2014年11月

2014年11月30日

世界ふしぎ発見!肉食アルゼンチン オフショットムービー公開

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TBS世界ふしぎ発見! アルゼンチン肉食大国 編 いかがでしたか?
こちらでオフショットムービーを見ることができます!!!

https://www.youtube.com/watch?v=0h8mENcZUuE&list=TLalu84m7XemI


https://www.youtube.com/watch?v=0h8mENcZUuE&list=TLalu84m7XemI


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2014年11月26日

11月27日 交通機関スト 4時から7時ですが。。。

CGTの招集で、11月27日(木) 午前4時から7時まで ブエノスアイレスのバスなどの公共交通機関だけではなく、飛行機も全ての交通機関がストで止まる予定です。
http://www.eldia.com.ar/edis/20141126/Confirman-paro-transporte-ya-amenazan-extenderlo-elpais3.htm
基本的に、給与における課税問題とこれから12月のボーナスに関する闘争のためです。
しかしながら、状況によっては3時間だけではなく、延長される可能性も大きいとのことです。
例えば学校へ行く手段のバスがないし、先生もいかない・いけないですから中学校は休校でしょう。他の営業所関係も朝早くは従業員が到着しないと思います。どうしてもで、自分の車で出る人たちで道は混乱、
またデモのため、セントロ地区では集会が開かれることが予想されます。
 


2014年11月25日

上野山荘ブエノスアイレス別館来る12月1日から20日までお休み

ブエノスアイレス日本人宿情報として先般「地球の歩き方ブエノスアイレス特派員ブログ」にてお知らせしましたhttp://tokuhain.arukikata.co.jp/buenos_aires/2013/07/post_281.html

「上野山荘 ブエノスアイレス別館」が来る12月1日から20日までお休みです。
その他詳細は HPからご確認直接お問い合わせください。
なお、11月下旬現在 電話の調子が悪く、通じにくいことがあるので、メールでお問い合わせください、
とのことです。

http://www.geocities.co.jp/NatureLand/7335/uenobsas/

長い旅行やどなたか日本人と会ってみたい方、情報交換などできる上野伊都子さんの楽しいお宿であり、
日本語で通じ、日本人だけ宿泊する日本人宿です。

「上野山荘 ブエノスアイレス別館」
【住 所】
Suipacha 933, Piso3 Buenos Aires, ARGENTINA
スイパチャ街 933番 アパート3号(3階)
こちらは 旅行者用ドミトリーで6人部屋で一室です。

料金は物価により変動しますがだいたい一泊10ドル、そして滞在のスタイル、期間により変動します。
ご宿泊希望時にご確認ください。
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/7335/uenobsas/


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2014年11月24日

ラテンアメリカ協会にて次回のTBS世界ふしぎ発見 アルゼンチン編情報が紹介

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ラテンアメリカ協会HPで 次回のTBS世界ふしぎ発見 アルゼンチン編について
紹介していただきました。
http://latin-america.jp/archives/11292

こちらの協会では、Argentineをはじめ(と勝手にはじめていますー笑)
ラテンアメリカ各地の情報を発信。
お堅い商業・学術セミナーから柔らかい交流会まで
会員向けの主催イベントや他の関連団体などの活動が紹介されます。

個人でも会員になることができます
手続きはこちらから。。。。
http://latin-america.jp/join-personal

もしくは 私からつなげますので、ご一報ください!!!
tomokoargentina2@gmail.com

アルゼンチンに行く人も、行ったことある人も、行きたい人も、どうぞ!


2014年11月22日

オラ オラ アルゼンチン!世界ふしぎ発見放送は11月29日です。

来週土曜日、11月29日(土)世界ふしぎ発見はアルゼンチン!とお知らせしました。http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52070900.html

http://livedoor.blogimg.jp/tomokoar/imgs/a/7/a70ed306.jpg" title="10368235_742404545854309_4922429037210451534_n" target="_blank">10368235_742404545854309_4922429037210451534_n

今回のミステリーハンターは坂本 三佳さん!
こちらのHPで
Hola!Hola! Argentine! オラ オラ アルゼンチン!の記事を書いてくださいました。
http://mika-sakamoto.com/2014/11/holahola-argentine/

実はアルゼンチン歴長い、微妙に浦島花子な私、オラオラの意味がネット上で聞いていてもいまいち意味がピンとこなかったのですが、番組コーディネートしながらだんだんわかってきましたよーーー

しかし、

オラ!オラ!アルゼンチン!
大人のための肉食系恋愛術!

のタイトルで

1.恐竜誕生の地で、世界最古の肉食恐竜の謎に迫る。

2.南部のパタゴニアで、生き物のパラダイスの地で
肉食動物たちの激しい生存競争

3.肉を食べる

4.恋愛術を学ぶ

一体、これがどういう展開をするのか、これこそ、ミステリーですね。
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ちなみにこちらは我が家のある日の食事風景です!!!
一緒に お肉を食べる人 この指とーまれ!!!

ブエノスアイレスでお待ちしております。



2014年11月21日

TBS世界ふしぎ発見!11/29 アルゼンチンの情熱 編オンエア

11月29日は日本でなんの日かご存知ですか? イイニク、でいいお肉、肉の日なんだそうです! 牛肉がおいしいアルゼンチンにピッタリです。
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’((アルゼンチンの名物 お肉の盛り合わせ二人前 パリジャーダと言います。))
それもそのはず、
来たる11月29日(土)午後9時から、TBS 日立世界ふしぎ発見!http://www.tbs.co.jp/f-hakken/
でアルゼンチンの肉食と情熱についての番組が放送されます。

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アルゼンチンの南北の魅力に、ブエノスアイレスもたっぷり、そして、キーワードは肉食系と、今までにない視点でアルゼンチン番組が展開されます。
大自然派にも歴史派にも、ブエノスアイレスの文化もたっぷり、そしてお肉もたっぷりと、おたのしみいただけます。
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ここ最近、世界ふしぎ発見では毎年放送していますが、今回はやっと2014年末前に間に合いました。この時期に放送も実は!が
ありますから、また次のオンエアお知らせ詳細をお待ちください。

それまで、前回のバックナンバーでいろいろなアルゼンチン、そしてチリをおたのしみください。

■アルゼンチン/チリ

2013年2月2日(土)ミステリーハンター:白石 みき
『ロマンチック・パタゴニア』
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/bknm/20130202/p_1.html
2012年11月3日(土)ミステリーハンター:諸岡 なほ子
『チリ→アルゼンチン 奇跡の花園と天空のアンデス』
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/bknm/20121103/p_1.html
2012年3月10日(土)ミステリーハンター:宮地 眞理子
『一番遠い親日国 アルゼンチンに渡ったサムライ』
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/bknm/20120310/p_1.html

なお、世界ふしぎ発見!番組HPでは11月29日の放送にさきがけて、その前の木曜日ぐらいに
HPを更新します。是非、ページと同様、番組をおたのしみください。
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/

世界ふしぎ発見は1986年から歴史、自然や文化に対する興味を喚起し、海外旅行への憧れを抱かせてきた番組であり、
教育的にもエンターてーメント的にも落ち着いて楽しく見ることができる番組ですが、最近はまた少しずつ切り口が
変わってきています。時代の流れとともに、変わっていく長寿番組であり、アルゼンチン日系社会でも
日本の家族からビデオを録画してもらって送ってきてもらっている番組の中に必ず入っている人気番組です。
誰でもミステリーハンターに憧れていたと思いますが、そういう憧憬をアルゼンチンを起点に裏方としてサポートをすることが
でき、まアルゼンチンをはじめとするたラテンアメリカのことを日本の人々に知っていただき大変嬉しいことだと思います。

28年間放送し、3世代が一緒に楽しめる教育的またエンターテーメント番組ですから、是非!テレビの前に家族全員集合ですよ!

