小杉のデモ

また武蔵小杉でデモをやるようです。「社会の木鐸」であるはずの新聞メディアが公人でもない特定個人を「人種差別主義者」とレッテルを貼っていることに強い違和感がありつつ(一方的な見方による名誉棄損に思われます)、この主催者のお二人がどのような方か存じ上げませんが、よほど強い思いがおありなのでしょう。

どんな主張をされているのかとご両人のウェブでの発信や報道をみてみましたが、韓国政府の慰安婦像や竹島に関する政策、北朝鮮政府による拉致や核開発について、川崎に限らず、在日コリアンの方々を責め立てても意味はありません。母国に対する政治的影響力を持っていないからです。韓国から日本に駐在している方達についても、私の同僚達に関する限り、母国に帰れば「独島(竹島)は韓国領」と主張しているかも知れませんが、日本にいる間はその主張は抑え、普通に暮らすことを優先しています。

政府・自治体による朝鮮学校への補助金についても批判されているようです。この点については、北朝鮮が核開発を行う財政的余裕がある限りにおいて、財政のファンジビリティ(善意で行った人道的な財政支援が軍事目的に転用されること)の観点から妥当です。私たち市民の税金の使途が巡り巡って私たちに向けられたミサイルになるのでは、納得性がありません。とはいえ、朝鮮学校は民族学校としてのポリシーがあります。拉致を「でっち上げ」とする教科書への憤怒があるとしても、政府・自治体は、朝鮮学校が日本に所在する教育機関である限りにおいて、市民の税金から補助金を出すことなく、教育方針にも介入しない方が合理的と言えるでしょう。

仮にこのお二人が「敢えて川崎で行う」デモで、日本・川崎市のためになる何かを主張されたいなら、「殺せ」「ゴキブリ」のような発言は一切排除し、ひたすら|咯紊良塰\蟲鯣紳弌JFE敷地からの無条件立ち退き)、不法滞在・違法風俗反対(国籍を問わない)、H深匆馘勢力(特に川崎区、川崎駅東口で跋扈しているグループ)の排除を訴えられるのが良いでしょう。これらの問題は過去にメディアで度々報じられ、こちらでも幾度も記しましたが、川崎の一般市民や町内会、商店主・事業主が長年直面させられてきた問題であり、川崎市の対外的イメージを大きく損なってきた一因でもあります。それにもかかわらず、市長も市役所も市議も声を大にすることなく、「やられたい放題」でしたから、お二人がこの三点を強調されるならば、「川崎市民」は「よくぞ言ってくれた」と(こっそりと)称賛・支持することでしょう。

主催者の方々がこれら三点のみを主張された場合、前回の小杉でのデモのように「カウンター」なる方々(私は前回の小杉のデモでは川崎区から来ている人が多いと思っていたのですが、どうも市外から来られている「(自称)市民」の方が多いようです)が不法な座り込みをし、暴行もし、それにも関わらず特定の政党の議員さんが支持するようであれば、その方々の素性も自ずと明らかとなり、その政党は世間の信用を失うこととなると考えます。

逆に、主張が「殺せ」「ゴキブリ」になるのであれば、理解を得られることはないでしょう。

ともかく、小杉の「普通の川崎市民」の方々の身に何も起こらないことを願います。

「川崎市民」の外から見たイメージとシビックプライド

毎日新聞さんのヘイトスピーチ記事に、昨年、武蔵小杉で生じた「市民によるカウンターデモ(デモに反対するデモ)」の写真がありました。福田市長や、朝日・毎日・神奈川・東京各紙さんが「オール川崎」と語る際の「市民」が、ここに写っている方々です。「市民」の方々は道路に寝そべっていますが、警察の許可を得ていません。毎日


川崎市ではヘイトスピーチに関するガイドライン(公的施設利用の事前規制)が間もなく策定される見通しですが、この前の段階で福田市長に対して、暴力による逮捕歴が噂される方のグループが「申し入れ」の形で接触しています。

ある大企業の副社長を務められた方から「コンプライアンス上の問題が生じないよう、初めて面会を希望して来た人に対しては総務部が信用調査を行っている」とのお話を聞きました。同様に、川崎市役所なり市長秘書は何故コンプライアンス遵守の観点から市長を守ろうとしないのか不思議でなりませんが、それはともかく一見すると「パブリックコメント」も含めた「適切な」行政プロセス(デュープロセス)が進んではいるものの、「歪んだ形」で進んでいる点は否めません。恐らく上記のガイドラインに対する「パブリックコメント」も「大賛成」「より強化した条例を期待する」といったコメントで溢れ、川崎市役所はそれを良しとすることでしょう。

私が本件について問題視しているのは、この一部の、大声を上げる人達、平和のためには暴力や不法行為を厭わない人達の圧力で川崎市政の意思決定が進んでいることにあります。

記事を読まれた川崎市外の方は、写真に写っている方々を「川崎市民」の一般像と捉えることでしょう。場所が武蔵小杉であったことから、この方々が武蔵小杉住民の一般像と捉えるかも知れません。この「川崎市民」が大声を上げて策定に至ったガイドライン、そして(福田市長は既に想定していると会見で述べられている)条例が、「全国初の…」という枕詞とともにメディアによって世に広まる結果、2000年代初めころまでそうであったように、川崎市(民)は陰ながら馬鹿にされ、「川崎市民の川崎(市)嫌い」を再び生むこととなります。

