違い、素材の味に寄り添う柔らかい酸味だ。
ギュッとひと搾りするだけで、スーパーの鮎が料理屋の鮎に変身する。

ところで、大分の人が「味噌汁にカボスを搾ると旨いばい」といっているのを聞いたことがある。
“カボス王国”の大分では普段からそうしているらしい。
だまされたと思って、ちょっと試してみる。
「なるほど! 旨いばい!!」
カボスの酸味で味が際立ち、コクが増す。

こんな調子で、しばらくは何にでもカボスを使ってしまいそうだ。
“カボラー”である。
ま、醤油をじゃぶじゃぶ使うより、カラダにはよさそうだ。
玉の湯の溝口さんホントにありがとさん。(nobu)

tokyozukan at 10:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)オイシイモノ | お気に入り

2006年07月07日

由布院 理想の日常

カボス由布院・玉の湯の主人、溝口薫平さんから見事なカボスをいただいた。
野あざみが描かれた絵手紙には、
「由布山麓の野の花が、いちばん美しい季節です」
とある。う〜む、なんと強力な誘い文句だろう。
そして、なんと素晴らしい心配りなんだろう。
この絵手紙一枚で、玉の湯の穏やかな1日がよみがえってくる。

由布院・玉の湯にはボクが理想とする日常がある。
自分の日常はこのようでありたいという、憧れの日常だ。
たとえば、雑木林の散策、常にお湯が溢れる檜の露天風呂、地の物をふんだんに使った心尽くしの料理、朝の清々しい空気、静寂、木漏れ日、野の花、鳥の声…。これらのすべてが玉の湯が提供する「理想の日常」のひとつである。人はこんな日常に至福を感じ、「また来たい」と思うんだろうなぁ。
今日は七夕。短冊には「ボクを由布院に連れてって!」と、書いとこ。
(nobu)

tokyozukan at 22:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)リスペクト | 願い

2006年06月28日

それにしてもだ。

いやはやエライ騒動であった。
“カリスマ美容外科医のムスメ”誘拐事件のことである。

ムスメが誘拐されたバス停はわが家の目と鼻の先、
直線距離にして200mほどの所である。
あの日、旧山手通りにはテレビ中継車がズラリと並び、
狭い通りには何本ものケーブルが這わされ、
3億円の豪邸の前にはカメラの砲列が敷かれた。
報道陣の数は50名ほどか。
黒塗りのハイヤーも10台ほど待機していた。

町内にはメモを持った記者たちがウロチョロし、
パンを買いに出かけた我々夫婦にまで、
「池田さんとはお知り合いじゃないですか?」とか、
「最近、不審なクルマを見かけませんでしたか?」などと聞いてくる。

こんな時間(午前11時)にブラブラしている短パンで雪駄履きのオヤジが、
セレブと知り合いなわけねぇだろが! とか、
ウチのボロ車がこの辺ではイチバン怪しいクルマなんだよ!! と、
ココロの中では思いつつ、
「いやぁ気付きませんでしたねぇ」と、軽くいなしておく。

それにしてもだ。

この辺りはお金持ちがたくさん住んでいる。
個人名は出さないが、誰でも知っている有名人や大企業の社長の家も多い。
ごりっぱな家は、前をときどき通るので誰の家かは知ってはいるが、
その家がいくらで、主(あるじ)の年収がいくらかは、ボクには知る由もない。

しかしだ。この家だけは例外だった。
何度かテレビのバラエティーで、この豪邸とセレブな家族の生活が紹介されたので、
これが3億円であること、そして、主の女医は、
「時給100万円、月収1億円、年収12億円」(ご本人)ということも、
さらに「同じ服は二度と着ない」ことや、
「ロールスロイスの運転手を募集中」ということも、
みーんな知っていた。

ひとつの豪邸の購入価格が分かると、
あれが3億円なら女優のKさんの家は10億円以上するだろうなぁ、とか、
M社長の家は20億円以上だろうなぁ、とか、
おもわず余計な見積もりをしてしまう。

1億円ぐらいまではなんとかついていけるが
10億、20億となると金銭感覚が完全に吹っ飛んで、どうでもよくなる。

それにしてもだ。

ホリエモンの保釈金が3億円で、ビックラこいてたら、
彼に買収をたきつけた村上世彰の保釈金が5億円で、オクチあんぐり。
でもって、ムスメの身代金が3億円である。
すごすぎてため息が出るぞ。
昭和38年の「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の身代金が50万円だったことを考えれば、
隔世の感がある。