今回の番組も

FunnyPro LatinAmericaファニプロラテンアメリカ、フアンカルロススプリンターと
http://tomokoargentina.wix.com/funnyprolatinamerica
が現地コーディネート、ロジスティックサポートを行いました。
企画の段階から一緒に内容を練り、また正確で適切な情報を収集するだけではなく、楽しい情報を得てサポートしています。+

ファニプロラテンアメリカで、世界ふしぎ発見的な個人、グループ旅行コーディネートも行います。
普通の旅とはひと味違う体験をしてみませんか?
 ご連絡はtomokoargentina2@gmail.comまで。


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2014年11月20日

REXONA CM (TAKAGI) 高木さん出演コマーシャルREXONA



アルゼンチンの最後の手書き原稿を貫いたジャーナリスト高木一臣さんは還暦後俳優の仕事も始めます。この時点で三足のわらじですごいのですが、その出演CMの中で一番おもしろかったのがREXONAという制汗剤デオドラントのコマーシャルです。
ストーリーは若い男性が初めて恋人の両親を交えての食事会へ行く準備で制汗剤を使います。その間に暴徒が阻止して行くので大変ですが、ジャッキーチェン並みに武道で切り替えします。やっとレストランについたら女性の手前に将来の舅(高木一臣さん)らしき白髪の男性がいますが、その人も拳をうちこんでくるのでそれを受けます。すると。。。まあすごいワキの下の汗のにおいがしない、いい香り、という訳です。。。。
アルゼンチン人で高木さんという名前を知らない方もあのコマーシャル、と言えば印象深く覚えている人も多いでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=jjconE1D-Ig

高木さんのアルゼンチンの生涯
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52070300.html

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2014年11月19日

ブエノスアイレスの家でお待ちしております。

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 ブエノスアイレス市の中心 アルマグロ地区に「ブエノスアイレスの家」は位置します。
高級でもなく下町でもなく、普通のブエノスアイレス市民の生活がそこにあります。ブエノスアイレス州まで続くリバダビア大通りは昼も夜も賑やか。そこから一本入るとまるで20世紀初頭のブエノスアイレスの移民者達が気づいてきた世界に足を踏み入れたようです。
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家族団らんのリビングルームにはブエノスアイレスの街の象徴 街灯があります。
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おやつにチョリパンを作って食べたり、とってもブエノスアイレス的な家です。
 家族と同居ですが、明るい一部屋を使ってとってもアルゼンチン的ブエノスアイレスの家の体験が可能です。
なお、時期によっては別途、プレイルーム2階になることもあります。
 普通の家庭なのでブエノスアイレス的朝食、昼食、夕ご飯を一緒に取れます。昼は家族それぞれの日常について行ったり、ブエノスアイレスで100年の歴史を誇る地下鉄で10分の中心街へ行くのもよし、街をぶらぶらしたり、日本語や日本文化好きなアルゼンチンの友人とのお出かけも楽しいです。異文化コミュニケーションも日本好きな人たちなら大丈夫!女性一人旅も安心です。
 できればお得意の料理をしてパーティを開いたり、またお買い物から初めて、アルゼンチン料理を学んだりも可能です。滞在は1日、3日、1週間など 設定可能です。そのほか、タンゴ、フォルクローレ好きの友人達のところへ体験レッスンに行くことも可能です。
 ホームスティでもなく、下宿でもなく、ブエノスアイレスの生活を体験し、その日常の一部となれる「ブエノスアイレスの家」です。ゲストハウスやB&Bとカテゴリーされるかもしれませんがお客様ではなく、是非、日常にご参加し、家族のメンバーとなっていただける方をお待ちしています。また家族も精一杯、アルゼンチンを満喫していただけるよう努力します。是非、自己紹介とともに、ご連絡はtomokoargentina2@gmail.com

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2014年11月16日

Cerro el telon de su obra. la vida del Sr. Kazuomi Takagi en Argentina高木一臣さんのアルゼンチンの生涯(スペイン語版)

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A fines de 2011, “Hasta que el ultimo apague la luz”, dijo asi y sonrio, el Sr. KazuomiTakagi, ultimo periodista de la seccion japonesa de La Plata Hochi. Fue el saludo a los lectores para la edicion especial del ano nuevo. Sacaron una foto literalmente apagando la luz.... esa foto fue publicada en la tapa de la edicion del ano nuevo 2012.


El Noticiero del Plata —el ultimo periodico y el unico de la colectividad japonesa nacio en 1948 en la orilla del Rio de la Plata, entre los okinawenses que se preocupaban por la situacion de postguerra de Okinawa. Originariamente un medio de intercambio de noticias y opiniones, fue ganando posicion como lider de opiniones de la colectividad japonesa a la vez que, iluminaba el camino de la colectividad hacia su destino. Takagi san, siempre preocupado por su futuro.

En 1991 cuando llegue a Buenos Aires, aun existia otro periodico, el Akoku Nippo. Sin embargo, por esa epoca la ola de dekasegui hacia el Japon se llevo a trabajadores y periodistas este diario y en pocos anos dejo de publicarse. Mientras tanto La Plata Hochi, tomo a las amas de casa nisei que justo se iban desocupando de la crianza de sus hijos y que poseian conocimiento bastante bueno del idioma japones. Ellas asumieron la dura tarea al principio de manipular los caracteres de metal de la antigua imprenta que luego en 1995 fue sustituida por computadoras para escribir.

A la hora de transcribir los manuscritos de Takagi-san se presentaba el problema de que con su redaccion de la epoca de Meiji, que no solo implicaba el uso de la grafia antigua o clasica de kanjis sino tambien su estructura hoy bastante arcaica —incluso yo siendo japonesa no me resulta para nada facil de escribir en ese estilo, mas dificil aun para las senoras hijas de japoneses, periodistas issei, nisei, que querian seguir colaborando. Hacia 2005 Takagi-san se dio cuenta de la importancia de escribir a maquina puesto que eran cada vez menos lo que eran capaces de decifrar sus caracteres y se tardaba mucho en pasar a maquina, lo que retrasaba la edicion. Tomaba clases conmigo, y aunque sabia la posicion de las letras en el teclado, a sus dedos le costaba tocar la maquina delicada. Pero siempre con la sonrisa llena se divertia con las tareas e intento comprar una o dos veces la maquina en su casa. Solo que estaba tan ocupado aun pasando a los 80 anos y luego aun despues de dejar la radio, su vitalidad no ceso y siguio viajando en colectivo 59 desde la Lucila hasta la Constitucion, mas de una hora y media o dos horas el trayecto hasta el Shinbunsha (oficina de diario).

Un buen dia hablaba mas de una hora por telefono. Es por todos conocido que Takagi-san era un gran contador de cuentos, a veces reales, a veces imaginarios en parte o en todo, y a veces para reflejar su filosofia. Sin embargo, en estos dias le costaba en escuchar. Como siempre nos juntabamos en el cafe charlabamos entre los sandwiches que le gustaba.

Desde que llegue a la Argentina era el consejero mio como si fuera un tio y aun asi me
hablaba tan cordialmente: “tengo cosas para pedirte si no es molestia” o “cuento contigo” y “realmente agradezco profundamente”, etc. nunca falto el respeto ni el corazon de agradecimiento sin ser para nada exagerado.

