スペイン語訳関係

2017年09月05日

日本語英語スペイン語リサーチャー求人案内(9月4日現在)

以下の会社から求人が来ています。
ブエノスアイレスベースですが、ご興味ある方いらっしゃればTOMOKOの案内を見たということで直接ご応募ください。
もしくはアルゼンチンでの会社面接、履歴書の書き方コーチングも可能です。
tomokoargentina2@gmail.com


S&P Global Market Intelligence, a brand of the McGraw-Hill Companies, is a leading provider of multi-asset class data, research and analytics to institutional investors, investment advisors and wealth managers around the world. We offer long-term job opportunities with constant training and development in a multicultural atmosphere.

We are constantly looking to hire full-time language specialists ONLY BASED IN BUENOS AIRES, with ADVANCED ENGLISH Language and ANY of the following languages:

• Chinese •
• Japanese •
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What’s in it for you:
A professional and multicultural working environment with people from all over the world
Training and development within a global company. Full time job, salary and benefits.

What We are Looking For:
Speak at least one of the above listed languages fluently.
Advance English level.
Currently living in Buenos Aires and willing to live there for at least 2 years
Knowledge in accountancy and financial terminology (Is preferred but not mandatory).
Ambitious, enthusiastic, detail oriented and commitment to accuracy.


Send your updated CV(word or pdf format) with expected compensation to: laura.provenzano@spglobal.com Ref: CV *and your language of expertise


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tomokoar at 07:17|この記事のURLComments(0)

2017年07月20日

#DiaDelAmigo アルゼンチン7月20日は友達の日

7月20日はアルゼンチンでは友達の日を祝います。友人同士で電話、メッセージを送り、また一緒に過ごしますから今日の夕方の喫茶店はお茶会で、夜のレストランもパーティーでどこも満員です。
いつも素敵なメッセージをくれる大学院時代の友人のメールを紹介します。

Salud, amigos!
A punto de cumplir las bodas de diamante con la vida, sigo sin encontrar las palabras justas para agradecer a todos los que me acompanan en esta senda. Con cada uno de ustedes voy descubriendo las innumerables facetas de esta piedra preciosa. Todos -los que pertenecen a mi sangre, los que han quedado adheridos a la piel desde la infancia, los que aun siguen a mi lado- ayudan a conformar la coraza que me protege de las maldades del mundo…
Y todos, sin excepcion, hacen que el camino sea cada vez mas apetecible.
Alzo mi copa con ustedes para un !gracias por el disfrute compartido!
Marta
友達よ乾杯!
もうすぐ人生とダイヤモンド婚の年を迎えますが、この道を一緒に歩んでくれる人々に感謝するためのちょうどいい言葉がみつからないでいます。一人人と一緒にこのすばらしい石の数え切れない面を発見する毎日です。私と血のつながりがある人、そして、子供のときから肌についてきた人、そしていつもそばにいてくれる人、その皆さんが世界の悪から私を守る鎧を形成してくれます。
例外なく、皆がこの道を受け入れやすいものにしてくれるのです。
皆さんのためにグラスを掲げます。一緒にこの楽しみを分かち合ってくれてありがとう!
マルタ
ここまで書かなくても、十分
フェリス ディア デル アミーゴ!FELIZ DIA DEL AMIGO! 
の挨拶でも大丈夫です。。。。(実は多くの日が フェリスディア! FELIZ DIA!  だけでもごまかせちゃいます)


今日はアルゼンチンは友達の日です。
7月20日はアルゼンチンでは友達の日DIA DEL AMIGO として友情を確かめ合い、祝う日になっています。祝日ではありませんが、母の日の次ぐらいにアルゼンチン人の心にとってはとても大切な日です。その起源はエルネスト フェブラロというブエノスアイレス州ロマス デ サモラ出身の心理学、哲学、歴史の先生であり、フリーメーソンでもあり、さらにはロータリークラブの発起人の一人でもある著名人の方が、1969年7月20日アポロ11号が月面に着陸したのに感動し、世界中の人々がこの世紀の偉業を通じて一つになったとし、1000人の100カ国の世界中の友達に手紙を送って、その喜びを分かちあったのだそうです。(なお、お礼の返事が来たのは700通だったそうです)それでこの記念すべき7月20日をDia del Amigo 友達の日としました。
残念ながら2008年、エルネスト フェブラロさんは 84才でなくなっています。
こちらのリンクで写真を見ることができます。
http://www.eldia.com/nota/2008-11-6-murio-el-creador-del-dia-del-amigo

インターネットやフェイスブックのない時代、ない方法で基本的な手紙とそして本当のつながりというソーシャルネットワークを使って、友情を分かち合ったのです。なお、この方は2回ほど、ノーベル平和賞の候補になっています。
その言葉が 
'un buen amigo no aconseja; se mete en el problema, se embrolla y ayuda al otro',

「いい友達というのは 問題に首をつっこむことを決して勧めない、自分のことのように思い、そして相手を助ける」

だったそうです。

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アルゼンチン的には残念ながら2011年パラグアイの平和文化イニシアチブにより国境の友情の橋の関係から、国連による国際友情の日は7月30日と制定されています。

ちなみにうちの娘たちはレコレータショッピングモールで友達と会って友情を祝うためにでかけますが、いつも大好きな広いアバストショッピングセンターに行かないのは先週2階の天井が一部落ちたところがあり、やっぱり「ヤバイ」と思い 行かないんだそうです。


みなさんもいつもご訪問いただき 感謝をこめて、
FELIZ DIA!


tomokoar at 21:10|この記事のURLComments(0)

2017年02月09日

アルゼンチンで日本語教師実践修行コーチングを受けてみませんか。

 アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスで日本語教師とは、現場でどうしたらいいか、実践的に教えます。
今まで、いろいろなレベルや目標のアルゼンチン人に日本語を教えてきました。
アルゼンチンで日本語を学ぶ上で、一般的な問題点は日本の英語などの外国語教育と同じです。
そしてそれを克服するために当方のところへやってきます。
一人で一生懸命勉強しているが、できない。
勉強しても使えない、ということです。

実は、これは日本語を学んでいる学習者に限らず、日本語教師側にも言えます。
日本語教師をやってみたい、日本語教師の卵、もしくは日本語教師養成講座や
資格試験は受けたけれども、まだ教えたことはない、なかなか教える立場になれない。
実践が足りないなどなど。経験を積む場がない。
そんな方々のために、日本語教師実践修行をコーチングします。
実際にアルゼンチン人日本語学習者を相手にして、体験もしてもらいます。
インターンシップのようなものですね。

プライベートでもグループでも短期でも中期でも
ご予算、滞在希望に合わせて、滞在コーディネーションも含めて
コースデザインしますのでお問い合わせください。
tomokoargentina2@gmail.com

講師 相川知子 プロフィール
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52156104.html

**どういう滞在をするかも勉強のうちですよ!

ご参考のために、
教え子代表の「踊る日本語教師トニー」さんの2014年の様子です。
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52045759.html
(一部リンク切れ残念)
http://blogs.yahoo.co.jp/wuxinight/33719147.html (ブエノスアイレス市議会にて)

現在「立派」な「踊る日本語教師」で、さらに「改善トレーナー」専門家として
2017年2月現在 スリランカで活躍中の中田トニーさんのブログがこちら。
新しくなりました!
http://blogs.yahoo.co.jp/wuxinight

大変ながら、いつも明るく前向きで努力家、そして常に人と良好なコミュニケーションを保つ
姿は国は違っても、仕事は違っても学ぶところが多いと思いますので、
ぜひ、読んでみてください。


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2015年11月07日

水村美苗著「母の遺産」のスペイン語訳本La herencia de la Madre(Minae Mizumura)が出ました!

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 11月の声が聞こえ、もう少しでハカランダの薄紫の花が咲き始める今日この頃、おかげさまで、
スペイン語翻訳しておりました、日本文学の本がこの度アルゼンチンで出版の運びとなりました。
ADRIANA HIDALGO アドリアナ イダルゴという出版社から
写真の書籍が出ました。
書名は
La herencia de la Madre
著者は
Minae Mizumura
翻訳は
TRADUCCION TOMOKO AIKAWA
骨子はこちら。。。
Esta novela –publicada por entregas en Yomiuri, el diario de mayor circulacion en Japon– narra la experiencia de una mujer enfrentada a dos situaciones simultaneas y trascendentales para su vida: cumplir el deseo de su madre anciana y enferma de tener una muerte asistida y hacer frente al fracaso irremediable de su matrimonio. En el entrecruzamiento de estas experiencias limite, “la herencia” de la madre adquiere una dimension especial. La herencia de la Madre es la ultima novela de Mizumura, tras su consagracion internacional con la premiada Una novela real (AH, 2008 y 2011).
ネットでも購入できます。
http://www.waldhuter.com.ar/9789873793530/La+Herencia+De+La+Madre/Mizumura,+Minae/
気になるお値段は どうも350ペソのようです。

これは 「母の遺産(新聞小説)」という水村美苗さんの小説です。2011年3月まで読売新聞に連載されていたものが出版されましたが、2015年文庫版が出るに当たって、修正が加えられた分が考慮されて
スペイン語版は2015年11月の新刊です。
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今週出た(印刷された)ばかりなので、来週以降、ATENEOやJENNYなどの主な書店に並ぶと思います。
ちょうどハカランダ色の美しい本であり、また厚くもなく薄くもなく、大きすぎず小さすぎずちょうどいいサイズで
気に入っています。
なお、ちょうどこの出版社のオーナーのアドリアナさんが同じ色の洋服でした、偶然か必然か!素晴らしいです。
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なお、スペイン出身のアルゼンチンの老舗書店アテネオの創始者がお爺様なのだそうです。
ちょうど21世紀が始まるときアルゼンチンの経済危機があり、そのときに逆に新しく興された小規模ながらいい書籍を編集し、出版するという評判の出版社です。

なお、水村美苗さんの原書「母の遺産」は、日本では、こちらのリンクからも書店でも購入することができます。
http://www.amazon.co.jp/%E6%AF%8D%E3%81%AE%E9%81%BA%E7%94%A3%E2%80%95%E6%96%B0%E8%81%9E%E5%B0%8F%E8%AA%AC-%E6%B0%B4%E6%9D%91-%E7%BE%8E%E8%8B%97/dp/4120043479

「母の遺産」は

日本の高齢化社会の様子が手に取るように分かり、また発達した医療技術の逆の問題、
そして、母と娘の関係が三世代にわたって、織り成されます。
日本の古きよき時代から現代への移り変わりも新聞小説をモチーフに描写されます。
金色夜叉が変えた女性たちの運命とは!
そしてこの小説一冊でいろいろな日本文学への指南書ともなっています。