川崎市はその広報戦略において「シビックプライド」なるものを掲げています。シビックプライドとは「地元への愛着、誇り」のことであり、自治体行政では「地域の価値を高めるもの」として使われつつある言葉です。川崎市はこの「シビックプライド」を上げるために予算も相応に費やしています。広告代理店や調査会社を使った川崎市のロゴマークの変更もこの一環です。今でこそ不動産業界による「住みたい街」のランキングのお蔭で武蔵小杉が注目され、その結果、イメージが少し押し上げられている川崎市ですが、市外での「ネガティブ認知度」が上がることに始まる「ネガティブスパイラル」によって「シビックプライド」は損なわれ、広報努力はいずれ塵芥に帰するものとなるでしょう。

本年秋には市長選挙が行われます。福田市長のほか自民党市議の方2名が出馬を表明され、共産党さんもどなたかを擁立するものと予想します。私が選挙参謀なら、ヘイトスピーチに関する条例を選挙の主な「公約」なり「争点」とします。ガイドラインは選挙前には策定・運用開始となりますので(選挙があるのでプロセスを急いでいるのかも知れませんが)、ガイドラインはカバーしません。

在日コリアンの方々を明確に想定した上で、,修譴蕕諒々に対する攻撃には絶対反対(日本人が海外在住時に攻撃されたらどう感じるかを考えれば良い)というメッセージを出すとともに、◆淵妊發陵由の一部となっている)池上町の不法占拠を排除すること、「大声を上げる人が政治力をもつ」川崎市において恣意的濫用の惧れのある「条例」は策定しないことを明確にします。△砲弔い討鷲塰\蟲鯏事者に遠慮する候補者の方、については策定推進派の候補者の方もおられるでしょうから、実質的には△鉢が争点となります。

市民による直接選挙である市長選挙は、市長となられる方の政策の信を問うプロセスですから、「条例」についても問うのが筋と考えます。

残念な話

以下、備忘録として。例の武蔵小杉でのデモで「反対派」2名が暴行罪で逮捕されたということです。時事通信さんと、産経新聞さんからこちらこちら。神奈川新聞さんは報じていません。

こうした暴力を伴う団体をバックにした条例が間もなく上程(恐らく可決)される見込みです。一部の方は「子どもの権利条例」や「外国籍公務員の採用」の際と同じように「市民が勝ち取った日本初の条例」と高らかに謳うでしょうが、結局は川崎市政が物理的暴力も厭わないグループに左右されていることを示すに過ぎません。阿部市政を通じてその影響は弱まりましたが、福田市長や議員の方々は人の良さに付け込まれている感じはします。

「川崎市民が市外の人に馬鹿にされる」要素を新たに作り出すようなものですが、そうなったとしても川崎市民は「オール川崎」でその評価を受け入れるべきということであり、残念な話です。

ほどほどに:友好親善のために

タウンニュースさんより、備忘録までに。韓国政府と在日コリアンの方の組織「民団」が、川崎市議に「ヘイトスピーチ規制条例」の制定を求めたとのことです。

川崎市はちょうど諮問組織をして、ヘイトスピーチ規制条例の制定も視野に入れた審議を行っているところですので、ある意味、「時宜を得た、あからさまな内政干渉」に思えなくもありません。

川崎市が韓国政府・自治体からこのような「内政干渉」を受けることは珍しいことではありません。20年前に川崎市と韓国の富川市が姉妹都市となってから度々見られてきたことです。

2006年、「姉妹都市提携10周年記念式典」の講演で当時の駐日韓国大使の方は外国人参政権の付与を「やるべきこと」と述べていました。2009年、富川市議会は、姉妹都市である川崎市を通じて「『従軍慰安婦への謝罪と賠償』を日本国政府に働きかける決議」を行いました。

とは言え、これらの言動・行動は、韓国政府・自治体が自発的にやってきたというよりは、川崎市の(自称)人権活動家の方々が在日本大使館・総領事館、富川市に持ちかけた部分が少なからずあります(最近でも市議会にこのような陳情をしている方がいます。このような陳情をされる方には川崎東口における「現代の慰安婦問題」も取り上げて頂きたいものですが)。韓国政府・富川市としては、「持ち込まれた以上は対応する姿勢を示さねばならない」という義理から、川崎市・市議会に物申しているところもあるのが実態です。

無論、外形的には事実上の「内政干渉」です。「相互尊重」「相互内政不干渉」は国際政治の基本原則であり、国際交流の基本的マナーです。一方、内政干渉は、内政干渉をする方が相手方を下に見ている場合に生じます。つまり、社交の場で「規制条例を作れ」などと公然と干渉をした韓国政府・富川市(市民)は深層心理では川崎市(市民)を下に見ていた、少なくとも尊重するつもりはなかったということを示唆しています。

尤も、内政干渉をされた方はその内容について一顧だにしないことが賢明な場合が往々にしてあります。これは結果的に、「内政干渉をされた」と感じた国民・市民が相手方に敵愾心や憎悪をもたないようにするための技術でもあります。