En este invierno estuvo un poco resfriado y se debilito bastante. Tal vez en esto influyo un episodio del ano pasado cuando se le presento la posibilidad de viajar al Japon: le dijo
un productor de television japonesa de invitarlo a viajar (yo no tuve ninguna intervencion) pero fue tan rudo que no le avisaron que todavia era solo una posibilidad, etc. que preparo su pasaporte y el de su hija Felicia hasta con el arreglo de dejar su perro a la mano de cuidador en su ausencia. Llego la fecha y no hubo aviso por lo que se sintio muy lastimado y decepcionado.
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Decia siempre que su corazon sera siempre japones pero al final de su vida su cuerpo sera parte de la tierra argentina. Asi lo menciono cuando dio la charla en el Salon Dorado de la Casa de Cultura en el marco del Festival de Arte Japones. Y siempre siendo japones, desde luego tenia ganas de visitar Japon.

Encontro la forma de no viajar tanto al diario puesto que una casa de foto ofrecio enviar sus notas en forma escaneada. Algunos dias la pasaba mas tranquilo en su casita de color celeste. Nunca falto ganas de aprender algo nuevo, con Ricardo Oshiro practicaba un poco cada dia
mas para escribir en computadora. Ultimamente habia muchos que fallecieron entonces, se quejaba que ya no tenia mas amigos vivos. Es muy aburrido asi, se quejaba y “no se
por que sigo viviendo…”
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Algunas oportunidades empezo a mostrar sus debilidades, aunque siempre era sano. A fines de 2012 fuimos a ver la obra de Lago de los cisnes al Teatro Colon donde protagonizaba una japonesa como prima desde la delegacion de Royal Ballet de Inglaterra se puso tan contento que lloro con alegria ante una obra y una actuacion tan hermosa como un encuentro de la cultura occidental y oriental. La prima bailo como japonesa muy delicada y fina aunque interpreto perfecto su papel en esta musica y el baile.

En 2010 llego a Buenos Aires el director de la orquesta Eiji Oue recibido con gran ovacion que lo emociono mucho. Takagi-san era gran adepto a la musica clasica y queria que le tocasen a Vivaldi cuando muriese....

No pude informarle en estos dias las noticias de fallecimiento de sus amigos y companeros y cuando fallecio Sakihara san el pasado 4 de noviembre, no me anime a decirle pero, misteriosamente, aunque fue le imposible enterarse de la noticia, en la cama decia Sakihara! Sakihara, una y otra vez esa tarde y noche, como si hubiera sabido .....

Ultimamente no tenia buen oido por lo que no pudimos charlar por telefono a largas horas y no nos encontrabamos como antes tomando cafe, cuando fue internado por el antibiotico que le hizo mal por el resfrio, quedo internado. Pero salio y pedia Manjuu, con ganas de comer. Se estaba mejorando pero sus 89 anos tal vez no pudo combatir, o bien quiso apagar la luz por su propia cuenta, descanso en paz diciendo Arigatoo a todos que lo rodeabamos. Hasta 3 dias antes de su muerte, pedia los papeles cuadricurados para redactar las notas.

Decia que tenia que escribir su biografia, ese era su ultimo trabajo que tendria que terminar. Fue por 30 minutos floricultor, vivio en casa de un tintorero, trabajo en una ferreteria como gerente sin mucho conocimiento de espanol, trabajo en firma comercial japonesa, y luego
empezo a hablar en japones al mundo por Radio Nacional (Radiodifusion Argentina al Exterior —RAE). Entonces entro a trabajar en el diario la Plata Hochi por la tarde: casi inmediatamente al ingresar muere el jefe de redaccion y consecuentemente enseguida asumio como nuevo
jefe de redaccion. En la radio se jubilo hace unos ocho anos siendo el locutor mas veterano con una trayectoria de 41 anos, y por otro lado en el diario hasta el ultimo momento fue periodista (durante un total de 49 anos).

No se puede olvidar de que tambien a los 60 anos empezo a trabajar como actor en television, cine y comerciales. Vivio en Argentina durante 63 anos desde que llego a los 26 anos en 1951. Conocedor de todas las historias que algunos pidieron que no escribieran o bien escribio y cambio su vida. El periodista tenia que tener su propio criterio para bien de las cosas y para mal, asi decia Takagi-san.

Tenia un amplio conocimiento de las poesias de China, las operas occidentales, los hechos historicos del Japon y de la Argentina y las noticias de economia y politica de Argentina.
No creo que nadie puede olvidarlo una vez que lo conoce y es inevitable empezar a contar a
otro sobre el encuentro. El Senor Takagi era ya sinonimo de una leyenda: faltaria solo ponerlo en una escena de teatro, para terminar siendo el ultimo que apaga la luz en su teatro.
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Juntemos las manos para rezar que en paz descanse Takagi san. Ahora estaria con sus amigos del cielo, sus amigos tangueros Don Filberto, Don Pichucco, y Canaro todos y los amigos precursores de la colectividad japonesa, riendose de lo que estamos haciendo nosotros