La herencia de la Madre
スペイン語訳は原書に忠実に、かつスペイン語の文章の流れを大切にした技巧を駆使して、まるで作者がスペイン語で直接書いたかのような水村節の特徴である雅な文章表現のスペイン語になっています。
また作者のウィットやユーモアを失わないようにスペイン語で再現、または別の形での提出に努めています。

スペイン語版、日本語版ともどもよろしくお願いします。

また次のプロジェクトにもとりかかっておりますので、またいいお知らせができるのを楽しみにしております。
なお、日本にお住まいでこれを是非買いたいという方にはご協力しますので、ご連絡くださいませ。
tomokoargentina2@gmail.com


そして、この前の記事で 来週 高木さんを偲ぶ会のお知らせをしましたが、ずいぶん応援していただきました。
この本を高木一臣さんの墓前に捧げたいと思います。

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2015年05月27日

同時通訳とは単にその場ですぐに通訳することではありません。

 
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 同時通訳をするとは、国際会議や講演会などで、ヘッドセットを聴衆がつけ、マイクを通じて発言される言語から聴衆の言語にほぼ同じスピードで同時に変換して目標言語もしくは担当言語で話すことです。
 単純に発表者が英語話者で聴衆が日本語話者でしたら、英語から日本語に、そして質問が聴衆からある場合は発表者に日本語から英語に通訳するのです。
 これが国際会議の多言語会議ですと、発言者は一人一人言語だけではなく多様なバックグラウンドを持ちます。
 私の場合は日本語とスペイン語なので、普通は日本人の方が発言したことをスペイン語に、スペイン語話者の話すことを日本語に通訳します。また発言者が英語の場合はリレー通訳と言って、英語からスペイン語にしてもらったものをベースに日本語に訳します。逆もそのしかりです。フランス人でしたらフランス語ースペイン語通訳がスペイン語にするのを日本語にします。スピーカーが日本語で話せば、私がスペイン語にして皆さんはそれぞれの言語に同時に通訳していきます。

 そしてスペイン語話者と言えば、アルゼンチン人だけでではなく、チリ、メキシコなどからの参加者です。ラテンアメリカ会議の場合はだいたいはスペイン語から日本語、日本語からスペイン語のみの会議になります。
 そして、ごくたまにはスペイン語で話すからというブラジル人の方も混じることがありますし、他にフランス人がスペイン語で話すこともあります。

 同時通訳とは、その場ですぐに通訳することと思っていらっしゃる方が多いようなので、説明していますが、もちろんそれはそうなのですが、講演会などの場合、通常講演者が一定の部分を発言し、その後通訳者が訳す場合は、逐次通訳といいます。もちろん、ここで、同時通訳をすることもできますが、同じタイミングで訳しているので、声がかぶって、お互いに、また聴衆も聞きにくいので、そのようなことをするのはかなり時間が切羽詰っているとき以外は逐次通訳を行います。ただし、この場合は倍の講演時間がかかります。

((もちろん少し時差をつけて、話のリズムを切らずに行うこともありますし、商談などの場合は時間が節約できるので、逐次の早いバージョンを行うこともあります。))

 工場などで日本人の方について、見学や質問など行う場合も逐次通訳です。その場で通訳するのに、とおっしゃるなら現場通訳と呼んだほうが適切でしょう。

 これがヘッドセットとトランシーバーを皆さんに渡して、説明する人の横で同じスピードでつまり同時に
マイクで皆さんに声を送るのでしたら、同時通訳になります。
もちろんたった一人かせいぜい二人なので、その人たちの横でささやくようにして同時通訳を行うときもあります。これは普通はウイスパリング通訳と言います。

 同時通訳者にどうやったらなれますか、と聞かれますが、まずは普通に通訳ができるのが前提です。そして、その前に、両方の言語がある程度のレベルでできるのが大前提です。もちろん、それぞれの言葉ができるかといって、通訳できるものではありません。
 また通訳者の場合、話者の意図を組む、お互いの文化的違いも考慮して訳すというのは重要です。例えば地名が出てくれば南の都市や首都からーーキロなど入れても全然問題ありません。地名の知識はもちろん、それぞれの社会がどうなっているか、知っているからこそ訳せることも多いです。((先日は電話通訳でメキシコの薬局でのシチュエーションでした。処方箋がないと買えない薬を買いたかったのですが、メキシコには処方箋を書いてくれる医者が常駐する薬局が存在するのです。たまたま今は医者がいなくて何時から。。。とありましたが、それを知らなかったらなぜ薬局に医者が????だと思います))
 
 私の場合は、日本で英語と日本語の通訳の講座には行きましたが、アルゼンチンで毎日のように通訳的作業をしていて、その後、大学院などの勉強や自分の興味の関係で、セミナーなどで普通にアメリカやカナダの研究者のスピーチを聞く機会が多かったのですが、そのとき、英語からスペイン語に通訳していた人はスピーカーのジェスチャーと全く同じ風に壇上でアクションしながら、逐次通訳ながらシンクロナイズして訳していて、もう神がかりでした。
 そういう光景を見ながら、少しずつ現場の雰囲気に慣れていきました。今でも、英語とスペイン語だけで出番がないときでも、国際会議に参加したときは、ヘッドフォンからどのように通訳しているか、聞いて技術を学ぶようにしています。

 最近 同時通訳を行なった会議は大変な多言語会議で 通訳者は、英語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、韓国語、そして日本語でした。リレー通訳でそれぞれの「スペイン語」に頼って訳しました。 そのときも こういう風に話すと聴きやすいという勉強にもなります。一方で、人の振り見て我が振り直すの場面もありました。

 また会議の内容も比較的身近な話題でしたので、幸いあまり用語自体に頭を悩まされることはありませんでしたが、日本にないコンセプトのラテンアメリカやスペインの歴史的社会経済状況を含めながら訳すことに努力しました。それから今まではどちらかというと聞いたそのままの「垂れ流し」通訳をしてきたので、こういう機会にもっと話をまとめて聴きやすい訳出をする「押し出し」通訳をすることに努力しました。

 アルゼンチンで日本語通訳人材が探されている際に、同時通訳が必要と募集要項に書かかれていてドッキリしますが、実際は通訳とは言っても、逐次通訳ならまだしも、せいぜい両方言語ができる付き添いアシスタントレベルなことが多いのですが。。。それから、日本でも軽く同時通訳付きと講演会で名をうっていますが、そういう機械もなくて、そのままその時点でスピーカーの横で訳しているのは、それは実際は同時通訳ではなくて逐次通訳なのにね。。。。と思うことが多いので、同時通訳のについて、書いてみました。

 また来週別のプレゼンテーション会議がありますが、今回はスペイン語日本語通訳で、すっきりと行きますので、やりやすいです。でも、例のごとくまた内容詳細をいただいていないので、周辺のことをインターネットで調べて勉強しています。だいたい1日8時間の会議のためには最低3日近く調べごとに費やしますね。もちろん一日に2時間ずつなど時間配分もありますが。。。

 会議のテーマから興味ある話題を特にニュースを中心に時事の話題を調べたり、また一方でスピーカーが分かっている場合は、最近は素晴らしいことにYOU TUBEに上がっていたりしますので大変助かります。
 一度講演会やインタビューのビデオを聞くことができれば、何となく話の方向性やクセがわかります。
それからまた一方で、ビデオがあってもなくても同じくその人やテーマ関連記事などを読んでおくと内容を予測することができます。(テストのヤマかけのようですね!)) かといって、通訳ですから先にいかないように(笑)その人のプレゼンテーション資料を幸いにもいただけた場合、日本語であってもスラスラと理解できるように声を出して何度か読みます。質疑応答の質問をスペイン語から日本語にするときの助けになります。

 そして関連資料のスペイン語も声を出して読みます。そうすることにより頭にインプットされて、のちのち言葉や表現がスムーズに出てきます。自分の言葉にするために、余裕があれば、いただいたプレゼン資料)(残念ながらだいたい英語ですが、本当はスピーカーが日本人の場合は日本語がベストなんですが)それでもそれをガイドとしてキーワードを中心に黙読しても最終的には、声を出して通訳して準備していきます。マイクを使いますので、声の調子も聴衆の皆さんへの聴きやすさを左右します。またいくら上手な訳でも時間も限られていますし、あまり説明が長くなって、また別のタイムを使わないようにも気を付けます。

 事前に全訳することもありますが、ええ、したいのはやまやまですが、実状として、そこまで余裕をもって資料を渡していただけないのがアルゼンチンのスペイン語日本語通訳者がおかれた状況です。
 また社内秘の場合もあるので、出張の場合は、現地入りしてやっといただいて、前の晩に出張移動疲れを癒すどころか、ほぼ徹夜に近い状態でホテルで勉強しているときもありますが、やっぱり翌日に備えて休息もすべきだし、の究極の選択に悩むこともあります。
 うまくやって当たり前の仕事なんですが、なかなか水面下でアシをかいていることもあるんですよ。
しかしながら、そんな素振りも見せずに、今日はこちら、明日はあちらでおしゃべりして一日過ごすお気楽???な仕事と言ってもいいかもしれませんね。

 アルゼンチンでスペイン語通訳のご用命はこちらへ
  tomokocomunication@gmail.com
                   相川知子

INTERPRETE JAPONES-ESPANOL    Tomoko Aikawa

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朝一番はこんな感じですが。。。

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だんだん散らかってきます。

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のど飴のおせわに。。。。 

 通訳の取り扱いとしては、のど飴や、チョコレートなどの差し入れがあれば喜び、あの人のために一生懸命やろうということになりますので、お薦めです。(笑) 日本のノドスプレーは大好きです。


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2015年03月05日

日系企業、新規工場立ち上げにつき、工場での社内通訳を募集(3/11から)

 日系企業、新規工場立ち上げにつき、工場での社内通訳を募集中です。
 現在、短期なのか長期なのか、確認中ですが、時間は午前8時から午後5時までです。

 ブエノスアイレス州で、首都ブエノスアイレスから約80キロの場所です。
 本日3月5日ですが、来週には仕事を開始する必要があるため、緊急募集です。
ご興味のある方は履歴書、希望給与を提示され、ご応募ください。

 tomokoargentina2@gmail.com




 

2014年11月16日

Cerro el telon de su obra. la vida del Sr. Kazuomi Takagi en Argentina高木一臣さんのアルゼンチンの生涯(スペイン語版)

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A fines de 2011, “Hasta que el ultimo apague la luz”, dijo asi y sonrio, el Sr. KazuomiTakagi, ultimo periodista de la seccion japonesa de La Plata Hochi. Fue el saludo a los lectores para la edicion especial del ano nuevo. Sacaron una foto literalmente apagando la luz.... esa foto fue publicada en la tapa de la edicion del ano nuevo 2012.


El Noticiero del Plata —el ultimo periodico y el unico de la colectividad japonesa nacio en 1948 en la orilla del Rio de la Plata, entre los okinawenses que se preocupaban por la situacion de postguerra de Okinawa. Originariamente un medio de intercambio de noticias y opiniones, fue ganando posicion como lider de opiniones de la colectividad japonesa a la vez que, iluminaba el camino de la colectividad hacia su destino. Takagi san, siempre preocupado por su futuro.

