アルゼンチンコメント

2017年02月23日

アルゼンチンにおける日本人の軌跡(1886年から1916年)

アルゼンチンの日本人の歴史を「簡単に」年代ごとにまとめていきます。
1886年 牧野金蔵氏(20歳ぐらいと推定されている)神奈川県三浦半島出身が船に乗ってアルゼンチンの地を踏み、ブエノスアイレスから文字通り歩いてコルドバのセントラル線の機関士として働きのちに結婚、不動産も買い、定住。これがアルゼンチンにおける日本人第一号の記録である。
また一方でアルゼンチンでの名前の登録はマイク キン MIKE KINGになっている。
これは牧野金蔵を英語名にとられたのか、したためである。そのため子孫家はキンKINGが苗字である。
当時は機関士はエリート職であり、英国系の職員が働いていて英語が公用語であった。
航海中に英語を学んだからだとも言われている。
1898年2月3日 アルゼンチンと日本間の修好通商航海条約がワシントンにて結ばれる。
(日亜修好と以下略)
1899年 アルゼンチン海軍練習艦サルミエント号の横浜寄港 明治天皇に謁見。このとき、
榛葉贇雄(しんやよしお)16歳佐賀県東松浦郡湊村(唐津市)出身と鳥海忠次郎13歳が乗り込む。
1900(明治33)年9月30日 にブエノスアイレス帰港。二人は日亜修好が結ばれた2年後、国交が樹立してから最初の正式日本人移民となる。榛葉氏は後に 1837年蒸気船ポトマック号で到着したハドソン家の三男で後に英国とアルゼンチンで鳥類愛好会を設立し、文筆家であり学者のウイリアムハドソン(スペイン語名ギジェルモ ハドソン)の妹ラウラと結婚。一方でアルゼンチンをはじめ南米の新聞に日本とアルゼンチンの友好関係の記事を投稿。それを助けていた娘の榛葉ビオレッタは日系で最初の大卒であり、教師活動を行い、後にハドソン博物館、保護地域など叔父の遺産と意志を継ぐことになる。
1904年 建設中のアルゼンチン海軍のモレノ号とリバダビア号が日本海軍に譲られ、名前を日進、春日とする。日露戦争で活躍し、日本軍船に乗り、この日本海軍の仕事を詳細に記録報告したのはドメイク総督。のちに親日家として活躍する。
日本の農商務省より送られた海外実習生がブエノスアイレスに到着する。東京外国語大学出身古川大斧氏と丸井三次郎氏。
1905年8月21日  
滝波文平氏がブエノスアイレスに到着。のちの最初の商店トウゴウ商店Casa de Togo (Florida 664)
1909年
最初の沖縄移民が到着.
ブラジルに笠戸丸で来た鹿児島からの50名がブエノスアイレスに到着。 最初の県人会をペルー出身組と設立する。
1910年 札幌農業学校より、伊藤清蔵先生が到着。ラパンパ州で牧場を得て、経営を始める。
その弟子が日本から来て定住を始める。農業専門移民として、鈴木よしぞう、石川倉二郎が来亜。
ブルサコ、フロレンシオバレーラに定住。蔬菜農業のパイオニアとなる。
アルゼンチン建国100年を祝い、世界中からの祝いの中、日本はチリとの兼任の日置公使が
移民の可能性を調査。
1910年5月25日 軍艦「生駒」来亜 5月大通りでパレードに参加。
1911年 新垣松とヨシの長男新垣清松生まれる。沖縄出身の両親を持つ。最初の日系二世。
1914年 アルゼンチン世論調査によると当時1007年がアルゼンチンに在住。
1915年4月 丸井氏による謄写版ブエノスアイレス週報発刊。最初の邦字新聞。
1915から20年の
この時期、パルパライソ港に着いた人たちはアンデスを越えてアルゼンチン入りした。
特には汽車で、ときには歩いて、またはロバに乗って山を特に雪の中を越えた。
1912年 最初の日本人経営カフェー開店
1912年 小谷初太郎(鳥取出身)との中村ツタ(熊本出身1909年来亜)最初の洗染店 ティントレリア(洗濯屋) Lavalle 418
1912年末  大正会設立 県人会の枠を越えた初めての日本人の総合団体
1913年正月  大正会設立祝賀会 Ituzaigo 634 小谷初太郎氏宅
1914  カフェ東京をサンタフェに設立 後の日本人経営カフェ最初のチェーン店 (貝原熊蔵、平井勝次) Lavalle 1388, Bartolome Mitre 384などに展開。 
1916年8月  在亜日本人青年会が宮城県出身の大宮司善右衛門を中心に設立。
1917年10月31日、フェニックス・ホテル(Carlos Pellegrini800)サロンにて在亜日本人会設立祝賀会開催。(青年会が前身)

アルゼンチン日本人移民誌やアルゼンチンの歴史書を参考に直接取材やご本人やご家族の方々からのお話によりまとめました。

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2016年08月15日

リオオリンピック、今アルゼンチンは大盛り上がり!

リオオリンピック、開会まであれ?オリンピックもうあるの?という感じだったアルゼンチンは初日の柔道でパレト選手の金メダルから加速し、特にテニスのデル ポトロ選手がジョコビッチ、ナダルを倒し、最悪でも銀、もしかしたらもう一つの金メダルか、の可能性が出てきて、本日8月14日は町中がテレビを見て大盛り上がりです。
折しも十八番芸のサッカーがまずはアルゼンチンサッカー協会の問題でぎりぎりまで監督すら決まらずメッシの代表引退騒ぎなどで振るわず、意気消沈だった人々を盛り上げてくれました。
バレーボールも今晩2030から日本と対戦ですし、バスケットも決勝進出と日本にはもちろんメダル数では全く太刀打ちできませんが、スポーツのバラエティのある活躍には本当にこれが日本の四分の一の人口である国なのかと思います。
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 さてさて、17時からデル ポトロ選手の試合をみなければいけませんので、また!


なお、錦織選手のことはアルゼンチンメディアはとてもガッツがあったとしっかり褒めていました。以下リンクの記事のニュース。

http://www.infobae.com/juegos-olimpicos-rio-2016/2016/08/14/nishikori-nadal-medalla-de-bronce-en-rio-2016/

ナダルはスペイン人ですが、アルゼンチンでは大人気の選手ですが、それを打ち負かした功績も大きいのでしょう。

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2016年04月16日

アルゼンチン大統領マウリシオマクリ氏の社会関係施策の発表(4月16日)

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 ただいま午前10時、昨年2015年12月10日に就任したアルゼンチン大統領マウリシオマクリ氏の社会関係施策の発表がありました。先日まで、電気や水道の公共料金や公共交通機関の値上げを次々と発表し、この賃金交渉が比較的問題なく進んで、新学期が始まったこの時期に突然行なったと一部反感を得ていたいました。
 値上げは仕方ないが今まで補助金で据え置きされていた金額から「突然」「倍額以上」はひどいと。。しかし本日4月16日午前10時、リニエレス地区にて、大統領発表が行われました。
 基本的なメッセージは働く人達に報いがあり、国民一人一人が作り上げるアルゼンチンを目指したい。だと思いました。
「はたらく人々」を評価するシステムを作り、それぞれの「働き手」が品質のある仕事をしてもらい
((これ意味、難しいのですが、アルゼンチンはやる気なくだらだら仕事をする人が多い、またちゃんととか、きっちりしないことも、だからクオリティのある仕事となるわけです、そしてそれがそのまま品質のある製品やサービスにもつながる訳)) そういう人たちにとって働くことがやりがいとなり、それが社会手当に還元される。さらに新しいプロジェクトに従事したい人々を奨励する。そして教育にも重点をおき、新しいアルゼンチンを形成して行きたいということですね。

 私は大変楽観的に物事を考えており、一緒に正しい道に進もうじゃありませんか。

 私は国民一人一人を助け、一緒に本当のことを言う政府を作っていきたい。

その間に日本人が引き合いに出されました。
「日本人に言われたんです。アルゼンチンの品質、仕事を評価したいのに、本当のことを言ってほしいと。そうすれば、信用できるのだから」
これは日本人(ほどの)人たちが認めてくれるアルゼンチン産物の品質、そしてアルゼンチン人の仕事ぶりなのに、本当のことを言わない政府が存在し、信用を失ってしまった、だからこそ、日本人をお手本にしよう(そしてできればアルゼンチン産物を売り込もうよ!という意味ね)

 基本的に三つの基軸のある社会プランを執り行う。特に恵まれない人たちへの収入を回復させ、子ども手当、そして収入に見合った消費税の還元、さらに職場の保障を行なうことに。

マクリの言葉をTNがまとめていてくれています(今かきかけだったらしいが) それをそのまま訳しておきますね。

皆さんが感じている不安感は、私の心配事である。私の責任はその心配を具体的な施策に変換し、皆がよりよい生活ができるようにすることである。
"La angustia de cada uno de ustedes, es mi angustia, mi responsabilidad de transformarla en medidas concretas para que estemos mejor", comenzo el mandatario, en un acto en un centro de jubilados en Liniers.