.
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最後の幕を閉じて 高木一臣さんのアルゼンチンの生涯

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(最後の者が明かりを消すまでとスペイン語である)
「アルゼンチンは悪い奴も多いかもしれないがいい奴もずっと多くてね、そしておもしろいね」アルゼンチンでは決して退屈することがないことを「保障」してくれていたのは、アルゼンチン日系社会で流通するで唯一の邦字新聞らぷらた報知の高木一臣編集長・主幹である。
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは世界でも一番河幅が広いラプラタ河の河口の街である。それにちなんで名付けられた「らぷらた報知」(http://www.e384.com/imadoki/26argentine/argentine_38.html)は沖縄出身者の株主によって1948年に新年号を出してから、これまで66年間アルゼンチンの日系社会を見つめてきた。1991年、私がアルゼンチンに到着したときは、まだ「亜国日報」という競合紙もあったが、出稼ぎの拡大に、世代交代の波に乗れず、結局らぷらた報知が子育てを終えた主婦層を活字の拾い手としてだけではなく、後の1995年のコンピュータ化による入力作業を行うという活用で消滅を乗り越えた。
 しかし、編集長であり、主幹であった高木一臣さんは原稿用紙を手ばなさなかった。高木さんの文字を「解読」して入力するため、手伝ったこともあるが、「普通」に日本語ができるだけでは難しいだろう。ほぼ候文(そうろうぶん)に近い、そして、旧漢字が満載である。あのとき、活字でどのようにあの女性達は拾っていたのか。。。らぷらた報知がコンピュータ化してから10年していから、これからは手書きだけではダメだね、コンピュータを覚えなくちゃね、とうちに習いに来ていたこともあったが、実際に機械を買って練習しないとだめだね、とまた奮起した。しかしながら、こちらも家族ができ、忙しくなかなか近郊のラルシラまで教えに行けなかった、それが悔いといえば悔いである。
 インターネットの普及で原稿はEメールで届けることが可能になった。それができればバスで一時間半も二時間もかけて原稿を届けていかなくてもよかったかもしれない。
目はまだまだですが、耳が聞こえなくてね。その昔、電話で1時間以上も話したことも多かったが、最近は直接会って話す方がよくなっていった。うちの近所のパン屋のサンドイッチがやわらかくて大好きだったので、一緒によくコーヒーを飲みながら食べて話をした。
来るたびに、あなたに頼みたいことがありまして、お世話かけます、こちらが昔からお世話をかけているのだから、例えば原稿を入力して清書するなどなんでもないことを頼まれているだけなのに、感謝の言葉は必ず忘れたことはなかった。
この冬は特に寒いですね。体が弱ったからと、やっと近くのコピー屋で原稿をスキャンしてもらうことを覚え、そして新聞社に送るようになったので、バスで移動せずに済んでいた。それでも少しずつながら古くからの友人に自宅で入力を習い続けていた。
 近頃は多くの親しい人の訃報が続き、自分より若い人が亡くなるようになってきたと、もう生きていてもつまらないなー、と高木さんらしくない弱気の言葉を繰り返すようになっていた。
2010年 ブエノスアイレス市文化の家で、アルゼンチン建国200周年記念のFestival de Arte
Japones日本芸術祭を開いた折には準備のときに真っ先にのぞきに来てくれてニュースにしてくれた。そして、元プレンサ新聞社家屋の文化省の黄金の間で「日本の詩歌、サムライ精神、アルゼンチンの友達
タンゴ」という題でスペイン語で講演をしてくれた。最後に私は多くのアルゼンチンの人に助けられてここまで来た。心は日本人のままであるかもしれないが、私の体はアルゼンチンに骨を埋め、アルゼンチンの土にかえる」と結び満場の拍手を浴びた。
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 何かあれば必ず高木さんに連絡した。その年、世界的な指揮者の大植英次さんが来亜してきたと知らせ、プレス席の最前列でかぶりつきで二人で力強い演奏の指揮を聞いた。そのインタビューをとって、高木さんの原稿の下書きに、と思っていただけだったのに、多少荒い部分も「そのまま」載せてしまったらしい。こちらの書くものを信用してくれていたのは大変ありがたいことである。
今でも私の手が指揮しているようですよ、と演奏を聴きながら、指揮者ばりに手と体を動かしていた。高木さんはタンゴ好きと知られているが実は無類のクラシック好きでもあった。特にビバルディが大好きだった。「私に何かあったらビバルディを流して欲しい」と言っていた。
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 特に2013年末にコロン劇場で白鳥の湖を英国バーミンガム舞踊団のプリマ佐久間奈緒さんが踊る白鳥の湖を見たあとは、涙が出たー誘ってくれてありがとうと感動してくれた。http://tokuhain.arukikata.co.jp/buenos_aires/2013/12/1222.html
日本女性が踊るエレガントで幽玄な白鳥オデットは高木さんの今までの古典演目の中で最高のものであったという。「日本人もここまで来たかと思った。西洋の文化をここまでものにするなんて」そして元気を出して「書く気が出ました」と2014年新年号に、西洋と東洋の出会いそして、それらを日本人は超えてきた、として記事を書いてくれた。
 ようやく高木さんの記事のネタになる情報を提供し、書いてもらえるようになったと喜んでいたのもつかの間である。体の調子が悪い、友人がどんどんいなくなって寂しい、生きていてもつまらなくなってきたと、らしくない弱音を言うようになってきた高木さんに、
各種の訃報は、こちらは耳にしたが連絡することができなくなった。それまでは何かニュースがあれば早速知らせてそのテーマについて話し合うことができたのに。
らぷらた報知の前原ドミンゴ社長が昨年亡くなり、高木さんはいつでもそうであったが、さらに今後のらぷらた報知の存続に憂いを持っていた。実はもう9月には思うところあり、社説の展望台を書かなくなっていた。その後出ていたのは書き溜めていたものである。
 そして、去る11月4日には同僚でまだ若いはずの崎原朝一さん(編集長)(80)までも訃報が続いたがそれも告げることができなかった。
 そしてとうとう 自分の舞台の幕を閉じてしまった。一時は体が弱ったときもらった薬が強かったと見えて体調が狂ってしまっていたが、それでも、今思えば最後の灯火であった。退院して食事が少しずつのどを通るようになった。そして、原稿用紙をくれ、と言っていたばかりの数日後のことである。
 私のこれまでの人生を書いてみなさいと言われている、そうだよね、もう一仕事しないとね、とここ数年は口癖のように言っていた。
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 (80才の記念に)
しかし、しばらく新聞も雑誌も本も読めなくなり、書き物もできなくってきっと退屈してしまったのだろう。今はあの世で多くの友人たちと再会し、下界の人たちがやっていることを、あーなっていないね、と舌打ちをして叱責してくれているのではないだろうか。
 高木一臣さんは、1925年3月27日、三重県尾鷲市生まれ 拓殖大学卒 しかしながら1951年、26歳のときからアルゼンチン在住。なんでも見てやろうという、大志よりはむしろ好奇心でブエノスアイレスにやってきた。花き栽培業の手伝いはむいていないと30分でやめ、、スペイン語もろくに分からないのに信用されて建築資材店支配人になり、三井物産の前進の商社会社に数年勤務、それから、毎朝5時に家を出て、生放送の国営放送海外向けラジオRAE(ラエ)日本語アナウンサー41年、その後、午後にできるからとアナウンサー業と平行して始めた新聞記者49年。入社してすぐに編集長。そして主幹。最後まで手書き原稿で貫く、還暦をすぎてこれまた好奇心で始めた俳優歴29年、テレビ、CM,映画に出演。アルゼンチン歴63年。そして89歳。そのアルゼンチンでの舞台の見事な幕引きに拍手を贈りたい。そして合掌。
 63回目のハカランダの花が満開の時期の大往生であった。

2014年11月15日

ニッポンマニア2014は11月16日(日)です。

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2014年11月14日

タンゴミュージカル「シャンテクレール」日本公演先駆け特別番組(11月15日)

来る12月4から7日まで東京渋谷にてタンゴミュージカル「シャンテクレール」(モーラ ゴドイカンパニー)が
日本公演を行いますが、その日本公演先駆け特別番組が11月15日、午後2時半からTBSにてBS-TBS特別番組「タンゴの女王来日!今、絶対観るべき情熱のステージ」として放送されます。
テレビも劇場も是非ご鑑賞ください。





詳細はこちらから、なおTBSのページでチケットも買えるようです。
http://www.tbs.co.jp/event/chantecle2014/


会場
東京・渋谷
東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)

日時
開場は開演の30分前
2014/12/4(木)19時開演
2014/12/5(金)14時開演/19時開演
2014/12/6(土)12時30分開演/17時30分開演
2014/12/7(日)12時30分開演


●11月15日(土)午後2時30分〜
BS-TBS にてタンゴミュージカル「シャンテクレール」特別番組

 BS-TBS特別番組「タンゴの女王来日!今、絶対観るべき情熱のステージ」

http://www.tbs.co.jp/event/chantecle2014/#report

こちらの主演のモーラゴドイさんは20年前、モーラゴドイタンゴ学校ができた頃から多くの日本人ダンサー養成のお手伝いをしていただきました。現在はアルゼンチンの人気番組 ショーマッチのダンス特集番組で専門のタンゴだけではなく、いろいろな分野のダンスを披露中です。バレエ畑出身ということで手足の動きがとてもしなやかで、官能的なタンゴを見せてくれると思います。2009年に日本で公演されたタンゴミュージカル タンゲーラの振付師でした。ブエノスアイレス公演では主役も務めていました。

日本にいながらブエノスアイレスにいるように楽しめるチャンスです!いそいで!!!
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アルゼンチンでの安全、快適、楽しい移動手段にはフアンカルロススプリンター

フアン カルロス スプリンター社ではブエノスアイレス エセイサ国際空港からブエノスアイレス市内までの安心/安全な移動サービスが提供されています。
 空港送迎サービス通常車両の場合は3名までスーツケース携行で可能です、またお荷物が少ないのでしたら4名でも可能です。また市内などから国際空港へもホテルなどご指定場所にお迎えして無事に目的地までお届けします。
 ブエノスアイレス国際空港から市内ホテルまで約40分ほどの移動時間になりますが、快適に安全に安心して移動が可能です。また時にはより早く目的地までお届けします。(もちろん、渋滞/事故/デモの場合はこの限りではありませんが、より迅速的確にプロドライバーが判断します)
 (目的地は原則一つですが、場所によっては問題ないので相談可能です)
  ブエノスアイレス国際空港からブエノスアイレス国内空港アエロパルケへの移動も同料金です。
国内便への乗り換えにもご利用ください。) もちろん国内空港アエロパルケから国際空港エセイサまでも同様です。
 それ以上の人数のグループの方や行き先が別途ある方、そのほかブエノスアイレス州へ直接行かれる場合もご相談ください。 
 現在、HUNDAI のH1というバン(10人乗り)もありますので、乗用車一台ですから、2台ご利用よりも簡単です。