En 1991 cuando llegue a Buenos Aires, aun existia otro periodico, el Akoku Nippo. Sin embargo, por esa epoca la ola de dekasegui hacia el Japon se llevo a trabajadores y periodistas este diario y en pocos anos dejo de publicarse. Mientras tanto La Plata Hochi, tomo a las amas de casa nisei que justo se iban desocupando de la crianza de sus hijos y que poseian conocimiento bastante bueno del idioma japones. Ellas asumieron la dura tarea al principio de manipular los caracteres de metal de la antigua imprenta que luego en 1995 fue sustituida por computadoras para escribir.

A la hora de transcribir los manuscritos de Takagi-san se presentaba el problema de que con su redaccion de la epoca de Meiji, que no solo implicaba el uso de la grafia antigua o clasica de kanjis sino tambien su estructura hoy bastante arcaica —incluso yo siendo japonesa no me resulta para nada facil de escribir en ese estilo, mas dificil aun para las senoras hijas de japoneses, periodistas issei, nisei, que querian seguir colaborando. Hacia 2005 Takagi-san se dio cuenta de la importancia de escribir a maquina puesto que eran cada vez menos lo que eran capaces de decifrar sus caracteres y se tardaba mucho en pasar a maquina, lo que retrasaba la edicion. Tomaba clases conmigo, y aunque sabia la posicion de las letras en el teclado, a sus dedos le costaba tocar la maquina delicada. Pero siempre con la sonrisa llena se divertia con las tareas e intento comprar una o dos veces la maquina en su casa. Solo que estaba tan ocupado aun pasando a los 80 anos y luego aun despues de dejar la radio, su vitalidad no ceso y siguio viajando en colectivo 59 desde la Lucila hasta la Constitucion, mas de una hora y media o dos horas el trayecto hasta el Shinbunsha (oficina de diario).

Un buen dia hablaba mas de una hora por telefono. Es por todos conocido que Takagi-san era un gran contador de cuentos, a veces reales, a veces imaginarios en parte o en todo, y a veces para reflejar su filosofia. Sin embargo, en estos dias le costaba en escuchar. Como siempre nos juntabamos en el cafe charlabamos entre los sandwiches que le gustaba.

Desde que llegue a la Argentina era el consejero mio como si fuera un tio y aun asi me
hablaba tan cordialmente: “tengo cosas para pedirte si no es molestia” o “cuento contigo” y “realmente agradezco profundamente”, etc. nunca falto el respeto ni el corazon de agradecimiento sin ser para nada exagerado.

En este invierno estuvo un poco resfriado y se debilito bastante. Tal vez en esto influyo un episodio del ano pasado cuando se le presento la posibilidad de viajar al Japon: le dijo
un productor de television japonesa de invitarlo a viajar (yo no tuve ninguna intervencion) pero fue tan rudo que no le avisaron que todavia era solo una posibilidad, etc. que preparo su pasaporte y el de su hija Felicia hasta con el arreglo de dejar su perro a la mano de cuidador en su ausencia. Llego la fecha y no hubo aviso por lo que se sintio muy lastimado y decepcionado.
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Decia siempre que su corazon sera siempre japones pero al final de su vida su cuerpo sera parte de la tierra argentina. Asi lo menciono cuando dio la charla en el Salon Dorado de la Casa de Cultura en el marco del Festival de Arte Japones. Y siempre siendo japones, desde luego tenia ganas de visitar Japon.

Encontro la forma de no viajar tanto al diario puesto que una casa de foto ofrecio enviar sus notas en forma escaneada. Algunos dias la pasaba mas tranquilo en su casita de color celeste. Nunca falto ganas de aprender algo nuevo, con Ricardo Oshiro practicaba un poco cada dia
mas para escribir en computadora. Ultimamente habia muchos que fallecieron entonces, se quejaba que ya no tenia mas amigos vivos. Es muy aburrido asi, se quejaba y “no se
por que sigo viviendo…”
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Algunas oportunidades empezo a mostrar sus debilidades, aunque siempre era sano. A fines de 2012 fuimos a ver la obra de Lago de los cisnes al Teatro Colon donde protagonizaba una japonesa como prima desde la delegacion de Royal Ballet de Inglaterra se puso tan contento que lloro con alegria ante una obra y una actuacion tan hermosa como un encuentro de la cultura occidental y oriental. La prima bailo como japonesa muy delicada y fina aunque interpreto perfecto su papel en esta musica y el baile.

En 2010 llego a Buenos Aires el director de la orquesta Eiji Oue recibido con gran ovacion que lo emociono mucho. Takagi-san era gran adepto a la musica clasica y queria que le tocasen a Vivaldi cuando muriese....

No pude informarle en estos dias las noticias de fallecimiento de sus amigos y companeros y cuando fallecio Sakihara san el pasado 4 de noviembre, no me anime a decirle pero, misteriosamente, aunque fue le imposible enterarse de la noticia, en la cama decia Sakihara! Sakihara, una y otra vez esa tarde y noche, como si hubiera sabido .....

Ultimamente no tenia buen oido por lo que no pudimos charlar por telefono a largas horas y no nos encontrabamos como antes tomando cafe, cuando fue internado por el antibiotico que le hizo mal por el resfrio, quedo internado. Pero salio y pedia Manjuu, con ganas de comer. Se estaba mejorando pero sus 89 anos tal vez no pudo combatir, o bien quiso apagar la luz por su propia cuenta, descanso en paz diciendo Arigatoo a todos que lo rodeabamos. Hasta 3 dias antes de su muerte, pedia los papeles cuadricurados para redactar las notas.

Decia que tenia que escribir su biografia, ese era su ultimo trabajo que tendria que terminar. Fue por 30 minutos floricultor, vivio en casa de un tintorero, trabajo en una ferreteria como gerente sin mucho conocimiento de espanol, trabajo en firma comercial japonesa, y luego
empezo a hablar en japones al mundo por Radio Nacional (Radiodifusion Argentina al Exterior —RAE). Entonces entro a trabajar en el diario la Plata Hochi por la tarde: casi inmediatamente al ingresar muere el jefe de redaccion y consecuentemente enseguida asumio como nuevo
jefe de redaccion. En la radio se jubilo hace unos ocho anos siendo el locutor mas veterano con una trayectoria de 41 anos, y por otro lado en el diario hasta el ultimo momento fue periodista (durante un total de 49 anos).

No se puede olvidar de que tambien a los 60 anos empezo a trabajar como actor en television, cine y comerciales. Vivio en Argentina durante 63 anos desde que llego a los 26 anos en 1951. Conocedor de todas las historias que algunos pidieron que no escribieran o bien escribio y cambio su vida. El periodista tenia que tener su propio criterio para bien de las cosas y para mal, asi decia Takagi-san.

Tenia un amplio conocimiento de las poesias de China, las operas occidentales, los hechos historicos del Japon y de la Argentina y las noticias de economia y politica de Argentina.
No creo que nadie puede olvidarlo una vez que lo conoce y es inevitable empezar a contar a
otro sobre el encuentro. El Senor Takagi era ya sinonimo de una leyenda: faltaria solo ponerlo en una escena de teatro, para terminar siendo el ultimo que apaga la luz en su teatro.
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Juntemos las manos para rezar que en paz descanse Takagi san. Ahora estaria con sus amigos del cielo, sus amigos tangueros Don Filberto, Don Pichucco, y Canaro todos y los amigos precursores de la colectividad japonesa, riendose de lo que estamos haciendo nosotros

.
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2014年03月31日

マルビナス記念日(4/2 祝日)前のInfobae Malvinas Spot にて日本語歌詞

 来週4月2日(水)はマルビナス記念日で祝日です。それに先だちインターネットニュース インフォバエにてスポット マルビーナスとしてアルゼンチンの多重文化をテーマに数カ国語でマルビーナスの歌を歌っています。こちらのリンクで0.38のところで「白は山に」と日本語で歌っています。
SPOT MALVINAS - https://www.youtube.com/watch?v=RBPJ23u4ReA
(0.38 letras traducidas por Tomoko Aikawa Argentina al idioma japones )
日本語歌詞をこのために特別に作成しました。(本当はもっとあったんですが、日の目をみたのはここだけですが、日本語クラスでついでにアルゼンチン人学生に教えちゃおうと思います)注 歌ったのは歌がうまいコーラスに参加している知人の息子さんです。。。

以下、解禁なので、載せます。   マルビーナスの歌、日本語歌詞で、下はオリジナルのスペイン語です。
ビデオに出ているのは フフイ州の映像がでて、 最初は 中国語?韓国語で、日本語が次に 白は山に
と聞こえますよ!

霧につつまれても
忘れはしない
マルビーナス、アルゼンチンよ
荒風海うなる

地平線を越えて
続くよどこまでも
我が国旗、白は山に
青は海染めて

!Tras su manto de neblinas,
no las hemos de olvidar!
"!Las Malvinas, argentinas!",
clama el viento y ruge el mar.

Ni de aquellos horizontes
nuestra ensena han de arrancar,
pues su blanco esta en los montes
y en su azul se tine el mar.


 いろいろな種類の文書の翻訳だけではなく、歌や詩の依頼も来ますので、アルゼンチン在住スペイン語翻訳家は何でもやる(やらなければならない)訳でございます。
(現在素敵な日本の歌をスペイン語歌詞作成中 こうご期待)

なお、日本の小説をスペイン語に翻訳したものが今年中にアルゼンチンをはじめ、スペイン語圏にて発売となります。四月以降の予定です。
ご興味有り、読みたい!という方は是非、先行注文くださいませ。tomokoargentina2@gmail.comにご連絡ください。