うまく始まっている、すでに新しい質のある雇用が生まれているだけではなく、目的を見据えることが始まっている。インフレ問題をの実質的な軽減である。
"Vamos muy bien, no solo ya empezo a generarse nuevo empleo, de calidad, sino que empezamos a ver el fin, la reduccion sustancial del problema de la inflacion", diagnostico Macri.

前政権の10年間で延べ700パーセントのインフレになった、しかしながら、この状況で不満を増強することなく、必要な出発点であったと思う。
El mandatario, ademas, volvio a criticar las gestiones de Nestor Kirchner y Cristina Kirchner al recordar que "en una decada hubo mas de 700 por ciento de inflacion acumulada", pero destaco que "reconocer esta situacion no es un hecho que nos debe frustrar", sino que "fue el punto necesario de partida".




http://tn.com.ar/politica/macri-anuncio-un-paquete-de-medidas-sociales_666259


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2016年04月12日

4月13日(水)はクリスティナ擁護デモ

4月13日(水)はクリスティナ擁護デモが計画されています。

そのため、ブエノスアイレス市内中心街は多くの人手でデモとなる模様です。
オベリスコ、7月9日大通付近、5月広場、もしくはレティロ駅の裁判所付近、国会議事堂各地で
終結されます。

昨夜深夜近くにエル カラファテからブエノスアイレスのアエロパルケホル空港に到着。
多くの支持者が集まりました。
クリスティナ フェルナンデス キッシュネル前大統は、先日逮捕されたバエス容疑者とのビジネスパートナー関係にあり、マネーロンダリングの容疑で検察から、捜査されており、そのため出頭という形でブエノスアイレス入を果たした。

バエス氏は以前、サンタクルス州の銀行員であり、その後、実業家として「活躍」その資産取得が不正であったとして先週逮捕されたばかり。
一説には前大統領のダミー会社を経営していたと言われる。
エルカラファテにある大きなホテルは宿泊客もいないのに、空請求で収支決算が行われたという。

そのほかパタゴニアにはクリスティナフェルナンデス キッシュネル系の会社が多くある。
なお、前大統領は優秀な弁護士であるから、という説明をしているが弁護士として仕事をした経験がほとんどなく、また一方でちょうどアルゼンチンの軍政時代、左翼ゲリラとして活動していた時期でもあり、その卒業の証明が難しいことになっている。((アルゼンチンでは大学の法学部を卒業すれば弁護士資格である))

おそらく午前中や都心部以外は大丈夫でしょうが、
中心街は混乱すると思われます。

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2016年03月28日

新政権でアルゼンチンは変わったのですか?

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昨年2015年12月10日、新アルゼンチン大統領マウリシオ マクリ氏が就任してから100日が過ぎました。
 アルゼンチンが変わったのですか、という質問が来ていますが、
それは難しいところで、政権は確かに変わりました。それで役職の人も代わり、さらにアルゼンチンは
夏休みのバケーション時期で、学校もさらに国会も休みだった時期ですので、なかなか正確に変わった
とはいいきれません。しかしながら、輸出するための税金が大きかったのが大豆は減額以外は撤廃され、
さらに自由為替(以前は気軽に外貨が売買できなかった)となったのは大きな変化と言えるでしょう。
そして、今年に入ってからフランス大統領の訪問、そして、今週3月23、24日アメリカのオバマ大統領が
来亜しました。新しい大統領になってからの大変迅速な訪問に内外で驚きの声がありましたが、前々から
アメリカは農業コモディティの穀物関係は世界ではライバルでありながら、アルゼンチンのやはり
農業発展そして、またアメリカの産物の輸出を狙っており、関係はよくしたいのですが、なかなか前政権
では考え方の相違からうまく折り合えなかった訳です。さらにアルゼンチン人にとっては歴史的にも欧州
は父祖の国として見ていますが、アメリカはアンチの人が多かったのも事実です。70年代の軍事政権にも
関与したことが言われていますし、アメリカは敬遠したい存在、にもかかわらず、誰もが
ディズニーランドへいきたがり、そしてアイフォンを使い、GOOGLEで検索をする、この三つが全く
欠けているアルゼンチン人はほとんどいない訳ですが、アメリカが嫌いと豪語するテレビタレント自体は
この三つを全く行なっている訳です。もっとも2002年の経済危機でアメリカへ行くのには観光でもビザが
必要で、ビザの取得のために大変な思いをしなければならなかったり(厳格な審査に朝早くから列に並ぶ
こと)だったら、アメリカなんて、と言わせていたのですが、現実的にはオバマ氏のフランクさ、
ミシェル夫人の女子への活躍のためのすチーチなど多くのアルゼンチン人が魅了されました。
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もっとも
厳格な交通規制のため多くの人が不満タラタラつぶやいていましたが、それでもそ新しい政府がアルゼ
ンチンの世界との孤立から脱却したのはアルゼンチンの新しい歴史の一歩となったことでしょう。

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2015年02月11日

ニスマン検事 死亡から一ヶ月デモ(2月18日)

 新年早々ニスマン検事死亡事件から 一ヶ月、正義を求めるためデモが来たる2月18日午後6時から行われます。市内中心部は混雑と人があふれると思います。
http://www.lanacion.com.ar/1767452-presion-oficialista-a-los-jueces-por-la-marcha?utm_source=TW&utm_medium=Cali&utm_campaign=1767452

2015年01月11日

ノーベル賞作家バルガスリョサ氏がアルゼンチンの没落の理由を断言

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去る1月9日、お隣のウルグアイにてBank Julius Baer のセミナーが hotel Conrad にて開催され、そのスピーカーとして参加したペルーのノーベル賞作家バルガスリョッサ氏が言ってくれました。アルゼンチンの没落と失敗の根源はぺろニズムにある。それ以前はアルゼンチンは世界でも有数の発展国家であり、さらに識字率は一番高く優秀な国民を輩出いたのに、ペロンが諸悪の根源であり、アルゼンチン人がなぜ今でもペロン党を支持し、投票しているのか理解できない。と述べた。その記事は以下に。。
http://www.infobae.com/2015/01/09/1620046-vargas-llosa-no-se-comprende-como-hay-argentinos-que-siguen-votando-el-peronismo
さて、多くの人がアルゼンチンがなぜ、ーーするのかと質問されます。特に、出張にいって、パラグアイやウルグアイなどのお隣の国の人はいつもどうしてアルゼンチンはーーーするの?うちの国であんなことやったら、(特に政治家の行動の話)すぐに糾弾されるんだけれども、と言われるんですが。。。その心はアルゼンチンだから、が正解。。 バルガスリョサさんに賛同している人も多く、またバルガスリョサは次はマクリにすべきだ、私はマクリを指示する活動をしてもいい、と明言しているんだけれどもね。。。。そう簡単に行ったら、そんな苦労はしないんですが、是非、私はバルガスリョサさんにアルゼンチン人に生まれ変わってオピニオンリーダーやってもらいたいものです。

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2014年11月12日

一緒に食べましょう

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2014年11月05日

アルゼンチンにも「おもてなし」があります。

アルゼンチンにも おもてなし があります、といえばびっくりされるかもしれませんね。
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日本の専売特許なようなものですからね。おもてなしとは、あの細やかな気遣い、繊細で、相手の気持ちを推し量ることが、一体アルゼンチン人にできるのでしょうか。
と普段から元気で、ちょっと自己中心的に見えるアルゼンチン人にどこをどうとっておもてなしを
考えるのか。。。

アルゼンチン風のおもてなしはとにかく構わないことです。
日本ではいらっしゃったら座っていただいて何もしないで、というのですが、アルゼンチンの人たちは
何がしたいか、飲みたいのか、食べたいのか、そして何が飲みたいのか、何をどのぐらいどのように食べたいのか
聞いてきます。
もし日本流に遠慮して「お構いなく」といえば、パーティの間中、飲み物をいただけなくて喉がかわいて数時間
過ごした人、実際にいるそうです。食べ物も、「どれでもいい」ですと、私はこれ!の人たちから取り残されて、
残り物になってしまいます。立食パーティーでは、これはもうないなーと思っても、直接ウエイターに「ありませんか?」聞いてみると
案外、あ、ないのなら次のをお持ちしましょう、と逆に温かい出来立てのものにありつくことができる訳です。