大島市議の応答がタウンニュースさんの記事の通りであるとすると、川崎市議会としては、「相手のメンツを潰さないように最大限留意した」と言えるでしょう。しかし、それ以上に、相手の干渉を深刻に受け止める必要はない、否、今後の交流継続のためには受け止めるべきではありません。他方、韓国政府・富川市が、市民レベルでの心からの友好親善を本当に望んでいるのならば、川崎市への内政干渉は「ほどほどに」した方が良いでしょう。

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韓国総領事ら
ヘイト規制条例に期待 政治
市日韓議連との懇親会で

 駐横浜大韓民国総領事館と日韓友好川崎市会議員連盟の懇親会(同領事館主催)が今月9日、川崎日航ホテルで開かれた。領事館や市議、民団の関係者ら約60人が出席し、親睦を深めた。
 挨拶に立った朱重徹(ジュ ジュンチョル)総領事は「韓日関係は少しずつ改善され、次の段階に進んでいる」と指摘。今後の友好親善をさらに深めるには、「地方レベルの努力も必要だが市民レベルでの取り組みも重要」と語った。
 ヘイトスピーチ問題にも触れ「川崎は日本を代表する多文化推進都市でヘイトスピーチデモを先頭に立って止めた」と評価。「大阪に次いで2番目にヘイトスピーチ規制条例が採択されることを期待している」と述べた。
 金利中(キム リジュン)民団神奈川県地方本部団長は「ヘイトスピーチは在日だけではない。障害者もターゲットとなっている」と強調。確固たるヘイトスピーチ規制のための市条例の制定を市議会に求めた。
 これに対して大島明同市議連会長は「6月のヘイトスピーチデモを止めることができたことは、川崎市と韓国が築いてきた友好と絆の強さが物語っている」とし、「これからも手を差し伸べ協力し合える関係を強化しなければならない」との認識を示した。
 懇親会は川崎市と韓国・富川市の友好都市締結20周年を記念して行われた。

絡んだ糸を解すために

例の「ヘイトスピーチ」について川崎市は規制条例を制定したいようです。

既に条例がある大阪市の事情はよく分かりませんが、川崎市においてはこの条例が制定されば必ず悪用されることでしょう。JFEホールディングス(旧・日本鋼管)が自社の敷地の不法占拠を「不法占拠だ」と言えば「ヘイト」、町内会関係者が「暴力団が住民を脅かすのを許さない」と言えば(これまでのように)「暴力団員にも人権はある」と主張し、それが何故か「韓国・朝鮮人(あるいは中国人)に対する差別、ヘイトだ」となる。不法滞在者の強制送還も「ヘイト」。教科書の選定一つをとっても、中本さんの件に見られたように、「(自称)市民団体」が行政に「ソフトな言論圧力」をかけることも多くなるでしょう。

「自らの主張に反するものは一切認めない」という考え方は、一部の個人や団体が主張している分には言論の自由の範囲内でしょうが、これが政治的・行政的に保障されれば、第2次世界大戦前の日本やナチスドイツ下、現在の中国や北朝鮮の言論統制と何が違うのだろう、と感じます。

福田市長が「オール川崎で取り組む」と仰ったのは、有権者から見ればドン引きも良いところでした。福田市長は米国での生活もおありで、「『他文化強制』と揶揄されるようなものではない多文化共生」を肌身で経験されたことでしょう。阿部元市長も米国での生活経験はおありでしたが、福田市長は学生時代に生活されている分、お若くしてコスモポリタニズムについて考えられたはずです。しかし、今回の件では、「川崎市民をして川崎市に住んでいると言うのを恥ずかしくさせてきた」方々に、本人がお気付きにならぬまま利用されているように私には見えます。

興味深かったのは、多くのメディアに報道された中原区でのデモに対する小杉住民の方々の反応でした。私は現場に居合わせていないのでデモの現場で何が主張されていたのかや、「多数のカウンター(反対勢力のこと)が道路で寝そべって交通妨害をしていた」といったツイートの真偽は分かりませんが、小杉の方々の「デモをする方も反対する方も二度と小杉に来ないでほしい」という声は印象的でした。主催者の方は高津区出身だそうで、反対勢力の方々は多くが川崎区出身とみられます。いわば「川崎市の中心」でお互い主張を為した訳ですが、結論としては中原区の方々に「両方とも二度と来るな」と追い返されたようなものです。産経新聞さんの記事にあった「どちらも怖い」という住民の方の声は小杉住民のサイレントマジョリティの声であったかも知れません。

ともかくも、主催者側の立場でも反対勢力の立場でも、「オール川崎」などあり得ないということです。福田市長はもう「オール川崎」には拘らない方が良いでしょう。そうでなければ、「福田市長に2期目はない」と私は予想しています。