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2013年12月01日

スペイン語通訳需要の流行!? FGI 調査の特徴

 最近のスペイン語通訳の引き合いの流行はFGI調査です。 フォーカスグループインタビュー調査というもので、Camara Gessell ヘッセル部屋とスペイン語では言うんだけれども((日本ではゲッセルと名前が訳されている))、マジックミラーで向こうからこちらが見られない、しかしこちらからは観察ができて、さらに、その話を同時通訳システムのヘッドフォンマイクに入ってきます。数人(注 アルゼンチン人他スペイン語人)の人々のディスカッションをモデレーターが誘導しまとめながら、アンケートインタビューに答えて行くシステムを通じてマーケッティング調査をクアンティティにクオリティに行うのがFGI 調査です。
 通訳者にとって、ここで重要なのがこの音を聞くヘッドフォン。私の最近のお気に入りはSONY。ここでリンクをしておくが決して高いのではなく一番安い方のものです。(40ドルぐらい。。)
http://store.sony.com.ar/ar/site/catalog/CategoryDisplay.jsp?category=audio&id=cat1900027
これでものすごいいいヤツを用意してくださると実は細かい音も入って、逆に聞き取りにくいし、ときには横から声がかかるのが全く聞こえなくて困るのです。DSC00468
 ブエノスアイレスの町中での大流行りは白タイプで、若者はやっぱりコレと思うし、逆にあまり高いものだと盗難の可能性もあるから町歩きにはぴったりなのかもしれません。
 同時通訳システムで、FGI 調査のときは機材だけがセッティングされているの常ですが、国際会議の場合なら、きちんとブースができています。最近はどこへ行ってもCongressrental コングレスレンタルの機材が多いです。
http://www.congressrental.com/  オリンピック総会のときも、この会社が幅を利かしていたので、よく一緒に仕事するオペレーターが僕のこと覚えている!!と声をかけてくれました。
 オペレーターとの連携も重要でいい通訳をしたって、音響が悪いとどうしようもないですから、いつも仲良くさせてもらっています。しかし、本当にFGI 調査のときは実は普通の会議通訳よりも、スピーカーが話し言葉でぐちゃぐちゃですし、また参加者のディスカッションがあるので、誰が何を言っているかも加えながら訳して行きます。だいたいアルゼンチン人が5人いれば5倍の話量があります。が、せいぜい2時間ぶっ続けがマックスなので、それだけは助かります。
 日本で同時通訳やっていれば絶対二人以上は雇ってもらえるのに、下手すると一日中一人で同時通訳を続けなければならない羽目になることも多々あります。。。というより、アルゼンチンで同時通訳というよりスペイン語通訳できる人間の絶対数が少ないし、出番も全く少ないのですから無理もないんですが。。。最近は頼っていた先輩通訳の人々が引退しちゃって、さらに孤独な通訳やっていますので、ちょっとおしゃべりしてみました。

2013年11月01日

さすらいのスペイン語通訳者仲間募集(緊急案件あり)

 さすらいのスペイン語通訳者とは、住んでいる場所だけではなく、国や都市を選ばずスペイン語通訳活動できる人をいいます。(と定義します)
 当方はアルゼンチンは各都市(田舎もありますが)だけではなく、チリ、パラグアイ、ウルグアイは当然、さらにエクアドル、メキシコ、スペイン語圏ではないですが、ブラジルのラテンアメリカ会議などにも出かけます。
 今回はメキシコの首都((だったらいいのに))ではない、メキシコとアメリカの国境の町へ行ってくれと頼まれました。「監査」通訳なので、結構 通訳レベルだけではなく、精神的ハードなものもあります。無事審査クリアしましたが、日程が。。。別のお仕事とかぶっているのを発見しました。
 さらにそこへ到着するのに2日はかかるんですけれどもね。。。
 そのため、緊急にブエノスアイレス、サンチアゴのスペイン語通訳者仲間に問い合わせましたが、皆さん忙しいとのこと。。。。そのため、世界中でそんな方いらっしゃらないかと思いブログでこの際募集してみることにしました。
 ご希望の方は tomokoargentina2@gmail.comへ スペイン語と日本語、あれば英語の履歴書を通訳経歴と一緒に送ってください。コネクションします。
 実は今回の案件は11月6、7日に現地なので、アルゼンチンからなら4日にでないといけません。即ち、4、5旅行、6、7仕事、8、9帰国です。
 なぜ、こんな急なのかというと、顧客でありさらに、この日はアメリカの通訳者会議があるらしくずっと探しているのにいなかったようです(私にもおととい言われました)
 
@@@ 無事に見つかりました! ありがとうございます(11/5)
 

2013年08月29日

なんでもあるアルゼンチンの通訳者のエピソード

 通訳の話を書いたらどんなことが大変ですかという質問が来たので、少しお話ししますと、私は1994年から仕事としてスペイン語通訳者をしています。最初はアルゼンチン国営鉄道が民間に移行するため、譲渡会社に政府協力ということでJRのエンジニアさんがいらっしゃったためこの方付きの社内通訳です。スペイン語のことよりも実は日本語で大変でした。というのもスペイン語が全て分からないことは説明がつきますが、エンジニアさんの話す日本語がわかないのは会社には説明がつきません。。。。
 しかしながら、鉄道関係のことを専門家以外で分かる人。。。なかなかいませんよね。という訳で最初はエンジニアさんが手取り足取り?機械系のこと、電気系のこと、また鉄道のこと、などをいろいろ「日本語で」教えてくださいました(これはその後とってもためになりました)それからレポートをスペイン語に直すのですが、これまた日本語で意味が分からないことが多く(エンジニアさんにありがちなのをその後知りました。ちなみにアルゼンチン人のエンジニアさんもえ!と思うスペイン語を書いたりします。。)大変でしたが、まあ、100ページ訳したら何でも覚えますね。。。。
 その後、大来レポート2ではマクロ経済の仕事をしたり(これまた経済用語が日本語で分からなかったり。。。)他には金属鉱業事業団って、工業じゃなくて、鉱業もよく分からなかったのですが、ここで、専門用語はそのまま訳してー通訳は実は意味が分からないままーーーーでも、専門家同士はそれで分かるのだと言うことが分かりました。それから山登りをしながら(鉱山はちょっと高山でした)通訳するのは息が切れることも。。
 グループにつくことだけではなくお一人の方につくこともありますが、私は基本 巫女通訳タイプなので、スピーカーが降臨する通訳をするんですが(まあなりきるってことですがー笑)実は「高田賢三」即ちKENZOさんには惚れてやってしまいました。(だって、20代、40代でかっこいい人はいっぱいいますが、70歳でかっこよかってです!)アルゼンチンの美空ひばり的メルセデスソーサはゆったりとしているので私も地声の高い声を落としたり、また日本語歌詞の練習につきあったのでデュエットしたりしました。
 通訳をしていて嬉しいのはもちろん喜んでいただけることなんですが、それ以上に気を遣っていただけたことです。というのは場合によっては、言葉を交換する機械装置みたいな風に扱われていることが多々あるからですが、吉田喜重監督にアルゼンチン人の映画監督の話を記者会見中、後ろで影武者のようにウイスパリング通訳してたとき奥様で女優の岡田茉莉子さんが私に気を使ってご自分用のお水ボトルをそっと渡してくださったり!感動しました。日本でマラドーナさんとゴルフカーに乗ったんですが、一瞬落ちそうになったのを捕まえてもらったりね、スタジアムで押されそうなとき「彼女は妊娠しているから押さないで!」とジョークを飛ばしてかばってくださったりしました。
 他には企業関係では守秘業務があるので、あまりお話しできないんですが、あるセミナーで大受けしたことがあったんです。。。みんな喜んでいるのでスピーカーも満足していたのですが、実はそのお話が別の意味に取れる表現があって、私の言ったことは間違いではなかったんですが、別途ちょっぴりヒワイに聞こえたらしいんです。それはあとで言われてちょっと気がついたんですが、スピーカーさんはまじめな話をしながら、ちょっとユーモアを交えていたので皆さん笑っているのを喜んでいたし、皆さんは皆さんでその話を忘れられなくなったみたいなので、まあ結果オーライでしょうかね。。。
 あとは通訳中はあまり笑えないんですが、アルゼンチン人の発言は概しておもしろいことを言いたいので、それを同じようにおもしろく言ってあげて相手が受けるようにして かつ 自分はげらげら笑わないようにするのが大変だと言えば大変ですかね。。。。
 さらにテレビのときのインタビュー通訳は相づちを言うことができないんです。私の声が途中で入ってしまいますから、それで上の例でも同じですが、目とうなづきで応答するのも覚えました。。。
 と、全くスペイン語の話じゃないんですが、大学院などで勉強中 英語でのセミナーを聞く機会が一杯ありまして、それを通訳する人の様子をみながら、態度とか呼吸とかを学びましたし、そういう場面でのスペイン語のプレゼンテーションの言い回しを覚えることができました。
 実は実は 語学ができるのは大前提の通訳者ですから、それ以外のことを学ぶのが大変ですね。
 アルゼンチンのとあるエラい方の通訳のときには、どうもご本人が緊張されたみたいで、同じことを三回いっているんですよ。そうすると、私も同じことを言っていいのか。。。まあ、ゆっくりお話ししてコトなきをえましたが。。
 帝国ホテルのレセプションでは皇室の方に来やすく手をかけるアルゼンチン人の政治家に「さわりすぎちゃだめよ!」とこっそりたしなめたりしました。

 通訳業界の有名な話ではとあるドイツ語通訳がドイツのエラい方を迎えるときにナチスの旗を降って歓迎する市民をみてくらっときたらしいですが。。。ちょっとそのときに似ているかもしれません。

 まあ、一番大変だったのは3年前ですが、通訳中に20年前あの知り尽くしたはずの機関車の修理工場でピットに落ちたことですかね。1.5mあったんですが。骨折はしなかったですが、内蔵をうって集中治療室にいて、その後しばらく入院したりしていましたが。。おかげでいろいろな深い病院用語を覚えることができました。もっとも、日本人の人が事故にあって頭蓋骨骨折です、を伝えなきゃいけないときの方が少し怖かったですね。。。。そして知識だけの言葉が本当に分かるのには自分でもびっくりしましたね。

 まあ、話はつきないので、とりあえずはこの辺で。。。記事がよかったら、クリックしていだだければ嬉しいです。
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2013年08月24日

通訳者の取り扱い説明書

 私はアルゼンチンに住んでいる通訳者です。そのため ((普通))スペイン語と日本語の通訳をするのですが、それがときどきよく分かっていただけないことがあります。資料は全部英語であったり、ポルトガル語も分かるでしょ!だったり。国際会議/ラテンアメリカ会議では致し方ないことなんでしょうかね。。。また数時間も一人で通訳する予定になっていてびっくりしたり!母国語で1時間以上話しても疲れますよね。。。ましては通訳するんですよ。。。
 その悲哀を愚痴にしないで、通訳者の取り扱い説明書があれば、書きましょうかね。。。とポジティブに考えていたら、何とありましたので、リンクをしておきます。いずれも英語通訳者が基本ですが、概要は同じことです。
まずはとっても厳しい細かい「通訳者取り扱い説明書
http://nikka.3.pro.tok2.com/torisetu.htm#%92%CA%96%F3%8E%D2%82%CC%8E%E6%82%E8%88%B5%82%A2%90%E0%96%BE%8F%91
そしてこちらは私が大ファンの通訳者マリコさん、その昔のロシア語通訳の米原万里さんという名通訳であり作家の方がいらっしゃいましたようにエッセイスト級です。南米で育ったせいもあるのか、楽しいユーモアの切り口ですから軽くしかし深く読めます。
http://www.hicareer.jp/inter/mariko/index14.html
ご参考までに。
まあ、ブエノスアイレスにいますから、何でもありですけれどもね。。。。 
そして通常、現実と理想が違うのはいつものことでございます。
 うっかりピリピリしちゃうこともありますが、まずは会議が成功につながるため責任感を持ってお仕事をさせていただきたいだけですので申し訳ございませんが、よろしくお願いします。
またお世話になっている皆さん、いつもありがとうございます。

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2013年05月31日

スペイン語上達への道(8)もちろん「話すこと」のリハーサル!!!