ですから、逆に、いえ、私はそんなに要らないので、これとこれ、それだけで、あ、できればしょうゆでも
いただけたら嬉しいです。とはっきり言わなければならないのです。
これは スペイン語が不得意であったり、不自由であり、さらに日本流の希望を言わない習慣があれば、
パーティの主催者が日本人に特別気のつかえる人出ない限り、ぽつんと取り残されてしまします。
壁の花にならないためにも、是非、あ、そのおいしそうなのはどこでもらったの?と迷わず隣の人に聞いてみましょう。
きっと、ああ、これはここ、と教えてもらってそれがきっかけで自己紹介が始まるかもしれません。
レストランでもそうです。すみません、私はこちらの国の料理がわからないので、その美味しそうなものはなんですか?
とはっきり言えなくても、ペルドン、ケ エス エソ? Perdon! Que es eso?   すみません、それは何ですか?
で大丈夫です。笑顔で見られたらしめたもの。それがアイスブレイク、きっかけとなって話に花が咲き、もしかしたら
アルゼンチン在住の間のかけがえのない友人が生まれるかもしれません。スペイン語の練習相手ができるかもしれません。

アルゼンチンでは、ーーーしてください、ーーしたい、などのシンプルなコミュニケーションをとりながら、
それに快く応えるのがおもてなしのようです。

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2014年09月29日

ブエノスアイレスの気候

アルゼンチンと言えば南北4000キロで広すぎるので、ブエノスアイレスに限りますと、日本は東京とはだいたい半年違いの気候です。現在9月ですので、3月末ぐらいですから、春の気候です。折しも先週の9月21日に春の日を迎えました。しかしながら、日によっては半袖でよかったりしますが、今でも朝はやかったり夜になると厚手のジャンバーは手放せません。しかしながら、日中は暑いときもありますから、半袖を着てジャンバーだったり、長袖のブラウスかシャツにジャケットだったりして過ごしています。。日によっては25度ですが、だいたい5度から20度なので、要は重ね着で、自分で調節します。日本のように何何の季節からということなく、衣替えもないので、冬服も夏服もタンスのなかでごっちゃ状態です。もっとも北部に行くと暑いし、パタゴニアに行けば夏でも風が強くて寒いです。もっともブエノスアイレスの気候や天気も広くて、パレルモ地区で雨が降ってもアルマグロ地区では降っていなかったり。。。なかなか難しいですね。ブエノスアイレス州も日本がすっぽり入る大きさですし、本当にアルゼンチンは広大です。
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  (日中はこんな感じで大丈夫)
さて、いつ暑くなるかといえばいきなりなります。数年前は11月初旬にもう熱中症になりそうな暑さでした。。


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2014年03月13日

アルゼンチンの英語教育 

 アルゼンチンでの英語教育について2010年にアルクの子ども英語ジャーナルに書いた記事が今度はジュニア留学ジャーナルの読み物記事になってインターネット上で読むことができるようになりました。
http://www.junior-ryugaku.net/info/000517.html
 ブログよりもう少し「まともに」 フォーマルに書いております。日本と同様行政からの司令、教師不足、そしてブエノスアイレス市のモデル外国語教育システムを紹介しています。御高覧くださいね!
 なお、アルゼンチンでは2014年現在小学校は6年生、中学高校は6年までとなっています。ただし、ブエノスアイレスでは小学校7年、中高校5年です。

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2013年09月07日

サンタロッサ「春の嵐」が来つつありますので、ご注意

サンタロッサと言えば直訳すると聖なるバラ。。。しかしながら、春の嵐で一番怖いものと恐れられています。それが折しも明日の国際オリンピック委員会総会の2020年オリンピック開催地決定の日の早朝にくる予想です。どうりで今日とても暑かったです。。。

http://servicios.lanacion.com.ar/pronostico-del-tiempo/capital-federal/capital-federal


お天気予報は上のリンクですが、暑くて蒸し暑くてさらに雨降って寒い、そして洪水になるかもしれないし、場合によってはヒョウも降りますので(結局全部のお天気です)くれぐれもご注意ください。
午後からは回復すると予想されています。。。。

2012年07月30日

ロンドンオリンピック アルゼンチン代表ホープはホッケーとバスケットボール

 P2050707アルゼンチンはサッカーが盛んなのは有名な話しですが、ロンドンオリンピックでサッカーが出場しないという大失態。それではアルゼンチンの人達は一体どのスポーツが、、というと女子はホッケー、男子はバスケットボールが強いのです。ホッケーは女の子のスポーツ活動の選択によく採られるもので、アルゼンチンのホッケー人口はかなりのものです。また世界でもナンバーワン選手と言われるルシアナ アイマールを抱えています620981_10151005985703509_1459271419_o一方、男子はバスケットボールが最強です。ただ、アルゼンチンで盛んとはいいにくいかもしれませんが、エースのシノビリ(時々ジノビリとありますが、スペイン語読みは濁りません)を筆頭にバスケットボール黄金チームと言われています。シノビリは左から二人目で、一人目がこの写真のオーナーのフアン モナコJuan Monaco 通称 Juanchoです。ブエノスアイレス州タンディル出身のテニスプレーヤーです。そう、アルゼンチンはテニスも優秀ですよ! 他にデル ポトロの顔も見られます。サッカーに比べたら(失礼!)アルゼンチンスポーツ選手のイケメン度を上げてくれます(笑)
さてさて、どうなるか、とりあえず、ホッケーもバスケットも第一試合はいずれも突破し完封、アルゼンチンに明るいニュースをもたらしてくれています。

2012年06月08日

今週から今月がアルゼンチンの動向の要!?

 今週はお天気は比較的晴天ですが、気温は氷点下にもなり、ブエノスアイレスで南極の夏に住むかのよう。手袋、マフラーは必需品です。しかし、ウスアイアやカラファテはすっかり雪景色です。さて、この頃のアルゼンチンのまとめを致しますと、大事故を起こした譲渡件剥奪されてもそのままメインテナンス改善ないまま運行し、踏切は已然不具合続きなサルミエント線はさらに車をひき、引きずってしまいめちゃくちゃな事故。なお先般の大事故の責任は機関士に帰依するという何だかわからない展開になる一方、農業牧畜従事者のスト(たしか2年ぶり)が始まりました。そのため乳製品、肉製品は明日ぐらいから少しずつ不足するでしょう。本日はトラクターまで出してデモするとか、もうすぐ農牧展というアルゼンチンで一番の産業(農業)の祭典が控えていますが、どうするんでしょう。。。
 現大統領は自国産業振興のため、エンジニアが輩出しロケット建設をしたいのですが、現実的にアルゼンチンの経済を支えているのが農業牧畜業であるのをときどき忘れています。というのと、ドルの公定レートは現在1ドル4.51ペソになりましたが、実際の非公式取引はもっと価値があり現在5.7ペソで買ってくれる場合もあるそおうです。ですから、逆に日本人観光客など公式レートの値段でドルを売る取引をする方には損ではあるんですが、いいお金でくればいいんですが(偽札じゃないかとか、信用できるお金か、途中枚数が変わっていないかなどの意味)、一体どこで換えれば効果的で、いいお札がもらえるかは難しい問題です。なお、公式で換金しないと、今度はドルを買い戻すことが不可能です。
 外国人で家具付アパートなどを借りている人は通常ドル取引なので家賃を払うため、ATMで自国の口座から引き出すペソをドルに換金するには、非公式両替にたよざるを得なくなっています。しかし、外国人の間では、幾度に閉まっていて別のところを探さなければならくなったことも多いと伝えていますし、またあまりそういう情報をネット上で行うのも もし調査が入ったらという危険があります。全体的に、不動産関係はこのドル不自由化で、取引はドル建てのため、止まっている場合も多いとの事です。アルゼンチンにおける工業としてはリーダー格の自動車生産も外国からの部品が輸入規制で入らず、工場のラインは中断、一部のメーカーでは社員縮小策に出ています。さらに、ドルが購入できなため通常ドル査定の車の売買もダウン。輸入車はもちろん、その輸入部品が入らないので車のアフターマーケット、サービスがまわらない状態です。お店の輸入ウイスキー、電化製品も輸入ものは少しずつ品薄に、さらに、スーパーなどでは後で売った方が利益が高いから販売抑えをしているようだし。。。日本から送られてくる荷物も届きにくくなっています。
 クリスティナ我が大統領は3百万ドルある自分のドル定期預金をペソ建てに移行してお手本を見せ、もっとペソを信用してください、と言いますが、そう言われたって、誰も自国の通貨を今まで信用してイイ目にあった試しがないので、していませんし、さらなる輸入規制、関税をかけますよ、と昨日は発表して、孫にお小遣いを10ドルあげたかったおじいちゃんにはケチ臭い、みみっちいことを重箱のすみつつくわねーとものすごく大衆的な言葉で全国ネットスピーチで例にあげて、本当にすごくいやな感じというより、大統領らしからんと思いました。
 自国の工業生産率と雇用拡大のためという旗をふるい、関税や輸入規制も多少はやむを得ないかもしれませんが、いきすぎはちょっと困るのは、身近なところで日本食も普段は3−4倍が、ますます上がるでしょうから、日本から来る方、是非カレー粉やふりかけを救援物資でよろしく御願いします(笑)高いのはまだしもこれからだんだん手にはいらなくなるかもしれない、もしくは品薄でさらに値上げかもね。
 この対策として例えば、日系社会で作っている SAKANASHI醤油は安いよーと 中国街で出会った日本人駐在員の奥様におすすめしたりしています。キッコーマンはおいしいのは当たり前ですが、もう手が届かない値段になっていますが、おさしみなど直接食す分だけに抑えて、私はSAKANASHIしょうゆで煮物やちょっと醤油味のときに使っています。また日用品、保存食品はセールのときにいろいろ買いだめしてあります。こういうものは本当にどんどん値段が三年ぐらい前とはペソ建てで倍ですから、やっぱり予防する癖がついています。
 さて、地下鉄が国から市への譲渡問題などもあり、助成金がなくなり公共料金は上がり放題、上記いっぱい問題があるアルゼンチンですが、それでもなるようになる?食べられている国だから不思議です。ただ、今週から今月がかなり今年の動向の要になるのは間違いなしです。
 ちなみにお問い合わせされるお値段やここに掲示するものなどは、今月の時点で、と思っていた方がいいです。今から、8月、9月、12月なんて、どんな風に暮らしているのか。。。私も他のアルゼンチン人も不明です。地球の歩き方などのガイドブックを持って、訪問先のホテルで 何で値段が違うの!ってよく怒る人も多いみたいですが、今年版だって、一年以上前の調査で載っていて、今もどんどん値段変わるので、改訂が全く追いつかないでしょう。多分2010年版は2009年調べだから、もしかしたら、今は30%増から倍の値段になっているかもです。アルゼンチンの不思議はそれで、皆本当にどうしているんでしょう、とよく言われます。