それにしてもだ。

昔の金持ちは名士であり、徳のある人が多かったが、
近ごろの金持ちはセレブといわれ、
豪奢三昧の生活を見せつけ、得意げだ。

悪党はそんな所に目をつけた。

それにしてもだ。

この事件のなんと乱暴なことよ。
人目のある白昼堂々、
実名で借りたレンタカーで、
しかも、携帯で14回も電話をしている。
この乱暴な犯行に、
なんだか悪党たちの底なしの絶望を感じてしまうのはボクだけだろうか。
被害者には申し訳ないが、
この事件は世を捨てたアウトローによる
明日なき革命のような気さえしてしまう。
“負け組”にも入れてもらえない者たちが、徒党を組んでのご乱行、である。
自爆テロ、である。

夜、テレビを見ていたら、国内外の超セレブを毎回紹介している番組で、
広尾に住む宝石デザイナーの豪邸が紹介されていた。
家族には今回の事件と同じ年ごろのムスメもいるし、
結婚したばかりの長男のヨメも紹介されていた。

これでは、また同じような事件が起きても不思議はない。

豪邸の所在地や、調度品の値段、はてはクローゼットの中身まで紹介しておき、
コトが起これば、その豪邸にカメラの砲列を築き、
番組VTRをニュースで何度も垂れ流す。

悪党がいちばん悪いに決まっているが、
セレブの危機意識の低さや、
テレビの責任も大きいと思ったしだいである。
(nobu)


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2006年06月24日

午後から臨時休業

朝食の後片づけをしながらフ〜ッとため息をついて「なぁ、温泉でも行かへん?」とオクさん。
「ハァ〜ッ?」と呆気にとられるボク。
「今週はな〜んか疲れたんやもん!」とオクさん。
「じゃあ、松濤にできたシェスタで岩盤浴でもしてきたら」とボク。
「アカン! 温泉やないとこの疲れは癒されへん!!」とオクさん。

てなわけで、東京図鑑は午後から臨時休業である。
高校時代からエスケープする話には必ず乗ってしまうのがボクの悪いクセだ。

で、向かったのは大月の橋倉鉱泉。中央高速をかっ飛ばせば90分もかからない穴場の温泉だ。
着替えだけをトートに詰めて1時過ぎに出発。
途中、青山のチポーラとキチネットによって撮影で使った小道具を返却。本日の仕事はこれで終了だ。

首都高も中央高速もスキスキである。
BMW2002カブリオレは都内にいる時と違い、
野に放たれたような自由奔放な走りを見せている(←ウソ。ホントはフォードのワゴン)。
低く垂れ込めていた雲が切れて、八王子あたりから青空になった。
「WOO 授業をサボって YEAH! 陽の当たる場所にいたんだよ〜」と頭の中で清志郎が唄ってる。
洗車したばかりのボンネットも夏の光を浴びて気持ちよさそうだ。
気分がいい。とっても気分がいい。アクセルをグゥァンと踏み込む。
右の競馬場も左のビール工場も、あっという間に後ろに消えて行く。

おんせん談合坂SAで昼メシ休憩を入れたけど、3時には旅館に到着。
早速、浴衣に着替え、温泉に入り、うたた寝をし、メシを食い、また、うたた寝し、露天風呂を貸し切って酒を飲み、本を読み、9時半には就寝。
橋倉翌朝は7時半起床、温泉に入り、マッサージチェアで二度寝して、そして朝メシ。
ああ、生き返ったぞ!
東京の生活にはエスケープが必要じゃ。(nobu)


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2006年06月20日

由布院かぶれ

かぶれてしまった。かぶれることなど滅多にないのだが、今度ばかりはちょっと重症だ。何かぶれかというと、“由布院かぶれ”である(経緯は6/3、6/14のブログを読まれたし)。
どうかぶれているかというと、まず、たくさんの由布院関連の本を買った。
『湯布院幻燈譜』『たすきがけの湯布院』『湯布院発、にっぽん村へ』『由布院に吹く風』(以上中谷健太郎著)、『由布院の小さな奇跡』(木谷文弘)、『湯布院素描』(新山俊則)などなどだ。
これらの本を読むと、まず、心情的にかぶれる。応援したくなったり、憧れたり、敬意を払いたくなる。
日常生活でも相当かぶれている。朝はトーストに亀の井別荘で買ったジャムを塗って食べているし、昼にうどんを食べる時は、同じく亀の井別荘自家製の柚子胡椒を七味替わりに使ってる。これが旨い。
また、ちょいと買い物に出かける時は、亀の井別荘で使っている下駄をつっかけて行く。これが歩きやすいし、気持ちがいい。
さらに、仕事に疲れるとグレゴリオ聖歌を聴く。これは亀の井別荘の天井桟敷という山小屋風の喫茶店で、BGMとして1日中流れている。これを聴きながら山口瞳の『行きつけの店』や『温泉へ行こう』を読み返すのが、至福の時である。この2冊はボクに由布院を、亀の井別荘を教えてくれた本である。
『温泉へ行こう』にはこうある。
「由布院とは、荒っぽく言えば原始の国の桃源郷である。別世界である。小林秀雄先生は、毎年冬、一度はここを訪れたという。真贋を見極める鑑定人の第一人者が選んだ温泉地なんだから間違いがない。実際、別府というのは野鄙であり俗なのだが、ひとたび山を越え、由布院盆地にさしかかると気持ちがなごんでくる。ホッとする。この、ホッとするという感じは、現代では、まことに得難いものなのである」と。