 話すのがちょっと苦手!?な日本人の方には自分が言いたいことなど、想定をしておいて、話すことの前提に書くことを推進しておりますが、(スペイン語上達への道(7)http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/52002987.html)書いたら「話すこと」もちろん、重要です。
 アルゼンチンの人は口から生まれたと確信するほど、「話します」きっと話しながらでも考えられるんでしょうね。突然さされても「話せます」
 日本ではスピーチなどでいきなり指されたら後で恨まれるし、事前に根回ししてスピーチお願いしてからやってもらいますが、アルゼンチンでは何でも突然です。私も突然、お鉢が何度まわってきたことでしょう。お願いですからやっぱり事前に、と思ってそれはなく、突然電話がかかって、ラジオで話すこともしばしばです。実はアルゼンチンの人で引っ込み思案の人、もちろんいますけれども、日本で積極的な人とアルゼンチンでちょっと引っ込み思案で同じぐらいと思うぐらいスケールが違います。
 と、言う訳で普段から「話す」練習が必要です。私はその昔、そのために、日本の昔話や逸話などの元話をしっかり事前に訳しておいて、それから家で自分で声に出して話して練習していました。間違いとかそういうこと関係なく、どんどん話してできるだけ大きめの声で言うのが秘訣です。(自信のない声ですと、正しく発音しても正しく話していても聞こえない、という致命的な問題で理解してもらえなかったりコミュニケーションがとれません)そのためには家でリハーサル、とても重要です。そしてテストの山掛けのように、毎日こんなこと。。。と、予想しておくと、少しでも楽になります。
 スペイン語のクラスでもそうです。日本から来ました。日本のどこ、ーーーです。ーーーはどんなところで、何があって、どんな特徴があるのか、などの文を事前に作っておくと話すのが簡単になります。きれいに話せなくてもせめて単語を探しておきましょう、動詞の活用もまあまあ、そして並べ立てれば、そうすれば先生がある程度まとめてくれますし、全体的な意味は通じるときもあります。
 日本はどう?と聞かれそうな時、ときに 女性の問題、教育の問題、育児や、それから選挙があるときには日本の投票システム、社会の仕組み など、聞かれそうだと予想して勉強するのです。そして、それを口に出して、覚えて練習しておきますし、直してくれる人がいればお願いしてさらに練習ができます。よく興味があって後で議論になりすぎないのは、カプセルホテルの話や、マンガ産業、それからかわいい物の話や100円均一のこと、プリクラとか。。もちろん、議論できることもいいですが、あまりすぎると後で収拾が大変なのでほどほどに、でも、誰でも自分が知らないことや自信のないことはさらに話せませんので、せめて内容には自信をつけてから話ましょう。内容さえあれば、たどたどしくたって聞いてくれます。
 ちなみに通訳をするときにはこのヤマカケがとても重要です。国際会議の同時通訳でも全部が全部原稿をいただけることはラテンアメリカではほぼ稀です。直前に(一日前も直前ですが、本当に10分前の直前です)原稿が渡されるたらいい方ですが、政治家のスピーチなどは、全く何もないということが大有りですので、私は経済のテーマであれば事前に経済時事用語をピックアップして日本語と対語集を作っておきます。特に、億や兆の数字が出てくるときにはパッと訳す必要がありますから、手元に数字表を持っています。いくらよく知っていても、突然 「スペイン語では雲に入った」と言いますが、ずーーーと訳していると頭がたまに真っ白になります(大笑)でも、止まっては仕事になりませんので、なんとかそれを見て思い出す訳です。また関係の新聞記事やインターネットHPなどを日本語でもスペイン語でも声にだして読んでおきます、スピーカーのプロフィールも、また以前書いた記事も同様です。こうすると、通訳のときにエコーのように文章が聞こえてきて、助けてくれるのです(笑)また最近はYou tube があって聞くこともときにはできるんですね。エラい時代になってきました。
 ちょっと話はそれますが、アルゼンチンだけではなく、日本で国際会議通訳していたら、きっとあり得ないだろうな、ということがおこることがあります。
 今まで、一番困ったのは、通訳ブースの機械が調子悪いので横で調節してくれる作業員が途中で居眠りして同じブースボックスの中で、そのいびきがうるさかったことです。通訳はデリケートなので、雑音に敏感なのに、うるさいので、前を向いて、ヘッドホン押さえて聞きながら、原稿見ながら、もちろん通訳して、さらに左手でちょっとつねって起こしてみました(大笑)
 別のときには、セミナー通訳していたら、歴史的事実の年号を違って言われて、それが二回続いたので、さすがに、すみませんが違うでは、と指摘し、確認したら、あ、間違っていたありがとう、と言われました。スピーカーがちょっとここ、手伝ってください、と言って、それを訳しているのに、誰も気づかなくて、すみません。。。。舞台の先生を手伝ってあげてください、、、、とアナウンスしたことも。。
 そういう話は枚挙にいとまがありませんが、お話の練習は本当に重要で、今でもやっていることですので、特に初心者、中級者の方はぜひ台本を作っておいて、リハーサルをしてから、をお試し下さい!!!!

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2012年10月28日

Certamen de Oratoria de Idioma Japones 28/10/2012

El dia domingo 28 de octubre a las 10 horas se realiza el 20° Concurso
de Oratoria de Idioma Japones en Charcas 5157 
(Centro Universitario Argentino Nikkei - CeUAN)

Los Alumnos de Lenguas Vivas - Instituto de Ensenanza Superior en Lenguas Vivas
Juan Ramon Fernandez (Nivel 1 a cargo de la Prof. Tomoko Aikawa) van a
participar en la categoria de Lectura
(que terminara antes de las 11hrs. Luego sigue con otras categorias y
todo el evento dara finalizado a eso de las 15hrs., puesto que mas de 40 personas participan.)

Leeran un texto de poema japones muy conocido por todos los japoneses
cuyo autor es Miyazawa Kenji, pensador, filosofo, agricultor,
religioso, maestro de la vida de los agricultores de la Prov. Iwate,
donde es uno de los lugares mas afectados por el gran terremoto y
tsunami del 11/03/2011.

El titulo es Ame Nimo Makezu (No ser vencido por la lluvia) y en Japon,
la Region Tōhoku (noroeste) es conocido como un lugar de mucho
frio y la naturaleza muy severa pero los pueblos resisten mucho. De
ahi nacieron, estas palabras.

Les envio el texto, traducido por mi, pero espero que puedan sentir lo
que queria decir Miyazawa Kenji originalmente en japones

Algunos de ustedes, si pueden ir el domingo
por favor alienten a mis alumnos que hicieron muchos esfuerzos a pesar
de que estudiaron solamente dos veces por semana
desde fines de marzo de este ano.

Y tambien muchos de distintas partes de la Argentina, los que estudian
el idioma japones podran hacer conocer lo que han estudiado.

Gambare ! asi decimos la frase para alentar en japones,
Yoroshiku onegaishimasu .
(lo tenga bien considerado o "agradecido desde ya por la buena
disposicion de todos Uds.)

TOMOKO
Aqui pueden conocer sobre nuestro curso de japones por las fotos y
esta esrito en japones para pasar a sus amigos japoneses.
http://tokuhain.arukikata.co.jp/buenos_aires/2012/10/post_224.html

Ame Nimo Makezu (No ser vencido por la lluvia) de Miyazawa Kenji
No ser vencido por la lluvia
No ser vencido por el viento
No perder contra la nieve ni contra el calor del verano
Poseer un cuerpo sano
Sin deseos
Nunca enojarse
Siempre sonriendo tranquilamente
En un dia alimentarse con cuatro tazas de arroz integral, miso y un
poco de verduras
Todos los dias
Sin tenerse en cuenta a si mismo
Conociendo bien y entendiendo
Y sin olvidar
Viviendo en una pequena casa de techo de paja en las sombras de las
arboladas de pino en el campo
Si en el este hay un chico enfermo
Ir a cuidarlo
Si en el oeste hay una madre cansada
Ir a cargar con las cosechas de arroz
Si en el sur hay una persona por morir
Ir a decirle que no tenga miedo
Si en el norte hay peleas y conflictos
Ir a decirles que es sin sentido y que lo dejen
En los tiempos de sequias dejar fluir las lagrimas
En el frio del verano caminar tranquilamente

Llamado inutil por todos
Sin ser halagado
Sin ser molesto
Eso es en lo que quisiera ser.


(traduccion por Tomoko Aikawa)


2012年06月26日

アルゼンチンで日本人が気をつけたいマナー(2)怒っているねー角ジェスチャーは注意

 アルゼンチンでのマナー話http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51944771.htmlが人気があるので、第二弾、これが一番説明が難しいので、具体的な例で説明しますが、「鬼」のジェスチャーの話です。鬼って、頭に二本 角があって、「あの人怒っているねー」というシチュエーションで日本でよく使いますね。P1250255
 あの鬼の角ジェスチャーは、アルゼンチンでは厳禁です。
(多分スペイン語圏で通じかな?しなくていいですが。。)アルゼンチンでは「牛」的意味になって。。。(続きをどうぞ)