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2012年04月27日

この頃のブエノスアイレス

 本日からブエノスアイレスの町を走る36000台のタクシーのうち一部、カード使用がOnda verde車の車両でテスト利用が開始されます。今後、拡大する予定ですが、さあ、どうでしょう。
http://www.lanacion.com.ar/1468502-llega-a-los-taxis-el-pago-con-tarjetas
 昨日、午前11時から16時まで地下鉄の労働者組合のストが行われましたが、現在、無期限のストに突入するという話しで、地下鉄を統括する各政府機関はこの話し合いに、ブエノスアイレス市政府の不参加がまとまらない原因をあげて責任転嫁しています。(アルゼンチン政府はブエノスアイレス市に地下鉄を移管したいのですが、お互いに犬猿の中ですので、全く進んでいません)
http://www.lanacion.com.ar/1468505-los-metrodelegados-amenazan-con-un-paro-por-tiempo-indeterminado
 実際地下鉄はここのところ10日に一回はスト。。。スペイン語ではパロparoといいます。
せっかくスベSubeという磁気カードが地下鉄とバス用に便利になったのに、地下鉄の窓口でチャージができるはずが、「腱鞘炎になるから」とチャージの回数を縮小したり、週末はチャージできなかったりと建前は地下鉄構内の治安を政府が回復に協力すべきと言っていますが、さてさて実際はもちろん労働条件の改善です。。。IMG_7716
(写真はプエルトマデロのベイサイド地区。手前はここを走る電車ですがどこにもいけなくて、プエルトマデロ内の行き来のみ可能です)
 どちらにしても、先般マテ茶でお伝えしたように(今35ペソとも言われている///)どこへ行っても、え!こんな値段だったけ!と驚く毎日。しかしながら、経済的に悪い状態である訳ではなく、プエルトマデロやパレルモ地区などの高級マンションは、別の中小住宅街でも建設が振興し、人々はオープンカフェで集い、新しい飲食店はどんどんできて満員です。。。。
 本国と言われるスペインからは労働力となる若者がアルゼンチンにどんどん逆出稼ぎに来ていますし、コロンビアやベネズエラからの大学留学はもう一般的になっています。
 同じスペイン語圏だから「可能」ことですが、先般滞在したウルグアイではどこでも「お宅の大統領がやることはウルグアイ人にとっては信じられないことばかり」と言われてしまいました。
一方、とうとう、南米のスイスと言われるウルグアイに持っているアルゼンチンの所得も税務署から調べが入る提携が行われるようです。ここ10年で、ウルグアイに移住したアルゼンチン人も多いのですが、実はいろいろな毎日のストレスを解消するため、心には優しい地を求めて、、、かといって、仕事をするときには飛行機では40分、ブケブスでは3時間で到着する近い距離だからですね。
 私もウルグアイに2週間ほど行って、「住みやすい」と感じましたが、まだまだこの空の色を捨てる訳には行きませんね(笑)


2012年03月25日

2012年アルゼンチン4月/5月の祝日確認

 最近はアルゼンチン祝日の移動システムが変わったり、日数が増えたりしましたので、2012年4月の祝日の確認をしましょう。。。4月2日がマルビナスの日。Dia del Veterano y de los Caidos en la Guerra de Malvinas日本語ではフォークランド戦争という風に言った方がなじみがあるかもしれませんが、スペイン語ではマルビナスと言います。サンマルティン公園からレティロ駅側に行った場所がマルビナス戦没者の慰霊碑になります。このところ、イギリスとの一挙触発の感がありますが、まさかまあ、戦争まではしないでしょうが、緊張状態が今年から続いてはいます。
4月6日はViernes Santo聖金曜日です。即ちこの4月の最初の週は、セマナサンタことイースターの休暇になりますので、週末はどこもアルゼンチンだけではなく、周辺諸国から来る旅行をする人々で込むと思います。なお、場所によっては4月5日の聖木曜日から休みになります。主に公的機関は先に休み始めます。即ち、4月5日から8日まで休みです。が人によっては3月31日の土曜日から休んじゃう人もいます。日本のゴールデンウィークに似た感覚です。
 5月1日(火)はDia del Trabajador労働者の日=メーデーの祝日です。移動しませんので、4月30日はサンドイッチになった日なので、祝日ですから、ここも4月28日から5月1日まで休みになります。5月25日はDia de la Revolucion de Mayo5月革命の記念日です。動かない祝日です。P1280417

写真は5月広場です。奥の左側の白い建物がカビルド当時の「市議会」です。ここで、革命の宣言がされました。なお、真ん中に1810年5月25日を記念したピラミッド型の塔が立っています。