 連絡はこちらjuancarlossprinter@gmail.comから
 日本語で ご到着前に
 ご依頼可能です。
 1。到着日時、
 2。便名、
 3。お名前(ローマ字読みもお願いします)
 4。目的地(ホテル名 住所)などの情報を添えてご相談ください。
また観光や出張の会社訪問などと
 レミス専用車利用として
 半日利用(3時間から4時間)
 1日利用(6時間)、
 フル利用(8時間)と
空港送迎コンビネーションで依頼することも可能です。
安全に車からフォトサファリも可能です。もちろんその場で少し降りて見学して次の場所へ向かうことも可能です。
 また最後にディナーレストランにお届けし、お帰りはレストランで呼び出しタクシーをお願いするのをお手伝いすることも可能です。(その方が待ち合い料金が発生しなくてお得です。もちろん待ち合いも可能です)
 お問い合わせはこちらへ日本語でどうぞ。
juancarlossprinter@gmail.com

 その他、ご旅行に必要なサービスは別途、有料/無料がありますが、ご対応しております。
例えば、
携帯電話のご用意、
レストランや買い物場所の推薦 ・ ご予約
お土産をご予算内で購入しホテルお届けサービス
コロン劇場などの観劇チケット手配
日本語ガイド・タンゴガイド・お買い物ガイドなどの紹介
そして、 エセイサ空港から直接マルデルプラタまで
 またはブエノスアイレス市内からSan Antonio de Areco サンアントニオデ アレコへの観光なども可能です。

また、友人、知人の方をお迎えに行くため、市内から一緒に同乗してお迎えに行くことも可能です。


今まで、
ブエノスアイレスへのビジネス出張、
ブエノスアイレス国際学会出席、
ブエノスアイレススポーツ大会・マルデルプラタスポーツ大会ご参加の方々、
さらに個人旅行の方にもご利用していただきました。
こちらのお客様から感想を書いていただきました。ありがとうございます。
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/20606/
「短期間で慌ただしくて内容濃くてとにかく楽し過ぎ!アルゼンチン旅行10日間☆」
楽しい日記なので、アルゼンチン旅行の参考にもなります。

http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52070188.html

2014年11月12日

一緒に食べましょう

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2014年11月11日

タンゴ・ミュージカル「シャンテクレール」

タンゴ・ミュージカル「シャンテクレール」
・渋谷
東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)

日時
開場は開演の30分前
2014/12/4(木)19時開演
2014/12/5(金)14時開演/19時開演
2014/12/6(土)12時30分開演/17時30分開演
2014/12/7(日)12時30分開

http://www.tbs.co.jp/eveチケットスペース
03-3234-9999
キョードー東京
0570-550-799(オペレーター)
平日11時〜18時/土日祝10時〜18時
ローソンチケット
0570-000-407(オペレーター)
0570-084-003(音声自動)Lコード:31888
Bunkamuraチケットセンター
03-3477-9999
10時〜17時30分
チケットぴあ
0570-02-9999nt/chantecle2014/#info1

2014年11月10日

銀行ストは11月12、13日です。

 来る11月12、13日は銀行ストが行われますので、銀行業務はストップしますからご注意ください。この時期ATM機もお金が補充されないので、なくなる可能性が多いので早めに出しておいたほうがいいでしょう。

 また一方で11月13日の夜ははカセロラッソ鍋たたきデモがあるだろうという噂があります。
 今後、年末に向かってこれからいろいろあるでしょう。
 

夢海渡太鼓(MUKAITO TAIKO)結成20年のコンサート

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来る11月30日(日)午後3時から マイポ劇場にて夢海渡太鼓(MUKAITO TAIKO)結成20年のコンサートがあります。これは沖縄の同名の太鼓グループがアルゼンチン日系沖縄元留学生がアルゼンチンに持ち込んで練習していたところ、アルゼンチン遠征の際に、楽器を全て寄付していったことから始まります。夢が海を渡りますように、という意味で名付けられた夢海渡太鼓はそれから発展し世代交代をしながらも、原点を忘れずに活動しつづけ、近頃ではアルゼンチンの打楽器フェスティバルに呼ばれたり、日系のイベントだけではなく、フュージョンも行いながら、その音楽の道を20年間続けてきました。
 いろいろな太鼓のチームが最近はあり過ぎてだんだんわからなく!?なってきましたが(笑)むかいとたいこはネーミングからして大好きでいつも応援しています。
是非、アルゼンチン人の友人も誘って、聴きに行ってみてください。
Teatro Maipo
住所はEsmeralda 443
セントロ地区です
入場料は75ペソから200ペソ程度。インターネットのチケットサイトでも買えますが直接劇場で買った方が位置や受け取り方法もわかりやすいです。午後2時ぐらいから窓口に行けばだいじょうぶでしょう。

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2014年11月09日

ビジネスマン向けスペイン語レッスン

 ビジネスマンの即戦力がつくスペイン語レッスンを行います。基本的目標はヨーロッパでの言語規定のA2からB1レベルを目指したほうがいいと思います。
 これは日常生活に対処できるスペイン語ができ、ネイティブとの会話が困難をともないながら、続けられる、また日常的な文章、記事なら辞書などの補助で大意がわかる、というレベルです。
 こちらの習得は、一般的にヨーロッパ系言語話者向けの集中講座でしたら、毎日4時間程度グループで勉強して約1年かかります。
 しかしながら、突然 詰め込んでも大変ですし、仕事をしながらまた生活しながらでは大変です。
また語学は苦手と思っている人もいるでしょう。
 無理のないカリキュラムや学習内容シラバスをニーズに応じて作成します。
それでも時間を無駄にしないためにも、即戦力のつく、またできるだけ早めにちょっとできる!?と思わせるスペイン語をお教えします。
 文法積み上げ方式だけですと、自分のいいたいこと、などが言えるようになるのに時間がかかります。言われていることを理解するのも同様です。
 まずは仕事に生活に必要な表現を提示、またフィードバックで教えていただきながら、なんと言われていたのか解析、そのスペイン語を学びそして文法も同時に学んでいく帰納式そして、少し戻りながら、また少し進むスパイラル式三歩進んで二歩下がる、しかし一歩、一歩進むのです!?)がいいと思います。
 もちろん異文化コミュニケーションにも対処した学習プログラムです。

 そのほか各種スペイン語の学び方のコツなどや心構え編はこちらに書いています。http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/cat_50045672.html
また書下ろしのスペイン語の学び方の記事を在亜日本商工会議所の会報にて書かせていただいています。

 ご連絡はこちらまで tomookoargentina@gmail.com

 一方でフリー会話などをしたい、という向きの方には 当方の日本語の生徒がご対応可能です。そして日本語が少しできるので安心です。アレンジしますのでご相談ください。

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アルゼンチンをはじめラテンアメリカ撮影コーディネートならお任せ下さい。

アルゼンチンをはじめとするラテンアメリカ撮影コーディネートを行なっています。
ファニプロラテンアメリカということでこちらのHPで紹介中です。http://tomokoargentina.wix.com/funnyprolatinamerica
 これから撮影コーディネート番組なども報告アップします。
またスペイン語通訳、ビジネスコーディネーションも行います。
そのほか、アルゼンチン/日本芸術/文化/国際交流もサポートします。
主な代表作は以下のリンクです!