それに引替え、東京のなんと殺伐としていることよ。時間と先立つものがあれば、由布院に溺れたい。(nobu)

tokyozukan at 21:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 | book

2006年06月19日

サムライブルー

日本人にサッカーというスポーツは根本的に向いていないのかも、と、そんな事を感じてしまうような2試合であった。どうみてもサッカーは狩猟民族のスポーツだな。春にこつこつ苗を植えて、秋に刈り取るような気長な農耕民族にはサッカーは向いとらんわ。
サッカーの起源にはいろいろな説があるらしいけど、8世紀のイングランドでは、戦争で勝った方が、負けた方の大将の首を蹴り回して、勝利に酔っていたらしい。でも、そのころ日本では貴族たちが、ひとーつ、ふたーつとお品よく蹴鞠遊びに興じていたわけだ。ヤツらは戦争だったのに、こっちは貴族のお遊びだからね。ここんとっから違うわな。
それになんで39度も熱を出している俊輔を使わなきゃなんないの。戦争に臨む時に発熱してるヤツなんて邪魔なだけじゃん。それに変わるヤツがいないというのもチームとしてどうかと思うぜ。サブの選手は39度も熱を出している俊輔以下ってコトかよ。
WBCの時に、ブログで「まなじりを決する」ってことを書いたけど、川口だけだな、まなじりを決していたのは。フランス対韓国戦を見た。韓国は技術や体格ではフランスに劣っていたけど、走り負けはしなかった。だから1対1で引き分けることができたんだと思う。こんないいお手本が身近にあるのに、なんで普段からもっと走り込んで体力つけておかないの? チャンスは準備された肉体を好むんじゃ! どこがサムライじゃ、おおサムゥッ。(nobu)

tokyozukan at 22:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)まったくもう! 

2006年06月16日

アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶

ブレッソン雨の中、『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』を見にいく。上映館は渋谷・スペイン坂のライズX。今日が最終日だったので、仕事はサボった。ブレッソンの写真は芸術である。芸術は経済活動の上にあるべきだ、と思う。だから、仕事より優先しても文句はあるまい。(詭弁!)

ところで、渋谷にはミニシアターがたくさんあるが、ライズXはホントにミニだ。なにせ40席しかない。しかも、40席のくせに1階と2階に客席が分かれている。1階が25席で2階が15席だ。ところが、スクリーンの位置が1階からでは高すぎて、見上げるような格好になるので、客はわれ先にと2階席に陣取ろうとする。今日も2階は満席、1階は2〜3人のパラパラ状態で上映開始。

この映画は彼が95歳で亡くなる2年前に撮影されたもので、死を予期していたかのように、本人とたくさんの知人による貴重な言葉で、彼の写真世界がたんたんと解きほぐされていく。
ブレッソンは世界中を歩いて、ガンジーの葬儀、ロシアの解放、スペインの内戦前夜など、文字通り「決定的瞬間」を撮り続けた。事が起こってから駆けつけるのではない。ブレッソンは“匂い”を感じて、事が起こる時にはそこにいるのだ。
20世紀、少なくてもブレッソンが写真家であった時代は、都市には固有の匂いがあり、しかも人類としての共通の何かが感じられた時代だった。彼は、その匂いを撮ろうとしたのかもしれない。

いま報道や雑誌の世界では、デジカメが銀塩を席巻している。この流れはもう止めようもない。
でも、この映画を観ると、古いカメラをぶら下げて、街にスナップ写真を撮りに行きたくなる。
ブレッソンのように…。(nobu)

tokyozukan at 19:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)映画 | リスペクト