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2012年04月08日

アルゼンチン独身女性半数が結婚は考えていない。

 アルゼンチンを1964 から73年一世風靡した有名なマンガ Mafaldaマファルダのキャラクターの登場人物の一人Susanitaスサニタ(スサナちゃん)の夢は「お母さんになること」です。世相を風刺していたマファルダから時代は変化し、「アルゼンチン独身女性半数が結婚は考えていない」と、クラリン新聞は4月7日(土)聖週間で家族が一緒に過ごすことが習慣であるこの連休に伝えています。.http://www.clarin.com/sociedad/titulo_0_677932331.htmlP2020606
写真 大きなお腹でレポートするスポーツの試合後のテレビ局アナウンサー。妊娠していても仕事をすることはアルゼンチンでは普通である
独立、男女平等、職場での台頭、女性の社会進出にはいろいろな理由が説明がありますがその中で崩れつつあるのが「婚姻関係」です。
ダレシオ イロル コンサルタントによると「長年、女性にとっては結婚して、子どもを作り、家庭を守る」というものだったが、現在は選択肢が広がり、結婚は重要な目的ではなくなった。そして結婚というものがすでに形状にはなくなっている。実際、47%が一人でも幸せであると答え、40%が将来は結婚するつもりはあるとは認めているが、その10人のうち8人は結婚して主婦になるため仕事を辞めるつもりはないと答えている」と伝えています。
エステル ディアス哲学専門家によれば「女性はもはや社会的に認められるために結婚をすることに左右されない。男性に拘束される必要なしで、充実した人生を送れると決めているのです。もちろん、男性と一緒になるということは自由の中での選択であるようになったからでしょう」
ディアナ レスニコフ 心理/セックス学カウンセラーによると、現代女性は「自分に起こることを追求することを選ぶ。伝統的モデルは崩壊しているが、今でもスサニタ(良妻賢母の象徴)は存在しているが、だんだん少なくなっている。というのは、女性はもはや違った物になり、自分を自由に操る事ができ、必要なことを要求する、ノーということができ、またシー(イエス)ということもし、また愛のないセックスも受け入れる」
アティロ アルテリニ ブエノスアイレス大学名誉教授(元法学部部長)によると、「結婚するということは、約束をすることを意味している。それを維持すれば一生ということである。 ということは、社会の中が配偶者社会であることであり、結婚していなければ、社会的存在しないということになってしまう」しかしながら社会の変化を認識し、「現状は、制度に拘束されずに配偶者社会からは別の選選択肢を選ぶ傾向がある。すでに子ども達にとって親が結婚しているかどうかはもはやメリットではない。デメリットは解消され、もはや、学校で差別されることもないのだから、社会が成熟したということであろう」
男性は38%が結婚は予定していないのに対し、52%が結婚するつもりである。レスニコフによると「家に仕事をして帰ってくるという図式以外を女性が必要としていることに違和感を感じている。いまだ、自分の世話をしてくれるという女性像を求めている。女性は社会的に認められるために結婚に頼っていない。この状況で、男性は結婚の形状を求めなければならない。
作家のセルヒオ シナイは女性の社会的役割を現実的に認めながら別の意見を呈しいている「結婚は男性よりも女性的課題である。30歳前か、それを少しすぎても結婚していないか、子どもを産んでいなくても 適齢期をすぎたソルテロナsolterona (大きな独身女性)でも失敗したフラカサダ fracasada(負け犬)でもない」女性が男性の収入に頼って生活しないのが現実的になっている。現実が変化すれば、習慣も変わるだろう」パレルモ公園にてマテ茶を囲んで楽しむ友人グループIMG_7809


当ブログの写真は基本的にオリジナルです。


2011年09月13日

ブエノスアイレスで国際会議

ブエノスアイレスは春めいて国際会議が開催される時期が来ました。国際学術会議、国際同業者会議におけるスペイン語ー日本語アテンド通訳、会議同時通訳、ウイスパリング通訳、商談通訳が可能です。必要でしたら、ご宿泊から移動、ご訪問先までトータルにコーディネート致しますのでブエノスアイレス現地でのご希望、お困りなことがありましたらご相談ください。IMG_8940
 通常、ご自身のプレゼンテーションは準備された英語で行われても、質疑応答は基本スペイン語が多いですし、また予期せぬ質問を英語で行うのも大変です。会議中の応対もあります。またスペイン語から直接日本語、日本語からスペイン語への通訳は便利であると思います。国際会議と言っても、そんなに国際的では即ちスペイン語圏の方ばかりでそれで進むことも多いです。英語も理解しますので、プレゼンテーションのパワーポイントの内容の理解など問題ありません。また会議全体で他の方のプレゼンテーションの内容を知りたい場合はウイスパリング通訳(耳元でささやく通訳)を行います。
 ご連絡はtomokoar@gmail.comまで。直接お話を希望の方にもすぐ電話番号をお知らせします。もちろん、大使館やJETROなどで照会していただいても結構です。TOMOKO
 

2011年01月16日

アルゼンチンでスペイン語通訳

語学ができれば通訳や翻訳ができると思われがちです。
もちろん、できることが大前提です。ただ、その話者の言うことを表面的にだけではなく、その意図、そして、その対象言語で表現したらこうだろうという等価な表現を探し、通訳の場合は一瞬のうちに判断して言わないといけないので、瞬発力が必要だなと思います。
それから通訳は記憶能力も必要です。母国語でも言われたことをそのまままったく同じにリピートしようとしても結構難しい作業だと思いますが、それをスペイン語に、また日本語にと移動させるわけです。 
 私はスペイン語と日本語の翻訳もしますし、通訳者でもあります。特に、通訳でよかったなと思うのは、人生は一つだけですが、通訳をしているといろいろな職業、立場の方の身になりますので、いろいろな人生経験を疑似体験することができます。それがひいてはスペイン語が好きでいたおかげだなと思います。スペイン語は私の人生を豊かにしてくれた、そしてこれからそうあり続ける重要な言語なので、日本で生まれた日本人ではありますが、私の中の大切なものであり、アイデンティティの一部を形成しています。
 さて、スペイン語と日本語の通訳がどうやってできるようになったか、と言えば、結局はやりながら学んだとしかいえません。日本にいるときにちょうど出稼ぎの人たち用の工場通訳を体験しましたが、アルゼンチンに来てからそのほか普段から簡単な橋渡しをしていて、その後、純粋に仕事としての通訳は、アルゼンチンの鉄道会社での社内通訳で始めました。90年代、ちょうどアルゼンチンは民営化の波でアルゼンチン国鉄、それぞれの路線が民営化され、その鉄道会社にはJRのエンジニアさん、しかも新幹線専門の方がいらっしゃって、それまでの社員の通訳では間に合わないということでした。しかしながら、その当時は相当不十分だったと思うのですけれどもね。。。
 ここで学んだのが機械系、電気系の用語やその仕組みです。普通の人間にとって、母国語日本語だって、その関係の用語は難しいし、ましてや 構造さえわからないのですが、運良く専門家の方のそばで、最初はそのまま通訳しても訳がわかりませんから、先に軽くレクチャーをしていただいてから、ということを繰り返していました。また、エンジニアさんの作業のアシスタントも勤めなければなりませんでした。その時期、私は通訳なんですが、というと、あなたを介して別の人に頼むよりは難しいこと出なければ直接やってもらった方が早いし、あなたも勉強になるでしょう、といわまして確かにそうでした(笑)もちろん、メジャーの反対側を持って一緒に計るとかそういう作業なんですが、昔はきっとプライドが高かったのでしょう(笑)
 実はこの社内通訳では、さらに人間関係というのも学びました。アルゼンチンの会社の中で、どういう風に立ち振る舞いをすべきか、またどうすれば「お得」なのか、もです。実際、日本人で、日本人エンジニアのためにいる訳ですが、雇われているのはアルゼンチンの会社なわけです。当然、自分は何のためにその仕事をしているのかですね。それから会社で意地悪されることも覚えました。
 ほかの人から見ればお気楽な仕事だったのでしょう。いえ、ときどき理解しあえないことを通訳のせいにされて、泣きそうになったこともあります。今思えば、何語でもお互いの主張が違えば理解しあえないこともあるのです。また日本人でも正しく日本語を書いてくれないことも、、、意味がわからない文章も実は内容よりも表現の問題だったこともあります。。。一つ面白かったのはレポートで「天火」で砂を乾かすとありましたので、HORNOと、オーブンと訳しました。そして、実際の通訳の現場で分かったのはそれは実は「天日」だったのです、ということはSOLで訳さなければなりませんでした。
 その後、マクロ経済のプロジェクト、官公庁表敬訪問や、鉱業調査団などのいろいろな「まじめ」な通訳、商談、そして、映画祭に出席する監督さんや、アーティストなどの舞台通訳もしました。社内社外監査、経済セミナーなどの講演会、国際会議での同時通訳やウイスパリング、レセプションでの通訳などいろいろやったなーと思います。おかげで有名人や偉い方の横にいることも多いです。そこまでのぼり詰めた人たちといるといろいろなオーラ、エネルギーをいただき勉強になります。DSC03300(写真は昨年10月ボルヘス文化センターに訪問いただいた広島の秋葉忠利市長と、手が同じ形になっている=シンクロナイズしているのが分かりますか(笑)
 基本的に、現在の自分の通訳のやり方は「巫女」的に行っています。だいたいは一人の方につくので、その方の意図、話し方、思考方もちろん、お立場からなりきって訳していきます。いえ、そうじゃないとやってられない、ということもあります。
 通訳中 何を考えているか?それは何も。。。だと思います。特に同時通訳中はかなり集中しておりますので、いろいろなことが気に障ることもあり、ナーバスになりますので、回りの人はあまりうるさくしないように、お気をつけください。また先般は通訳ブースのオペレーターが居眠りしてくれて、いびきを聞きながらの通訳は初めてでしたよ。


2010年11月27日

イニャキ ウルレサガ バレエ無料鑑賞(11/27オベリスコにて)

158706_foto
Este sábado 27 de noviembre a las 19 h, el Obelisco volverá a ser el escenario de artistas de primer nivel con la presentación de La Traviata en Ballet por Iñaki Urlezaga y Eliana Figueroa junto a la Orquesta Filarmónica del Teatro Colón.Habrá dos pantallas gigantes y 8.000 sillas adisposición del público.
来る11月27日(土)午後7時より、オべリスコ特設会場にて、イニャキ ウルレサガとエリアナ フィゲロアによる椿姫がコロンのフィルハーモニーオーケストラの演奏で開演します。巨大スクリーンは二枚、8000座席が用意され、一般に無料開放されます。

2010年11月26日

スペイン語とポルトガル語

DSC08601スペイン語が分かればポルトガル語が分かるか、もしくはその逆は?というのはたいへん難しい質問です。確かに似ているので、分からないでもないのですが、似ても似つかないことも多く、また似ているから同じと思うところに落とし穴があります。どちらにしてもちゃんと勉強しましょう、以外に方法はないでしょう。確かにいえるのは、もちろん、それぞれゼロから始めるよりはどちらかが分かればそれは上達は早いでしょうが変な知識が障害になるのもあるでしょう。まあ、英語がわかればスペイン語も、の感覚からすればもう少し有利かもしれません。
昔とった杵ですが、言語科学修士を始めたときに、誰も習ったことがない言語であり、ちょうどメルコスール(南米共同市場)が始まったため、ポルトガル語の単位取得が義務だったので、2年間だけでしたがしかも一応言語関係の専門家向けのため、かなりの促成集中講座で習いましたので、ある程度まだ覚えております。初歩のときはアルゼンチン人は発音で苦労していましたので、日本人の濁音の発音が容易であるメリットが出ましたがし、外国語だという観念が違いましたが、最後の方で文学や複雑なテキストになるとスペイン語古語に似ているそうで、それは私とは言語学語彙の差も出て、今度はこちらが閉口しました。
たまに、ブラジル人観光客に町で出会い練習にはちょうどいいのですが、それも限られた表現ですし、向こうも理解したい一心ですので、何とかなりますね。
ラテンアメリカ諸地域研究が専門とは言っても、スペイン語圏というのが前提ですから、ポルトガル語やブラジルはあまり興味がないのは事実なのですが、まあ、同じようなものですから理解しようとする意思ぐらいはあります。
それでも今週はラテンアメリカ国際会議でブラジルに参りましたが、ブラジル人の発表はスペイン語であったはずがやはりほとんどポルトガル語でしたので、閉口しましたし、スペイン語にビールスが入ったような状態に感じながら、日本語にしなければなりませんでした。他のラテンアメリカ諸国のスペイン語でしたら、スピーカーがちゃんと話す限りはどんなスペイン語も苦になりませんが、やはりラテンアメリカ国際会議でブラジルが入るのなら、せめポルトガル語通訳も入れていただくか、もしくは 日ー西ーポルトガル語の同時通訳なら、本当はもっと高いのですよ、とアピールしなければならないかもしれません。。いえ、しかし、本当にポルトガル語はまだまだ全部は分かりませんけれどもね。
メルコスール以来 ブラジル人のスペイン語習得熱は高まったし、普及しました。アルゼンチンでもそれはそうで、外国語大学で翻訳、教員講座もできたんですが、その生徒はブラジル人が多かったですね スペイン語習得中にポルトガル語学習を勧めるかと言えば、なんともいえませんが、分離してかんがえることができない場合はお勧めできません。。DSC08609逆にブラジルにたいへん興味があるという動機付けがはっきりしているのでしたら、可能だと思います。しかし、大人の外国語学習でしたら、どちらかの基礎が固まってからの方がやりやすいというケースが普通でしょう。DSC08608これが私の「動機」ですね。空港で上記のようなおしゃれっぽい店でテーブルにしょうゆの瓶があるのですから、サンパウロはすごい!