 TBS世界ふしぎ発見!
第1261回 チリ アルゼンチン ロマンチックパタゴニア編、
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/bknm/20130202/p_1.html
昨年2012年の
第1251回 奇跡の花園とチリーアルゼンチンの天空のアンデス
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/bknm/20121103/p_1.html
第1222回一番遠い親日国  アルゼンチンに渡ったサムライ
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/bknm/20120310/p_1.html
上記
ファニプロラテンアメリカが撮影コーディネートしました。
 http://tomokoargentina.wix.com/funnyprolatinamerica

 お仕事のご連絡はtomokoargentina@gmail.comまでお願いします。


2014年11月05日

アルゼンチンにも「おもてなし」があります。

アルゼンチンにも おもてなし があります、といえばびっくりされるかもしれませんね。
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日本の専売特許なようなものですからね。おもてなしとは、あの細やかな気遣い、繊細で、相手の気持ちを推し量ることが、一体アルゼンチン人にできるのでしょうか。
と普段から元気で、ちょっと自己中心的に見えるアルゼンチン人にどこをどうとっておもてなしを
考えるのか。。。

アルゼンチン風のおもてなしはとにかく構わないことです。
日本ではいらっしゃったら座っていただいて何もしないで、というのですが、アルゼンチンの人たちは
何がしたいか、飲みたいのか、食べたいのか、そして何が飲みたいのか、何をどのぐらいどのように食べたいのか
聞いてきます。
もし日本流に遠慮して「お構いなく」といえば、パーティの間中、飲み物をいただけなくて喉がかわいて数時間
過ごした人、実際にいるそうです。食べ物も、「どれでもいい」ですと、私はこれ!の人たちから取り残されて、
残り物になってしまいます。立食パーティーでは、これはもうないなーと思っても、直接ウエイターに「ありませんか?」聞いてみると
案外、あ、ないのなら次のをお持ちしましょう、と逆に温かい出来立てのものにありつくことができる訳です。

ですから、逆に、いえ、私はそんなに要らないので、これとこれ、それだけで、あ、できればしょうゆでも
いただけたら嬉しいです。とはっきり言わなければならないのです。
これは スペイン語が不得意であったり、不自由であり、さらに日本流の希望を言わない習慣があれば、
パーティの主催者が日本人に特別気のつかえる人出ない限り、ぽつんと取り残されてしまします。
壁の花にならないためにも、是非、あ、そのおいしそうなのはどこでもらったの?と迷わず隣の人に聞いてみましょう。
きっと、ああ、これはここ、と教えてもらってそれがきっかけで自己紹介が始まるかもしれません。
レストランでもそうです。すみません、私はこちらの国の料理がわからないので、その美味しそうなものはなんですか?
とはっきり言えなくても、ペルドン、ケ エス エソ? Perdon! Que es eso?   すみません、それは何ですか?
で大丈夫です。笑顔で見られたらしめたもの。それがアイスブレイク、きっかけとなって話に花が咲き、もしかしたら
アルゼンチン在住の間のかけがえのない友人が生まれるかもしれません。スペイン語の練習相手ができるかもしれません。

アルゼンチンでは、ーーーしてください、ーーしたい、などのシンプルなコミュニケーションをとりながら、
それに快く応えるのがおもてなしのようです。

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2014年11月04日

マルセラ先生 タンゴレッスン・タンゴガイド

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アルゼンチンタンゴを生業とするだけではなく、タンゴを人生として天職としているタンゲーラのマルセラ オルケビエさんはブエノスアイレス市のタンゴのゆりかごと言われるアルマグロ地区出身。
ひいお祖父さんの代からさらに祖母さん仕込みのタンゴを愛する一家であり、
14才で踊りに出かけたい年頃に近所にあるからと唯一許してもらえた場所がミロンガ、タンゴサロンでした。
それから常に踊り続け、ダンス教師の資格と栄養学士の勉強をし、一時、キューバに住んでサルサの
研鑽をしたり、アメリカでタンゴを教えていたりしましたが、近年お母さんの体調からブエノスアイレスに
戻り、ブエノスアイレス市文科省でタンゴアドバイザー、また広報活動をする傍ら、タンゴプライベートグループレッスン、またはイベントなどでショーに呼ばれたりしています。
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上の写真は ブエノスアイレス芸術文化センター ウシナ デルアルテにてブエノスアイレス市オーケストラと
踊った一枚。別途 毎年8月に開催される世界タンゴダンス選手権ではブエノスアイレス市での予選での
審査員を勤め、また、以前もですが、今年のシニア部門優勝ペアのコレオグラフィー(振り付け)を担当しています。Marcel Dance 7

日本文化が大好きで先般は禅セミナーに参加したり、ヨガをやったり、そしてまた私の友人として
タンゴの撮影などにもいろいろな協力を得ていますからとても信用出来る方です。そのため、ここに紹介し、もし、タンゴレッスンやタンゴお出かけ(夜のタンゴサロンミロンガに出かけたり、
タンゴゆかりの地に行くなど)、またはイベントやパーティーなどで踊って欲しいなど、
ご希望の際にはご連絡ください。
tomokoargentina2@gmail.com
##タンゴレッスンはマルセラさんのスタジオ(アルマグロ地区)でも、ご自宅やお友達が集まる場所、もしくはホテルへ 出向くことも可能です。
MARCELA & TONY JAPON

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こちらはミロンガでの一枚です。
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また踊るだけではなく、タンゴの歴史や文化などにも造形が深く熱くタンゴを語ることも可能です。
言葉はスペイン語と英語ですが、日本語で通訳必要な場合は当方とコンビネーションをしてご依頼いただくこともできますので、お気楽にご相談ください。

Marcela Hourquebie. (Marcel Dance)
Tango.Salsa .Social ( Bailarina, Profesora de Danzas Nacional e Internacional, Coreografa)
http://marcelahourquebie.blogspot.com
marcelahourquebie@gmail.com

日本語の場合はこちらからご連絡ください。
tomokoargentina2@gmail.com


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2014年11月03日

日本食レストランガイド2014

ブエノスアイレス日本食レストランガイド2014をお届けします。
なお、どこも家族で友人たちと行ったり、また一人でこっそりおいしく食べるために行く場所です。全く主観的なのをご容赦ください。
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私たちの最近のお気に入りは、レストランに行くにもまたデリバリーを頼んで家でゆっくり食べるのも
Matsuoka sushi 松岡スシ 
Sanchez de Bustamante 1027, Almagro, C.A.B.A.
Tel: 4861-4913/3750-8258
(開店は夜8時からですが、その前から電話できます。松岡フアンさんは日本語できます。
デリバリーはお早めに圏外でしたら配達料がかかります)
アバスト地区でSanchez de Bustamante entre Cordoba y San Luis でSan Luis 沿いに駐車場があります。
お料理の写真はこちらから。
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52038159.html
なお、うどんにラーメンもありますが、ときどきメニューにないものも聞いてみてください。
日本で懐石料理店で修行したそうですが、アルゼンチンでそれをやってもお客さんはわからないので。。。
和洋折衷でやっているそうです。21世紀のブエノスアイレスの日本食レストランの代表です。

Ichisou   いちそう
Venezuela 2145 - Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4942-5853/4943-6442   http://www.ichisou.com.ar/
月から金  昼 夜  土曜日 夜のみ 日休
 ランチメニューあり。その日の焼き魚定食などがあり、日本食というよりちゃんとした和食。昔からいいレストランがある地域でそのまま残っているので、現在ではちょっと中心街から遠いがわざわざ行く価値あり。
にぎりずし、麺類、特にそばがおいしいと定評。コンパートメントがあったり、また奥に和室(掘りごたつではない)があり、接待も可能。何でも普通以上の味で、量もほどほどにいい。食器も普通に和食器でいい。基本的に食べたいものは何でもあるしおいしい。その代わり安くはない、が、アルゼンチン料理の高級レストランほどは高くないので予算があるときは許容範囲。日本語は問題なし。ただ、お昼の混む時間はウエイトレスが一人なので
辛抱強く待つ必要あり。
なお、日中はこの店の正面にCasa Japonesaというコメトウさんがやっている日本食材や雑貨の店があるので、コンビネーションして買い物もできるというのが素晴らしい。
いちそうの名前は はじめさん(一)とみさおさん(操)をコンビネーションしたオリジナル名。営業はもう30年以上でしょうね。。。