2006年06月14日

由布院ふたたび

由布院16月3日にブログで由布院のことを書いた。そしたら数日後に知り合いの編集者から電話があった。
「亀の井別荘の中谷健太郎さんを取材して欲しいんだけど」
「え、オレ、2、3日前にその亀の井別荘から帰ってきたばかりなんだけど…」
「うん、だから頼んでんじゃん!」
「で、いつ頃、いけばいいの?」
「来週中にナルハヤで!」
「ひえぇ〜!」
亀の井1というわけで、ふたたび由布院・亀の井別荘に行って参りました。
こうなると、由布院にはなんか強い縁を感じてしまいます。
2度行っただけだけど、終(つい)の棲み家にしてもいいくらい由布院の土地柄を愛しています。
取材内容は、まだ雑誌が出てないので詳しく書けないけど、久しぶりに興奮するインタビューでした。
素晴らしい街には、素晴らしい人がいるもんです。
っていうか、亀の井の中谷健太郎という人と、玉の湯の溝口薫平という人が、40年かけて、由布院を素晴らしいマチにしたんだけどね。
別荘
日本人が忘れてしまった情緒や、日本人が思い描く美しい田舎の風景が、ここには残っているんですねえ。
今度はプライベートでゆっくりと訪れてみたいマチです。(nobu)


tokyozukan at 16:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)リスペクト | 仕事

2006年06月09日

結婚記念日ライブ

6月9日は13回目の結婚記念日である。大切な日を忘れないようにと、皇太子ご成婚と同じ年の同じ日に、ボクらは籍を入れた。この日、オクさんには企みがあるらしく、数週間も前から「9日の夜は空けとくように」と厳命されていた。誘われるがままに夕方、出かける。
「今夜はぜったい、涙流して、私と一緒になってよかったって、感謝すると思うよ」とオクさん。感謝はいつもしているつもりだけど…、ま、いっか。
まず、宇田川町の「龍の髭」で、腸詰めと大根餅で生ビールをプハ〜ッ!と飲り、台湾チャーメンでサクッと腹ごしらえ。相変わらず美味いぞ。
そして向かったのはクラブクアトロだった。クアトロなんて20数年前にUKレゲエのマキシ・プリーストを見て以来だ。で、今夜のサプライズは木村充揮のライブってか。おいおい、渋いぜ! 泣けるぜ! 嬉しいぜ!!  
木村木村はんは相も変わらずステージに酒とタバコを持ち込んで「好きにやるから、好きにやってなぁ」とデビュー30年の余裕を見せる。こっちは開演1時間も前からビールやらウイスキーやらを飲んですっかり出来上がっていて、気持ちよく結婚記念日を迎える準備は万端だ。
思い起こせば17年前、ボクはある雑誌の取材で憂歌団のツアーを追っかけていて、松江のスナックで木村はんとベースの花岡さんとで朝まで飲み明かしたことがある。カラオケで「君といつまでも」や「上を向いて歩こう」を大合唱し、最後はスナックのオネエさん全員とブチューっとキスをして、ピースなココロも、スケベェな気分も、ともに大満足な夜を過ごした。若かった。エロかった。
木村はんの“天使のダミ声”は心に染みる。ワンフレーズで自分の音楽世界に客を根こそぎ引っ張り込む力がある。しゃべりも突っ込み、突っ込まれぇので、ライブという名の演芸って感じだ。ソロになってから7年、ブルースシンガーという枠には収まりきらない大きさがでてきている。好きなことやってるぞっていう喜びがステージに溢れている。
叫び、唄い、踊り、飲んだ。「キスに願いを」でちょっとウルッときたけど、泣きはしなかった。いい夜だった。幸せな夜だった。月に叫びたいほどシアワセな夜だった。
もう感謝してまっせ! ありがとね!(nobu)

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2006年06月03日

由布院の奇跡

由布院御三家に泊まる幸運に恵まれた。由布院御三家とは亀の井別荘、玉の湯、山荘無量塔の三軒である。どの旅館も雑誌の旅特集や温泉特集で必ず登場する名宿である。三軒とも20室足らずの小さな宿だ。この小ささが、宿泊者になんともいえない温もりと落ち着きを感じさせてくれる。tamnoyu2
由布院は盆地の町だ。高台から見下ろすとまるで箱庭である。道が狭いため、バスやトラックが入ってこられず、団体客用の大型ホテルやネオン煌めく歓楽街がない。だから、静かな環境と美しい景観が保たれている。kamenoi
60年代から70年代にかけて「大きいことはいいことだぁ」というチョコレートのコマーシャルがあったけど、由布院にいると“小さいことのいいこと”が見えてくる。じいさんの家に帰ったような懐かしさ、そして、もてなしの心、京都とはまた違った日本の田舎の情緒が宿や町に溢れている。
折しも6月。湯の壷川ではホタルが小さな命の光を灯していた。tamanoyu

経済効率を考えると大きいことはいいことなのだろうけど、それと引替えに失う物も多い。日本は小さいことの素晴らしさを見直す時にきていると思う。(nobu)


tokyozukan at 22:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 | リスペクト