2012年03月22日

本日地下鉄スト(午後2から4時)アルゼンチンの公共交通網がなぜ発展しないか、それは//

 地下鉄の作業員の事故死により、労働者組合による現在 運行地帯の状況ですが、本日22日午後2時から4時の間 Paro パロこと、ストを行います。スペイン語でパロとは止める、を意味し、文字通り、地下鉄はストップします。
 なお、先般のオンセ駅の鉄道事故から一ヶ月、しかし、状況は何ら改善されていないと、ラ ナシオン新聞のレポートが以下にありますので、ご覧ください。
http://www.lanacion.com.ar/1458466-despues-de-la-tragedia-de-once-nada-cambio
 昨日、アルゼンチン来訪中の日本人ビジネスマンの方に、なぜ公共交通機関が発展していないかというご質問を受けました。実際日本では電車網が素晴らしくはりめぐらされてあり、どう行ったらいいのか迷うほど交通網が発展しています。また遅滞もよほどのことがないとしないし、一方で電車は安全で、何を持って乗ったって大丈夫のようですが、ビジネスバッグを持っている(そのかばん自体も高そう)、ラップトップコンピュータを持って、スマートフォンも持って、さらにお金もたくさんですと、ブエノスアイレスで公共交通機関に乗るのには安全ではありません。また道を歩くときも鞄はできるだけ、車道に近寄らないようにすると、車や、バイク、などでさっと鞄を持って行かれるのを防ぐことができます。もちろん、本物の泥棒さんの手にかかればどんな風にしていても、盗まれるのは間違いないですが、それでも簡単に盗まれないように自衛しておくことで、油断していない人ということから、その対象から免れることがあります。そして、盗まれる可能性から考えると、専用車やタクシーを使う方が安くなります。もちろんタクシーも選び方がありますが、最近は無線タクシーの新しい会社ができてなくなったりで複雑です、以前は呼べばいつも数人の運転手さんと顔見知りで安心だったのですが。信用おけるタクシーなどはすでに選んでおいて、何かあればすぐ電話してきてもらえるようにしています。もちろん一日、行く先場所単位での契約車の連絡先も手元においてあります。こちらの方が荷物などの関係や、現在の道路状況、そしてニュースなどを調べてもらったりで、ビジネス訪問向けには便利です。安くはないかもしれませんが、後で被害にあったり、その対応の時間や手間をとることを考えたら、便利ですし、逆に最終的には安くつきます。また訪問先にもまじめな相手というイメージを与えるのにいいです。
 さて、なぜ公共交通網が発達していないか、その簡単な回答は十分な設備投資をしていないからです。それから設備投資をするというお約束でコンセッション(譲渡)していうるはずなのですが、その投資金はどこかに消えてしまっているのです。。。現在の鉄道も電話も民営化されていますがコンセッションということなので、まず第一に政府の意向次第で、その譲渡が取り消されることもあります。今回の鉄道事故も大統領発表がなかなかなかったり、またあんな事故を行っているのに、そのまま おとがめないなんておかしいはずなんですが、それがまたまたアルゼンチンと言えるかもしれません。
 その昔昔、リアチュエロ川というボカ地区カミニートの前の川の改善のため、エキスパートが派遣され、環境省も大きく動き、融資や、資金援助も無償であったはずですが、いぜん、そのまま「くさい」川が流れています。
 



2012年03月20日

2年ぶりのテニスボール大のヒョウが降りました。

 本日、19日、テニスボール大のヒョウが降りました(降っています。。。)午後6時から辺りが真っ暗になり、大雨、大風、一度7時頃収まりましたが、また降って。。まるで、日本の台風のようでした。
各地から写真が送られて市内でも街路樹が20本倒れ、そのうち一本が車の上に倒れたそうです。。。
http://www.lanacion.com.ar/1457928-alerta-por-tormentas-fuertes-en-la-capital
 ちょうど2年前に同様な大量のヒョウがふり、市内は今でも車の表面がぼこぼこのがまだ走っています。車がへこむので、普通に大雨でタクシーが少なくなるところが、ハイヤーも全部家に帰ってしまいました。
 雨が降ると道の間と間が洪水して、渡れなくなります。また通りが川のようにもなります。傘も風でひっくり返ってしまいます。地下鉄は止まります(水が落ちてくるから)。バスも自分が帰りたいので止まらなくなったりします。基本的にここまで天気が悪いときには出掛けない、予定を変えた方がいいと思います。

2012年02月21日

アルゼンチン国旗創造の日は2月27日

P1300526
1810年5月25日の5月革命により、スペインに支配されていたラプラタ副王領(現在のアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイを含む)は
Provincias Unidas del Rio de la Plataラプラタ川州連合と名称を変えます。そして、1812年2月27日、ベルグラーノ将軍が初めてラプラタ川州連合の旗としてブエノスアイレスから約350キロのロサリオ市にて掲げました。それから200年を記念して、アルゼンチンでは来週の2月27日(月)が祝日となっています。ロサリオではそれを記念して1957年ベルグラーノ将軍の没日6月20日国旗の日建設が終了した国旗モニュメントがあります。この塔の中にはマヌエル ベルグラーノ将軍を讃える像があり、また入場料を支払い、少し階段を上がり、エレベーターで最上階まで行くことができます。ここからのラプラタ河の上流であるパラナ川を見ることができます。鉄格子があるのが玉にきずですが、広大なアルゼンチンのパンパの平原の中心地である広大な牧場地帯を眺めることができます。他に塔の周りなどに巨大な彫刻が見られ、それぞれが「栄光」「覇権」などのシンボルとなっています。
ところで、実はベルグラーノ将軍の創造したアルゼンチンの水色と白の国旗ですが、1812年当時はまだ、国家としての正確なアルゼンチンではありませんし、また一方で、実は今の国旗と比べると水色と白の配分が反対だったんですね。小学校からアルゼンチンの子ども達はベルグラーノ将軍がかんがえあぐねて空をみたら素晴らしい空で雲が浮かんでいたので、この色になったと言われています。また一方で時期によっては水色ではなく「青」を使っていたようです。これはまた水色の布がなかったので仕方がなかったのかもしれません。
さて、一方でウルグアイ国家は似たような感じでまた青—水色の彩度が違うのです。ですから、子ども向けの寓話も案外本当なのかもしれません。P2120816

ちなみにブエノスアイレスでは当時、初めてこの国旗を1812年掲げた寺院のあった場所にオベリスコ(オベリスクという白い塔)を建設しましたが、これはブエノスアイレス市が建設されてから400年記念に立てられたものです。P1240193

という訳ですでに昔々から国家としてのアルゼンチンはアイデンティティの確立に悩んでいたのかもしれません。当時国旗ができたときのバンダ オリエンタル地帯の現在のウルグアイはその後独立してしまいますし、一体どこからがアルゼンチンなのか、厳密に考えれば アルゼンチン建国200年というのはとても遠いものではあります。とは言え、1810年の5月革命からアルゼンチンの礎石があったということで、もちろんそれはめでたいことです!その記念の5月広場の写真で今回のお話をまとめておきましょう。P1280425



2011年11月11日

ビル崩壊事件から政治の立場話 

 いいニュースなのか、悪いニュースなのか。。。ブエノスアイレス中心部ビル崩壊の件ですが、一人行方不明者がいるということで、市政府による倒壊作業が一時中断していましたが、本日、74歳のイシドロ マドゥエニャさんが遺体で見つかりました。3階(しかし実際はアルゼンチンなので日本の4階ですが)に住んでいたということでその場所が倒れたところを探し、さらに警察犬による捜索などを行い発見されました。遺体確認後の息子さんの会見では必ず崩壊したマンションに耳が遠いので逃げ遅れていたはずという主張が、現実的には自分も確信はできていなかったがやっぱりそうだったんだ、という発言など、複合政府への提言など、どうも誰かによる作られたスピーチづいていて、不思議な感がわいてきました。http://www.clarin.com/ciudades/Hallaron-escombros-cuerpo-hombre-desaparecido_0_588541319.html
 今回の事件で、メディアの報道の「差」についてもさらに確認することができました。特に分かりやすいのはアルゼンチンではクラリン新聞とラ ナシオン新聞という二大新聞がありますが、このビル崩壊の話題、そして、ドルの問題、輸入手続きの問題、社会セキュリティの問題など取り上げ方が、どうも政治的傾向がライターにも新聞にも強すぎて、それぞれの新聞だけを読むと全く違うアルゼンチンを読むような新聞の「差」でありました。それぞれの記事についての誌面の使い方、内容の温度差ということです。
 特にクラリンの中銀のドル介入についての記事は一面から三分の一程度続いていて、ビル崩壊などないようなアルゼンチンの新聞でしたし、社会欄ではラプラタでの自宅の駐車場に入るときに強盗が一緒に入ってきた事件を詳細に描写し、注意喚起をしていました。本日改めてビル崩壊について掲載されたのでやっぱり同じ国の新聞ね。と、少し「安心」しました。
 どちらにしても、一人でも生存者がいる可能性があるため、法的にすぐに、ビルの積極的倒壊を阻止するよう法的措置の対処が早かったのはよかったですね。こういうことはアルゼンチンは早いのです。また逆に103番の市政府緊急対策省による迅速な対応のおかげで、多くの人が避難することができ、一人の犠牲者ですんだこの事故ですが、現在、ブエノスアイレス市長の立場を悪くしようという現在の国家政府側の陰謀も見え見えです。そういうものが政治なのかもしれませんが。もっとも、市政府内内閣長の「ブエノスアイレス中の建設案件を全てを正確に審査して把握するには限りがある」発言は、要はそんないちいち全部の詳細を把握できません、と何だか責任逃れのような気がしましたので、もう少し考えてほしいものです。
 折しもドルの購買規制は緩和されつつあるそうですが、どこも手続きは長く、また妥当に買えそうな人が買えないという税務署のシステムの問題もあります。また現在税務署の規制があちこちで厳しくなっているようです。不動産では売買案件がストップもしくはキャンセルされています。観光セクターではすでに観光向けの交換レートが制定され、ケースバイケースですが、現在の公式レートの4.28ではなく、ドル建ての支払いをペソで4.5ぐらいで換算されています。外国へ行くのですからドル建ての値段をアルゼンチンペソで支払う場合、「割高」になります。もっとも観光セクターの交換率の差は今に始まったことではないですが、今まではドルが入手できたので、そのままドルで支払えばよかっただけなのです。なお、非公式市場での取引は1ドル5ペソ近くの価値にあがっているようです。
これは外国通貨でのアルゼンチン国内の富の流出を規制する物なので、そのうちいつもどおりに戻るでしょうが、ドルの価値をさらに値上げたこと、またこれから12月に入り、バケーション時期で3月にふと気づいたら大変値上げがすごい、というのが通年の例です。また一方で、公共料金、バスや地下鉄が補助金削減のため、大幅値上げと言われています。選挙後にこういう話をしています。。。