デモ主催者の方について、デモを政治的・行政的圧力で止めさせるとなれば、それこそ戦前の言論統制・弾圧と同じであり、さればこそ集会・結社の自由が憲法に規定されている訳で、その憲法を無視した圧力は憲法違反であり、護憲の精神にもとります。私は昨今の改憲論議に物申す立場でもないですが、現行憲法が存在する限りにおいて、憲法の運用解釈はその時々の環境変化を考慮し、公益とのバランスをとるべきであるとしても、こと言論に関するものについては、言論弾圧と認識されても仕方ない行政行為は回避すべきでしょう。

もとより、「良いものは良い、ダメなものはダメ」と言えない社会が住みよいはずがありません。それは「社会の自浄作用」の本質の部分です。

川崎市役所・市議会においては「差別だ」「人権侵害だ」と大声を上げる人達に気を遣い過ぎてきた嫌いがあり、そしてメディアもそれを煽り、世に拡散してきたところがあります。「差別だ」「人権侵害だ」は、結局、「人間の良心の呵責を刺激しながら政治的・経済的利益を引き出す」ための術策でしかありません。それが故に、「(なま)優しい」川崎市民は長らく、ノーガードに言われるがままであり、怒りと心理的ストレスを溜め込みながら、「川崎市民の川崎嫌い」を生んできました。

例えば、朝日新聞さんは、従軍慰安婦問題の記事捏造(私個人は日韓の良好な個人的関係の構築を阻害し、政治的関係を拗れさせた点で憤慨していますが)を認めた後も、その川崎市版において、幸区戸手の不法占拠地を「自治の象徴」として取り上げていました。その不法占拠地が再開発されるので「自治の象徴が消滅する」という趣旨の記事でした。申すまでもなく、この記事には多数の批判的ツィートがついていました。確かに、不法占拠も「政治学的に見れば」、「自治」には違いありませんが、そもそも「治めることが認められていない他人の土地」です。これを称賛する朝日新聞さんは、慰安婦問題捏造で社長が頭を下げたのに、記者レベルでは全く反省していないなと思ったのですが、その記者さんからすれば、周辺の町内会関係者が「不法占拠はダメだ」言えば、、それも「ヘイトスピーチ」になるのでしょう。

一方で、川崎市内でこのヘイトスピーチへの反対運動をされていらっしゃる方々もそろそろ、「私達は反社会的勢力(暴力団、政治ゴロ、社会ゴロ)とは訣別しています」と宣言した方が良いでしょう。その中でも在日コリアンの方々は併せて「私たちはれっきとした川崎市民で、市税もしっかり納め、日本社会に貢献しています」「法律に従って生活しているので、不法占拠、不法入国・滞在を認めることは絶対にありません」と明確に述べられた方が良いです。

それができなければ、「やはり、あの人たちは後ろ暗いことをしている」「反社会的勢力とつながっている」と評されても致し方ない。結果的に、日本人や市外在住の在日コリアンの方々に、「十把一絡げ」に、陰に陽に、白眼視されてしまう事態が続いてしまいます。あくまで私的感情ですが、ちゃんとしている「普通の」在日コリアンの方々には「法令順守、日本社会への貢献」「反社との訣別」「不法占拠、不法入国・滞在追放」を発信して欲しいところです。その発信ができれば、デモ主催者はデモをやらなくなる(ストレス発散目的であるとしても、やれなくなる)でしょう。

メディアの方々も、川崎市、川崎区の在日コリアンの方々のとらまえ方、ある種のバイアス要因を排除すべきでしょう。

川崎市には3万人の外国人の方がお住まいでありながら、ヘイトスピーチの対象は専ら韓国・朝鮮籍、実際には在日コリアンの方々です。川崎市に最も多いのは中国の方で、約3割です。韓国・朝鮮籍の方は7,000人強で、国勢調査の長期統計では減少傾向にあります。ブラジルやフィリピン、インドの方も多いですが、デモのターゲットになっていることはありません。韓国・朝鮮籍の方の絶対人数で言えば、横浜市や東京城北部の方が圧倒的に多い。

にもかかわらず川崎市でのヘイトスピーチこれほどまでに注目されるのは、これまでメディアが川崎市、なかんずく川崎区を「在日コリアンが多く住む場所」という枕詞で報じてきたことによると私はみています。北朝鮮が核実験をしても、韓国で観光船が沈没しても、ワールドカップで日本と韓国・北朝鮮が対戦しても、何にしても川崎区で在日コリアンの方にインタビューして記事にするのが定番でした。そして現実には以前ここで書いてきたような、一般市民からみれば様々な「困りごと」に「同胞」が関わってきた事実があります。こうしたことが積み重なって「川崎」という場所がヘイトスピーチの場として選ばれてしまっています。

メディアの方々であればアメリカのジャーナリストであるウォルター・リップマンの著書「世論」をご存知でしょう。リップマンがプラトンの「洞窟の比喩」を援用して指摘したように、人々の対社会的認知はメディアによるフィルターが大きく影響している点は、ネットやツィートでの「皆が発信者」になる時代でも変わりがありません。さすれば、メディアが「在日コリアンが多く住む川崎区では…」と毎度のように言っていれば視聴者や読者はそう認識するようになります。そこで「川崎区の犯罪」「暴力団」「不法滞在」「不法占拠」「違法風俗」で「韓国・朝鮮系」と絡むと、どうしてもイメージの結合は不可避的になります。メディアの方々もそれを分かってか、韓国・朝鮮系の人達の事件をあまり取り上げず、取り上げても実名報道しないという手法をとってきましたが、これは「皆が発信者」になる時代となって、却ってメディア不信を惹起してしまっています。