2010年11月02日

日本人の考え方について(アルゼンチン人向け)

DSC09516TRADUCIR JAPONというアルゼンチンの日本文学研究者アルベルト先生のブログに、拙稿を載せていただきました。
スペイン語ですが、アルゼンチンの日本のことを興味を持っている人向けに「日本に哲学がないと言ったらアルゼンチン人の方々には変に聞こえるでしょうか」という挑発的なイントロから日本人が普段きづかなずに過ごしている宗教に関する習慣、考え方、行動様式について説明しています。というのも、哲学を求めて日本のことを学んだり、仏教徒になる方が多いからです。
http://traducirjapon.blogspot.com/search/label/puentes
なお、綺麗な富士山の写真を添えていただきましたが、日本人の考え方を載せて、ということでしょうが、残念ながら私には富士山にアイデンティティを感じません、ので、代わりにこの鳥居を載せておきます。いやこの記事にはやっぱ神社かお寺でしょ。。。さて、武道をしているアルゼンチン人もちょっと精神修行を求めていそうですね。。。DSC01586
しかし、アルゼンチンに参りまして、逆に日本のことを改めて考える、見直す、発見する、そして認識分析できるようになります。ちなみに空手が沖縄起源ということは当地にきて知りました。


2010年07月28日

折鶴講座1000grullas junto al Principe Azul en Centro Cultural Borges

origami2ボルヘス文化センターで冬休み折鶴講座開催中です。
次回は7月29日, 7月31日 午後4時と午後5時から
Taller de origami para doblar 1000 grullas para chicos y grandes GRATIS
y seran bienvenidos que lleven sus papeles de 15 x 15cm o sus grullas ya hechas.
29 y 31 de julio, a las 16 y a las 17.
Centro Cultural Borges(Viamonte y San Mart���n)
http://soycorresponsal.lanacion.com.ar/Nota.aspx?IdNota=7240
ガレリアスパシフィコ内で viamonte y san martin からそのまま2階へ行ったボルヘス文化センターアストル ピアソラ講堂の横で行ってます。
子供から大人まで参加可能ですので、日本人の方がいらっしゃればうれしいです。
またおった折鶴も持ってきてくださるよう皆さんにお願いしています。
origami3
アルゼンチン人のお友達とも誘い合わせてぜひご協力ください。
なお、この折鶴は9月21日の世界平和デーで、サダコさんをたたえた記念パネル展と一緒に飾られます。スペイン語版の新聞記事も載っていますからお友達、誘い合わせの上、来てくださればうれしいです。grullas4noelia photos by Sr. GuillermoLabatte Noelia Avila sensei,
http://soycorresponsal.lanacion.com.ar/Nota.aspx?IdNota=7240
この企画の詳細は前回の記事をご参照ください。
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/2010-07.html#20100718
アルゼンチン平和のシンボル折り鶴が広まる
http://blog.chugoku-np.co.jp/fureai22/?date=20090728#p02
アルゼンチン初の「サダコ展」 平和と折り鶴アピール
http://blog.chugoku-np.co.jp/fureai22/?date=20091130#p02


2010年06月19日

応援歌練習

DSC01918Vamos Vamos Argentina
ガンバレ!アルゼンチン 
いくぞーかつぞー脅威のチームだ。
応援せずにいられない!Vamos vamos a ganar esta barra quilonbera
no te deja no te deja de alentar!
応援歌を用意しました。スペイン語がオリジナルですが、日本語訳+歌えるように歌詞になっています!
さあ、来週は22日火曜日は午後3時半からです。日本応援の際には、JAPON(ハポン)と変えてみましょう。



2010年06月17日

メッシへのインタビュー2(ラ ナシオン新聞より)

DSC02831-���Qu��� es lo que m���s te afectaba de todo lo que se dec���a?
なんと言われたのが一番つらかったですか。
-Me dio bronca que dijeran que no siento la camiseta, que no s��� el himno. Que digan que no soy argentino me jodi���? Y lastim��� mucho a mis seres queridos. Porque uno se la banca y est��� acostumbrado a estas cosas, pero la que m���s sufre es la familia. ���C���mo se pueden meter tanto en los sentimientos de otros? Son cosas que todav���a no entiendo de todo esto. Fue el destino el que me llev��� a Barcelona. De chico, cuando uno juega con sus amigos, o en un club, sue���a con estar en la selecci���n. Vivo en Barcelona, pero me siento muy argentino. Para uno es dif���cil hablar de los sentimientos, pero ���c���mo van a venir a hablar tan livianamente de lo que siento?
アルゼンチン代表のユニフォーム;カミセタを背負っていると感じていない、といわれたり、国歌を知らないと言われたりですね。アルゼンチン人ではないって言われましたね。傷つかないと思いましたか?それに私の愛する家族も傷つきました。私は頭にはくるけれども、こんなことはなれています、でも、一番苦しむのは家族です。他人の感情に介入する、というのはひどいですね。いまだにどうしてなのか理解できませんけれどもね。バルセロナに行ったのは運命であって、子供のときから、友達とサッカーで遊んでいたときから、サッカープロ選手になっても、アルゼンチン代表としてプレイするのが、夢でした。バルセロナに住んでいますが、私は本当にアルゼンチン人だと思います。自分の気持ちについて話すのは難しいことなのにもかかわらず、人の心の中を土足で入ってくるようなことができるのでしょうか?
-���Te cans��� la pregunta sobre que en la selecci���n no alcanzabas el nivel de Barcelona?
バルセロナのレベルでアルゼンチン代表の中でプレイしていないんですかという質問は
聞き飽きましたか。
-Un poco, pero est��� todo bien. Igual, siempre dije que me gustar���a hacer en la selecci���n las cosas como en Barcelona, pero por una cuesti���n l���gica de practicar todos los d���as con los mismos compa���eros, los jugadores de tu club te conocen m���s. En la selecci���n, ten���amos que sumar horas de conocimiento mientras nos jug���bamos la clasificaci���n al Mundial y, quieras o no, eso pesa. 少しですね。でも、それはいいですよ。アルゼンチン代表チームでバルセロナでできることをしたいと思うといっていましたが、毎日同じメンバーで練習しているのと、クラブの選手は私のことをよく知っていたりとかで、違うのは論理的に当たり前のことです。アルゼンチン代表(セレクシオン)ではもっと時間をかけてお互いを知りながら、もうすでにW杯の予選で試合にでなければならない訳ですからね。だから希望にそうかどうか、ということもありますが、、まあそうなるわけです。
-���Qu��� cambi��� en estas dos semanas de convivencia?
この二週間 合宿をして何か変化はありますか?
-Desde que llegu��� a la Argentina para sumarme a la selecci���n me sent��� muy bien en el grupo, siendo yo mismo. Algo que no se hab���a podido lograr en otros momentos. Siento confianza en mis compa���eros y siento que me tienen confianza a m���. Eso se refleja en las pr���cticas, en la cancha y en la convivencia de todos los d���as. まずアルゼンチンに到着して、代表チームと合流し、グループの中でいい気持ちになりました。僕自身がいると感じました。今まで感じることができなかったものに到達したというか。チームメイトに信頼がおけるというか、彼らが私に信頼をおいているというか。それが練習にも、ピッチにもそして、毎日の共同生活にも反映していると思います。
-���Sos de hablar en el vestuario?
ロッカールームで話しをする方ですか?
-Cuando tengo que hablar, hablo. Pero como dije desde que llegu��� a la Argentina, lo que tengo para decir lo van a ver en la cancha. Estoy convencido de lo que quiero? Mi deseo es ganar con la selecci���n argentina este Mundial y har��� todo lo que est��� a mi alcance para conseguirlo. 話さなければならないときには話します。でも、さっき言ったようにアルゼンチンにきてから、言わなければならないことはピッチで見てもらうことができます。私がほしいところに来たという実感がします。私の希望はW杯で、このアルゼンチン代表で勝つことです(=優勝することです)目標を達成するためには、私のやれることは何でもやるつもりです。
UNA CATEGOR���A DESMENTIDA DE SU LESION 負傷については否定
"No s��� de d���nde sali��� que yo estaba lesionado, realmente es todo mentira. Nunca tuve un problema de lesi���n como lo que salieron a decir, pero bueno, m���s mi... para tirarme encima. Llego bien y espero no tener ning���n inconveniente."
どこからそんな話しが出たんでしょうね。私が負傷しているって。。。本当にうそですよ。そんな故障の問題はありませんよ、わざわざ言うほど。。。でもね、私ですから、何か言いたいんでしょう。ここまで無事に着ましたし、故障なんてしたくありませんね。
Di St...FANO: "UNO NO PUEDE GANAR SOLO" アルフレッド ディ ステファノによれば、「一人で勝つものではない」
"Messi dio un resultado brillante, aparte de dar espect���culo. Pero el mejor en el f���tbol siempre es el conjunto, uno no puede ganar solo. No es como el boxeo o el tenis". As��� escribi��� Alfredo Di St���fano en el diario espa���ol Marca sobre la figura argentina.  http://www.lanacion.com.ar/nota.asp?nota
スペインのMARCAマルカ紙によれば、「メッシは輝かしい結果を出しているし、見ていて素晴らしい、けれども、サッカーの最高なプレイは常にチームが一体となってである。 一人で勝つことはできない。ボクサーやテニスとは違うんだ」と、アルフレッド ディ ステファノ記者はアルゼンチンの名選手について述べている。http://www.lanacion.com.ar/nota.asp?nota
参照のこと。