Nihonbashi  日本橋
Moreno 2095 - Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4951-7381 
火曜日から日曜日 夜7時半から月休 

しゃぶしゃぶ、すき焼き専門店、アルゼンチン名物の牛肉で日本食は嬉しい。また、日本的薄いお肉の焼肉もある。他に寿司など料理も少々ある。そのために、後からの紹介になっていますが、実は私たちのお目当ては、
土曜日、日曜日、祝日は食べ放題!!!肉皿のおかわりが可能。子供は10歳まで無料。さらにアイスクリーム(小さいが日本人的にはちょうどいい)人気があるので週末は特に早めに予約が必要。肉をその場で切っているので、忍耐も必要である。平日は比較的落ち着いているのでゆっくりできる。
掘りごたつのある畳の部屋がある。店の内装といい、ウエイトレスが着物姿で愛想もよく、教育が行き届いているので、アルゼンチン人接待には必ず喜んでもらえる。ただし、しゃぶしゃぶを自分で作るのを教えないと全て料理を作ってあげないといけないので、大勢の接待には不向き(笑ーもちろん自分で楽しんでくれる人にはおすすめ) タレの追加料は別途である。デザートの抹茶アイスはコクがあり、おいしい。あんこもある。
日本語はメニューの範囲なら アルゼンチン人ウエイター、ウエイトレスさんには、日本語でわかってもらえます。難しいことはオーナーと。目の前に駐車場あり、駐車券を会計前に渡すといい。 営業20年。

Murasaki ムラサキ
Viamonte 500, esq. San Martin
http://www.murasaki.com.ar/
月ー金12時から19時、土 12時から16時 日休
ガレリアス パシフィコというフロリダ通りのショッピングセンターのある敷地の角ビアモンテ通りとサンマルティン通りの角にある日本食レストラン。一見、普通の喫茶店のようです。
時間帯が続いているのでちょっと小腹がすいたときに入れるのが嬉しい。にぎりずしができていて、セルフサービスでとれて、食べた分だけお勘定は忙しいときには重宝します。おすすめはラーメン、うどんはもうちょっとですが、十分おいしい。焼き飯は量がとても多いです。お値段ー中身のバランスと、立地で私はここでお昼さっとラーメンを食べることが多いです。
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ムラサキはもう一軒あります。
Murasaki
Galerias Larreta / Florida 971
Telefono: 4314-6866  フロリダ通りとサンタフェ通り近く。 ギャラリーの中に入っていくと中央にある、喫茶店的な食堂。月曜日から金曜日開店 喫茶店業務が午前8時から 食事は午前11時から午後8時まで。 
土曜日は11時から16時まで。ラーメンがお勧め。
昼はすしを自分で選んで、その量で支払いをするタイプ。高級ではないが、簡単。 新しいが、簡素。


Nobiru 「のびる」
Mendoza 1627 Tel 4782-0401

ベルグラーノ地区の中華街の中にあります。外観が居酒屋とおっしゃていますが喫茶店風ではあります。正午から夜までずっと空いているので、お昼の時間がすぎたり、小腹がすいたとき、また早めの夕食にも便利ですね。冬なので、ショウユラーメン、みそラーメン、トンコツラーメンがおすすめということで中でも自信作のみそラーメン食べてみました、見かけは実はえ!って感じなのですが(だって、ノリが変ですし、ごまが一杯です)お味は最高!麺はラーメンぽいのですが、まさかインスタントではないし。。。(たまに日本食レストランでインスタントラーメンに具をのせて飾ってラーメンで出しているところもありますのでご注意)と思って、聞いたら特別に作らせているそうです。チャーシューもいい味他にもお茶やコーヒーと日本的ケーキもあるので、お茶も飲みにいきたいところです。


Miyako Sushi 都
Nazca, Av. 388 6o piso Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4611-2638  フローレス地区
Web: www.miyakosushi.com.ar
Mail: info@miyakosushi.com.ar
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51644758.html

月から土   昼 夜  ランチメニューあり、日休
夜のセットメニューもあり。
都心ではないので、アクセスが難しい。しかし、常連客が多いし、日本食の通の人には穴場である。どの料理も及第点以上であるし、量も妥当。
6階にあるのも、アルゼンチン人には信じられないくらい珍しいらしい。韓国人ビジネスマンが多いので、キムチもおいてある。早めに行くか予約してボックス席がいい。初心者用に夕食セットが少しずついろいろ食べられるように、焼き鳥がお勧め。焼き飯もおいしい。抹茶アイスが大きくて嬉しい。アルゼンチンの邦字新聞らぷらた報知が読める。

KITAYAMA キタヤマ北山
Virrey del Pino 2448  ベルグラーノ地区
月ー土  1930から2300  日休み
http://www.restaurantekitayama.com.ar/
昔 セントロ方面にあったときお世話になりましたが、ベルグラーノになったので足が遠のいてしまいました。
しかしとにかく 何でもある!ところです。メニューになくても聞いてみてください。
それから一人で行くのにも気軽なところです。


そのほか、以下ありますが、最近は少し 落ちた。。。。というのが正直な感想です。しかしながら、日系社会では外人スシといいますが、日系関係ない場所と比べたらずっとだいじょうぶです。

Irifune  入り船

Paraguay 412 ? Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4312-8787  セントロ地区 フロリダ通りから2ブロック半で都心
Web: www.irifune.com.ar
Mail: info@irifune.com.ar
月から土 
セントロ地区という立地にありながら、スタンダードな味に値段も高すぎるほどではない。座席はブエノスアイレス的には狭いので、ランチでビジネスマン的にささっと食べる向き。
昼から夜12時まで続けてあいているので、ランチタイム外や、早めの夕食を取ることも可能でありその場合はとても落ち着いている。土曜日もそう
非日系の方でも日本語が可能な人もいます。昼のオフィス街での簡単な接待向けには可能・


Comedor Nikkai コメドール ニッカイ 日会食堂

Independencia, Av. 732 ? Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4300-5848 サン テルモ地区 地下鉄C線Independencia駅下車3ブロック、
バス10番など
月から金 昼 夜7時半から 土 夜のみ、日休  お得なランチ定食あり。
天丼は現在全く違うものになっています。
うどん寿司セット、カレーライス(昔風の黄色いルー)、ラーメン、うどんなど食堂的メニューを選ぶのがお勧め。酢豚ならず、酢魚も意外においしい。値段は全体的に他の日本食レストランに比べて低めであり、家庭的においしい。出てくるのが早いので忙しいとき助かる。駐車場は以前横にあったが、なくなりました。ただし、Chacabuco かpiedras通りの駐車場へとめて駐車券を店に持っていけば、2時間までは無料に。注文の日本語は可の二世のウエイターさんが多い。話せないこともありますが、ある程度のことは聞いてわかってくれます。
NHKが見られる。らぷらた報知という邦字新聞が読める。 老舗、内装がずいぶん綺麗になりました。
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51925868.html



