2007年01月11日

苦い思ひ出・・・

昨日、パスポートの更新に県庁に行ってきた。
東館1階の一角が旅券センターとなっているのだが、窓口の前にシートで待合所が設けられていて、その脇で海外での犯罪の注意喚起ビデオが流されていた。

「街中で警察官が所持品の確認をすることはありません。ニセ警官に注意しましょう」
「麻薬の密告には報奨金が出ます。そのため、荷物に麻薬を紛れこませる手口に十分注意しましょう」
「簡単に儲かることなどありません。おいしい話には絶対乗らないようにしましょう」

等等、話を聞くだけではオレオレ詐欺と同様「誰が騙されるの?」といった当たり前の話ばかりである。

しかしながら。
実は僕には、人生最大の汚点と言ってもよい苦い思い出があるのだ

8年ほど前、沢木耕太郎の「深夜特急」に感化されていた僕は、休みのたびに独りで海外をウロウロ放浪していた。
もちろん放浪といっても、しょせん小心者サラリーマンのすることだから、バックパッカーの真似事みたいな感じだったのだが。

その時は5泊6日くらいでバンコクに行った。
とりあえず初日は夜到着なのでバンコクに泊まり、次の日の夜行電車に乗って、ラオスに入る予定だった。
自分の中で「国境越え」がブームだったので。

バンコクに着いた翌日のラオス行きの日。
朝に夜行電車のチケットだけ取った僕は、出発までの時間を潰すため、下町のマーケットをウロウロしていた。
近代的なビルが立ち並ぶ合間にあるマーケットで、食べ物の屋台が猥雑に並び、その対比が興味深かったのを覚えている。

その市場で、普通のおばさんと年の頃25歳くらいのお姉さんの2人組と仲良くなった。

今となって考えてみれば、向こうから声をかけてきた時点で少しは怪しまなければいけないのだが、すごい自然な感じで話が盛り上がり、気づくと喫茶店に入って色々お話をしていた。
ホントに他愛無い話だったんだよね。「日本では、大阪と東京と名古屋を知っている」「スポーツでは何が好きか」「タイの食べ物は美味しいか」など・・・

そこで「息子が誕生日なのでプレゼントを買っているとのだが、もし良かったら選んで欲しい。男の方が欲しいものが分かるから」と言われた。

マーケットに戻り雑貨屋さんかなんかで、プレゼントを選ぶと今度は「その誕生会に参加しないか?」という話になった。
知り合った経緯や自然な話の流れから、たいして警戒することもなく、「ラオスに行くから3時には帰るよ」とだけ言って、お家に伺うことにした。

お邪魔するのだからと、僕の分のプレゼントもしっかり買って。

家に帰るのにタクシーに乗った。
タクシーに乗るまでは、おばちゃんがずっと喋っていたのだが、タクシーの中ではお姉さんが徐々に喋りだしてすごい盛り上がった。
しゃべると非常に面白く、姉御肌の女性で、「なんで結婚しないの?」と聞くと「私力持ち。男の人怖がって寄ってこない」と笑顔で言う。

惚れるまではいかないけれど、異国の開放感も手伝って、かなり好意を持ったのも事実で、お互いにアドレス(住所と電話番号)を交換した。

この事件を後から振り返ったとき、途中で逃げる手はあったのだが、こちらの住所を知られているという思いがずっとあって、これが大きな足枷になっていたことに気づかされる。(これも作戦のうちだったのか!?)