2011年06月01日

アルゼンチンは住みやすいか。

 ずばりアルゼンチンは住みやすいか、というご質問がありました。私は元々スペイン語好きでやってきているのでラテンアメリカの中でということで、感覚がまたちょっと違うかもしれません。それでも、多くの短期、長期の方を見てきましたが、まず第一に「郷に従え」の精神でとけ込むことができれば楽しいし、また一方で日本的生活を保って生活しても住みやすいんじゃないかと思います。
 それは何故か、それは逆に「欠点」でもあるかもしれませんが、アルゼンチンの「おおらかさ」と「大きい」ことでしょう。もちろん、「大雑把」と言えば悪い意味ですけれども、それじゃ、そんな正確なことを追求するのなら他のところに行けば?日本へ帰れば?の話になります。また一方で、変な意味「どんな人でも、どんなことでも」チャンスがあるということです。国語のスペイン語ができるにこしたことはもちろんありませんが、できなくてもチャンスはある、というか見つけ出すことは不可能ではないし、仕事がない、も自分で創造することも可能です。
 それから毎日の生活で重要なのは食ですが、アルゼンチンの食材はお肉を中心として基本おいしいし、日系社会がありますので、基本的な日本的食膳を準備することも不可能ではありません。日本的な野菜、大根、ネギ、にら、しょうが、もやしは手に入りますし、お米も普通においしいです。もちろんカレールーやふりかけ、海苔など輸入品はどこに行っても高いのは致し方ありません。でも中国製や韓国製もあり、少し安めです。また醤油は最近は普通のスーパーでも買うことができるぐらいになってきました。さて、こちらは以前書いた中華街についてです。http://www.e384.com/imadoki/26argentine/argentine_26.html
 オーストラリアのシンクタンクによる世界平和指数が発表され、日本が第三位の中、アルゼンチンは第71位です。(一方でチリが現在30位以内にランクインしてはいます、でもブラジルは80位以降)安全度では世界的に見て、落ちることもあるんでしょう。地方や周辺国に行ってさえもブエノスアイレスは危ないんでしょう、と言われます。それは普段「行ってはいけないところ」「やってはいけないこと」「だめな時間帯」をクリアすれば多くのことをさけること、多くの確率で予防し避けられます。それにだいたい「悪い」ことがニュースになるもので、若者が老人に親切にした、日本人がアルゼンチン人に助けられて和気あいあい なんてニュースネタになりにくいものです。
 次に医療機関などもお金のない人には公立病院は無償ですし、払えればプレパゴと呼ばれる健康保険を利用し、一度月極の金額を払えば上限なく、医療機関が利用できます。ちなみに私は一昨年集中治療室に入り九死に一生を得ましたが、その移動の救急車、特別アテンド医師、入院、検査も別に追加料金を払う必要はありませんでした。
 文化や芸術レベルもユネスコ指定のデザイン都市で、今年は世界書籍首都に認定され、日本にいるときよりも文化的な視野が広がったと感じる一方で日本文化、日本文学、日本芸術を愛する人が多くいて、逆に自己文化の再認識をさせられます。
 アルゼンチンは住みやすいか、でアルゼンチン賛辞にかわってしまいました。それだけこの国でブエノスアイレスで楽しんで生活している証拠でしょう!
 いまどきはインターネットもスカイプもあるし、電話だって通じますからね。10年ほど前からNHKもワールドプレミアムの番組編成でDirecTVを通じて楽しむこともできます。それ以前はもっとアドベンチャー?だんだん普通になってきて面白みが減ったねとは、移住者の大先輩達との弁です。
 

2010年12月28日

ブエノスアイレスの「不足」

ブエノスアイレスの年末は「不足」の一色になっています。
まずはお札不足。日本のニュースで不足だから24日と31日が休日になったと報じられましたが、
基本的に24日や31日は銀行はほとんど機能しない日、年金受給者に支払いが回らないから
休日を返上して払いなさい、という指令があったのに、現実的にはお札不足で払えないから休みにしたのが本音のようです。お金がもらえなくて田舎に帰れない人、この暑さに4時間並んで熱射病で倒れる人も出ています。なお、ATM機にお金がないのは実はよくあることです。午後3時から4時ごろの利用は特に避けた方がいいです。ちょうど調整中だからですし、連休が続けば利用客が多いところは少なくなりますので、休み前に出しておいた方がいいでしょう。ブエノスアイレス市銀行はデビットカード、クレジットカードを使ってください、と呼びかけています。
電気の消費量もピークになっています。2万メガバイトを超えました。やはりこの毎日最低20度、最高35度という気温は水曜日まで続くそうですが、そのため、エアコンの消費が一日中になっているためです。しかし、毎度のことながら、カバジート地区やコングレッソ地区にて停電が慢性化、昨日はレコレータ地区の一部にも及んでいます。ショッピングセンターまで停電のため、自家発電だけで冷房はストップされたりしています。電力会社は必要以上の電力を消費しないよう呼びかけていますし、エアコンは24度にと示唆していますが、無理でしょうし、またさらなる停電は時間の問題でしょう。自宅にはろうそくとマッチかライターを常備するのはブエノスアイレスに住む際の常識の一つです。また、漏電や配線の問題で、道路や歩道が掘り返されます。そして、直したらそのまま、歩道を市政府が直すまでほっておく形になり、有名な道路の溝が起こるのです。そして、大雨が降ったら大変になるのは毎度のことです。経済大臣の記者会見中も停電で中断されたぐらいですから、かなり深刻なのは今回で、年が明けるまで持つでしょうか。
マンションのエレベーターが動かないことは電気が不足していなくてもよく起こりますしね。
燃料不足も深刻な問題です。南の方でアルゼンチンは石油やガスが産出される自国供給国なのですがやはり業者のスト、値上げ問題で、一部、タンカーの出発が遅れ、クリスマス休暇、年末、バケーションシーズンの需要に追いつかず、普通にガスオイルやガソリンを給油するために何店も回るか、プレミアム燃料を買うことになってしまいます。農業のトラクターにプレミアムガソリンが使われている状況のようですが、これを改善するため、やはり、値上げが繰り返されるのでしょう。
アルゼンチン中で消費が増えているのは年末年始と異常なまでのクレジットカードを利用すると、ある曜日やお店は割引になるというプロモーションの展開、さらに期間限定のクーポン券の発行です。よく読まないといけないのですが、今日もらったクーポンは月曜日から金曜日と、思ったら AではなくYと書いてありましたので、月曜日と金曜日だったんですね。あわてて、今日25%引きを利用しましたし、これにやられるわけです。また来年になると、何でもまた物価があがるのは目に見えていますから、今のうち買うほうがお得なわけです。