川崎市におけるヘイトスピーチについては、主催者の方も反対勢力の方も、市長・市議会・市役所の方々も、メディアの方も、そして日本人住民の方々も在日コリアン住民の方々も、「色々とおかしい」ことがあります。この一件の背景にある「諸問題の糸」は長年の積み重ねで複雑に絡み合ったままになってきました。その結果が今の姿です。ヘイトスピーチの本質的解決のためには「色々とおかしい」ことを一つ一つ解きほぐしていくことが求められていると言えるでしょう。

その過程では「良いものは良い、ダメなものはダメ」と正々堂々と言える環境、コミュニケーションが必要です。コンフリクトも当然に起こるでしょう。「コンフリクトを良い方向に昇華(エスカレーション)する」ことがコミュニケーション、特に多文化コミュニケーションの基本です。コンフリクトがあっても、相手の意見を尊重しながら自己主張する姿勢も必要であり、「お互いにお互いの良いところを認め、それを伸ばしていくこと」「お互いが自分の悪いところを認め改善努力を約束する(自己批判・自己対決になるので、人間にとってはこれが一番辛い)」、これが大切です。

決して認めるべきでないものは、自分の主張を押し付けるために、相手の言論を封じるべく圧力をかけることや、暴力に訴えることです。そのような行為に抵抗がないのであれば「人間としての知能を失っている」と言えるでしょう(中本さんの件よろしく、川崎市の行政ではそのような行為が罷り通ってきたからこそ「川崎市民が恥じる川崎市」であった訳ですが)。

本題であるヘイトスピーチ規制条例は言論弾圧と同一になる危険性を持ち合わせています。そして現在、条例導入を謳う勢力は「予防」のための条項と「罰則」まで求めていますが、これを行政機関にさせることは「思想の検閲」に等しく、戦前の日本(特別高等警察)やナチスドイツと同じです。

昨今の話の流れは「規制条例を作れ」という一方向に進みつつあります。福田市長が「オール川崎の誤解」から離れることができない限り、条例は制定されることとなるでしょう。「(自称)人権活動家」が条例を「振り回す」ことは目に見えており、前述のような本質的な、双方向的な多文化コミュニケーションなどできるはずがありません。市民は一方的な主張の押し付けに不満を持つようになる一方、「ダメなものはダメ」と言えなくなります。在日コリアンの方々の立場は、一見すると守られても、「内心では白眼視されている」環境は変わることがありません。

私は、条例が制定され次第、不動産を売り払って市外に転居することに決めました。祖父の代から住み愛着ある川崎市、育った高津区・宮前区、住むに最適な幸区を離れるのは断腸の思いですが、規制が長期的に川崎市、ことに川崎区・幸区の治安を悪化させることは予想がついており、「言論統制のまち」に住み、納税するつもりもありません。「まともになりかけていた川崎市」がファシズムに向かってしまうとすれば残念で、「『(時には厳しさも必要な、本当の)愛』の街ではないと思うのですが、条例の制定もまた市の選択、市民の選択であり、結果が受け入れられる人にはそれで良いという考え方もあるでしょう。

納税通知書を眺めて

この時期になると川崎市から送られてくるのが固定資産税の納付通知書です。

先日、川崎駅東口の整備計画に関するパブリックコメントが公表されたのですが、このようなコメントがありました。
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銀柳街、飲み屋街、風俗街、これらも川崎東口を造ってきた大きな特徴であり、排除することなく、東海道宿場町の歴史を踏襲しながら、上手に同居していくことによって、おしゃれでありながら、庶民的な街を造っていくこともいいと思います。
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これに対する川崎市のコメントは以下の通りで、コメントの評価として「B」、即ち「 改定(案)に沿ったものであり、御意見の趣旨を踏まえ、取組を推進するもの」と評価しました。
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川崎駅東口周辺については、東海道などの歴史や文化資源を活かすとともに、これまで蓄積してきた既存の都市機能を最大限に活用することで、にぎわいの創出や新たな魅力・活力を生み出すまちづくりを推進してまいります。
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川崎市はパブリックコメントを原文のまま乗せるので、実際にそういう投稿があったのでしょう。川崎市で「風俗店を排除するな」と言う人はその筋の人くらいなものですが、そんな人でもパブリックコメントをする時代になったのかと思いもします。

しかし、問題の本質はこのコメント自体にはなく、このコメントに対する市の評価、レーティングにあります。川崎市はこのコメントを「B」評価としながら、落書き対策や羽田空港へのバスアクセス強化など経済・社会便益の点で全く合理的なコメントを「D」評価(事実上の却下)としています。

この事実が意味するところは、「今の川崎市の行政には、経済・社会便益を検討する見当識がなくなっている」ということです。

たかが川崎駅東口の整備計画でこの程度のセンスとなれば、市内各地で費用対効果の高い、少なくとも納税して良かったと思える最適な行政を期待するのは難しいと言わざるを得ません。