家に到着すると、さっそくお母さんが料理を作ってくれた。
何かの魚の塩焼きみたいのがあって、随分美味しかった。
ひとしきり料理を食べておしゃべりしていると、お兄さんという人がどこかから帰ってきて食事に加わった。
よく喋るお兄さんでだったのだが、ここまではまだ良かった。

詐欺に引っかかってるという自覚はなく、むしろご飯まで食べさせてもらって、お金は少し置いていったほうがいいのか、などとそっちのほうの心配をするくらいだった。

しかし、よく考えると不審な点は多かったのだ。
まず、息子が居ない。家がどうも殺風景で仮住まいの感じがする。お兄さんの仕事の話が矛盾だらけ。

しかし、僕は自分の英語力の無さで理解できていないんだろうなとその時は考えていた。

物語はここから急展開する。

お兄さんの仕事は、どこかの船に乗っていて、カジノのディーラーをしているという。
そこから、「ブラックジャックを教えてやる」から始まって、「絶対勝てる」と言うサインを教えてもらって、「ブルネイのお金持ちの友達を呼ぶから、これで稼ごう」となり、電話で呼んで10分後くらいにそのブルネイのお友達が現れた。

上手いことに、その友達は英語がしゃべれない設定で、お兄さんと恐らくタイ語でしゃべってるのだが、当然僕には理解できない。

もちろん途中から何度も「嫌だ」「お金が無い」「電車の時間だから帰る」と言ったのだが、「大丈夫絶対勝てる」とか「少ししか賭けないから」とか「ラオスに知り合いがいるから遅れても大丈夫」などと訳の分からない英語でいいくるめられて、結局賭けてカードをすることになった。

この時点で自分でも十分怪しいことは分かっているのだが、完全に頭が真っ白なうえに相手のペースに嵌りどうにも対処のしようがない。

最初は、掛け金も少ない。持ってる小遣いで勝負できる金額だ。
そして、札を配るお兄さんのサインによって当然僕が勝っていく。

すると案の定向こうがどんどんレートを吊り上げてきた。僕は断る。しかし強引に進められる。これの繰り返し。

しかしながら、お兄さんのサインによって僕は勝ち続けた。
50万くらいの勝ちにはなっていたのだと思う。

そして、最後に向こうが200万くらい賭けて来た。

間違いなくここが勝負どころである。
何かされて僕が負ける筋書きなのだろう。
わざとサインを間違うとかありそうだが、どうされるのか分からない。

小心者の癖に、阿佐田哲也の勝負師の世界に陶酔していた僕は、ここで相手の裏をかいて鼻を明かしてやろうと、ほんとにほんとに要らぬことを考えてしまった。

既に冷静な判断力は失われ、頭の中は混乱の極みであったというのに。

なんと、その勝負でお兄さんの初めてサインを無視したのだ!!

・・・しかし結果は、お兄さんのサイン通りのカードが来て、21対20というまさに計ったかのような負け。

お兄さんに裏に連れて行かれ、何故サイン通りにしないのだ!と怒られた。
俺の貸した金も無くなった、と。

まぁしかし、サイン通りにしていても、勝負にいかず降りていたとしても、どうにかして巻き上げられてはいただろう。
その場合の筋書きも見てみたかった気はするが、それを今更言っても詮無きこと。

結局支払い不能な負債を背負った僕は、例の母娘に連れられて、キャッシュカードを降ろしに行かされ、そのカードがキャッシングの1日の限度額まで行くと、今度は知り合いの宝石屋というところで宝石を買わされクレジット払いをさせられそうになった。

もうどうにでもなれ!という心境だったが、20万円くらいでキャッシュカードの1日の限度額に達したのが幸いした。
クレジットもキャッシングもそれ以上出来なくなったので大いに助かった。

その母娘。
道中「顔が白いよ」「大丈夫?」と白々しく聞いていたが、こいつらもグルなんだと思うと、もう完全に人間不信になった。
何度、ここでばっくれようと思ったことか・・・。(でも出来なかったんだよね〜)

再び家に戻り、あるだけの所持金+カメラは取られたが、街まで帰れないと(本当に)泣いて頼んで1000バーツ(3000円)くらい返してもらった。

そういう事や話しぶり、身ぐるみ剥がされなかったところをみると、割と優しい(?)詐欺グループで、どんな展開になっても身体に危害を加えられるようなことはなかったのではないかと思うんだけど、これは楽観すぎるかな。