2010年02月05日

今日のCRONICATVに注目 アルゼンチンで一番人気のテレビ局

 クロニカ ティービー CRONICA TVはアルゼンチンで一番人気が高いテレビ局と思われます。なぜか?それは24時間報道の姿勢で、スキャンダラスで、センセーショナルだからです。ジャンジャージャン、というBGMの元、緊急ニュースが流れます。他のどんな局も行かないところ、というより、まだ到着していないところを何故か、クロニカは一番に、駆けつけます。ですから、逆にクロニカテレビのモービル車がいれば、何かあった!と他の局が駆けつけるそうです(笑)さらに、ニュース担当者はクロニカを常にみていて、ネタを考えるという話もあります。たまに、え!これが緊急ニュース?とか思われるものもありますが、その一方で早すぎるので、失言もしばしば。例えば、ある日のテロップはse murieron tres personas y dos bolivianos...三人とボリビア人死亡。。。それじゃ、ボリビア人は一体なんなんでしょう、ということになるわけです。
 その一方で、お茶の間にすごいニュース、珍しいニュースをいち早くお届けしようという姿勢もあります。市民の味方のメディアとも言えましょう。
独占ニュースも もちろん多く、
それもあるからでしょう、何故か、ひどいニュースが多いけれども、ほのぼのすることもあるし、あのBGMが流れれば、つい見てしまう人が、子供から高齢者まで幅広い支持層を得ているのです。
 さて、当方プレスリリースも行います。現在「世界一蹴の旅」サポート中。http://ameblo.jp/libero2010/
 その中で、まず興味を示してくださったのが上記、クロニカテレビでございました2月3日から4日の間にニュース内で、サッカーで世界中を回るサッカーキチガイの日本人青年達DOS JAPONESES LOCOS POR EL FUTBOL、あちこちでVIP待遇。というニュースが流れます。 なお、このテレビ局で感心したのは時間に遅れる、などのことがあれば連絡が来る!ということです。アルゼンチンでは30分ぐらい時間に遅れるのは普通のこと、と思うべきなのですが、クロニカテレビのスタッフは違いました!しかも、遅れるのでごめん!と謝るのは画期的ですし、変更があり次第、何度も連絡がきます。これが人気のテレビの秘訣かもしれません。

2010年02月02日

アルゼンチン人の助け合いの精神SOLIDARIDAD ARGENTINA

 今回、マチュピチュの洪水で足止めになっていた観光客の中に約700人のアルゼンチン人がいました。政府が送る軍用機による救出を待つ中、多くの若者がアルゼンチン人内のリストを作ったり、さらに、現地の人たちを手伝って、砂袋で堤防を作ったりする手伝いを最後に迎えが来るまでしていました。これから、私はある昔話を思い出しました。そして、アルゼンチン人は昔も今も団結心があるし、普段はあまり気にかけなくても、困ったときは助け合いの精神がまだまだあるなーと。。。
 1991年の春(10月)のことです。私は初めてのアルゼンチン国内旅行をしました。行き先は、プエルト マドリン、バルデス半島という世界遺産にもなっている海洋動物の楽園の基点の街です。日本人の友達と行く予定でしたが、そのまた友達が運転してくれて、もう一家族と二台で行く予定が、その運転手のドタキャンにより、私はせっかく休みも取っていたしということで、バスで18時間揺られて一人で出かけました。途中、観光客が行く場所はほとんど同じなので、一人のため、ツアーで大勢と相乗りしている私は、自分の車で個人で回っているブエノスアイレスから車で来たいっしょに回るはずだった家族とよく途中で会いました。ペンギンコロニーであるプンタトンボで、いっしょにペンギンかわいいねーなどと話しながら、私はツアーで時間が限られているので、先にコロニーから出て、途中ドライブインで義務的なおみやげ物店休憩がありました。すっかり疲れていた私はドライブインから出た瞬間寝てしまいましたら、「なんてかわいそうな日本人」と大声で周りが叫んでいる声に目が覚めたら、例の知り合い家族の車が転倒していて、家族の大半が道に投げ出されていました。びっくりして出ようとして最初は制止されましたが、結局、言葉が通じなかったようで、助けに降りることになり、何と 私を乗せて来たツアーバスは、一部のお客さんの飛行機の時間があるから、と、別にお医者さんであるアルゼンチン人も降ろして、もちろん、無線で救急援助を頼み、そのまま走り去ってしまいました。2008年に舗装されたプンタトンボへ行く道は当然、当時は土道、未舗装、果てしないパタゴニアの台地の上に、事故車と呆然としているお父さん、泣いているお母さん、 血を流しながらもうろうとしている子供達、そして、そのお医者さんは私に意識不明になってはいけないから話しかけなさいと言われたって、一体何を話せばいいっていうの?ですけれども、話していたら、「僕は学校やすまなければならないんですかね?」と事故にあった小学生の子供が言うのはさすが日本人と感心しながら、かわいそうやら、荒野に取り残されて不安やら、一体どれぐらいの時間が経ったのか、土煙をあげて、頼もしい救急車が登場!ちょうど乗らなかったので私達は解放され折りしも、別のツアーバスがピックアップしてくれました。修学旅行だったらしく、途中でガイマンとうウエールズティーの街に寄ってからプエルトマドリンに帰るとのこと。私はツアー料金払っていないのに、と心配しましたが、いいから、いいからといっしょにお茶とおいしいケーキまでいただき、運転手さんは親切に日本大使館へ知らせの電話したらいいと電話局へ連れて行ってくれてブエノスアイレスまでの電話代まで払ってくれたのでした。
 あのときの大怪我した勉強熱心な子、きっと大きくなっているでしょうし、どこに住んでいるのか、ですが、パタゴニアでいっぱい親切でやさしかった人たちのこと、いつか話してあげたいと思います。

2010年01月29日

マチュピチュ、依然アルゼンチン人観光客500人が救出待ち

今週早々世界遺産のマチュピチュにて悪天候の豪雨による河の氾濫のため土砂くぐれにより、鉄道が遮断され、http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00170786.html(これは日本のニュース;日本人の方は77人のうち72人が救出され近くの町に、5人は自分達の意思でマチュピチュ村(アグアス カリエンテスに残っているとか。。http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100129-OYT1T00449.htm新聞の写真で見た限りではツアーで行かれた高齢の方が多かったようですね)、マチュピチュ村に取り残されている人々2000人あまりのうち、四分の一以上がアルゼンチン人なのですが、1月27日夜、テレノチェという「追跡ルポ」的なテレビ番組で遺跡周辺に取り残されていたアルゼンチン人観光客の父親が登場。在ペルーアルゼンチン人大使館は問い合わせに応じないなどのクレーム証言による、からか、または、トゥクマン出身の妹の安否を案じて、大統領に手紙を書いた人がいて、官房書記官から連絡をもらったからか(トゥクマン出身者は60人とか)本日28日早朝からアルゼンチン政府は、軍用機二機をリマに送り、またブラジル、チリ国人向けの物資の運搬と救助活動援助を始めました。ちなみに現地では飲料水、食べ物が不足し、物価も上がったとのこと。。しかしながら、アルゼンチン人同士、同国人に呼びかけ、リストを自主的に作成し、女性、子供のいる人、高齢者などと救出優先順位を決めたそうです。40カ国の外国人観光客が混じっている中、情報も少ない中、なかなか緊急時に、団結心が高まるアルゼンチン人の特徴ができています、そして結局若者が取り残されているので、両親の心配が高まっているわけですが。。。今の時期、バケーションシーズンでモチレーロMOCHILEROというバックパッカーで行った若者も多いとか。
http://www.lanacion.com.ar/nota.asp?nota_id=1226819&pid=8198997&toi=6270
アルゼンチン航空は政府命により、期限が切れていたりしても変更を受け入れアルゼンチン人をブエノスアイレスに乗せることにし、クラロCLAROという携帯電話会社も通話料金がなくなっても、そのまま自国の家族と電話連絡ができるように超過料金を取らないことにしました。なお、山から自力で歩いて降りて本日帰国した人のレポートが明日の新聞に載るそうです。
ちなみに当方の親戚も一人、マチュピチュに行くと出かけていって、同じ時期に訪問予定で心配しておりましたが、昨日、チリのアリカについたとメイルがあり、おそらく間一髪の日程で問題なかったと見られます。。。
なお、上記の記事のフォトギャラリーの中で気になる描写がありました。
Un turista japonés discute con un policía peruano en un intento de ser evacuado antes que los demás 「他の人より早く、救出してもらおうとペルー警察と議論する日本人観光客一名」
1150098これは援助に向かったエルクレスというアルゼンチン軍用機です。80人収容ということですが、私はこれに南極から戻るとき乗りましたが、、普通の座席なく、まともに座れるのは40人かと思いますが、救出作戦でしたら仕方ないかと。



2010年01月22日

気にしていないことを実証

DSC07719 ある日、セントロでの出来事です。あれーこれはどうやって使うんだろう、とか見つからないものとかね、その辺にいる女性に聞くのはすごく普通のことなんですが、、そのノリで、洋服見ながら、隣の金髪女性に話しかけたら、何とアルゼンチン人ではなかったらしい。硬直して絶句していました、ので、英語に切り替えて話かけたら、どうもスコットランド人で観光に来ていたとのこと。セントロ(中心街)では注意しないと、とおもってしまいましたが、あれ、こんなことよくあるーとおもってしまいました。
 お客さんの日本人男性といっしょにいて、その方の方に通りすがりの人がそのままスペイン語で道聞いたりして、硬直されているのを、「すみません、この方分からないので、と私が受け付けたりするのですが。。。。ふと、同じことをしていたことに気付きました、すなわち、全く、相手が何人か気にしないで話しかける、ということです。。。写真はPERDIDOS EN ARGENTINA アルゼンチンで迷って。。。という本ですが、クロスワードパズルがアルゼンチンの各地をテーマにあったり、いろいろなクイズで、アルゼンチン中の物知りになれる本です。うちの娘の夏休みの暇つぶし用ですが、スペイン語学習、特に社会文化知識用
にも最適だとおもいました。