今後、社会保障負担は増大する一方、自治体間の行政サービスは格差が拡大すると予想されます。別の視座で言うと、川崎市では「タワーマンション建設によるドーピング」で武蔵小杉を中心に地価が上昇し、固定資産税負担が上昇しています。生活費も決して安いとは言えなくなってきました。つまり、納税者目線では「生活コストに対するリターンの悪い自治体」になりつつあります。

あまつさえ、上記のようなセンスでは、納税者目線に立った、費用対効果の高い策を川崎市に期待するのは酷のでしょう。

まとまった額が示されている納税通知書を手にし、「川崎市に住み続け、税金を納め続けるのが果たして得策なのか」、そう考えてしまいます。

中本さん

以前、こちらのブログで教育委員会への圧力について書きました。その中で中本賢さんという方の発言を引用しました。中本さんは俳優業の傍ら、多摩川の環境整備や「水辺の楽校」という環境教育をされ、私の知る限り、20年以上は川崎市の環境改善のために活動されています。最近でも、多摩区や中原区、川崎区で「楽校」の授業や講演などをされています。

その中本さんについて朝日新聞さんにこのような記事がありました。要するに、教育委員としての月給を貰いながら欠席数が多くてけしからん、という趣旨です。毎日新聞さんの記事では161回中、44回欠席したとあります(117回は出席されているとも言えますが)。

中本さんが教育委員をされているのは上記のような川崎市における環境教育の長年の貢献が故です。私の、下衆の勘繰りであれば良いですが、教育委員会の議事録を細かくチェックしした人がいるという事実から察するに、中本さんの発言を受けて恨みに思った人物が、中本さんを潰しにかかるべく、朝日新聞さんに垂れ込み、翌日(つまり今日)川崎市に発表させたのでは、と思えなくもありません。

ともかくも、責められるべきは中本さんではなく、欠席しても待遇が出る川崎市、否、国の制度の方です。

教育委員は教育委員長を筆頭とする非常勤の特別職地方公務員であり、自治体が条例によって報酬を定めるのですが、報酬は月給ベースで支払われ、その金額は20万円~25万円というのが相場です

他の自治体でも「欠席の多い教育委員」の存在が主として報酬面で問題になっています。公平公正で優良なアドバイスを提供してくれるなら「アドバイザリーフィー」が高くても私は構わないとは思いますが、増税云々している時には少しでも無駄な支出は止めるべきというのは正論です。尤も、市議さん達にお支払いしている報酬に比べればだいぶ安いですが。

ちなみに、私もかつて川崎市の委員をやりました。そこで出たのは「お車代」程度。東京の職場から参加していたので新百合ヶ丘開催などになると手元にはほとんど残りませんでした。ハンコを持って行かないとお金は出ず、休んだら、レポート提出をしなければお代はなし。教育委員とは格が違うので比較しようはないのですが、なかなかシビアでした。

揶揄

東洋経済オンラインさんにこのような記事がありましたので備忘録として記します。川崎市内の市民の方々の活動を取り上げた記事です。

この中川寛子さんなる著者の方のことは存じ上げませんが、正直なところ、十分な取材をせずに、断片的な情報をもとに思い付きで表面的な話を書いていると思える内容です。グリーンバードの方の活躍振りは知られつつあるところで、この方を取り上げたのは良いことと思いますが、全体としては、表題がそうであるように、川崎(市)を揶揄した内容です。

特に呆れるのが以下のくだりです。
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…(中略)…
確かに川崎には、ギャンブルも風俗も多い。しかし、その多様性こそが川崎の強みである。ピンクなイメージはセクシーな街と言えるし、外国人居住者の多さも川崎の面白さだ。暗いイメージの競馬場で明るく、楽しいイベントをすれば意外性がある、と見方を変えれば川崎には独自のコンテンツが豊富にあるのだ。

ただ、これまで川崎に住んでいた人たちはそれに気づかず、
…(以下略)…
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「確かに川崎には、ギャンブルも風俗も多い。しかし、その多様性こそが川崎の強みである」「ピンクなイメージはセクシーな街」などと、反社会的勢力が裏にいることをご存じなく、深い思考もなく「勢い」で書いてしまったのでしょう。東洋経済さんは単に「コラムスペースを貸している」だけとはいえ、同社のような有力経済誌が編集段階で内容をチェックせず、このような記事を載せてしまうところには驚きましたが、取りようによっては「東洋経済は反社会的勢力を肯定する文書を載せている」と見られても致し方ないでしょう。

この記事のコメント欄にはfacebookとのリンクと、いま一つ、直接書き込めるスペースが本日昼時点で存在していましたが、ネガティブなコメントが多かったためか、スペースごと削除されています。

ちなみに、川崎市に関する統計的事実として、外国人居住者は多くはありません。これについては別の機会に譲ります。

思えば、2009年4月23日付には毎日新聞ネット版の神奈川版の記事には、当時の川崎支局長(女性)の方が以下のような記事を書かれていました。
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現場から:川崎の一体感 /神奈川