その後、また別の友達がやってきて、車で駅まで送ってもらったのだが、これもタクシーなどを使われて、住所を特定されないための策だったのかもしれない。

駅に着いても、賭博をしたという負い目(会社に知られるとやばい)や、言ったところでどうせお金は返ってこないし、解決もされないという諦めから警察には言えなかった。

ただただ、人間不信とあの時どうして逃げれなかったのかという後悔の念があるだけであった。

その夜、完全に行く気は失せていたのだが、夜行のチケットがあるし、残りの所持金が隠し持っていた2万円(日本円)だけだったので、バンコクでホテルに泊まるのももったいないという理由で、一応ラオス国境まで行った。

しかし、ラオスの国境を越える元気は無く、少ない所持金で辺鄙な国境の街に居るのも怖くて、その日のうちにまた夜行に乗ってバンコクに帰ることにした。
完全に行動に一貫性が無い。

帰りも夜行だったのだが、なんという偶然か、向かいの寝室(部屋?)が一人旅中の可愛い日本人女子大学生だったといハプニングが発生。
今なら、もう千載一遇のチャンスとばかり、自分の奇跡の生い立ちから神童と呼ばれた時代を経て今の華々しい仕事ぶりまで語りに語るのだが、その時は、人と喋れないほどの人間不信でそんな気力が無く、大した話も出来なかったのが残念だったね。

ちなみに、次の日からキャッシュカードの限度額が復活してたのが、どれほど有難かったことか。

そんなこんなで、これが僕の人生最大の屈辱的事件である。

しかし、騙されたくせに偉そうなことを言わせてもらうと、ひょんなことから現地の人と友達になって一緒に飲んだり、騙されてイチ文無しになったり、高い絨毯を買わされそうになったり、そういうのが旅の醍醐味である、とも言えるんだよね。

びくびく構えて日本人だけで固まって旅をしても面白くないし、この事件は少し大きすぎたけど、「トラ」ブルじゃなく、もう少し可愛いハプニングの「ネコ」ブルくらいなら逆に後で良い思い出になったりするものだ。

景色を見て綺麗と思うよりよっぽど印象に残る。

もちろん、こういうのは当然自己責任だから、命まで取られてはしょうがないんだけど、そのリスクの境目を見分けるのが難しいのよね。

良い人と悪い人を見分けれればいいのだが、これは僕の経験から言ってもかなり難しい。
向こうから話しかけてくる人には気をつけるのが一番かもしれないが、純粋に日本人への好奇心で声をかけてくる人も多く、ケースバイケースであるとしか言えないだろう。

別の旅行時、ワットポーの近くでお金が無くなり(これも別の事件に遭ったのだが・・)、日本円の1万円だけを持っているという状況になって立ちつくしていたことがあった。
その時、たまたま通りかかったタイ人の大学生が僕の話を聞き、「僕は日本が好きだから」と1万円を両替してくれそうになったことがあった。

怪しいと思った僕は、すぐに無視して足早に立ち去ったのだが、それはかなり失礼な態度だったと思う。

さて、この人は本当の善意だったのかどうか?結局分からないんだよね。

いずれにしても、このカード賭博詐欺事件。
やられた20万円+カメラは確かに痛かったが、命は助かってるのだし、今では良い経験をしたと思っている。

普通に日本で引きこもってるより、人間的にも何十倍も成長しただろう。

しかし、たまに想像する。

またバンコクに行って、向こうは覚えてないだろうから例の市場で母娘を見つけ、騙されたフリをして、今度こそ勝ってるときに辞めてさっさと逃げ出して、彼らの鼻を明かしてやろう。

こんな経験をしながらも、まだまだ懲りてないバカであった。。。。

tomic14514 at 23:56コメント(0)平凡な日常  

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