2010年06月14日

気象注意報Alerta Meteorologico

気象注意報Alerta Meteorologicoは、ブエノスアイレスでは覚えておいた方がいいスペイン語でしょう。アレルタ メテオロロヒコといいます。他に
lluvia シュビア 雨
tormenta トルメンタ 嵐
rafaga  ラファガ  突風
granizo  グラニッソ ひょう
です。本日6月14日は上記全て降るようです。こんな日はうちにいるに限ります。約束もキャンセルするのが
ブエノスアイレス流です。交通機関も麻痺し、また、道と道の間が大きな水溜りになり渡ることができません。この雨の量ではパレルモ地区の地下鉄パレルモ駅付近はまた少し洪水する可能性大です。詳細の新聞記事はこちらです。
http://www.clarin.com/sociedad/alerta_meteorologico-lluvias-tormentas-rafagas-granizo_0_280172128.html
なお、夜には回復する予想ですが。
当方 午後4時半にミーティングの予想でしたが、雨が降っているので他の日にしてくれないかと相談したところ、相手も今日は出勤しないことにしたそうですので、明後日に変更になりました。

2010年01月22日

スペイン語と日本語の翻訳なら任せてください。

今日の翻訳依頼は。。。。スペイン語から。。。
何と。。トルコ語でした
アルゼンチンで、中国語や韓国語と日本語が混同されるのはまだ普通です。
機械を輸入して、書かれている文字が分からない、日本語だからと言われて行ったら韓国語だった経験は一回ではすみません。私はスペイン語と日本語を専門にしています、、、念のため。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以下、実証メイルです。。。  Estimada Tomoko,
Tenemos un cliente potencial que nos ha solicitado la traducción del español al turco del fichero adjunto.
TOMOKO様
当社クライアントになる可能性のある会社から 添付ファイルの書類をスペイン語からトルコ語に翻訳の打診を受けました。


2009年12月25日

FELICES FIESTAS

GetAttachment今年もクリスマスと新年の祝い(年が明ける前にご挨拶するんですね)のメッセージが来ましたので皆さんと分かち合いましょう!そして、私のご挨拶とさせていただきます。
image002MUY FELIZ NAVIDAD PARA TODOS!!!
____________
¡FELICIDADES!
____________
Felicidades para esta Navidad y un Muy Próspero Año 2010.

Con los mejores augurios.
_______________
Sra. Tomoko:
Brindemos por un Bicentenario de:
Paz - Amistad - Concordancia
es decir que en el 2010, todos los pueblos del mundo podamos darnos las manos sin miedo,
con los ojos puestos en un verde de confianza a la vida.
Cordialmente un abrazo desde el corazón:
Angela Molina Alonso
Sidra de barril:
Respiraban manzanas
dentro del vaso.

これはスペイン語の俳句です!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
P ara 2010, tomo prestadas las palabras de mi amiga Ana Pérez del Cerro:

Que nos acerquemos mirada a mirada, abrazo a abrazo, sonrisa o lágrima, según venga la calesita.
Que los mails o SMS sean sólo un medio más para contactarse, pero no el fin.
Que la amistad pueda fructificar en fiestas y/o en proyectos.
Que no nos encuentre dominados por la ceguera o la indiferencia hacia los que más necesitan…
Que la salud no nos abandone.
Que la familia sea algo más amplia que lo que los lazos sanguíneos determinan.
Que la alegría venga de alma a alma y la podamos transmitir de persona a persona.
Que ningún chico sea observado como nuestro enemigo.
Que la belleza esté en todos nuestros actos, no como una estética, sino como una ética.
Que abunden los buenos humores y los grandes amores.
Que a los ruidos les gane la música y al silencio cómplice, la palabra comprometida.
Ya sé que es un sueño y los sueños, sueños son.
Sin embargo, para no morirme de pena, vale la pena que los escriba.
Que cada uno encuentre su cuota de felicidad sin olvidar a los otros que somos nos- otros.
Un abrazo. Marta
_−−−−−−−−−−−−−−−−
FELICES FIESTAS !!
Muchas Bendiciones , y que todos sus deseos puedan realizarse en este año 2010 !
TE QUIERO MUCHO !
BESOS ! LILIA
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Que el Año Nuevo se inicie con la luz de la esperanza
y esta se transforme en una maravillosa realidadMis mejores deseos para que logres
vos y las personas que amas ,mayor bienestar, alegria y salud eneste 2010 que se
asoma.Con mucho cariño...Adriana Serebrenik
fund-bor5



2009年12月20日

片山右京さんはメンドサで大人気でした。

 ダカールラリーにも出た片山右京さんが富士山で遭難というニュースを見て、この方のお顔を見たことあると思ったら、今年初めのダカールラリー アルゼンチン チリの第一回にエコプロジェクトで出ていたレーサーの方でした。アルゼンチンはメンドサの現地の新聞はレーサー達や車と写真を撮る人達で沸いていたという記事を載せていて、その中に日本人の方を見つけて貼り付けておいたんですけれども。。。
http://blog.livedoor.jp/tomokoar/archives/51445211.html
 しかし、遭難という言葉も難しいですね。遭難して、もちろん亡くなった方もいらっしゃるのですが、遭難して「片山さんは」助かったわけです。別に、おぼれた、と言う言葉もおぼれたけれども 助かったというのあるわけですが、普通 スペイン語では遭難しそうであった、おぼれそうであった、という風に表現しないとまるで過去の事実になります。日本語の完了の「状態」の表現と、全く「過去」の表現は違った知覚の範囲になるのでしょう。

tomokoar at 07:22|この記事のURLTrackBack(0)

2009年11月30日

ローマ法王のメッセージ

言われました。
El Papa pidió luchar contra la pobreza y la corrupción
ローマ法王は貧困と政治汚職への対策を講じるよう願いました。
http://www.lanacion.com.ar/nota.asp?nota_id=1205633&origen=NLTitu

XIX Cumbre Iberoamericana de jefes de Estado y de Gobierno, cuyo tema principal será la "Innovación y Tecnología".
本日はポルトガルに到着。第19回イベロアメリカ首相会議「インノベーションとテクノロジー」に参加するためです。ヨーロッパのスペイン、ポルトガルのイベリア半島関係の国家が参加します。Te gusta la nota ? Hace click 人気ブログランキングへよかったら、クリックお願いします。にほんブログ村 外国語ブログ スペイン語へ
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2009年09月24日

PARO? PALO? ストがいっぱい。

病院をアルゼンチンでスペイン語に訳してHospital(オスピタル)にするのは正確ではありません。基本的には、国立病院を意味します。
さて、本日はParo (パロ)ストが18州の国立病院でおこってきます。原因は、もちろん、環境改善と賃金値上げです。ですから、 Palo(パロ)こん棒をあげてたたいていると間違えてもたいした代わりはないので、スペイン語、おもしろいですから頑張りましょう。
なお、私立の病院でしたら、Sanatorio か Clinicaです。よくスペイン語会話にある
Lleveme al hospotal「病院へ連れて行ってください」は、オスピタルというと、公立病院に連れて行ってしまわれます。私はアルゼンチンの見方ですから、普通は公立をすすめますが、緊急以外は、いくらただでも公立病院の効率の悪さはちょっと疲れます。
なお、保険が利かなくて病院へ行く場合、50ドルから100ドルが相場です。もちろん検査すればまた別にかかりますが。。
なお、他にも農業牧畜関係のストがあり、9月23日午後2時ごろから、今衛生関係のストで国会議事堂からサンタフェ大通りカジャオ付近はカオスになっていますので、ご注意ください。

BASE de DATOS, Biblioteca del Centro Cultural de la Embajada de Japon


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2014/05/17,24,31
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公式HP:http://www.fujitv.co.jp/mezamado/
めざましどようび藤原倫己
“CHANGE THE WORLD for 2020”アルゼンチン編
http://ameblo.jp/tomoki-fujiwara/




2012年グローバルビジョン「世界の起業家」
5月5日(土) 19:0019:54
5月8日(火) 27:0027:54 (再)
5月12日(土) 19:0019:54 (再)
5月19日(火) 27:0027:54 (再)
見逃し視聴「起業家」(ウルグアイ)

2012年3月20日(火)午後9時から
NHK BS1「夢をあきらめない
〜女子ホッケーさくらジャパン〜」


TBS世界ふしぎ発見!
2012年3月10日(土)午後9時から
第1222回 一番遠い親日国アルゼンチン
宮地眞理子インタビュー1
宮地眞理子インタビュー2

NHK >地球アゴラ
2012年3月4日(日)午後10時から
第160回アルゼンチン編

TBS 夢!世界どうぶつ大図鑑
2012年2月11日アルゼンチン特派員足立原Dーバルデス半島他

2012年1月21日
2012年2月11日アルゼンチン特派員足立原Dー南の牧場


朝日放送朝だ!生です 旅サラダ
毎週土曜日午前8時から午前9時半
海外マンスリー三月はアルゼンチンBY石川梨華
2011年3月5日(土)ブエノスアイレス
3月19日(土)サルタ
3月26日(土)エル カラファテ

vol.103 「世界の働く女性(Part2)」 
2011年 3月13日(日) 21:0021:54
3月16日(水) 27:0027:54 (再)
3月19日(土) 16:0016:54 (再)
3月20日(日) 21:0021:54 (再)
3月23日(水) 27:0027:54 (再)
3月26日(土) 16:0016:54 (再)
vol.100 「世界の誕生日」
vol.101 「世界の石」
「グローバルビジョン見逃し視聴」

NHK BS-1 地球アゴラ
12月19日(日) 
「第111回」

NHK BS-1 地球アゴラ
11月28日(日) 
「第108回耕せ世界の大地」

アルゼンチンにて12月12日(日)1710

BS TWELLV、グローバルビジョンTVにて
「競技会]「チリのクエッカダンス競技会にかける若者」
11月27日(土) 16:0016:54 (再)
11月28日(日) 21:0021:54 (再)
12月1日(水) 27:0027:54 (再)
12月4日(土) 16:0016:54 (再)
「グローバルビジョン見逃し視聴」
BSジャパン
<8月29日(日)午後9時から 
「アルゼンチン絶景の旅」

「先住民の文化を継ぐパラグアイ」
7月22日(木)18:00〜(1時間番組)
「パンタナールの大自然〜パラグアイ〜」
7月29日(木)18:00〜(1時間番組)
地球ゆうゆう紀行
2010年1月24日(日)午後10時から
NHK地球アゴラ
はるばる日本人のコーナー「世界一蹴の旅」
世界一蹴の旅
アルゼンチン ブエノスアイレスからLIBEROユニット生出演

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2010年2月7日(日)夜9:00〜(2時間)。

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2009年12月28日(木) 午後1559から1時間
氷河国立公園、バルデス半島のハイライトが1時間見られます。

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