川崎市の人口が140万人を突破した。

…(中略)…

川崎に住んでいると、確かに便利だ。東京に近い割に、家賃は安い。川崎駅周辺には、歩いて10分もかからない距離に、三つのシネマコンプレックスがひしめく。私にはあまり縁はないが、競馬場、競輪場、堀之内の風俗街も徒歩圏内だ。

いいことずくめの街だが、地元の人たちと話していると「でも、市としての一体感がない」という不満によく行き着く。

…(以下略)…
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「私にはあまり縁はないが、競馬場、競輪場、堀之内の風俗街も徒歩圏内だ。いいことずくめの街だが…」に大変驚いたことを今でも覚えています。

毎日新聞さんは思想的にはフェミニズムに近く、「性の商品化」に対して批判的な論調であったと理解していただけに尚更衝撃的でしたが、ともかくも三大紙の支局長さんにもなられた方が、この一文を何らの意図もなく自然体で書かれていたのならば相当に変質的であり、意図して書かかれたものなら「川崎(市)に対する究極の揶揄」と言えるでしょう。

もとい、川崎市に関心のある女性は風俗がお好きなのでしょうか。そんな訳はないと思うのですが。

続・公共の失敗:行政の不作為

連日・川崎市がメディアを賑わせています。川崎区における上村君の殺害事件と簡易宿泊所の火災(放火)事件、幸区における老人ホーム「Sアミーユ」での入居者殺害事件。この一か月くらいの報道だけみれば、残念ながら、川崎市をよく知らない人にとっては川崎市は「さつじんのまち」としか思えないでしょう。

思えば、この3年ほど、上記の三事件に加え、オウムの高橋容疑者の潜伏、横浜地検川崎支部からの強姦犯罪者の逃走、JR川崎駅における脱線事故など、川崎駅周辺では碌なニュースがありません。一度、「厄除け大師」である川崎大師の方にご祈祷頂いた方が良いのではないかと思いますが、実のところJRの脱線事故以外は全て「公共(行政)の失敗(不作為)」から生じているものです。

上村君の殺害事件は市役所・市教育委員会・神奈川県警の連携不足で予防することができませんでした。Sアミーユの事件は、最初の犠牲者の方が転落して亡くなられた後、市役所・県警が検証を放棄していたため、2人目・3人目の犠牲者の方が生まれました。高橋容疑者の潜伏を許し、発見後に蒲田への逃走を許したのも、強姦犯罪者の逃走を許したのも、県警の失敗であり、高橋容疑者の逃走についてはその当日に中原区で市内の警察関係者の「飲み会」を開いて安穏とし、責任者が謝罪したことが報じられました。

簡易宿泊所の事件では、市消防局が「火元とみられるところから油分を検出した。火の回りの速さも放火を想定した実験で確認された」とのことで放火と断定した一方、県警は「油分は検出されなかったので失火の可能性がある」としており、歩調が揃っていません。単に市消防局が収集したサンプルを共有して検証すれば良いだけの話の筈ですが、「県警は放火になると犯人探しをしなければならなくなるので、面倒臭くて失火にしたいのでは?」という声が既に聞こえてきます。

そもそも、簡易宿泊所の建築指導を市役所がしっかりやっておらず、市消防局も点検しても見て見ぬふりをしてきた結果の11名の方の落命でした。簡易宿泊所のオーナーの方が「今更、(違法である)3階建てを2階建てにしろと言われてもできない。やって欲しいなら資金を出せ」というのも「逆ギレ」であり、民度が低いといえばそれまでですが、「ずっと放置してきたはず」との「事実の指摘」は否定しようがありません。

福田市長は記者会見で簡易宿泊所の件について「各部門はそれぞれは正しいことをやっていたが、連携ができず全体で上手く行かなかった」と述べていました。まあ確かにそうでしょう。しかし、連携できていない組織は「組織」とは言わないのであり、このような「組織」が統治する自治体に安心して家族を住まわせることなどできません。

そんな中でも、川崎市の職員組合の方々は脱原発やら安保法制反対、辺野古移設反対を訴える運動に参加し、川崎市の国際化に関する政策では「国に、外国人参政権を付与するよう働きかけていきます」といった文言を加えさせることに腐心しています。外国人参政権については、以前、市内で平日昼間に開催された集会で「仕事をさぼって参加しました」と発言した川崎市職員のことがメディアですっぱ抜かれたことがありましたが、そうした政治運動は個々人の責任で個々人の自由時間になされば良いと思うものの、「川崎市民が給与を支払っている」勤務時間中にやるべきことではないでしょう。

不思議なのは、かかる「行政の不作為」を看過してきた市議会、60名の市議の方、そして(県警との関係において)16名の県議の方は、1,500万円を超える報酬(調査費等の諸費用や、議員対応をする行政のコストを考慮すると人件費は4,500万円〜6,000万円/人)を貰いながら一体何を考えて日々を過ごしておられるのだろうかということです。

地元に密着すべき市議について、横浜市は有権者数297万人で市議定数は86名であり、有権者数114万人で市議定数60名の川崎市は相対的に多い(横浜市と同じ比率なら33名で良い)のですが、多い分、横浜市議の方以上に街をよく観察し、市民生活(但し、大声を上げている一部市民ではなく、サイレントマジョリティである普通の市民)に目配せしていて良いはずであり、少なくとも市役所の活動をより丁寧にチェックできるはずです。しかし、実際にはそうなっていません。お祭りと選挙の時にしか顔を見ないか、駅前で市政を語り、市民の声を聴くのではなく、自分の名前を朝から連呼するのみです。

