【劇評】ヨーロッパ企画『サーフィンUSB』

ヨーロッパ企画
第29回公演【東京公演】 
2010/8/4〜8/15 下北沢本多劇場
『サーフィンUSB』

stage15978_1この劇団の代表作「サマータイムマシン・ブルース」(も素晴らしいが)より、よっぽどSFしている。
世界を切り取る・記述するSF作品であることと、ヨーロッパ企画らしい日常会話のコメディであることが奇跡的に一致している傑作。
むしろ、笑いであり一般に“ユルさ”といわれる雰囲気を崩さないままに世界を語り、ディストピアを見せ、それに回答を示す様が秀逸。

「SFの世界観でコメディやっちゃいました」ではなく、「コメディにSFのガジェット使っちゃいました」でもなく、SFの世界観と人間の関係性こそがコメディであり、コメディであることによりSFとしての切れ味が増している、これぞ本当のSFコメディなのでは。
生身の、日常の、一般人の身体を引きずって、世界を切り取る、一つのモデルケース。




(以下、ネタバレ)




自然への回帰運動であるサーフィンが、科学文明の象徴バーチャルシステムの「サーフィンUSB」に取り込まれてしまう瞬間が、とてもくだらないノリなのに恐ろしい。そして、ビギナーの女性や理論武装した他の者より、一番純粋なサーファーの男が一番先に手を出すところが妙に現実的で説得力がある。
この手のディストピアSFの場合、ディストピアに対して主人公達がどういうスタンスをとるかが、作品としての結論を左右するが、作者は登場人物たちを観客と同じ目線、つまりは「このバーチャルの氾濫する世界はおかしい」という立場に持っていって終わる。ここに最近のヨーロッパ企画特有の優しい眼差しが見える。

また、ディストピアSFで登場人物が世界に背を向ける場合、そこには葛藤や決断や時には革命などの闘争が生まれることが多い。
しかし、本作は、徹底してくだらない動機と弛緩した空気を途切れさせずに、「自分達がサーフィンUSBでウケなかったから諦める・拗ねる」というしょうもない理由でもって世界に背を向けさせている。ここが秀逸。
ハッキリ言って、登場人物が世界に背を向けるこのような様を、切実な葛藤や感情の爆発や決断のカタルシスで描くのは難しくも新しくもない。
決して尖らず、熱くならず、それまでのトーンを崩さずに、ディストピアに異を唱える様が鮮やかで粋だ。

そして、その描き方が意図的に狙ったものでなく、作家上田誠のSF的思考と、劇団のコメディの作り方の自然な結実のように感じられるのが素敵。
前々作「ボス・イン・ザ・スカイ」でも使われた、最近よく使われるモチーフ「取り残される人々」によって描かれている点も、ずっと見ているファンには嬉しく映る。

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