2010年01月21日

ボカとスエーデンの関係

DSC08394ボカのユニフォームが復刻版に、本日、夏の宿敵試合というマルデルプラタのボカ、リベル戦にて披露しています。
ほとんど、スエーデンのフラッグみたい!それもそのはずボカのチームカラーを考えているとき、港で船をみていて、
「次の船、その船が掲げている旗のカラーにしよう。。。」と言ったら、スエーデンの船が港に入ってきたのでした。ちなみに本日は、ボカ、リベルとも、ハイチへの支援を呼びかけるフラッグを試合前に観客に見せました。
当地でのサッカー中継中のメッセージの威力は絶大です。

2009年11月19日

南極への旅の素晴らしさとリスク

 この春から夏の時期、アルゼンチンを訪れる目当てになっているのが南極観光です。最南端の都市ウスアイアUSHUAIAから船が出て、南極まで1000キロぐらいの行程ですので10日前後でクルーズができるのが、「手軽」になってきています。南極半島にはアルゼンチンの基地も多く、最近はインターネットで基地の隊員とコミュニケーションを結んだニュースも始まってきましたが、この10年弱、毎年じゃない?と思われるぐらい、観光船の座礁、立ち往生ニュースが伝わっています。記憶に新しいのは昨年のEXPLORERという有名な観光船。船長さんも南極の特殊な海は理解されているはずなのですが、観光客皆、ウルグアイの基地経由で海の中から救出されていましたし、すごい船が氷の真ん中で横倒しになった映像は迫力せまるものでした。
今年は先週の土曜日にウスアイアに戻る予定であったロシアの砕氷船
KAPITAN KHLOENIKOVですが、http://www.clarin.com/diario/2009/11/18/sociedad/s-02043123.htm
まだ座礁、というわけではなく、氷の海に阻まれて身動きできないんだとか。。。そして船はこの手の観光船としては例外的に砕氷船なので、本当にすこしずつ氷を割って前進しているんだそうです。イギリス人が主で一部アメリカ人観光客らしいですが、時間が延びるので、皇帝ペンギンコロニー訪問時間が長くなったらしいです。それはとってもうらやましい気がするけれども、一度南極の寒さと厳しさを味わったら、やっぱりね。ちょっと怖い、というのも思います。
最近 とみに思いますが、どこでも出かけるのはだんだん簡単になりましたが、まずはある程度の予防をお忘れなく、結構、予防しておく精神があれば、災いはある程度防げるようです。以下、私の南極への旅パート1でまだ南極についた写真ではなくてすみません。上記の新聞に出たロシアの砕氷船とこのイリサール号はとっても似ています。
http://www.e384.com/imadoki/26argentine/argentine_36.html

2009年11月08日

11月7日はキオスコなどの新聞売りの日Feliz dia del Canillita

http://www.lanacion.com.ar/nota.asp?nota_id=1196065&pid=7671744&toi=6476
本日は新聞を売っていないのではなく、新聞を売る人が休みの日、CANILLITA(カニジータ、新聞販売人のニックネーム)の作品を書いたウルグアイ人フロレンシオ サンチェスが1947年11月7日なくなったからです。しかしながら、新聞が発行されていないわけではないので、町中の一部の販売箇所が設けられ、そこで売られてはいます。場所の詳細は以下のラ ナシオンの記事に詳しく住所が出ていますし、一部の特別編集で配られているものは、前の日や次週発行になったりしています。

2009年11月01日

花よりビッフェなブログです。

DSC06740今週末はブエノスアイレスは春の嵐(TORMENTA)でお天気メチャクチャです。天気予報はどの天気も全部ついていました。その合間にお外ご飯でおいしいBIFE DE CHORIZOビッフェ デ チョリッソにありつけました。なかなかこんな厚いお肉を焼くのは難しいですが、A PUNTOア プント(ミディアム)でちょうどよかったです。なお、脂身はカットして残しますのでご心配なく。
DSC06741こんなごっついおじさん達も食べに来る店ですから、満足間違いなし。花や植物の登場よりもビッフェ(お肉)が多いブログですみませんが、日本のおコメの平均消費量70キロと同じようにアルゼンチンの肉の消費量は世界一ですから(でもうちは平均以上だと思いますが)アルゼンチンの事情をお話しているこのブログにはとても重要な要素です。これをexcusaエスクサ言い訳、と言いますし、お肉を食べるお手伝いが必要なときはご連絡ください。

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2014/05/17,24,31
フジテレビ「めざましテレビ」(6-830am)
公式HP:http://www.fujitv.co.jp/mezamado/
めざましどようび藤原倫己
“CHANGE THE WORLD for 2020”アルゼンチン編
http://ameblo.jp/tomoki-fujiwara/




2012年グローバルビジョン「世界の起業家」
5月5日(土) 19:0019:54
5月8日(火) 27:0027:54 (再)
5月12日(土) 19:0019:54 (再)
5月19日(火) 27:0027:54 (再)
見逃し視聴「起業家」(ウルグアイ)

2012年3月20日(火)午後9時から
NHK BS1「夢をあきらめない
〜女子ホッケーさくらジャパン〜」


TBS世界ふしぎ発見!
2012年3月10日(土)午後9時から
第1222回 一番遠い親日国アルゼンチン
宮地眞理子インタビュー1
宮地眞理子インタビュー2

NHK >地球アゴラ
2012年3月4日(日)午後10時から
第160回アルゼンチン編

TBS 夢!世界どうぶつ大図鑑
2012年2月11日アルゼンチン特派員足立原Dーバルデス半島他

2012年1月21日
2012年2月11日アルゼンチン特派員足立原Dー南の牧場


朝日放送朝だ!生です 旅サラダ
毎週土曜日午前8時から午前9時半
海外マンスリー三月はアルゼンチンBY石川梨華
2011年3月5日(土)ブエノスアイレス
3月19日(土)サルタ
3月26日(土)エル カラファテ

vol.103 「世界の働く女性(Part2)」 
2011年 3月13日(日) 21:0021:54
3月16日(水) 27:0027:54 (再)
3月19日(土) 16:0016:54 (再)
3月20日(日) 21:0021:54 (再)
3月23日(水) 27:0027:54 (再)
3月26日(土) 16:0016:54 (再)
vol.100 「世界の誕生日」
vol.101 「世界の石」
「グローバルビジョン見逃し視聴」

NHK BS-1 地球アゴラ
12月19日(日) 
「第111回」

NHK BS-1 地球アゴラ
11月28日(日) 
「第108回耕せ世界の大地」

アルゼンチンにて12月12日(日)1710

BS TWELLV、グローバルビジョンTVにて
「競技会]「チリのクエッカダンス競技会にかける若者」
11月27日(土) 16:0016:54 (再)
11月28日(日) 21:0021:54 (再)
12月1日(水) 27:0027:54 (再)
12月4日(土) 16:0016:54 (再)
「グローバルビジョン見逃し視聴」
BSジャパン
<8月29日(日)午後9時から 
「アルゼンチン絶景の旅」

「先住民の文化を継ぐパラグアイ」
7月22日(木)18:00〜(1時間番組)
「パンタナールの大自然〜パラグアイ〜」
7月29日(木)18:00〜(1時間番組)
地球ゆうゆう紀行
2010年1月24日(日)午後10時から
NHK地球アゴラ
はるばる日本人のコーナー「世界一蹴の旅」
世界一蹴の旅
アルゼンチン ブエノスアイレスからLIBEROユニット生出演

BS ジャパン「南米のパラダイス パラグアイ絶景の旅」
2010年2月7日(日)夜9:00〜(2時間)。

BS 12グローバル・ビジョン 
vol.64「世界の夫婦」(パラグアイ)
12月27日(日)21:00〜22:00、
28日(月)19:00〜20:00、
2010年1月2日(土)16:00〜17:00
地球ゆうゆう紀行「パタゴニアの大自然〜アルゼンチン〜」 (再々放送)
2009年12月28日(木) 午後1559から1時間
氷河国立公園、バルデス半島のハイライトが1時間見られます。

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