このような自治体に税金を払っていると思うと正直バカバカしくなります。福田市長の掲げられる「最幸のまち」が虚しく響きます。

無論、前記の事件はそもそも市民・市内在勤者が起こしたものであって、行政が起こしたものではありません。しかし、行政関係者の意識の低さと関係者間のコミュニケーション不足が、防げた筈の被害拡大をもたらしました。「事勿れ主義と縦割りは大組織の常」と諦めるのは簡単ですが、このような事態になってしまうと「行政の内側の論理」など市民から見ればどうでも良い話。「結果が全て」です。

事件そのものの解決、今後の類似事件の予防に取り組むだけでなく、行政関係者の意識変革とコミュニケーションのあり方を見直すべき時でしょう。何もされないままでは「最凶のまち」「最低のまち」になってしまうことでしょう。

安寧のために:ヘイトスピーチなるものに思う

最近、「ヘイトスピーチ」に関する動きが川崎市(というより川崎区ですが)で喧しくなっています。東京新聞さん神奈川新聞さんの記事のリンクをご紹介します。

ここでのヘイト(hate=嫌悪、憎悪)の対象は在日コリアンの方々です。

海外駐在した経験を持つ者として言えるのは、特定人種・国籍を排除することや危害を加えるかのような発言は頂けないということです。

そのような発言をする「怒りの源泉」がどこにあるかは一部理解できなくはありません。私も宮前区から引っ越してきて分かったことですが、川崎区や幸区では、日本国籍でない反社に、少なからぬ人々が嫌な思いをしています。商売への嫌がらせ、不法占拠、暴力、拉致被害者支援活動への妨害等々…。川崎駅近くに親子三代で60年住むある商店主の方は「父親の時代に朝鮮学校の生徒に暴行されることが度々あった」そうで、だいぶ痛い目に遭ったようです(日本人はチョッパリという朝鮮語での差別用語で呼ばれ、暴行を加えても構わない対象という考えだったとか)。川崎市内で在日コリアンの方々を支援されている方(その方も在日コリアンの方です)が講演で「昔は喧嘩に明け暮れたものでした」などと懐かしみながら語るのを聞いて私は虫酸が走りましたが、とにもかくにも、川崎区や幸区の日本人は「良い記憶」を持っていません。

さりながら、例えば中国や韓国に住む日本人が「日本人は出ていけ」「日本人を殺す」と中国や韓国で言われたら、心中穏やかでないはないのと同じ様に、「普通の」在日コリアンの方々の「安寧」を脅かすのは果たして如何なものでしょうか。

また私の知る、狭い範囲の、「今の」在川崎の在日コリアンの方々は真っ当な常識と行動様式をもたれています。十把一絡げに非難するかのような関わりは、私には適切なものとは思えません。確かに反社は米国国務省がマークするほどに今なお健在で、川崎市外の在日コリアンの同僚・友人達が「川崎とは一緒にしないで欲しい」と口を揃えて言うとしても、少なくとも朝鮮学校の生徒さん達による行為も拉致被害者支援活動の妨害も最早聞きません。

もとい、川崎市に関する限り、ヘイトスピーチは川崎市、特に川崎区に住む「日本人」にマイナスの影響しか持ちません。以前こちらでも記しましたが、中国系反社への対応に苦労していた川崎駅東口の商店主さんは「中国人お断り」という張り紙を店先に出したのですが、(自称)人権活動家の方(国籍は日本ではない)が鬼の首を取ったように「多文化共生を謳う川崎でこのようなことが許されて良いのでしょうか」と主張されていました。「中国人お断り」という表示は確かに別の言い回しがあったろうとは思うも、我が身とお客様を守る必要がある商店主さんの立場に立てば気持ちはよく理解できます。蓋し、仮に「ヘイトスピーチを規制する条例」が作られることになれば、反社に連なる(自称)人権活動家・団体の方達がその条例を振り回し、川崎区に住む日本人は「反社会的勢力との縁切り」をする行為さえも、「ヘイトスピーチだ」「人権侵害だ」として非難され、委縮してしまうことでしょう。結果として、規制条例を隠れ蓑にした反社の増勢に力を与えます。

一市民としては、正直なところ、川崎市でヘイトスピーチをやってほしくはない。否、仮初にもその団体が「日本を憂いてヘイトスピーチを為す」という主義なら、川崎市(川崎区)については、結果的に川崎市の日本人の利益を害することになるのでヘイトスピーチはやめて欲しい、と思います。

福田市長、市役所、市議会の方々がこのブログをお読みであるとは非常に考え難いですが、就中、海外で生活した経験のある福田市長には、規制・条例や行政の行動計画を策定することなく、「ヘイトスピーチはダメだ」とはっきり語って頂きたいところです。大阪に影響を受けての規制条例制定だけは絶対にNGです。必ずや禍根を残し、まともな(概して担税力のある)日本人市民の市外流出を招くことになるだけです。
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