EN - Jardin Japones エン 園
Av. Casares 2966 (y Av. Berro)
Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4800-1322  パレルモ地区  昼は日本庭園にて散歩も可能である。夜やレストランへ行くときはLIBERTADOR リベルタドール大通り近くの入り口から直接入る。
Web: www.jardinjapones.org.ar
火曜日定休  昼からお茶の時間、その後夕食12時まで。
夜がお勧め。日本庭園がロマンチックに見えて、アルゼンチンのカップルのデートスポットになっている。
ボックス席や掘りごたつ席もあり、接待にもいい。全体的な一皿の量が少ない。お勧めは、カリカリロール  サーモン、チーズなどのコンビネーションで外側がカリカリになっている温かいロール。日本的ではないお寿司の中で意外においしい味の発見がここである。
なぜか、焼き飯も自慢メニュー。と、いろいろつっこみどころはあるが、アルゼンチン向けにうまく処理されている。ただし、最近は味がない料理が目立つ。おそらくだしの問題だと思う。
立地は最高。
デザートはどら焼き、ようかん、月餅などの和風もあり、さらに抹茶ケーキなど日本風のケーキがあり、嬉しい。午後のお茶の時間もお勧め。緑茶はかなり薄いので、どうしても日本茶が飲みたい懐かしいのでなければ
コーヒーの方がおすすめ。

ずっと行っていないので、わかりませんが、以下も 日本人経営です。

Bistro Tokio   ビストロ トーキョー
Virrey del Pino 2551 piso 1o - Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4786-6959  ベルグラーノ地区 ホセ エルナンデス駅1ブロック
階段をあがって、2階にある。最近はアルゼンチン人向き日本食メニューが増えた

Okiren Sushibar & restaurant  沖連レストラン
Centro Okinawense en la Argentina
Comida Japonesa y Okinawense.
San Juan 2651 ? Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4943-6927   地下鉄H線 フフイ駅 E線 ウンベルトプリメロ駅下車目の前
月から土曜日 夜のみで 午後7時から午後1130まで 
在アルゼンチン沖縄県人会館の2階にある。そのため、沖縄そばなど、沖縄系料理がお勧め。値段も比較的抑え目。日本語は聞いて分かる人が多い。  

Yuki  遊亀 
Pasco 740 ? Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4942-7510 バルバネラ地区
和食として味は定評あり。高め。手書きメニューで本日の魚のお勧めなどあり。日本語可。老舗

Shogun   将軍
Uriburu 280 - Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4952-5897
昔からある日本食レストラン。和室あり。日本人オーナーの対応もよく、だいたいのものがあるが、ときどきイメージと違うものもある。老舗


番外編は日本人経営のチョコレート屋さん
El Crisantemoの住所はセントロで、
Cerrito 1168で、7月9日大通りの測道です。オベリスコをLibertador 大通りへ行く少し前です。
Four season Hotel の近くです。
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51984781.html

また基本のお米の買い方はこちらへ
CASA JAPONESA日本食材店
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51830348.html


そしてさらに番外編 日本食ではないのですが、日本人経営の中華料理レストラン。
日本人的 ギョーザ、チャーハン、酢豚、ラーメンがあります。
TAO TAO タオタオ
Av. Cabildo,. 1418 - Ciudad de Buenos Aires
Tel: 4783-5806
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51755657.html

またイベントなどで以下に頼めます。
Hanami 花見
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51809896.html
Medrano1232 Tel 4867 3834
料理は日系家庭で食べる感じで、アルゼンチンで使用できる素材で最大限、また価格も抑えている。雰囲気もアットホームで気楽。立地的にパレルモソーホーの奥、コルドバ通り方面へ行くので、観光で疲れたときにいい。開店しているか確認した方がいい。

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2014/05/17,24,31
フジテレビ「めざましテレビ」(6-830am)
公式HP:http://www.fujitv.co.jp/mezamado/
めざましどようび藤原倫己
“CHANGE THE WORLD for 2020”アルゼンチン編
http://ameblo.jp/tomoki-fujiwara/




2012年グローバルビジョン「世界の起業家」
5月5日(土) 19:0019:54
5月8日(火) 27:0027:54 (再)
5月12日(土) 19:0019:54 (再)
5月19日(火) 27:0027:54 (再)
見逃し視聴「起業家」(ウルグアイ)

2012年3月20日(火)午後9時から
NHK BS1「夢をあきらめない
〜女子ホッケーさくらジャパン〜」


TBS世界ふしぎ発見!
2012年3月10日(土)午後9時から
第1222回 一番遠い親日国アルゼンチン
宮地眞理子インタビュー1
宮地眞理子インタビュー2

NHK >地球アゴラ
2012年3月4日(日)午後10時から
第160回アルゼンチン編

TBS 夢!世界どうぶつ大図鑑
2012年2月11日アルゼンチン特派員足立原Dーバルデス半島他

2012年1月21日
2012年2月11日アルゼンチン特派員足立原Dー南の牧場


朝日放送朝だ!生です 旅サラダ
毎週土曜日午前8時から午前9時半
海外マンスリー三月はアルゼンチンBY石川梨華
2011年3月5日(土)ブエノスアイレス
3月19日(土)サルタ
3月26日(土)エル カラファテ

vol.103 「世界の働く女性(Part2)」 
2011年 3月13日(日) 21:0021:54
3月16日(水) 27:0027:54 (再)
3月19日(土) 16:0016:54 (再)
3月20日(日) 21:0021:54 (再)
3月23日(水) 27:0027:54 (再)
3月26日(土) 16:0016:54 (再)
vol.100 「世界の誕生日」
vol.101 「世界の石」
「グローバルビジョン見逃し視聴」

NHK BS-1 地球アゴラ
12月19日(日) 
「第111回」

NHK BS-1 地球アゴラ
11月28日(日) 
「第108回耕せ世界の大地」

アルゼンチンにて12月12日(日)1710

BS TWELLV、グローバルビジョンTVにて
「競技会]「チリのクエッカダンス競技会にかける若者」
11月27日(土) 16:0016:54 (再)
11月28日(日) 21:0021:54 (再)
12月1日(水) 27:0027:54 (再)
12月4日(土) 16:0016:54 (再)
「グローバルビジョン見逃し視聴」
BSジャパン
<8月29日(日)午後9時から 
「アルゼンチン絶景の旅」

「先住民の文化を継ぐパラグアイ」
7月22日(木)18:00〜(1時間番組)
「パンタナールの大自然〜パラグアイ〜」
7月29日(木)18:00〜(1時間番組)
地球ゆうゆう紀行
2010年1月24日(日)午後10時から
NHK地球アゴラ
はるばる日本人のコーナー「世界一蹴の旅」
世界一蹴の旅
アルゼンチン ブエノスアイレスからLIBEROユニット生出演

BS ジャパン「南米のパラダイス パラグアイ絶景の旅」
2010年2月7日(日)夜9:00〜(2時間)。

BS 12グローバル・ビジョン 
vol.64「世界の夫婦」(パラグアイ)
12月27日(日)21:00〜22:00、
28日(月)19:00〜20:00、
2010年1月2日(土)16:00〜17:00
地球ゆうゆう紀行「パタゴニアの大自然〜アルゼンチン〜」 (再々放送)
2009年12月28日(木) 午後1559から1時間
氷河国立公園、バルデス半島のハイライトが1時間見られます。

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地球の歩き方2010年版発売中(巻末見てください)
05753-7 GUIA DE TURISMO DE ARGENTINA; CHILE; URUGUAY Y PARAGUAY EN JAPONES 地球の歩き方 アルゼンチン/ブエノスアイレス特派員のページへ
バンクーバーオリンピック アルゼンチン人選手頑張れ!
DSC06734 スキーフリースタイル男子でアルゼンチン代表として、2010年2月のバンクーバーを目指しますクライド ゲティCLYDE GETTY選手 https://5dreams.panasonic.net/
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12月27日(日)21:00〜22:00、
28日(月)19:00〜20:00、
2010年1月2日(土)16:00〜17:00
地球ゆうゆう紀行「パタゴニアの大自然〜アルゼンチン〜」 (再々放送)
2009年12月28日(木) 午後1559から1時間
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BS ジャパン「南米のパラダイス パラグアイ絶景の旅」
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